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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
324/371

賢者

「レシア!」

 囲みを抜けたゴブリンの王の目に映ったのは、天上から降り注ぐ赤い光をその身に受け、大地に魔術陣として浸透させていくレシアの姿だった。

あまねく癒やしを(ヒール・オール)

 瑞々しい口元から呟かれるその声は、大地に刻まれた魔法陣から溢れ出る赤い光で照らされる。空気すらもその光の色に染め上げて、人間達を癒していく。

 それを視界に入れた王は、忌々しげに呟いた。

「……成程。そういうことか」

 見れば人海の中ですら恐れず分け入る“推”ですら彼女に怯え、進むのを拒否している。幾度も神々の力を目の当たりにしているゴブリンの王だからこそ分かった。

「神か!」

 唾棄すべきその名前を口にした王は、吐き捨てるようにその名を叫んで天上を見上げた。

「お前か、癒しの女神(ゼノビア)!!」

 彼女に降り注いだ赤い光が、まるでレシアの体から湧き上がるように彼女の衣服を揺らす。風に吹かれるように流れる赤く照り返された髪がそよぐ。

 俯いて静かに瞼を閉じたレシアは、以前見た時よりも大人びて見えた。

 当然だ。

 彼女が奪われてから、既に4年の月日が過ぎている。

 ゴブリンの王は“推”から降りると、自分の足で地面に立った。

「レシアよ。レシア・フェル・ジールよ! 俺の声が聞こえるか!」

 数多の人間を圧し、幾多のゴブリンを従えるゴブリンの王の声は彼女には届かない。彼女の瞳を開かせるまでに至らない。

「王よ、危険です!」

 近衛を率いるギ・ベー・スレイが片腕に黒き太陽の王国(アルロデナ)の紋章旗を持って、王を制止する。

「ギ・ベー・スレイ! 近衛を率いて、我とあの娘に近付く者を掣肘せよ!」

「ッ……ははっ!」

 それ以上の言葉をギ・ベーは飲み込んだ。偉大なる王の背中が断固として退かぬと、意志を示しているように感じられたからだ。

 手には大剣を携え、ゴブリンの王は歩み出す。聖女と呼ばれる一人の少女を救う為に。

 彼の覇道は、思えば彼女を取り戻すと誓った時から始まったのだ。

 亜人達と協力関係を築き、妖精族と同盟を締結し、配下を鍛え、人間の世界を侵略した。

 奪われた彼女を救い出す為には力が必要だったからだ。

 踏み出す一歩に、これまでの年月が思い起こされる。

 蛇達が宣言した通り、肌は風を感じることをしなくなり、瞳は幾つかの色を失った。鼻は臭いを嗅ぐことを忘れ、魂に罅すら入っている。

 だが、それでも王は前に出る。

 たった一人の少女を救う為に、彼は足を前に進める。

 彼女に近付くに連れて、頭上から伸し掛かるような圧力が徐々に強くなる。

「覚えがあるぞ。この感覚……。以前なら身動きが取れなくなっていたろうが」

 ゴブリンの王を彼女に近付けさせないかのように、その圧力は更なる力で彼を押さえつけようとしてくる。

 足は軋みを上げ、自重と伸し掛かる圧力が彼の足を地面にめり込ませる。

 王は前に出る。

 進めぬ道理はない。幾多の戦場を駆け抜け、神々の試練に打ち勝ってきた身体は、既に種としての限界すらも突破しているのだから。

 聖女に迫るゴブリンの王に、長剣と短剣が襲い来る。

 聖女を守るそれらはゴブリンの王を串刺しにしようと迫り来るが、ゴブリンの王は手にした大剣の一振りでそれらを払う。

 一度ゴブリンの王に払われた長剣と短剣は再びゴブリンの王に向かっていこうとしたが、僅かに身動ぎした後、動きを止める。気配だけでそれを悟ると、ゴブリンの王は更に前に出る。

 神々の圧力を越え、彼女を守る剣も沈黙した。

 最早ゴブリンの王と彼女を隔てるものは無い。遂にゴブリンの王は彼女の前に立つ。

「レシア。聞こえるか、レシア・フェル・ジール」

 その声は、王にしては余りに優しい声音だった。眠る子に囁きかけるように、愛しい娘に語りかけるように、慈しみと優しさを伴った王の声。

 僅かに瞼が動き、彼女の目が見開かれる。

 視線を前後させ、ゴブリンの王の姿を認めると、彼女は悲しげに微笑んだ。

「ああ、来てしまったのですね」

「ああ、来たぞ。お前を──」

 瞬間、天上から強烈な風と共に赤い光が彼女に降り注いだ。


◆◆◇


 ゴブリンの王が聖女に到達したのを確認して、ゴブリンの王を護衛していた剣王ギ・ゴー・アマツキは踵を返して走り出す。彼に従うのはゴブリンの剣士達と族長ユースティアを筆頭とした雪鬼(ユグシバ)の戦士達。

 無言のままにギ・ゴーに従う彼らは戦場を逆に走り抜け、生きる伝説オーローンとの戦場に戻ってきていた。

 地面は焼け焦げ、空気は熱を帯びている。天を焦がすかのように白熱した空気が渦を巻いて天上に迫り上がっていく。焼け焦げた空気がオーローンを中心として天に登っていく様は、生きる伝説という名に偽りなしとの確信を抱くには充分だった。

「手出しは無用だ」

 背後に従う彼らに一言言い置いて、ギ・ゴーは腰に差した曲刀を抜く。陽光に煌めきを返した曲刀の柄を握り締めると、一気に加速。魔術師ギ・ザー・ザークエンドとガイドガのラーシュカが戦う戦場へ乱入した。

「ふははは! 雑魚が一匹追加か!」

 オーローンが視線を向けると、即座に中空に生成される炎の槍。合計で12もの数を生成すると、全ての方位に向かって放射状に射出する。

「舐めるな!」

 怒声と共にギ・ザーが4つを相殺し、錬金術士ギ・ドー・ブルガが無言の内に3つを相殺する。

我は、吼え猛る(スラッシュ)!」

 黒光を飛ばして3つを相殺するラーシュカ。残る2つがギ・ゴーの元に向かうが、それを曲刀を振るって掻き消す。

「……ほう?」

 不敵な笑みを止め、オーローンはギ・ゴーを見た。相殺するのではなく刃を振るう速度だけで炎を掻き消す芸当は、並みの者には辿り着けない境地だった。

「我が剣に斬れぬものはない」

 剣先をオーローンに向けると、一気に駆け出す。一息に距離を詰めると下段から切り上げる。地面を擦る程に刃先を低くし、そこから一気に天を衝くような急加速。刃の振るわれる速度で地面が切れ、土煙が上がる。煙幕の効果すら伴うその一撃は、二連撃を企図したものだ。

 初太刀で仕留められなかった時の為の二段目。

 巧妙に計算された戦場の剣。

 だが、その計算を裏切るようにギ・ゴーの刃が命中したのは炎の壁だった。

 地面を切り裂くような重い手応えが、斬りつけたギ・ゴーの手元に返ってくる。上がる土煙の向こうから撃ち出される炎の槍。ギ・ゴーの顔の横をすり抜けた炎槍が僅かに彼の耳を焦がした。

 それはオーローンが狙いを外したのではない。ギ・ゴーが避けたのだ。

 撃ち出される炎槍を首を振って回避すると同時に体ごと傾けて、胴を薙ぐように切り抜ける。その場に留まること無く即座に距離を取るギ・ゴーの判断は正解だった。寸前まで彼の居た場所に四方から炎槍が殺到したのだ。

「厄介だな」

 飛び退いて距離を取った位置から敵との間合いを測るギ・ゴーは、口ではそう呟きながらも口の端は釣り上がって笑みを浮かべていた。

 目の前の敵をどうやって斬るか? そう考える時、ギ・ゴーは知らぬ内に笑みを浮かべているのだ。猛獣が浮かべるのに似た壮絶なそれは、気の弱い者が見たらそれだけで卒倒しかねないものだった。

「そう思うなら協力したらどうだ」

 迷惑そうに眉を顰めたギ・ザーがギ・ゴーに声をかける。

 見れば今度はラーシュカが単独で敵に仕掛けているが、相性の問題なのか炎の槍と黒光が激突する度に発生する衝撃で距離を取らざるを得ない。

「それは……出来んな。この獲物、渡すには惜し過ぎる」

 そう言い放ったギ・ゴーは再び突進する。

「……馬鹿共め!」

 そう言いつつも、ギ・ザーはギ・ドーと共に援護の為の魔法の詠唱に入るのだった。


◆◇◆


 聖女を中心とした赤い光の奔流が人間の陣営全体に広がっていく。

 それまでゴブリン側に圧倒されていた彼らに突如して力が漲ってくる。傷を癒やし、身体能力を上昇させる赤い光が地面から沸き立つように人間達の身体に浸透していった。

 ゴブリン側の圧倒的な力の前に後退を繰り返していた前線が息を吹き返す。受け止めきれなかった攻撃に耐え、弾かれた攻撃がゴブリン側に突き刺さる。その力は聖女の近くに居る者程顕著に現れていた。

 踏ん張っていた地面ごと吹き飛ばされたゴブリンの王は、すぐさま立ち上がりレシアの元に向かおうとするが、その視界に映ったのは彼女の背後に幻視されるゼノビアの姿だった。

 いつか暗黒の森の中でゴブリンの王に接触を試みてきた癒しの女神(ゼノビア)がレシアを抱きすくめるように半透明の身体で顕現している。

 守るように、或いは捕らえるように、レシアに寄り添うゼノビアの姿はゴブリンの王以外にも見えているらしく、周囲の兵士の瞳からは既に理性の光は失われていた。

「神よ!」

 彼らは狂信の声を張り上げ、レシアを取り戻そうとゴブリンの王の近衛に殺到する。如何にレア級を揃えて信仰に近い忠誠心を持ったゴブリン達であろうと、迫り来る圧倒的な数の暴力に徐々に押し込まれていった。

 そして、それは最前線でも同じだった。

「我らには神が寄り添っているぞ!」

「神を讃えよ!」

「神の名の下に!」

 口々に神の名を叫び、死を恐れずゴブリンの群れに立ち向かう彼らに既に恐怖心などというものは残っていない。或いは彼らの身体を強化する赤い光が死への恐怖すらも緩和させているのか、笑みすら浮かべてゴブリン側と槍を合わせ、剣を叩きつける。

 敵が勢いを盛り返したのを敏感に感じ取った上位のゴブリン達だったが、さりとてそれを覆すのは容易ではなかった。兵士を鼓舞し、自ら戦うのは先程からやっている。だが、その上で押し込んでいた戦線が互角にまで押し返されているのだ。

 如何に王に対する忠誠心が高かろうと、ここに来て人間側の士気の異常な上昇と身体能力の向上は正しく苦境であった。

 唯一兵力を温存しているギ・ガー・ラークスも目の前の同胞の苦境に兵を動かそうと槍先を敵に向けようとしていた。だが、彼が先頭に立って同胞を助ける為に突撃を仕掛けるより早く、プエルからの伝令が各軍に到達する。

 ──ギ・ガー・ラークスの虎獣と槍の軍(アランサイン)は後退。

 ──ギ・グー・ベルベナの斧と剣の軍(フェルドゥーク)は、アランサインの穴を埋めよ。

「あの女め! 難しいことをさも簡単に言ってくれるな!」

 ギ・グー・ベルベナは怒声を上げながらもプエルの指示に従う。確かに戦端を勝手に開いたのは自分達の判断だった。予定では敵を十分に引き付けてから開戦する筈だったからだ。

 敵の血を浴びて幾分か冷静さを取り戻したギ・グーは、己の配下の三兄弟に右翼に展開することを命じる。アランサインの前を遮るように展開すると、前線を支えさせつつ残る軍を移動させる。それを闘いながらやれというのだから、ギ・グーが怒声を上げるのも納得出来た。

「投石だ! 全て投げても構わん!」

 槍先で相手を牽制しつつ、投石を繰り返して敵を怯ませ、一挙に中央に戦線を伸ばす。

「抜剣隊、前進せよ!」

 中央にまで伸ばした戦線の最前線に先程まで投石を繰り返していた抜剣隊を投入すると、僅かな時間だけ混戦の拮抗状態を作り出す。ギ・グーはその間に長槍隊で編成した三兄弟の隊列を整えると、抜剣隊に後退を命じた。

 何とかプエルの指示通りに陣形を再編したものの、最左翼からの敵の攻撃が激しさを増している。

「戦線を中央に縮小せよ!」

 ギ・グー・ベルベナ指揮下のレア級・ノーブル級の指揮官達がギ・グーの指示で動けるからこそ可能なことであって、他の軍のどれであっても彼以上に苦境を耐える力を持った将軍は居なかっただろう。

 ギ・ガーはギ・グーの采配を確認すると、すぐさま後退した。

 ──敵の右翼を(やく)し、陣形を崩せ!

 その彼の元に、続けてプエルの指示が飛ぶ。

 右翼方面を支えるのはギ・ギー・オルドの魔獣軍とギ・ズー・ルオの千鬼兵(サザンオルガ)、ギ・ヂー・ユーブの(レギオル)であった。しかし、先の敵の異常な士気高揚と身体能力の上昇によって、その戦線は退がり続けている。

 特に、敵に深く食い込んでいたギ・ズーのサザンオルガは悲惨であった。突如増した敵の圧力に退くことも進むこともままならない状態だったのだ。余裕さえあればギ・ヂーのレギオルが独自の判断で動いていた所だったが、彼のレギオルをもってしても目の前の戦況を耐えるのが精一杯であった。

 少しでも変化を齎そうとすれば、喉元を狙うかのように圧力を増す敵の攻勢を支えきれない恐れがある。目の前で包囲されつつあるサザンオルガを手を拱いて見ているしかない状態だった。

 加えて、状況が悪いのはギ・ギー・オルドの魔獣軍も同様だった。

 降り注ぐ魔法弾の数が少しも減少しない。それどころか、先程の赤い光が敵軍を包んでから威力までもが増し、魔獣の上に降り注いでいるのだ。

 敵の命を刈り取るべく出撃させた肉食獣達も、そのような状況では安心して食事が出来る筈もない。結局、全方面に渡って攻勢を命じるしか無い状態だった。だが、それだけでは敵は崩れない。死をも恐れぬ兵士となった敵兵は、何十もの魔獣を道連れに死ぬ者が大半である。

 ギ・ズーやギ・ヂーの苦境は分かっているが、助ける為に手を出せる状態ではなかったのだ。

 殆ど瞬時にそれらの状況を見て取ったプエルは、敵軍を崩す最後の一手として余力を残しておきたかったアランサインを投入することを決意。

 ギ・ガー・ラークスに命令を下すと、ギ・グーに左翼全般を支える命令を出したのだった。

 ──レギオルは後退。サザンオルガが右翼に向かうのを確認した後、その後方を援護!

 伝令が伝えた命令に、ギ・ヂーは黙って頷いた。

 敵に包囲されつつあるギ・ズーの軍勢に伝令が届く筈がない。

 だが、プエルが言うならそうなのだろう。ギ・ヂーはレギオルに命令を徹底させる。

 その頃、既に右翼に移動を終えたアランサインは、魔獣と戦う人間側に向かって突撃を開始していた。

「我に続け!」

 槍を掲げるギ・ガー・ラークスに従って、今まで余力を残していた彼らが動き出す。

「士気が増し、死を恐れないとしても、二本の足で立っていて殺せるならば、戦術を活かす余地はある!」

 プエルは自身の率いる風の妖精族(シルフ)の戦士達に弓を構えるよう命令した。

「アランサインの突撃と同時に、レギオルの正面の敵を牽制します」

 遠く土煙を上げるアランサインの突撃を見届けると、引き絞った弦から天に向けて矢を放った。

「曲射5連!」

 プエルの矢を追うように、妖精族の矢が5度放たれる。

 交代するレギオルを追ってきた敵軍に向かって降り注ぐ矢の雨が彼らの足を止める。如何に士気が高く、死を恐れず、傷すら瞬時に回復すると言っても、突き刺さった矢は妖精族の特別製だ。

 足を貫き、地面にまで達する威力と精度の矢の集中攻撃を受けた敵は流石に怯み、前進速度が遅くなる。その間に乱れた隊列を立て直すギ・ヂーだったが、彼はすぐさま視線を転じてギ・ズーのサザンオルガが動き出すのを見て驚いた。

「プエル殿の指示通りか! 進め! 同胞を助けるのだ!」

 進むレギオルがサザンオルガの後方を突く形で敵の追撃を抑え、サザンオルガは突入してきたアランサインと呼吸を合わせるようにレギオルの隣まで戻ってくる。

 深くまでは突撃しなかったアランサインは、すぐさま離脱し、魔獣が跋扈する中を抜けて味方の後方へと回る。血の滴る槍を振るい、ギ・ガーは声を張り上げた。

「急げ! ギ・グーを死なせてはならん!」

 味方の右翼を立て直す為に左翼に多大な負担が掛かっている。今まではアランサインが居るだけで牽制となり、全力でフェルドゥークに向かえなかった敵の攻撃力が一気にフェルドゥークに向かうことになるからだ。

 ギ・ガーが左翼に戻った時、フェルドゥークは敵の半包囲下にあった。それでも耐えているのは流石にギ・グー・ベルベナだったが、劣勢であることには変わりはない。

「突撃! フェルドゥークを救え!」

 走り始めたアランサインの突撃は、その最大速を保って味方を包囲しつつある敵の後方を突いた。敵の主力は歩兵。彼らはアランサインが背後に迫ると、逃げるどころか迎撃の構えを取る。フェルドゥークを半包囲しながらアランサインの突撃を食い止めるつもりなのだ。

「ゴブリン共に歩兵の殺し方を教えてやれ!」

「ヴァルキュリアに負けるな! 戦友を救え!」

 戦乙女の短剣(ヴァルキュリア)の指揮官ファルと誇り高き血族(レオンハート)のザウローシュが先を争うように歩兵に突撃する。

 長剣を掲げて弓騎兵の一斉射撃の後に突撃するヴァルキュリアと、鎌槍を振って先頭を行くザウローシュのレオンハートが見事に連携して敵の包囲を食い破る。その食い破った傷跡を押し広げるのは亜人達の強烈な攻撃だった。

 半包囲の危機から脱したフェルドゥークは、やっと一息つくことが出来た。

 前面だけに注意を集中すると、最前列を入れ替えてゴブリン側の兵士の疲労を抑えつつ攻撃を継続する。また、アランサインはその場に留めることすらせず、機動を発揮しながら更に敵の後方に進出しようとしていた。

 態勢を立て直したゴブリン達は、再び連合軍とぶつかり合っていた。


◆◇◆


 象牙の塔に侵入した冒険者達と青の長老フロイド・ベルチェンは、短くも熾烈な戦いを繰り広げていた。だが、侵入した冒険者達は魔剣の保持者と暗殺者を筆頭に、戦闘力に優れている者が選ばれているのだ。

 傀儡を操るとは言え、魔法使い1人が対抗するには些か荷が重い相手である。

 リィリィのヴァシナンテが傀儡という傀儡を切り払い、ミールがその間隙を突くようにしてフロイドとの距離を詰める。遠距離からフィックが援護射撃をして、フロイドの注意を絞らせない。如何に多くの傀儡を操れたとしても、それら全てを十全に動かせる訳ではないのだ。

 レオニスが癒しの魔法を唱えれば、ほぼ万全の態勢で彼らはフロイドの操る傀儡達と戦うことが出来た。徐々に傀儡を減らし、フロイドを守る全てを破壊し尽くした彼らに、不老の魔術師は拍手さえ送って笑みを浮かべる。

「流石に強い」

「観念してもらうぞ! レシア様を解放しろ!」

「解放しろとは人聞きの悪い。僕は彼女を拘束したことなど一度もないさ」

「貴様っ!」

 フロイドの喉元に鉤爪を食い込ませるミールが、怒声を放つ。

「最早誰にも止められない。彼女は神をその身に降ろした。見て見給え、あの光を」

 フロイドの指差す方向には、ゴブリンと人間達が血で血を洗う抗争を続ける大地がある。まるで流した血が赤く光っているように、彼らの争う大地は赤く発光していた。

「何をしたんだ?」

 フィックが矢を突き付けて答えを迫るが、フロイドは口の端を歪めて嘲笑った。

「言ったろう? 神を降ろした。かの術式の範囲に留まる者は癒しの女神の恩寵の中に居るのと同義だ。そして……」

 フロイドが後ろに飛び退く。とっさに追撃しようとしてミールとフィックは身体を動かせないことに気がつく。

「な、なに?」

「傀儡の糸だ。拘束するだけだがね」

 ガストラと亜人の近くに寄ると、彼は指を鳴らした。

「当然、神が降りた中では剣も盾も不要。彼らは僕の従順な下僕にもなり得る」

 意識を持たないガストラと亜人がゆらりと立ち上がり、彼らに向かってゆっくりと歩みを進める。

「フロイド・ベルチェンの傀儡術は、未だ終わりではないよ」

 饒舌に語るフロイドは、尚も口を動かす。

「全く、癒しの女神の恩寵とは恐ろしいものだ。その力はどんな者にも等しく降り注ぎ、どんな傷もたちどころに癒してみせる。だが、逆に言えば──」

「死ねなくなるんでしょう?」

 普段の柔らかい笑みを厳しい表情に変えて、レオニスはガストラと亜人の前に立ち塞がる。

「その通り。やはり君は頭が良い」

「そうでもないよ」

「だが、彼らの前に出るとは愚かだな」

 間合いに入ったと判断した瞬間、ガストラはレオニスの足に噛み付き、亜人はその牙をレオニスの肩に突き立てる。あまりの痛みに悲鳴を押し殺したレオニスは、一転して目に強い意志を宿す。

「……これは君を長く独りにしてしまった僕への罰だ。レーニア・エルチェン・ヴェルディオ」

 噛み付く亜人の頭を優しく撫でると、手にした杖で地面を突く

優しき風の施しを(フル・ヒール)

 レオニスを中心として、彼に攻撃を加えたガストラとレニーアと呼ばれた亜人に光が浸透していく。巻き起こる赤き光とは違う、柔らかい緑の光が彼らを包み、ガストラとレーニアは崩れ落ちた。

「随分、珍しい術を使うのだね?」

「秘伝だからね」

 興味深げに一歩踏み出すフロイドの懐に黒い影が差す。僅かに目を見開いた彼の心臓に向かって、ミールは短刀を深々と突き刺した。

「……冒険者を舐め過ぎだ」

 自身の胸に突き立つ短剣を凝視した後、彼はゆっくりと倒れた。

「馬鹿なことを……。僕を殺しても、彼女は救われないというのに」

 仰向けに倒れたフロイドの視線は、窓の外に広がる赤い光の奔流を見つめていた。

「だが、これで、神を、貶せること、が証明、されたわけ、だ。い、つか、きっと、僕、らは、神、を……」

 不老の魔術師の瞳から生気が失われる。人の身で神に挑んだ狂える男は、皮肉にも同じ人の手によってその長い生涯を閉じたのだった。

 レシアを中心に広がる赤い光はフロイドの命を吸い取るかのように、その光を一層強めていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


【個体名】フロイド・ベルチェン

【種族】人間

【レベル】69

【職業】傀儡使い・不老の魔術師

【保有スキル】《魔流操作》《真理の探究者》《象牙の塔の住人》《狂える知性》《知恵の女神の恩寵》《蓄積される知識》《竜の祝福》《カリスマ》《隠者》《傀儡師》

【加護】復讐の女神・癒しの女神

【属性】闇・光

【状態】狂人


《隠者》──特定の場所に《陣地》を構える事で、マナ操作能力が向上(小)

《象牙の塔の住人》──象牙の塔に《陣地》を構えることにより知性向上(大)、腕力・機敏性・防御力減少(中)

《傀儡師》──マナで編んだ糸を使って無機物に命を吹き込む事が可能。《陣地》を構えることにより、操れる個体数上昇(中)

《竜の祝福》──長命竜から祝福を受けることにより、人よりも長い命を保つことが可能。

《狂える知性》──知性向上(極大)、恩恵を受ける代償に感情が破壊される。

【状態】《狂人》──相反する二柱の女神からの加護により、精神に異常を来す。《狂える知性》を発動することにより世界の真実に近付けるが、徐々に精神と人格が崩壊する。


◆◇◆◇◆◇◆◇

4月26日誤字脱字修正

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろすぎるわ、ハリウッドで映画化してもうまく行きそうだし、漫画化しても面白そう。長い対戦を経て再開するシーンはアニメでBGM付きで見ればなかなかにいいものになると思う。漫画化して欲しい…
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