降神
呆気ない程簡単に象牙の塔へと侵入を果たした冒険者達は、その静けさに戸惑いつつも足を前に進めた。恐らくレシア・フェル・ジールが居るのは象牙の塔の深部であろうと、奥へ奥へと進んでいく。
「上と下、どっちだと思う?」
入り口から立ち並ぶ支柱の間を抜け、回廊を抜けた先に階段があった。地下へ降りる階段と頭上へ上る階段である。
「上だと思うよ!」
「理由を聞いても?」
レオニスのあまりにもはっきりと言い切る態度に、リィリィは理由を問い糺す
「お姫様は塔の上で悪い魔法使いに捕まってるって決まってるから!」
苦笑するリィリィと呆れたようにそれを見つめるフィック。ミールは我関せずだが、上に登る階段に足をかける。
「おいおい、良いのか? そんな理由で」
「……確証がない以上、どちらでも同じだ」
「まあ、そうかもしれないけどよ」
「急ぐぞ。時間はあまりない」
外套の奥から覗く鉤爪を胸の前で交差して、ミールは一気に階段を駆け上がり始めた。
「ったく、無鉄砲過ぎるぞ!」
悪態をつきながらも、フィックは先頭を走るミールとリィリィに指示を出す。
「総督殿は最後尾を頼むぞ! レオニスを守ってやってくれ! ミールは少し速度を落とせ! 追い付けねえよ!」
それぞれに了解の返事を返すと、彼らは近い階層から象牙の塔を探索していった。
書類と本棚が所狭しと並べられた2階と3階を通り抜け、4階から更に上の、普段なら限られた者しか入れない筈の区画に、彼らは難なく足を踏み入れる。
赤・青・白の3つの塔が空中回廊で繋がっている象牙の塔は、彼らの探索を否が応にも梃子摺らせた。敵は居ないが調べるには膨大な量の面積である。死角も多く、その度に立ち止まって安全を確認してから進まねばならないので余計に時間が掛かる。
「あったぞ! 階段だ!」
フィックが指し示す方向には厳重な施錠をされた扉がある。ミールは一切躊躇をすること無くそれを蹴り破る。
「どんな蹴りしてやがんだ」
青い顔をして破られた扉を振り返ったフィックだったが、そんなことは一顧だにしないミールは階段を駆け上がり、上層の5階に辿り着く。
僅かに息を弾ませ、階段を登り切った先で見たのは動く鎧の群れだった。
がしゃん、と踏み出してくるリビングアーマーを確かめた瞬間、ミールは駆け出していた。
「邪魔、だッ!」
2歩の踏み込みで相手を射程に捉えると、関節部分を狙って鉤爪を振るう。肘と膝に一撃を入れるとリビングアーマーが崩れ落ちる。その崩れ落ちる際に振るわれた長剣が地面を叩き、硬質な石造りの地面が欠けた。
動きは鈍いが、攻撃力は非常に高い。それを確認してミールは次の獲物に向かう。
リビングアーマーに混じって、かなりの数の石造りの自動人形がミールに狙いを定めたようだった。人の形をしたものから獣の形をしたものまで、無機物に命を宿らせた者達が溢れるその場所は、魔窟と見まごうばかりだった。
「いい趣味してやがるぜ」
吐き捨てるフィックは弓を構え、ミールの後ろから襲いかかろうとしていたリビングアーマーの注意を引き付ける。
「ミール、囲まれるぞ! 一旦下がれ!」
フィックの声は聞こえている筈だが、ミールは敢えて無視した。この先にレシアが居るかもしれない。その事実が彼女に焦りを産ませる。何よりも、自身が護衛してゴブリン達から逃した経緯が彼女から冷静さを奪っていた。
ゴブリン達を悪だと決めつけ、人間の世界へ彼女を返した。なのに、幸せになる筈だった人間の世界でさえ、自分を救ってくれた恩人は利用される存在だったのだ。
ミールには、それが許せない。
奥歯を噛み締め、噛み付いてくる獣型のゴーレムを足場にして更に高く飛ぶ。
ミールを囲んでいた敵の更に外へと着地すると、緋色の赤い髪が流れるように動いた。間髪入れずに魔剣空を切る者を振るったリィリィが開いた隙間に体を滑り込ませる。
「──どけ!」
──斬鉄。
まるで鞭のように幾重にも連結した刃が彼女の周りを切り刻む。どれ程硬い鉄だろうと、彼女の扱う得物の前では意味が無い。風圧を伴って振るわれる蛇腹剣の軌道は、ミールを取り囲もうとしていた敵を一網打尽にしてみせた。
すぐさまヴァシナンテを長剣の形状に戻すと、既に走り始めているミールを追って走り出す。
「……とんでもねえな」
普通なら一旦退いて、地形を利用して立て直すのが正解の筈だった。ゴーレムやリビングアーマーに高い知性があるとは思えない。そこを力技で突破してしまうのだから、聖騎士としての実力は本物だったのだろう。
「ねえ、早く行こうよ! おじさん!」
無邪気に笑うレオニスの手を払うと、フィックは怒鳴った。
「俺はおじさんじゃねえ! 未だ34だぞ!」
レオニスは口を尖らせてフィックを見上げた。
「おじさんじゃん……」
「かーっ! これだからお子様はっ! 良いか? 心が若ければいつまでもお兄さんなんだよ! 年齢は関係ねえんだ!」
「ぇー」
「全く最近の餓鬼は……。ところでお前、それを女に言ったことあるか?」
「えー、ある訳ないじゃん! 女の人は皆んなお姉さんだもん!」
天使のような笑みを見せて笑うレオニスに、フィックは天を仰いだ。
「本当に、最近の餓鬼はよぉぉ!」
二人は並んで先を急ぐ二人を追った。
◆◆◇
天上から降りて広がる赤い光は地面に閃光を走らせる。
その戦場を俯瞰することが出来れば魔術陣に見えたことだろうが、現場に居た者達にはそこまでは分からなかった。ただ幾線条にも走る赤い線に不吉なものを感じただけである。
動揺は、ゴブリンの軍勢の方が大きかった。
その赤い光が地面に走った途端、敵の抵抗が激しくなったのだ。騒めいたのは連合軍の兵士達も同様である。
「何だ? 身体に力が漲るぞ?」
「傷が、痛みが……消えていく?」
自らの身体を不思議そうに見下ろす兵士達に向かって、赤の長老セリオンは声を上げた。
「見よ。兵士達よ! これこそが聖女の力! 我らに勝利を約束して下さる神々の恩寵そのもの!」
互いに顔を見合わせた兵士達は、自然と歓声を上げていた。
「さあ、恐れず進め! 神は我らと共にある!」
瀕死の重傷だった者すら立ち上がって槍を取り、ゴブリン達に立ち向かう様は人間側からすれば感動的な情景であったろうが、ゴブリンからすれば悪夢そのものである。
先程倒した筈の人間が再び立ち上がり、剣を取って向かってくる。開戦当初から圧倒的に有利であったゴブリン側に動揺が走るのも無理は無い。
負傷して動けない筈の人間達が何事もなかったかのように立ち上がり、ゴブリンに向かってくる。最前線で戦っている者は足元に注意を取られ、思わぬ隙を晒すことになった。
後背で戦っている者は思わぬ奇襲を食らうことになる。一時的に攻撃の弱まったゴブリンの軍勢に魔法弾の雨が降り注ぐ。
魔素回復水薬の恩恵を受けて、すぐさま回復するマナが途切れることのない魔法弾の雨をゴブリン達の頭上に降らせる。鋼鉄製の盾を歪ませ、骨を叩き折る威力を込めた魔法が、数えるのも馬鹿らしい程降り注ぐのだ。
「盾を掲げろ! 来るぞ!」
ギ・ヂー・ユーブのレギオルでさえ、魔法弾を防ぐ為に攻撃を取りやめて防御に回らねばならなかった。普段なら妖精族の障壁で防げる魔法弾だが、膨大な数と広範囲に降り注ぐそれを全て叩き落とすのは、如何に彼らが優れた魔法の使い手だろうと不可能だった。
結果として優先度が高い所を守るしかなくなる。ゴブリンの王直率の近衛を中心に障壁を展開せざるを得ず、他の部隊の正面は真面に魔法弾の雨を食らった。
攻めかかっていなかったギ・ガー・ラークスのアランサインを除いて殆ど平等に降り注いだ魔法弾に、ゴブリン達の間に動揺が走る。
だが、多少動揺が走ったからと言って即座に崩壊に繋がる程、彼らが王の下で積み重ねた戦歴は軽くはなかった。
真っ先に立ち直ったのはゴブリンの軍勢で最大の勢力を誇るギ・グー・ベルベナだった。フェルドゥークの一般兵の動揺を見て取ると、怒声を張り上げて自軍を鼓舞する。
「敵の魔法ごときを恐れて退がる者は俺が直々に殺してやる! 進め! 怯懦に背を丸めるような臆病者は俺の部下ではないぞ!」
そればかりでなく、彼は直率の部隊を率いると被害の見え始めた前線の部隊と交代させ、自身が前に出る。
「傷付いた者が立ち上がるなら、二度と立ち上がらぬよう殺し尽くしてやれ! 奴らの胴を槍で刺し貫いて地面に縫い付け、首を刎ねろ!」
憤怒の表情となって前線に踊り出たギ・グーの鼓舞によって、フェルドゥークは他のゴブリン達よりも早く動揺から立ち直る。
紋章旗にもなっている長剣と斧を左右の手に持って最前線に現れたギ・グーは、自身の言葉通りに向かってくる敵兵の首を長剣で叩き落とし、更に迫ってくる敵兵の足を斧で薙ぐ。倒れた敵兵の首に止めとばかりに斧を振り下ろし、宣言通り首を二つ刎ねて見せた。
「進め! 我がフェルドゥークの力を、今こそ我が王に御覧頂く時だ! 邪魔する者は皆殺しにせよ!」
ギ・グーが最前線に踊り出ることによって、ゴブリンに反抗的な地域を恐怖のどん底に叩き落としたフェルドゥークの暴風が再び吹き荒れた。ゴブリンらしいゴブリンとして、南方ゴブリンからの尊敬を一身に集めるギ・グーの命令は直ちに実行に移された。
長槍で敵を地面に突き刺し、動けなくなったところで抜剣隊が首を刎ねていく。
ほんの四半刻もしない内にフェルドゥークの交戦地帯で幾つもの首塚が築かれることになる。敵と味方の血に濡れたフェルドゥークの兵士達は荒い息を吐き出しながら、目の前に居る敵に襲い掛かっていった。
魔法弾が降り注ごうとも、傷付いた兵士が復活しようとも、彼らの攻撃は些かも衰える事無く発揮される。
フェルドゥークの凶悪な攻撃力が遺憾なく発揮された左翼では、変わらず人間側を押し込むことに成功していたが、右翼ではそうはいかなかった。
冷静沈着な指揮を執るギ・ヂー・ユーブの軍や、勢いに任せた戦い方をするギ・ズー・ルオの千鬼兵が、徐々に力を落とし始めたのだ。
最右翼のギ・ギー・オルドの双頭獣と斧は抵抗の激しくなった敵軍に首を傾げていたが、レギオルとサザンオルガが共に勢いを無くすに至って伝令を走らせることにした。
戻ってきた伝令の言葉にギ・ジー・アルシルとギ・ギー・オルドは顔を見合わせたが、二匹はすぐさま結論を出した。
「肉食の魔獣を出そう」
「それが良い。殺し尽くしてしまえば何ら変わらぬ」
奇しくもギ・グーと同じ結論に達した彼らは、普段なら戦場の後片付けに使う肉食系の魔獣を放つ。森から連れてきた巨大蜘蛛や白牙虎、雑食である鎧熊など、ギ・ギーが自軍の強化の為に支配地域を回って集めた魔獣達が、負傷した人間達に向かって解き放たれた。
また、魔法弾の雨もザイルドゥークには殆ど効果を及ぼさなかった。
彼らは統率などというものからは最も遠く、僅かに種類毎にギ・ギーが出撃させているだけで、徹頭徹尾力押しだからだ。何がどれだけやられようと、ただ只管に押す。それがザイルドゥークの戦い方であり、魔獣がどれだけやられようとギ・ギーが戦術を変更することはなかった。
凄惨の度を深める戦場で、それらの元凶を目撃したゴブリンの王は一直線にその方向に向かって愛馬を進める。近衛も王の道を切り拓かんと、その身を賭して突撃に加わる。
あそこに何かいる。その直感に支えられて進路を変更したゴブリンの王は、激しくなる抵抗を物ともせず大剣を振るって障害を跳ね飛ばす。“推”と呼ぶ彼の愛馬も鎧ごと敵を噛み砕き、倒れた敵を馬蹄で踏み潰す。
肉を踏み潰す感触がアンドリューアルクスから伝わるのを感じる余裕もなく、ゴブリンの王は突き出した黒炎揺れる大剣の切っ先で敵兵を串刺しにする。
咆哮と共に頭上までそれを持ち上げると前方に叩き落とし、撒き散らされる血の中を更に愛馬を進めて黒緋斑の大剣で立ち塞がる敵を殴殺する。
敵の血と脂によって大剣の切れ味は鈍くなっているが、重量と強度は健在である。怒りに燃え滾るゴブリンの王が振るうツヴァイハンダーが鉄製の兜を叩き潰し、盾を打ち壊し、鎧を粉砕して敵を葬る。
「退けェエエッ!」
咆哮と共に囲みを破ったゴブリンの王は、その眼前に目指すべき者の姿を捉え、叫んだ。
「レシア!!」
◆◇◆
無機物達が守る5階層を突破し、6階層に辿り着いたミール達は再び静かな研究室に迎えられた。最上階に違いない筈だが、人の姿はなかった。
「またか!」
半ば八つ当たり気味に本棚を蹴り飛ばしたミールだったが、横にズレる本棚にぎょっとして視線を転ずる。
「隠し扉かよ! お手柄だな、ミール!」
追い付いてきたフィックの言葉に曖昧に頷くと、本棚の形をした扉を押し開けてその先へ進んだ。ミールを先頭にして暗闇の中を進むと、行き当たったのは広い研究室だった。
雑然と置かれた書類は机の上に無造作に積み重ねられ、壁にある本棚は許容量一杯まで本が積め込まれている。何の実験に使用するのかも分からない標本や剥製。明かりが抑えられている所為で尚一層不気味な研究室は、冒険者達に得体の知れない魔獣の巣を連想させた。
「……誰だ!」
低い声で誰何をしたミールの視線の先には、青の塔の長衣を纏った青年の姿がある。
「おや? 招かれざる客というやつか」
突然の侵入者に対して、青年は笑みすら浮かべて対峙する。
「私は青の塔の長老フロイド・ベルチェン。象牙の塔を管理する三塔会議に名を連ねる者だ」
ミールの目付きが鋭くなる。つまり、目の前の青年こそがレシアを神輿に担ぎ上げて戦争に利用している張本人だということだ。
「私はリィリィ・オルレーア。恨みはないが、依頼故に問う。レシア・フェル・ジールは何処に?」
冒険者にしては丁寧過ぎる名乗りを上げるリィリィ。彼女の問いにフロイドは頷くと、視線を窓の外に向ける。
「今頃は戦場で魔物と戦っているだろうね」
ここには居ない。
その事実を確認して冒険者達は視線を交わし合う。もし眼の前の青年の言っていることが本当だとしたら、ここへ来たのは無駄足になる。収穫は無かったが、このまま退くのも有りかもしれない。
「ねえ、おじさんはこんな所で何をしているの?」
海色の瞳をフロイドに向けるレオニスの問い掛けに、彼は笑みを深めて答えた。
「そうだな……。少し長くなるが、構わないかね? 我ら人間と神々に関する実験だよ」
「人間と神々の実験?」
その不吉極まる文言を、レオニスは問い返す。
「そう、実験だ。ふむ……質問だが、君達は神を信じているかい?」
まるで教授が講義をするように手近な椅子に腰掛け、良く通る声で話し始めるフロイド。冒険者達は戸惑いながらも聞き入る。
「勿論!」
「まぁ、少しは」
無言を貫くミールとリィリィに対して、答えたのはレオニスとフィックだった。
「では、神とは何だい?」
「あぁ? 神様は神様だよ。人を創り出した新しき神々とか、妖精族やら亜人やらを創り出した古き神々とか、色々居るだろう?」
「実に模範的な回答だ。素晴らしい。だがね、その姿を見た者は居るのかね? 彼らはどんな姿をしていて、どのような理屈で私達人間や亜人や妖精族を作り、どういった理由で私達に生きることを強いるのかね?」
新しき神々と名付けられた火の神の分身達。始祖たる神と彼らの子ども達からなる古き神々。彼らはそれぞれに生命を創造し、世界へと解き放った。
「そりゃ、えっと……」
フィックは思わず言葉に詰まる。
「父祖なる神クティアルガは母なるディートナの死を嘆き悲しみ、最後に自らの生み出した子供らに命を創造せよと言い残して、この世界に身を沈め給うた」
静寂の海に響く潮騒のように、レオニスの声が沈黙の間に響く。
「君には信徒になれる才能があるね。正解だ。古き神々が我らを作ったのは、単に父なる神と母なる神の命令に従ったに過ぎない。……故に、生命の創造の真なる理由は父なる神と母なる神しか知らない」
「また、神々の残した詩にはこうも書かれている。父祖なる神クティアルガは七夜八日の間に大海の中の陸地を創造し、それを見守るべく自身の一部を切り取って母なるディートナを創り給うた、とね。まるで命は添え物で、陸地そのものが重要であるかのような言い草だ」
言っておくが、と付け加えてフロイドは笑う。
「神々の詩は象牙の塔が保存する最古の資料だ。400年以上前の神々の大戦の前から現存する、それこそ最古の物だろう」
「一体、お前は何が言いたいんだ!」
我慢できなくなったフィッツが吠えるが、フロイドは苦笑を貼り付けただけだった。
「これは済まない。歳を取ると、どうも話が回りくどくなってしまう。結論を言おう。僕はね、神々とは高位の生き物のことであり、今もどこかでこの世界を観察していると考えている。人々に加護を与えて意志を捻じ曲げ、弄びながらね」
いきなり神々が実在すると言われても、フィックやリィリィには馴染みがない。
「神々が身近で我らを見守って下さることの、何がそんなに不愉快なのだ?」
リィリィの問い掛けに、フロイドの苦笑が嘲笑に変わる。
「不愉快? 違うね。これは嫌悪だよ。逆に聞くが、君は自分の意志を捻じ曲げられて好きでもない者を好きにさせられたり、嫌悪しか覚えない主に仕えろと強要されることを喜ばしいと思うのかね? それも全て神々の御意思だと?」
言葉に詰まるリィリィに、フロイドはどこか感情の制御が効かないように喋り続ける。
「奴らはね、嘗て絶大な力を持って地上を支配した存在だ。彼らは此処とは異なる世界に身を置き、この世界に干渉するのさ。己の手駒である信徒や意に従う加護を持つ者を使ってね」
まるで暗い闇の底から覗き見るように、フロイドは冒険者達を睨め付ける。
「だから僕は考えた。奴らが高位の存在である証を手に入れることが出来れば、対抗することも出来ると。僕らが苦しみ、悲しみ、もがく姿をこの世界の高みから見下ろして笑っている卑劣な連中を引き摺り下ろすことが出来ると!」
息を吸い込み、彼は目に見えぬ神々に向かって宣言していた。
それは宣戦布告に他ならない。
「奴らを我らの足元に平伏させ、嘲笑ってやる! その為に僕は実験を重ねてきた! 神が神たる所以、加護という繋がりを利用して彼らの力を奪い取る! そうさ! レシア・フェル・ジールを使って、僕は神々の座を奪い取るのだ! そして人間は──」
我を失ったかのように喋り続けるフロイドに向かってミールが短剣を投げ付け、その口を封じる。
「一つ、間違いを正してやる。私がお前の敵なのは、お前が私の大事な人を傷付けたからだ」
胸の前で鉤爪を交差させたミールは、臨戦態勢に入る。
「御託は聞き飽きた! レシア様を解放しろ!」
頬を掠った短剣が、彼に血を流させる。
「……残念だ。頭の良い子は好きなんだけどね」
一時の激情を再び収め、彼は苦笑した。
「……心配しなくていい。彼女は安全だ。この子達が守っているからね」
フロイドが机を退かすと、今まで見えなかった机の影から出てきたのは亜人と魔獣の幼生だった。
「……ガストラ!?」
小さく悲鳴を上げるリィリィ。
「……」
レオニスも無言のまま、その姿を凝視した。
「その子らに何をした!?」
リィリィのフロイドを睨み付ける視線が、瞬時に殺意を込めたものに変わる。
「彼らにはレシア・フェル・ジールを守る護身具となってもらったのだよ」
フロイドが倒れ伏して動かない亜人の手を取り、腕輪を見せる。
「これは魂剥ぎの腕輪。装着した者の意識だけを刈り取る装飾品だ。今、彼女らの意識は聖女を守るという唯一つの為だけに集約されている。殴られようが、蹴られようが、今の彼らに抵抗する術はない」
亜人の手を放すと、フロイドは視線を窓の外に戻す。
天に赤い閃光が走り、再び地に降り注いでいた。
「ああ、どうやら時が近いようだね」
「何?」
フィックの疑問の声とミールが飛び出すのは同時だった。
「……取り敢えず、死ね!」
姿勢を低くし、地を走り抜けるミールの鉤爪がフロイドに迫る。硬質な音を立てて鉤爪が弾かれ、ミールは吹き飛ばされた。
「僕は自分で戦うのが苦手でね。傀儡に頼らないと自分の身も守れない」
彼の手から伸びる糸は四方に張り巡らされ、彼の前では中身の無い鎧が無数に蠢いていた。
「まぁ、時間は未だある。フロイド・ベルチェンの傀儡の技、存分に堪能してくれたまえ」
動く鎧達と冒険者達の戦いが、人知れず象牙の塔で始まった。
「聖女に神を降ろす、その時までね」




