群影《地図あり》
それは巨大な竜巻のように突如発生し、中心に向かって渦を巻く。
聖女という中心を得ることによって不安と恐怖との種は萌芽し、すくすくと伸びた茎には打算と欲望が混ざり込み、小国連合という名の葉と花を付けた。血の色をした花の名は人類対魔物の聖戦。
「鉄の国より重装騎士団500名及び従騎士1000名。鉄牛将軍ラスモア殿に率いられて到着!」
聖女レシアを擁した象牙の塔は、日毎に膨れ上がる小国からの援軍の報告を聞いていた。青の塔の長老フロイド・ベルチェンが傍らの研究員に視線を向けると、彼は背筋を伸ばして自身の役割を果たす。
「鉄の国の精鋭騎士団です。小国との小競り合いでは負け無し。ラスモア将軍も40年の軍歴を誇っております。歴戦の猛者と言って相違ないかと」
頷くフロイドは、地図上に展開された鉄の国の上に盤上遊戯の駒を置いた。
「シュシュヌ教国の敗北以降、此方に参入を希望する勢力は13の国に及ぶ」
小国連合と言っても実に様々な国がある。北の小国オルフェン。中部地域の鉄の国エルファ。南部の小国フェニス。何れも小国ながら連合軍に大規模な兵力を送り込んで来ていた。国の将来を見据える者達は、この連合に参加することによって自国の兵力を見せつけ、戦後の会議で優位な立場を占めたいと考えているのだ。
現に鉄の国の将軍ラスモアからも、国王からの支援物資の名を借りた賄賂がフロイドの下に届けられている。無論、フロイドはそのようなものには興味がなく、既に戦費へと費やされていた。
それどころか、象牙の塔の意思決定機関である三塔会議を構成する他の二人に誰が幾ら送ってきたのかを纏めて公開さえしていた。それを元に赤の長老セリオンの下にいる者達に物資の計算を任せている。
官吏を輩出する象牙の塔は、優秀な若者には困ることはない。それは東方最大の宗教“教会”の総大司教の地位にあるセリオンとて同様だった。
シュシュヌ教国の属国だったディスミナとラーマナのように、頼るべき相手がいない小国も連合軍に一縷の望みを賭けている。
シュシュヌ教国の力の源泉は、戦姫とその麾下で縦横無尽に戦場を駆ける魔導騎兵らであった。それがあるからこそ、ブランシェの横暴とも言える要求にも小国は唯々諾々と従わねばならなかったし、事実、その御蔭で彼らは周辺国から守られていたのだ。
だが、ゴブリンとの交戦の末、戦姫ブランシェ・リリノイエは自裁。シュシュヌ教国は覇権国家として必要な武力を失った。当然、それまで守ってくれるから付き従っていた小国らは反発を隠しもせず離反。
さりとて、他に頼るべき国はない。小国はどこも似たり寄ったりな状況であった。寧ろ弱みを見せれば即座に付け込まれる。
シュシュヌの庇護下にいた彼らは未だ恵まれていた方であった。いつ何時隣国から戦争を仕掛けられるかも分からない危険を、かなりの部分減らすことが出来ていたのだ。その為の火種も、兵士も、周辺国には充分にあったのだ。
今までは戦姫とシュシュヌ教国の庇護下にあるディスミナやラーマナに仕掛けることは出来なかった。シュシュヌの庇護下にある国に戦争を仕掛けるということは、シュシュヌの覇権に挑戦するのと同義であった為だ。
しかし、シュシュヌの弱体化によって庇護下から半強制的に『離脱させられた』二カ国は、その機会までも隣国に与えたことになる。
今までシュシュヌの庇護の下で甘えていた彼らには、周辺国は飢えた虎か狼にしか見えなかった。生き馬の目を抜くような外交戦も、死兵を繰り出す壮絶な戦の嵐も、大国の影に隠れてやり過ごすことが出来ていたからだ。
かと言って、自立するには周りの勢力が強か過ぎる。故に彼らは頼らざるを得なかったのだ。
万人を導く聖女という偶像に。それを以って魔物に対抗すると宣う象牙の塔の綺麗事に。
「各国に対する通過許可は、教会の名によって得ている」
重々しいセリオンの言葉に、フロイドとターニャは頷く。
「余計な摩擦は望ましくないからね。ターニャ殿、回復水薬の生産状況は?」
「軽傷用水薬は1万人分の生産を終えています。重傷用水薬は5000人分程。魔素水薬は3000人分程です」
「やはり魔素水薬は時間が掛かるね」
「調合には細心の注意を払わねばなりません。ゲルミオン王国に提供した程度のものであれば倍の速度で作れますが」
「いや、今のままでいこう。時間はどちらにも平等だ」
「そうですね……。問題があるとすれば物資の方です。各国から支援を受けていますが、冒険者ギルドの衰退に伴って西側からの物資は一切入ってきていませんから」
「それは、こちらで何とかしよう」
セリオンの言葉に、彼女は頷く。
「分かりました。では、このままの方針で進めたいと思います」
頷く二人の長老を確認して、ターニャは口を噤んだ。
「結構だね」
フロイド達の耳に歓声が届く。僅かにターニャの眉が顰められたが、噤んだ口は何も発することはなかった。横目で彼女を確認するセリオンも、それは同様。
「……聖女は無事に役割を果たしてくれそうだ。人類を救う為、より一層の努力をしよう」
無言の内に彼らは分かれた。
「……一人一人の志が違うのは仕方がない。それが人間というものだ。だが、それが袂を分かつ程のことだろうか? なあ、神よ。見ているのだろう?」
口元に笑みを刻み、フロイドは自嘲する。
長き年月を生きる不老の魔術師は高い尖塔から眼下を見下ろす。その光景は聖女レシアを中心に燃え上がる炎のようであり、熱気は白銀の大地を溶かすかのようだった。彼にはそれが熱に浮かされた狂信者達の馬鹿騒ぎに見えた。
「子供は親の元から巣立つものだ。感情が理性を上回ろうとも、後戻りなど出来はしない。時は戻らないし、歩き出した道を逆に行くこともない」
視線を転じて西を見つめるその視線には、自信が満ち溢れていた。
「飼い慣らしてみせよう。人の感情も、志も、叡智の鎖によって……!」
高揚を隠せないのはいつ以来だろうと笑みを深くして、フロイドは研究室へと戻る。
白き北の大地に、人間の英知の結晶は高く聳え立っていた。
◆◆◇
王暦2年初夏。
王都建設と軍備の再編を着々と進めるゴブリンの王の下に、南の国境を守る4将軍ギ・ギー・オルドからの報告が届く。
「で、概要は?」
執務室で書類に埋もれるゴブリンの王は、作業の手を止めて報告に来たプエルに問い糺す。
「国境での小競り合いです。すぐさま反撃に転じて撃退したとのこと。負傷者は居ないそうですが魔獣をいくらか損耗し、敵の歩兵を30名程討ち取ったとのことです」
「ふむ……。敵対してきた国は分かるか?」
「シーラド王国とのことですが、どうもかの国は混乱の渦中にあるようです」
「国の意思ではないと?」
「はい。将軍どころか国王ですら軍を纏めきれていないようです」
ゴブリンの王は再編成を終えた戦力を確認し、再び視線を机の上に落とす。
ギ・ガー・ラースク率いる虎獣と槍の軍。ギ・グー・ベルベナ率いる斧と剣の軍。ラ・ギルミ・フィシガ率いる弓と矢の軍。そしてギ・ギー・オルドの双頭獣と斧の軍。
アルロデナ王国を支える4つの軍団だが、国境の小競り合いで使うには余りにも大きな戦力と言える。況して、今アルロデナ王国は聖女奪還の為に軍を整えている最中である。
アランサインに新編した戦乙女の短剣を加入させて戦力の増強を図ると共に、連携を確認する訓練を重ねている。また、縮小したシュシュヌ教国では抱えきれない槍騎兵や弓騎兵の一部もアランサインに加えている。
全軍で6700にも上る騎馬軍であった。
フェルドゥークは暗黒の森で生まれた新兵達を加えて戦力化に取り組んでいた。ギ・グー・ベルベナ門下の三兄弟グー・タフ、グー・ビグ、グー・ナガらノーブル級のゴブリンを中心として指揮下に組み込んでいる為、その調練は厳しいものとなったが、それだけに仕上がった軍はギ・グーの手足のように動いていた。
総勢7500を数えるゴブリン最大の軍勢である。
ファンズエルはシュシュヌ教国併呑後に妖精族の諸部族を戦力に加えていた。恒常的な兵力を提供する同盟に従って、それぞれの集落から供出された兵士100名を、ギルミは妖精族の部隊として運用を考えていた。
弓王フィーニー、火蜥蜴バールイ、剣舞士ベルク・アルセン。人間の世界ですら威名を轟かす彼らを一軍の指揮官として扱った。ただ、その数は妖精族として纏まってすら600程の少数である。主力としてはシュメアの辺境守備隊を据えて、亜人やガンラ氏族やオークと共に運用を試行錯誤している。
総勢4500程の中規模の軍勢である。
ザイルドゥークは今現在、ギ・ギー・オルドが統括する魔獣軍と、ギ・ブー・ラクタ率いる後方支援担当の後ろの者達とに分かれている。純粋な戦力で言えば獣士1200からなる最も少数の軍勢だが、魔獣を加えれた総数は圧倒的である。
ただ、実数は不明である。魔獣達が繁殖と捕食を繰り返す為、その全てを把握することが出来ないからだ。
戦姫戦役を経て魔獣軍の運用を試行錯誤するギ・ギー・オルドは、それを発揮する機会を欲していた。ある意味、最も戦いたがっているのが彼かもしれない。
下手に国境の戦線に投入してしまえば、一国を蹂躙してしまうかもしれなかった。
「……ふむ」
戦姫戦役の後、ギ・ズー・ルオとギ・ヂー・ユーブにも一軍を持たせてはみてはどうかというプエルからの進言に従って、彼らにもそれぞれ兵を率いさせている。
ギ・ズー・ルオに1000のゴブリン兵。ギ・ヂー・ユーブには2000のゴブリン兵。両者共に、これまで戦い抜いてきた独自の兵を中核に新たな兵を補充して訓練を施している。
知恵無き巨人を討伐した頃から付き従うノーブル級ゴブリンのズー・ヴェドを中心に武闘派ゴブリン達で構成されたギ・ズー・ルオの軍は、調練過程で新兵のゴブリンが半死半生になるのが当たり前という過酷さで、死者が出ないのが不思議な程であった。
ギ・ヂー・ユーブの軍は、ゴブリンの軍勢の中で最も練度が高い。集団戦術の長槍隊と、ギ・グーや聖騎士ヴァルドーを真似た撃剣隊が中心となる。
統制はどの部隊よりも効いており、ギ・ヂーの命令によって進むも退くも自由自在である。的確な指示によって迅速に動いてみせる姿は、人間の兵士達と遜色ないものだった。
「ファンズエルか、軍だろうが……」
2つの軍団を比較した場合、ファンズエルを投入すれば混成軍だけに時間が掛かることが予想される。他の軍団と比較して率いる者が冷静沈着であるという点で選ばれているのだ。ギ・ヂー・ユーブのレギオルなら脅すだけで充分である。今回の件には調度良いだろうとゴブリンの王は考えた。
「無駄に戦火を広げる必要はない。目下最大の目的はオルフェンの聖女だ。レギオルを国境線に派遣し、速やかに譲歩を引き出せ」
ゴブリンの王の言葉にプエルは頷く。半ば予想していたことであったので、的確な判断に頭を下げる。
「交渉をさせるのならば、ギ・ヂー殿と誰かを組ませねばなりません。どなたかご指名はございますか?」
シーラド王国は元々シュシュヌ教国の庇護下にあった国である。先頃、戦姫に反旗を翻して完膚なきまでに叩き潰され、再び服従の姿勢を取ったが、今は混乱の渦中でゴブリン達に立ち向かうことすら出来ないのだ。
「バラッド・アガルムアが隠居を申し出ていたな。あの者を使おう」
「成程。良き人選かと思います」
ゴブリンの王が再び書類に目を通し始めたのを確認し、プエルは退出する。アガルムア家に使者を出さねばならない。彼女は歩きながら王の意図を考え、口元に薄く笑みを浮かべた。
ブランシェの就任に際して激しい内乱が起きた。裏でその糸を引いていたのがバラッドだという噂が、実しやかに囁かれていたのだ。そして、シーラド王国は農産物の輸入をシュシュヌに多く依存している。当然、バラッドとの関係は深いものにならざるを得ないだろう。
そういう意味からも、中々の人選であると言えた。
穿った見方をすれば孫の養育に力を注ぎたいバラッドを働かせることによって暇を与えず、将来的な禍根を絶ちたいとの思惑がある。王の座す都近辺に巨大な領地を持つ大貴族が居座っているのは甚だ問題がある。
今はゴブリンの力が大きく、彼らは反抗するつもりなど全く無いだろう。だが、将来ゴブリンの力が一時的にでも弱まったなら、彼らはどのような態度を取るだろうか?
種族調和の象徴的な都市になるであろうレヴェア・スーを蹂躙しないと、誰が断言出来るのか。
その危険を考えれば、早めに厄介の芽を摘んでおく必要があった。恐らくゴブリンの王はそこまで考えてはいないだろう。使えそうな者が居たから使う。ただそれだけだったに違いない。今はそれで構わないとプエルは考える。
「王の足りないものを補うのは臣下の務め」
プエルは彼女の執務室に到着すると、ギ・ザー・ザークエンドを呼び寄せる。暫くして不機嫌そうに入ってきたギ・ザーに目を細めたプエルは、笑みを浮かべて提案した。
「貴方の大嫌いな三大貴族の力を削ぎたくはありませんか?」
「ほぅ?」
眼の奥に光る残酷な喜びに口元を歪ませ、ギ・ザーは笑みを見せて頷く。
「是非もないな」
翌日、アガルムアの当主であるバラッドの息子に対してギ・ヂー・ユーブの軍に同行し、シーラド王国との外交を任せる旨を知らせる使者として、ギ・ザーは彼らの屋敷を訪れた。
驚愕して逃げ出そうとする当主に、ギ・ザーは嬉しそうに切り出す。
「断るなら処罰を覚悟せよ。これは国の外交を左右する重責である」
悲鳴を上げる余裕もなく脂汗を流すバラッドの息子は、ギ・ザーが帰った後に父親に泣きついた。バラッドは、その時点でゴブリン達の意図を察した。察せざるを得なかったと言っても良い。
そもそも彼が隠居を申し出たのは、ゴブリン達の持つ情報力と思考の確かさに敗北を認めたからなのだ。彼らから見れば、己の息子が非才であることなどすぐさま判ろうというものだ。
なのに、敢えて外交を任せるという。
つまり、失敗しても構わないとの判断に違いない。睨まれている自覚があるバラッドからしてみれば、ゴブリン側がアガルムアを合法的に処刑台に送る下準備をしているようにしか見えなかった。
人間相手なら付け入る隙や危険を回避する術は心得ている。だがゴブリンが相手となれば、それが通用するのか甚だ心許ない。
「……儂が、代わりに行こう」
渋い表情で頷くバラッドは翌日王宮に出向き、息子ではなく自身が出向くことをプエルに告げた。
「左様ですか」
無表情に告げるプエルは出発日と譲歩はどこまで可能かの条件を提示し、バラッドを国境まで送り届けた。
「……焦ることの無いよう、しっかりした交渉をお願いします」
「無論」
奮然と言い切るバラッドはギ・ヂー・ユーブのレギオルと合流すると、早速シーラド王国と交渉を開始した。国境の確定という国同士の意見調整には、時に年単位の歳月が掛かることもある。だが、バラッドは押し出しの強さとコネを十二分に活用し、僅か二ヶ月で交渉を纏め上げてみせた。
国境の一部を割譲させ、同盟の打診の言質までも取ってきたバラッドの手腕にギ・ザーは付け入る隙を見い出せず、悔しそうに舌打ちするに留めた。
「充分な成果と言えるでしょう。流石バラッド・アガルムア殿」
王の前で彼を賞賛するプエルの笑みに反発を隠しながら、バラッドはただ只管に頭を下げた。
「今後も、貴様の働きに期待している」
血のような赤い目で腹の底に響く声を掛けたゴブリンの王に、黙ってバラッドは頭を下げた。その威圧は権力者との対話に慣れているバラッドですらも怯んでしまいそうな圧力を伴っていた。
同盟の条件として指揮官と兵の差し出しを呑ませると、ゴブリンの王はそれ以上の条件は付けなかった。だが、流石にそれでは条件が少な過ぎると判断しプエルは、人間以外の諸種族に対する人間と同等の権利を要求した。
裁判権や人頭税、更には人間以外の種族に対する不平等な課税の禁止と撤廃。それらを認めさせることでシーラド王国を同盟国と見なすとしたのだ。
無論、違反が見つかった場合は血の制裁が待っているのを言外に匂わせて。
結果としてシーラドはこの条件を呑んだ。彼らには断ったら即座に国境に展開するギ・ヂー・ユーブ率いるレギオルが王都まで攻め寄せてくる未来が見えていたのだ。喉元に剣先を突き付けられる妄想に取り憑かれた彼らは、大した抵抗もないままその条件を承諾した。
バラッドに散々脅された結果だったが、この同盟は思わぬ所に余波を齎していた。
バラッドの脅しが効き過ぎたのだ。聖女を中心に集まる連合に急速に参加する国が増え、近隣の小国は挙って連合への加盟を表明した。
バラッドの話した内容が一人歩きし、尾ひれと背ビレをつけたまま三倍程に膨らんで各国に伝わったのだ。今まで殆どゴブリン側の情報を得られなかった小国は、その噂話に恐怖した。
──ゴブリン達の支配下に入ったなら、今まで亜人達に課していた分の税を搾り取られる!
──裁判権も没収され、ゴブリン達の意のままに不当に裁かれる!
──女は奴らの子供を生む苗床にされ、男は奴隷に堕ち、子供は彼らの食料として連れ去られる!
得体の知れないもの程、人に嫌悪と恐怖を齎すものはない。
例え傀儡だとしても聖女に助けを求める程、彼らは追い詰められていたのだ。
緑の梢が目に彩りを楽しませる季節。
アルロデナ王国と連合の間には、静かな緊張感が漂っていた。
◆◆◇
クシュノーアの賠償金の大半はヨーシュの発案する公共事業の資金となっていた。レヴェア・スーへの遷都に伴う首都の再開発。戦乱で破壊されたゲルミオン州区やプエナの復興補助費などである。
火の妖精族バールイの主導で始まったレヴェア・スーの都市開発は、アルロデナの息のかかった商会が独占的に受注した。ハマ商会やメッサー・デオン商会、ルドノア商会らはギルドから発注された建設の仕事を片っ端から請け負う。
総支配人たるヨーシュから優先的にこれらの商会に人を回すように依頼されたレヴェア・スー支店は、それを忠実に守った。建設で力を伸ばしたのはメッサー・デオンとルドノアの二つであった。
ギルドで紹介された人夫を大量に雇用し、更に奴隷までも総動員して仕上げていく体制はゴブリンの王の発案によるものだった。今までは囲い込んだ職人が単独で仕上げていたものが、各作業を切り離すことにより単純化し、技術の無い者達でも作れるようになっていったのだ。
元々薬の行商から手広く商売を広げていたハマ商会は着実に大商会への道を歩み始めており、それに追随する形でメッサー・デオンとルドノアが商売の規模を広げていったのはプエルの意図した通りである。
坂道を転がる雪球のように勢いを増して成長を続ける商会に、プエルは小国への進出を持ちかける。商館を出して情報収集の拠点とする為だ。
足掛かりが無いままで小国に進出するのは非常に危険だ
ヴィネのような劇薬を使えば、下手をすれば最初期から躓いてしまう可能性すらあるのだ。だが、商館を隠れ蓑に出来るならば危険性は一気に低くなる。何といっても、商人はその土地の住人に必要なものを売るのが仕事だ。
暴利を貪るような真似さえしなければ、真新しさから馴染むのは意外と早い。当然、それなりに国と購買者に貢献せねばならないのは確かだが。
アルロデナの情報収集を担っているのは彼女のエルクスだ。元々家族のようなクランだった彼らの安全を図るのは当然だったし、それが国家の利益になるのだから躊躇する理由はなかった。
王暦2年の冬から新春にかけて、ハマ商会とルドノア商会の商館がシーラドを始めとする隣接する小国に建設された。
今は小さな一手だが、その一手は今後の情報収集能力を大きく引き上げるものだった。
2月4日修正




