遷都
王暦元年。秋から冬にかけてシュシュヌ教国を破ったゴブリンの軍勢はシュシュヌ教国王都リシューを接収し、そこを首都と定めようとしていた。
大陸中央にある風渡りの大草原に囲まれ、気候は温暖である。北側2キロルに流れる大河クレノーシュからは、水道橋を通じて下水道も完備されている。
また、リシューは大陸南部から東部へと続く富の街道の一端に連なっており、経済的な面からも重要な都市である。
「どうあっても、か」
「遷都をするからには、どうあってもです」
ゴブリンの王はヨーシュの助言によって臨東からリシューへの遷都を決めているが、問題なのは名称である。
王としては都市の名称など別に変えなくとも良いと思っていたのだが、彼の幕下にある官吏、武官たるゴブリン、妖精族、更には軍師プエルまでもが名称を変えるべきだと主張して止まないのだ。
「勝者には勝者の権利というものがございます。王は略奪をなされないのですから、せめてそのくらいはしませんと配下が不満を募らせましょう」
勝者は敗者に対して略奪の権利を有する。
これは魔物対人間では考えられないことだが、人間同士の争いならば適用される権利だという。魔物対人間では互いに殺し合うのみだからだ。
逆に言えば、不必要な虐殺を防ぐ為の権利とも言える。
「成程……。分かった」
深く頷くゴブリンの王は、内心の焦りを見せぬように瞼を閉じて腕を組んだ。
「王の座す都でどうだ?」
「まぁ、王がそれで良いと仰るなら」
僅かに視線を交わし合った官吏達に比べ、ゴブリン達は大きく頷いた。
「流石は我らの王です! 我が王に相応しき都となるでしょう!」
大きく賛同の言葉を口にするのはギ・ドー・ブルガ。錬金術士という新たな階級へと進化を遂げた王の配下だった。
煮え切らない頷きを返すゴブリンの王に気付かず、ゴブリン達は盛んに王の名付けた新たな都レヴェア・スーを褒め称えた。
それを横目で眺めていた軍師プエル・シンフォルアは、一つ咳払いをすると、王に意見を述べるべく片膝を突く。
「では、遷都の時期はいかが致しましょう? 幸いにも王都レヴェア・スーは無傷のまま接収しています。今すぐにでも動くことが可能ですが」
「うむ」
レシアの事を思えば、直ぐにでも東進したいゴブリンの王だったが、無傷で接収した新王都レヴェア・スーには、未だ数多くの人間達と元王族が居る筈だ。
先ずは、そちらの整理が先だろう。
降伏した戦姫が命を懸けて救おうとした王族だ。ならば、それなり以上に遇するのが礼儀というものだろうとゴブリンの王は考える。
「その前に王都の整理を優先させよう」
「良きご判断かと。暫く王にはガルム・スーにて政務を執って頂き、準備が出来次第遷都なされるのが宜しいかと思います」
「そうだな。遷都するにしても邪魔な鼠が未だ残っている。裏切り者が居ては安心して寛ぐことも出来ないからな」
プエルの言葉に頷いたのは、ギ・ザー・ザークエンドだった。
先の戦姫戦役においてクシュノーアの当主に一杯食わされたのを根に持っている彼は、報復を誓っていたのだ。
「裏切りには相応の罰を与えねばならん。王よ、寛容が大切なのは俺にも分かる。だが、懲罰は必要だ」
王は、ギ・ザーの言葉にも一定の理解を示す。
「確かにな。だがな、ギ・ザーよ。彼らは既に裏切り者という罵声を浴びせられ、恥辱に塗れているではないか。これは懲罰ではないのか?」
「……ゴブリンなら、確かにそうかもしれん。だが、相手は人間だ。奴らには死こそが懲罰となる」
居並ぶギ・グーやギ・ガーを見渡し、ギ・ザーは王に意見する。そしてプエルもギ・ザーの思惑を支援する形で発言した。
「少なくとも何らかの処罰は必要です。当主の交代、或いは金銭的な譲歩を引き出す必要はあるでしょう。怨恨を抱いたまま統治に乗り出すよりは宜しいかと」
「……分かった。処罰を考えよう。暫し待て。プエルはクシュノーアの資料を持ってこい。これにて会議は解散とする」
一斉に頭を下げる臣下達に頷いて、ゴブリンの王は会議室を後にする。
王は戦が終わった後、報復的に人を殺す必要を感じなかった。
確かに裏切りによって被害が増したのは痛い。だが、元々敵であるのだから裏切ったことをとやかく言うのはこちらの不手際を相手に押し付けているだけではないだろうかとも感じていた。
騙されたこちらが悪い。それ以上の感想を持ち合わせなかった王にとって、ギ・ザーが報復的にクシュノーアを血祭りに上げたいと主張しても、あまり乗り気にはなれなかった。
対するギ・ザーは如何に知的と言えども、やはりゴブリンであった。朱に交われば赤くなるの言葉通り、武断的な周囲のゴブリンの影響を受けずにはいられない。
彼らの最大の価値とは、名誉である。
王と共に戦う名誉。そして、王に認められる為には己の有能さを常に誇示せねばならない。そんな中でのクシュノーアの裏切りは、ギ・ザーの顔に泥を塗るものであった。
王の影響下では交わした約束は守らねばならないとするのがゴブリン達の一般認識である。極めて真っ当な考えだが、それが外交の場でも正解かと問われれば、一概にそうとも言い切れないのが国家間のやりとりの難しいところだった。
ギ・ザーもその例に漏れず、一度交わした約束を反故にしたクシュノーアを許しがたく思っていた。更に自身の顔に泥を塗られるという種族的な侮辱行為のおまけ付きだ。
人間に最大の恥辱を与えて報復せねば、彼は到底納得することが出来なかった。
「失礼します」
執務室に戻ったゴブリンの王の元へ、プエルがクシュノーアの資料を持ってくる。
「プエル。お前はクシュノーアの処罰に賛成か?」
ゴブリンの王は、資料を読み込みながらプエルに尋ねた。
「賛成です」
「ほう?」
先を促すゴブリンの王の視線が資料からプエルに向かう。ゴブリンの王の意外なことを聞いたという視線を受けて、プエルは自分の考えを伝えた。
「クシュノーアは交易の家と聞いています。その当主に対して理由を付け、処罰なさることは必要だと愚考致します」
プエルの言葉に、王は暫く思考に沈む時間を要した。
「……成程。交易の家か」
「はい。ハマ商会やルドノア商会、メッサー・デオン商会など、我らに協力的な商人達にそろそろ頭角を表してもらわねばなりません」
「頭を狙い撃ち、混乱を誘い、敵の牙城を切り崩す、か」
プエルは豊富な資金を注ぎ込まれたアルロデナ系商人達による経済面での攻撃を考えていた。ジュエルロードを通じて潤う経済圏の最大の後援者はプエナの長老衆であったが、彼らは暴力の嵐によって根こそぎ死に絶え、僅かに残った者も最早虫の息である。
関税を掛けると共にジュエルロードを通る交易商人達を手厚く保護し、その利益によって潤っていたのがプエナの長老衆だった。
彼ら亡き後、その役目は大陸中央最大の権門クシュノーアの下に転がり込む。
小国家群から先の聖王国アルサスや海洋国家ヤーマなどの大国との交易を通じ、クシュノーアの旗の下には巨万の富が転がり込んできていた。
プエルは、それを奪うと言っているのだ。
「金とは決して厭うものではありません。王ならば、その辺りはご存知かと思いますが」
「無論だ。……その為にはクシュノーアが邪魔か」
「少なくとも、当主の権威を失墜させる必要はあります」
「懲罰金の支払いを命じよう。シュシュヌ教国の国家予算の4倍程のな。それを10年の間、分割で払うことを約束させよ。これを受け入れないのなら当主の命を奪う」
僅かに思考を巡らせ瞼を伏せたプエルだったが、一つ頷くと理解を示した。
「当主が逃亡した場合は?」
「拒否すれば死だ。その結論は変わらん」
「分かりました。その条件でギ・ザー殿に伝えましょう」
王の元から退出し、1人廊下を歩むプエルの前にギ・ザーが立っていた。
「王は、クシュノーアへの復讐をお認めにならなかったな?」
「懲罰として金貨の支払いを命じられました。シュシュヌ教国の国家予算の4倍程の額になります。これを払えぬ場合は、死をもって償わせるとのことです」
目を細めたギ・ザーは、プエルを睨む。
「王の御意志を曲げてでも、己の復讐に拘りますか?」
「つくづく我が王は甘い。俺に復讐の余地を残してくれるとはっ!」
「……そうですね。詰めが甘い。ですが、私がそれを許すとお思いで?」
如何にクシュノーア家でも、シュシュヌ教国の国家予算の4倍の額を一括で払うことは不可能である。故にゴブリンの王は10年の歳月を用い、クシュノーアを抑え付けながら新規参入の商人達が食い込める余地を作れと、プエルに命じたのだ。
つまり、後半の条件を伝えなければクシュノーア家にとっては事実上の死刑宣告に等しいのだ。彼らは逃亡するか、自死するかの選択を迫られることになる。
交易で栄えた家である為、商売相手は海外にも豊富に居るだろう。
プエルとギ・ザーの間に目に見えぬ火花が散る。
「……いいや、そうとも思えん。全く不愉快だが、我が王の御意思だ。元々、俺の名誉など大したものではないからな」
ギ・ザーは気持ちを切り替えるように息を吐き出すと、背を向ける。
「はい。賢明でいらっしゃいます。ギ・ザー殿」
プエルは頭を下げたが、肩越しに振り向いたギ・ザーは言葉を掛けることもなく、そっけなく歩み去る。
「屈辱の生か、苦痛の死か……。どちらにしてもクシュノーアに未来はありませんよ」
プエルの言葉に、ギ・ザーは片手を上げて答えた。
ギ・ザーでは、未だその力加減が分からない。故に緩慢な衰退を齎しての崩壊をプエルに任せることとしたのだ。
後日、クシュノーア家から懲罰金の支払いを受け入れるとの返事が届いた。
◆◆◇
遷都の準備を進めるゴブリンの王の下に四つの妖精族の代表者が顔を揃えたのは、王暦元年の冬である。ガルム・スーに集まった面々は錚々たる顔ぶれだった。
火の妖精族からは、火蜥蜴の異名を取るバールイ。
水の妖精族からは、血盟花王の弓王フィーニー。
土の妖精族からは、ベルク・アルセン・ロイオーン。
風の妖精族からは、英明のシューレから全権を委任されたシュナリアである。
実力も実績も申し分ない強者を揃えた火と水の妖精族に対して、土の妖精族は若手の剣士。風の妖精族は統治の実績はあるものの実力は今一つのシュナリアが代表であった。
ゴブリンの王と軍師プエルの立ち会いの下で行われた会議において、実に百数十年ぶりに会したそれぞれの妖精族の近況の報告と現在の勢力の確認などが行われた。
これは、ゴブリンの王が国として彼らと同盟を結ぶ意志を表明している為である。
ゴブリン側にとって同盟とは、すなわち兵力の供給と同義である。
シルフは常に300前後の兵をゴブリンと共に戦場に供出している。これとは別にフェルビー率いる治安維持部隊を100名。合わせて400の兵を同盟として彼らに提供している。
これは他の妖精族からすれば、かなりの大所帯であった。
一時的に集落の男手をかき集めればそのくらいの人数は集まる。現にノームのベルク・アルセンは500近い兵を率いて、ゴブリンの王の麾下に参加を申し出ている。
だが、恒常的にその兵数を出すとなると話は別だ。
シルフがそれだけの兵数を維持出来ているのは、暗黒の森という人間が入ってこれない未踏領域に守られているのと、英明のシューレという優れた導き手が居るからこそだった。
シルフ統一戦争を経た後、シルフ全体の人口は増加しているのだから、彼の政治手腕の確かさが実感出来る。
対して人間の入ってこれない領域に逃げたノームは、厳しい自然環境に適応していく過程で人口の減少を避けられなかった。
現状で恒常的に兵力を供給すると成れば、200がやっとという有り様である。
それは火と水の妖精族も同様であり、如何にシルフが豊かであるかを物語っていた。
だが、それでもゴブリンの王の意見は変わらない。
同盟を組むのなら例え少数でも兵を出さねばならないとした王の意見は、兵数の多寡ではなく協力関係を結ぶ上での実質的な意思表示という、ただその一点に向けられていたからだ。
兵数で言えば、ゴブリンの王の配下には兵数2万を超える充分な兵力が揃っている。
民が即ち戦士である彼らだけでも、充分に東に対峙する小国と渡り合っていけるだろう。だが、統治の観点から見ればそれでは駄目なのだ。同盟者の地位を保証するなら、共に血を流して戦ってこそ信頼を置くことが出来る。
最大勢力たるゴブリン達はそう考えるし、ゴブリンの王に従って幾多の戦役を潜り抜けてきた兵士達は、強い信頼で結ばれている。
過去の歴史を知っているゴブリンの王は、優位な内に結んだ同盟が劣勢になると途端に効果を発揮しなくなる例を幾つも知っていた。だからこそ、逆境においても機能する同盟を模索しながら協力関係を築こうとしていたのだ。
その為には盟主となるゴブリンの軍勢に妖精族が個別に戦力を提供し、それぞれの技を以って貢献していく形にしなければならない。
軍事的には大きな加勢にならなかった妖精族の加入だったが、別の分野においてはそれぞれにアルロデナに貢献出来る素養を持っていた。
ゴブリンの王が彼らの集落の全面的な保護と対等な同盟を切り出すと、妖精族はそれぞれに自らの持ち得るものを提示した。
「我らは、治水の術を持って王国に貢献しましょう」
水色の豊かで長い髪を腰まで伸ばしたフィーニーが、ゴブリンの王へ提案する。
シルフが森の声を聞くことが出来るように、ウィンディは水の声を聞くことが出来るのだという。洪水の防止や降雨の多寡に加えて、天候の予測なども彼らの得意とするところだった。
「じゃあ、俺達は鍛冶と建築だな」
灰色の肌と燃えるような赤い髪を持ったバールイが笑う。
鍛冶と建築に優れた力を発揮する彼らは、水の神と森の神の生み出した子供らの中でも異端であった。最も彼らに言わせれば、4人も子供が居れば1人ぐらいは変わった奴が居るものだ、とのことだが。
ノームの戦士は元は優れた農耕技術を持っていたが、故郷を追われた時にそれを棄てざるを得なかった。彼らは砂漠に追いやられてからの百数十年前から狩猟の民として生きている。
「我らは武技を以って王国に貢献します」
「ほう? では、何の声を聞くのだ?」
火蜥蜴と異名を取る戦士バールイは、若いベルクに問いかけた。
「砂の声を聞き、砂鯨を狩るのが我らの生きる道。王国には、鍛え上げた我らが剣技を持って協力しようと思う」
「面白い事を言うな!」
獰猛な笑みを見せたのは長年傭兵稼業をしているバールイの本性かもしれない。僅かに眉を顰めただけのフィーニーとは対照的に猛々しい笑みを浮かべると、ゴブリンの王に向き直る。
「見届けを頼もうか。この若造の言葉が貢献に値するかどうか」
「まぁ、良かろう」
ゴブリンの王が頷くのを待って、サラマンドルとノームの戦士は練兵場へ移動する。
◆◇◆
「今更、詫びを入れても遅いからな」
使い込まれた長剣を構えるバールイは、対峙するノームの戦士に笑いかける。銀色の髪と小麦色の肌。そして長い耳を垂らしたベルク・アルセンは静かに頷いた。
「我らが祖先が血潮に変えし剣技。とくとご覧頂こう」
引き抜いたのは長剣と、奇妙な形の短剣である。
三叉に分かれた短剣は、マンゴーシュと呼ばれるものだった。
「いざ!」
バールイが僅かに間合いを詰める。
ベルクは態とマンゴーシュを下段に構え、誘うように間合いを詰めた。
対峙は一瞬。
猛禽のように鋭いバールイの一撃が誘ったベルクへと襲い掛かる。詰めた間合いからの有無を言わせぬ直突き。長剣をベルクの喉元目掛けて突き入れたのだ。人を殺せる速度の突きではなく、明確に殺すつもりの突きである。
相手がバールイの殺気に反応出来なければ死ぬ。受け損なって肩にでも当たろうものなら肩ごと吹き飛ばしかねない一撃である。
それ程の剣速と威力を伴った攻撃を、ベルクはマンゴーシュで絡め取る。
外から見ていれば、マンゴーシュがまるで柳のような柔らかさを保って突き出された長剣に絡みつくように見えただろう。同時に身体を半身にずらしてバールイの間合いの内側へ入り込むと、長剣を火蜥蜴の喉首に突き付ける。
「若造、それで勝ったつもりか?」
よくよく見ればマンゴーシュは三叉の刃に角度がついていて、挟み込むように突いてきたバールイの長剣を受け止めていた。
「……態々勝利を譲られたのだ。当然、勝利を宣言させて頂く」
「ふん、可愛げがないな! 名前は何だったっけか?」
「ベルク・アルセン・ロイオーンと申します。火蜥蜴バールイ殿」
「火蜥蜴はいらん。バールイ・ネイサリスだ」
長剣を仕舞い、手を差し出すバールイにベルクも手を差し出して握手をする。
「よろしく頼むぞ。南の同胞ベルクよ」
「こちらこそ。またご指導下さい。北の同胞バールイ」
親しげにベルクの肩を抱くバールイを見て、フィーニーは溜息を付いた。
「悪い男ではないのですが、どうにも単純で……。シュナリア殿、あれが火の妖精族の全てだと思われませぬよう」
「いえ、私も同族でそっくりな人を存じ上げていますので……」
「それは……返答に困りますな」
水色の髪を掻き上げて本当に困った顔をするフィーニーに、シュナリアは自然と微笑んだ。
見届け人であるゴブリンの王の元までやってきた二人の戦士は共に膝を折る。口を開いたのはバールイが先だった。
「ゴブリンの王よ。このノームが述べた先程の言葉。我が火蜥蜴の名誉に懸けて真実と証言させてもらう。この者は必ず御身の役に立つであろう」
「確かに見届けさせてもらった。ゴブリンにも剣術を扱う者がいる。配下達とも剣を交え、互いに研鑽を積むがよい」
「ありがたきお言葉。ノームの忠誠は貴方が我らを保護する限り、惜しみなく捧げられるでしょう」
バールイの後を引き継いだベルクがノームの総意を述べると、ゴブリンの王は満足気にそれを受け入れた。
後日、彼らはギ・ゴー・アマツキというゴブリン一の剣士と試合を行い、お互いの剣技を認め合う仲となった。
◆◇◆
王暦2年の新春。
プエルから準備が整ったとの報告を受けたゴブリンの王はガルム・スーを後にすると、レヴェア・スーへと遷都を決める。
元の住民はそのままに、大量のゴブリンと妖精族を受け入れなければならなくなった旧リシューは、大幅な増築を迫られていた。
外壁の一部は取り壊され、それをそのまま建築資材として活用しながらゴブリンの王が来るまでに何とかゴブリン達の兵舎を用意出来たのは、火蜥蜴バールイ率いる火の妖精族の建築技術のお陰だった。
適当に割り振ったとしか思えない区画に、何とかゴブリンと妖精族を詰め込んだのだ。
「何かご不満でも? 雨露を凌げれば構わないでしょう?」
誰がどう見ても雑居区画でしかないその地域に不満を持つ者が続出するが、プエルにしてみればそれこそ贅沢というものだった。
そんなプエルを間近で見たゴブリンの王は、人選を間違ったのだと判断せざるを得なかった。彼女は確かに優秀である。政治に軍事に謀略。何を任せても人並み以上に働いてみせる彼女だったが、都市計画に関しては全く才能が無かったらしい。
ヨーシュであれば、悲鳴を上げながらも各種族毎に不満を言わせない区画整理をしただろう。
壮麗な宮殿など端から必要としていなかったゴブリンの王は、必要最低限の物資だけを残して財宝などは売り払い、計画的な都市作りを推進していくことを決意。
相談相手を探していたゴブリンの王だったが、目に止まったシュナリアにそのことを相談してみた。
「では、木を植えなければなりませんねっ!」
長い耳をぴょこぴょこと動かしながら興奮するシュナリアに、また相談する相手を間違えたとゴブリンの王は嘆いた。妖精族はやたらと木を植えたがる。
家々を取り壊し、道路を寸断し、農地を潰してでも木を植えたがるのだ。
これはもう一種の病気だろう。
この種の病気と無縁なのはプエルくらいであったが、彼女の思考の方向性は合理という縛りで括られている。繊細な心配りでは、目の前のシュナリアといい勝負だった。
次いでゴブリンの王が相談を持ちかけたのは、ベルク・アルセンだった。
剣王ギ・ゴーと雪鬼達を交えた試合をしていた彼に都市計画のことを相談してみるが、ベルクの答えは至極あっさりしたものだった。
「獣の骨と皮。それ以上の家に住めるのだ。他に何が必要だと?」
そう、ゴブリンの王も失念していたことだが、彼らは南方蛮夷の地と呼ばれる辺境に暮らす蛮族なのだ。
そもそもゴブリンの王は自身がそういった才覚に乏しいことを自覚していた。都市計画などという難解極まるものを単独で行うのは無謀であると重々理解している。進退窮まったゴブリンの王は最後の切り札としてヨーシュを招聘するしかないかと考えていた。そんな所に偶々バールイが通り掛かる。
「何かと思えば都市整理か。それなら北側に拡張が必要だな。後は南側の人間の住居の辺りがスラム街になってるのを何とかしないと駄目だろう」
その発言に、ゴブリンの王は天啓を得た賢者のように固まった。
「分かるのか、バールイ?」
「おいおい、俺達を何だと思ってんだ? ただの戦好きの粗暴な人間と一緒にしてもらっちゃ困るぜ」
豪快に笑うバールイは腕に力こぶを作ってみせると、ゴブリンの王に向き直る。
「こちとら水と森の神から生まれた異端児よ。異端になったからには、それ相応のものを親に認めさせるのが子供の務めってもんだろう?」
ニヤリと笑うサラマンドルの中年戦士は、ゴブリンの王には実に頼もしく見えた。
「フィーニーの奴も呼んでやればいい。治水の技ってのは中々侮れないからな。俺達が組めば下水道ぐらいは余裕で作れるぜ?」
こうしてゴブリンの王に助言するという形で、レヴェア・スーは形作られていく。
木を植えねばならぬと囁くシルフ。ゴブリンは怖いと逃げ出しそうな人間達。石造りの家よりも天幕の方が落ち着くと呟くノーム。やはり美しい彫像がなくては街ではないと、予算を上積みしようとするウィンディ。こっちの方が豪快で良いじゃないかと、建物の規模を大きくしたがるサラマンドル。
彼らの意見を交えつつ、生まれたばかりの首都レヴェア・スーの街作りは始まった。
「まぁ、少しは気晴らしになるでしょう」
喧々囂々の言い争いは、王の執務室から聞こえてくる。
全てはプエルの手の平の上での出来事であった。
2月4日誤字脱字修正




