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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
317/371

閑話◇酔生夢死

 ゴブリンの王率いる黒き太陽の王国(アルロデナ)はシュシュヌ教国を飲み込んだ。あまりにも急激に膨張するその勢力は、残る周辺諸国に不安を投げかけ、縋るべき対象を求めて一つの形に結実する。

 ──聖女の下に結集せよ!

 その呼び声と共に小国は結束し、象牙の塔が主導になって小国の連合を組み始めていた。

 大陸はゴブリンの王率いるアルロデナ王国・小国家群・聖王国アルサス・海洋国家ヤーマへと収束されていき、乱世の沸騰を更に加速させていくことになる。

「いや~、凄い人だね」

 海洋国家ヤーマのとある酒場で、血盟(クラン)飛燕(スワロー)の古参の一人であるコティが感嘆の声を上げていた。人類の敵と言って良いゴブリンの王国が急激に勃興して景気が悪くなるかと思いきや、逆に空前の好景気に湧いていたのが海洋国家ヤーマである。

「お、いたいた。ワイアードは目立って良いね」

 リスクを回避しようとする東方の商人達は、ゴブリンと商売をするよりも外洋へと目を向けていた。大陸の外にある列島や島国。そこに商売の種を見つけ出そうとする彼らのお陰で、海洋国家ヤーマは商人達の落とす金で潤っていたのだ。

 海洋国家ヤーマで冒険者がたまり場にしている酒場に世界を股にかける飛燕の構成員達が揃っていたのは、彼らが現在ヤーマでの活動を主としている為だ。

 先方も彼女を見つけたのか、手を上げて応える。

「遅れて悪いね。どうにも商談がさ」

「んで、どうだったの?」

 彼女が席に座ると、横から早速聞いてきたのはマティナ。旋風のマティナの異名を取る凄腕の冒険者だ。

「航海に向かう船の方は何とかなったんだけどね。向こう側が護衛料を渋るもんだからさ」

 にへら、と笑うコティ。

「ほぅ?」

 自信に満ちた太い笑みを浮かべるのは、ワイアードと共に飛燕の血盟の前衛を引っ張るベテラン冒険者のガロード。

「まぁ、そこはそれ。このコティさんの腕にかかれば、こっちの要求を呑ませるのは火を見るより明らかだったのよねっ」

 相も変わらずヘラヘラと笑うコティの様子に、飛燕の構成員達も笑う。

「それじゃあ、次の仕事の成功を祈って乾杯といこうか」

 その場を纏めているのは、未だ若い青年と言って良い冒険者だった。

 世界を巡る飛燕の血盟の盟主にして、恐らく世界で最も有名な冒険者の一人。“踏破者”ルルイド・エルドグリン。

 打ち合わされる木製のジョッキに合わせて、乾杯の声が響く。

「さあ、食うぞ! どんどん運んできてくれ!」

 豪快に笑うと、ジョッキに注がれたエールを一気に飲み干すガロード。焼いた大貝(カディ)の身をぺろりと平らげると、上機嫌に次の獲物である甲殻海老(ジャール)に歯を立てる。

 火を通すことによって柔らかくなった甲殻海老の殻に小気味良い音を立ててガロードの頑強な犬歯が食い込むと、熱せられて塩味が程良く効いた身が舌を楽しませた。

 口一杯に広がる海の味を堪能しながら舌鼓を打つと、それをエールで流し込む。

「やっぱ、この店の海鮮料理は格別だなァ!」

「口の中に物を入れながら喋るなよ」

 口を尖らせたマティナは、焦げ目の付いた遠浅小魚(シーシャル)を頭から頬張った。小魚に分類されるシーシャルは遠浅の海でしか獲れない希少な魚である。適度な温度で熱してやれば骨まで柔らかくなり、頭から丸齧りしても全く抵抗を感じない。

「でも、この店の魚貝類が美味しいのは事実」

 子持ちのシーシャルを頭から食べながら口の中で弾ける卵の感触に頷く。さっぱりとした味付けながらも、シーシャルの白身のふっくらとした柔らかさが特徴的だった。

「野菜も食べなきゃ駄目だよ」

 エールを飲みながら好きなモノばかりを食べる血盟の仲間に小姑じみた口を挟むのはルルイドだった。見れば、ナイフとフォークを使って器用に泥底魚(ホルーケ)を切り分けていた。

 ホルーケは小骨が多いのが特徴であるが、その分骨に隠された身は上質の白身だった。そこに白雪菜(ダディゴ)という野菜の摩り下ろしを乗せると、上手い具合にフォークで掬い上げて食べる。

「うん、美味しい」

 出される料理は大衆食堂のような質よりも量を求める食事であるにも関わらず、ルルイドが食べると王宮で出される高級料理のように見えてくるから不思議だった。

 ダディゴのさっぱりとした風味がこってりとしたホルーケの後味を打ち消し、相殺するどころか調和を齎す絶妙な食感。存分にそれを楽しみつつ、笑みを浮かべるルルイド。

「小姑じゃないんだから! 好きに食べればいいのだよ!」

 そんな彼を横目で見ながら、コティは喉を鳴らしてエールを飲み干す。ぐびっ、と彼女の喉が鳴る度に木製のジョッキに注がれていた酒があっという間に無くなっていく。その様は、いつ見ても圧巻であった。

「ん~、さてさてコティさんは……」

 唇を舐めて山と盛られた針毒魚(フィゲル)の白子に器用にスプーンを突き刺す。ぐつぐつと煮える鍋に湯を張り、さっと通して、酢と合わせた甘辛いタレにつけて食べるそれはヤーマでは比較的一般的な料理である。だが、地方が違えば高級料理として通用する程のものだった。

「んッ~~!」

 絶妙な旨味に手を振り回しながら感動を現す彼女は、更に一口フィゲルの白子を頬張る。

「お、い、ひ、いぃ~!」

 頬に両手を当てて感動する彼女に、やれやれとルルイドは苦笑する。

「……ん? どうしたんだい、ワイアード? 食が進んでないみたいだけど」

 他のメンバーが食事に舌鼓を打ちながらエールを飲むのに対して、ワイアードは静かにエールを飲み干すだけだった。

「いや、これは失礼を。折角の食事です。楽しまねばなりませんな」

「そうそう。このフィゲルの白子とか絶品だよ~」

 再び凄まじい勢いでエールを飲み干すコティに進められるまま、ワイアードは食事を進める。

「どうかしたのかい?」

 盟主の問いかけに、ワイアードは苦笑して首を振る。

「いえ、何でもありません。盟主にご心配をお掛けするようなことは」

「ふむ。だが、まぁ、食事も良いけれど、ワイアードの話を聞くのも大事だからね」

 口元をナプキンで拭う動作まで洗練されたルルイドは、姿勢を正してワイアードを見つめる。

「いやはや、盟主には敵いませんな」

「そうさ! 隠し事はいけねえぜ?」

 豪快に笑うと、再び甲殻海老に歯を立てるガロード。

「なら、少しはあんたも見習ったら?」

 マティナは食事をしていた手を止めると、ワイアードの話を聞く姿勢を取る。

「うむ。実は……今朝、ゴブリン共のことを聞いてな」

「シュシュヌを飲み込んだそうだね。そう酷いことになっていないのが不幸中の幸いだけれど」

 ルルイドの言葉に、ワイアードが頷く。

「ワイアードは、にひで活動してはおね」

 口の中に熱々の白子を放り込み、はふはふっとしながらコティが口を開く。

「だから口の中に物を入れながら喋らないの! で?」

 コティを叱りながら先を促すマティナに頷き返すと、ワイアードは続きを話す。

「ゴブリン共を率いている、所謂ゴブリンの王とは二度戦ったことがある。最初に出会った時ですら勝てるかどうか怪しかったが、二度目の時は一蹴されてしまってな」

「ほう? ワイアードがね」

 食事の手を止めたガロードは、不敵な笑みを浮かべる。

「戦姫ブランシェ・リリノイエと言えば、ヴァルキュリアの盟主だろう? あの戦上手が負けたんだ。並大抵のものじゃないことは分かるが、個としての力もあるのか」

「元、盟主だね」

 ルルイドの訂正に、全員が頷く。

「でも、ファルさんも決して弱くはない筈だよ」

 マティナの言葉に、またしても全員が頷く。

「……恐らくだが、ゴブリンにはエルクスが合流してる」

「トゥーリ・ノキアは死んだ筈だけど?」

 ワイアードの言葉に、やっと食事を中断したコティは首を傾げた。

「多分、プエル・シンフォルアかリュターニュ・オルガンティアだろうね。エルクスでトゥーリの次に求心力を持っていたのはこの2人だ。参戦理由は復讐といったところかな」

「静寂の月と暴風野郎か」

 ガロードは思い出すように頷き、再びエールに手を伸ばす。

「レオンハートとレッドムーンも、だね」

「レオンハートは実質ザウローシュさんが仕切ってるけど……やっぱり亜人関係かな? 死んだとかは聞いてないよね?」

「うん、多分ね~」

 真面目なマティナの言葉に、どこか拗ねたようにコティは頬を膨らませた。

「レッドムーンはヴィネ・アーシュレイだね……」

「まぁ、彼女の参戦理由は想像するだに恐ろしいから止めようか」

 盟主の賢明な言葉に、飛燕の全員が頷く。

「賛成ー」

「ベルクさんは話の分かる人だった筈なのにね」

「こうして見ると、有力の血盟の幾つかがゴブリン側に付いているね。私の知る限り、レオンハートもエルクスも非道を許すような血盟ではなかった筈なんだけど……」

「レッドムーンは非道なのね」

「まぁ、言うまでもないな。血も涙も無いとは、正しくあの女の為にある言葉だと思う」

 盟主の言葉を受けて、マティナに続いてガロードが頷く。

「まぁ、私達の活動は戦争が主目的ではないからね。レオンハートとエルクスが居るなら、早々酷い事にはならないんじゃないかな」

「じゃあ、彼らが離反した時は?」

「その時は、世界の危機に立ち上がらなきゃいけないかもね」

 悪戯っぽく笑う盟主に、全員の視線が集まる。

「飛燕の総力を上げてということなら、可能かもしれませんが……」

 渋い表情のワイアードは、その先を言わなかった。万全の状態の飛燕の血盟の総力で、果たしてあのゴブリンの王を討伐出来るだろうか?

 魔物の討伐は冒険者の幅広い仕事の一つである。だが、魔物でありながら組織的に軍を使い、征服を進めているのは、あのゴブリンの王だけであろう。

 一国の王を暗殺するに等しい難事であり、加えて暗殺対象の王自体が飛燕の総力を持ってしても討伐出来るか怪しい強力な魔物なのである。

「ワイアード」

 考えに沈むワイアードの肩を、盟主ルルイドは軽く叩く。たったそれだけでワイアードの気持ちは少し軽くなった。

「君の懸念は分かっているつもりだ。推測だけど、私達がその魔物と対峙することは無いと思う」

 全員の目が自分に集中するのを確認して、ルルイドは言葉を選ぶ。

「皆、この航海が終わったら一度活動方針を見直してほしい。世界を巡って冒険をしてきたけれど、この大陸では意外にも未知の領域は少なかったと思うんだ」

 顔を見合わせる各人は、目を瞬かせて敬愛する盟主の言葉を反芻する。

「私達は冒険者。未知の領域を踏破してこそ、そう呼ばれるに相応しい」

「つまり、大陸を後にして外洋の列島や島国に活動拠点を移すと?」

「その通り」

 ワイアードの質問に、盟主ルルイドは笑って頷いた。

 南方蛮夷の地や北稜山脈の未踏区域。高き峰の向こう側など、大陸を巡る飛燕の血盟はそのどれにも足を伸ばしていた。ある時は難を逃れた妖精族と知り合い、ある時は竜達が争いを続ける地を見聞し、命からがら逃げ帰ることも在った。

 暗黒の森の深部を除けば、大陸の隅々まで踏破したという自信が彼らにはある。

 未知に挑む。

 故に冒険者。

 彼らが望むのは人の世の争いではない。見たこともないような海域を抜け、未だ知らぬ大地を踏み締めることなのだ。誰知らずとも、それが彼らの最高の栄誉なのである。

「盟主の意見に賛成」

 コティが、酒で赤くなった頬に手を当てながら声を上げると、他の構成員達も頷く。

「盟主のご判断であれば」

 ワイアードも肯定を返し、飛燕の血盟の行動方針は決まった。

 酒宴もお開きとなり、それぞれに宿に向かう者達に混じってワイアードも宿へ戻ろうとしていた。暗く沈む街の空を見上げれば、赤月の双子女神(エルヴィー・ナヴィー)に加えて星渡りの神々(ティア)が瞬いている。

「ミール、無事で居てくれよ」

 嘗て自身が誘った冒険者に向かって、ワイアードは一人呟いた。


◆◆◆


 リィリィ・オルレーアは、臨東(ガルム・スー)の賑わいに目を細めながら街中を歩いていた。時刻は既に夕食時。立ち並ぶ家々から昇る煙と肉を焼く芳醇な香りが、嫌でも空腹を思い出させる。

 北部の領主である彼女が直々にガルム・スーを訪れたのには、それ相応の理由がある。

「冬鷺亭だったな」

 西都の総督であるヨーシュから、直々に食事会に誘われた為だった。

 無論、それは口実である。旧ゲルミオン州、現在では北部自治都市の代表であるリィリィには、それ相応の政治的責任が寄り添っていた。

 つまりは、北部自治都市の代表として市民達を導かねばならないという責任だった。旧ゲルミオン王国は武力に優れた人物に辺境を与えて発展させ、更に外側の辺境を奪い取る方法で発展してきた国である。

 その中で民は領主に従うことが求められ、領主は彼らに発展と安全を保証しなければならなかった。西域を任された聖騎士ゴーウェン・ラニードがそうであったように、厳しくとも強く民を導ける存在が必要であったのだ。

 勿論、聖騎士ゴーウェンのような文武に秀でた人材は稀である。聖騎士は武力には優れても文となれば千差万別であったので、優秀な文官を与えられて統治するのが一般的であった。

 だが、現在ゴブリンの王が統治する黒き太陽の王国(アルロデナ)では、圧倒的に文官の数が足りなくなっている。西域の発展に加えて、今までは辺境として見向きもされなかった地域の開発。更にシュシュヌ教国までを含めた巨大な領域の国家の誕生。

 徴収される税は膨大になり、必然的にそれらを徴収する者達の数も必要になってくる。

 そんな中で、自治を許された地方都市にまで優秀な文官を派遣する余裕などある訳がない。リィリィとて、領主であるからには相応の教養と知識は持ち合わせている。

 だが、実際に領地を運営する文官の数は現状を維持するだけで精一杯であった。

 リィリィが目的の酒場の扉を開けると、照明と共に目に入ってきたのは騒めく冒険者達がテーブルを囲む懐かしい光景だった。亜人や妖精族が多いのはガルム・スーならではだろう。目に入る屈強な戦士達の姿に、僅かな郷愁を覚えたリィリィは目的の人物を探した。

 いつの間にか領主などやっているが、彼女自身は冒険者出身である。

「こちらですよ」

 一番大きなテーブルに陣取っている集団の中の一人が、手を挙げる。

 よく見れば、中々に顔立ちは整っている。温和そうな目で優しげに微笑む様子は、さぞご婦人方に人気だろうとリィリィは内心で憶測する。

「初めまして、というべきかな? ヨーシュと申します」

 席を勧めるヨーシュに従って椅子に座れば、既にテーブルを囲む他の席には彼女以外の人物が揃っていた。

 細身の男は片目に眼帯をしている。どこか苛立たし気なのはリィリィが遅れた所為だろうか? もう一人は金色の髪をした少年だった。人懐っこい笑みを浮かべてリィリィを見つめている。瞳の色は吸い込まれるような深い青。

 そしてもう一人、記憶にあるより髪が伸びた見覚えのある少女がいる。

「……ミール殿?」

「ああ。あんたか」

 相も変わらず無愛想な彼女は一瞬だけリィリィを確認すると、目の前のヨーシュに鋭い視線を向ける。聖女レシア・フェル・ジールを護送する際に顔を合わせた少女の姿に、リィリィは僅かに目を見開いた。

「さて、全員揃いましたので食事でもしながら話を進めましょうか」

 ヨーシュが酌婦の少女を呼ぶと、料理を注文する。

「エールで宜しいですか?」

「……済まないが、ミルクをくれ」

 言葉少なにヨーシュの提案を蹴るのは、細身の男だった。肩を竦めて苦笑するヨーシュは、そのように言い伝える。

「ヨーシュ殿、私はてっきり……」

「ああ、その話も含めて、先ずは乾杯するのが冒険者の流儀と聞いています」

 視線だけでミールに確認を取ると、彼女は不承不承頷いた。

「では、乾杯」

 ヨーシュに薦められるままにジョッキを打ち鳴らした彼ら彼女らは、それぞれに杯の中身を飲み干す。

「では、自己紹介からさせて頂きましょう。私は西都総督にして、ギルドの総支配人を兼務しておりますヨーシュです」

「そしてこちらが……」

「ミール・ドラ。元飛燕の血盟の構成員だ」

 それ以上何も言う気がないのか、黙り込む彼女にヨーシュは肩を竦め、細身の男に視線を移す。

「フィック・バーバードだ……」

 それだけ言ってヨーシュから視線を逸らす細身の男は、苦々しくミルクを飲み干した。

「鷹の目のフィックと言えば、南方でも結構名の知れた冒険者ですよね」

「……ああ」

 リィリィは随分刺々しい雰囲気を纏っていると感じていたが、どうもそうではないらしい。よくよく見てみれば絶え間なく視線を動かし、どこか怯えてすらいる。

「フィック、怯えるな。見苦しい」

「……っ! あのな! 俺は拉致同然で連れて来られたんだぞ!?」

 冷たく言い放つミールの言葉にフィックが叫ぶ。視線をヨーシュに向けていることから、どうやら彼が主犯らしい。あまりの勢いにリィリィが驚いていると、フィックの視線が彼女にも向く。

「西都総督と北部自治州の総督が臨席!? おい、どういうことだよ、ミール!」

「知らん。騒ぐな、見苦しい」

 若干の苛立ちを滲ませたミールに被せるように、ヨーシュは低い声で囁く。

「まぁまぁ。そう思うなら、少しは弁えてください」

 笑みを浮かべるヨーシュに圧倒されたのか、フィックは力なく席に座り直す。

「……騒いで悪かった。続けてくれ」

 投げやりな言葉にも笑顔で頷くと、ヨーシュはリィリィの方に視線を向ける。

「時間が惜しかったので、少々無茶なお誘いになってしまったのはご容赦下さい」

 視線で自己紹介を促されていると気付いたリィリィは、口を開く。

「リィリィ・オルレーアだ。今は北部自治州の総督をしている。自分でも柄ではないと思うがな。今日は、ヨーシュ殿にその筋でのお願いがあって罷り越した。宜しく頼む」

 丁寧に礼をするリィリィに、ヨーシュはしっかりと頷く。顔には相変わらずの笑みを浮かべ、最後の少年に視線を向ける。

「レオニス・ヴェルディオですっ! 冒険者をしています! 宜しくお願いします!」

 元気良く応える少年の溌剌とした声に、僅かにリィリィの頬が緩む。

「ああ、こちらこそ宜しく」

 差し出した手を握り返すレオニスの笑顔は、純粋無垢なものだった。

「お待ちどうさまです~」

 酌婦の少女が両手に持ってきた料理をテーブルの上に並べていく。

「料理も来たようですし、食事をしながら聞いてください」

 食欲を誘う焼いた肉の香りがリィリィの胃袋を直撃する。ヨーシュの話も気になるが目の前に置かれた食事の誘惑は断ち難く、気が付けば手を伸ばしていた。

 表面をじっくりと焼いた七面鳥の丸焼き。それをナイフで切り分けると、小皿に盛って手元に持っていく。一口食べて噛み締めると肉汁が溢れ、その旨みと食感が更なる食欲を誘う。

「ぅ~」

 見れば、彼女の隣で物欲しそうな顔をしたレオニスが唸っている。

「欲しいのか?」

 ハッとしたように首を振る少年に苦笑して、リィリィは自分で盛った皿を彼に差し出す。

「遠慮せず食べれば良い。私はまた別のを取るから」

「いいの!?」

 頷くリィリィを見て、レオニスは満面の笑みで食事を始める。各々が料理を食べ出したのを確認したヨーシュは、自身もエールを飲み干して話し出す。

「さて、皆さんに集まってもらったのは他でもありません。皆さんの冒険者としての腕を見込んで、ある依頼を受けて頂きたいのです」

 視線を上げるフィックとミール。疑問を頭に浮かべるのはレオニスとリィリィだ。

「先日、私の元に……正確にはギルドに依頼がありました。白の塔の長老ターニャ・フェードランから」

 その名前に息を呑んだのは、リィリィだけではあるまい。

 今、象牙の塔はこれまでのあり方を変え、周辺国にゴブリン打倒を宣言して連合を作ろうとしている。如何に北の辺境に押し込められていると言っても、その程度の情報は入ってくるのだ。

「おい、ちょっと待て!」

 不信を強く表したフィックを無視して、ヨーシュは笑みを浮かべたまま決定的な一言を言い放つ。

「依頼の内容は、聖女レシア・フェル・ジールの救助」

 フィックが席を立とうとしたのも当然だった。

 この誘いは悪魔の奸計。

 聞いたからには後に引けない類の代物だった。

「この際、依頼内容が嘘である可能性は考えません。その必要性がない。その為、ギルドとしてはこの依頼を全力を以って受けようと思っています」

 そこまで一気に言い切って、ヨーシュは集まった人物を確認しながら言葉を発する。

「宜しいですね?」

 フィックにとっては死神の宣告に等しい言葉だったのだろう。崩れ落ちるように椅子に座り直すと、頭を抱える。

「勿論、ギルド長としても西都の総督としても最大限の支援は惜しみません。危険に見合うだけの報奨も用意しましょう」

 リィリィの方に向き直ると、ヨーシュは笑みを深くする。

「商談も、或いは文官の派遣なども、その範疇に含まれます」

「……受ける。他に選択肢はないだろうしな」

 ミール・ドラは特に動じることなくそう言うと、目の前のエールを飲み干す。

「……私もだ」

 リィリィが頷くのを確認し、ヨーシュは視線をフィックに向ける。

「俺は……」

「受ける」

「おい、ミール!」

「他に選択肢はない。そうだろう、西都総督殿?」

「まさか。何事も強制はよくありません。でも、そうですね……。多少の不利益は覚悟して下さい」

「ふん、どうだか」

 鼻を鳴らしたミールが手を伸ばす先には、豚の腸詰めがある。

「……う~、僕からも質問!」

「どうぞ、レオニス殿」

「そのレシアさんって、象牙の塔っていう所に捕まってるの?」

「ええ、そうですよ。悪い人達に捕まったお姫様、といったところですかね」

「分かった! じゃあ、僕も受ける!」

「おい、坊主……! 命懸けになるんだぞ!?」

 フィックの言葉に、レオニスは満面の笑みで頷いた。

「女の子を守るのは男の子の役目なんだよ!」

 臆面もなくそう言われたフィックは絶句する。

「フィック。まさか鷹の目と呼ばれた男が、こんな子供に勇気で負けるのか? そんな体たらくで冒険者など名乗れない。そうだな?」

 珍しく長く喋ったミールが、口元に笑みを浮かべながらフィックを見る。

 力なく頷くフィックの姿を確認して、ヨーシュは満面の笑みを浮かべた。

「依頼を受けて頂き、ありがとうございます。それでは心ゆくまで食事を楽しみましょう」

 短くも騒がしい食事を終えると、彼らは三々五々己の宿へ戻っていく。

 一人テーブルに残ったヨーシュは、立ち上がって手を叩く。

「皆さん! ご協力ありがとうございました!」

 店のテーブル席に座っていた冒険者達が食事の手を止め、ヨーシュに向き直る。いや、冒険者ばかりではない。酌婦やカウンターで酒を出している店主までもがヨーシュに視線を向けていた。

「後は段取りの通りに。では、宜しくお願いします」

「いやいや、俺は盟主の成長した姿が見られただけで嬉しいぜ!」

「だねぇ。女の子を守るのは男の子の役目だなんて、盟主様ったら可愛い!」

「お前は、既に、女の子、ではない……」

「何だと!? この毛むくじゃら!」

「レ、レオニス様……。はぁはぁ……」

「おい、そこまでにしておけよ。俺はお前を私刑に掛けたくはないぞ」

「ああ、レオニス様、レオニス様……! あんなに可愛いのに、レオニス様は何故男の子なのだろう……? いや、むしろ、むしろッ……ハァハァ……!」

「リィリィと言いましたか、あの女。レオニス様の無垢な瞳を独占するなんて……死すべし! 断固、死すべし!」

「……今宵も、また墓標が増えるな」

「え、待って、ちょ、ちょっと……」

 騒々しくも店を出て行く冒険者達は、全員誇り高き血族(レオンハート)の構成員である。

「で、だ。西都総督殿」

「何でしょうか?」

 最後に店を後にする店主の男は、ヨーシュの肩に手をかけながらどす黒い笑みを浮かべた。

「俺達にとって、あの御方の成長は何よりも喜ばしいことだ。尊き血筋のあの方こそが俺達の生きる希望。だがなァ……もし、あの御方に何かあるようなら、あんたのその首、レオンハートの全力を以って獲りにいかせてもらう。覚えといてくれ」

「それはそれは。気をつけましょう」

 薄い笑みを浮かべるヨーシュの肩から手を放し、男は去っていく。

 誰も居なくなった酒場で、ヨーシュは深く、それこそ体中の空気を全て吐き出す程深い溜息をついた。

「あー……もー……! 全部、あの王様が悪い……ッ!」

 彼の魂からの叫びは誰に聞かれることも無く、夜の闇の中に消えていった。



レオンハートの特殊部隊「レオニス様を見守り隊ッ!」

次回更新は活動報告で

1月16日誤字脱字修正

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レオンハートの盟主でてこねぇなと思ってたんだよ
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