幕間◇戦役去りて
名も無い墓に、頬に傷のある男が片膝を付いて花を捧げている。
目鼻立ちは整い、線の細い身体付きは折れそうな程だった。
中天にロドゥの胴体が昇り、秋を感じさせる風は枯れた木の葉を散らしている。日差しを遮るように色付いた紅葉は、僅かな音を奏でながら男の足元を通り過ぎていった。
何時頃までそうしていただろう。
中天に輝くロドゥの胴体は西に傾きつつある。そうしてやっと男は目を開けた。枯れ葉を踏み締める音に、誰かが近付いてくるのを知ったからだ。
「邪魔をしたか?」
懐かしいと感じたのは、畏怖すべき主を失った喪失を埋める為に我武者羅に働いていたからだろうか。会うのは八日ぶりだというのに、酷く昔のような気がした。
「……いや」
言葉少なに振り返ると、長身の女が居た。その女の手に持っている花束を見て、彼女も自分と同じ目的でここに来たのだと悟る。
自身の思考の愚鈍さを嘲笑うと、立ち上がって場所を譲った。
墓地に花を持ってくるのなら目的は決まっている。頬に飛んでこない張り手すらも寂しく思いながら、メラン・ル・クードは名も無き墓に視線を降ろした。
ゴブリン達の怒りを買うかもしれないという理由でリリノイエ家の墓に入れない彼女の墓標は、輝かしい戦歴に比べればあまりに寂しい。
もし、自身があそこで負けなければ──。
今もその思いを消化しきれず、悪夢の如く浮かぶ光景を彼は毎夜夢に見る。圧倒的な大群のゴブリンが魔法弾を遮って塹壕陣地を突破してくる。何匹斬り伏せても、それこそ迫り来る津波のように全てを押し流す力となって攻めてくる。実際、彼が生き残ったのは殆ど奇跡に近い。
だが、それでも止めねばならなかった。
戦姫ブランシェ・リリノイエの背を追う者なら、ゴブリンの大群などあそこで押し留めて見せねばならなかったのだ。
それが出来なかった自分は、戦において非力であり無能者なのだと思い決めていた。
女が立ち上がるのを視線だけが追う。彼の心は彼女ではなく、過去を追っていた。
「奴隷兵を解放したと聞きました」
「姫の御遺志だ。ゴブリン共との戦いが終わった後、彼らを繋ぎ止めておくべきではないとな」
メランの言葉に、ファルは視線を落とす。
「盟主は、自分だけが悪者になるつもりでしたね」
「……お優しい方だった。戦火に見舞われる民を、例えそれが隣国の者でも良しとなさらず、自身が泥を被るのを覚悟で引き受けられた。口には出されなかったがな」
奴隷となってでも、死ぬよりは幾分かマシであろう? 如何にも彼女が言いそうな言葉だった。視線を伏せるファルの視線の先には、墓碑銘すらない彼女の墓がある。
「王にも真の忠誠を捧げていらっしゃった。あれ程の名君はいらっしゃらないと」
「……民からの評判はあまりよろしくないようですが」
態と小さく息を吸うと、メランは言う。
「三大貴族と呼ばれる者達に表面上とはいえ平穏を保たせ、戦姫ブランシェ・リリノイエに軍部の実権を与えることで小国五カ国を支配下に置き、寛容な政策を継続し、大多数の民に平穏を齎した王が無能だなどと、誰が笑おう。もし笑う者が居るのなら、それは真実見る目がない無能者。少なくとも我が姫に認められた王よりも、ずっとな」
僅かな憤怒の火を心に灯しながら、メランは一息に言い切った。
「……メラン殿。これからどうするのだ?」
率いてくれる主を、彼らは永遠に失ったのだ。
重く伸し掛かる現実に、ファルは本題を切り出す。
「リリノイエの家を復興する」
峻厳な氷を思わせる視線は変わらず、戦乙女の短剣のファルは、メランの言葉に僅かに柳眉を跳ねさせた。
「弟君がおいでになる。無論、姫様と比すれば凡夫だが……」
新たな主を遠慮のない口調で評価するメランに、ファルは僅かに口の端を持ち上げて苦笑した。
「……ヴァルキュリアはどうするのだ?」
「……」
俯くファルに違和感を覚えて、やっとメランは過去を心の隅に押し戻す。
答え辛いからこその沈黙。
この墓の前で新たな人生を歩もうと決意するのにも関わらずの沈黙。それはつまり……。
「ゴブリン共に付くのか」
声を荒らげたつもりはない。
だが、鋭くなる視線をどうしようも出来ず、メランはファルを見つめた。
「……血盟花王から勧誘を受けている。それと、あの時の軍師からもだ」
あの時の軍師。そう聞いてメランの脳裏に浮かぶのは妖精族の女だ。
憎むべき敵。
戦姫ブランシェを戦わせずに殺すことを選んだ軍師プエル。後から名前を聞いて思い出したのだ。血盟自由への飛翔の静寂なる月。
メランはそれを卑怯などと罵るつもりはない。だが、憎いものは憎い。
「私は、受けるつもりだ」
はっきりと告げる彼女は、少なくとも卑劣ではない。態々メランに、そしてブランシェの墓前でそんなことを言う必要は全く無いのだ。
そう考えた時、メランの中で燃え立つ感情が急激に勢いを無くす。
「……そうか」
「何も言わないのですか? 裏切り者と罵られても仕方ない決断だと思います」
「……人には選ばねばならない時がある。姫も、私も、そしてお前にもだ」
メランの視線の先には、言葉を発することのない墓碑銘も刻まれぬ墓がある。
「私は、この墓に墓碑銘を刻まねばならん。我らがリリノイエ家を復興し、シュシュヌ教国を守らねばならん。我が主ブランシェ・リリノイエがそうなされたように」
ファルは頷くと、別れの言葉を告げた。
「では、お元気で」
「さらばだ。戦友よ」
メランの言葉に胸を突かれた思いで、僅かにファルは立ち竦む。彼女の脳裏を駆け巡るブランシェとの日々。盟主として仰ぎ見た小さくも輝かしい少女の背中を。
「……貴方も」
そうして2人は背を向けた。進む道は互いに交わることはなく、別々の道を進むことになる。
物言わぬ墓だけが、静かにそれを見守っていた。
シュシュヌ教国はゴブリンの王の支配下においても奇跡的にその命脈を保つ。属国に落ち、領土を削られはしても、王家はその命脈を繋いだのだ。その影にはリリノイエ家の働きがあった。
そして、リリノイエ家において幼い当主を助け、見事に復興を成し遂げた家宰としてメラン・ル・クードは歴史に名を刻まれる。
後に、彼はリリノイエ家を救い王家を助けた救国の英雄と呼ばれるが、彼は生涯それを否定し続けた。
──私は本当の英雄を知っている。あまりに鮮烈で、あまりに輝かしいその人の前で、私などが救国の英雄などと烏滸がましい。
後年、小さなブランシェの墓にリリノイエ家の臣から贈られた墓碑銘は、ただ一言であった。
“救国の英雄、ここに眠る”
◆◇◆
ヴァルキュリアのファルがゴブリン達の軍師であるプエルからの勧誘に応じた日、彼女は護衛も付けず1人でプエルの部屋を訪れていた。
「本日はお招きに預かり、ありがとうございます」
軽く一礼するファルにプエルは頷くに留める。
「本当に来ていただけるとは思っていませんでした。花王から紹介された時には少々驚きました」
シュシュヌ教国を破り、周辺諸国へ睨みを効かせるゴブリンの陣営には妖精族の戦士を抱える者達の参加が相次いでいた。
火の妖精族や水の妖精族らの集落が、ゴブリンの王を全面的に支持することを表明した為だった。
「……雇用条件の話をしたい」
切り出すファルの硬い声に、プエルは頷く。
「相応のものを用意させていただきます」
そう言ってプエルが提示した金額は、ブランシェが彼女達に約束した金額と同じ額だった。
「何故、この金額を?」
「いけませんでしたか?」
「いえ、そうではなく……」
「貴女方の腕を私達は欲している。そういうことで、ご理解頂きたい」
「私には貴女の考えが分からない。貴女は敏い人だ。私が反感を抱いていることぐらい分かっているのでしょう? そして、それが金額程度で揺らぐ筈がないことも!」
納得のいかないファルは、プエルに食って掛かる。プエルはそんな彼女を見つめて微笑んだ。
「……戦姫ブランシェ・リリノイエは傑出した才能の持ち主でした。私よりも戦略や戦術に優れた人です」
淡々と告げるプエルの言葉に、ファルは聞き入る。
「昔、私はあの人を見たことがあったのです」
まるで悲しい過去の思い出を覗き見るように、視線を伏せるプエル。
「ラスイル戦役。ラーマナとディスミナがシュシュヌに反旗を翻した時の戦に、私も冒険者として参加したことがあるのです」
僅か6年前。
それが遥か遠くの出来事のように感じて、ファルは記憶を探る。
そして思い当たった。思えばそれがブランシェが戦乙女の短剣を離れ、リリノイエ家に戻る切っ掛けとなった戦役であったことに。
戦姫クラウディアの不在の隙を突いたディスミナとラーマナの反乱は最初期の奇襲から始まり、終始シュシュヌに不利に展開した。クラウディアが戻るまでの間の繋ぎとして雇用された冒険者達に対して、勢いに乗る二カ国の兵力は圧倒的だったのだ。
だが、それをひっくり返したのがブランシェだった。
戦乙女の短剣・自由への飛翔・花王・誇り高き血族。この戦で勇名を馳せる錚々たる戦力を引き連れ、迫り来る二カ国の軍勢を奇襲。戦線を押し戻し、クラウディアが到着する前に勝負を決めてしまった。
「その時、私は素直に感嘆したものです。戦場にあって慌てるだけだった大人達に混じり、冷静に指揮を執る少女の姿に。……私は、あの人に死んでほしくなかったのかもしれません」
伏せていた視線をファルに戻したプエルは、先程の感傷に揺れていた瞳を凍りつかせて彼女を見る。
「罪滅ぼしなどと言うつもりはありません。これは純粋な取引です。戦姫が求めた貴女方なら、この程度の評価は当然とお考えください」
ファルは僅かに目を閉じた。
「……お受けします。戦姫ブランシェ・リリノイエの名に恥じぬ戦いをご覧に入れましょう」
偉大なる先代盟主の名は彼らの名を敵にまで知らしめ、ヴァルキュリアを守る。
その後、戦乙女の短剣はゴブリンの王の軍勢に加わることになる。戦姫の名に恥じぬ戦いをと誓ったファルの言葉通り、戦場を駆ける重要な戦力として彼らは歴史に名を残す。
──黄金の髪を靡かせ、広き草原を越えて戦姫は来たり。
──麗しきその身に黒き鋼の鎧を纏い、彼女は駆ける。
──彼女に率いられしはヴァルキュリア。
──我らの救い主なり。
後年、シュシュヌで演じられた演劇の文言は瞬く間にシュシュヌ教国全土に広がり、戦姫と彼女に従った者達の活躍を広く知らしめることとなった。
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【個体名】ブランシェ・リリノイエ
【種族】人間
【レベル】76
【職業】貴族・シュシュヌ教国の戦姫
【保有スキル】《剣技C+》《魔力操作》《槍技D+》《弓技D+》《統率A+》《戦場の舞踏》《従えし戦旗》《栄光の一族》《血塗られた花道》《天秤を傾ける者》《草原の覇者》《受け継がれし矜恃》《我が名は戦姫》
【加護】知恵の女神
【属性】なし
《戦場の舞踏》──戦場で先頭に立つ限り、自軍の兵士に魅了効果(中)、敵の人間に対しても魅了効果(小)
《従えし戦旗》──自身から戦を仕掛けることにより、軍勢の攻撃力が上昇(中)、統率が一段階上昇。
《血塗られた花道》──敵兵の命を奪うことにより自軍の士気高揚(大)
《天秤を傾ける者》──自身が軍を率いる限り、不利な状況になっても士気が落ちない。
《草原の覇者》──草原で戦う限り、軍を指揮する能力に補正(中)
《受け継がれし矜恃》──人間族・妖精族に対して魅了効果(大)
《我が名は戦姫》──リリノイエ家に仕える者に対して魅了効果(大)、全能力上昇(大)
【個体名】ファル・ラムファド
【種族】人間
【レベル】79
【職業】冒険者・戦乙女の短剣の盟主
【保有スキル】《剣技B-》《槍技B+》《弓技C+》《統率B+》《従うは内なる戦姫》《騎兵疾走》《機動八卦》《乱魔斬神》《歩兵殺し》《草原の覇者》
【加護】炎の神
【属性】炎
《従うは内なる戦姫》──《従うは我が戦姫》から変化。人間・妖精族に対して魅了効果(小)
《機動八卦》──騎馬兵を率いる限り、戦術機動に補正(中)
《乱魔斬神》──自身よりレベルが上の魔物に対して攻撃力・防御力上昇(小)、全ての武器技能の補正効果が一段階上昇。
《歩兵殺し》──敵の軍勢が歩兵ならば、自身が率いる軍勢の攻撃力上昇(中)
レベルが上昇。
主人公
53→55
ギ・ガー・ラークス
56→72
ギ・ギー・オルド
24→48
ギ・グー・ベルベナ
54→81
ギ・ゴー・アマツキ
84→89
ギ・ザー・ザークエンド
61→65
ギ・ジー・アルシル
46→67
ギ・ズー・ルオ
97→5《階級が上昇》デューク→ロード
ギ・ヂー・ユーブ
5→15
ギ・ドー・ブルガ
96→2《階級が上昇》シャーマン→アルケミスト
ギ・ビー
63→76
ギ・ブー・ラクタ
15→30
ギ・ベー・スレイ
36→58
ラーシュカ
40→45
ハールー
8→27
ラ・ギルミ・フィシガ
96→7《階級が上昇》ノーブル→ナイト
クザン
54→56
シンシア
75→78
ブイ
23→28
シュメア
30→38
プエル・シンフォルア
19→26
【個体名】ギ・ズー・ルオ
【種族】ゴブリン
【レベル】5
【階級】ロード
【保有スキル】《威圧の咆哮》《投擲》《槍技B+》《必殺の一撃》《吠え猛る狂い竜》《食い千切り》《血の雨を降らす者》《鼓舞》《血煙幇助》《狂神の恩寵》《我が王と共に》《率いるは鬼の軍勢》
【加護】狂神
【属性】なし
《吠え猛る狂い竜》──直率の兵士の命と引き換えに、全能力上昇(大)
《狂神の恩寵》──理性と引き換えに《吠え猛る狂い竜》の効果を引き上げる。
《率いるは鬼の軍勢》──千名以下の兵士を率いる際に軍勢の攻撃力が上昇(中)、敵の軍勢に威圧効果(中)
【個体名】ラ・ギルミ・フィシガ
【種族】ゴブリン
【レベル】2
【階級】ナイト・初めに射る者・4将軍
【保有スキル】《弓技A-》《統率B+》《遺志を継ぐ者》《4連射》《森の住人》《精霊の囁き》《千里を見る者》《射殺す鏃》《ガンラの英雄》《影縫い》《従えしは破軍の星》
【加護】弓神
【属性】なし
《ガンラの英雄》──族長に従うことにより、氏族のゴブリンに対して魅了効果(大)
《千里を見る者》──弓の命中率・威力が上昇(大)
《従えしは破軍の星》──異なる種族を率いる際、種族の種類が多様ならば統率力上昇(小~大)
【個体名】ギ・ドー・ブルガ
【種族】ゴブリン
【レベル】2
【階級】錬金術士
【保有スキル】《魔流操作》《飛翼錬理》《風の守り》《風槍》《三節詠唱》《知の神の導き》《真理の探究者》《魔具作成》
【加護】風の神
【属性】風
《真理の探究者》──新たな発見をする確率が上昇(大)
《魔具作成》──魔素を込めた道具の作成が可能。成功率(低)
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