隆盛する新世代
王暦元年夏を以っての首都の制定と国名の決定に多大な影響を及ぼしたのは、西都総督ヨーシュである。彼の提言の下にゴブリンの王は国名と首都及び暦を定めることになった。
その恩恵を最も受けたのが首都とされた旧ゲルミオン王国王都、現在の臨東であるのは言うまでもない。仮の、とはされたものの首都となれば人は集まる。そして人が集まればそれを種に商売を展開したい商人達もまた集まってくるのだ。
また、仮とは言え首都として制定されたのならば、駐屯するゴブリン達は王の近衛というだけでなく治安維持の為の衛士の役割も担うことになる。
王に絶対の忠誠を誓う彼らが思いの外柔軟な態度で治安に当たる様子は、人間達にしてみれば不思議なものを見るような思いであった。人間側の代表として治安維持に協力した衛士長ユザをして“出来の悪い冒険者よりマシ”と言わしめている。
王の命令に厳格かつ実直に従う彼らの様子は、融通が効かないという批難はあるにせよ、ゴブリン憎しで固まっていたガルム・スーの民から一定の評価を与えられるまでになっていた。
ヨーシュの提案は、一つの国としての安定を目指すものである。
その為には関税の撤廃・治安維持組織の拡大・街道の敷設・民の権利などが含まれていた。彼が目指したのは“ゴブリンの支配する国”ではなく、“黒き太陽の国”であったのだ。
ヨーシュの目標は他の者達に完全に理解されていた訳ではない。だが、ゴブリンの王は朧気ながらヨーシュの目指すものを理解していたようだし、軍師プエルも理を重視する姿勢は変わらず、反対もしなかった。
恐らくプエルも軍事に傾斜しがちな自身の欠点を知っていた為にヨーシュに任せた面が大きいのだろう。
関税の撤廃は国内の経済の活性化を齎す。それに対して起きる旧国境を跨いだ犯罪に対しての治安維持組織の拡充。広域に渡る調査と犯罪を取り締まる為の組織は、必然的に人間だけではなく亜人や妖精族やゴブリンなどの魔物達も内包しながら作らねばならなかった。
民が食い扶持を得る為の公共事業とも言うべき街道の敷設。
そして先進的な民の権利に対してもヨーシュは提言している。
奴隷にも休日を与えるとしたゴブリンの王の発言から煮詰めて考えたヨーシュの独創的な発案であったのだろう。彼は不文律の内に定めてあった貴族・官僚・戦士・平民・奴隷などの階級に明確な権利の差を付けた。そして、その階級は流動的としたのである。
例えば、貴族階級は年間の収入が一定以上であり、尚且つ国に武力を提供する義務を負う。代わりに国の政治に関与する機会を与えられる。
戦士階級は職業として国に貢献することを義務として負う代わりに、殆ど税を払う必要がない。
奴隷階級は税を払う必要はなく、彼ら自身が物品として扱われるのを甘受せねばならない、などである。
ゴブリンの王の知る人権などという思想からは程遠いものである。だが、徒に外の概念を持ち込み混乱を齎すよりは、今あるものを最大限に活用し、より良い社会を作ることこそ重要と考えていた。
権利は血を流して戦ってこそ掴み得る。ただ与えられたモノになど人は大きな価値を見出さない。自分達で犠牲を払い、勝ち得てこそ、それを守り大切にしようという考え方が生まれるのだ。
現状で最善と信じるその提言に、ゴブリンの王は全面的に賛成する。
奴隷であった自身の境遇を顧みたのか、或いは百年先のことを見据えていたのか。
そのどちらにしても、ヨーシュの提出した民の権利はゴブリンの王の全面的な賛成の下に公布されることが決まる。
ここまでの提案をしていながらヨーシュが西都総督以上の地位を望まなかったのは、ゴブリンの王やプエルにしてみれば意外であった。
「ふむ。ここまでの提案、見事。これはもう一都市の総督とするよりも……宰相などが……」
王から血のような赤い瞳で睨まれても、ヨーシュは断固とした声で告げる。
「絶対に嫌です!」
最後に小さく呟かれたゴブリンの王の声を覆い隠すように、声を大にしてヨーシュはその提案を拒否する。
「しかし──」
「どうしてもと言うのなら、プエル殿がやればいいでしょう!」
怒鳴り散らすように顔を赤くするヨーシュに、プエルは肩を竦める。
首都ガルム・スーから逃げ出すように西都に戻ったヨーシュは、以後も提言はしてもそれ以上の地位を望まなかった。その姿勢はゴブリンや妖精族や亜人などから賞賛され、いつしか謙虚な人の尊称で呼ばれるようになり、その名声を一層高めることになった。
苗字を持たない奴隷の青年が戦い以外の場で尊称をつけられることはこれまでなく、ヨーシュを先例として後の世代に幾人か輩出することになるが、それも国の黎明期故の出来事であった。
短期間に行われた改革が順調に進んだのには、予め各国の有力者に手紙で根回しをしていたのが大きかった。無論ゴブリンの王への絶対的な支持があるのが前提だったが、余計な反発を生み出さない配慮と気配りが出来る人材は、ヨーシュを措いて他になかった。
ヨーシュがこの時期にこれ程の活躍が出来たのには、過労で倒れた際に送られてきた優秀な官僚達の存在がある。それまでに培ってきた経験と実績は政治家としての貫禄すら生み出していた。
旧エルレーン王国の宰相エルバータも、旧国内の落ち着きを背景に官僚団から幾人かをヨーシュの下に派遣していた。関税の撤廃による貿易の活性化。これが旧エルレーン王国に齎される利益を考えてのエルバータの判断であったが、派遣された官僚達は改革の膨大さに悲鳴を上げていた。
この頃から、ヨーシュの下には西都を動かすばかりでなく、王への提言を行う改革の為の組織が出来上がってきていた。
妖精族からは冒険者セレナ。
人間族の秘書官としてメリシア。
亜人からは蜘蛛脚人の族長ニケーア。
加えてエルバータから送られてきた官僚の中でもガノン・ラトッシュやヘルエン・ミーアなど、後代に名を残す新進気鋭の官僚達が集まっている。
彼らはヨーシュの下で実績を積み重ね、アルロデナ王国の飛躍の原動力となっていった。
活性化した経済に支えられた潤沢な資金。
戸籍による住民の管理に裏打ちされた公平な税制。
ゴブリンの王に直言して制定した法律の適用と裁判。
蛮族の国からの脱却を目指した彼らの活躍は、大陸最大の国家の規模に相応しいものになりつつあった。そしてそれを背景に、今まで規模に比して国力を発揮出来ていなかったアルロデナ王国は戦姫との戦いを通して遺憾なく力を発揮する術を身につけていくことになる。
それは急成長した身体に戸惑っていた少年が青年の身の丈にあった身体の動かし方を覚え、疾走を始める様子に似ていた。
◆◇◆
聖女の暗殺失敗を受けて、戦姫ブランシェは不機嫌に鼻を鳴らした。
「無理なものは仕方あるまい」
急速に北方で力を付けつつ在る新興勢力とどのように渡り合うか。正面のゴブリンに対しても気が抜けない状況で頭の痛いことであった。
この時、彼女もまた迷いの中にいたと言っていい。
外交交渉は最初に相手を叩いてから始める。
それが大国シュシュヌのあり方であったし、今まではそれで成功していたのだ。だが、ゴブリンに対してはこのやり方が全く通用しない。彼女としても痛恨事であったが、交渉が決裂したとあっては自身の失敗を認めざるをえないだろう。
小国を従わせる今までのやり方を変えるつもりはない彼女にとって、後背に出現した小国の連合体は非常に邪魔な存在であった。
シュシュヌの為に生かさず殺さず。これが小国に対するシュシュヌの考えであり、ブランシェも全面的に賛成であったのだから。小国が連合などせぬよう細心の注意を払いつつ謀略の糸を張り巡らせ、対立しあうように調整して来たからこそ今の状態が在る。
「出来れば小国の兵力ごと我が掌中に……」
人間の世界を守ると嘯く連合体の主導権を握りつつ、此方の傘下に加える事が出来ないか? 彼女はそう考えるが、どうにも考えが纏まらない。
聖女レシア・フェル・ジール。
その求心力は、下手をすればシュシュヌ国内でも蔓延する可能性を否定出来ないのだ。
探らせた情報を総合すれば、一種の呪い染みたその信仰は今や小国の兵士達に王よりも聖女をこそ主に戴きたいなどという段階にまで至っている。
小国の兵士は基本常備兵である。大国の影に怯えながら、それでも国を守ると誓った忠誠心篤き兵士までもが、そのような状況に置かれてる。
手を組むには余りに危険な存在であった。
かと言って、排除するのは先程失敗した。大規模な軍を編成するのは、ゴブリン達にどうぞ攻め込んでくださいと背中を見せるようなものだ。
となれば、やはりゴブリンを今一度叩くしかない。
幸いなことに表立って敵対していない小国の連合体である。ゴブリン側と雌雄を決する間平和を取り結べれば良い。ゴブリンを破った後、彼らを壊滅せしめれば良いだろう。
だが、それはそれとして兵力の供給を断った穴埋めをしてもらわねばならない。
小国と言えど、ディスミナとラーマナの抜けた穴はやはり大きいのだ。
「先の官僚共の首を王に返還するとしようかのう」
優男の副官に命じると、彼女は王に謁見すべく正装に着替える。彼女自らディスミナとラーマナへと赴く許可を願う為だ。
「その間、西の守りは?」
宮殿へと向かう中、優男の副官の問いかけに彼女は気怠げに答えた。
「お主に任す。奴隷兵を使ってゴブリン共に相対する穴を掘るのじゃ」
「ゴブリン共の真似をなさるので?」
「真似でも何でも、良きものは使わねばのう」
「御意」
優男の副官メラン・ル・クードはゴブリンと対する為にブランシェの指示を受けて塹壕を構築。騎馬兵の力を殺す策を着実に打っていた。以前ゴブリンの王がフェルドゥークを通じて作らせた陣営地前の塹壕陣地。それを一見しただけで有用性を見抜いたブランシェは自軍に転用する。
そして宣戦布告したクシャイン教徒に対しては、戦乙女の短剣を差し向ける。
ギルドを通しての報酬の他に、戦死した兵士達を労う為にリリノイエ家から特別報奨を出すと、再びの依頼をした。クシャイン教徒の若き英雄ヴィラン・ド・ズール。それが作られた虚名なのか、真に実力ある者なのか? 判断しかねるところではあるものの、戦姫は自身の信頼する者を派遣し用心を重ねた。
再びの開戦に向けて、彼女は着実に手を打ち始めていた。
◆◇◆
戦姫ブランシェの行方を探らせていたプエルは、彼女が隣国との外交の為に出国するという情報を掴むとすぐさま出兵の準備を進めた。
「フェルドゥークとザウローシュ殿の騎馬兵のみで構いません。数も少数でよいので、今すぐ出撃出来る体勢を」
ゴブリン達は揃って首を傾げるが、彼女は説明する間も惜しんで準備を整えさせるとギ・グー・ベルベナと共に出陣する。
「決戦の為の場を整えて参ります。王におかれましては、今暫しご静養を」
そう言い残して、正しく疾風の如く出陣したプエルが率いた兵力はフェルドゥーク2000に騎馬兵300、妖精族の戦士100という少数の兵力である。
シュシュヌ側で迎撃したのは、ブランシェの副官メラン・ル・クード。
魔導騎兵に身を置き、先代の戦姫に資質を見出された青年である。彼の率いた兵力もそう多くはない。東部からの奴隷兵1500と魔導騎兵1500、更に貴族である彼の私兵が200程である。
メランの任務は、塹壕陣地の構築である。
戦姫から詳細な図を受け取っていた彼は、寸分違わず同じものを大地に再現していた。また、歴戦とはいかぬまでも副官として充分な経験を積んでおり、シュシュヌ側では戦姫を除けば最も優秀な指揮官である。
塹壕陣地越しに対峙した両軍は激しい投石と魔法の撃ち合いを演じるが激突には至らず、3日後にプエルが後退する形で引き分け、撤退した。
撃ち合いを演じる間にも、プエルは南の戦線を動かすことを忘れていない。
両軍が対峙している間に、南方で進出の機会を伺っているアランサインとザイルドゥークに少数での破壊活動をさせる。
彼らの目的はギ・ヂーの組み立てた攻城兵器を各街にまで運び、組み立てて各街に降伏を呼びかけることだった。ザイルドゥークの集めた魔獣の中から重い荷物を引くのに適した魔獣を選び、アランサインがその周囲を固める形で護衛して進む。
投石機を中心に組まれた攻城兵器はすぐさま活用され、1つめの街を陥落寸前まで追い詰めたところでプエルから引き上げの命令が届き、彼らは撤退した。
ギ・ガー・ラークスやギ・ギー・オルドらは、せっかく落とせそうだったのに何故攻めさせてくれなかったのかと伝令を通じて不満を送るが、彼女の回答は至極簡潔だった。
「作戦につき、口外無用」
王の印璽としている黒き太陽の印と共に送られてきたその言葉に、二匹は不満を飲み込んで沈黙するしかなかった。
プエルは、その後も何度か戦姫が小国へ赴いた隙を突いて突発的に軍を起こすことをしている。だが、何れの場合も降伏を呼びかけることが第一で、勝利には拘っていないようだった。
◆◇◆
僅か一ヶ月で小国から戻ったブランシェは、その足で戦地へ直行せねばならなかった。
彼女が居ない間に限って出てくる敵の軍勢。そして態々脅し程度の軍行動を南部にかける敵の思惑。その意図を考え、眉を顰めざるを得なかったのだ。
クシャイン教徒の抑えとして向かわせた戦乙女の短剣が南部に向かった時には、既に撤退しているという手際の良さも不可解である。
「おかしいのう」
何かが引っかかる。
彼女の見たところ、敵の軍勢にはそれなりの軍師が存在しているように思えるのだ。無駄のない統一的な軍の運用と果断に富む君主。全くもって戦争向きの国であると認識していたが、ここに来てそれが乱れてきている。
敵の軍師の采配が変化したのか。或いは敵の軍勢の中で何か起こったのか。
ゴブリンの支配する敵国の情報は、中々収集するのが難しい。故にこれまでは赤の王の遺産である諜報組織を使って情報収集をしていたのだが、ここに来て情報の締め付けは更に厳しくなっていた。
そう考えれば、軍師が変わったとは思えない。
──となれば、何かを仕掛けてきていると考えるのが普通だ。
「或いは、それをこそ妾に考えさせると?」
この乱れこそが罠。
カマを掛けて来ている。無意味に積み重ねる攻勢。それこそ敵の軍師の策なのではないだろうか?
「それだけ……では、あるまいの?」
頻発してきている奴隷商への襲撃。不穏な動きを見せる南方の蛮族。それも含めて考えねばならない。
軍師の描く絵。
軍事行動を頻発させて戦姫を最前線に釘付けにする。そこに不審の種である後背での奴隷の反乱……。狙いを自分一人に絞ったということだ。
ブランシェは情報が少ない故にプエルの思考を読み取り、笑う。
「確かに妾の身体は一つ。じゃがのう、手は2本あるのじゃ」
四方向から攻め寄せるプエルの手札。
見えるからこそブランシェは笑う。
崩すなら背後。
狙いは最も弱い場所を突くのが良い。であれば、シュシュヌに巣食う奴隷の反乱を潰すのが最も手っ取り早い。何せ正面には彼女の副官が塹壕陣地なる新しい概念の陣営地を構築しているのだ。
それは、言わば“動く要塞”。騎馬を駆るからこそ、その弱点が分かる。戦姫がゴブリンの王から盗み見た新戦術。
魔導騎兵の遠距離攻撃と絡めれば、対騎馬兵に対しては正に鉄壁の防御と化す。
「妾のことを甘くみておることを後悔させねばのう」
戦姫の眼は、未だに大きく戦局全体を見通していた。
◆◇◆
クシャイン教徒の女皇ミラが対シュシュヌ教国戦に参加を決意したのには、当然自国に攻め入られたからという理由もある。
しかし、本当の問題は“英雄ヴィラン”の敗北にこそあった。
今まで必死に作り上げてきた英雄ヴィランの幻想が、如何に大国とはいえクラン戦姫の短剣に一方的に押し込まれてしまったという事実。これを認める訳にはいかなかったのが大きい。
ゴブリンと同盟を結んでいるとはいえ、彼らは独立を維持している。それはつまり、自分達の安全は自分達の力で維持せねばならないということである。
他の将ならばいい。
たとえ負けたとしても、そこまで大きな負債にはならない。
だが、ヴィランだけは駄目だ。
ヴィラン・ド・ズールはこれから何年にも渡って国を支える軍の支柱である。そればかりではなく、民の希望ともなりつつあるのだ。それが負けるということは、戦術的敗北以上のものを抱え込むことに他ならない。
シュシュヌ教国よりもクシャイン教徒は下であると、認めたに等しいのだ。
女皇ミラにとって、これだけは認めることが出来なかった。
聖戦すら発動しかねない勢いのミラに、ヴィランは焦りながら彼女を宥める。
「そ、そこまでしなくても……」
「そこまでするのよ! してくると思わせなきゃ駄目なの!」
駄々を捏ねる少女のようにヴィランに詰め寄ると、いまいち事の重大性が分かっていない少年の腰に手を回した。詰め寄られるヴィランは凍り付き、直立不動の姿勢のまま動けない。
「い、いや。ほ、ほら、僕が負けたって代わりの人がいますし……」
「いますし?」
妙に迫力あるミラの言葉に、ヴィランは思い出す。
二人っきりの時は、敬語は禁止っ!
そう言っていた彼女の言葉を。
「代わりの人がいるし、さ」
目を泳がせ、背中に脂汗をかきながらヴィランは必死に言い繕う。この少年、未だに女性は苦手であった。
「今の貴方の名声を得るまでに、あと何人殺せって言うのよ!」
ミラの言葉を聞いた時、ヴィランは今まで背中を流れていた脂汗が冷や汗に変わるのを感じた。そればかりでなく、背筋に氷を突っ込まれたような寒気を覚えてミラを凝視する。
老将軍に、頭を思い切り殴られた時以上の衝撃であった。
目尻に涙を浮かべてヴィランを見上げてくる彼女の肩を、ヴィランは掴んで引き離す。
「……分かった。ごめん、僕が間違ってい、たよ」
若干のぎこちなさを含みながらも、ヴィランはミラを見つめる。
「うん」
目尻を拭う彼女に、彼ははっきりと宣言した。
「必ず勝利を」
「……無理はしないでね、ヴィラン」
「ああ」
踵を返すヴィランを見送った後、ミラは口元に笑みを浮かべる。
「ふふふ……少しはやる気になったかしらね」
先程までのしおらしい様子など露ほども感じさせない政治家の顔をして、彼女はベッドに腰掛ける。ヴィランは勝たねばならない。敗北は許されない。
聖女などと祭り上げられてしまっている自分の横に並んでもらうには、英雄には敗北は必要ないのだ。
「居るんでしょう? 出てらっしゃい」
彼女の呼び声に応えて、物陰から女冒険者が現れる。
「お呼びで?」
「……趣味が悪いわね。覗き?」
「いえ。ただ、恋の手管を見習いたいものと」
「べ、べ、別に恋なんてしてないわよ!? ヴィランは私のものなのよ!」
「それはそれは、ご馳走様です」
頬を赤くするミラからは片膝を付いた女冒険者の顔は見えないが、小刻みに肩が震えているのが分かる。
「ま、まぁ良いわ。仕事の話よ」
一度赤くなった頬に手を当てると、彼女の顔が真剣なものになる。
「御意」
「不穏分子を消しなさい」
「……影の逆月の全力を持ちまして」
薄く笑うと、女冒険者は影に溶けこむように消える。
それから数日後、クシャイン教徒の住まう神都クルディティアンでは身元不明の死体が何人か発見されることになった。
1月16日修正




