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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
311/371

交渉決裂

 ギルギメル平原での戦いに敗れたゴブリン側は、戦姫の追撃を防ぎ国境にまで撤退していた。ギ・グー・ベルベナ自らが作った陣営地に入り込むと、負傷者の救護に当たる。

 同時に、今後の戦略を練り直さねばならなかった。

 フェルドゥークの損害4500。王の騎馬隊の損害100。ザウローシュが率いた騎馬隊500。それぞれに甚大な被害を被った敗戦を踏まえた上で、今後の策を練らねばならない。

 進むか、退くか。

 西軍が敗れたことにより南軍に戦姫が向かう危険が増した為、プエルの独断でギ・ガー・ラークス率いる虎獣と槍の軍(アランサイン)双頭獣と斧の軍(ザイルドゥーク)には撤退を命じてある。

「王の体調は、思わしくないのか」

 沈んだ言動は、敗戦が堪えているというよりも王の身体を慮ってのことだろう。ギ・グー・ベルベナは、それが自身の責任であるかのように項垂れていた。

「宜しくはありません。ご自身は大事ないと仰っていますが、戦が終わっても発熱が収まりません。こんなことは初めてですし……。何よりあの力、王が使うには強大過ぎるのかもしれません」

 殿を引き受け、戦姫に対して無双とも言える力を発揮した王だが、代償に体調を崩していた。発熱が収まらず、身体が軋みを上げている。ゴブリンの王自身は強がっているものの、プエルから見れば語る必要もなく満身創痍であった。

「……うむ」

「自身を責める必要はありません。不甲斐ないのは、私も同様です」

 戦姫の戦略眼の確かさは自身よりも上であると認めざるを得ない。王の焦りを知りながら、どこかでその意見に押されてしまっていた自身をプエルは恥じていた。

 軍師たるもの、徹頭徹尾冷静沈着であらねばならないというのに。

 王に魅せられるのが悪いとは言わない。優しさも甘さも含めて、王の魅力だろう。

「臣下たる者、王の欠点を補って然るべきだ。だというのに……!」

 部屋の扉が叩かれ、その沈んだ空気が霧散する。

 王を心配する前に、彼らは軍を指揮する指揮官と軍の差配をする軍師なのだ。その仮面を貼り付けて、入ってくる人物を見守った。

「邪魔するよ」

 彼らの様子を知りもせず、気楽な調子で声を掛けて来たのはヴィネ・アーシュレイ。シュメアの所に居た筈の女傑が、何故か最前線に近い陣営地にまで顔を出してきていた。

「何が御用で?」

「負けて落ち込んでる依頼主の顔を見に来たのさ」

 相変わらず人の感情を逆撫でするのが上手い彼女の口車に、プエルは乗る気がなかった。

「そんな無駄なことをする程、暇ではないでしょう?」

「つまんないねぇ。まぁ、実際そうなんだけどさァ」

 ケケケと笑うヴィネは身を乗り出して、プエルの耳元に顔を近付ける。

「シュシュヌで一暴れしてやろうか?」

 彼女の提案は、悪魔の囁きの如き甘さを伴ってプエルの脳髄を揺さぶる。

 意趣返しの面が大きいことは否めない。だが、ヴィネの持つ凶悪な力をシュシュヌで解き放てば、此方側とは比較にならない程の混乱を巻き起こすことが出来るだろう。法の国であるシュシュヌは、その裏付けである、力の存在無くして成り立つことはない。

 それを根底から揺さぶる策は、今のプエルには非常に魅力的に思えた。

 だが、その分危険度も増す。

「……危険は承知の上ですね?」

「おいおい、アタシを誰だと思ってんだい? 赫月のヴィネ様だよ?」

「……それだけではないでしょう。理由は何です?」

 内面までを読み取ろうとするプエルの冷たい視線に、ヴィネは僅かにたじろいだ。普段なら有り得ないことだ。そっぽを向くと、まるで照れているように頬を紅潮させる。

「……シュメアの姐さんに頼まれてよぉ~」

「……前々から思っていたのですが、貴女達は一体どんな関係で?」

「どんなって、別にどうもねえよ!」

 焦ったようなヴィネの声に、プエルの猜疑心が疼く。ヴィネとはこんな女だっただろうか、と。

「餓鬼の時に、ちぃ~と助けてもらっただけで……。いや、てめえに話す必要はねえだろうが!」

「まあ、確かにそうですね」

 プエルのあっさりとした返答に怒りの篭った視線を返すも、どこかいつもの迫力がないヴィネ。

「動いて頂けるのなら、此方に否はありません。相応の謝礼も準備させましょう」

「ああ、ありがとよ」

「ソフィアを同行させます。連絡は彼女と」

「ああ、あのちびっ子かァ」

「私の方から話を通しておきますので」

「あいよ。準備が整い次第出発するから、そのつもりでな」

 扉を出て行く寸前、ヴィネは思い出したかのようにプエルに向き直る。

「そういえばベルクの奴が会いたいとか言ってたぜ。何でも緊急の要件だそうだけどね」

 笑いながら退出するヴィネに怪訝な視線を向けていたプエルだったが、ギ・グーと僅かに視線を交わして席を立つ。

「暫く休憩ということでお願いします。王の体調が快方に向かうまでは軍を動かすのは難しいでしょう。フェルドゥークには負担をかけますが、今は耐えてください」

「構わん。王あっての我らだ」

 彼女は頷くと、ベルクに会う為に席を立った。


◆◆◇


 プエルが協議をしていた建物から出ると、そこは騒然とした雰囲気になっていた。

 武装をした妖精族の戦士達が、鋭い目付きで周りを囲むゴブリン達を睨んでいる。しかも日に焼けた顔立ちは風の妖精族(シルフ)のものではない。ゴブリン達も敗戦で気が立っているのか、低い唸り声を上げ、妖精族を威嚇するのをやめようとはしなかった。

「プエル殿!」

 妖精族達の中からプエルを呼ぶ声がして彼女が振り向くと、そこには悪名高い赫月の良心とも言える男がいた。

「ベルク・アルセン・ロイオーン」

北の友(ノイザーン・アラタ)よ。久しく顔を見せなかった無聊を許してほしい」

南の友(サウザーン・アラタ)よ。此方こそ貴方に連絡を寄越さなかった。お互い様です」

 気品のある礼を返すプエルに、妖精族の中から騒めきが起こる。

「誰だあれは? 土の妖精族(どうぞく)ではないようだ」

風の妖精族(シルフ)だと……!? 未だ生き残りが居たのか」

 それらの声を聞き取ったプエルは、驚きに目を見開いている土の妖精族達に視線を向けた。

「それで、この度はどのようなご用件で?」

「うむ……。まぁ簡単に言えば、我らを貴公らの陣営に加えてほしいのだ」

 長身のベルクが片膝を付いてプエルに最上級の礼をする。する方も、される方も、妖精族。非常に容姿端麗な二人の様子は、まるで一枚の絵画のような現実離れした雰囲気を醸し出していた。

「……何故、これ程急に?」

「無論、貴公らの意気に心惹かれたなどという理由ではない」

「でしょうね。詳しく話を聞かせてもらいましょう」

 頷くプエルは代表者を建物の中に誘うと、ゴブリン達に彼らを警戒する必要はないと宣言し、通常の警備に戻るよう呼びかける。一方のノームの戦士達は、彼女の指示に大人しく従うゴブリン達の理性的な様子に驚きを隠せなかったのだが、プエルはそれを一切気にすることなく、淡々とノームの代表者達との話し合いの席に着いた。

 彼らは南方蛮夷の地と呼ばれる場所からやってきた土の妖精族(ノーム)の一族である。人間の覇権が確立する過程で迫害され、追い立てられた一族の末が幾多の困難の果てに辿り着いたのがその地だった。砂漠地域を内包する土地々にノームの一族が根を下ろしてから、既に100年程も経つ。

 だが、暫くは静かだったノーム達の居住地にも再び人間の覇権の足音が聞こえてきていた。このままでは滅びを受け入れるだけだと考えたノームの長老達は、人間の世界に探りを入れることを決意。血盟という組織を利用して、ベルクに罪人の探索と共に人間世界の情勢を探らせていた。

「そして、私達の存在を知ったと?」

「その通り」

 年嵩のノームの戦士が大きく頷いた。

「ベルクの話してくれた内容は、実に興味深いものだった」

 長年砂漠地域で暮らしていた為だろう、その肌は日に焼かれた小麦色をしている。盛り上がった筋肉は、彼が接近戦で無類の強さを発揮することを言葉よりも雄弁に語っていた。

 ベルクの話を聞いた長老衆は事態を傍観するのは宜しからずと、判断を下す。

「勇敢なノームらしい決断ですね」

 プエルの言葉に頷く年嵩の戦士は、実に誇らしそうだった。

「我らの事情は、概ねそんな所だ。ノームの戦士400。何れも一騎当千の剣と槍を使う。風の同胞よ。どうか貴公らの末席に、我らを加えてはもらえないだろうか?」

 場を引き継いだベルクの言葉に、プエルは少し考えさせてほしいと断りを入れた。

「……ノームの望みは、取り戻した領土の割譲で宜しいのですね?」

「その通り。シュシュヌ東部に広がる草原の一部と、小国ゲルニオの半ばまでを我らの領土としたい」

 随分中途半端な領土であるが、明晰なプエルの頭脳は問題はないと判断した。

 ゴブリン達は特に領土欲を持っていないし、どうせシュシュヌもそれに味方する小国も諸共に滅ぼすのだ。誰に遠慮する必要もない。後は王の裁可次第だろう。

「話は変わりますが、水の妖精族(ウェンディ)火の妖精族(サラマンドル)の現在の所在地をご存知ですか?」

 一瞬生まれた沈黙を、プエルは是と受け取った。

「隠し事は互いの為になりませんよ。貴方達だけでは力不足だと言っている訳ではありません。400程度の少数でシュシュヌ教国は倒せない。貴方達もそう考えるからこそ、我らに合力を申し出たのでしょう?」

「……プエル殿は優秀な軍師であられる。我らの算術などとは出来が違うのだ。彼女の言う通り、隠し事は為にならん」

 ベルクの言葉に顰め面をした年嵩のノームの戦士は、重い口を開いた。

「……知らぬ仲ではないが、あまり期待はせん方がいい」

「どのような形であれ、接触を持たねば結果は生まれません。教えて下さいますね?」

 年若い筈のプエルの迫力に、年嵩の戦士は唸りながら首を縦に振る。

「望まれるのなら」

 この出会いは、プエルが思案していたシュシュヌに対する謀略に新たな着想を齎すこととなる。

 彼らと分かれた後、プエルはその人選にクシュノーア内応の件で恥をかかされたと怒り狂うギ・ザーを充てる。

「戦姫ブランシェ、ここからは私の手番です。今度は貴女が愉快に踊る番ですよ」

 復讐の女神の加護を受けし軍師の手が、シュシュヌに伸びようとしていた。


◆◆◇


 ゴブリンを退けたシュシュヌ教国の宮廷では、ブランシェが国王にゴブリン達との講和を具申していた。

 彼女の定義する勝利とは、ゴブリンを退けた上での国境の確定。そして、その事実を利用しての外交の樹立である。先の戦で彼女の兵力は予想以上の損害を出していた。勝利を収めたとは言え、軍を基盤とする彼女にとっては無視出来ない程の損害である。

 冒険者ギルドにも多大な損害が出ている現状、これ以上の交戦は徒に彼女の力を削ぐものとして考えていた。

「あの化け物は予想以上であったのう」

 凶悪なゴブリンを退けた彼女の宮廷における権威はこれ以上ない程に高まり、三大貴族の筆頭格として振る舞うことに異論を挟む者も居なくなっていた。

「はっ」

「そう固くなるな」

「はっ!」

 戦乙女の短剣(ヴァルキュリア)のファルを自宅に招いて紅茶を楽しむブランシェではあったが、生真面目なファルは背筋を伸ばしたまま紅茶に手を伸ばそうともしていなかった。

 軽く溜息を吐くブランシェに、ファルは疑問を口にする。

「……あまり、進捗がよろしくないとお聞きしていますが」

「うむ」

 カップの中の紅茶に映る自身を見つめて、彼女は口を開く。

「どうやらクシュノーア家の下っ端共が騒いでおるようじゃの。もう一戦してゴブリン共の領地を奪い、富の街道を我らの手に、とな」

「それは……クシュノーア殿もご同意されているのでしょうか?」

「アレもそこまで馬鹿ではない。富の街道を手にする前に此方が破産することぐらい分かっておろう。だが、支援者共にはそれが分からぬ。抑えるのに苦労しておるようじゃ。……それにの。一部ではあるが、軍のみならずそれを支持する者共がおる。悪いことに、我が愛しい国王陛下の傍で甘言を囁く輩がのう」

「……実は、冒険者ギルドにも妙な動きがあります」

「ふむ……。勝利に浮かれているだけなら良いのじゃが、熱が冷めるのを待ってはゴブリン共に立ち直る時間を与えてしまうのう」

 いっそ味方の首も並べるかのう? と冷たい視線でファルを見たブランシェだったが、生真面目に固まっているファルを見て、溜息と共に首を振る。

「馬鹿らしい。蜜事を囁くなら愛の言葉だけにせいというのじゃ! ゴブリン共の主力は叩いた。今の内に降伏勧告なり和平の使者なりを派遣するのが最善じゃというのに、何故それが分からぬ!?」

「……やはり、ゴブリンと国交を樹立することに抵抗があるのでは?」

「強者が国を作る。太古から変わらぬ世の常じゃ。妾の可愛い部下共は、手を結べぬような未開の蛮族共の刃に倒れたのではないわ!」

「はっ!」

「う~む……何とかせねばのう」

 首を捻るブランシェは、後宮の勢力に何かしらの楔を打つ手を考えていた。

「そうじゃ! ファル。お主、後宮に──」

「──絶対に嫌です!」

「そうはっきり言わずとも……。ならば、やはり妾自身が立候補するしかないか……?」

「国王様がお逃げになるのでは?」

「やれやれ、どこかに妾の手駒になるような都合の良い皇妃はおらぬかのう」

「盟主、あからさま過ぎます……」

 結局、ブランシェが宮廷との調整を繰り返し、ゴブリンに同盟締結と和平の使者を派遣することになったのは、ゴブリン達を撃退してから30日後だった。

 ブランシェの手腕をして、これ程に時間が掛かったのは彼女自身がゴブリンに対して僅か30日で立て直してくるとは思っていなかったことと、仮にも身内であることので、その苛烈さが身を潜めていたからだ。

 エスガレが命と引き換えにゴブリンの根拠地を襲撃し、得た時間である。それを信じきっていた彼女の甘さが、ゴブリン達に時間を与えることになった。

 何にしてもこの30日間で、状況は大きく変化しようとしていた。


◇◆◆


 ゴブリンの王の体調は、3日を経て回復していた。

 それを契機として、プエルは軍の再編成と新たな対シュシュヌ戦略をゴブリンの王に提示する。

「そもそも彼女の土俵に立った時点で、我らは有利を捨てていました」

 敗北を分析するプエルは、王にそれすらも含めて策を示す。

「そしてもう一つ。彼女が信頼して戦場を任せ得る部下はかなり少ないという事実です」

 神出鬼没の戦姫の動向に目を配っていたプエルは、結局最後まで戦姫の行方を探り出すことが出来なかった。だが、戦の転換点には必ずブランシェ・リリノイエが居るのだ。

 ならば、そこから逆算すればいい。

 彼女が戦場を任せることが出来る部下が多く居るなら、当然彼女がそこまで神出鬼没に振る舞う必要はない。総大将として奥で構えていればいいのだ。そう考えれば、プエルは戦姫を捉えることが出来るのではないかと考えていた。

 つまり、此方から戦の転換点を与えてやればいいのだ。

 そこに必ず戦姫は出現する。

 そして、その為には敢えて敗北することも厭わない。彼らを押し潰す為の兵力が必要だった。

「シュシュヌは草原に覇を唱える大国です。彼の国には小国の争いで奴隷となった者達や、亜人や妖精族などの希少性の高い奴隷達が小国の割拠する東方から集まるのです」

「それを梃子にする、という訳か」

「はい。既に我が手の者を送り込んであります」

 プエルの策を簡単に説明するなら、戦姫を誘い出し、物量で押し潰す。

 故に妖精族・亜人・人間族の戦闘員の更なる増加によって、一挙にシュシュヌを制圧する。物量で押し潰すとのプエルの言葉に、ゴブリンの王は顎に手を当て考える。

 物資に関しては、ヨーシュの差配がある限り問題ないだろう。

 戦姫を逃し、ゲリラ戦など展開されては面倒である。シュシュヌが敗北したとして、拠点を築かれ後背を突かれるなど統治の差し障りにしかならない。シュシュヌ教国を下すときは戦姫も諸共でなければならなかった。

「妖精族や亜人の増員は分かった。だが人間はどうする? 我が占領地の民を無理矢理引きずってきても、戦力にはならぬぞ」

 それどころか、逆に戦姫に付け込まれる隙を生むことになる。

「それに関しては、同盟国がありますゆえ」

「クシャイン教徒か」

「女皇ミラ殿は、このまま黙っているような方ではございますまい?」

「まぁ、そうだろうな……試算を出せるか?」

「御意」

 事実、10日を待たずしてクシャイン教徒の女皇又は聖女と呼ばれるミラ・ヴィ・バーネンより、ゴブリンの王の元に書状が届いた。

“今度の出兵には、我々も兵を出します!”

 負けん気の強さと怒りの激しさを感じさせる丁寧な手紙がゴブリンの王に届いた時、ゴブリンの王は何とも言えない表情でそれを読み下した。

 また、ゴブリンの王敗戦の報を聞いてすぐさま医療品となる薬草類などの必要な物資とゴブリンらを送り届けたのは、西都総督のヨーシュである。

 普段なら警備に回しているゴブリンを掻き集め、ギ・アーに2000の兵を率いさせてゴブリンの王に届けると共に、人間の中から衛兵を雇う許可を願う書状を持たせていた。

 承諾の書状を持って傷付いた兵士2000を暗黒の森に送り届けると、戦の援護にと西都での収益を送ってくる。更に暗黒の森で幼生ゴブリンの教育に当たっていた『傷モノ』のゴブリン達の中から戦線復帰を望む者達を選出し、ギ・イーに率いさせてゴブリンの王の下に駆け付けさせた。その数500程。

 全て、ヨーシュの差配である。

 その手腕には王も舌を巻いたが、喜んだのも事実だった。一ヶ月後には更に2000の新兵と南方ゴブリン1000を届けることが出来ると、イェロからの伝言もあった。

 ここにきて、戦姫ブランシェの思惑は大きく外れようとしていた。

 西都の混乱はヨーシュによって最小限に抑えられ、ゴブリンの本拠地だと思われていたのは実は集落の一つでしかなく、彼らの本拠地は健在であること。

 無限の体力を持つ化け物は、未だその力を保持しながら虎視眈々と東を狙っていたのだ。

 そのような時にシュシュヌ教国からの使者が来た。

 ──国交を結び、和平を。

 そう呼びかける使者は、断られる可能性など一欠片も考えていなかっただろう。ゴブリン達は甚大な被害を受けて西に逃げたのだ。攻めこまれたくなければ、此方の要求を飲むしか無い。

 殆ど何の条件も付けず対等な関係での同盟となったのは、ブランシェが国王を説得したからに他ならない。

 だが、彼女の願いも虚しく、ゴブリンの王はこれを拒絶する。

「我らは負けて同盟を結ぶことを良しとせぬ」

 断固としたゴブリンの王の決断はプエルの助言に支えられたものだが、後方支援に徹するヨーシュや同盟たるクシャイン教徒の動きを見てのことだ。未だ南に配置した虎獣と槍の軍(アランサイン)双頭獣と斧の軍(ザイルドゥーク)は無傷であるし、国境付近に配置した弓と矢の軍(ファンズエル)も健在である。

「勇ましき戦姫に、再戦を楽しみにしていると伝えよ」

 そのように振る舞ったゴブリンの王は、余裕の態度で獰猛に笑う。使者の目には正しく魔王として映ったが、内実としてはそれ程余裕がある訳でもなかった。

 だが、外交の席で弱気は禁物。それはゴブリンの王自身も認めるところであったし、プエルからの助言でもあった。此処で馬鹿正直に同盟を結べば東部への道が閉ざされるだけでなく、暫くはシュシュヌ教国の風下に立つことになる。

 敗北の記憶はゴブリン達の背中に重く伸し掛かり、反抗的な地域は勢い付いてシュシュヌに救援を求めるかもしれない。ゴブリンの王は国内の不安を背景に強気に出るしかなかった。

 ブランシェ自身が外交の使節として参加していたなら、ここから粘り強い交渉が開始され、両国の間に平和裏に同盟が結ばれることもあったかもしれない。彼女が和平をと具申したのは、何もゴブリン達に好意あってのことではない。

 シュシュヌの現状とゴブリン側の戦力を比較した結果、多少の譲歩をしてでも同盟を結ばねばシュシュヌ教国は危険に晒されると判断した為である。

 だが、使節として参加した者達は彼女程国の現状に通じている訳でも、ゴブリン側の脅威を理解している訳でも、更には肝の座った人物達でもなかった。

 何よりも、大国であるシュシュヌの貴族や官僚達は自国よりも大きな国との隣接しての外交など長らく経験しておらず、妥協点を見出すのに不慣れであった。

 外交使節はゴブリンの王の言葉をそのまま受け取り、僅か3日の滞在で逃げるように帰国してしまう。

 それを知ったブランシェ・リリノイエは激怒するが、最早後の祭りであった。

 軍部と冒険者ギルドの支持を背景とするリリノイエ。

 貿易と商業ギルドの支持を背景とするクシュノーア。

 農地と法務を基盤とするアガルムア。

 シュシュヌ教国を代表する三大貴族はそれぞれの事柄に対して特権を持つが、外交は伝統的に王の特権である。臣下であり大貴族であるという立場上、王には遠慮を見せねばならない。不遜も度を越せば反逆と見られてしまうからだ。

 それでも出発前、再三彼女は注意を促したが、王の選んだ者達が帰ってきてみれば何の成果もなく、それどころか再びの戦を考慮に入れねばならない体たらくである。

 命を賭して戦った者達への侮辱であると、彼女が憤っても仕方ない部分もあった。

 これで再びの開戦は避けられないことを知った彼女は怒り狂い、外交使節に参加した者とその三族に至るまで全員の首を刎ねるように国王に直訴。

 流石にこれは叶えられなかったが、主だった者達は処刑を敢行される。

 その首を手土産に己の息のかかった者を再びゴブリン達の元へ向かわせようとしたブランシェに、悲鳴じみた報告が入る。

 クシャイン教徒、同盟国を助ける為、シュシュヌ教国に対して宣戦布告。

「馬鹿共めッ!」

 彼女は、ゴブリン達との再戦を脳裏に描かなければならなくなった。


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