表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
309/371

ギルギメル平原の戦いⅡ

 血盟戦乙女の短剣(ヴァルキュリア)を率いるファルが指揮官としての手腕を発揮してクシャイン教徒の街に攻め入ったのは、ゴブリン達が国境を越えるか越えないかの瀬戸際であった。

 まるで狙い澄ましたかのようなタイミングの良さは、間違いなく戦姫の戦略の一つ。だが、それが戦況に如何なる波紋を及ぼすのかは、ゴブリン達では図りかねた。

「常識的な見地からすれば、我が軍を引き返させる為のものです」

 軍師プエルの言葉に王は頷く。

「だろうな。朋友を見捨てる訳にはいかぬ」

「……或いは、王の考えまで考慮に入れた戦略かもしれません」

「だとしても、決断が変わることはない。己を曲げて勝利を得るのは、敗北と大差ないだろう」

「確かに……。ですが、この事態を想定していなかった訳ではありません。国境に配備した弓と矢の軍(ファンズエル)を動かすのも、一つの手です」

「ギルミか」

 ゴブリンだけでなく人間達にも英雄として鳴り響く4将軍の一角。それがラ・ギルミ・フィシガである。これ程クシャイン教徒の救援に相応しい者も居ないように思われた。

「良かろう。援軍としてギルミをクルディティアンへ派遣する。我らは引き続き進軍だ」

「御意」

 ゴブリンの王率いるゴブリン軍の基本的な構想は変わらない。

 南と西から同時にシュシュヌ教国の首都リシューを窺い、一方が戦姫を相手取り、残る一方が王都を襲撃するというものだ。万が一、戦姫相手に一敗地に塗れるとしても、首都を攻撃されて次の戦に耐えられる筈もない。

 ただし、この策の前提としてゴブリンの王は必ず生き延びねばならない。

 軍の再建も、国を纏めるのも、王が生きているからこそ可能なのだ。故にプエルは保険をかけた。ギ・ゴー・アマツキやラーシュカらを筆頭として、個人の武力に優れたる者達を王の傍近くに集め、その安全を図る。

 戦姫ブランシェが危惧した通り、ゴブリンの最大の強みは兵の補填能力である。

 例え1万の兵が壊滅したとしても、一年程の期間があれば同じだけの兵士を育てられるという脅威の繁殖力と成長速度。戦姫の戦略が読めない以上、プエルは最悪ギ・グー・ベルベナのフェルドゥークと相打ちでも已む無しと、内心でこの策を講じていた。

 相打ったなら、此方の勝利である。

 この前提なら、プエルの講じた策はほぼ万全ですらあった。

 西から東へゲルミオン東部地域を横断したゴブリン達は、遂にシュシュヌ教国の領土に足を踏み入れる。プエルの元に届く情報は、徐々にだが活発になっていく。

 3日前に王都リシューから魔導騎兵(マナガード)と諸国連合軍が出撃し、近郊の要塞に入ったという。

「此方を警戒しているというのは、素直過ぎる見方でしょうか?」

 南と西から迫る両軍に対応する為に王都の近くに布陣し、どちらが攻めてきても対応可能とする。一見すると盤石な配置だが、それは逆に悪手だ。

 両軍の集結と王都への攻撃の危険性を高めるだけの策だろう。少なくともプエルならそう判断する。その為に彼女は、戦姫が此方の軍に合流しない内に各個撃破に出ると読んだのだ。

「或いは、クシュノーア家の内応を把握していない?」

 露骨に怪しい動きを見せているクシュノーアに反応しない等、有り得るのだろうか? 口に出してみて、彼女は即座に首を振る。

「そこまで甘い性格ではない」

 闇手を使い、それを冷酷に切り捨てる策。或いは戦死した者の首を晒す残虐性から判断しても、そのような甘い考えの人物ではないだろう。

 では、何故? 彼女は再び思考の海に沈む。

 マナガードを筆頭とした戦力だけでゴブリンを殲滅出来ると考えているのだろうか? だとしたら、認識が甘い。プエナでの失態を繰り返す気は彼女にはなかった。

「罠……?」

 嘗てプエル自身がゴブリン達の追撃を抑える為に口にした言葉に行き当たり、彼女は思考を重ねる。

 では、どんな罠だ? ゴブリンを殺し尽くす類の罠。熟練の魔法使い達を抱えているのだから、プエルの知らない術の一つや二つがあっても不思議ではない。

 だが、それとて確証がある訳ではないのだ。

 思考の堂々巡りから逃れられないまま、日数は過ぎていく。マナガードと諸国軍が籠る城塞前にゴブリン達が到着したのは8日後だった。

「何を迷うことがある」

 プエルの迷いを断ち切るように、ゴブリンの王は敵陣を見据えた。肉喰らう恐馬(アンドリューアルクス)に跨る巨躯を悠然と敵に晒し、ゴブリンの王はプエルに視線を落とした。

「ここまではお前の策通りだ。シュシュヌの王都は目前。そして、その前に要たる敵の軍を誘き出したのだ。お前の策が戦姫を上回ったのだろう」

「だと、良いのですが……。正直これ程自信の持てない相手は初めてです」

 例えるなら、プエルは戦場の軍師である。戦術を駆使し、敵を殲滅することを最も得意とする。対する戦姫は、戦略と謀略を駆使する。どこまでが彼女の策で、どこまでが此方の思惑通りなのか? 肝心の部分を一切悟らせない手腕は、自軍が有利なのか不利なのかすら曖昧にしてしまう。

 無意識に相手の思考を読もうとするプエルにとって、これ程苦手な相手もいなかった。

 嘗て敵対したカーリオン・クイン・カークスはプエルと同種の人物であったが、国としての方針を描けるという点では宰相に近い視点を持っていた。

 状況に応じて策を繰り出すプエルに対して、戦姫ブランシェや王佐の才カーリオンは戦況がどう動こうとも、勝利が揺るがないように場を支配するのを得意としている。

 プエルの本質が攻めではなく、守りにある為かもしれない。

 そして、カーリオンやブランシェは攻めだ。

 それが噛み合うならプエルは遺憾なく力を発揮出来るが、噛み合わなければ凄まじく相性が悪い。

「だが、仕掛けるのは我々からだ。アランサインに伝令は放ったのだろう?」

「御意。クシュノーア家にも使者を派遣しています。これで状況が明確化する筈ですが……」


◆◇◆


 王都リシューを目前に控えた虎獣と槍の軍(アランサイン)双頭獣と斧の軍(ザイルドゥーク)は、目の前に広がる光景に唸り声を上げた。

 シュシュヌ教国の王都リシューを南側から攻めるべく北上を続けた2つの軍は、眼前に立ち塞がる幾多の兵士と補修されたクシュノーアの城に、自分達が騙されたのだと理解し怒りを噛み殺していた。

「王に知らせねばなるまい」

 4将軍ギ・ガー・ラークスの目前の城塞に翻る旗は、三大貴族クシュノーアとアガルムアのもの。

 鉄脚の伝令を派遣し、クシュノーア家の裏切りを速やかに王に伝える必要がある。最大速力で北上を繰り返したアランサインは、クシュノーア家を完全に信用していた訳ではなかった。

 下手な小細工をさせない為に最速を以って進軍してきたのだが、この準備の良さは前々から画策していたとしか思えない。

 一国の首都にも匹敵する巨大な城壁に囲まれたクシュノーア家の本拠地。戦に備えて大量の資金を注ぎ込んで用意した巨大な機械大弓(バリスタ)小型の投石機(カタパルト)などが、城壁の上に整然と並ぶ。

「我らは、まんまと引き込まれたのだ!」

 怒りに震えるギ・ガーは目の前の城塞を睨みつけると、王に伝令を放った。

「ギ・ヂー殿の(レギオル)を前面に。攻城兵器を作らねばならん」

 急遽行うことになった攻城戦に、アランサインは慌ただしく動き出した。

「はははは! ゴブリンというのは数が多くて気色の悪いものだなぁ」

 アガルムアの当主バラッドは特徴的な鷲鼻を鳴らすと、尖塔の上から地平を埋め尽くす勢いで集まるゴブリン達を見下ろした。

「宜しいのですか? 御当主様」

「ふん、元々救援を頼んだのは儂だからな」

 従者の問い掛けに胸を張って威厳に満ちた答えを返し、笑ってみせる。

「それにな、儂ばかりが損をするのは納得いかん。損をするなら、仲良く他人も引きずり込まねばのぅ」

 高笑いするバラッドに、従者は頭を下げた。

「随分、楽しそうですな」

 低く恨みがましい声でバラッドに話しかけたのは、クシュノーアの現当主シャルネイだった。以前にバラッドから“豚”と称された肥え太った体軀の上に鎧を着込んだ姿は、正しく容貌魁偉と言う他ない。

 ゴブリン達が挙げる喚声にもバラッドは動じることはない。それとは対照的に、青い顔をしたシャルネイは眼下の光景を恐ろしげに見下ろしていた。

「なぁに。旅は道連れ、世は地獄と言うではないか?」

「そんな格言は聞いたことが有りませんな。私は、貴方と一緒に冥府の女神の前に跪くのは御免被ります」

 その時、ゴブリン達の恐ろしげな咆哮が彼らの耳に届く。

 それを聞いて尚も笑うバラッドは実に楽しげであったが、シャルネイは怯えた表情でゴブリン達の咆哮に鳥肌を立てる。

「どうしてそんなに楽しそうなのですか!? リリノイエの小娘がしくじれば、私達はあ奴らの腹の中に収まるかもしれないというのに! いや、きっとそうなる!」

「こんな所でしくじるようならリリノイエの当主なぞ務まらんさ。それになぁ、お前さんは知らんのかもしれんが、あの娘は怖いぞぉ」

 にやりと笑うバラッドの顔には猛々しさが浮かぶ。嘗てのブランシェを知る老人は笑い、青年は訝しむが故に怯える。

「まぁ、見とれ。誇り高き戦姫の称号は伊達ではあるまいよ」

「何故そこまで信じられるのですか!?」

 悲鳴じみた批難の声を上げるシャルネイに、バラッドは呵々と笑う。

「何を言うとるか! 世界に冠たる我がシュシュヌ! そのシュシュヌの大貴族の一角! 儂と互角に渡り合う20にも満たぬ娘が他にいようか! 一度干戈を交えたからこそ分かる。お前さんも、一度あの娘と性根を据えて戦って見れば儂の言葉の意味が分かるだろうよ」

「……戦姫の後継争いの裏で、糸を引いていたのは貴方だったのですか」

「はて、何のことかのぅ? 安心せい。この戦、我らの勝ちじゃろう。もし負けることがあるなら、最初から勝ち目など無かったのだろうよ」

 楽しげに笑う老人の声は、ゴブリン達の咆哮にも負けず尖塔の上に響いていた。

「さあ、総大将よ。戦じゃ」

 老人に促されるまま、クシュノーアの城壁の上からカタパルトに乗せられた石がゴブリンの軍勢に投擲されるに及んで、シュシュヌ南部での戦が火を吹いた。


◆◆◇


 ゴブリンの王率いる軍勢が、シュシュヌ教国の主力たる軍勢と対峙したのはギルギメル平原である。王都の近くで城塞に籠っていたマナガードを中核とする教国軍は、諸国軍を前衛としてその布陣を終えていた。

 いくつも屹立する紋章旗。風に靡くそれらの中に、確かにリリノイエ家の紋章がある。

「確かに、リリノイエ家のものです」

 遠見の得意な者の確認によって確かめた情報を、プエルは王に伝える。

 全身鎧に身を固めたブランシェの姿も確認出来たことにより、ゴブリン陣営には俄かに決戦の機運が高まっていた。

「敵軍の主力はマナガードが2500、ランスナイトが1000、アーチナイトが1000、更には諸国軍の歩兵が4000と弓兵が2000となっております」

 総勢にして1万を超える大軍勢である。

 王が頷くのを確認して、プエルは更にゴブリン側の陣容も説明する。

「我が方はギ・グー・ベルベナ殿率いるフェルドゥークが6000、ザウローシュ殿率いる騎馬隊が1000を数えます。その他にギ・ベー・スレイ殿が統括する近衛が500、加えて妖精族を中心とした弓兵が600、ラーシュカ殿のガイドガ氏族が500、ギ・ゴー殿及びユースティア殿の雪鬼達が400程。総勢9000となります」

 数の上ではほぼ互角と言って良い。況してや並の人間よりも身体能力の高いゴブリンが主力なのだから、兵の質ではゴブリン側が有利とも言える。

「敵は此方の攻勢を受け止めるように三段からなる横陣を敷いています。敵の主力は騎馬兵。此方の攻撃を歩兵で受け止め、騎馬兵を以って殲滅する構えです」

「名にし負う戦姫にしては、随分堅実な構えだ」

「奇をてらった戦術は、劣勢においてこそ真価を発揮します。順当に此方を殲滅出来ると読んでいるのでしょう」

 プエルの言葉に、軍議に参加していたゴブリン達がいきり立つ。

「それが間違いであることを、戦姫に教えて差し上げねばなりません」

「尤もだ」

 頷くギ・グーが、犬歯を剥き出しにして笑う。

「ギ・グー殿の軍勢を半円に編成させて頂きます。中衛として王の騎馬隊を中心に据え、ザウローシュ殿は王の騎馬隊と共に中央に、弓兵はフェルドゥークに隣接するように後衛を形成します」

「ふむ……。狙いは中央突破か」

 王の言葉に、プエルは頷く。

「はい。嘗て両断の騎士が用いた戦術です」

 両断の騎士シーヴァラの用いた中央突破戦術。

「これにはギ・グー殿の前衛戦力の継戦が不可欠。可能でしょうか?」

「誰に物を言っている」

 猛々しく笑うギ・グーは、それを肯定した。

「敵の歩兵戦力及び弓兵を突破し、即座に騎馬隊は反転。此方の両翼に食らい付くであろう敵の騎馬隊を後ろから殲滅します」

 まるで数学の解答を聞いているような明確な答えに、ゴブリンの王と臣下達は頷く。

「中央をこじ開けた後、フェルドゥークは弓兵を守るように円状に陣形を変えます。彼らの最大の武器である遠距離からの魔法攻撃を妖精族の魔法により相殺し、騎馬隊を以って敵を殲滅致します」

 フェルドゥークを盾と見立て、騎馬隊を剣と見立てるこの戦術は、ゴブリン達にも非常に分かり易いものだった。流動的ではあるものの、高位のゴブリン達が頷く。

 作戦の概要を話し終えたプエルの元に、ギ・ガー・ラークスの放った鉄脚の伝令が到着する。

「アランサインとザイルドゥーク、とモにクシュノーアと交戦!」

 叫ぶように伝える伝令の声が、軍議の席に響き渡った。

「……引き込まれた?」

「だとしても、我が軍の敗北が決まった訳ではない!」

 不安を大きくするプエルの独り言に、王が力強く応える。ハッとした表情で王を振り仰ぐプエルを一瞥し、王は軍議に集まったゴブリンや人間達に言い放った。

「プエルの策により、敵は我らとほぼ同数。我らが同数の敵に不覚を取ったことはない!」

「王の御意に従いましょう。裏切り者のクシュノーアを血祭りに挙げねばなりませんな」

 同調するギ・グーに、ゴブリンの王が頷く。

「先ずは目の前にいる敵を撃破する。全てはそれからだ」

 王は伝令に振り返り、休むように伝えると、プエルにアランサインを西に回すよう指示を出す。

「ザイルドゥークにはギ・ヂーのレギオルを付け、攻城戦を行わせよ。アランサインは全力を以って西軍に合流を果たせ」

「確かに、伝えます」

 それには、少なくとも4日は掛かる。アランサインの俊足をもってしてもだ。

 何時動き出してもおかしくない戦況に、4日は大き過ぎる。

「王、開戦の日取りは?」

「敵が動き出したならば仕方ない。アランサインと合流次第、敵を叩く! 各人は警戒を怠るな!」

 臣下達が一斉に頭を下げると、ゴブリンの王は軍議の解散を宣言する。

「4日、保つと思うか?」

「……残念ながら、敵はそれ程待ってはくれないかと」

「……」

 無言の内に瞑目したゴブリンの王は、まだ見ぬ戦姫の謀略に感嘆を禁じ得なかった。だが、それと同時に胸の奥に燃え立つ闘志を感じていた。


◆◇◆


 ドラコの月の初日、明朝。

 教国軍が前進を開始したことによって、その戦は始まりを告げる。戦姫戦役において、一つの転換点を迎えるギルギメル平原の戦いである。

「お嬢様。ご下知を」

 優男の副官の声に、全身鎧のブランシェは無言のままに片腕を上げる。

「歩兵、前進開始!」

 副官の声が響くと同時に、下級指揮官達がそれを伝達する。

 ゆっくりと前進を開始する歩兵達は、諸国から徴用された兵士である。主力たる騎馬兵に動きはない。

「……フェルドゥーク、前進せよ!」

 それに応じたゴブリン側でも動きがある。半円状に展開したギ・グー率いるフェルドゥークに王が前進を命じたのだ。

「ギ・グー・ベルベナ殿に伝令を」

 プエルの元から放たれるパラドゥアゴブリンを中心とする伝令兵は、矢のような速さで戦場を駆け抜け、ギ・グーの元へ辿り着く。

「王の御命令、しかと承った!」

 剣と斧を抜き放ったギ・グーは、己の配下へと命令を叫ぶ。

「前進だ! 我が王の道を切り拓け!」

 グー・ナガ、グー・タフ、グー・ビグらを筆頭に、中級指揮官達が声を上げて配下を鼓舞する。一部ではギ・ゴー・アマツキから薦められた戦陣太鼓を用いて、進軍の合図としていた。

 乱打される太鼓の音に続いて、盾と斧を装備した兵士達が前に出る。その後ろには投擲紐(スリング)と石を持った兵士達。更に後方では南方の祭祀(ドルイド)達が詠唱を始めていた。

 当然のことながら、相手の射程圏外から攻撃すれば被害は少ない。

 弓が使えない一般のゴブリンでも早期からの遠距離攻撃を可能とする為、ギ・グーは方法を模索していた。連射が出来ずとも、相手が射程圏外と思っている場所から攻撃されれば精神的にも物理的にも敵に与える衝撃は大きい。

 人間の使う投石機を参考にしたギ・グーは投擲部隊(スロー)と名付けた新部隊を設立し、戦術と兵の運用の幅を広げていた。本来なら馬防柵と組み合わせて騎馬兵相手に使いたかったが、迫り来る歩兵に対しても決して効果が薄い訳ではない。

 高速で飛来する石は、かなりの殺傷力を持っている。また、南方の祭祀達に関しても少数ながらギ・ザー・ザークエンドの指揮下に入っておらず、ギ・グー自らが運用することにより一軍を以って複数の軍の機能を持つ多様さを生み出していた。

 南方という巨大な領地と、そこに住まうゴブリン達を服属させた実力者であるが故に可能な部隊編成である。

「投石開始!」

 敵歩兵との距離が充分に縮まったのを見極めたギ・グーは、声を張り上げて陣太鼓を叩かせる。リズムの変わった太鼓に合わせて歩兵の前進が停止し、盾を並べたのを皮切りに、その後ろからスリングを使って投擲された石弾が長槍を構えた敵歩兵に殺到する。

 再び変わる太鼓のリズムに、前線を任された三匹の配下達はそれぞれに指示を出す。

「投擲やめ! 剣構え!」

 グー・ナガ・フェルンの声に合わせて投擲部隊(スロー)は接近戦を想定した武器に持ち替える。嘗てプエナの勇者アレンが行った武器の換装。最前線の部隊では不可能でも、第二戦や第三線の部隊ならば可能だと考えたギ・グーは、それを自軍に取り込んでいた。

「盾構え!」

 グー・タフ・ドゥエン及びグー・ビグ・ルゥーエが声を張り上げる。ゴブリン達が扱う槍はどれも大型であり、木製の柄を鉄で補強した物が使われている。

 長槍の脅威とは、その長さである。

 ギ・ヂー・ユーブ率いるレギオルがそうであるように、槍先を揃えて密集し、突進していく様子などは針鼠が鋭い体毛を逆立てて突進してくる様に似ている。“相手の届かない場所から一方的に攻撃する”という原則に沿うように、より長い槍が好まれた。

 長槍には突きの他にもう一つ戦い方がある。叩くことだ。揃えた穂先が一斉に天を向き、そのまま勢いをつけて振り下ろされる打撃は得物が長いだけに遠心力も加わり、棍棒で殴り倒されるのと変わらぬ威力を持って敵兵に襲い掛かる。

 如何なゴブリンの兵士と言えども、無策で突っ込めば瞬く間に叩き伏せられ、蹂躙される。また、騎馬兵に対しての馬防柵の役割も持ち合わせている為、長槍兵とは実に汎用性の高い兵種なのである。

 ゴブリンの王は4将軍の率いる軍に特色を持たせた。アランサインは速度を重視した騎馬兵。ザイルドゥークは魔獣を扱う魔獣兵。ファンズエルは種族の複合による混成兵。そして、フェルドゥークはゴブリンという人間よりも優れた身体能力を持つ兵達で構成された純粋なる歩兵である。

 戦奴隷を除けば、フェルドゥークは他の3軍よりもゴブリンの比率が圧倒的に多い。故にギ・グー・ベルベナは、ゴブリンという兵種の可能性を追求することで己の軍の強化を試みていた。

 距離の迫った長槍兵が穂先を一斉に天に向ける。それを見たグー・タフ・ドゥエン及びグー・ビグ・ルゥーエが再び声を上げる。

「盾、上!」

 至極単純な命令を下すと、最前線のゴブリン達は支給された肩当てに盾を当てるように構え、頭上から振り下ろされてくる槍に備える。

 勢いの乗った長槍が盾にぶつかる衝撃を耐え切ったゴブリン兵達に、指揮官の檄が飛ぶ。

「突撃!」

 先程打ち下ろされた槍の下を潜り抜け、ゴブリン達は喚声を上げながら接近戦へと縺れ込む。南方ゴブリン達は一般的なゴブリンよりも背が低く、手が長い。

 身体が小さいということは、攻撃される部位が少ないということだ。故に長槍兵と対峙した場合、敵は面での制圧が可能な叩くという攻撃方法を取る可能性が高い。勿論突いてくる敵も居るだろうが、練度も士気もバラバラな諸国連合の長槍兵達では、そこまでの連携は出来ない。

 そうして懐にさえ入ってしまえば、後は長剣を装備したゴブリン達の独壇場である。長槍を持ったまま懐に入った敵を迎撃するのは困難を極めるだろう。

 アランサインが到着するまで1日。

 ギルギメル平原の戦いは、ゴブリンの攻勢の内に幕を開けた。



2月4日誤字脱字修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ