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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
306/371

英雄不在

12月30日誤字脱字修正

「のう、影の者よ。無限の回復力を持つ化け物を殺すには、どうしたら良いと思う?」

 黄金色の髪をかき上げながら、高貴な少女は妖艶に微笑む。

「さあて、毒ですかね?」

「流石は影の者よな。発想が中々に愉快じゃ。が、少し違うのう。毒ならば、何れ中和してしまうかもしれぬ。何せ相手は化け物じゃ」

「……だとしたら、回復しきる前に倒す、とか?」

「それが出来れば苦労はせぬ。か弱い人の腕では、怪物を殺し尽くすことは出来ぬのじゃ。それ故に無限の回復力を持つ化け物なのじゃからな」

「はぁ……。そいつは、困りましたね」

 情けなくも頭を掻く男の様子に、少女は満足気に笑う。

「うむ。大変困っておる」

「そろそろ答えを教えちゃ下さいませんか。高貴な身分の方のお考えは、俺らァみたいな無学なもンには、さっぱり分からねえんで」

「良かろう、影の者よ。その素性に似合わぬ素直さに免じて教えて進ぜよう。よく聞くのじゃ。それはの──」

 少女が答えを口遊むのを男が知覚した途端、彼の夢は破られた。

「……馬上で眠るとは、呆れた神経の男だな」

 どうやら揺すり起こされたのだと気が付いて、エスガレは軽く頭を振った。

「なァに、ちょいと楽しい夢を見てたもんでね」

「ほう? 好いた女の夢でも見ていたのか。顔がニヤけているが」

 中年の冒険者の言葉を、エスガレは笑って誤魔化した。目尻に皺が刻まれた顔は、人畜無害なものにしか見えない。

「いやいや、おっかねえ上役の夢さ。年若いのに、中々肝の座った御仁でね」

 情けなく首を竦めるエスガレに、中年の冒険者は興味を惹かれたように無精髭を撫でながら笑いかける。

「とてもそんな風には見えんがな」

「いやいや、ほんとのことさ」

 苦笑を浮かべたエスガレは、困ったように頭を掻くのだった。

 反乱を起こした冒険者達はプエナの街から北上し、西都に向かって軍を進めていた。その数凡そ2000。

 此処は間違いなく死地だ。

 魔物の治める国の、正にど真ん中。平穏な会話をしていられるのが奇跡のような場所である。送り込まれたのは、どいつもこいつも脛に傷のある札付きか無法者ばかり。本当に、よくぞ集めたものだ。

 これもあの上役の力なのかと思えば、苦笑に深みも増す。

「で、どんな御仁なのだ? お前のような男を使いこなす上役とは」

 無精髭を撫でていた中年の冒険者の目が光る。

 その剣呑な光に、エスガレは心の中で舌を出しつつ表面上は驚いたように顔の筋肉を動かす。

 全くもって、油断も隙もない奴らばかり集まったものだ。一歩間違えば殺し合いが起きても不思議ではない。敵地のど真ん中で、それをするだけの胆力と頭のイカレ具合はエスガレ自身が保証する。

「そりゃあ言えませんよ、旦那。旦那だってそういうの、あるでしょう?」

「……まぁ、そりゃそうだわな!」

 豪快に笑い声を上げる中年の男を一瞥して、エスガレは卑屈に笑う。

「気に入ったぞ。俺はガエリクスだ。まぁ、お前なら知っていそうだがな」

 猛禽のガエリクスと言えば、傭兵稼業を主とする冒険者の中ではそれなりに名の知れた男だった。住民殺しが過ぎて、国を追われたと噂される男。強大な弓の使い手であり、逃げる住民を面白半分に射殺すのが戦場での楽しみだと嘯く外道。嘘か真か、殺した数は200人を超えるとか。

「猛禽のガエリクスさんみたいな特別な名前なんか無いですがね。エスガレです」

 まぁ、どうぞよろしくと頭を下げるエスガレに軽く頷いて離れていくガエリクス。エスガレは、その背中に冷たい視線を注いでいた。

「やっぱり怖えなァ、ウチのお姫様は。そんじょそこらの冒険者共が屑鉄の寄せ集めに見えちまうぜ」

 不気味な低い笑いを漏らしたエスガレは、馬を進める。

 彼らの目的は、未だプエルとて預かり知らぬことであった。


◆◇◆


 彼らを追うラ・ギルミ・フィシガは反乱軍の主力を壊滅させた後、すぐさま軍を北上させていた。如何に敵が居るとはいっても自軍の領土である。諜報を最大限活用しながら情報を集め、只管冒険者達の後を追った。

 だが、思わぬところで誤算があった。西都の混乱である。ヨーシュの不在を補うようにギルドと総督府の職務を分割した王の判断は実に適切であったが、事態は彼らが思っていたよりも更に深刻だった。

 ギルドの仕事が滞ってしまっていたのだ。

 これはギルドを任された者が無能だった為ではない。王やプエルは優秀な者を選んで送り出した。そこまでは良かったのだが、問題はギルドそれ自体が創設段階から総督府の意向に沿って動くように作られてしまっていたことだった。

 元々、ヨーシュは日々西都に集まる人々の仕事の斡旋と西都の拡大に後押しされるようにギルドを創設している。その為、必然的にギルドは総督府からの要請を受けて依頼を発注する形にならざるを得なかった。

 ヨーシュには西都をどのように形作っていくかの構想があり、如何に跡を引き継いだ者が優秀でも、そこまで大きな権限が与えられる訳ではなかった。ヨーシュが回復するまでの代理でしかない次席の者は、今の仕事を継続する程度のことしか出来なかったのだ。

 故にギルドに発注される仕事は減少し、本来なら南から迫っている危機に対しての情報の収集や防衛の強化などに使える人員の確保が滞ってしまっていた。

 ギルミはゲルミオン王国戦の際にヨーシュの後方での手並みを見ていた為、当然この時も西都の持つ機能を当てにしていた。

 だが、それが全て外れてしまったのだ。

 本来届く筈の情報が届かず、防備は遅々として進まない。ここまで来ればギルミとて急がない訳にはいかなかった。王が東へ攻め入る為には後方の安定が絶対条件だ。如何に部下のゴブリン達が王に翻意を促しても、王の意志を曲げることは出来ない。

 彼らにとって、王とはそれ程までに偉大な存在なのである。

「急ぐぞ!」

 勝利の余韻に浸る暇もなく、彼は軍を北上させる。

 そうせざるを得ない事情は、ギルミを思いの外焦らせていた。


◆◆◇


 年も改まってマルスの月。

 例年ならば新年の祝祭を各所で催す筈の季節だが、ゴブリンの王もギルミも祝い事とは無縁だった。戦姫も新年を祝う国王主催の晩餐会には出席したものの、そこは彼女にとって言わば血の流れない戦場である。

 大貴族たる威容を見せ、他の大貴族を牽制しつつ、己が有利になるよう立ち回る。

 彼女は宮廷を形成する貴族達の戦場に優雅に立ち、その威を振るっていた。

 一方、ギルミは北上した反乱軍を追っていたが、ゴブリンの王はゴブリンの王で頻発する暴動への処置に追われていた。実行者達の処罰は勿論だが、暴動の参加者全員を罰すれば全国民の1割を失うに等しい損害が出るとの試算に、ゴブリンの王は対応の仕方を考えねばならなかった。

 宰相エルバータの治めるエルレーンの首都では暴動こそ起きなかったが、地方では小競り合いが起きている場所もある。他の地域では言わずもがなだった。

 それへの対応で手一杯のゴブリンの王の元に積み重なるように凶報が齎されたのは、マルスの月も10日が過ぎた頃だった。

 西都との連絡途絶。

 今までそれ程に自体を重く見ていなかったゴブリンの王とプエルらは、その報せに一斉に顔色を変えて情報を集め始めた。反乱軍の主力が壊滅したとの情報に半ば安堵していた矢先である。

 特にプエルは敵が赤の王の諜報部隊だと知っていただけに、悔しさを滲ませながら諜報網の再構築に乗り出した。

 西都との連絡は、普段はゴブリンを中心として人間や亜人を加えた定期便という形を取っている。これは各地の都市を西都と繋いで流通を活性化させると共に、ゴブリン・人間・亜人・妖精族などの多種族が共生する為の第一歩として、ゴブリンの王の発案にヨーシュが改変を加えたものだった。

 定期便に参加する者達には交易の自由を許すと共に各地の情報を収集し、西都に持ち帰る任務も課せられている。また、魔獣に襲われる危険を回避したい行商人達も同行するだけなら自由とされていたので、交易路の開拓に余念がない商人達も定期便に参加していた。

 それが途絶えたということは西都に変事があったのか、或いは定期便が襲われたのか。どちらにしても憂慮すべき事態である。

 だが、ゴブリンの王としても前線からこれ以上兵を引き離す訳にはいかなかった。

 マルスの月も半ばを過ぎる頃に、戦姫ブランシェが再び兵士を動員しているという情報がシュシュヌ教国から流れてきた為だ。南と西に戦線を構築し、シュシュヌ教国軍と向き合うゴブリン軍は敵を包囲していた筈だった。ところが後方で戦線を作られてしまい、逆に包囲される形に陥りつつある。

 ゴブリンの王が後方での安定を常に念頭に置いていたのは、このような形になるのを避ける為だった。嘗ての彼の記憶の中にある“歴史”では、その昔ある国が大戦を経験し、このような形に追い込まれて敗北を喫した事実を知っていたからだ。

 嫌が応でも脳裏に浮かぶその知識を、ゴブリンの王は苦々しく噛み締める。

 こと諜報に関して全権を任されているプエルは、責任を重く感じていた。高位のゴブリンであるギ・グー・ベルベナ、或いはギ・ザー・ザークエンドらも、西都が落ちたかもしれないという情報に接すれば冷静ではいられないだろう。

 敵は主力を壊滅させられて、尚西都を落とすだけの力を残していたのか? 背後に敵を抱えたままで、戦姫との戦いに勝利を納めることが出来るだろうか? 誰もが不安に思った。

「王よ。申し訳ありません」

 珍しく殊勝に頭を下げるプエルに、ゴブリンの王は玉座に座ったまま大剣を石畳の床に突き立て笑った。

「何を謝る? 周りが全て敵であるなど、いつもの事だろう」

 ハッとして顔を上げるプエルに大きく頷くと、王は猛々しい笑みを見せた。

「未だ敗北した訳ではない。劣勢など、いくらでも跳ね返してやろうではないか!」

 膝を突くゴブリン達も、王の言葉に顔を上げる。

「思い出せ。我らはどこから始まった?」

 自分達は最初から強大な国を作れる環境に居たのではない。今、高位のゴブリンとして存在している彼らも、何時死ぬかも分からない飢餓の中から王と共に這い上がってきた者達なのだ。

 王が居る限り、敗北は有り得ない。彼らが不安を拭い去るのを確認して王は頷く。

 配下の動揺を瞬時に収めると、ゴブリンの王は再度の情報収集と戦姫からの攻撃に備えることを指示し、それをギ・ガーとギ・ギーに伝えるように言った。

「動揺する必要はない。後方はギルミに任せ、各々前線を保持せよ」

 王も、内心では不安がない訳ではなかった。

 だが、それを表に出すことは出来ない。彼はゴブリンを率いる王である。彼の動揺は国の動揺となり、敵が付け入る隙を作るだけだ。

 それが分かっているからこそ、敢えてゴブリンの王は自信に満ちた様を演じる。

 例えそれが根拠の無い虚勢であっても、ゴブリンの王は常に威厳に満ちていなければならなかった。


◆◇◆


 西都との連絡途絶は、意外にも直ぐに収まりを見せた。

 ギルミ率いる弓と矢の軍(ファンズエル)が北上し、西都に入ったからだ。西域のみならず、ゲルミオン州区域までの流通の拠点となる西都を回復したことにより、反乱軍に勝利の目は無くなったかのように見えた。

 だが、エスガレの跳梁は此処から始まったと言ってもいい。

 最初に襲われたのは亜人の集落だった。

 マルスの月も終わりとなっていた頃、ギ・ガー・ラークスに従って南方戦線に主力を投入していた人馬の一族の住処を反乱軍が襲った。知らせを聞いて駆け付けたファンズエルは生き残った者達を集め、西都へ避難させた。

 流石に放置出来ない事態に、最前線から後方へ下がろうとしたゴブリンの王の元に戦姫が西方へと進出したとの報告が入る。まるでこちらの動きを見透かしたかのような絶妙なタイミング。

 しかも、率いてきた兵士達が構築しているのは投石機である。

 攻城兵器の登場を受けて、ゴブリンの王はギ・グー・ベルベナ配下のゴブリン達に馬防柵の内側に壕を掘るように指示を出した。

 幾重にも重なった馬防柵は一見するとただの陣営地だが、ゴブリンの王の認識ではそれは既に城である。戦姫ブランシェの攻城兵器を用いるという選択は、その城を攻めるには正に最適解であった。

 知らずに攻め入れば、そこは死地となる。

 野戦築城を知らぬ筈のブランシェは、一見しただけでゴブリンの王が用意した死地に入る素振りすら見せず、それどころか其れ等の意図する所を正確に読み取ったのだ。

「天才、というやつか」

 苦々しく吐き捨てた王の視線の先で、地表から高く聳える尖塔の如き投石機が馬群に囲まれていた。戦姫ブランシェの天賦の才に、知らず王は唸った。

 だが、ゴブリンの王とて敵が如何なる者であろうと負けるつもりはない。攻城兵器の用意ならば、クシャイン教徒から学んだことがある。

 設けられた馬防柵を間に挟んで、ゴブリンの王と戦姫ブランシェは対峙する。

 ギ・グー・ベルベナでは荷が重いと判断した為だ。いや、そうせざるを得なかったと言うべきか。

 ゴブリンの王は自身の右腕たる軍師プエルでも勝利は覚束ないと判断する。戦術の妙を競うなら彼女に軍配が上がるかもしれないが、独創性と先見性なら戦姫の方が上であろう。王の築城陣地を見抜いた点からも、それは明らかだった。

 プエルならば、犠牲を出しながらも陣営地を落としただろう。

 だが、ブランシェは攻めすらせず攻略方法を導き出した。

 此処で王が背を向ければ怒涛の勢いでもって牙を剥くと思わせる獰猛な気配。軍勢それ自体が、地に伏して獲物を狙う狡猾な肉食獣の如き強烈な気配を放っていた。

 これこそが戦姫であると示威するような行動。

 王は動けなかった。

 そうしている内に、エスガレの跳梁は激しさを増す。

 人馬族の集落に続いて襲撃を受けたのは、牙の一族の集落だった。

 亜人の中でも虎獣と槍の軍(アランサイン)に名を連ねることの多い彼らの集落を襲われたのは非常に痛い。現に報せを受けたミドやティアノスの部下の中には動揺を隠せない者達が居た。

 それが表立って現れないのは、強力な指導者であるゴブリンの王の存在があるからだ。

 ──劣勢に陥ろうとも、常に勝利と共に在った我らが王。

 ゴブリン達が口を揃えて称える王を、戦友たる亜人達もまた信じていたのだ。

 その王から後方の安定を任されたギルミ率いるファンズエルも、その力を総動員して敵の動向を探っていた。2度に渡る敵の取り逃がしは、彼らと彼らの将軍たるギルミに拭い難い屈辱を与えていた。

 西都に本拠地を定め、四周への警戒として斥候を派遣するのみならず、狼煙台の設置に翼在る者(ハルピュレア)を伴っての偵察活動など、考えられる限りのあらゆる手段で敵の尻尾を掴もうとしていたが、それでも尚跳梁する敵は姿を隠したままだった。

「何故、2000もの大軍を発見出来ないのだ!」

 日数ばかりが過ぎていく中で、軍議の席に集った面々は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるばかりであった。吠えるギ・ズー・ルオにしても、敵を捉えられない苛立ちは同じである。

 振り上げた拳を振るう場所がなく、彼は燃える心を持て余していた。

 戦争の帰趨は主導権を握った方が勝つ。

 無論それが全てではないが、握れなかった方は後手に回り応急的な対応しか出来なくなってしまう。目の前の事態に対処することに精一杯となり、それより先が見えなくなる。

 新たな年が始まったマルスの月の終わり。ゴブリンの王もギルミも、完全に主導権を失ってしまっていた。

 戦姫ブランシェは状況を常に自分で作っていく。戦略と謀略に加えて、彼女自らが自身の望むように敵を追い込んでいくのだ。更に戦術の面で天才的な閃きを持つ彼女の存在こそが、シュシュヌを大国たらしめている一柱に違いなかった。

 プエル・シンフォルアが如何に優れた諜報機関を築き上げようと、戦姫の頭の中の構想までは覗けはしない。彼女の動きに気を取られている間に、後ろに敵を創り出されてしまった。

 亜人達が集落を作る西域一帯は、非常に広大な地域を抱え込んでいる。

 東には丘陵地帯、南には草原地帯、北には森林が点在し、西には暗黒の森の大森林地帯がある。その大部分は人の住まぬ原野のままであり、亜人達はそこに住んでいた。

 平原で魔獣を追い駆けるのが亜人達の理想の生活なのである。彼らは人間的な都市化された街を望まず、持とうと思ったことすら無かった。彼らの集落を囲むのは城壁ではなく、自分達の縄張りを示す為の木の柵だった。

 その油断をエスガレ率いる冒険者達に突かれたのだ。

 未開の地とは、亜人にとっても未開の地なのだ。その場所が安全かどうかも分からず、無闇に入れば危険な魔獣の生息地や自然の罠があるかもしれない。そこに踏み入る勇気を持つ者こそが成人した亜人の条件でもあったから、彼らにとって自然のままの原野は必要不可欠なものだった。

 冒険者達は、そこに潜んでいた。

 無論2000という大人数で隠れられる場所など多くはない。故に幾つかの小集団に別れ、未開の原野に潜んで翼在る者(ハルピュレア)や人間の監視を逃れていたのだ。

 ようやく状況が好転したのは、八方塞がりの状態で10日が過ぎた頃だった。

 歯噛みして状況の推移を見守るギルミを始めとしたファンズエル。更にはゴブリンの王の元に久し振りの吉報が齎された。時期は未だ北風厳しいビルフの月である。

 西都総督ヨーシュの復帰。

 これによって、状況は一気に動き出す。

 プエルの代理として自由への飛翔(エルクス)の諜報を預かるソフィアと協議したヨーシュは、彼らの諜報網が街中に張り巡らされている現状に唸ると共に、未開の原野には監視がないことに気が付く。

 すぐさま指示を飛ばして、ギルドに複数の依頼を出した。

 今まで未開とされていた亜人や人間の住まない地域の地形調査。但し、日毎に自身の位置を報告すること。破格の報酬と、その容易性から複数人で依頼を受ける者達が殺到した。

 帰ってこないのを前提としたヨーシュの非情さにソフィアはプエルと同質の恐怖を感じたが、敢えて見て見ぬふりをした。彼の示した作戦は、確かに有効だったからだ。

 発見できれば良し。出来なくとも、証拠を残せば割り出してみせるとしたヨーシュの決意は、忽ち西都の能力を以前の状態にまで引き戻す。

 結果はやはり付いてきた。冷徹なる統治者が地図の上に展開させた行方不明者の統計は、厳然たる事実と共に敵の所在を彼らに告げていたのだ。

 如何に上手く原野に紛れようと、そこに亜人やゴブリンからなる偵察が出向けば痕跡を見つけ出すのは容易い。的を絞った偵察で敵の所在地を突き止めたギルミ率いるファンズエルは、即座に行動を開始した。

 ファンズエルが動いた時、500程の集団を作っていた冒険者はすぐさま逃走を選んだ。

 敵を叩くなら、最大戦力で。

 その原則を忠実に守ったギルミは追い付いた500程の冒険者達を瞬く間に殲滅し、僅かに溜飲を下げた。敵はどこだと叫んでいたギ・ズーも手下と共に真っ先に冒険者に襲い掛かり、その血を浴びることでようやく吐いていた気炎を収めたのだ。

 如何に一流の闇手であろうと、実に7倍もの戦力差がある中ではどれだけ奮闘しようと死を僅かに遅らせることしか出来なかった。

 久し振りの勝利に沸き立つファンズエルに次なる凶報が舞い込んだのは、その直ぐ後であった。

 ──所属不明の人間の集団が暗黒の森に向けて進軍中。

 その瞬間、ギルミは最悪の事態を予見してしまった。

「おのれっ!」

 珍しく怒声を上げたギルミは勝利を祝っていた全軍をすぐさま反転させ、暗黒の森に向かう。

 暗黒の森の中には、東にギの集落跡。

 そして、その先には4氏族の中で最も東寄りのガンラの集落が在る。

 焦る気持ちを歯噛みして抑え込むギルミは、昼に夜を継いで西域を走り続けた。彼に続くファンズエルの主力たるガンラ氏族も、また同じである。

「遅れる者は後で合流すればいい!」

 多くの脱落者を出しながら文字通り三日三晩走り続けてガンラ氏族の集落アーノンフォレストに辿り着いた彼らが見たのは、燃え上がる炎だった。

 目の前に広がる悪夢のような光景に、多くのガンラの戦士達が呆然と膝を突く。

 絶望の声を上げる間を縫って怒声を上げたギルミは、主の姿を探し求めた。

「姫ッ! ナーサ姫は居られるか!?」

 悲鳴じみた声を上げるガンラの戦士達を叱咤し、ギルミは仕えるべき主の姿を探し求める。彼の脳裏には、ゴブリンの王率いる将軍位にあることなど既になかった。それどころか敵が潜んでいる可能性すらも忘れ去っていた。

 追い求めるのは、ナーサ姫の無事のみ。

 炎渦巻く集落を走り抜け、煙を払いながら進んだ先で氏族の生き残りを見つけたギルミは、彼らに主の行方を尋ねる。

「姫は、ナーサ姫は何処に!?」

 瀕死の傷を負っていた氏族の者は、それでも震える指で彼の探し求める者の行方を指し示した。礼を言ってその方向に走り出したギルミは、傷付きながらも生きているナーサを発見して安堵と共に駆け寄った。

「姫! ご無事で何よりです!」

「す、まぬ、ギル、ミ……。至、宝を、奪、われ……」

 ギルミを見て張り詰めていたものが切れたのか、ナーサはそのまま気を失った。

 ギルミは氏族の者達を集めるとナーサ姫の安全を確保し、生き残った者達の救助に向かった。

 生き残った者達からの情報によれば、冒険者達は再び東へ向かったらしい。

 後ろ髪を引かれながらナーサ達を深淵の砦へ向かわせると、ギルミは行軍の途中で脱落した者達を回収しつつ冒険者の影を追うべく軍を反転させた。



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