反乱
12月30日誤字脱字修正
軍議の後、プエルは王が退出した部屋で高位のゴブリン達に詰め寄られていた。敵は何を考えているのかと聞かれて、プエルは即答する。
「此方を誘っています」
南方の国境でのギ・ギー・オルドの再度の敗戦を耳に入れたプエルは、軍議の席で戦姫ブランシェの企図を読んで王に自制を求めていた。
「余程の仕掛けがあるのでしょう」
「そんなもの、噛み破ってしまえば良い!」
鼻息荒く反論するのは、ギ・グー・ベルベナである。
「ザウローシュ殿を欠いたアランサインと防御を固めるだけで精一杯のフェルドゥークで、ですか? ザイルドゥークは敗戦の損耗で攻勢に出るのは難しいでしょう。ファンズエルは御存知の通り後方です」
「攻勢に回れば奴らの軍など蹴散らせる。再び先陣を切らせてもらいたい」
「今、闇雲に戦って敗北を積み重ねるのを王はお許しにならないでしょう」
ギ・ガー・ラークスも再びの戦を望んだが、プエルは容赦なくそれを却下する。
「我らが、また敗れると?」
「逆に聞きますが、勝つ見込みがあるのですか?」
根拠を示せと言われたギ・ガーは黙り込む。戦ってみなければ分からないなどと言えば、結局出陣を止められるに決まっているからだ。
「防衛線は完成したではないか! 攻勢に転ずるべきだ!」
「単独での突出はフェルドゥークの全滅を意味します。防衛線が出来上がったのなら、アレを徐々に前に出していきます」
「また穴掘りか!」
「これも戦です」
怒鳴るギ・グーに、プエルは冷徹に切り返す。何も知らない者達から見ればギ・グーがプエルに襲い掛かるように見えただろう。だが、ギ・グーは言葉以上には動かなかったし、プエルもギ・グーが襲ってくるなどとは考えていなかった。
腕を組み、考え込むギ・グーの姿を認めると、プエルはギ・ヂーに向き直る。
「何か言いたいことがありそうですが」
「いいえ。ですがプエル殿、一つ教えて頂きたい。何故、我らでは敵の首魁であるブランシェなる者に勝てぬのでしょう?」
「……練度と指揮の差です」
「分かりました。では、更なる修練を積み上げましょう。その時には、必ず」
その先を言葉にせず、プエルは頷いた。
「ええ、必ず」
プエルは彼らの前から去ると、王の執務室へ向かう。ゲルミオン州東部のリャンガという街に、ゴブリンの王は居を構えていた。西方に旧王都を見ながら、僅かでも戦線に近く在りたいという王の希望を反映した結果だった。
「面倒なことだな」
声を掛けて来たのは壁に背を預けたギ・ザー・ザークエンドだった。先程の会話を聞かれていたらしい。
「なら、貴方も彼らを諭せば宜しいのでは?」
目を細めて僅かに怒気を漲らせるプエルの様子に、ギ・ザーは口の端を釣り上げて笑った。
「俺は、面倒だと言ったぞ? それに結局は王の意向だ。奴らも納得せざるを得ない」
「……不満が溜まっての暴発など、目も当てられません」
「不満を抜きたいなら東部を襲わせれば良い。少数ならば構わぬだろう。お前も我が王に感化されて甘くなっているのではないか? 少数の犠牲を出せば、奴らも目を覚ます」
「……そうかもしれませんが」
僅かに視線を伏せて考えるプエルに、ギ・ザーは羊皮紙を投げて寄越した。
「シュシュヌへの調略を仕掛ける為の、目ぼしい者達だ」
「……」
広げた羊皮紙に視線を落とすプエルを尻目に、ギ・ザーは用件は済んだとばかりに背を向ける。
「調略は任せます」
「分かった」
プエルは羊皮紙を仕舞うと、王の元に急ぐ。
シュシュヌに対する調略はギ・ザーに任せれば安心だろう。彼女の役割は他にある。この暴動の裏で誰かが糸を引いているのは間違いない。無論、戦姫ブランシェの暗躍があることは否めないが。
だが、もっと直接的に指示を出している者が存在する筈なのだ。
ゴブリン側の弱点を熟知したような暴動の起き方は、偶然とするには余りにも都合が良過ぎる。
「エルクスの諜報網を掻い潜る手腕……!」
予感めいたものを感じたプエルは、足を早めた。
それから一ヶ月程で判明した敵の名に彼女は嗤う。メルギオンに置いてきた筈の、どす黒い感情が胸を満たす。
「赤の王の、剣舞士セーレ……ッ!」
◆◇◆
ゴブリンの王の支配地で各地の暴動を教唆したのは、剣舞士セーレの育てた赤の王の諜報員達だった。セーレが去った後、彼らはファティナ撤退まではサーディンに従っていたが、それ以降は忽然と姿を消した。
部隊の長であったセーレの離脱に伴って彼らも赤の王を離れ、今は戦乙女の短剣の子飼いとなっていたのだ。
セーレの後に彼らを束ねるのは、エスガレという男だった。
或いはセーレよりも敵を翻弄することに長けた彼は、暴徒達を隠れ蓑にして闇手となってプエナに潜んでいた。単独の戦力としてはセーレが他を大きく引き離していたが、エスガレの本領は他者の心を思うがままに操る人心掌握術だった。
巧みに人心に付け込むと、ゴブリンの支配に甘んじるのは人間として恥ずべきことだと吹き込む。ある時は聖職者に化け、またある時はシュシュヌの後ろ盾を得た工作員として部下を使い、様々な層の人間達に不信と不安の種を蒔いていく。
その為のネタには事欠かない。
何せ、旧ゲルミオン王国地域では実際に暴動が鎮圧されているのだ。その事実に少しの嘘を混ぜてやれば、大概の者達は直ぐに信じる。噂という形で流される情報は人々の不安を掻き立て、瞬く間に都市の間に伝染していくのだった。
──やはり、ゴブリン達の支配に甘んじるのは間違っていたのではないか?
そこまで明確な形で口には出さなくとも、誰も彼もが一度は自分達の置かれた状況に首を傾げ、考えなければならなかった。その人々の中には都市を預かる総督を始めとした指導者層も含まれていた。
確かに、一度はゴブリンに膝を屈することになった。
強大な赤の王を率いたブランディカが圧倒的な力で人々を纏め上げたが、それを打ち倒したゴブリンの王が君臨し、支配することになったのだ。
だが、本当にそれは正しかったのだろうか?
一度根付いたその考えは都市に渦巻く不満と相まって、指導者層のみならず平民達にも浸透していった。邪悪な思惑で彼らを導くエスガレは徹底的に影に徹し、決して表には出てこない。
ゴブリン達では炙り出しすら不可能な今回の事態に、自由への飛翔の旗を掲げるプエルは本腰を入れて当たることにした。感情面でも実務の面でも、彼女が担当するしかない分野であった。
シュシュヌに対する調略工作はギ・ザーに任せて問題なしと判断した彼女は、裏の仕事で抜群の成功率を誇るソフィアを南方迷宮都市トートウキに送り込む。
本気で赤の王の残党を潰そうと考えるプエルは、初手から持ち得る最高の手札を切ったのだ。
「立ち塞がるのなら、何度でも叩き潰してあげましょう」
出発前に語ったプエルの壮絶な決意に、味方のソフィアですら背筋に冷たいものが走った。宝玉のように輝く瞳が、感情を伺わせない硬質な光りを伴って彼女を射抜く。それを思い出して、一度身震いする。
「あの、本当に一緒に?」
護衛として付けられた人物に、ソフィアは恐る恐る声を掛けた。
「あァ……まぁね。シュメア姐さんの頼みじゃあ、仕方ねえさ。プエルのお嬢ちゃんの策だとしてもなァ」
肩を竦めた狂刃のヴィネが、ソフィアの隣で笑う。
「ま、多少は腕の立つ連中を連れてきたつもりだから、荒事は任せな」
口元を歪ませた彼女は、気軽にソフィアの頭を撫でる。
何が原因なのかは分からないが、ヴィネは非常に上機嫌だった。赫月の構成員20名の中に紛れるソフィアは、彼らにプエルとは性質の違う恐怖を覚えていた。
彼らの人相や立ち居振る舞いが非常に物騒なのだ。闇手紛いの仕事で赤の王と対立し、剣名鳴り響くシュンライを討ち取る武闘派血盟の構成員である。その後に小血盟を暴力と金で纏め上げ、ゲルミオンに戦を仕掛けた極端な戦闘集団。
商人と出会ったなら山賊と間違われ、山賊と出会ったなら向こうが泣いて逃げ出す凶相揃いである。
そんな彼らを力で従わせているのが、上機嫌でソフィアの頭を撫でているヴィネだ。いつ気が変わって頭を握り潰されるか分かったものではないが、彼女は何とか恐怖を抑えてされるがままになっていた。
護衛としては、これ以上ない程心強い人選なのも確かなのだ。
「んで、どうするんだい? 手っ取り早く、片っ端から殺してみるかい?」
いきなり物騒なことを口走るヴィネに、ソフィアは目を見開いて隣の魔女を見る。
「え?」
「やだねぇ。冗談に決まってんだろ?」
「……私に考えがあります。ヴィネさんは私の護衛に専念して下さい」
「あァ、構わねえよ」
にやァ、と蛇を連想させる邪悪さで薄く笑う。これから流れる血を、彼女は楽しみにしているようだった。
「木を隠すなら森の中。暴徒達の主導をするなら、その中に」
「そりゃあ、面白そうだねェ」
幾つかの幸運が重なり、結果としてソフィアの予想は当たる。ヴィネを中心とした赫月は破壊と死を巻き散らしながら、トートウキを中心とした一帯から赤の王の残党の暗躍を取り除くことに成功する。
捕虜にした赤の王の諜報員をヴィネが拷問にかけて仲間の情報を吐き出させ、芋蔓式に諜報員達の首を挙げていった。
だが、エスガレも事態を傍観していた訳ではない。
トートウキに派遣していた諜報員達が消息を絶った時点で、今までのやり方では何れ破滅が待っていると察していた。彼にはシュシュヌに戻る選択肢もあったが、進めていた策の完成を見たいという欲望が勝る。
プエナの蜂起である。
勝手知ったる南方の情勢。嘗てカーリオンの指示でセーレが率いて探り出した様々な南方の情報は、多少の修正を加えるだけで充分に流用可能なものだった。
闇手でありながら目立つような三流を囮に使い、自身は目立たず、それでいて腕の立つ一流の闇手達が人の間に紛れてプエナに集結する。
一年も終わりのボアの月。プエナ周辺で一斉に蜂起した暴徒達と共に、エスガレの策は成った。
◆◇◆
ゴブリンの王は、突如として支配地域に敵軍が出現したような錯覚を覚えた。
その手際の良さに唸らざるを得ない。後方の安定を任務として送り出したファンズエルはゲルミオン州から西都、更には南方を通過してファティナに至っている。
西都の安定は暫定的ながら保たれているが、ヨーシュの復帰には今少しの時間が必要だった。幸いにも南方の要であるエルレーンでは暴動が発生していないが、残されている兵力はあまりにも心許ない。
兵力の空白を突いて出現した敵軍の存在に、敵手の戦術眼の確かさを感じざるを得なかった。
歯噛みして悔しがったのはプエルも同じである。ソフィアと赫月を派遣し、トートウキから暗躍する者達を一掃したところまでは良かったが、ここまでの勢力で蜂起してくるとは予想外だった。
情報網は敵国を中心として張り巡らせているのが現状であり、国内は二の次になっていたのも失態だった。防諜まで万全な状態を作り上げるには時間が足りなかったのと、ゴブリンの王の公正な統治に信を置いていた為、国内で大規模な蜂起が起こるとは想定していなかったからだ。
住む家と着る物と食料が供給される態勢を整えておけば、早々蜂起など起きるものではない。
その認識は正しい。
だが、何事にも例外は発生し得るものだ。
それは埋もれた火に油を注ぎ続けたエスガレの手腕が優れていたということでもあったろうし、第一線で政治と軍事の両方で王を補佐するプエルでは限界が在るということでもあった。
「何にせよ、討伐を行わねばなるまい」
王の言葉で、プエルは意識を切り替える。
原因の究明は時間を掛けてまた行えばいい。今は事態への対処が問題だった。
「ファンズエルを向かわせて迎撃体制を取ります。他の諸都市には、防衛を固めるように指示を出せば宜しいかと思われます」
プエルの助言に、王は頷く。
「見積もられる被害は?」
「……流通は更に悪化するでしょう。暴徒達が何か長期的な展望を持っていれば別でしょうが、私にはただ暴発しただけのように見えます。その場合、略奪によって腹を満たそうとするかと」
エルレーンか、或いは西都。
「西都には亜人達を。エルレーンにはファンズエルを向かわせよう」
「御賢明な判断です」
その間にある小さな都市は救えない。王とプエルは無言で地図を睨み、厳しい視線を注いでいた。
「プエナは同調したのか?」
「……未だ正確には分かりませんが、長老の何人かは確実に関与しています」
報告を受けた時点では、あくまでプエナ周辺の蜂起であった。長老院を中心として成り立つプエナ全体が反乱に加担したとは思えない。いや、思いたくなかった。
為政者としての甘さと言い換えても良いかもしれないが、プエナの意志として反乱を起こしているのなら、厳しい罰を科さねばならない。
王の願いも虚しく、暴徒達の装備は既に暴徒と呼べる領域を超えていた。
「反乱か」
報告を受けた王は苦々しい表情を浮かべ、その事実を認めねばならなかった。
「戦姫に使嗾されたとはいえ……」
吐き捨てたゴブリンの王は心掛けていた統治に罅を入れられたことに戦姫の思惑を感じ取ったが、尚も怒りが優っていた。
だが表面上はそれを周囲に見せず、常と変わらぬ威風を纏って君臨していたのだから、王としての振る舞いにも慣れてきた証拠であった。
頂点が揺らげば、動揺は下に波及する。
それを改めて認識させられたのは、プエルに詰め寄った配下の様子を彼女自身から聞いてからだった。いち早く東方に向かいたい王の意志を敏感に感じ取った高位のゴブリン達は、プエルに食って掛かっているのだ。
怒りを堪え、腹の底に沈めたゴブリンの王は政務に励む。だが、それは決して怒りを忘れた訳ではない。寧ろ怒りを煮詰めるように、それは王の中で抜き差しならないものになっていった。
◆◆◇
プエナを中心とした地域で発生した大規模な蜂起によって組織された反乱軍と最初にぶつかったのは、やはりファンズエルだった。王と軍師プエルが予想した通り、反乱軍は食料を求めてエルレーンに向かう。
戦姫が機会を見逃さず南方から突出してくることを警戒したゴブリンの王は、ゴブリンの中で最速のアランサインを反乱地域を避けて派遣する。ギ・ギー・オルドを中心とした南方の守りを強化すると共に、クシャイン教徒に防備を呼び掛ける。
だが、反乱を起こした暴徒達はその全てがエルレーンに向かった訳ではない。
「凡そ3分の1を西都へ派遣したようです。陽動を兼ねてのことと思われますが」
報告するプエルの言葉に、王は苦々しく思いながらも亜人達とゴブリン達に守備を任せるしかなかった。報告が届いてから対応するのでは、どうしても時間差が生じる。それ程までに国が巨大に成った証拠でもあるが、それに比して情報の伝達速度は上がっていない。
その為に、現場に大幅に権限を移譲することで迅速な対応を心掛けている。
具体的には、四将軍からなるゴブリン達に敗者の処置や軍の編成などを任せている。統治に及ぶことに関しては王の采配を待つようになっているが、緊急を要する場合は王の代理として権限を行使することが許されていた。
ファンズエルを率いるラ・ギルミ・フィシガは、其れ等を理解出来る充分な素質と、活用する為の才能に恵まれていた。
臨時でエルレーンの守備に就いていたフェルビー率いる妖精族、人間からなる治安維持の為の衛士、更には奴隷の剣闘士など。戦える者達は根こそぎ動員する。それはゴブリンにも当て嵌まり、食料輸送の護衛を務めていたギ・ズー・ルオ率いる武闘派ゴブリン達も軍勢に加えられた。
武器はエルレーンの国庫を開かせ、数の上で有利に立った上で戦端を開こうとしたのだ。エルレーンの郊外で対峙した両軍だったが、陣を構えた時点で反乱軍は逃げ腰だった。正確には分からないが、反乱軍の総数は1万5千程とされていた。
対するファンズエルは純粋な兵力で言えば4000程である。反乱軍がファンズエルの存在を把握しながらエルレーンへの進軍を止めなかったのは、数の有利を考えたからだ。
だが、エルレーン王国まで今少しとなったところで彼らが目にしたのは、彼らと同数程度の構えを取るゴブリン軍と人間達との連合軍である。
少なくとも1万近くは居る敵の軍勢に、反乱軍はそれまでの勢いが嘘のように消極的になったのだった。反乱軍を率いているのはプエナの長老の一人であるエグニス。若さと勇気に溢れた壮年の男であり、プエナの長老という権威もある彼だったが、軍事的才能を見出された訳ではなく、どちらかというと神輿として担ぎ上げられた張りぼてであった。
裏で彼を操るのは赤の王時代からセーレの下で諜報活動に従事していたエスガレ。
彼も軍事的才能という点ではセーレを始めとした赤の王の幹部に大きく劣る。赤の王を率いたブランディカが超人的な個人の戦闘力と軍を率いる指揮力を備えた者だったのを反映して、赤の王の幹部はそれぞれに個と軍の力を持つ者しかなれなかった。
軍を率いた経験など殆ど無いエスガレとエグニスだったが、立ち塞がるファンズエルとエルレーンの防衛部隊に際して二人の意見は対立することになる。エルレーンに攻め入りたいエスガレと、勝てないと主張するエグニス。
結局、神輿と言えども軍を率いるエグニスの意見が通り、彼らは一旦後退する。
その時点でエスガレはエグニスを見限り、逃走を図っていた。
「未だ策はある。これからだ」
後退する反乱軍から抜け出し、地面に唾を吐いたエスガレは北へ向かった。
昼間に堂々と後退した反乱軍は、その本拠をプエナに近いカラックに置いた。本拠地と言っても良いプエナで反乱を起こした者達にとっては、精神的な拠り所だった。
フェイダンを通過して、それを追ったファンズエルだったが、その際に勝負は着いていたと言って良い。
「……これは」
呆然と言葉を発したのは、エルレーンから参加していた衛士の一人だった。
彼らが目にしたのはフェイダンの惨状。暴徒と化した住民が、繋がりが深いとは言えエルレーンの民をどう扱うかなど火を見るよりも明らかであった。無残に殺され、打ち棄てられた屍の群れを見て、復讐の炎を胸に宿したのは無理からぬ事である。
言葉にはせずとも、その仕打ちは今まで暴徒や反乱軍に同情的だったシュメアの心にも怒りの感情を呼び起こしていた。
「あたしが間違ってたね。畜生共め」
肩に担いだ短槍を握る手に力を込めて吐き捨てると、ギルミに次の戦では自分達を前線に出すように進言する。
「人間同士で殺し合うことに躊躇いはないのか?」
冷徹な計算高い視線がシュメアを推し量るが、彼女は大きく頷いてそれに答えた。
「奴らは獣だ。子供まで無残に殺す輩に掛ける情けなんて、持ちあわせちゃ居ないんだよ!」
「分かった。最前線を任せよう」
「ああ、ありがとね」
指揮官の怒りは部隊の士気を著しく上げた。特にシュメア率いる辺境守備隊では、彼女の人気はゴブリンの王すら凌駕する。
先頭に立つ彼女の姿に、尊敬と憧憬を抱く人間の兵士達が大半であった。
戦端が切られたのはボアの月の終わりである。
「進め!」
怒るシュメアの声に、誰よりも先に彼女の率いる部隊が前に出る。それを追うように左翼をオーク達が、右を同胞を殺されたエルレーンの衛士達が進む。
自ら槍を振るって最前線に躍り出る彼女に、彼女の周囲の兵士達が慌てて追いつくといった有り様だった。突出してくる彼女達を包囲殲滅しようとした反乱軍だったが、それを許す程ギルミもブイも甘くはない。
忽ち陣形を変えようとした場所に攻撃を集中させ、逆に反乱軍を混乱に陥れる。
「突っ込むぞ! シュメア殿に先陣を譲りっぱなしでは、俺達の名が廃る!」
咆哮と共に彼女達を追い越すギ・ズー率いる武闘派ゴブリン達の突撃は、混乱を来たしていた反乱軍に止めを刺した。まるで荒波に揉まれる木の葉のように左右からは駄目押しとばかりにミド率いる亜人達の攻撃。頭上からはガンラの矢が降り注ぎ、彼らの命を狙う。
潰走する反乱軍に、ザウローシュ率いる騎馬隊の追撃が迫る。
ザウローシュも、今度ばかりは勧告せずに彼らに攻撃を加えた。背を向けた傍から矢で射抜かれ、槍で突き殺され、オークの振るう棍棒に叩き潰されていく。
1万五千は居た筈の反乱軍で、戦場から逃げ延びることに成功したのは2000にも満たなかった。だが、ファンズエルの追撃は止まらない。彼らが逃げ込んだ街や村にも勧告を出しながらプエナへ迫る。従わない街には攻撃を加え、廃村にすることも厭わず、ギルミは容赦なく暴徒達を殲滅していく。
二度と反乱を起こさせてはいけない。その決意が、ギルミをして強硬な手段を取らせていた。
フェルドゥークの苛烈さを真似るようなファンズエルの攻撃の激しさは、反ゴブリン色の強かったプエナの態度を一変させた。
プエナの城壁近くまでファンズエルが迫った時、城門を開いて降伏の意思を鮮明にしたのだ。
暫定的に長老の幾人かの謹慎を命じたギルミは更に北に向かった。甘いとも言える処置であったが、ギルミは冷徹な計算の上でそうすることを決定していた。
自身は、あくまで現場の指揮官に過ぎない。
事件の真相は、何れプエルの情報網に引っかかる筈だ。それまでは、降伏した長老達を徒に刺激するよりも希望を持たせておいた方が静かになるのではないだろうか?
王が裁決を下される。そう前置きをした上で処置を決定したギルミは、西都に向かった反乱軍の討伐を急ぐのだった。




