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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
304/371

戦姫の舞踏

12月30日誤字脱字修正

 まるで埋もれていた火種が突如燃え広がるように、ゴブリンの王の支配地域で起きた民の暴動は急激に範囲を広げていた。暴動とまではいかなくとも、不穏な空気が漂っているのはエルレーン王国も同様である。

 宰相エルバータ・ノイエンの治世は支配下に入った国々の中でも特に優れていたが、食えねば不満は容易に溜まる。国庫を開放して積極的に食料を供給してはいるものの、治安の回復は急務であった。

 そんな彼の下に一粒種の娘を伴って報せを届けに来たのは、娘の護衛をしている妖精族の剣士フェルビーである。

「ほう……」

 その報せを目を細めて読んだエルバータは一つ頷くと、直ぐに報せを布告するよう指示を出した。

「良い報せだったのですか? お父様」

 娘のリシャンがフェルビーの後ろから覗き込むように父の顔色を伺うと、常の冷徹な為政者の仮面を外したエルバータは笑みを浮かべて頷く。

「ゴブリンの王が軍を返して治安任務に当たらせるらしい。これで少しは被害も治まるだろう」

「何なら俺が率いても良いが」

 不満そうに口を尖らせてフェルビーの腕に抱きつくリシャンに、それ以上の言葉を溜息に変えたフェルビーは視線だけでエルバータに泣きついた。

「フェルビー殿は食料が何処に貯蔵されているか、知っているかね?」

「最大の貯蔵庫は王城だろう?」

 頷いたエルバータは地図を広げてみせる。エルレーン王国内を網羅した詳細な地図は重要な機密情報に類するものだったが、彼はそれ以上にフェルビーという剣士を信頼しているようだった。

「問題は王都から西へ向かう道だ。フェイダン、カラック、そして……」

「プエナか」

 エルバータはフェルビーの理解の色を確かめると、話を進める。

「フェイダンとカラックは人口にして5000程の都市だが、問題は両者がプエナとの交易で深く繋がっているところにある」

 表立った反抗はないものの、反ゴブリン感情が根強いのがプエナ地域であった。

 プエナの勇者アレンと率いられた蒼鳥騎士団の壮絶な死に様は、プエナの民にとって魂の奥底を震わせる出来事である。今は未だゴブリンの王が健在であり、猛威を振るったギ・グー・ベルベナの剣と斧の軍(フェルドゥーク)の記憶が新しい為に抑えられているが、いつ反ゴブリンの火が燃え上がってもおかしくない状況だった。

「闇手達が此処を隠れ蓑にする可能性が非常に高い」

 ファティナの抱える穀倉地帯は東から西へエルレーン王国を通過し、西都へ流れ込むようになっている。ジュエルロードに連なる北端へと至る経路は、数珠繋ぎのように諸国を繋いでいるのだ。

「難しいな」

 フェルビーの一言にエルバータは頷き、リシャンは安堵の息を漏らす。

 フェルビーの率いている妖精族の戦士の数では治安維持が精々でしかない。もしプエナが暴徒化したならば、とても荷を守りきれる人数ではないのだ。

 そのプエナは今、不気味な沈黙を保っていた。

 真っ先に暴徒が暴れていても良い筈だが、未だに目立った騒動もなく沈黙を保ったままである。かと言って雰囲気が良い訳ではない。不穏な空気という点ではエルレーン王国と似通ってはいるが、それはどこか期待するようなものである。

 秀麗な顔立ちに苦渋を浮かべて、フェルビーは考え込む。

「軍による掃討を待つしか無い、か」

 冷静に分析したフェルビーは、エルバータと同じ結論に至ったようだった。

「俺は街中でも綺麗にしているか」

 少し拗ねたような口調でエルバータに背を向けると、彼は妖精族の戦士を率いて街中の治安維持に集中するのだった。


◇◆◆


 ギ・ギー・オルド率いるザイルドゥークとギ・ガー・ラークス率いるアランサインが敗れる中、シュシュヌ教国との東部を挟んで国境を接していたのはフェルドゥークを率いるギ・グー・ベルベナである。

 兵6000を数えるゴブリンの王の麾下で最大の兵力を持つ彼は、短い期間ながらも戦歴を重ねていた。幾多の敗北と勝利に彩られた戦績は確実にギ・グーの血肉となり、彼を一廉の将軍へと叩き上げていた。

 本来防御には不向きなゴブリンであったが、ギ・グーは大軍を良く統率すると、嘗て王が築いた陣営地を真似て国境沿いに陣を張り巡らせて守りを固めた。

 王から相手の強さは騎馬の速さと操作の巧みさだと助言された彼は、それを殺すにはどうすればいいのかと必死に頭を捻り、幾多の馬防柵と罠を設けて襲来に備えていた。

 ゴブリン至上主義を掲げるギ・グーであったが、だからこそ部下のゴブリンの育成と強化には殊の外熱心に取り組んでいると言える。

 ゴブリンが他の種族よりも優秀であるからには、誰よりも働き活躍せねばならないとノーブル級ゴブリン達を叱咤し、長大な馬防柵の群れを作り上げたのだ。

 一度偵察に訪れた際にその様相を見た戦姫ブランシェは、苦笑を浮かべて即座に背を向けた。

「神々は残酷なまでに平等じゃのう。ゴブリン共も知恵の女神の加護を賜っておるようじゃ。しかるに、我が同輩はゴブリン以下という訳か。全くもって嘆かわしい限りじゃ」

 さらりと毒を吐いた彼女は、敵の長大な馬防柵を騎馬隊を以って突破するのは困難であるとの見通しを立てる。長期戦を想定しているゴブリン側に安心したというのもあるのだろうが、彼女は一度も振り返らずに偵察を終えて帰国した。

 一方、南の国境でシュシュヌ教国と相対するのはギ・ギー・オルドの魔獣軍である。使役した魔獣達による飽和攻撃を得意とするギ・ギーだったが、彼の率いるザイルドゥークはシュシュヌ南方での戦で無残にも敗れてしまっていた。

 魔法という広範囲を攻撃出来る手段を備えたマナガード達は熟達した騎馬の操り手であるだけでなく、連携を熟知した腕利きの魔法使い達でもあったのだ。

 敵に襲い掛かろうとした魔獣は魔法で逃げ場を無くし、戦姫ブランシェの率いたマナガードと諸国連合軍によって実に3割もの損害を出してしまう。深い傷を負ったザイルドゥークは撤退せざるを得なかった。プエルにとっては敗戦覚悟の時間稼ぎであったが、予想外の被害が出たことに眉を顰める。

 ギ・ジー・アルシルの加勢を得て警戒線を張る南の国境では、態勢を立て直すのに今暫くの時間が必要だった。

 更に不味いことに、戦姫ブランシェの快勝の報せはゴブリンの王の治世下に燻る反ゴブリン感情を人間達の心中に呼び起こしていた。特にそれが顕著に現れているのが旧ゲルミオン王国地域。今はゲルミオン州と改称された、小さな区画の集まりである。

 だがその名が示す通り、そこで暮らす民にとって騎士の国の国民であったという誇りは未だ消え失せてはいない。暴動は起こる端から鎮圧されるが、その度に起こす側と起こされた側に不和の種を植え付ける結果となっていた。

 ある程度の兵数をその地域に貼り付けねばならない為、ゴブリンの王はシュシュヌ教国に全力を投入することが出来ないでいた。

 何よりも、今まで成功していた治世の方法が通じないことがゴブリンの王とプエル達を悩ませる。幾ら方策を考えても起きる暴動に、王は自身の中の凶暴な感情が民に向かいそうになるのを自覚しない訳にはいかなかった。

 だが、その度に自分自身を戒め、腕を組んで沈黙を守る。

 ここでゴブリン達が魔物本来の残虐性を発揮してゲルミオン州の人間を片っ端から殺してしまえば、今まで信義を以って統治に専念してきた過去が嘘になる。成功とは何度も積み重ねなければ中々認められないが、失敗はただの一度でそれまで積み上げて来た全てを破壊してしまうことをゴブリンの王は良く知っていた。

 それが目に見えない信義であり信頼であるなら、尚更である。

 常に強いられる緊張感と焦燥感が、ゴブリンの王の分厚い胸板の中で蟠を巻いて居座っていた。

 断崖絶壁の高い頂に独りでいるような統治者の孤独の中、気が付けばゴブリンの王の視線は東に向いていた。

 幸いクシャイン教徒の領地となっている豊穣なるファティナでは例年にも増して小麦が豊作であり、ゴブリンの兵士達への供給に何ら問題がないことだけが救いであった。

「護衛の兵は充分に出すように」

 既に支配地域だから安全だと言い切れる状態にはない。ファティナから運ぶ食料には万全の護りを期すこととして、ギ・ズー・ルオ率いる武闘派のゴブリン達を向かわせる程であった。

 プエルなどは慎重に過ぎるとゴブリンの王の決断を諌めたが、ゴブリンの王の決定が覆ることはなかった。仮に今、食料を失えば暗黒の森のゴブリン達は飢えに苛まれることになる。そうなれば、果たして人間の食料を奪わずにいられるだろうか?

 ゴブリンの王の支配は、平和と安全を保証するものである。

 だからこそ、今日を生きる民達に幅広く受け入れられているのだ。明日の食事を心配しなくても良い生活。多くの民達がそれを求めて止まないのをゴブリンの王は痛い程理解している。

 平原の支配者であった人間がゴブリンの支配を受け入れるのも、王の統治が平和と安全を保証するからに他ならない。もし圧政を敷いて力で抑え付けようとすれば、今の領土を維持するのは不可能に近いのだ。

 既に世界の五分の一を所有するゴブリンの王の支配地域はゴブリンの王に名君であることを求め、それ以外であることを許さない。

 日々強くなる重圧に、だがゴブリンの王は歯を食い縛って耐える。

 王を支えるのは、唯一つの矜恃である。

「我こそがゴブリンを支配する王である。その程度耐えれずして、何が王か!」

 傲慢と紙一重の自信と誇りが彼の心を焼く焦燥を抑え付け、凶行に走りそうになる自身を飼い慣らす。ゴブリンの王は鋼の自制心を以って日々の政務に精励していた。


◆◆◇


 ゴブリンの王が強固な自制心を以って耐えている中でも凶報は続く。シュシュヌ教国内部で戦姫が徐々に影響力を増してきている。プエルの纏めた情報によれば、シュシュヌ教国の王の名の下に戦時特例法が発令され、それを大義名分に戦姫ブランシェは着々と戦力を整えている。

 魔導騎兵(マナガード)のみならず、弓騎兵(アーチナイト)槍騎兵(ランスナイト)の一部までも己の手勢に加えているとのことだ。隆盛著しいゴブリンを相手に二度も勝利を収めた実績は彼女の宮廷内での権威を高め、他の大貴族よりも一歩有利に立ち回れる材料になっている、といったところだろうか?

 日々悪くなっていく情勢に我慢が出来なくなったのは、ゴブリンの王ではなく配下のゴブリン達だった。

「我が王よ。何卒再戦の機会を!」

 ギ・ガー・ラークスが片膝を付いて願い出れば、普段は物静かなギ・ヂー・ユーブですらも進み出て、出陣を願う。

「我が君。何卒、我らに出陣をお命じ下さい!」

 バロン級・デューク級にまでなった高位のゴブリン達は、ノーマルやレア達とは段違いに知恵が回る。それ故に、今の情勢が悪いことを気にするようになっていた。

 ノーマル級やレア級ゴブリンなら王のすることに間違いはないと従うだけだが、彼らにしてみれば、王が何故攻勢を掛けないのかが理解出来なかった。一敗地に塗れたとはいえ、王自ら率いる軍勢さえ揃えばシュシュヌ教国など物の数ではないというのが、高位のゴブリン達の共通した思いである。

 南方で人の王が率いる大軍を破り、長年の仇敵であったゲルミオン王国をも平らげた。

 それなのに何故彼らの王が動けないのか、ゴブリン達は疑問に首を傾げていた。

 統治など人間や妖精族に任せて、我らを率いて敵を駆逐してほしい。それこそが彼らの偽らざる本音であった。だが、王はその要請に首を振る。

「ならぬ。今少し待て」

 平原に打って出た時から、ゴブリンの王は必ず足元を固めた上で戦を仕掛ける。鋼のような自制心と、それに支えられる継続の意志は、この時も王の決断を鈍らせることはなかった。

「背後に蠢く者達を駆逐した後、我らは東へと向かう」

 断固として言い切るゴブリンの王に、配下のゴブリン達は頭を下げることしか出来ない。その期待は自然とラ・ギルミ・フィシガ率いる弓と矢の軍(ファンズエル)に向かうことになった。

 ギルミ自身も、他のゴブリンから届く伝令に自らの軍への期待を嫌という程感じていた。

 だが、優秀なギルミと彼の率いるファンズエルをもってしても、ことはそう簡単に片付く問題ではなかった。

 第一に、ゴブリンの王の支配する各地で発生している暴動の鎮圧である。派遣されているゴブリンの兵や行政の兵士だけで抑えられれば良いが、予想を超えて大規模になったものなどはゴブリンの王が派遣したギルミ率いるファンズエルでなければ対応が出来なかった。

 第二に、西都を中心とする王国の背骨にあたる地域の混乱である。ゲルミオン王国が健在であった頃に西方八砦と呼ばれた地域までを含めた西都は、ヨーシュの不在によって混乱が続いている。西都の城外では暴動も数件起きていた。

 第三に、ファティナから運ばれてくる食料の輸送問題である。

 エルレーン王国の宰相エルバータやフェルビーが予見した通り、普段ならそれ程厳重でもない護送の任務もファンズエルの任務となった。南の国境に張り付くギ・ギー・オルドはギ・ジー・アルシルと共に、シュシュヌ教国からの侵攻に備えねばならない。

 獣士を多く抱えるザイルドゥークは、護送任務には向かないというのも理由の一つである。

 今回ファンズエルを構成するのは、中心となるガンラ氏族。亜人からは牙の一族のミドと灰色狼達。オークの王であるブイに率いられたオーク兵。更にはシュメアの辺境守備隊とザウローシュの率いる誇り高き血族の混成軍である。

 暗黒の森出身のゴブリンが極端に少ないファンズエルの構成は、幾多の種族の調和を図れるギルミならではの編成だ。他のゴブリンでは足枷にしかならない編成でも、ギルミであればそれぞれの力を十全に発揮させることが出来る。

 それに、今回は支配地内での戦いになる。

 そこに暮らす民は人間が圧倒的多数でありながら、亜人やゴブリンまでも混じっているのだ。雑多な軍の方が何かと動き易いのである

 3つの大きな課題を与えられたギルミは、それに優先順位を付けて1つずつ着実に潰していくことにした。最優先は暴動の鎮圧である。

 ファティナからの食料輸送問題は距離の壁がある限り、焦っても仕方のないことだ。着実に進むことに専念し、ギルミは敢えて考えないことにする。第二の西都の混乱は統治者の問題である。如何にギルミが優れたゴブリンであろうと、優秀な統治者であるかと聞かれれば首を捻らざるを得ない。

 ヨーシュの回復を待って対処するしかないとした彼は、暴徒の鎮圧にファンズエルの力を結集させることにした。

 先ずは交渉である。

 西都付近で発生した暴徒達に降伏して元の生活に戻るよう呼びかけてみるが、一度箍の外れてしまった人間は際限なく増長してしまうらしかった。

 ゴブリン側からの交渉を弱気と見て取った暴徒側は、罵声を浴びせながらファンズエルに襲い掛かってくる。

「仕方あるまい。倒して進む」

「良いのかな? 一応彼らも民なんだけど」

「民であるなら此方の声に耳を傾けねばならん。王の優しさに甘え、増長した者達には相応の罰をくれてやる必要があるだろう」

 オークのブイが疑問を差し挟むが、ギルミは目を細めただけで握った矢を弓に番えた。

 引き絞る弦の音が聞こえた瞬間、ギルミらガンラの弓兵の矢が空に向かって放たれた。空を疾る死神の雨が群青色の空を覆い、暴徒達の頭上に降り注ぐ。

 それでもシュメア率いる辺境軍が暴徒相手に戦うことを躊躇っていると見て取ったギルミは、彼らを後方へ下げるのと同時に牙の一族の族長ミドと彼の率いる灰色狼を前面に押し出す。

「ミド殿、手加減は無用だ」

「ハッ、誰に物を言ってんだァ!」

 指を鳴らして口の端を釣り上げると、獰猛な笑みを浮かべたミドは暴虐の名のままにガンラの矢で怯んだ暴徒達に襲い掛かった。

「ブイ殿、頼む」

 頷いたブイは、オーク兵に前進を命じる。

 ゴブリンとは比較にならない程強靭な体軀を持った彼らは、鋼鉄の武具で身を固めて元々高い防御力を更に強化していた。手にしているのは取り回しの良さを重視した程良い長さの棍棒である。結局三者連携が身につかなかったオーク達だったが、ゴブリンの王から支給された防具に身を包んだ彼らは圧倒的であった。

 平均して人間の兵士より頭2つ程巨大なオーク兵の突進の衝撃は、暴徒と化した民に恐怖と共に広がっていった。そうでなくとも“オークの狂化”は、魔物の災厄の代表的なものなのだ。

 ゲルミオン王国でも語り継がれてきた凶暴なオーク達が鉄製の防具に身を包み、無骨な棍棒を振りかざして迫ってくるのである。その絶望的な光景に暴徒達は悲鳴を上げて即座に逃げ出した。所詮真面な防具さえ揃っていないような烏合の衆である。ファンズエルを舐めて掛かった代償を、彼らは己の命で払わされることとなった。

 ある者は振り下ろされた棍棒で腕を砕かれ、またある者は脳天を割られ、脳漿を飛び散らせて崩れ落ちる。倒れた人間達を容赦なく踏み潰しながら重量級のオーク兵達が前進する。戦の熱気に浮かされるオーク達の中にあって、ブイは冷静に指揮を取っていた。

 知恵の女神の恩寵の為か、ブイはオークの中では異端と言っても良い程に戦の熱狂とは無縁である。とは言え、敢えてその特性を封印した戦い方も出来る彼は、蛮勇の王としてもオーク達の上に君臨することが出来るのだが。

 鈍器で殴りつけるような衝撃と共にオークが進み、刃物で切り裂くようにミドが暴徒へと切り込む。反撃を試みようとする者の真上にはガンラの矢が降り注ぎ、暴徒達は碌な抵抗すら出来ずに蹂躙されていった。

 統制の取れないまま混乱だけが広がり、そして一気に潰走へと移る。

「ザウローシュ殿」

「心遣い、感謝する」

 レオンハートの副盟主であるザウローシュが後ろに続く騎馬兵を率いて降伏を説いて回る。逃げる暴徒達に追い付くと反抗を続ける者は此処で殺すと脅し、次々に降伏させていった。

「降伏した者を選別している時間が惜しい。貴様ら、そんなに暴れたいのなら機会をやろう」

 降伏した者達を数百人単位で纏め上げ、ギルミはギ・グー・ベルベナのフェルドゥークを真似るように戦奴隷の部隊を新設。

 その督戦を自身が引き受けると、ガンラ氏族を使って彼らを監視する。シュメアなどは同情的な視線を向けていたが、他に良い代案も無いのでギルミの指示に従った。

「次へ向かうぞ。速やかに王の後背を固め直さねばならん」

 ギルミ率いるファンズエルは、断固たる決意を以って進路を西都から南方へと取った。


◇◆◆


「来たぞ。ギ・ギー」

「うぬ……」

 苦悶の声と共に苦々しい表情をしたギ・ギーは、報せに来たギ・ジー・アルシルの後背を見る。地平線に上がる土煙は、正に仇敵の存在を如実に示している。

 だが、口惜しい哉。

 最早ザイルドゥークには反撃するだけの力が無いことを、将軍であるギ・ギーは誰よりも良く分かっていた。

「このままでは勝てぬ」

「勝てぬのなら、逃げるしかあるまい?」

 ギ・ジーの助言に、ギ・ギーは頷く。

「……仕方がない。逃げるとしよう」

「うむ」

 声を張り上げるギ・ギーの元に彼の麾下の獣士達が集まり、魔獣を率いて離脱していく。彼らにとっても先日の敗戦の記憶は新しく、戦姫ブランシェ率いる魔導騎兵の恐ろしさは骨肉にまで刻み込まれていた。

 ギ・ギー率いるザイルドゥークの戦歴の中でも、これ程までに手も足も出ずに負かされた経験はなかった。王に率いられていた時も、独立して一軍を率いるようになってからもだ。

 だが、先日戦った戦姫ブランシェは彼らの常識を覆した。

 数に任せた飽和攻撃が一切通用しないのだ。まるでギ・ギーの打つ策が見抜かれているように分断され、孤立化させられ、逃げ場を潰されて殲滅させられる。ギ・ギーは、今の自身とザイルドゥークでは勝利は覚束ないと判断するしかなかった。此処で敗戦を重ねれば、更に大量の魔獣を殺されてしまう。

 それは王から任された国境の維持が不可能になることを意味している。

 前線基地を放棄して、南へ下がるしか無い。

 少なくとも、クシャイン教徒達と歩調を合わせるぐらいのことをせねば、対抗する為の策も見当たらない体たらくである。

「撤退だ、撤退!」

 悔しさに拳を握り締め、ギ・ギーは敵に背を向けた。

「行くぞ」

 気遣わし気にギ・ギーの肩を叩いたギ・ジーが共に下がる。

 西側の国境をギ・グー・ベルベナに固められた戦姫ブランシェは、突如として南の国境を突破。部隊の再編を急ぐギ・ギー・オルドのザイルドゥークを追い散らし、国境線を南へ広げる。

 ブランシェの攻勢は終わりを見せず、戦姫は優雅に踊るかのように華麗に戦場を駆け巡っていた。



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