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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
300/371

幕間◇深淵の思惑

12月30日誤字脱字修正

 冥府に居を構えるのは、誇り高き復讐の女神(アルテーシア)。幾百幾千の蛇を配下に持つ、冥府を統べる女神である。眷属の中で最も力のある4匹を従えて、嘗て彼女は世界に戦いを挑んだ。

 空を燃やし、大地を喰らい、海を荒らした神々の大戦だ。

 彼女を生み出した父神である祖神アティブ。母神である知恵の女神ヘラ。妹神である運命の女神リューリュナ、栄光と勝利を謳う女神ヘカテリーナ。弟神であるグルディカ。そして、末の妹神である癒しの女神ゼノビア。

 最後には彼女の力を恐れた古き神々までもが敵に回り、彼女を冥府へと追放した。全ての母なる神、死せるディートナの眠る地へと再び彼女と眷属神は封じられたのだ。

 世界の全てを敵に回した冥府の女神(アルテーシア)は、敗北を喫した。

 冥府から地上に広げた領土は根こそぎ奪い取られ、力ある4匹の眷属神は名と力を奪われた。

 如何に配下達が強くても、如何に彼女が強くても、単体では力を合わせた神々には勝てない。

 しかし、アルテーシアは諦めなかった。

 彼女の胸を焼く憤怒は、正しく神の怒りである。冥府の空に雷槌の鳴り止まぬ日はなく、怒れる山々が噴火せぬ日はない。

 だが、新しき神々と古き神々が結託して創り上げた結界は彼女を冥府から解き放つことがない。団結した神々の力は強力であり、如何なアルテーシアとてそれを破ることは叶わなかった。

 彼女とその眷属神だけでは冥府から出ることが叶わず、彼女は歯軋りしながら嘗て彼女が居た世界を覗き見ることしか出来なかった。

 彼女が率いた軍勢は人間達によって辺境に追いやられ、ただ滅びを待つだけの者達に成り果てた。

 だが、アルテーシアは諦めていなかった。諦める訳にはいかなかった。彼女は神である。その誇りは怒りに形を変えて、彼女を支えていた。

 執念というには生温く、妄執とすら言っても良いその願望を叶える為に、彼女は一計を案じる。彼女とその眷属神では世界に干渉することは難しい。

 ならば、手駒をあの世界に作ればいいのだ。

 再び彼女があの世界に立つ為に。

 そうして彼女は、一匹のゴブリンを己が駒として戦を始めた。それは全くの偶然で見つけた拾い物であったが、彼女はそれを奇貨として、己が手駒としたのだ。

 神々の代理戦争の始まりである。

 悠久の時を生きる神々にとって、それは一瞬のことである。まるで運命を操ったかのような、その転変。

 己の前で威勢を張ってみせた気概を思い出すだけで、僅かにアルテーシアの口元が緩む。今、彼女の目の前には鏡があった。現世を写す鏡である。

 彼のゴブリンの勢いは凄まじく、僅か3年程で人間の勢力と張り合うまでになっていた。僅かに誤算があるとすれば、他の神々も彼女の企みに気が付いたことだろうか。

 その中でも、運命の女神リューリュナの干渉は露骨だった。

 先の戦で勝利した神々はアルテーシアよりも露骨に、そして膨大な力を現世で行使できる。勝利者故の特権とも言うべきそれを、彼女の手駒は見事撥ね退けて見せた。

 アルテーシアは敢えて干渉を控え、成り行きを見守った。折角育った手駒を失う恐れはあったが、彼女は賭けに出たのだ。

 勝利者の特権を使ってまで彼女の手駒に執着したリューリュナは、結果としてその力を大きく削がれたと言って良い。リューリュナは意趣返しだと思い込んでいたようだが、それも全てアルテーシアの掌の上のことである。

 アルテーシアは賭けに勝利した。

「目先の物事に熱くなって、勝負の行方を見失う。相も変わらず、悪い癖ね。リューリュナ」

 鮮血よりも尚赤い唇から紡がれる言葉は、甘く冥府に響く。上機嫌な彼女は、欠点の見当たらない完璧な配合の鼻と口から軽く笑みを溢す。

 彼女を戒める鎖の一つは、砕けて落ちたのだ。

「我が主」

 赤い一つ目蛇が、彼女の前に現れる。

 音もなく侍るその姿は、主に絶対の忠誠を誓い傅く臣下のそれ。

 呼び掛ける蛇の声に、彼女は視線だけで直答を許す。

「人間共が降臨の儀を企てている模様です」

 黄金色に輝く瞳が、その言葉を受けて鏡に向かう。

「そう……あの娘ね」

 3つの塔が並び立つ北辺の地を写した鏡は、その塔の中に秘蔵されている儀式剣を取り囲む老人達を写し出した。

 蒼穹よりも深き青色の髪に指を這わすと、口元に笑みを刻む。

「早くしないと、大切なモノがなくなってしまうわね」

「御意」

 その後も黙って彼女に視線を向ける赤い一つ目蛇に、彼女は蠱惑的な視線を向けた。

「ヴェリド、何か意見があって?」

 己の力をゴブリンに分け与えた一つ目蛇は、その一つ目を細めて彼女に頭を垂れた。

「我が主。どうか、あのゴブリンめに慈悲を」

 視線を僅かに細めたアルテーシアに、真の黒は尚も言い募る。

「彼の者は誠に良く働いております。我が力を使うとはいえ、僅か3年の間に我らが民の領域を拡大し、人間と伍する勢力にまで広げております」

 頭を垂れたまま、ヴェリドは更に言葉を尽くす。

「このまま、哀れにも心の拠り所たる(よすが)を奪われるは、あまりに理不尽……」

「……私に、手を差し伸べよと?」

 甘さを秘めたアルテーシアの声が低められる。その場の温度すら下がったような威圧の中、真の黒は頭を垂れ続けていた。

「私に矮小なる者の心根を気遣えと? お前はそう言うのね?」

「……我が主。小さき者であるからこそ、主の御心の偉大さが心根に染みますでしょう。益々働くことは必然……。どうか」

「……情に絆されるなど、お前は昔と変わらないわね」

 低められた温度が、温かみをもって一つ目蛇を包む。

「我が力は十全ではないが、機会を与えることぐらいはしても良かろう」

「我が主、有難き幸せ」

水の神(イーレン)森の神(チェツェン)は、約定通り黙認しているようね」

「その点に関してはご心配には及びません。あのゴブリンが妖精族を保護するという形で使っている限りは、此方の動きに目を瞑るものかと」

「どんな神々も、己が子らは可愛いようね」

 アルテーシアを縛る戒めの鎖は、徐々にだが確実に解かれている。比例して彼女が現世に及ぼせる影響力も増えてきている。

 だが、彼女はその力を見せつけるように行使しようとは考えていない。

 今少し。

 彼女の力が満ちたる時か。或いは“あの人”が現れるまでは。彼女は身を潜め、牙を研ぎ、冥府にて待つつもりであった。

「精々、暴れて頂戴。私の可愛い坊や」

 艶然と微笑む女神の視線の先には、ゴブリンの王の姿があった。


◆◆◆


 風の神(カストゥール)が世界に顕現する時の姿は、透明で巨大な羽虫の姿である。幾千幾万の己が分身たる精霊を引き連れて地上から天上へと昇るその姿は、年に一度世界の何処かで見られる。

 小さな風の精霊が1年をかけて少しずつ集まり、徐々に徐々に大きくなっていき、その日その時その場所で神の顕身となって現れるのだ。

 天上まで登った風の神は雲に変じて世界各地に精霊達を飛び散らせ、再び一年を通じて世界各地を精霊と共に周り、また世界の何処かで顕在化するのだった。

 そして1年に一度のその機会は、今回は暗黒の森で行われていた。

 巻き上がる風に、木々の梢が揺れて葉が舞い上がる。

 天へ駆け登る強大な風の神が、その場所で降臨することになったのは決して偶然ではなかった。

『何故に』

 水の神と森の神の変節が原因だった。

 問い掛ける風の神の声に水の神は沈黙をもって答えとし、森の神は僅かに木々を鳴動させて答えた。吹き抜ける風に、森が啼く。

『我らの子の為』

 遠くない未来に、祖神アティブを筆頭とした新しい神々の加護を受けた人間達は大陸を制覇していただろう。その先に、古き神々が自ら創り出した者達の淘汰が始まる。

 神話の時代から続く創世の物語は人間の勝利で幕を閉じ、他の種族は徐々に滅びに向かって進む筈だった。

 だが、そこに待ったをかけたのは一度は敗れた筈の冥府の女神。

 彼女は提案と共に、古き神々の子らを救う手段を提示した。

 それがゴブリンの王の存在である。

 その魂を覗き見て、森の神と水の神は新しき神々の傲慢を知った。

 故に二柱の神はアルテーシアを黙認する。人間の支配を覆し、再び生命の坩堝たる混沌の世界を取り戻す。その為の手段を。

 多くを語らぬ古き神々のやりとりは、言葉よりも雄弁に意思を疎通させる。

 嘗て彼らは新しき神々の同士の戦いにおいて、アティブを中心とした人間達の側に付いた。それはアルテーシアの引き連れた軍勢の余りの勢いに、新しき神々のみならず自分達すらも駆逐され尽くしてしまうと恐れたが故である。

 冥府という異界よりの軍勢。あまりにも強大な力を持つ存在に、彼らはアティブ達に協力した。

 だが、結果はどうだ。

 僅か400年で人間は信じられない程に勢力を拡大し、子らは古き神々の力が及ぶ土地でしか暮らすことが許されなくなってしまった。

 多くの神々が存在する現世では、神々とて判断を間違うことはある。

 それでも、古き神々は己が創り出した種族への干渉を極力控えてきた。

 それが約定。

 神々の戦いで結ばれた約定だったからだ。

 だが、運命の女神リューリュナは容易くそれを破った。加護や祝福を与えはしても、過度に干渉することは控える。それこそが約定の意義であった筈なのに。

 勝ち驕る新しき神々の一柱の、あまりにも露骨な干渉に古き神々は怒っていた。

『我らの子の為である』

 再度告げる森の神の言葉に、風の神は沈黙する。

 一瞬の会談は終わり、風の神は再び天上へ昇って行き、森の神はその啼声を鎮めた。水の神は小川のせせらぎのごとく、静かに成り行きを見守っていた。

 暗黒の森とは、それ自体が冥府の女神の存在を縛る為の楔である。

 徐々にだが、確実にアルテーシアを縛る鎖は解かれつつあった。


◆◆◆◆◇◇◇◇


【種族】ゴブリン

【レベル】53

【階級】インペリアル・大帝

【保有スキル】《混沌の子鬼達の覇者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇王の征く道》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《覇王の誓約》《一つ目蛇の魔眼》《魔流操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《導かれし者》《混沌を呼ぶ王》《封印された戦神の恩寵》《冥府の女神の聖寵》《睥睨せしは復讐の女神》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ルーク・コボルト(ハス)(Lv56)灰色狼(ガストラ)(Lv20)灰色狼(シンシア)(Lv75)オーク・グレートキング(ブイ)(Lv23)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》《土喰らう大蛇の祝福》


【スキル】《睥睨せしは復讐の女神》──新しき神々からの干渉を妨害する。不可避の傷と引き換えに神々の力を断ち切る事が可能。


◆◆◆◆◇◇◇◇



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