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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
298/371

騎士王国の終焉《地図あり》

挿絵が復活したぞー!


 ゲルミオン王国では季節を4つに分け、それを更に12の月に著している。

 春始めの月、マルスの月。北風の月、ビルフの月。寒終わりの月、ティガの月。

 春終わりの月、ラビトの月。夏初めの月、ドラコの月。西風の月、スネクの月。

 南風の月、ホルスの月。ロドゥの盛んな月、シープの月。東風の月、モルキの月。

 実りの月、チキルの月。家々の月、ドグルの月。冬終わりの月、ボアの月。

 これらはゲルミオン王国が滅びた後もこの地方に根付き、特に畑を耕す民にとっての重要な指針となった。例えば北方では小麦をラビトの月に種を蒔き、ホルスの月に収穫するという風に地方ごとでの差はあるものの、概ね収穫時期の目安となっていたのである。

 北方雪の神(ユグラシル)山脈から広がる水脈は、一度地下に戻ってから冷水となって地上に湧き出る。その水は大地を潤し、下流域の一帯には豊かな自然が広がっていた。滋味豊かな地を利用して人間が畑作を興し、流血と闘争の中で成立していったのがゲルミオン王国だった。

 そうして長く続いた人間の王国も、新たに隆盛したゴブリンという勢力によって飲み込まれていた。

 しかし国の興亡の中では多々あることだが、それを認められないのもまた人間の性というものだ。比較的支配を広げてから歴史の浅い北方ですら、民達は一戦せねば納得出来なかった。

 リィリィの細く吐き出す息が、南からの風に紛れて消えていく。

 彼女の手に握られているのは魔剣ヴァシナンテ。剣でありながら鞭のように伸び、敵を切り裂く魔剣である。嘗ては魔の狩人たるオルレーア家の当主達の佩剣だったそれは、永い時を経て最後の末裔である彼女の手に再び戻ってきていた。

 雪鬼らの一族から“悪魔”と呼ばれた彼女の実力は本物である。

 僅かに手を動かすだけで、主に忠実な魔剣は鎌首を擡げて標的を認識する。まるで蛇のように地を這い、耳障りな音を立てて砂の上を進む。

 目を細めてそれを一瞥したギ・ゴーは身体能力を十全に使った踏み込みからの一閃で蛇腹剣を薙ぎ払い、進もうとする。並の剣士なら剣自体の圧力に負ける所を、バロン級ゴブリンという高位の存在となった自身の身体能力で補い、迫り来る剣刃を払って前に進む。

 だが、勢いは止められてしまった。

 踏み込みの衝撃を活かす為には、どうしても突進の威力を殺さざるを得ない。

 そうなるようにリィリィは魔剣を操っていたし、それを無視して進めばギ・ゴーは深い傷を負う。攻めるギ・ゴーと守るリィリィ。

 初手から続く攻防は、そのような形に落ち着きつつある。

 赤枝で囲まれた戦場の範囲は決まっているが、四隅に追い詰められる度にリィリィは音響足を使って窮地を擦り抜ける。その故にギ・ゴーはリィリィを追い切れないでいた。

 通常、剣筋というものは幾つかの型に当て嵌めることが出来る。斬る、払う、薙ぐ、突く等だが、そのどれもが直線的な攻撃である。或いは人間の腕がもっと長ければ違う用法も生まれていたのかもしれないが、剣という武器の性質上仕方のないことであった。現実として、剣を使う者達は何れかの型を用いて攻防を組み立てる。

 これは流派の違いなどではない。

 我流であろうと、剣術として体系付けられたものであっても、有効な攻撃手段は限られてくるという話だ。だが、その不可能を可能にする武器がある。

 それが、ヴァシナンテが魔剣と呼ばれる所以である。

 まるで意志を持つように蛇腹剣は彼女の周りを旋回する。それは彼女を縛る鎖のようにも彼女を守る盾のようにも見えた。魔剣は刃の形状すら微妙に変化させながら、剣先をギ・ゴーに向ける。

 闘いながら微妙に変化する剣などという代物が、如何に厄介なのかは言うまでもないだろう。見切った筈の間合いが微妙にズレる。たったそれだけのことが、剣士同士の戦いでは致命傷に成り得るのだ。それだけではなく、彼女の蛇腹剣には敵を殺す為に有効な剣筋というものがもう一つ存在している。

 ──巻き込む。

 一般的な剣では決して成し得ぬ、その剣の軌道。

 対峙するギ・ゴーの足元を、畝る刃の連なりが駆け抜ける。

「むっ!?」

 それを避けたギ・ゴーは、同時に背後から空気を裂いて迫る剣先を半身になって躱す。だが、それも彼女の想定内だった。魔剣ヴァシナンテは、剣士にとって最悪と言って良い不規則な軌道と多彩な攻撃手段を持っている。

 躱された剣先は直ぐに方向転換し、再びギ・ゴーに襲い掛かる。だが、その剣先ばかりに注意を取られる訳にはいかない。僅かな殺気を感じ取ったギ・ゴーが身体をずらすと、連なる刃が足元を奔っていた。

 まるで刃で出来た牢獄のように、触れれば斬れる魔剣の壁が彼を取り囲んでいた。

「降伏して下さいませんか?」

 リィリィの言葉を、ギ・ゴーは即座に拒否する。

「出来ぬ! お前の剣には殺気が満ちている。何より、俺自身の興が乗ってきた所だッ!」

 常よりも多弁なギ・ゴーは獰猛に笑うと、迫りつつある刃を一息に薙ぎ払った。

 圧倒的な力で薙ぎ払われた刃達は再び彼女の周りに集まる。蟠を巻く蛇のように、彼女の周りで刀身達が渦を巻く。

「実に面白い技だ。何度見ても全く軌道が読めぬ」

「……どうも」

 苦々しく返事をするリィリィは、何とか生き残りの道を探っている最中であった。

 あのゴブリンの王が納得し討伐を諦める道。先ず彼の臣下を殺すような事態は絶対に避けねばならないだろう。となれば、殺さずに目の前の剣士を倒さねばならない。

 だが、果たして自分にそれが出来るだろうかと自問する。

 目の前の剣士は強い。剣技だけなら彼女など足元にも及ばない。辛うじて拮抗状態を作り出せているのは魔剣の性能故である。

 命の取り合いが出来ないなら、剣士の心を殺す他ない。

 彼の持つ剣自体を狙う。普通ならば此方よりも技量が上の敵の剣を破壊することなど不可能だ。だが、彼女にはそれを為し得る術がある。

 ──斬鉄。

 ギ・ガーとの戦いで会得した技である。

「また、助けてもらいます」

 口の中で呟き、彼女は初めて自分から前に出る。

 音響足での加速から一気に距離を詰めると、今まで僅かに動かしていただけの蛇腹剣を手元を跳ね上げるようにして振りかぶった。それに反応した魔剣ヴァシナンテは、竜巻の如く三連の鞭となってギ・ゴーに襲い掛かる。

 同時に襲い来る三段の連結された刃。

 三段斬りを併用して、一撃を更に三連撃。赤枝に囲まれた戦場で合計九連撃となったそれから逃げる場所などありはしない。見届け人の雪鬼達が悲鳴を上げるのと、兵士達が歓声を挙げるのは同時だった。

「面白いッ!」

 奥歯を噛み合わせて、ギ・ゴーはその場に踏み留まる。確かに3連の鞭となって襲い来る刃の群れは脅威だ。避けようとすれば、何れかに巻き込まれて傷を負うだろう。

 ならば。

 ならば、打ち返す他ない。

 足の指で地面を握るようにして右足を前に出す。脇に構えていた曲刀を大上段に振りかぶると、僅かに息を吐き出し、大きく吸った。

「グルウゥウォオアアア!」

 気迫の声と共に、迫り来る三連の刃に曲刀を叩き付ける。

 だが、リィリィはそれをこそ待っていた。

 千載一遇の機会を見逃す筈がない。ギ・ゴーの曲刀を叩き斬る好機。

 刃が触れ合う瞬間、彼女は己の刃が敵の刃を叩き斬るのを確信し、直後に空気すらも切り裂くギ・ゴーの大上段からの一撃が己の魔剣を尽く地面に叩き伏せたのを目撃する。

 一瞬呆然となったリィリィの隙をギ・ゴーが突く。即座に距離を詰めて、その首に曲刀を突き付けると勝負は着いた。

「勝負あったな」

「……はい。私の負けです。どうか民と兵士の命は、助けてください」

 深い溜息をついたリィリィはヴァシナンテを手放し、膝を屈した。

「何故、剣を狙った?」

「ご存知でしたか」

「見縊ってもらっては困る」

 ギ・ゴーの鋭い視線に、リィリィは僅かに沈黙した後、答えた。

「……私は戦えぬ民を守る騎士です。いつ、いかなる時もその誓いを破る事は出来ません。故に、貴方を殺せば、貴方方の王は民すら害するのではないかと愚考した次第です」

「それは、王と俺に対する侮辱だ」

 剣気を剥き出しにして怒るギ・ゴーだったが、やがて怒りの熱も冷めたのか、再び問いを投げる。

「我が剣に懸けて民と兵士の命は保証しよう。で、貴様自身の命は要らんのか?」

「……」

 無言で頭を垂れるリィリィをギ・ゴーは暫く見下ろしていたが、曲刀を鞘に納めると彼女に背を向ける。

「間もなく王がいらっしゃる。裁定は我が王にお任せするとしよう。しかし、剣士同士の勝負が技量ではなく立場によって決まるとはな……。儘ならぬものだ」

 雪鬼達がリィリィを捕縛するが、彼女は抵抗の意思を見せなかった。

「手荒な真似はするな」

 ギ・ゴーの言葉に雪鬼達は従い、また北方の兵士達はリィリィの敗北に打ちひしがれていた。

 彼らの決闘から10日後。ゴブリンの王が到着し、北部は正式に降伏を受け入れることとなった。リィリィの尽力により、北部辺境は比較的穏当にゴブリン達の支配下に入ったのだった。


◆◆◇


 西に向かう軍勢がある。

 魔導騎兵(マナガード)を中核とするシュシュヌ教国のゲルミオン征西軍6000である。その中心を為すのは戦姫ブランシェ・リリノイエ。齢18で大陸中央の強国、シュシュヌ最大の貴族の地位を受け継いだ才媛である。

 国境は既に突破している。東部の兵士は、それこそ国境防備の部隊までも根こそぎ対ゴブリンへの戦いに投入されていた。東部を預かるシーヴァラ・バンディエの名の下に、ゲルミオン王国側から逃げてくる民を東部に招き入れる為であった。

 彼女らの行く手に東部の街並みが見え始める。それを確認すると、ブランシェは馬上で嗜虐的な微笑を浮かべた。

「占領せよ。速やかにじゃ」

 彼女の指示に、幾人かの兵士が伝令として離れていく。

 まるで速度を緩めることなく、彼女の軍は両羽根を広げるように左右に展開。東部の玄関口であるウルバンシュという都市を占領すると、中央役所を自身の座所として役人達を睥睨する。

「こ、これは……!? 一体何の真似ですか? 如何に同盟国といえど……!」

 役人の中で最も年嵩の者が非難の声を上げるが、彼女は意に介した様子もない。それどころか彼女は再び嗜虐の笑みを浮かべると、役人達を見下ろして口を開いた。

「妾は、発言を許してはおらぬ」

 部下の入れた紅茶の香りを楽しみながら、彼女は笑う。彼女の意を受けて、近くに控えていた部下が役人を押さえ付ける。圧倒的な力に呻き声を上げる役人を確認すると、彼女は一息に紅茶を飲み干す。

「ふむ……。さて、本来ならお前達のような凡俗に語って聞かす舌など持たぬのじゃが、美味しい紅茶を楽しむついでじゃ。分かり易く説明してやろう」

 注がれた二杯目の紅茶の暖かさを楽しみながら、最高級の陶磁のカップを口に運ぶ。

「先日のことじゃが、妾は国王陛下から大変素晴らしい贈り物を賜った。それが何か分かるかの?」

 尋ねられた役人達は、互いに視線を交差するだけで返答することが出来なかった。彼女は上機嫌に言葉を重ねる。

「戦じゃ。貴国に宣戦布告する権利を、妾に下された」

 段々と役人達の顔が蒼白になっていくのを紅茶の香りと共に楽しんだブランシェは、決定的な一言を放つ。

「まぁ、つまりじゃ……。我がブランシェ・リリノイエの名を以って、シュシュヌ教国はゲルミオン王国に宣戦を布告する」

 絶望に染まる役人達の顔を見下ろしながら、ブランシェは哄笑した。

「この都市の住民は、一人残らず妾のもの。無論、役人も流民も区別なくじゃ」

「そ、そんな!?」

「連れて行くが良い」

 飲み干した紅茶をソーサーに置くと、彼女は優男の副官に尋ねる。

「馬鹿な貴族共は何と?」

「渋々ながらもご同意下さいました」

「立場を弁えておるようじゃの。結構なことじゃ」

 にんまりと笑うと地図を床に広げさせる。部屋の三分の一程にもなる巨大な地図であるが、それだけに詳細に書き込まれた東部の地形が彼女の目の前に広がっていた。

「さて、奴隷の移動にどの程度かかる?」

「流民達に関しては直ぐにでも。住民に関しては、財産を差し出すので見逃してほしいと言い出す者が続出していますが……」

「一人につき一千デュマ以上を払えるのなら、奴隷の身分に落とさずにしてやると伝えよ」

 その金額は、平民の一家が三年は余裕をもって食い繋げる程の大金である。

「住民の大半は奴隷に落ちるでしょうが……。或いは1割程度は残るかもしれません」

 1割という数字に彼女は暫し考えを巡らせるが、苦笑して頷く。

「それで良い。直ぐに手配せよ」

「御意。我が主」

 ブランシェは地図を見下ろして、静かに笑う。

「さあ、楽しき戦の始まりじゃ」


◆◇◆


 猛然と土煙を上げて疾駆する魔獣の群れが、西から東へ駆け抜けていた。

 ギ・ガー・ラークス率いる虎獣と槍の軍(アランサイン)である。ゴブリン達の中で最速を自負する彼らの進軍速度は人間の強行軍など比較にもならない程に速く、乱れがない。

 慈悲と寛容を旨とするギ・ガーの方針に沿って降るものは赦し、速やかに支配地域を広げたいギ・ガーだったが思いの外、降伏する者が少ない。それどころか反抗してくる者達が多数湧き出てくる事態に陥っていた。

 その原因の一つはゲルミオン王国の瓦解の直前に多くの中小貴族達が自らの領土へ戻っていたのが原因であった。王都を速やかに占領するという最重要事項の為に致し方なかったとは言え、散らばった戦力が地元の後援を受けてゴブリン達に反抗してきていたのだ。

 もう一つは、東部で踏み留まる聖騎士シーヴァラ・バンディエの影響である。

 敗北したとしても受け入れてくれる場所がある。その存在が、彼らの反抗心を後押ししたと言って良い。

 ギ・ガーがプエルに現状を伝えると、すぐさま彼女から返答がある。

 ──“占領地域を必要最低限に止め、進路を東部へと取られたし。ただし、戦を焦る必要はなし”

 その伝言にギ・ガーは彼女の真意を測りかねて、誇り高き血族(レオンハート)のザウローシュに聞いてみたが、彼とて歴戦の戦士ではあっても軍師ではない。

 結局分からぬということになり、彼らはプエルの命ずるままに東へと進軍したのだった。

 彼ら一匹と一人が首を捻っている頃に、旧ゲルミオン王国王都では軍の再編成が着々と進んでいた。ゴブリンの王が北部を占領するのと前後して、初陣を経験したゴブリン達を再編成することにしたのだ。

「王が不在では、どうも締まらぬな」

 4将軍の1匹ギ・グー・ベルベナは、愚痴を溢しながらも傅く配下のゴブリン達の様子に満足そうだった。彼の軍勢から、グー・タフ、グー・ビグ、グー・ナガの3匹が独自の軍勢を持つことを許されたのだ。

 血塗られた斧と剣の軍(フェルドゥーク)は主力を南方ゴブリンで形成し、その全てをギ・グーが直率するという形を取っていたが、新兵の増員と共に6000もの大所帯となってしまった。

 ゴブリンの軍勢の中で最大の勢力ではあるが、それだけの兵をギ・グーだけで率いるには些か無理がある。そこで最も信頼厚い3兄弟を副将に引き上げ、それぞれに1000の兵士を率いさせることにしたのだ。

 今までもギ・グーの命令で部下を率いることはあったが、正式に軍編成に加わったことによりギ・グー派閥とでも言うべき彼の勢力は名実共にゴブリンの軍勢の中でも最大となった。

 王が北へ出発する前、新たに独立する三兄弟が家名を賜ったこともギ・グーの気分を良くさせるのに一役買っていた。

 グー・タフ・ドゥエン。

 グー・ビグ・ルゥーエ。

 グー・ナガ・フェルン。

 遥か昔のように感じるが、彼ら3匹を拾った時のことを思い出してギ・グーは笑みを浮かべた。王から家名を授けられるということは、それぞれの領土を与えられるということだ。

 遠征で初めて拾った3匹がここまで成長し、王直々に家名を与えられるまでになった。よくぞ生き残ったと誇らしくあったし、よくぞ育ったと褒め称えたい気分だった。

「大兄」

 3匹を代表して、“ちび”のグー・ナガが片膝を付いたままギ・グーに声をかけた。

「うむ」

 見上げる三匹と見下ろす一匹の間に、それ以上の言葉は必要なかった。

「立て、兄弟よ。これからお前達は一家を構える。良いか、我が王の為に骨身を惜しむな」

 頷く3匹の肩を叩き、ギ・グーは後ろに控えるフェルドゥークの全軍に向かって声を張り上げた。

「祝え! 咆哮を上げろ! 勇ましき我が兄弟達の門出である!」

 鯨波の声が王都を出発する3匹の背を押す。ギ・グー・ベルベナに見送られた3匹はそれぞれ1000の兵を率いて、ゲルミオン東方の制圧に向かった。

 これ以外にもシャーマン級ゴブリンのギ・ドー・ブルガ、ギ・ズー・ルオらの4将軍に満たない者達に兵を率いさせて、東部地域の制圧に向かわせた。

 理由として小さな反乱の討伐に4将軍のゴブリンを使うことの非効率さ。彼らには最前線にいる強敵や、王都の治安を維持する要として動いてもらわねばならない。

 もう一つは、4将軍未満の彼らに経験を積ませることで、ゴブリンの軍勢全体の層の厚さを培うこと。

 プエルは、これからの大戦を勝ち抜く為の方策をゲルミオンを攻略することによって確実に積み上げていこうとしていた。


◆◇◆


 その報せがシーヴァラ・バンディエに届いたのは、シープの月の半ばを過ぎた頃。ゴブリン軍の先鋒として現れた魔獣を駆る軍勢と一戦を交えた後だった。

 ギ・ガー・ラークス率いるアランサインを何とか退けたシーヴァラに届いた報せは、シュシュヌ教国の戦姫ブランシェによる東部への急襲である。

「……誤報ではないのだね?」

 戦塵に汚れた髪を風に靡かせながら、シーヴァラは確認する。

「間違いございません。身代金を払えなかった住民はシュシュヌ教国へ奴隷として売り払われた模様です」

「人間同士で争っている場合ではないという認識は、大国には通じないか……」

 連戦の疲労で窶れた顔を歪ませて呟く。

 ガランドという保険も、シュシュヌの動きを制するものには成り得なかった。

 彼が生き残りを懸けた策は、ほぼ潰えたと言って良い。

「前方より流民の姿を確認! ゴブリンに追われています!」

 偵察に出ていた数少ない騎馬兵からの報告に、考えを中断したシーヴァラが顔を上げる。

「全軍一塊になってゴブリンにぶつかるぞ! 魚鱗陣!」

 追われていたのはゴブリンの支配に抵抗した中小貴族の一団だった。シーヴァラの展開する軍勢に、まるで地獄で救いを見つけたように走ってくる。

 追うゴブリンの軍勢は、足の速い魔獣を中心に編成されていた。

「片腕見えません! 黒虎の集団です!」

 騎乗したゴブリンの中で最も警戒しなければならないのが、長い片腕のゴブリンだった。王都に迫った軍勢の様子を一度見たシーヴァラだったが、それが指揮する軍勢は正しく疾風怒濤の勢いだった。

「恐れることはない! 僕の合図で槍構えから左右へ展開せよ!」

 部下にそう命じたが、黒虎の集団は決して油断していい相手ではない。不規則な黒虎の動きは、シーヴァラ達の操る騎馬の比ではないのだ。

 彼らの脇を走り抜ける中小貴族達を見送って、僅かに息をつく。

 先頭がゴブリンとぶつかる瞬間に、シーヴァラは声を張り上げた。

「展開ッ!」

 左右に広がる魚鱗の陣系が前線を押し上げようとうするが、ぶつかった黒虎の群れはすぐさま左右へ広がっていく。

「脆過ぎるッ! 後ろから来るぞ!」

 シーヴァラの判断通り、機動力を生かしてシーヴァラ達の陣形の後方で再集結したゴブリン達が猛然と突っ込んできたのだ。

「左翼右翼は反転! 中央は前進せよ!」

 中央だけを敵の居ない前に全身させ、更に左右の陣形をその場で反転させる。時間との勝負だった。陣形を再編するシーヴァラの元に、再び黒虎の集団の突撃が開始される。

 だが、今回はシーヴァラ率いる人間側の練度がゴブリン達の機転に勝った。突撃したゴブリン達だったが、シーヴァラの方が僅かに早く陣形を再編し終えたのだ。

 すぐさま自身の不利を悟ったゴブリン達は退却の合図を出す。幾ばくかの犠牲は出しつつも、シーヴァラはゴブリンを再び撃退した。

 だが、追撃を加える事はできなかった。ゴブリンの軍勢の速度は、彼らのそれを大きく凌駕していた。部下に勝鬨を挙げさせると、彼は単騎で追われていた人間達に会いに行く。

 そして、シーヴァラは更なる状況の悪化を知らされることになった。

 北方の陥落と中小貴族達の壊滅。

 当初、東へ向かったゴブリンの軍勢は寛容と慈悲を掲げるアランサインであった。彼らの統治は穏当であり、自治すら許す事もあったという。進路の妨害さえしなければ特に害を加える事はない。

 だが、抵抗を選んだ他の地域は悲惨な末路を辿った。

 斧と剣の戦旗(フェルドゥーク)の下に戦うゴブリン達が掲げたのは恐怖と死である。南方の、特にプエナ地方で猛威を振るった血塗られたフェルドゥークの再来であった。

 逆らう者には容赦の無い死を!

 それを合言葉にしている訳ではなかろうが、ギ・グー配下であった3兄弟を筆頭にゴブリンの猛威をまざまざと見せつけるが如く、反抗する者達は尽く虐殺された。街も村も一切の容赦なく灰燼に帰す戦いぶりは、恐怖の剣斧として反抗する者達に振り下ろされたのだ。

 何とか数を集め反抗を試みた中小の貴族達だったが、獰猛なゴブリン達に一蹴される。その敗残兵が、今シーヴァラと合流したところだった。

 その報告を聞いたシーヴァラは、思わず苦鳴を漏らした。

 北方も陥落した。

 王都周辺から東部にかけての反乱勢力は、ほぼ鎮圧されてしまったのだ。

「これで、完全に……」

 ゲルミオン王国は終わりだ。いや、既に終わっていた。それを認めたくない一心で彼は戦い続けてきたのだが、勝てる目は全て潰されたと言って良い。東西からの攻勢に自分達だけで対抗出来る筈もない。

「ギルルトに向かう」

 せめてシュシュヌ教国と交渉をせねばならないと考えたシーヴァラは、軍勢を東部で最も大きな都市へと向ける。

「シーヴァラ様、ゴブリンの軍勢が!」

 咄嗟に振り返ったシーヴァラの目に入ったのは、先ほど敗走した筈の敵の軍勢である。

「また一戦仕掛けるつもりか……」

 だが、その黒虎を中心とした軍勢は付かず離れずの距離を保ったまま、シーヴァラ達に攻撃を仕掛けてくることはなかった。

 その行軍に終止符が打たれたのは、シーヴァラ達の視線の先に集落が見え始めた時だった。突如としてゴブリンの軍勢は距離を詰めてくる。夜の内に補充したのか、総数も増えている。

「片腕です!」

 悲鳴染みた斥候の報告に、シーヴァラは命令で答えた。

「迎え撃つぞ! 鋒矢陣!」

 士気の落ちた自軍を鼓舞する為には、彼自身が先頭に立って戦うしか無い。軍勢の全体を鏃に見立てた鋒矢陣を敷くと、シーヴァラは斧槍を掲げた。

「皆、今日までよく戦った! 聖騎士としてもバンディエ領の領主としても、僕は君達を誇りに思う! さあ、我らの武勇を奴らに思い知らせてやろう!」

 喚声と共に武器を掲げて応える兵士達に、彼は宣言する。

「ゲルミオン王国が負けても、シーヴァラ・バンディエは負けはしない!」

 振り下ろされる斧槍と共にシーヴァラ率いる東部軍が前進する。迎え撃つように正面から突っ込んでくるゴブリン達の先頭は、黒虎に跨った片腕のゴブリンだ。

 両軍の先頭に立った片腕のゴブリンとシーヴァラが激突しようとしたまさにその時、シーヴァラはゴブリン側の右翼が大きく迂回を始めたのを視界の隅に捉えた。鎌槍を掲げた騎馬兵が部隊を動かしている。

 一軍の将として、戦の全域を見渡せることは必須の技能である。

 だが、この時ばかりはそれが裏目に出た。その右翼の動きが、シーヴァラに右側からの横撃だと咄嗟に看破させてしまったのだ。

 鋒矢陣で突撃する自軍と、足の速い敵の迅速な陣形変換。シーヴァラを先頭にゴブリンと真正面からぶつかる自軍にとって、その横撃がどのような意味を持つのかまで一瞬の内に計算し、声を張り上げようとして目の前に片腕のゴブリンの槍が迫っていることに気付いた。

 激突は一瞬で、叩き落とされたのはシーヴァラだった。

 一瞬の不覚が、彼の命運を決した。

 先頭が叩き落とされた東部軍は、敗走するしかなかった。勢いの止まらぬゴブリンの軍勢が更に別働隊でもって横撃を加えて来たのだから、指揮官の居ない彼らに耐えられる筈がない。

 一度の激突で東部軍は敗走し、それを追ってゴブリン達は戦場跡を離れた。

 打ち棄てられた屍の中で、シーヴァラは未だ息があった。最早斧槍を持つだけの力もなく、肩口から胸にかけて槍で突かれた傷跡からは血が止めどなく流れて落ちる。

「……負、けた。敗北、か……」

 誰かが自分の名前を呼ぶ声がするが、それも良く聞き取れない。

 足音に視線を向ける力もなく天上を見上げていると、覗き込む顔に見覚えがあった。

「やぁ……遅いじゃ、ないか。ガラン、ド……」

 必死に呼び掛けるガランドの叫びも虚しく、シーヴァラは目を閉じ、二度と目覚めることはなかった。斯くして両断の騎士シーヴァラ・バンディエは最後の瞬間まで民の為に戦い、その果てに己が命を散らしたのだった。


 挿絵(By みてみん)



◆◆◆◆◇◇◇◇


レベルが上昇。


ギ・ガー・ラークス

92→56《階級が上昇》ナイト→バロン

ギ・ギー・オルド

20→24

ギ・グー・ベルベナ

24→54

ギ・ゴー・アマツキ

74→84

ギ・ザー・ザークエンド

25→61

ギ・ジー・アルシル

42→46

ギ・ズー・ルオ

65→97

ギ・ヂー・ユーブ

91→5《階級が上昇》ノーブル→デューク

ギ・ドー・ブルガ

82→96

ギ・ビー

59→63

ギ・ブー・ラクタ

10→15

ギ・ベー・スレイ

32→36

ラーシュカ

35→40

ハールー

84→8《階級が上昇》ノーブル→デューク

クザン

52→54

シンシア

72→75

ブイ

19→23

シュメア

27→30



【個体名】ギ・ガー・ラークス

【種族】ゴブリン

【レベル】56

【階級】バロン・四将軍

【保有スキル】《槍技A-》《威圧の咆哮》《雑食》《必殺の一撃》《王の信奉者》《投槍》《戦場の華》《不朽の疾駆》《閃き》《騎獣槍術》《忠誠の騎士》《片翼の怪鳥》

【加護】なし

【属性】なし

【状態異常】欠けた足を義足で補うことにより、戦力5%減少

【愛騎】ハクオウ


《戦場の華》──敵将との一騎討ちの際、筋力・防御力・機敏性上昇(中)

《不朽の疾駆》──騎獣兵・騎馬兵を率いる際に統率力上昇(中)

《騎獣槍術》──騎乗した状態で槍を扱う際、槍技の補正効果が一段階上昇。状態異常緩和(大)

      ──【状態異常】戦力減少が30%から5%に緩和。

《忠誠の騎士》──王に忠誠を誓う限り、種族に関係なく部下に対して魅了効果(中)

《片翼の怪鳥》──戦場で自身が先頭に立つことにより、軍勢の攻撃力上昇(中)




【個体名】ギ・ヂー・ユーブ

【種族】ゴブリン

【レベル】5

【階級】デューク

【保有スキル】《死線を潜りし者》《兵法家》《万能の遣い手》《人ならざる者の理》《剣技B-》《我が王の名において》《戦巧者》

【加護】なし

【属性】なし


《兵法家》──軍を率いる際に統率力上昇(中)

《人ならざる者の理》──軍を率いる際に部隊の防御力上昇(中)、敵軍の弱点の発見率上昇(中)

《我が王の名において》──王と共に戦う場合、部隊の攻撃力・防御力上昇(中)

《戦巧者》──敵に敗れた際の死傷率減少(中)



【個体名】ハールー

【種族】パラドゥア・ゴブリン

【レベル】8

【階級】デューク・大族長

【保有スキル】《大族長の威風》《魔獣操作》《槍技B-》《躍進する氏族》《連携B-》《三連撃》《鼓舞》《殲滅戦術》《戦場の勇者》

【加護】なし

【属性】なし

【愛騎】ミオウ


《大族長の威風》──氏族のゴブリンに対して魅了効果(中)、その他のゴブリンに対して魅了効果(小)

《三連撃》──槍での三連撃を繰り出すことが可能。

《躍進する氏族》──氏族を率いて戦う際に攻撃力上昇(中)

《殲滅戦術》──突撃・突進の威力上昇(大)、防御力減少(中)




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 聖王国と海洋国が思ってた以上にでかくてびっくり
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