落日
ゲルミオン王国歴232年。ドラゴの月の翌月、スネクの月。
ギ・グー・ベルベナとラ・ギルミ・フィシガ率いる西軍が6000、ギ・ガー・ラークス率いる南軍が3500、ギ・ギー・オルドの魔獣軍の獣士が1000程と、それぞれの軍の人員の増強が成されていた。
だが、ゴブリンの王の命じた兵力の増強は約1万である。元々の数に比して、その増強具合は少ないと言える。
では、西軍にも南軍にも魔獣軍にも配置されなかった新兵はどこに行ったのだろうか?
暗黒の森や南方の警備、更に通商の護衛などで2000程が差し引かれても、約2万にもなった筈のゴブリンの総数には足りない。
その答えが人間達の前に示されるのはスネクの月の8日になってからだった。その日、ゴブリン達が暗黒の森から続々と長い隊列を組んで植民都市ミドルドに集まっていた。その数凡そ7000。殆どが新兵だが、彼らの士気は高い。
『王よ、王よ、我らが王よ!』
彼らの士気の源は、見上げんばかりの巨躯を『推』と名付けた肉食らう恐馬に乗せた王の存在にこそある。7000ものゴブリンを収容できるだけの建物がなかった為、急遽設けられた仮設陣営地の中にあって、王は新たに生まれた新兵達を見渡していた。
殆どの者が暗黒の森から初めて出る新参者である。
出来得る限りの訓練は施したが、促成栽培であることは否めない。そもそもこれ程の数の新兵が訓練の為に狩る魔物が存在する訳もなく、以前ギ・ゴーが発見した魔窟で簡易的に成人の儀式を済ませた者が大半だった。
彼らにとっては、これが初陣となる。
士気は高くとも技量は歴戦のゴブリンに比して遥かに未熟。更に戦場の呼吸を知らぬ若輩の戦士達である。今は高い士気も、劣勢となれば途端に崩れ去るかもしれない。
だが、決して劣悪ではない。“傷物達”が訓練を担当し、少しでも一人前の戦士に近づける為に日夜しごいてきたのだ。
プエルは、その士気を保つ為にゴブリンの王のカリスマを利用しようと考えた。王の周囲を固める騎馬隊と比較しても、新兵達の士気は高い。
「……浮ついているな」
王は新兵達を注視する。その視線は厳格な支配者のそれであった。
「彼らは初めて王を御覧になるのです。多少興奮するのは致し方ないかと。出来る限りの訓練は施しました。後は実戦を経験し、場数を踏むのみです」
王の傍らでプエルが応える。
「ギ・グー・ベルベナ殿より、砦群はもう間も無く陥落するとのこと。この軍を率いて一気に王都を目指します」
「聖騎士共に格好の獲物を与えるだけではないのか?」
「聖騎士の名を冠する人間達の情報は、逐一把握しております」
シーヴァラは王都へと向かっており、ジゼは牢に囚われたまま。ガランドは帰国の途上。リィリィはギ・ゴーとの戦いの最中にある。
「最も警戒すべき脅威はシーヴァラか」
「ギ・グー殿とギ・ガー殿で対処します」
「ジゼが解き放たれる可能性は?」
「かなり低いですが、その為のラーシュカ殿です」
「ガランドが間に合う可能性は?」
「シュシュヌの魔導騎兵を借り受けたとしても、我らが王都に辿り着く方が早いでしょう。万が一ギ・ゴー殿が敗れたとしても、北方から王都へ向かうのには相応の時間が必要です」
「シュシュヌの動きは?」
「漸く戦姫が動き出したところですね。未だ予想の範囲を超えるものはありません。ギ・ギー・オルド殿に警戒命令を出してあります」
「王都の兵力は?」
「僅かに600程。近衛のみです」
王は確認を終えると、兵達に大剣を掲げてみせた。
「ならば、最早止まるまい」
王は遥かに遠くなってしまった少女に向けて、内心で僅かに祈った。
「我が兵達よ! 我が忠実なる臣下達よ! 進軍の時が来た! 人間の時代を覆す時が来たのだ! 出陣の角笛を鳴らせ! 我らこそが世界を制するのだ!」
『王に勝利を! 我らに栄光を!』
爆発するような歓声が上がる。順次出発する兵士達を確認し、王は傍に控える老ゴブリンに向き直った。
「お前も出陣を望むのか? 理由を言え」
王の命を断ってでも従軍を願い出た老ゴブリンに、王は問い掛ける。
「……老い先短い身でございます。死に場所を求めたく」
老ゴブリンの言葉に、王は苦い顔をした。
「俺はお前に──」
「王よ。偉大なるゴブリンの王よ。何も、何も言うてくださいますな」
王の言葉を遮った老ゴブリンは平伏し、顔を上げることはなかった。
「……頑固者め。好きにせよ」
「有難き幸せ」
王は、生きてほしいとは口にすることが出来なかった。それを口にするには、あまりにも老ゴブリンの意志は堅く感じられたからだ。小さく溜息をつくと、再び王は視線を新兵達に注ぐ。僅かに顔を上げた老ゴブリンも、次世代の戦士達が行軍していく様を目に焼き付けるようにして眺めた。
「……俺は、良き王であったか?」
「私が知り得る中で、貴方様ほど偉大な御方は居られません。我らがゴブリンの王よ」
老ゴブリンが答え、王はそうかと言ったきり沈黙する。無言の二匹は、ゲルミオン王国を滅ぼす新兵をただ静かに見送っていた。
◆◆◇
ゲルミオン王国の王城は王都の中央にある。
高い丘を利用して作られた王城には地下牢が備え付けられ、そこには罪人達が閉じ込められていた。
「……ジゼ殿」
罪人としては最上級の者が収監される牢に、ジゼは居た。呼ばれる声に目を開ければ、ローブで顔を隠した男。
「何者であるか?」
「昔、貴方に命を助けられた者です」
眉を顰めるジゼに、男は鍵を取り出す。
「この国の滅びは最早避けられませぬ。貴方だけでも生き延びてください」
「何? どういうことであるか?」
「……時間がありません。どうかお赦しを。必ずお逃げください」
鍵を開けると男は立ち去る。ジゼは凝り固まった体を解すように立ち上がった。開かれた外への扉。希求がなかったと言えば嘘になる。だが、それよりも気になったのは、この国が滅ぶという男の言葉だ。
覚束ない足取りで牢を出たジゼは、そのまま階段を昇る。何度も蹌踉けながら休憩を挟み、階段を登っていくジゼだったが、妙に静かなのが気になった。
やがて階段を登りきり、鍵の開いている扉を開けて回廊を抜ける。
王城は広いが、まるで死んだように静まり返っている。
「……」
訝しげに視線を辺りに彷徨わせるが、決定的な情報は得られない。
兎も角、王に謁見を請わねばならない。そう決めると、彼は鈍った体を引き摺りながら謁見の間へ向かった。未だ日は高く、この時間なら王は政務を執っている筈である。
約八ヶ月にも及ぶ牢内での生活は、嘗ての聖騎士としての体力を根こそぎ奪い取っていた。
不甲斐ないと思いつつも、ジゼは必死に足を進める。
やっと謁見の間に到着したジゼだったが、戦場で嗅ぎ慣れた臭いに気付くと顔を顰め、大扉を勢い良く開く。果たしてそこには血の海が広がり、精気のない顔で玉座に座るアシュタール王と、高笑いする小男の姿。
「……ツェルコフ」
そして、見紛う筈のない監禁されている筈の罪人の姿があった。
「おや? ジゼ殿、どうしてこのような場所に?」
ベードル亡き後、その全権を引き継いだ新しい軍務大臣の声に、ジゼは視線をツェルコフから小男に向ける。
「貴様如きに、答える必要を認めぬのである」
「……おやおや、いつまで聖騎士のつもりであらせられるのか。今や王国の実権を握っているのはこの私、ルフェル・マルコンドだというのに!」
大仰な身振りで語る軍務大臣を、ジゼは軽蔑の眼差しで一瞥すると、監禁されていた筈の男に向き直る。
「何故、貴様がここにいるのであるか。ツェルコフ」
長身痩躯に伸び放題の髪の男は此方に背を向けている。だが、ジゼにはそれがツェルコフであることがはっきりと分かる。忌まわしき味方殺し。破壊の騎士ツェルコフ。
「……」
ジゼの声が聞こえていないのか、ツェルコフは答えず、血の海に一人佇むだけである。
「王よ、何故にこのような者を解き放ったのです!?」
声を振り絞って王に問い糺すが、アシュタールは虚ろな視線を宙に漂わすだけだった。
「王ッ!」
一歩踏み出したジゼに、ルフェルが戯けたように立ち塞がった。
「いけません。いけませんなァ! 王はお疲れのご様子だ。それに貴方は牢を破った脱獄囚! 益々いけない!」
耳障りなルフェルの声を遮るように、ジゼは拳を振るう。
「邪魔だ!」
「ぶひぃ!」
衰えたと言えども聖騎士の拳である。ルフェルのような文官上がりの者が避けられる筈がない。何なくルフェルを殴り飛ばすと、ジゼはそのまま玉座に向かって歩き出した。
玉座に座る王に声を掛け、手に触れたジゼは、アシュタール王の様子があまりにもおかしいことに気付く。
憔悴しているなどというものではない。眼の焦点は合わず、吐く息には薬草のような臭みがある。眼窩は落ち窪み、青白い顔には、ある種の薬物を摂取した者特有の細かな斑点があった。そしてジゼにはその薬物に心当たりがある。
「ジ、ゼ……?」
「……まさかッ! 貴様、鼠賊の分際で王に毒を盛ったのか!?」
烈火のごとく燃え上がる気炎に、ルフェルはツェルコフの後ろに隠れた。
「ま、まさか。ひ、ひひ……ご冗談でしょう? 私如きが陛下に不忠を働くなど、考えられることではありませぬ」
「陛下のご意思だというのか!? 馬鹿な、何故止めなかった!?」
「……何故ですと!? 貴方方の所為ではないですか!」
発作のように喚くルフェルは、傲然とジゼの非を責める。
「そもそも、貴方達が負けさえしなければ良かったのだ! そうでなくともイシュタール殿下さえご健在であれば、陛下も御心を病むことなどなかった!」
「馬鹿な! 陛下を支えるのが騎士の務めだ! それを貴様のような卑劣な輩に……!」
「イシュ、タール……」
呆然と呟くアシュタールには、既にその名前すら遠いのであろう。
「私は悪くない! 悪いのは貴方方だ! ゴブリンなどという魔物に負け、我らが手を尽くして軍備を整えても一回の戦で全てを台無しにしてしまう! 挙句の果てに王太子殿下を見殺しにして悪びれもしない!」
「言わせておけば……!」
再び踏み出そうとするジゼの手を、アシュタールが掴んでいた。
「ジ、ゼ……。孫、は? イ、シュタール、は、どこだ?」
「陛下ッ……」
アシュタールに視線を向けた一瞬の間に、ツェルコフがジゼに迫っていた。油断と言ってもほんの一瞬だが、それにしても獣染みたツェルコフの動き。
「ッ!?」
王の腕を振り払って対応しようとしたジゼの胸に、ツェルコフの手刀が突き刺さる。
「……ジ、ゼ。久し、振り、だな」
「ぐッ、は」
心臓を鷲掴みにされたジゼは、それでも尚ツェルコフを睨む。
「ぎ、ざ、ま……」
伸び放題の髭と髪に隠された視線が愉悦に歪む。口元に狂気の笑みを浮かべ、ツェルコフはジゼの心臓を握り潰した。
血に濡れた自身の手を長い舌で舐め取ると、突如背筋に電流が走ったように身を震わせる。
「ジゼ、ジゼ、ジィゼェ……! ふふ、ふはははは!」
哄笑を上げるツェルコフの隣で、ルフェルがジゼの屍を蹴り飛ばしていた。
「貴様は悪だ! 忌まわしい反逆者め! ふひ、ふひひひ!」
「……戦の、臭いだ」
呟いたツェルコフが、鼻をひく付かせて周囲を伺う。
「い、い、戦だぁ」
ルフェルの首根を掴んだツェルコフは、猛獣のような笑みを浮かべて言い放つ。
「ですが、敵など……」
「戦、だ……!」
繰り返すツェルコフに、ルフェルは怯えながらも何とか頷く。
「イ、シュタール……?」
「は、はい陛下。イシュタール殿下は戦の準備をしておいでです。さあ、陛下も共に轡を並べましょう」
「お、おお! そう、か……。イシュ、タールと、共に、か」
蹌踉めきながら立ち上がるアシュタール王をルフェルが支え、残った数少ない侍従達に命じて甲冑を着込ませる。それと共に残った近衛にも戦の支度をさせる。
「戦、戦、戦ァ……! ふはははは!」
ツェルコフは血の海に一人佇み、天を見上げて哄笑した。
◆◇◆
スネクの月の20日。西方八砦が陥落。
正面をフェルドゥーク、後背をアランサインに強襲されては、流石に砦群も持ち堪えることは出来なかった。
ユアン率いる旧西域の民は大半が脱出して王都へと流れたが、王都は受入を拒否。ユアンは憤る民を宥めながら東部へ向かった。ゴブリン側の追撃はなく、西軍を任されたギ・グー・ベルベナは周辺の地域を着実に占領していった。
この頃になると、ギ・ザー・ザークエンドの謀略に沿って動いていた自由への飛翔の残党も王都から脱出を図っていた。
ゴブリン達の謀略は最終局面に差し掛かり、最早ゲルミオン王国の自壊を待つばかりという状態になっていたのだ。
王都から東部へと至る道中で、ユアン率いる西域の民達は王都救援に向かうシーヴァラと出会うことになる。
「聖騎士殿……。申し訳ありません」
「西方は、陥落したのか」
シーヴァラとユアンは僅かな時間の会談で互いの事情を察した。シーヴァラはユアンに東部への居住権を与える書状を渡し、東部でシュシュヌ教国の救援が来たならば、それを受け入れるよう頼んだ。
「何から何までありがとうございます。それに比べて、我らには差し出せるものなど何も……」
恐縮するユアンに、シーヴァラは首を振る。
「今まで良く国の為に尽くしてくれた。僕ら武人が不甲斐ないばかりに、君達には要らない苦労を背負わせてしまったんだ。当然受け取るべき権利だと思ってほしい」
王都での辛い対応を目の当たりにした彼らにとって、シーヴァラの一言は疲れ果てた心に染み入るかのようだった。
「今の王都では……とてもシーヴァラ様を受け入れるとは思えません。東部で守りを固めるべきです」
「かもしれない。けどね、僕は可能性がある限り、国を救う為に動かねばならないと思っているんだ」
それ以上言葉を交わすこと無くシーヴァラとユアンは別れ、二度と生きて会うことはなかった。
ユアンとシーヴァラが別れて4日後。シーヴァラは王都に迫るゴブリンの大群を目撃することになる。それはゴブリンの王率いる新兵と、その両脇を固めるフェルドゥークとアランサインの両軍であった。総勢にして15000を超える大軍勢である。
「……爺や」
その大軍を目にしたシーヴァラは、毅然として命令を下した。
「全軍を2つに分ける。騎馬兵700を以って敵を誘引。王都から敵を引き離せ」
「承りました」
「残る全軍を以って王都に救援に向かう。質問は?」
「ありませぬ。良きご判断です、若。成長なされましたな」
「こんな策しか思いつけない僕を許してくれ」
「とんでもございません。主の命令を忠実に成し遂げることこそ、従者の本懐でございますれば」
項垂れるシーヴァラの肩を叩き、老騎士は兜を被り直した。
「折角老いぼれに晴れ舞台をご用意してくだされたのです。感謝こそすれ、恨むなど。ですが、誘引を目的とするなら600で結構ですな。それに一流の紋章旗を賜りたい」
「……よし、行け!」
駆け出す老騎士の背を、シーヴァラは瞬き一つせず見送った。
「さあ、聖騎士シーヴァラ・バンディエの名を辱めることのない騎馬術を、魔物共に見せてやろうではないか!」
老騎士率いる600騎はアランサインとフェルドゥークの注意を引き付け、僅かながらも進軍を遅らせることに成功する。だが、代償として誘引に向かった600騎は一人残らずゴブリン側の猛追を受け、全滅した。
600騎の犠牲によって稼いだ僅かな時間を、シーヴァラは無駄にはしなかった。王都へと接近し、聖騎士の身分を盾に城壁の中へと進入を果たすと、すぐさま全軍で王城へ向かう。
街中は死んだように静まり返り、とても一国の首都とは思えなかった。
近衛の制止を振り切り、シーヴァラが謁見の間に到着した時、そこには戦装束を身に纏ったアシュタール王の姿と、謁見の間を埋める近衛兵の姿があった。
「……どういうことだ、これは?」
「おやおや! こんな晴れがましい日にご到着なされるとは、シーヴァラ様は実に運がよろしい!」
王の隣に座し、顔を歪めて笑う小男ルフェルの声が、静まり返った謁見の間に響き渡る。
「……国務大臣のルフェル・マルコンド殿か」
訝しげな視線でルフェルを見たシーヴァラだったが、何よりも王の姿に眉を一層顰める。
「これは何の騒ぎです?」
「何、とは? 見ての通り王自ら御出陣なさるということでございますが?」
「出陣……? この状況になって? アシュタール王陛下。諫言をお許し下さい。お気持ちはお察しいたしますが、ここは一旦東部へお引きください。シュシュヌ教国の援軍を得て、今一度再起を計るのです!」
急く気持ちを抑えてシーヴァラは説得を試みるがアシュタールは何の反応も返さず、ルフェルは嘲笑うように拒絶した。
「東部への移動ですと? 陛下の御意は御出陣です! ゴブリン共を駆逐し、この地に再び人間の国を打ち建てるのです!」
ルフェルの発言に、シーヴァラの心中で怒りが吹き出した。
「ゴブリン共を駆逐だと!? 現実を見ろ! 奴らは我らの数十倍の戦力でこの城に向かっているのだぞ! 我らは負けたのだ!」
こんな下らない世迷言を聞く為に大切な臣下を見捨ててここまで来たのではない。シーヴァラは憤怒の炎を燃やし、ルフェルを睨み付ける。普段温厚なシーヴァラであったが、一旦怒りに火が点くと一騎当千とも言われる聖騎士の気迫を身に纏う。その凄まじさはジゼに勝るとも劣らない。
王と自身との間に立ち塞がる近衛を殴り飛ばし、王へと大股で迫る。
「ひ、ひぃぃ!? ツェルコフ殿!」
その恐ろしい剣幕に恐れ慄いたルフェルは、傍らの男に呼び掛ける。
「どけっ!」
王との間に立ち塞がろうとした男を突き飛ばそうとしたシーヴァラは、男の放った拳に顎を撃ち抜かれて壁際まで吹き飛ばされた。
「おお! 流石は聖騎士殿!」
「聖、騎士だと……?」
「おや、シーヴァラ殿はご存知ありませんでしたかな? この方こそ破壊の聖騎士ツェルコフ殿です」
脳震盪を起こして立ち上がれないシーヴァラに、ルフェルは余裕を取り戻して傍の男を紹介する。
「くっ……」
立ち上がろうとするシーヴァラを近衛が拘束する。
「この場で処刑して差し上げても宜しいのですよ? ジゼ殿と同じように、ね」
得意気に語るルフェルの言葉に、シーヴァラの噛み締めていた奥歯の間から声が漏れる。
「ジゼは死んだのか……」
その言葉が空虚に漏れ出すのと同時に、騒めきが謁見の間を満たす。
「陛下!」
「……出、陣だ」
立ち上がったアシュタールの決して大きくはない声に、ルフェルは大仰に頭を下げると近衛に命令を下す。既に此方のことなど眼中にない彼らを、シーヴァラは見送ることしか出来なかった。
「馬鹿な。僕は、何の為に此処まで来たんだ!?」
悲鳴を上げる体を無理矢理動かし、その後を追おうとしたシーヴァラは窓から見下ろす光景に絶句した。地に満ち満ちたゴブリンの大軍である。
長槍を掲げた槍列が幾重にも重なり合い、火の神の胴体から降り注ぐ陽光で穂先が輝いている。身に着けているのは革鎧だろうか? 鉄で補強しているのか、所々に黒い部分が見える。
それはシーヴァラにとって、絶望が形を成して雪崩のように攻め込んできているようにしか見えなかった。恐ろしいのは軍の中に投石機と思われる兵器が存在し、準備を進めていることだった。城壁を守る兵士が散発的に矢を射るが、焼け石に水でしかない。
そうこうしている内にゴブリン側の投石機が攻撃が開始し、石弾が城壁に衝突する。王城まで響く地響きに、シーヴァラは我を取り戻した。
自軍の待つ城下まで戻ると、兵達に指示を出して撤退の準備を進める。その際に住民が避難するようなら、護衛として随伴しつつ脱出を図る。
「シーヴァラ様、陛下は……?」
尋ねてきた兵士に、シーヴァラは静かに首を振った。
「この国は終わりだ。だが、このままやられてやる訳にはいかない。民を一人でも多く生き延びさせねばならないんだ」
項垂れる将兵達を激励するシーヴァラは、脱出の為の方策を考えなければならなかった。