表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
292/371

動き出す戦況

 雪解けの水が山肌を伝って流れ落ちる。その水はやがて地面に吸い込まれて川へと流れ込み、ゲルミオン王国や西域、更には南方諸国の穀物を養う巨大な水源となるのだ。

 ゲルミオン王国歴232年。ゴブリン達の王国歴で3年目のラビドの月、遅い雪解けの季節が北方にも訪れようとしていた。

 だが、時を同じくして蛮族の再襲来の報せがリィリィの領主館に齎される。

「雪鬼です! 奴ら戻ってきやがった!」

 悲鳴を上げる兵士を落ち着かせ、彼女は魔剣空を斬る者(ヴァシナンテ)を手にして、北方の雪の神(ユグラシル)大山脈へと向かう。

「警備隊は民の避難を! 山脈警邏は私に随伴。敵の捜索に向かいます!」

 何れ来る事態を想定していた彼女は途切れること無く指示を出すと、続報を受け取りながらユグラシルの大山脈へと向かう。

「領主様、敵軍にゴブリンの姿を確認!」

 その瞬間、自身の心臓が大きく鳴る音を聞いた彼女は、途切れること無く返していた指示を止める。

「それは、どのようなゴブリンだ?」

「体軀は2メル近くも有りますが細身です。雪鬼達の先頭に立ち、曲刀を振るっています」

「大剣でも槍でもなく、か」

「は?」

「いや、何でもない。急ぐぞ!」

 彼女は一直線に馬を駆けさせる。守るべき者の姿を胸に抱いて、聖騎士はゴブリンの侵攻に立ち向かった。

 同時刻、西域とゲルミオン王国の王都との間にある西方八砦には、斧と剣の軍(フェルドゥーク)にギ・ヂーの(レギオル)を加えた西方軍が集まっていた。弓と矢(ファンズエル)の一部を加え総勢6000にも膨れ上がった混成軍を統括するのは、四将軍のギ・グー・ベルベナ。

「壮観だな」

 一兵卒に至るまで暗黒の森で生産された鎧を身に纏い、手にするのは洞窟の小人達が手掛けた武器である。

 腕を組み、王から賜った鎧に身を包むギ・グーの視界には、人間の同盟国から入手した攻城兵器の数々が並んでいる。それを操るのはギ・ヂー率いるレギオルと辺境守備隊の人間達だ。

「ギルミ将軍、準備良し!」

 グー・ナガの報告に頷く。

「人間シュメア、ギ・ヂーの大将、準備良し!」

 グー・ビグの報告に頷く。

「フェルドゥーク、準備良し!」

 グー・タフの報告に大きく頷いて、ギ・グー・ベルベナは腰から剣を引き抜いた。

「妖精族の小娘の策に従うのは気が進まぬが、王の進軍となれば話は別だ! 全軍、進撃せよ!」

 地響きを立てて進軍を始めるゴブリンの軍勢。南方戦線で恐怖の代名詞ともなった血塗られたフェルドゥークが、ゲルミオン王国で最も堅固な砦郡に向かって移動を始めた。

「我らが恐怖の剣斧を、奴らの脳裏に刻んでやれ!」

 ギ・グーの檄に答えて、フェルドゥークは大きく躍動した。

 また、南方でもゴブリン軍は動きを加速させていた。

 まるで数匹の蛇が合わさって一匹の巨大な蛇となるように、土煙を上げて移動する騎馬の群れが一塊となって疾駆を始める。その騎馬軍の先頭に立つゴブリンは、後続を振り返りもせず片腕だけで槍を振るうと、己の意図した通りに陣形を変える。

 楔型となって大地を駆ける彼らの目の前には、ただ蹂躙すべき土地が広がっていた。

「ギ・ガー・ラークス殿!」

 先頭で駆ける片腕のゴブリンと並走するように、一匹のゴブリンが騎乗した状態で礼をする。

「先陣は、我がパラドゥア氏族が承りたい!」

「ハールー殿。その矛先、どうぞ存分に振るわれるが良い」

 頷くギ・ガーに目礼するとハールーは一度だけ武者震いし、己の手勢と共にギ・ガーの前に出る。

「先陣の誉れを我がパラドゥアが務める! 我らが矛先は栄光を勝ち取る為にこそあるものだ! 怯懦にそれを鈍らせるな! 王に勝利を!」

 掲げたハールーの矛先が鈍く光り、朗々と響く彼の声に、従う兵達も意気高く声を揃える。

『王に勝利を!』

 ゴブリンの軍勢の中で最も疾き虎獣と槍の軍(アランサイン)は、南方から攻め上ろうとしていた。

 ゴブリンの軍勢が北、西、南と動き出す中、東では軍師プエルの長い腕がゲルミオン王国を包囲せんと伸ばされていた。

「さぁ、野郎ども! 報奨は思いのままだ! 存分に暴れな!」

 狂刃のヴィネ率いる血盟(クラン)赫月(レッドムーン)は、その悪名を更に轟かせていた。つい先年まで弱小血盟だったにも関わらず、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで規模を拡大し続けている。

 どこからか流れ込む資金に支えられ、数多の血盟を捻り潰して屈服させ、必要な人材を吸収する。血盟が充分に育ったと見るや、ゲルミオン王国の東部地域において一斉に蜂起。役所を襲撃して街を占拠したのだ。

 斯くしてゲルミオン王国は四方を敵に囲まれ、敗亡の瀬戸際に立たされることとなった。


◆◆◆


 ゲルミオン王国の混乱ぶりは想像を絶するものであった。嘗て西方に威を鳴り響かせた聖騎士の国の威厳など微塵も感じられない。民は逃げ惑い、貴族達は王都から自分の領地へと向かう。

 次々と王都から逃げ出す民達によって、門には長い行列が出来ていた。

 それを収めるべき王は政務への意欲を失い、何ら手を打つこと無く玉座に身を預けるのみであった。王太子イシュタールを失ったあの日から、アシュタール王は抜け殻のようになってしまった。

 尊厳王とまで呼ばれた傑物が、今はまるで出来の悪い置物である。

 8ヶ月前、イシュタールの死を嘆いた老王が再び公の場に姿を見せた時、聡明だった王は死を待つだけの老人に変わり果てていた。その姿に、今まで抑え込まれていた貴族と武官達の争いは表面化する。

 権力闘争が国の再建を遅らせる。それは軍務卿ベードルが支えられる限界を超えており、聖騎士達もまた、その政争に巻き込まれていく。

 聖騎士シーヴァラはヴァルドーの領地を合わせる形で東部へと配置転換させられ、ガランドは引き続きシュシュヌ教国への援軍とされた。ジゼは牢に拘置され、緋色の乙女リィリィは北方を警戒する。

 宮中の争いの中で、ガランドはほぼ忘れ去られた存在と為り、ジゼは政敵に付け入る隙を与えない為に放置された。誰もが火中の栗を拾うことを嫌がったのだ。

 元々領地も貧しく、脅威度の低いリィリィは北方に留置された。

 シーヴァラは各方面の友人達に働き掛け、唯一己の所領を増やすことに成功したが、それは必ずしも更に力を発揮出来るようになったという訳ではない。

 東部の精兵は、ヴァルドーと共に全滅。

 生き残った弱兵達を率いて軍を再建するなど、今は亡きゴーウェンでも困難であっただろう。新たに増えた領地の経営にも力を注がねばならず、彼の軍の再建は大幅に遅れた。

 当人達は気付いていないが、これには魔術師級ゴブリンのギ・ザー・ザークエンドの謀略が絡んでいた。聖騎士達が力を発揮出来ないように裏で糸を引き、配置を変えさせたのだ。

 内紛という火に油を注ぐかのように調略の才を発揮したギ・ザーの手並みは、自由への飛翔(エルクス)の生き残りが築いた諜報網を使ったことを差し引いても見事なものであった。

 ゴブリン達が八ヶ月を掛けて練り上げた巨大な策略。ゲルミオン王国は、まるで蟻地獄に嵌った哀れな小虫の如く破滅の渦の中へと引き摺り込まれて往く。


◆◆◆


 草原の覇者であるシュシュヌ教国の新たな戦姫ブランシェ・リリノイエは、己の手勢である魔導騎兵を率いて隣接する小国に赴いていた。

 目的は同盟の再締結。

 外交官を一人連れてはいるが、彼女の目的が武力外交であることは誰の目にも明らかであった。嘗てシュシュヌの武の頂点の地位を争った者達と手を組んでいたとされる小国。

 そこに踏み入るのに僅かばかりの手勢しか率いていないのは、彼女の豪胆さを示していた。

「全く、早くシュシュヌに帰りたいものじゃ」

「……姫様に置かれましても、故郷がお懐かしゅうございますか」

 副官の男の言葉を、彼女は鼻で笑う。仕草の一つ一つに貴族らしい傲慢さと優雅さが表れている彼女は、生まれた時から人の上に立つ者としての教育を施された生粋の貴族であった。

「阿る佞臣、頭の回らぬ国主、虐げられるを良しとする民草。どれもこれも最初は物珍しくとも、こう何度も見せつけられてはのう。国王陛下も妾に酷な仕事を言いつけなさる。このような生活、優雅とは程遠い」

「……苦言をお許し頂けるなら」

「赦す」

 打てば響くように彼女の答えが返ってくる。

「姫様は国王陛下に嫌われているのではないでしょうか?」

「やはりそう思うか? 悲しいことよ。妾はこんなにも慕っておるのにのう」

「……敵対した奴らの生首を4つも手にぶら下げながら笑う女は、おっかなくってビビっちまったんだろうよ」

「ふむ、斬新な意見よな。ガランドよ。その場合、妾はどうすれば良いと思う?」

「……知るかよ。生首の代わりに花でも摘んで渡しとけ。第一、あんな無能な王の何が良いんだ?」

 ブランシェは鼠を痛ぶる猫のような表情で笑った。

「妾は庭園の花よりも野山に咲く花々の方が好きでのう。国王陛下に贈るには少々野趣に過ぎる。ガランドよ、無能だからこそ良いのではないか。己の手にした権力の大きさも分からぬ無知。それを振るうことも出来ぬ蒙昧。臣下の野心に気付けぬ愚鈍。慕うには充分な素養を持っておる」

「……お前がとんでもない変人だってのは良く分かったよ」

「ふふふ、そう褒めるな。人より秀でるからこそ、人の枠から出たいと思うのだ。同じ場所に留まりたいなど、停滞に他ならぬ。それは美しくないのう」

 ゲルミオン王国からの客将であるガランドは、何故か初対面でこの奇抜な少女に気に入られ、彼女の幕下に加わっている。

 後方から駆けて来る一騎の足音に自然と会話は止み、伝令が彼女の前で首を垂れる。

「馬上より失礼いたします! 後方よりシーラド王国軍が接近中。数は凡そ2000。戦装束に身を固めており、我が軍を追跡しているものと思われます!」

「2000か。随分多いな」

 ガランドの呟きに、副官が頷く。

「姫様。ここは陣形を整え、迎え撃つのが上策かと思われます」

「真正面から戦ったとして、我が方の損害は?」

「100も出ぬかと思われますが」

「我が愛すべきマナガードをこのような辺境で使い潰すなど、冥府の御祖母様に申し訳が立たぬ。それに優雅ではない。全軍、2キロル先の森林地帯で左右に別れ、伏せて待機せよ」

 ブランシェは、表情一つ変えず指示を出す。

「それでは御身が危険に晒されますが」

「何、ガランドがおる」

「……何故俺を当てにするんだ。マナガードが居るだろうが?」

「お主が可愛くて愛おしいからじゃ」

「……はぁ?」

 本気で困惑するガランドを尻目に、ブランシェは涼しい顔で副官を走らせる。

「てめえらの大将は頭がおかしいんじゃねえのか?」

 不機嫌そうに文句を言うガランドだったが、副官は意に介さず、肩を竦めるだけだった。

「さあ、降伏を迫る文句を考えねばな。心躍る愉快な寸劇じゃ」

 シーラド王国軍がマナガードに奇襲を仕掛けるべく後を追う中、彼らは目前に二騎の騎馬を発見する。その内の一騎が戦姫ブランシェだと知れると、慌てて動きを止めた。

「馬鹿な。何故此処にいる!?」

 将軍の疑問に答えられる者は居らず、結局その対峙を破ったのはブランシェの声であった。

「愚かしくも醜い泥豚よ! 何故に我が眼前に立つのか! 私が尊き血筋のリリノイエ家の当主と知っての狼藉か!?」

「お、愚かしくも……」

「泥豚、だと!?」

 誹謗中傷の嵐のような言葉に、将軍の取り巻き達は呆然とそれを聞くことしか出来ない。

「今すぐにその汚物の如き顔を俯かせ、悄然と立ち去るのなら、私は寛大に貴様らの無礼を許そう。豚のような醜い心根を恥じ入る羞恥というものが少しでもあるのなら、国に帰って貴様らを焚き付けた者達に告げるが良い。命は一つしか無いのだから大切にせよ、とな!」

 鼻歌すら歌い出しそうな程上機嫌なブランシェは、更に口を開く。

「さあ、泥豚共よ! 自身の愚かさを噛み締めながら、恥を晒して国に帰るがいい!」

 そこまで言い切って、ブランシェは駒を進める。

「返答は聞かねえのか?」

「あれ程虚仮にされて追ってこぬような玉無しは、流石に可愛げがないのう。その程度ならば妾が相手をするまでもない。先ず間違いなく、我が高貴な後ろ姿を死に物狂いで追ってくるであろうのう」

 にんまりと笑う彼女は、敵に背を向けて走り出す。

 ガランドは不可解な物を見るような目で彼女の背を追うが、直後に後ろから怒声と共に敵軍が追ってくる気配があった。時折降ってくる矢を弾きながら、ガランドは彼女の背を守る。ブランシェは全く後ろを振り返ること無く、前だけを見据えていた。

「おい! そろそろ追い付かれるぞ!」

「そのようじゃな。では、いっその事止まってやろうか」

「あァん!?」

 2キロルほど駒を進めて、左右を木々に囲まれた森の中の通路で彼女は停止する。

「止まったぞ! あの小娘を殺せェ!」

 悪鬼の如く顔を歪めた敵将軍の怒声が響く。

「おい」

 声を掛けるガランドを制して、彼女は右手を挙げる。

「泥豚と罵られたのが、余程気に入ったようじゃのう」

 面白そうに笑う彼女は、右手を振り下ろした。

「その愚昧を、死を以って償え」

 左右の森から一斉に放たれた魔法弾が迫っていた敵軍の足を止める。突然の攻撃に浮足立つ2000の軍勢。炎弾が視界を遮り、水弾が鉄の鎧を凹ませ、風弾が敵兵を吹き飛ばす。

 彼女の周囲には、いつの間にか重装備のマナガード達が集結している。

「姫様、突撃隊の準備は完了しております。何時でも敵の中枢に切り込めますが」

 副官の優男は優雅な礼をすると、彼女は少し考えて首を振る。

「その言葉遣いは優雅ではないのう」

「はっ」

 訝しげに見つめるガンラドの視線の先で、彼女は言葉に反して猛々しい笑みを浮かべると剣を引き抜いた。

「こういう時は、より優雅にこのように呼びかけることにしておる」

 ガランドに悪戯めいた視線を投げかけ、すうっと息を吸い込むと、次の瞬間には指揮官の顔になる。

「賊共の中枢に殴り込みじゃ! 続け!」

「はっ!」

 彼女の周囲に集まったマナガード300が、混乱する2000の軍勢をいとも容易く切り裂いていく。左右からの魔法弾による攻撃と、その隙間を縫うような圧倒的な突破力。瞬く間に敵を瓦解させ、逃げ出す兵を追撃する。

「待て! 逃げるな!」

 大勢は決した。

 逃げ出す兵を鼓舞しようとした将軍だったが、散々に陣形を打ち破られ、守る兵すら居なくなっては、彼も逃げるしか無い。

「くそ、覚えておれよ!」

「そういう台詞は逃げ切ってから言うもんだぜ!」

 馬上から振り下ろされたガランドの大剣が、将軍の兜を叩く。普段なら問答無用で殺すところだが、捕虜にすれば殺す以上の値が付く。その為、ガランドは態と手加減して将軍を生かして捕らえたのだ。

 政治的な駆け引きでブランシェの側に居るガランドは、不本意ながらもそのような戦法を取っていた。

 将軍を含め幾多の兵士を捕虜としたブランシェとマナガードは一兵も損じること無く戦を切り上げると、尋問をするべく将軍を彼女の前に引き出した。

「た、助けてくれ! 何でもする!」

 途端に阿る将軍に、ガランドは不快気に表情を歪めた。

「ふむ……。助かりたいのか。何でもするとな?」

「ああ、勿論だ! いや、勿論です!」

「では、泥豚の真似事をしてみよ」

「はっ!? は、はい!」

 泥の中を這うようにして豚の真似をする将軍の姿に、彼女は哄笑を上げる。

「ふふふ、ふはははは! 面白いのう。面白いゆえ、そのまま聞くが良い」

 用意させた専用の椅子に座り、長い足を組み替えると、彼女は笑みを浮かべたまま冷たい言葉を吐く。

「お主の失態でシーラド王国は決断を迫られることになる。降伏か、我が国との開戦か。だが、シーラド王国はこの度の戦で殆どの兵力を失った。良しんば戦を回避出来たとしても、その後の隣国からの干渉に対してシュシュヌ教国は一切関与せぬ。貴様の国は草刈り場も同然となろう」

 その声が聴こえる度に、将軍はいよいよ泥豚の真似事を必死にせねばならなかった。先程面白いと言った彼女の声が、益々冷えていくのが分かったからだ。

「これからシーラド王国は滅亡の縁を彷徨うことになる。他ならぬお主の所為でな。例え降伏したとしても我が国は同盟の更新などせぬ。賠償金を払わせた後は国交を断絶するであろう。少なくとも妾は全力を以ってそうするつもりじゃ。分かるかの? これから貴様の国の民が味わう塗炭の苦しみが」

 最早彼女の笑みは口元だけであった。目には真冬の吹雪の冷たさ。

「この豚の首を斬れ」

「そんなっ──」

 将軍が何か言い終えるのを待つまでもなく、副官の剣が彼の首を斬り落とした。

「遅い!」

 そう言うなり、彼女は副官の頬を張る。

「失礼いたしました」

「豚に言葉は不要。家畜とは飼い慣らされ、供物として饗されることにのみ価値があるのじゃ」

 驚きに目を見開いた将軍の首を見返し、戦姫は唇を吊り上げて笑った。


◆◆◇


 ゴブリン達とゲルミオン王国の戦において、ゴブリンの王はその姿を未だどの戦場にも現すこと無く、戦線はゴブリン側が一方的に押す状況であった。

 北方から攻め入るギ・ゴー・アマツキは聖騎士リィリィと対峙して一歩も退かず、彼女の軍を北に釘付けにしている。西方から攻め入ったギ・グー・ベルベナとラ・ギルミ・フィシガは、攻城兵器の助けもあって砦群を攻略しつつあった。

 南方から攻め入るギ・ガー・ラークスは、速度を活かして南部地帯から一気に北上。両断の騎士シーヴァラと隻眼の騎士ジゼが欠けた南部にアランサインの神速に対抗する力は無く、易々と国境を突破された。

 聖騎士シーヴァラは、東部で起きた赫月の反乱鎮圧に手間取っていた。

 冒険者達が立て篭もるのは市街地である。得意の会戦に持ち込めないシーヴァラは、根気強く彼らと戦うしかなかった。

 南部の戦線は、ギ・ガー達に突破されると呆気なく瓦解した。

 これは戦力を糾合出来る実力と指揮を兼ね備えた者の不在が原因であった。聖騎士か、或いは軍務卿程の権力を持った者でなければゲルミオン王国南部の力を結集することは出来ない。結果として、纏まりを欠いた貴族達はアランサインに各個撃破されることとなる。

 人間との戦に慣れきっていた南部の貴族達にとって、魔獣を操るゴブリンの行軍速度は異常であった。速度を徹底的に重視したギ・ガーの軍は貴族軍が防御体勢を整える時間を与えず、瞬く間に蹂躙していく。

 軍師プエルは次々と入る報告を天幕の中で聞くと、地図を見下ろして余裕の笑みを口元に刻む。

 その瞳は、遠く雪山や草原を見通して戦場を描き出す。

「獲物は満身創痍。既に逃げ場は無く、逃げる力も無い、と。ふふふ」

 ゲルミオン王国がどう悪足掻きしようとも、ゴブリン達の勝利は動かない。

「後は仕留めて捌くだけ」 

 当代一の名軍師の瞳には、ゴブリン達の勝利の絵姿が明確に見えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ