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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
289/371

痛烈なる反撃

8月15日一部修正。

「いよいよ、追い詰めたな」

 眼前には這々の体で森から逃げ出し、何とか陣形を整えようとしているゴブリン達の軍勢。聖騎士ヴァルドーは事実を確認するように淡々と言葉を口に出した。

 王太子イシュタールの策により、ゴブリンの逃げ込んだ森を焼き払った。煙に巻かれたゴブリン達は火を点けた反対側から逃げ出すと、陣形を作るべく掲げた旗の下に集まっている。

 ここで一挙に東部軍が進軍してしまえば勝負は着くだろう。だが、ヴァルドーはそれを良しとしなかった。彼の目的は王太子イシュタールの軍功である。当然だが、森を焼くからには包囲をしてからでなければ効果が落ちる。焼け出されたゴブリンの軍勢を討ち漏らしてしまっては意味が無い。

 西域のゴブリン勢力を壊滅させることが至上の目的である以上、より完璧に作戦を遂行してこそ死者達は報われる。ヴァルドーは焼き討ちの前に森を包囲し、焼け出されたゴブリン達が向かってくるようなら包囲殲滅すべしと軍を動かした。

 だが、実際にはゴブリン達は森に火が点けられると同時に森を捨てる決心をしたようだ。ここに来てゴブリン達は逃げるのを諦めたらしく、拙いながらも陣形を組もうとしている。

 それを見たヴァルドーは、敢えてゴブリン達に陣形を組ませる時間を与えた。

 全てはイシュタールの為である。

 ヴァルドーの東部軍のみで陣形再編中のゴブリンを撃破すれば、当然ながら戦功はヴァルドーのものとなる。だが、それではここまでゴブリンを追ってきた意味が無い。

 イシュタールの指揮で万全の状態のゴブリンを殲滅する。ここまでやって、漸く親征は成功と言えるのだ。

「森に伏兵の気配は無いのだな?」

 陣形を組み直すゴブリンから視線を外し、ヴァルドーは此処で勝負を仕掛けるゴブリン側の意図を考えた。ここまで逃げてきたのだから、何かがある筈なのだ。

 伏兵か、それとも罠か。

 だが、見たところ罠を設置するのに適するような地形は存在せず、斥候として出した兵士も地面に落とし穴などの障害は存在しないと報告を挙げてきている。

 或いは伏兵の可能性も考えたが、十全とは言えないまでも森を囲むように斥候を出したのだ。多数のゴブリンが森に潜んでいるなら、当然その気配がある筈である。

 先の陣営地前の会戦で、ゴブリンは穴掘りが得意であると見極めがついている。ならば、穴の中に隠れているという可能性もあるだろうが……。

「かなり植生が濃く暗い森でしたが、ゴブリンの気配はありませんでした」

「そうか。地面を掘った形跡もか?」

「はい。念入りに探しましたが、大軍が穴を掘っているような形跡は微塵もなく……」

 穴を掘れば土が出る。急がせたとはいえ、植生が濃い中で土を隠す場所など存在しない筈だ。

「よし、解った」

 3度出した斥候の何れもが同じ報告を挙げてくるのなら、ゴブリンの伏兵は居ないのだろう。例え居たとしても、聖騎士たる自身とジゼがいるなら2正面程度を支えることは難しくない。何より、今回は王国の新戦力である魔法兵団が投入されている。

 ゴブリン達に大規模な魔法兵達が居ない限り、王国の魔法兵団はかなりの効果を挙げることが出来るだろう。

「近衛軍、配置につきました!」

 報告に来た伝令の言葉を確認すると、ヴァルドーは静かに目を閉じて己を落ち着かせる。

「……これで締めだ。我らを悩ます魔物共に、正義の鉄槌を下すのだ!」

 前進を命じるヴァルドーの声に、東部軍を始めとする諸将の軍勢が続いた。


◆◇◆


「3班急げ! 配置が遅れてるよ!」

 煤の付いた頬を拭ってシュメアは指示を飛ばす。

「シュメア殿。亜人とガンラは配置完了だ」

 ガンラの英雄にして弓と矢の軍(ファンズエル)の将軍ラ・ギルミ・フィシガは、中央で人間の部隊を整列させているシュメアに声を掛けた。

「ああ、ギルミ殿」

 シュメアは煤塗れの顔を僅かに緩ませて笑顔を見せる。

「悪いね。戦慣れしていないもんだから、時間がかかっちゃって」

「プエル殿も余り無理はさせるなと言っていた。本来は辺境守備隊の任務ではないのだろう。仕方ない」

 淡々としたギルミの言葉に、シュメアは感心しながらも柳眉を開いた。

「ゴブリンも慰めを言えるようになったのかい? 新しい発見だね」

「事実を言ったまでだ」

 二人が軽口の応酬をしている間に、陣の構成が終わる。二列横隊陣を作った彼らの意図は徹底した防御だった。敵に対する最前列に重武装のオーク、ゴブリン、人間を並べる。二列目には、ガンラの氏族を始めとする弓兵と亜人達。

 攻撃してくる相手を受け止めて反撃に出ようという意図の下に整列した陣である。二列目中央にはガンラ氏族、左右には亜人達が待機している。

「この際だからはっきり言っておくけど、あんまりあたしらの部隊に期待されちゃ困るよ」

「承知している。だからこそ左右に振り分けたのだ。中央のオークとギ・ズー殿の部隊で、何としても敵の攻勢を受け止める」

 最も恐るべきは聖騎士による一点突破である。それさえ防いでしまえば、ある程度は弱兵の辺境守備隊でも持ち堪えられる。

「まぁ、ね。早速だけど亜人達を前に出すよ。機動力で撹乱出来るならしたいし、下手に待って聖騎士なんかに突っ込んで来られたら目も当てられないからね」

「では、頼むぞ」

「お姉さんに任せなさいって!」

 快活に笑ってみせるシュメアにギルミは頷くと、自身の率いるガンラ氏族に戻る。

「さあて、プエルのお嬢ちゃん。作戦通りって所を見せておくれ」

 シュメアは不敵に笑って、亜人達に前進を命じる。

「無理はしなくていいよ! 敵の足を止めとくれ!」

 左右両脇を駆け抜ける亜人達にギルミを通じて指示を出すと、人馬と牙の一族から了解が返ってきた。

 敵は身の丈程もある半円錐型の盾を装備したゲルミオン王国東部軍。それに向かって、先ずは人馬の一族が射程の長い弓矢での攻撃を開始する。彼らの特性たる騎射を駆使した戦術で、走り寄って来る東部軍に射撃を行いながら回り込もうとしていた。

「2番隊、左翼に魚鱗!」

 走りながら隊形を組み直す東部軍は、ヴァルドー指揮下において一糸乱れぬ統率を見せた。鉄すら貫く人馬族の矢だったが、東部軍の盾は円錐型の形状で刺さる部分が極端に少なかった。少し盾を傾ければ矢の軌道が逸れてしまい、真面に刺さらない。

「魔法兵に伝令、援護を!」

 東部軍が亜人の攻撃を受け流している間に、後方に控える魔法兵が放った炎弾が最前線に降り注ぐ。

「くっ……! 距離を取るぞ!」

 人馬の族長ティアノスは、一族の者達を炎弾による波状攻撃から退避させて敵を牽制するに留める。牙の一族も同様で、突撃態勢を取ろうとした牙の族長ミドは、東部兵に近付いた途端放たれる投槍と炎弾による援護射撃を避ける為に文字通り尻尾を巻いて逃げるしかなかった。

「近接戦なら負けねえのにッ! くそがっ!」

 襲い掛かる炎弾と投槍は、牙の一族の突撃態勢を散々に乱した。元々広めに取っていた突撃態勢である。炎弾の次に投槍を放たれ、突撃前に部隊としてではなく個々として分断されてしまったのだ。ミドは、これまでの経験から今の態勢は拙いと判断して方向を転換する。一旦態勢を立て直すべく、ミドは後退せざるを得なかった。

 亜人達を難なく退けたゲルミオン王国軍は、東部軍を先鋒に立てて更に前進する。貴族軍、魔法兵団、近衛、南方軍の順に続き、突撃隊形を取った。

「一挙に敵陣を突破する! 奮え、東部の勇士達よ!」

 左右から牽制する亜人達を一顧だにせず、東部軍は猛進する。

「弓兵、放て!」

 迫り来るゲルミオン王国軍に、ガンラの弓兵達は天に向かって矢を放った。天翔ける鉄の嘴を持った死の鳥達が大地に向けて舞い降りる。

「盾を頭上に掲げよ! 魔法兵!」

 しかし、先頭を進む東部軍は全く止まらない。頭上に盾を翳すと同時に、魔法兵からの援護射撃がゴブリン達に向かって降り注ぐ。それは頭上から降り注ぐ火の雨の如き攻撃だった。

 人間の魔法使いは炎の遣い手が圧倒的に多い。それ故に炎の魔法は頻繁に運用の工夫や改良が為され、実戦を経てより先鋭化していた。そうなれば当然、他種族に比べて使い手の技量は高くなる。彼らが実現させたのは、本来直線でしか放てない魔法を曲射で放つことだった。

 これにより援護射撃は更に有効となる。前進する味方を追い越した炎弾は、盾を構えたオークとゴブリンに直撃した。

「耐えろ! 列を乱す奴は、今此処で俺が殺す!」

 叫ぶギ・ズーとヴェドによって何とか混乱は最小限に抑えたが、既に東部軍は目の前にまで迫ってきていた。

「来るぞ!」

 衝撃に備えるオークとゴブリン達に、それは間も無くやってきた。突撃してきた人間達が盾を翳してゴブリン達に突っ込んだ。人間達が盾と共に体当たりしてゴブリンとオークを押し、踏ん張った足が地面に跡をつける。

 衝撃が去る時間も惜しいとばかりに、近接戦が始まった。東部兵が使うのは近接戦に有利な長剣である。通常よりも短い両刃のそれは、東方剣(スパタ)と呼ばれる東部軍の基本装備だった。斬るよりも突くことに特化したスパタを上下に突き分け、東部兵は自在に攻撃を繰り出す。

 その戦術にオークとゴブリンは苦戦を強いられた。元々彼らは密集して戦う術を充分に訓練出来ていない。魔法による攻撃を防ぐ為に密集した陣形は彼らの普段の動きを封じ、攻撃に転じたくとも持っている武器は近接戦に対応していない長槍なのである。

 結果として戦列は徐々に押し込まれていくことになる。不幸中の幸いだったのは有利な戦況を見越して聖騎士ヴァルドーが最前線に出て来ず、時間を掛けて魔物の軍勢を崩そうとしていることだった。彼は徐々に圧力を強めていき、最終的にゴブリンを追い落とす役目を王太子の近衛に期待していた。

「……先ずは上々、か」

 左右は亜人が牽制を加えている為、衝突した中央の戦列を見てヴァルドーは呟いた。ぶつかる傍から東部軍が敵を押し込んでいる。左右の部隊も、徐々に亜人達の牽制を跳ね除けて敵の人間の部隊と交戦し始めているが、オークやゴブリンと比べれば格段に抵抗が弱い。

 勝利は目前と考えるヴァルドーの耳に、後方から悲鳴と共に信じ難い報告が届いた。

「森の中よりゴブリンが出現ッ! 凡そ4000の大群です!」

「……馬鹿な!?」

 低く呻いたヴァルドーの声は、驚愕に震えていた。


◆◆◇


 ゴブリン達は、如何にして斥候の目を晦まし森の中に潜んでいたのか? その答えは彼らがギ・グー・ベルベナ配下の南方ゴブリンを主体とする軍勢であったことだ。確かに、斥候は陽の差さぬ暗い森の中を地面を中心に見回った。地面の上にも下にも、彼らは潜んでいなかった。

 ゴブリン達が潜んでいたのは木の上。昼尚暗い森の樹上に紛れて、斥候の目をやり過ごしていたのだ。

 更に妖精族の協力で森の生態を多少弄ることにより、その偽装は容易に見分けが付かない程になっていた。大木の枝々の間に潜むゴブリン達は妖精族の魔法により、その姿を梢の中に溶け込ませることに成功していたのだ。

「やっと出番か。しかし、木の上というのはどうも好かん。ガンラや南のチビ共は、どうしてこんな所に住むのだ?」

 ガイドガ氏族の族長ラーシュカは青銀鉄で加工した新しい棍棒で肩を軽く叩きながら、隣で部下に指示を出すギ・ヂー・ユーブに問い掛ける。

「我らと貴方方を木の上まで引っ張り上げる為に散々苦労させておいて、それですか……」

 半ば呆れたようなギ・ヂーの言葉に、ラーシュカは顔を顰めた。

「……仕方あるまい。今まで木の上に登ったことなどなかったのだ」

「まぁ、それは我らも同じですが……。それよりも、ギ・グー殿の軍が突撃を開始しています。我らも急がねば、我が君の望む成果が得られないかもしれません」

「せっかちなことだな。獲物を狙うなら極上を狙わねば意味が無い。そして極上の獲物というのは、一目見れば分かるものだ」

 猛々しい笑みを浮かべたラーシュカは、戦場を見渡した。

 ギ・グー・ベルベナ率いる斧と剣の軍(フェルドゥーク)は、暴風の如き勢いでゲルミオン王国軍の横腹を突いた。その数凡そ3000。

 ギ・グー・ベルベナを始めとしたノーブル級やレア級の高位のゴブリン達を先頭に立てた突進は、東部軍の後ろでファンズエルに襲い掛かる準備をしていた貴族軍を易々と打ち砕いた。

「敵は殺せ! 一人残らず殺すのだ!」

 吠えるギ・グーの言葉に従い、フェルドゥークは悲鳴を上げる人間達を一切の容赦無く薙ぎ払っていく。あっという間に貴族軍の半ばまで侵食し、そこから左右へと敵陣の傷口を押し広げていく。最早隊列も何もあったものではない。

 己の力が全ての混戦である。

 だが、圧倒的にゴブリンの数が多い。横腹から攻撃を受けたのも悪かった。ファンズエルを殲滅する為に突撃陣形を取っていたゲルミオン王国軍は、横から襲撃を受けることを全く想定していなかった。

 そのような事態に即座に対応出来るのは東部軍だけであっただろうが、最精鋭たる彼らはファンズエルと交戦中である。貴族軍にそこまでを求めるのは酷であった。

 まるで熱せられた鉄棒がチーズを溶かすかの如く、易々と貴族軍を撃滅していくフェルドゥーク。南方で奮った暴風の如き爆発力で暴れ回り、人間達を血の海に沈めていく。

 その様子は、ヴァルドーは勿論ジゼからも見て取れていた。

「分断するつもりであるか……!」

 ジゼは戦況を確認すると、南方軍に近衛の右翼に回るよう指示を出す。王太子を守らねばならないという判断での指示だったが、それを目敏く見つけたのがラーシュカだった。

「おう、見つけたぞ。極上の獲物というやつだ」

 訝しげな視線でその方向を確認したギ・ヂーは、華美な装いの者達に合流する部隊を見つけて納得する。

「あれがプエル殿の言っていた敵の首魁でありますな」

「大切な物を隠そうとするみたいじゃねえか。よし! それじゃあ、俺はあいつらを狙うぞ!」

「お伴しましょう」

 ガイドガ氏族500とギ・ヂー率いる(レギオル)が、近衛の前に立ち塞がる南方軍に向かって突進する。その頃には距離を取って牽制に徹していた亜人達も、憎き魔法兵団に向かって突進を開始していた。

「近付いちまえば、魔法使いなんぞ一捻りだ! 突っ込めェ!」

 族長ミドの号令に応じて、牙の一族が猛烈な勢いで魔法兵団に突入する。詠唱していた魔法兵を殴り倒して雪崩れ込む亜人達に、魔法兵団は為す術もなく蹂躙されていった。

「……戦線を縮小する! 2番隊、3番隊は後退せよ!」

 ファンズエルを押し込んでいた東部兵を指揮する聖騎士ヴァルドーは、この戦の勝機が限りなく少なくなったことを感じながら、それでも未だ指揮系統を維持しつつ勝利の目を探っていた。

 この時点でゲルミオン王国軍は3つに分断されようとしていた。だが、そこまで細かい事情は分からなくとも、第一線にいるヴァルドーでさえ敵の凄まじいまでの圧力を感じていた。

「前方の敵、なおも後退!」

 ヴァルドーの視線の先では、東部兵が戦線を縮小するのに合わせて、ファンズエルの第一線が後退していくのが見えた。

「1番隊、前進! 敵を押し込みながら戦線を維持せよ! 2番隊、3番隊は反転し、貴族軍を助けよ!」

 軍の半ばまでを反転させたヴァルドーだったが、後ろから迫るゴブリンの圧力は彼の予想を上回るものだった。その攻撃力は東部兵すら凌駕する程に圧倒的で、最早貴族軍は壊滅寸前である。

 貴族軍の横腹に突撃したフェルドゥークは、先頭に立ったギ・グー・ベルベナらの突進力をそのままに、脇腹を食い破ってしまっていた。

「ナガ、ビグ、タフ! 一部を亜人達の援護に向けろ! 他は俺に付いて来い!」

 戦場の呼吸を読み切ったギ・グーの指示に、幾多の戦役を踏み越えてきたフェルドゥークが従う。

 自軍の3分の1程を亜人が蹂躙しつつある魔法兵団に向けると、他の部下を率いて東部兵に向かった。未だ勢いの衰えないフェルドゥークの突撃は、精鋭で鳴る東部兵を以ってしても容易に受け止められるものではなかった。

 何しろ数が違い過ぎる。東部兵700に対して、ギ・グーの差し向けた戦力は凡そ3倍の2000。一部を前方のファンズエルに向けねばならない為、ただでさえ大きな兵数の差が絶望的なまでに開いていた。

 ヴァルドーは、押し寄せる津波の如き攻撃に徐々に自軍が押し込まれているのを感じた。自ら前線に出る覚悟を固めた直後、後方のファンズエルを任せた1番隊から悲鳴が聞こえた。

「……弓か!」

 味方の逆転攻勢にも関わらずファンズエルが後退したのは、後方のガンラの弓兵からの攻撃に巻き込まれないようにする為であった。降り注ぐ矢は、目の前の敵の対処に精一杯となっていた東部兵へと無慈悲な死の雨となって降り注ぐ。

「今までの鬱憤を今こそ晴らしてやれ! 突撃だッ!」

 ギ・ズー配下のゴブリン達が怒涛の勢いで突撃を開始する。それに触発されたのか、重装備で身を固めたオーク達までもが1番隊に襲い掛かっていた。両正面から圧迫される状況で、ヴァルドーは更に指示を下す。

「敵の攻撃を受け流す! 一転攻勢の後、転身せよ! 2、3番隊は亀甲陣形を取り、右翼へ!」

 自らの渾名となっている双剣を引き抜くと、ファンズエルと戦っている1番隊の前へ躍り出る。

「出たぞ!」

 聖騎士の強さは、先のジゼによってファンズエルのゴブリンとオーク達に強烈な恐怖を刻み込まれていた。

「聖騎士ヴァルドー、此処にあり! 恐れず戦え、東部の勇士達よ!」

 ヴァルドーの双剣が襲い来るオークとゴブリンを迎え撃ち、あっという間に10匹もの魔物の屍を積み上げる。

 弱まった攻勢に見切りをつけると、1番隊の陣形を再編。2、3番隊と合わせてフェルドゥークとファンズエルの攻勢を凌ぎに回る。

 東部軍が何とか陣形を再編し攻勢を凌いでいる中、聖騎士ジゼも目の前に迫る巨躯のゴブリンと激烈な死闘を繰り広げていた。

我は吼え猛る(スラッシュ)!」

 棍棒から放たれる黒い光が一条の閃光となって、幾人もの兵士を薙ぎ倒す。

「っく、遠距離攻撃とは!」

 ジゼは舌打ちしつつ、巨躯を誇るゴブリンから逃げるしかなかった。ゴーウェンのように魔法を無効化することが出来れば話は別であったろうが、ジゼには連続して打ち込まれる遠距離からの攻撃を避けつつ、ラーシュカとの距離を徐々に詰めることしか出来ない。

「突撃だ! 聖騎士は俺の獲物だから他のを狙え!」

 ラーシュカの咆哮と共に、ガイドガ氏族が突進を開始する。

「では、我が軍も行きます。ご武運を」

「ハッ、要らん世話だ! 俺は強敵をこそ求めるのだ!」

 聖騎士を無視して走り出すギ・ヂー配下の軍を見送ると、迫ってきた聖騎士にラーシュカは声を掛けた。

「貴様が、例の聖騎士だな?」

「……ゴブリンにしては随分大きいのである。貴様がこの群れを率いているのか?」

 ジゼの言葉に、ラーシュカは笑った。

「我が名はミーシュカが子、ラーシュカ! ゴブリン最強のガイドガ氏族を率いる者よ! さあ人間、俺と戦え!」

「時間を掛ける訳にはいかんのである! 聖騎士ジゼ、参る!」

 黒光を纏ったラーシュカの棍棒とジゼの曲刀がぶつかり合う。避ける筈の一撃が予想以上の速度でジゼに襲い掛かって来た為だ。ロード級にまでなったラーシュカの一撃は、聖騎士とて真正面から受ければ動きが止まる程の圧を伴っていた。

 一度の攻撃でそれを見極めたジゼだったが、躱すのも容易ではない。騎馬兵達の治療の為に治癒術士達は総出で働かせてしまっている。それ故にジゼの治癒までは手が回らなかったのだ。必然的にギ・ズーから受けた傷はそのままである。

 後方での任務になることだし、少しでも騎馬兵達を助けねばならないとした判断が、ここにきてジゼの動きに僅かな遅れを生じさせている。

 ラーシュカの振り下ろす棍棒が地面を砕き、土煙と一緒に岩石を飛ばす。

我、暴の威風を纏う(ラ・ギリオン)!」

 棍棒に宿る黒い光が、地面を砕きながらジゼに襲い掛かる。ジゼはそれを何とか躱しながら僅かに後ろを振り向き、舌打ちした。

 南方軍がガイドガ氏族の攻撃を受けて押されている。更に、両側から挟み撃ちのような形で整然とした陣容の一軍が攻撃を仕掛けてきている。ギ・ヂー・ユーブ率いるレギオルの攻撃は野性的なガイドガの攻撃と合わせて、容赦なく南方軍に血を流させていた。

「余所見とは余裕だなッ!」

 雄叫びと共に振り下ろされるラーシュカの一撃が、再び地面を砕く。

 聖騎士2人は窮地の中にいた。


◆◆◇


 押し込まれていたファンズエルだったが、ガンラ氏族の援護で戦況が逆転してからは攻勢に転じた。ギ・ズー、ブイらの強力な前衛陣を東部軍に向けると、辺境守備隊とガンラの氏族を以って一気に近衛に迫ろうとしていたのだ。

「ここいらで、いっちょあたしらの力を示してやろうじゃないの! 戦場を大きく左に迂回するよ!」

 シュメアの檄に、辺境守備隊に志願した兵士達は戸惑いながらも頷く。その様子を見て取ったシュメアは笑って問い掛ける。

「何だい? 随分自信無さそうじゃないか」

「あ、姐さん。その……戦況は有利になったし、後はゴブリンとかオークに任せておけば……」

 否定的な意見を聞いても、シュメアは笑みを絶やさず頷く。

「確かにゴブリンやオークに任せておけば、多分上手くいくだろう。だけどね」

 この辺りはまだゴブリンがシュメアに及ばないところだろう。シュメアは威圧すること無く、兵士達に呼びかけた。

「あんた達には力がある! たかが辺境守備隊だと卑屈になる必要なんてない!」

 半信半疑の表情で顔を見合わせる兵士達に、彼女は朗らかに声を張り上げた。

「今まであんたらが戦ってた相手はゲルミオン王国でも精強と名高い東部軍! 指揮するのは、何と聖騎士ヴァルドーだ!」

 それにね、と言葉を付け加えた彼女は、兵士達を見回す。

「今まで戦ってきたのは伊達じゃあない! 貴族連中を倒し、正規兵を倒し、あたしらはここに立っている! どうだい、凄いだろう!?」

 戸惑いながらも、彼らの心に「もしかしてそうなのかもしれない」という思いが沸き上がってき た。

「次なる相手は王族直轄の近衛軍! どうだい? ここらでいっちょ派手に暴れて、子々孫々に名前を残してみようじゃないか! 故郷に帰って家族に自慢するのさ! 『俺達はあの西方第一の軍事国家ゲルミオン王国を負かした辺境守備隊の一員だ』ってね!」

 シュメアが言葉を投げかける度、兵士達の恐怖は高揚へと変わっていく。

「まぁ、無理にとは言わないさ。だけど、あたしは行くよ。こんな機会は二度とない。奴隷から這い上がって一国の王太子を倒すなんて、まるで物語に出てくる英雄みたいじゃないか! さあ、あたしと行く奴は声を上げな!」

 辺境守備隊の全員が、今までが嘘だったかのように雄叫びを上げて前進を開始する。

 シュメア率いる辺境守備隊を、ギルミ率いるガンラ氏族が後続として守る。シュメアの檄で守備隊の人間達から燃え立つような気炎が上がるのを目にしたギルミは僅かに驚愕し、配下の氏族達に指示を下す。

「遮る者は、全て射殺せ!」

 ギルミの檄に応えるように、ガンラ氏族の弓兵達はシュメア率いる辺境守備隊の行手に立ち塞がろうとする敵に斉射を浴びせ、更に迫ろうとする部隊を牽制する。

 動き出した辺境守備隊はガンラの氏族の援護もあって、殆ど妨害されることなく王太子率いる近衛の元に辿り着く。反対側からはガイドガ氏族とギ・ヂーのレギオルが南方軍に圧迫を加え、近衛の移動を妨げていた。

「援護せよ! この戦に我らの勝利を刻み込め!」

 ガンラの英雄ギルミの声に応えて、氏族達は近衛に矢を射込む。それが止まぬ内に、シュメア率いる辺境守備隊は突撃を開始していた。

「突っ込めェ!」

 彼女自身も短槍を振り回し、すれ違い様に近衛兵を串刺しにしながら走る。だが、最早勝負は見えていた。シュメアの檄で士気高く突撃する辺境守備隊に近衛達は押され、王太子が矢傷を負ったことで潰走する。

 王太子率いる近衛の敗走によって、この会戦の大勢は決する。

 後に三ツ森の(ラクシュト)会戦と呼ばれるゲルミオン王国とファンズエルを主体としたゴブリン軍の会戦はゴブリン側の勝利で終わり、これ以降のゲルミオン王国の劣勢は誰の目にも明らかとなった。

次回更新は8月17日

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