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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
284/371

西域を巡る戦い

 ゴブリンの王は南方の統一を成し遂げた後、旧エルレーン王国を後にして北上の途についた。目指すはゲルミオン王国である。自身の騎馬隊と南東を占領したギ・ガー・ラークスのアランサイン。プエナ戦役を終えたギ・グー・ベルベナのフェルドゥークを引き連れての行軍である。

 西域方面にて再度軍を編成した後、ゲルミオン王国へ雪崩れ込む予定である。軍師プエルは、時期は収穫期を終えた後が最適だと王に進言する。一つには膨れ上がったゴブリンの軍勢の兵站の問題である。プエナでもそうであったようにゲルミオン王国方面は人間の勢力が優勢な為、餌になる巨大な魔獣が存在しない。これをこのまま放置していたのでは略奪を行わねばならなくなる。

 それはゴブリンの王の望むところではなかった。

「ファティナからの食料の輸入。更に全軍を維持する携帯食料を確保するには、その程度の時間は必要になります」

 二ヶ月程先になる戦に向けて、ゴブリンの王は北上を開始したのだ。二ヶ月あるとて、ゴブリンの王が暇になる訳ではない。プエルに指摘されるまでもなく軍を魔獣の跋扈する西域に進め、保存食を確保させるのと共に攻め入る為の軍勢を再編成しなければならない。

 プエルの策に従って3方から攻め入るべく準備を整えているが、誰にどこを任せるのかという問題もある。ギ・グー・ベルベナ、ラ・ギルミ・フィシガ、ギ・ガー・ラークス。3匹の将軍に任せる地域の検討と、更にはその下に誰を付けるのかというのも重要だ。

 ラーシュカやギ・ズー・ルオなどの、個人若しくは少数精鋭での武を奮うことに長けるゴブリンらを組み替える必要があるのかどうか。だが一匹だけ、このゴブリンでなければ任せられない地域がある。

「我が王よ。御召しと聞き、参上致しました」

 野営中のゴブリンの王の前に片膝を付いて頭を垂れるのは剣王ギ・ゴー・アマツキ。ゴブリン一の剣士にして、バロン級を誇る強者である。

「うむ。ギ・ゴーよ、ゲルミオン王国に攻め入る際、お前に北方からの侵攻を任せる」

「……有難き幸せ」

 曲刀を腰に差したギ・ゴーは、一層頭を下げてゴブリンの王に応える。

「必要な戦力を言え」

「兵士を30、後は雪鬼(ユグシバ)の一族のみにて結構でございます」

「足りるのか?」

「無論」

 王はその答えに満足して頷いた。

「王よ、一つ質問が」

「何だ?」

「敵将の首、討ち取ってご覧に入れましょうか?」

「緋色の乙女リィリィ、でしたか。魔剣を使う聖騎士だそうです」

 プエルが資料を読み上げると、王は僅かに逡巡した。

「……いや、聞きたいことがある。なるべく生かしておけ」

「御意」

 立ち上がって退出するギ・ゴーを見送ると、他の方面を誰に任せるか更に検討を進めるべく、王はプエルの助言を受けながら軍容を詰めていった。

 南方から攻め入るのはギ・ガー・ラークスのアランサイン。何よりも速度を優先させたその軍は、シーヴァラの南方軍を抑える為の要と言える。西から攻め入るのはギ・グー・ベルベナのフェルドゥーク。ゴブリンのみで構成された軍だが、これにギ・ヂー・ユーブの(レギオル)を加える。

 西方を塞ぐ八つの砦を攻略する為には攻城兵器を扱える者が不可欠だった。先の戦でクシャイン教徒の使う攻城兵器を幾つか譲ってもらったとのことなので、それを使う要領をゴブリン達にも浸透させねばならなかった。

 時間を掛けても問題ない場所にはアランサインよりもフェルドゥークの方が適しているとゴブリンの王は判断する。

「敵の聖騎士を抑える為には、こちらも個人の武に優れた者を揃えなければなりません」

 プエルの進言を尤もだと納得した王は、それぞれに特務部隊を配置することで聖騎士への備えとした。

 西にはガイドガのラーシュカ。

 南にはギ・ザー・ザークエンドと妖精族のフェルビー。

 決して一対一にならぬように言い含め、彼らをそれぞれ西軍(フェルドゥーク)南軍(アランサイン)に配する。

「さて、最後はこの俺自身だが」

「それに関しては今暫しお待ち頂きたく」

 常に明晰な答えを返すプエルらしくない言動に、ゴブリンの王は僅かに眉を顰めた。

「一つ問題があります。敵の大軍が西域を侵す場合の対処です」

「今まで奴らは護りに徹してきた。打って出てくるか?」

「ゲルミオン王国の王太子が、自ら軍を率いて出陣してくるとの情報があります」

「王太子……後継者か」

 ゴブリンの王は太い腕を組み替えて唸る。

「西域で王太子を確実に殺さねばなりません」

「捕らえて交渉材料にするのはどうだ?」

「王の望みは、彼の国の領土を併呑することにあると推察しますが」

「その通りだ」

「ならば如何に人の親としての愛情が深かろうと、そればかりは相手が呑みますまい。相手は尊厳王とまで呼ばれる傑物です」

 ゴブリンの王は瞑目して考え込む。

「……その王太子が我が軍門に降るなら──」

「王、御不快を承知の上で進言致します。国を獲るとお決めになったのなら、国王とそれに連なる一族は殺し尽くさねばなりません。幼子も、姫も、年老いた老人ですらも。何故なら、そうでなければ国民が納得しないからです。ゲルミオン王国の全ての民に敗北を認めさせる為にも、王族に情けは無用です」

 プエルの言葉は正論である。それはゴブリンの王自身も感じていた。

 ゴブリンという種族を人間達に認めさせねばならない。その為に流される血は必然である。

 ゴブリンの王が躊躇うのは今度の戦に余裕が見えるからだ。南方での戦いで力を付けたゴブリンの軍勢にとって、ゲルミオン王国は放置することは出来ないが、半ば以上に勝利が見えている相手なのではないかと思ってしまった。

 豊かな南方を領したことにより兵を養う余裕が出来た。余裕を以って相手の出方を注視伺える立場に立った今、ゴブリンの王の悪癖たる甘さが出てしまっていたのだ。

「……全くお前の言う通りだ。至らぬ俺を赦せ」

「いいえ。貴方の優しさは臣下の誰もが感じていることでしょう。それは個人の美徳ではありますが、支配者としての美徳とは言えません。お許し下さいませ」

 王は頷くと、決然とした態度で言い切った。

「ならば殺さねばならぬな。我が領土を侵す者は、何人たりとも許さん」

「はい。その為に智謀の限りを尽くさせて頂きます」

 プエルは一層深く頭を垂れる。その日の内にゴブリン王から最前線のラ・ギルミ・フィシガに向かって伝令が放たれる。

 “敵を西域に引き込み、誅殺すべし。我が領土を侵す者に鉄槌を下せ”

 苛烈な言葉を伝えられたギルミは、その文言に王の怒りを見た気がした。

「これは……王は怒っておられるのか」

 背に冷たいものを感じながら、ギルミはシュメアに相談する。

「王様は、そんなつもりじゃないと思うんだけどねぇ」

「だが、これまでにない強い言葉だ。これに負ければ、王の怒りは俺に降り掛かるかもしれん」

「ふぅん? でも、別にいいんじゃない?」

「……何?」

「あたしとアンタで頭を絞って作戦を考えた。これ以上ないって程にね。今更、王様の言葉一つでオタオタしたって仕方ないでしょ」

「……確かに、その通りだ」

 シュメアの言葉に目を見開いて驚くギルミだったが、僅かな敬意と共にシュメアに笑いかける。

「やはり貴女は大将の器だな」

「やめてよ、柄にもない」

 シュメアはカラカラと笑うと、作戦の確認をする。

「斥候は出してるけど、敵の動きが無いようならこっちから誘導する。これは変わらないね」

「ああ。闘いながら奴らを引き込み、殲滅する」

「それじゃ、兵士達に訓練をつけてくるよ」

 歩み去るシュメアに、ギルミは感謝を捧げた。


◆◇◆


 血盟(クラン)赫月(レッドムーン)の盟主たる狂刃のヴィネは、届けられた便箋に目を通すと整った口元を釣り上げて楽しげに笑った。

「おいおい、今度は戦だと? くははは! あのお嬢ちゃんはつくづく愉快な奴だなァ、おい!」

 一人静かに武器の手入れをする土の妖精族のベルク・アルセンに語りかける彼女は、この先自分の手で斬り殺す人間の感触を想像しているのだろうか。

「金が手に入るなら、どちらでも構わない」

 ベルクは視線を上げずに返事をする。

「ああ、全くだぜ。後は人が殺せればアタシは言うこと無しだなァ」

 この性格破綻者と付き合っていくには、この程度の言動で驚いていては身が保たない。それを熟知しているベルクは全く動じずに返す。

「それで、どこと戦だ。赤の王の残党か?」

「いんやァ、ゲルミオン王国に喧嘩を吹っ掛けろってよ」

 楽しげに笑うヴィネに、流石のベルクも驚愕を滲ませて問い返す。

「……一国に戦をか?」

「楽しくなってきたなァ、おい!」

 難しい顔をして考え込むベルクに、ヴィネは常と変わらず酒を飲みながら問いかける。

「あン? どうしたのよベルクちゃん。まさかビビッちゃった?」

「いや、便箋を見せてくれ」

「ん~? ほらよ」

 一通り内容を確認したベルクは、ヴィネに向き直る。

「前から思っていたが、プエルの後ろにいるのはゴブリンの王だな」

「ゴブリン? あの緑のちっちぇ連中か?」

「いや、恐らく相当に高位のゴブリンだろう。南方で暴れているという話は聞いていたが……彼女はそれと手を組んでいるらしいな」

「へぇ~……」

 ドロリとした目でベルクを見返すヴィネは、それだけ口にすると更に酒を煽る。

「おい、ベルク。あのお嬢ちゃんが胡散臭えのは今に始まったことじゃねえ。今更ガタガタ騒ぐようならてめえだろうと殺すぞ」

 ヴィネはドスの効いた声で脅しをかけるが、ベルクは意に介さず首を振る。

「別に、それ自体が問題なのではない。金さえ払ってくれれば誰の依頼であろうと遂行する。事の善悪は別にしてな。ただ……もしかすると我が土の妖精族(ノーム)の隆盛に関わる問題なのかもしれんと思っただけだ」

「あン? お前ンところのか?」

「そうだ。一度、長老達に連絡を入れた方が良いかもしれない」

「ふぅん? まぁ、お前が必要だと思ってんならそうしといてくれ。アタシも折角の投資が無駄になるのは御免被るしね」

「分かった。俺の方から連絡を入れておこう。……お前からも言付けがあれば送っておくが?」

「……別にねえよ、そんなもん」

 どこか拗ねたような口振りのヴィネ。

「そうか。ヴィネが宜しくと言っていたと伝えておこう」

「い、いらねえよ! バカ!」

 珍しく慌てるヴィネを置いてベルクが出て行く。それと入れ替わりに不幸なルーとシュレイが入ってきた。途端にヴィネは獲物を見つけた肉食獣のような目付きになる。

「おう、ガキども喜べ! 大好きなプエルのお嬢ちゃんから手紙だぜ」

 眼を輝かせる二人に、ヴィネは邪悪な笑みを浮かべて続きを口にする。

「今度は国相手に戦だァ! しっかり殺せよ! あっははは!」

 二人分の悲鳴が聞こえたのは、その直ぐ後だった。


◇◆◆


 その日、ゲルミオン王国では征西を記念するパーティーが開かれていた。総指揮官としてイシュタール・ド・ゲルミオン。それを補佐するという形で聖騎士ヴァルドーと聖騎士ジゼの名前がある。王太子の出陣とあって、普段は首都近辺に駐屯する近衛兵、聖騎士の指揮下である2個騎士団、更に国王直属の魔法兵団を動員し、総数は4000にもなる。

「おお、久しいな。ヴァルドー殿」

「お久しぶりです。ベードル卿」

 苦み走った硬い表情に無理矢理笑顔を浮かべた中年の騎士は、鋭い視線を和らげてベードルに挨拶を返す。

「此度の出陣、東方から麾下の精鋭を引き連れて来たそうだな?」

「王太子の無事を思えばこそです」

「ははは、相変わらず謙虚なことだ。その心がある限り、敗北はなかろう」

「ありがとうございます」

「そこで物は相談なのだが……今回の遠征、一つ貴族達の子弟を加えてやってはくれないだろうか?」

「……王太子への忠勤、ですか」

「まあ、そういうことだ。何分、次代を担う王太子殿下は東部で修行を積まれるばかりで、殆ど王都に戻ってこない。その所為か、若き花々には神秘の人などと噂されておる。それがなくとも、若く野心溢れる貴族の次男三男坊達からすれば、此度の戦は千載一遇の機会に思えるのだろう」

「……戦は常に命を懸ける場です。彼らはそれを分かっているのでしょうか?」

「儂からも何度も言って聞かせているのだがな……どうにも」

 顎に手を当てて考えるヴァルドーは、一つの提案を前提にその話を受ける。

「私が一度手解きをしましょう」

「是非そうしてやってくれ。我が家の馬鹿息子も混じっているが、遠慮なく叩きのめしてくれて構わん」

「ビクトルも?」

 以前会った時は未だ自身の腰辺りまでしかなかった幼い少年の姿を思い浮かべて、ヴァルドーは首を傾げる。

「今年で16になる。反抗期というやつかな? 親の言うことなど少しも聞かん」

 苦笑いするベードルは、それでも可愛い息子だと暗に語っているようだった。

「……おや? 随分珍しい方も来ていらっしゃるようですな」

 暫く他愛もない雑談をしていた二人だったが、不意にヴァルドーがベードルに話を振る。

「ん? おお、宮廷導師殿か」

 今代のゲルミオン王国軍は魔法使い達を多く召し抱えている。冒険者や市位に住まう者達の中から、その片鱗を見せる者を王国軍の戦力として育てようという方針である。その主導的な役割を果たしたのが、彼らの視線の先に居る初老の女性だった。

「“人形遣い”ファルミア殿か……。この度のような戦はお嫌いだった筈だが」

 ベードルの言葉が聞こえた訳でもないだろうが、人形遣いと呼ばれた老女が彼らの方へ静々と歩いてくる。

「ご機嫌いかがですか? 軍務卿」

「ええ、おかげ様を持ちまして。宮廷導師殿」

「双剣の騎士殿も」

「はい」

「この度は、魔物との戦と聞きましたが」

「ええ、何でも西域でゴブリン共が些か調子に乗っているようでしてな。奴らを懲らしめてやるのが此度の戦の狙いです」

「そうですか……」

 僅かに痛みを堪えるかのような表情をしたファルミアだったが、それを直ぐに微笑の下に隠す。

「なぁに、ご心配召されるな。この双剣のヴァルドー殿が居る限り、ゴブリンなどに遅れは取りませぬ。のう?」

「微力を尽くします」

「ははは、謙虚なのも時には面倒なものだな。お主の腕ならゴブリンの首の100や200は容易だろうに」

「戦の上でのことなれば」

「……では、私はこれで」

 無言で礼を返す二人に、ファルミアは小声で呟いた。

「ゴブリンとて生きているでしょうに……」

 ベードルには聞こえぬ独り言もヴァルドーの耳には入る。だが、彼は眉を顰めただけで然したる反応もなく、彼女の後ろ姿を見送った。

「どうかしたか? ヴァルドー殿」

「いえ、気の所為でしょう」

 それ以降双剣の騎士は口を噤み、彼女の話題が出ることはなかった。


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