戦姫の再臨
南方統一を果たしたゴブリンの王は、エルレーンの執務室で軍師プエルと共に戦力の確認作業を行っていた。これから目指すのは大陸西部のゲルミオン王国並びにシュシュヌ教国の打倒である。
軍事国家ゲルミオンは武の象徴たる聖騎士を六人に減じたものの、未だその権威は健在であり油断することは出来ない。一方で草原の覇者シュシュヌ教国は未だ戦姫の後継者争いの渦中にあり、殆ど内戦状態であった。それ故に付け入る隙は十分にあると考えられる。
先ずゴブリンの王直属として騎馬兵が500程。片腕のギ・ベー・スレイを筆頭に全てをレア級以上で固めた陣容は、高い戦闘力と忠誠心を持ち合わせ獰猛な魔獣を騎馬とする国内最高の戦力であろう。
続いて軍の中で最も高い地位に有る4将軍である。
長腕のナイト級ゴブリン、ギ・ガー・ラークス率いる獣と槍の軍。王の騎馬隊から200のレア級ゴブリンを配され、機動力を最も重視した編成になっている。暗黒の森に住み暮らす氏族のゴブリンの中から族長ハールーを筆頭にパラドゥアゴブリンの騎獣兵が陣容に加わり、血盟誇り高き血族からは副盟主のザウローシュを筆頭に騎馬兵が組み入れられていた。更に迷宮都市トートウキ攻略に際して、現地の冒険者を少なからず雇用している。
「アランサインは総勢で2000程になります。先の戦での死傷者を補充していませんので」
頷く王に、プエルは次の資料を見せる。
デューク級ゴブリンであり、王に次ぐ統率力を持つギ・グー・ベルベナ。斧と剣の軍を率いる猛将であると同時に、暗黒の森の南方地域を支配する巨大な群れの長でもある。先の戦においては蒼鳥騎士団の攻撃に耐え続け、守勢に強いことを証明した。攻撃時の爆発力は高いが、守勢に回った時の粘り強さは人間に劣るというのが一般的なゴブリンの特性である。その特性を持ちながら、人間に負けぬ粘り強さを発揮させるギ・グーの統率手腕は得難いものだった。総数はゴブリンのみで3000。これにプエナ戦役で現地徴発した人間兵を加え、3500がフェルドゥークの戦力である。レア級ゴブリンは300を超え、ノーブル級ゴブリンも3匹抱える4将軍の中では最大規模の軍である。
氏族出身のラ・ギルミ・フィシガが率いるのは弓と矢の軍。ゴブリンの王の目指す理想に最も近い混成軍であり、牙の一族や人馬の一族を始めとする亜人達、更にデューク級であるギ・ズー・ルオ率いる武闘派ゴブリンらを傘下に収めている。
支配下の魔物であるオークや人間の辺境警備隊と協力しつつ、ゲルミオン王国を抑える役目を与えられている。純粋なゴブリンの総数はガンラ氏族とギ・ズー配下のゴブリンを合わせて500程しか居ない。そこに亜人勢力から600、オークから400程の兵力が供出されている。これに辺境警備隊の500を加えて、合計2000の軍勢となっている。
同盟関係であるクシャイン教徒と共に支配地域の北東を担うのは、ギ・ギー・オルドの魔獣軍とギ・ヂー・ユーブの軍を中心とした双頭の獣と斧の軍である。魔獣軍の獣士ゴブリンだけで凡そ300。その内、レア級以上が20程。ギ・ヂー・ユーブのレギオルが500で、レア級以上のゴブリンは40程である。
この軍は魔獣を中心として構成されており、魔獣の数とクシャイン教徒の兵力を合わせれば総数は弥が上にも変動する。ギ・ギーが正確な魔獣の数を把握していない為、実数は2000から3000程だと推測される。
「締めて、主力の総兵力は約1万となります」
プエルの言葉にゴブリンの王は頷き、続きを促す。
王の直属の騎馬隊があるが、主力とは別に特務部隊が存在する。主力には組み入れられなかったものの、ゴブリンの軍勢を構成する重要な能力を有した者達を編成した隊だ。
雪鬼は、戦士を200程供出出来るようになっていた。元々はゲルミオン王国の北部に住み暮らす蛮族だったが、ゴブリンの王に協力した功績によって西域北部の土地で生活している。暮らし易い自然環境の中で彼らは総数を増やしていたのだ。子供らが戦士として成長し、以前は100名がやっとだったが、今では2倍の戦士を供出できるようになっていた。
四氏族最強とも噂されるラーシュカ率いるガイドガ氏族からは戦士400が供出されている。ゴブリンの中でもオークに勝るとも劣らない巨躯と怪力を誇る一族であり、族長のラーシュカも王に次ぐ高位のロード級ゴブリンである。
忍び寄る刃のギ・ジー・アルシル率いる暗殺部隊は手勢を200に増員し、二正面での諜報活動に従事していた。ギ・ジー自身は、階級の低い者達を率いつつギ・ギー・オルドの守る北東方面に展開。更に己の部隊から階級が上がった者を分隊長とし、西域正面に派遣している。
予備兵力扱いだが、暗黒の森にて交易路の警備を担うゴブリンも居る。神域を侵す者ギ・アーと遠征者ギ・イー。其れ等王直属のレア級ゴブリンらに率いられ、妖精族や亜人の集落、更には旧植民都市ミドルドまでの輸送経路の警備を主任務とするゴブリン達である。
深淵の砦から巣立った直後の新兵のゴブリンが経験を積む為に充てられることが多く、その数は400匹程度である。定数は決まっておらず、生まれたゴブリンの数によって変動する。
ギ・ザー・ザークエンド率いる祭祀達は、総数を500に増やしていた。深淵の砦で生まれるゴブリンの中から一定の素養を見出されて進化した祭祀達は、水術師ギ・ウーの指導の下に訓練を積む。最前線で活躍するギ・ザーやギ・ドーなどの高位のゴブリンに比してギ・ウーの役目は地味であるが、祭祀達が少数ながらも一定の数を確保出来ているのは、ギ・ウーの活躍あってこそだった。
風の妖精族からの義勇兵は筆頭戦士となったフェルビーが率いている。300人からなる美々しい戦装束を着込んだ美男美女の部隊であり、人間の都市を占領する際の使者など、交渉事に欠かすことの出来ない存在である。
加えて魔法と弓の腕はゴブリンなど及びもつかない程の技量を有しており、少数ながら後方を固める部隊として様々な戦に参加している。
最後にクザン率いる医療部隊。ゴルドバ氏族を中心に編成されており、更に冒険者の治癒術士を数名雇用している。数は少ないながらも、ゴブリンの軍勢の後方を支える貴重な戦力である。
「我ながら、よくぞここまで育ったものだ」
感慨深げなゴブリンの王の言葉に、プエルも頷く。
「はい。南方を統一した今、情勢は此方に有利です。エルバータ殿を中心に無理なく養える軍の総数を計算してもらっている最中ですが、試算の段階では未だ数万程養える余裕があるのではないかと」
ファティナの穀倉地帯を抑えたのが大きかったとゴブリンの王は思慮する。同盟関係にあるクシャイン教徒と度々会談をして情報を仕入れているが、ファティナで生産された穀物は南方諸国へと売却される分に加えて、何とシュシュヌ教国にまで出荷出来る程の量があるのだ。
それをゴブリン側に回せば、養える兵の数は格段に増えるだろう。
「我らは、待てば待つ程力を増すことに為るでしょう」
「……では、今は力を溜めるべきか」
「ですが、そんな事は勿論ゲルミオン王国も分かっている筈。此方の思惑通りに休ませてくれる程、容易い相手ではありません」
後顧の憂いを断ったゲルミオン王国が死に物狂いで戦を仕掛けてきた場合、ラ・ギルミ・フィシガ率いるファンズエルだけでは対処が難しい。
そうなれば、ギ・グーのフェルドゥークやギ・ガーのアランサインを投入せざるを得なくなる。
「南部に進出してくる可能性は?」
「クシャイン教徒が丁度良い盾になってくれるでしょう。それにゲルミオン王国の主力は歩兵です」
プエルの答えにゴブリンの王は納得する。南部は広大であり、それを支配するにはゲルミオン王国の兵力だけでは不足しているのだ。人口30万と号していても、それが全て兵士となる訳ではない。30分の1が兵力だとしても多過ぎる程なのだ。
少ない兵力でクシャイン教徒の居城たるクルディティアンを抜くのは非常に難しいだろう。また、その気になれば国民が全て兵になるクシャイン教徒はゲルミオン王国の侵攻を決して許しはしない。再征服したファティナの領有を手放すとは思えなかった。
この2つの要因が壁となって、ゲルミオン王国の侵攻を防いでくれる。南部に不安のない今なら、攻め入る場所を此方から選べる余裕すらあるのだ。
「ゲルミオン王国への侵攻計画をお話しても?」
「ああ、構わん」
「ゲルミオン王国への侵攻経路として考えられるのは3箇所です」
西域からの経路、南方からの経路、北部からの経路。それぞれ一長一短ではあるが、最も大軍を動かすのに有利なのは南方だった。
「その全てを使ってゲルミオン王国へ攻め入ります」
「戦力を分散するのか?」
「正確には敵の聖騎士の拘束を目的とし、3つの経路全てに我が軍を配します」
「ふむ、敵の主戦力の拘束か……。だとすれば」
「はい。我が軍は何れかに戦力を集中させた後、一気に国境を抜き去り、王都を目指します」
敵の最大の脅威は、聖騎士と呼ばれる巨大な個人戦力である。それを一箇所に纏めて運用させないことを主眼に置かれた戦略だった。ゲルミオン王国は四方に聖騎士を配置し、国土の拡大と防衛を担わせている。その全てを拘束してしまえば一度に戦う敵は一人となる。
王都を落とした後反転し、聖騎士を一人ずつ潰していけばいい。ゲルミオン王国の防衛体制を考慮に入れた戦略に、ゴブリンの王は満足そうに頷く。
「ゲルミオン王国が我らを引き込むという可能性は?」
「一度西域を奪われております。貴族達が納得しないのではないでしょうか」
プエルはゲルミオン王国にかなりの比重を置いて戦略を練っていた。当然それに伴って諜報活動も活発化させている。先のプエナ戦役は殆ど準備もなしに始まってしまった為、情報不足から敵の数を読み誤り、本陣にまで切り込まれてしまうという事態に陥ったのだ。
万全の備えの下、彼の国を取らねばならない。
自由への飛翔の生き残りの血盟員達を使った諜報網を張り巡らせて動向を探る。その甲斐あってか、彼女の元には王宮内の争いまでも聞こえてくる。付け込まない手はなかった。
王孫イシュタールを中心に軍部が西域へ戦を仕掛けようとしている。更には貴族達の反発。老王アシュタールは其れ等の動きを押さえ込めなくなってきている。そのような事態までも彼女はほぼ正確に推測出来ていた。
「彼の国は、近々大きく動く可能性があります。シュシュヌ教国の内乱がそろそろ終結するという話が聞こえてきますので」
「西域……。ギルミとシュメアか」
「御意。ですが、この戦は敵を西域に引き込み、完膚なきまでに叩き潰さねばなりません」
ゴブリンの王はプエルの強い言葉に片方の眉だけを上げた。
「この戦を契機に、ゲルミオン王国を引き裂いてみせましょう」
「期待している」
頭を垂れるプエルは、更にゴブリンの王に進言した。
「ですので……どうか御身体を慈しみ下さい。貴方が倒れれば王国は崩壊します」
「大袈裟だな」
苦笑するゴブリンの王に、プエルは鋭い視線を向けた。
「いいえ、冗談ではありません。最早匂いすら分からないのでしょう?」
「……」
沈黙を肯定と取ったプエルは退出する。
「だからこそ、急がねばな」
ゴブリンの王は自身の拳を握り締めた。
執務室を退出したプエルは、外で待っていたギ・ザー・ザークエンドと合流して歩き出す。顔を顰めるギ・ザーは、まるで苦手な物でも見るような視線で彼女に問い掛ける。
「で、王の体調は?」
「全く鼻が効かないようです。このカルトネの匂いにも反応がありませんでした」
「この強烈な匂いに反応しないのか……」
ギ・ザーは、嫌悪を込めてプエルの手元の袋に視線を落とす。魔物の嫌がる匂いを放つカルトネという植物の根を乾燥させ、粉末状にしたものを入れた魔物避けの匂い袋である。
プエルがそれを仕舞うと、ギ・ザーは大きく息を吐いた。それを見計らって、彼女は問い掛ける。
「ギ・ザー殿に任せた件はどうなっていますか?」
「先日、その大臣とやらに接触させた」
「報酬は惜しまないようにお願いします」
「金など惜しむものではない。況して王の体調に係る問題だ。幾らでも積み立ててやる」
「結構。では、私はこれで」
立ち去るプエルを見送り、ギ・ザーは王の執務室を振り返った。
「王の命令のまま動くのは臣下としての怠慢だ。そうだろう……?」
口元を引き結んだギ・ザーは、謀略を以ってゲルミオン王国を切り崩そうとしていた。
◇◆◆
戦姫クラウディア逝去の報は四方を駆け巡り、様々な反響となってシュシュヌ教国に返ってきていた。
王の意向により国を挙げての葬儀となったその場には国内の重鎮ばかりでなく、シュシュヌの東方で小国家群を形成する国々からの使者や、西方ゲルミオン王国、クシャイン教徒、果ては東方の聖王国アルサスや海洋国家ヤーマからも使者が訪れていた。
大規模な割に粛々とした葬儀を取り仕切ったのは、クラウディアの孫娘ブランシェである。齢18の彼女は、クラウディアに可愛がられることはあっても軍事的な活躍は一切見せていなかった。
その為に後継者争いを演じる軍の将校や貴族などから距離があり、それが故に王から大任を命ぜられたのだ。
葬儀に出席した者達の中には、嘗てクラウディアと共に戦場を駆け抜けた冒険者や傭兵達の姿もあった。国の体面に関わると反対する貴族達の意見をブランシェは平然と無視し、国王に直訴。傭兵や冒険者の出席を認めさせた。
クラウディアの棺を護るのは生前と変わらず魔導騎兵達である。
“死しても、忠誠を忘れず”
マナガードに任命される際の誓いの言葉通りにクラウディアの棺を護る姿は、参列者達に感嘆の溜め息を漏らさせた。
大陸中央の大国たるシュシュヌ。この国の武力は、大貴族の三公爵家の私兵と王家直属の兵士によって成り立っている。戦姫クラウディアは大貴族の当主と王家直轄軍の総司令官の地位を兼ねていた。故に彼女の後継者とは、シュシュヌ教国の武の最高位を継ぐことに他ならない。
ブランシェ自身も、これまで魔導騎兵達を保有する公爵家の息女として注目を集めることはあった。無論それは戦姫の後継者という意味ではなく、その地位を得る為の道具としての注目である。
陽の光など浴びたことのないような白磁の肌に、祖母譲りの鳶色の瞳。女性にしては長身であり、髪の色は祖父と同じ鮮やかな金色だった。
「──50年前、クラウディア・リリノイエは剣を以って国を支えました。以降、幾度かの危機と幸運を経て彼女は戦姫の称号を得ることになりました──」
だが、この日を境に彼女の境遇は一変する。
故人に捧げる弔辞を彼女が読み上げた時、居合わせた者達は一様に困惑した。普通、弔辞というのは故人の遺徳を讃え偲ぶものだ。
「──彼女は国の威信を取り戻し、今眠りにつきました。そんな彼女の血を最も色濃く受け継いだ私は、そのことを誇りに思います」
ただ、その中で幾らかの者達だけが彼女の弔辞の意味を理解した。
宣戦布告である。
自分こそがクラウディアの後継者である。リリノイエ家の後を継ぐブランシェ・リリノイエこそが新たなる戦姫である。彼女はそう軽やかに宣言したのだ。
その後、彼女は三ヶ月で対立候補達を一人残らず潰した。
その鮮やかな手腕は生前のクラウディアを想わせる程に鋭く、彼女に従う魔導騎兵の雄姿と共に戦姫の再臨を内外に強く知らしめることとなった。
◇◆◆
旧植民都市ミドルド。
今や7000人規模の人口を誇る人工都市。其処に組合が設立されたのはつい最近のことである。国営の求人所と言うべきものを設置したのは西都の総督ヨーシュである。剣闘士奴隷として各地を旅した経験のある彼は、幾つかの小国の街で見かけた冒険者ギルドというものを模倣したのだ。
ミドルドの総督の地位にある妖精族のシュナリア姫も設置に積極的であった。その理由はギルドの有用性を認めたからである。商会からの依頼という形でギルドに持ち込まれる依頼は、一度難易度の精査を受けた後に掲示板に貼り出される。
ゴブリンを始めとする魔物と共存する国という特殊性を考慮して魔物の討伐依頼などは無いが、魔獣の駆除や薬の材料の収集依頼、或いは荷馬車の護衛など、様々なものが存在する。
未だ大きな商会が育っていない為に主な依頼は総督府から出されている。街道の整備や街壁補修の為の材料の運搬。健康な体さえあれば可能な単純労働から始まり、建築などの特殊な技能を必要とする依頼まで。
貼り出される依頼を一早く取得しようと、ギルドのホールには人が常に入り浸っている。それを見越して酒場を併設しているのだから商魂逞しい。文字が読めない者の為に通訳士などという仕事も登場し、思いの外好評を得ていた。
そんなギルドの喧騒の中に、耳を半ばまで切られた妖精族の娘の姿がある。依頼を受けるカウンターに突っ伏し、体中の力が抜けたかのようにへたり込む少女に受付の男も苦笑する以外ない。
「や、やっと終わりましたよぉ」
「お疲れ様だったねえ。セレナちゃん」
「そもそもフェイさんは身内に厳し過ぎるんです! 何ですか夜山犬の駆除って!? 一人でするような依頼じゃないですよぉ!」
「とは言っても、総督府からのご指名だからねえ」
「……うぅ、早く森に帰ってお日様の光を浴びながらお昼寝したい」
「まぁ、人気があるのは良いことだよ。はい、これ総督府から」
「えっ!?」
驚いた彼女の目に飛び込んできたのはシュナリア姫から直々の依頼である。読み込んでいく中、受付の男はピクピクと動く彼女の耳を面白そうに眺めていたが、決して口には出さなかった。
「……うぅ、訴えてやる! 横暴ですよ!」
半泣きになりながら再び机に突っ伏す彼女の背中に、可憐な声が掛けられる。
「あら、誰が横暴ですって?」
「ひ、姫様!?」
発条仕掛けの人形のように飛び起きた彼女が後ろを振り返れば、先程彼女に依頼を出したシュナリア姫その人がいた。
「そ、そそのですね。今やっと依頼が終わったばかりなので、ですね」
「あら。人間と仲良くする為には同じ仕事をするのが一番良いと教えてくれたのは貴女ですよ?」
「そ、それはそうなのですけれど、頻度というものがですね……」
「それに、今度のお仕事はギルド制度が上手く機能しているかどうかの試験も兼ねています。頑張って下さいね?」
「は、はぃ」
肩を落としながら出入り口に向かうセレナを、シュナリアは笑顔で見送る。
「あの子の様子はどうです?」
シュナリアは、優しい声音で受付の男に問いかける。
「ええ、頑張ってくれています。登録してもらっている中でも十指に入る稼ぎですね」
「そう……。ゴブリンの王が人間の国々と戦争を始めてしまったから今更外の世界で冒険者は出来ないけれど、少しでもその気分を味わえれば、ね」
セレナの過去を知っているシュナリアからの少し厳しい贈り物だったが、本人は気付いていなかった。嘗て冒険者を夢見て一度は森を飛び出した彼女は、形は違えど、その夢を叶えつつあった。
「それはそうと、総督は何故ここに?」
「フェイさんが巡視から戻ってきましたので、少し抜け出してきちゃいました」
舌を出して微笑む彼女に、受付の男も苦笑せざるを得なかった。
ゴブリンの王の治世下、比較的戦場から遠いミドルドの日常の一幕であった。