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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
279/371

プエナの勇者Ⅱ

 南部の地理的な中心地である旧エルレーン王国で政務を執るゴブリンの王の元にギ・グー・ベルベナ苦戦の報が齎されたのは、主な軍勢を派遣した地方で降伏の白旗が粗方上がった後である。

 ギ・ガー・ラークスは迷宮都市を落とし、周囲の都市を慈悲と寛容を以って手懐けている。魔獣軍を率いるギ・ギー・オルドは、同盟者たるクシャイン教徒の支援の下に北西に魔獣と魔物の領域を作り上げ、西域の防衛を任せたガンラの英雄ラ・ギルミ・フィシガは、大きな被害も無くゲルミオン王国を釘付けにしているという中であった。

「やはりプエナは強大か」

 ゴブリンの王は苦戦をギ・グーの力不足とは思わなかった。今後の軍編成の為に四周へ軍を派遣したが、それぞれの相手が決して惰弱な敵だとは思っていない。油断ならぬ敵だからこそ、信頼できる部下を差し向けたのだ。特にギ・グーの相手はゴブリンの王の記憶にも焼き付いている。聖剣の担い手に率いられた精強無比な騎馬集団。それを有していたプエナなのだ。

 壊滅という被害を出さないギ・グーの手腕を褒めこそすれ、決して不満に思うことはない。

 現在、ゴブリンの王が睥睨する南方各地の情勢は悪くない。嘗ての南方の盟主たるエルレーン王国の支配地域は、ゴブリンの王が直接君臨することにより著しい行政能力の向上が見られ、治安は日増しに回復している。

 これはゴブリンの王の政務能力が優れているというより配下から優秀な人材を抜擢した結果であり、加えて決断力に富む王の影響でもある。問題が発生した場合、最も良くないのは何も対処をしないことだ。それで良くなることなど皆無だと言って良い。

 何らかの対処を行い、処置を講じなければ事態は悪化する。故に、その処置が応急であろうと抜本的な解決策であろうと、決断し責任を取る王という存在が居ることが旧エルレーン王国の行政能力を取り戻させたのだ。

 更にエルレーンから南東方向にある迷宮都市では、往時よりも冒険者の数は減ったもののギ・ガー・ラークスの政策により問題なく迷宮都市を運営している。これはクラン誇り高き血族(レオンハート)の副盟主ザウローシュの手腕でもある。

 ゴブリンが支配するとは言っても、交渉などの矢面に立つのはザウローシュの仕事であった。ギ・ガーは配下のゴブリン達を厳しく律し、軍としての威容を保たせることで治安の維持を担う。行政面は現地の人間達と協力しながら行っている為、今のところ問題ないとの報告を王は受けていた。

 南部で覇を競った赤の王の最期の拠点ファティナも、クシャイン教徒と連携することにより陥落させることが出来た。元はクシャイン教徒の都市なので過酷な統治も行われず、まずまず平穏に収まっているらしい。

 ギ・ギーとギ・ブーには補給の為の基地の整備と、北のゲルミオン王国への備えを任せてある。更に北東を見れば草原の大国シュシュヌ教国があり、今後の要衝である土地だ。決して手を抜ける国ではないが、クシャイン教徒を纏める女皇ミラの手腕を考えればギ・ギーでも治まるだろう。

 辺境領域から西都に至る広い領域を任せたラ・ギルミ・フィシガは、シュメアと協力しつつ防衛戦を展開しているようだった。西域の北部の早期に王の支配下に入った村落は、大分落ち着いたようだった。村の中にゴブリンの兵士が居ても動じなくなる程度には統治に慣れたらしい。

 結構なことだと思う。

 シュメアの人徳もあるのだろうが、北部辺境の村々は魔物と人との融和に向けた一つの理想像であるのだ。税の軽減措置として、村人から兵士を募ったのも良かった。

 人は知らぬ故に恐れを生む。

 人間は、ゴブリンという生き物をあまりにも知らなさ過ぎるのだ。そして、それはゴブリンも同じだろう。今後2つの種族が手を取り合っていくには、先ずはそこから始めねばならない。

 兵士として徴兵された者達が村に戻れば、当然ゴブリンの事を村人に聞かせる筈だ。相互理解が進めば相容れない部分も出てくるだろうが、妥協出来る所は必ずある。それまでに幾多の衝突もあるだろう。だが、ゴブリンの王は何事にも時間は必要だと考えていた。

「おい、ゴブリンの王よ!」

 乱暴に扉を開いて入ってきた妖精族の戦士に、王は眉を顰める。

「何だ?」

「戦はないのか、戦は!?」

 疑問に首を傾げるゴブリンの王に促されるように、今や風の妖精族(シルフ)の筆頭戦士となった男は苛立ち紛れに吐き捨てた。

「餓鬼のお守りはもう飽きた! さっさとどこかに攻め入っちまおうぜ!」

 血の気が多いと思っていが、相当鬱憤が溜まっているようだとゴブリンの王は苦笑した。

「心配せずとも、プエナ方面に援軍を出さねばならん。軍備が整うまで少し待て」

「いつだ? 明日か!? 明後日か!?」

「ギ・ガーやギ・ヂーを呼び戻すにしても早々には出来ん。まぁ、20日程度だと見積もっておけ」

「20日だとっ……!?」

 まるで死刑宣告を受けた囚人のように絶望的な表情のフェルビーに、ゴブリンの王は裁判官のように無表情で頷く。

「ギ・グーが苦戦するということは、相当の手練で相応の戦術を駆使してくると考えた方が良い。不用意に兵を出せば敗戦すら有り得る」

「……分かった」

 退出するフェルビーの背中は大人気なく悄げているような気配を漂わせていた。その様子にゴブリンの王は僅かに笑ったが、直ぐに政務に気持ちを切り替える。

 決断を下す為には、それを下せるだけの情報が必要だった。資料となる様々な書物を積み上げた執務机に再び視線を落とす。

 今、ゴブリンの王を悩ませているのは食糧の問題である。これまでは現地の魔物を食えば良かった。無論、干し肉などに加工して携帯食料として持ち運ぶなどはしていたが、これから先はそれだけでは足りなくなる。

 プエナ方面は魔獣の数が少なく、大型の魔獣は更に数が少ない。ならば当然、携帯食糧を多めに持っていかねばならなくなる。

 今まであまり苦慮してこなかった兵站である。

 今後、大陸の東へ向かえば向かう程魔獣の小型化が進む。そうなれば現地での食糧の調達が上手くいかなくなる可能性が出てくる。伸びる戦線を維持し得るだけの兵站が確保出来なければ、満足に戦うことすら出来なくなってしまう。

 エルレーンではエルバータを中心に官僚組織が充実を見せている。これを上手く使うことで、兵站の確保をせねばならなかった。


◆◆◇


 文武の百官が居並ぶ筈の玉座の間で、ガランドは赤い絨毯の上に膝をついていた。今はアシュタール王と彼しか居らず、静寂がその間を支配している。

「ガランド」

「はっ!」

 一拍の間を置いて、老王は溜息を付いた。それはあまりに重苦しく、疲労を伺わせるものだった。

「我が国の誇る聖騎士にして嵐の騎士、勇猛なるガランドよ」

「……はっ!」

「西域に続き、南方での敗戦。最早貴族共の声を無視出来ぬ」

「我が身の力不足です」

「……我が国は既にゴーウェンとジェネを失っておる。これ以上国を守る盾を失う訳にはいかん」

「……御意」

「聖騎士ガランドを、聖騎士シーヴァラの預かりとする」

 握り締められたガランドの拳が僅かに震える。その震えを視界に収めたアシュタール王は、目を閉じて激励した。

「功績を立て、汚名を雪ぐのだ。聖騎士ガランド」

「……我が身に代えましても!」

 英雄ガランドの名声は、聖女救出からなる大々的なものである。貴族達の反発から降格処分など、出来る筈がない。聖騎士の地位については保留だが、領地の経営手腕と戦略眼は問い直されるべきだった。

 南方の防衛を任されているシーヴァラは、聖騎士ジゼと共に任務に当たっている。先のクルディティアン包囲戦においても、戦果らしい戦果を出せずに撤退したことで問題になったが、彼は曲がりなりにも貴族の末端に連なる者である。

 貴族達からの反発は殊の外小さく、その分平民出身のガランドに非難が集中したのだ。

 先の西域でのゴブリンとの戦において、貴族出身の若手の指揮官が敗北を喫した。お陰でガランドへの追及が手緩くなったことは否めないが、さりとて敗北を喜ぶ訳にもいかないのがアシュタール王の心情だった。

 退出するガランドと入れ違いに入って来た若者と騎士に、アシュタール王は重い瞼を上げた。

「国王陛下に置かれましてはご機嫌麗しゅう」

「何が良いものか。孫の前でまで王をせねばならん。だが、壮健そうで何よりだ。イシュタール」

「はい、お祖父様。ヴァルドーにも腕が上がったと言われます」

「ほう」

 老王が視線を孫から傍に控える騎士に移せば、中年の男は一層深く頭を垂れる。

「イシュタール殿下の腕は、騎士としては申し分のないものかと」

「実直なお前のことだ。虚言ではない事は分かる。だが、あまり褒めそやすな。孫が図に乗ってしまうからな」

「お祖父様!」

「ご心配は無用。王の剣とは即ち防御であるべき。攻めるは我らの役割です」

 アシュタール王は深く落ち窪んだ眼窩で、双剣の騎士ヴァルドーの言葉を正確に理解した。

「お前が一緒に来た理由はそれか」

「御意。王太子殿下の名の下に、御親政を」

 今、聖騎士制度の信頼が揺らいでいる。それはゲルミオン王国の武人全員が等しく感じている危機だった。性格は兎も角、その実力は誰しもが認めざるを得なかったガランドの敗北。そしてガランドの偉業を以って隠されたジェネの死。

 何よりも痛手だったのは、古参の聖騎士としてだけでなく、領主としての腕も確かだったゴーウェンの敗死。

 貴族達はここぞとばかりに騒ぎ出し、ここ最近やっと王に集中させた権力を分割すべきだと主張する。それを抑える為には王権をもって軍を動かし、貴族達を黙らせるしか無い。その際に王族が指揮を執れば言うこと無しだ。

「ならん。今は未だ、な」

「……何時ならば?」

「東の老女が間もなく死ぬ。状況次第では、東に力を集めねばならん」

 ヴァルドーは僅かに目を見開くと、頭を垂れた。

「御意」

「東……シュシュヌのクラウディア女公ですか」

 イシュタールは確認するように口に出す。

 シュシュヌ教国を代表する武の象徴。“串刺しの女公” “戦姫”クラウディア。彼女が居る限りシュシュヌ教国の東の小国家群は動きを封じられ、唯々諾々とシュシュヌ教国の覇権を認めねばならず、西のゲルミオン王国も敬意を払わざるを得なかった。

 だが、その戦姫クラウディアが死ぬ。

 老衰とも病とも聞くが、シュシュヌ教国ではその後継の地位を巡って峻烈な権力争いが起きているという。今、ゲルミオン王国は南と西にゴブリンという敵を抱えている。北方蛮族は粗方制圧し、開拓に力を入れられる態勢にまで至っている為、今ここで東にゲルミオン王国に非友好的な国ができる事態は避けねばならない。

 西と南だけなら、未だ凌ぎ切れる。

 だが、東のシュシュヌ教国にまで敵に回られてはゲルミオン王国の存続の危機である。

 最低でも今の関係を維持せねばならない。小国家群が蠢動するなら、戦姫の後継者に協力して兵を出すのも吝かではない。だが、その為には自由に動かせる戦力を保持しておかねばならないのだ。

 故に今は動けない。

 クラウディアがいつ死ぬのか? それが読み切れない為に、アシュタール王は東を守護するヴァルドーを西に向けることが出来ないでいた。

 この10日後、大国シュシュヌ教国の武を約50年に渡って支えてきた女傑、“戦姫”クラウディアはこの世を去った。

 周辺諸国に激震を巻き起こすその情報は、それぞれの思惑が絡み合う中、四方へと拡散されていった。


◆◇◆


 賢者の住まう象牙の塔は、小国オルフェンにある。一年の半分以上が雪と氷に閉ざされたオルフェンの夏は短く、春と秋は更に短い。新緑の梢が太陽の光を受けて煌き、温かな風が川のせせらぎの音を運ぶ。象牙の塔から歩いて2日程、レシア・フェル・ジールは聖女としての役目を果たす為に小さな集落に足を向けていた。

 彼女の役割とは即ち、知識の伝達者である。

 文字を教え、計算を教え、薬草の知識を普及する。或いは彼女に与えられた奇跡の力で怪我を癒やし、人の命を救う。

 全ての者に慈悲を与える癒しの女神(ゼノビア)の聖女として。それが彼女の役割であった。もう少し大きな都市ならば国生みの祖神(アティブ)を崇める“教会”なども進出してくるのだが、教会は組織として大きくなり過ぎ、採算の取れない地域への進出が難しくなってきている。

 聖女たる彼女の出番は、その間を縫うようにして無数にあるのだ。

 彼女が供とするのは、一匹と一人。

「荷物は重くないですか?」

「問題ない」

 鈴のようなレシアの声に、女性にしては低い声で亜人が答える。

「体力があるのですね」

「人間が脆弱なのだ」

 レシアが豹の顔をしたティロアと名乗る亜人の女を買い受けたのは奴隷市場での出来事だった。紆余曲折あって、彼女はレシアと行動を共にしている。

「がう、がう!」

 歩くレシアの足元を縫うように戯れ付くのは、灰色狼のガストラだった。

「はいはい、ガストラも大丈夫?」

「がううぅ!」

 彼女の言葉を理解しているのか、自身に向けられた言葉に反応して高く飛び上がってみせるガストラの様子に、ティロアは目を細めた。

「森の狩人たる灰色狼に懐かれるとは、やはりお前は特別なのだな」

「特別、というのはあまり良い響きではないですね」

 足を止めること無く二人と一匹は村に向かう。夜になってしまえば野宿なのだから当然である。

「そうか? 誰しも、他の者には無い唯一無二を求めるものだと思うが」

「貴女もですか?」

「そう、私も。そして、きっとお前も」

 レシアは降り注ぐ日差しをローブの奥から仰いで、軽く息を吐く。

「特別であることと幸せであることは同じではないのです。そうですね、村についたらリスティーアの魔犬のお話をしましょう」

「どんな話なのだ?」

 最近気が付いたのだが、ティロアは何かに興味を惹かれると耳と尻尾がよく動く。気になる、気になる、とばかりに耳はレシアの方に向き、尻尾は主を待つ犬のように左右に揺れる。

「村についてからです。我慢ですよ、ティロアさん?」

「……別に、それ程我慢している訳ではない」

 言葉とは裏腹に彼女の尻尾は揺れ幅が大きくなり、耳は相変わらずレシアの方を向いている。

「がるうう!」

 ガストラが機敏に反応し、先を急ぐようにレシア達の少し前に出る

「ふふ。では、急ぎましょう」

 日の高い内に彼女は辺境の村に到着し、村人から歓迎を受けると数日滞在して村人に物語を語って聞かせ、算術と薬の作り方を教え、怪我人を治した。

 短い夏の恩恵を目一杯受けようと、枝葉を伸ばす草木が生い茂る村の外れ。小川が緩やかに流れるその場所にレシアは座っていた。

 水面は透き通り、膝の下程の水底まで見通せる。

「……特別な力を持つことが幸せであるとは限らない。きっと、王様も分かってくれますよね?」

 魔物と呼ばれる者達との交渉を象牙の塔で訴えてから、彼女は微妙な立ち位置に居た。今は白の長老の保護下にある為、表立って彼女を批判する者は居ない。しかし、その白の長老でさえもレシアの意見に賛同して彼女を保護している訳ではないのだ。

 先日オルフェンにも聞こえてきた報せでは、遂にエルレーン王国が魔物の手に堕ちたという。ゴブリンの王が力を付け、その牙をいよいよ人間の国々に向け始めたのだと彼女は理解したが、そのことを誰にも言うことはなかった。

 今まで出会った如何なる王侯貴族も比肩出来ない程、ゴブリンの王は聡明であった。彼女は人間であり、魔物の側に立つことは出来ない。だから、彼女があのゴブリンの王の情報を誰にも言わないのは人間に対する裏切りなのだ。

 だが、彼女の耳にはこの手を取れと言ったゴブリンの王の言葉が焼き付いてる。

 自分の意志で、神に逆らえと。

「……何故あの人は、あんなに強いの?」

 逆境を越えろと言ったあのゴブリンの王は、真実幾度も死線を潜り抜けてきたのだろう。放つ言葉には絶対の自信と、それを裏付ける力強さがあった。

 もし、今の自分にゴブリンの王のような強さがあれば。そんな自分なら象牙の塔を説得出来ただろうか? そう考えてみて、馬鹿馬鹿しいと切り捨てる。良くない考えだった。今の自分でどうにも出来ないことを、あれこれと想像するのは気が滅入ってしまうだけだ。

 出来る事を精一杯する。そう決めて再び聖女の役割を担おうとしたのだ。

「あ、せいじょさま!」

 村の子供の声で、彼女は小川に向けていた視線を声の方に向ける。

 あっという間に集まってきた子供達は彼女を取り囲み、話をせがむ。彼ら彼女らにとって、レシアの話す物語は数少ない娯楽なのだろう。いつの間にかティロアも近くに来て、子供達の輪の外から聞き耳を立てている。

「そうね。それじゃあ、リスティーアの魔犬のお話をしましょう」

 麗らかな午後の日差しの中、話し始める彼女に全員が耳を傾ける。

 それは力を持った魔犬の話。強大な力を神から授かったが、同時に己が大切に想う者達を守れないという呪いを受けた魔犬の話。レシアの語る話に彼女を取り囲む子供達は息を呑み、一喜一憂する。気が付くと、時刻は夕暮れ近くになっていた。

 最後に、魔犬は力を捨てて最も大切な家族を守ることが出来たのだった。

「はい、おしまい」

 彼女の声で、子供達は夢から覚めたかのようにお互いに顔を見合わせる。

「せいじょさま」

 幼い少女がレシアの服の裾を掴んで、涙ぐむ。

「おいぬさん、かわいそう、だね」

「そうね」

 レシアは少女の頭を撫でると、優しく言った。

「もっと皆んなが優しくなれば、結末は変わったかもしれないね」

 頷く少女の涙を拭って、レシアは微笑んだ。

「さあ、そろそろ夕食の時間でしょう? お帰りなさい」

 レシアに促され、彼らは三々五々に家路につく。残ったティロアは真っ直ぐにレシアを見て何かを言いたげだったが、口を噤んでいた。

「さあ、私達も」

 促されるままにティロアは彼女に従うが、宿にしている村長の家への帰り道で、我慢出来ないとばかりにレシアに問いかけていた。

「……先程の話、まるで見てきたような語り口調だったな?」

「むかし、むかしのお話ですよ」

 はぐらかすレシアに、ティロアは問い詰めるように質問を繰り返す。

「大切な何かを守る時、力は不要だと思うか?」

「分かりません。でも、特別な力が幸せを呼ぶばかりではない。そういうことだと思います。私に出来ることは少しずつ偏見を取り除くこと。そんなことぐらいしか出来ないのです」

 夕暮れを眩しそうに見つめながら、レシアは宿に戻った。


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