プエナの勇者Ⅰ
ギ・グーの猛進によって、プエナの王宮は恐慌状態に陥った。首脳部とも言うべき長老達は、先のブランディカの引き起こした内乱でほぼ壊滅状態。蒼鳥騎士団は未だ健在だが、その力は往時に比べて半減している。
雑軍に至っては、ブランディカが使い潰してしまっていた。
事態を取り纏める者を失ったプエナは、長老院にて女王の判断に全てを委ねるとした非常事態宣言を発令。誰もが騎士団長アレンの影響力が増すであろうと予想したが、女王ラクシャ・エル・プエナから発せられたのはゴブリンの迎撃命令だった。
その任には蒼鳥騎士団が当たるべしとの勅命が下ったことにより、アレンはプエナの防衛計画の全権を委ねられることになる。
「だが、果たして……」
アレンは、今の自分達がゴブリンの軍勢にどこまで抗し得るのか疑問を抱いていた。向かってきているのはゴブリンの四軍の内の一つだ。未だ主力はエルレーン王国にあるものと思って間違い無い。終わりのない洪水のように、北部から暫時戦力の増強が為されるゴブリンの軍勢。
それを駆逐することなど、今のプエナに出来るのだろうか?
プエナ防衛の任務を承ったアレンは、翌日一つの提案を携えてラクシャ女王に面会を願い出た。場所は謁見の間である。跪くアレンと玉座に腰掛けるラクシャ女王。二人以外は誰も居らず、閑散とした雰囲気が漂っていた。
「聖剣グラディオンを、使わせて頂きたく」
「……あれは貴方には使えません」
いつにも増して冷たい女王の声が謁見の間に響き、アレンは伝承を思い起こす。
聖剣グラディオン。武器の神が手ずから創り出したとされる護国の剣である。剣に選ばれし者が使えば無双の力を発揮するが、剣に選ばれぬ者が振るえば命を落とす。
選定の間に安置されたその剣は、尽きぬ輝きの帯を以って己を使うに値する者を選ぶ。アイザス亡き後、選定の間に足を運んだアレンだったが、光の帯は彼を使い手と認める気配すらなかった。
己は特別な存在ではないのだ。アレンは悔しさに唇を噛み締めながら選定の間を去ることになった。
「承知の上です。ですが、あの剣の力なくして国を救う道はありません」
黙り込むラクシャに、アレンは尚も説得を続ける。
「姫っ……! いいえ、ラクシャ女王陛下! 何卒我が身に聖剣を、アイザスの仇をっ!」
そこまで言ったアレンは、ラクシャの立ち上がる気配を感じて言葉を止めた。
「……貴方が、殺したくせにっ!」
思っても居なかった言葉をかけられたアレンは、思わずラクシャを見上げた。本来なら不敬とされる行為だったが、幸い周囲には誰も居ない。
「姫っ、俺は……」
否定の言葉は容易い。だが、それはアレンの喉に絡みついて出てこなかった。自身に力があれば、ゴブリンなどに遅れを取らず、アイザスを死なせることもなかったかもしれない。
見上げた彼女の瞳は涙に濡れ、感情を抑えきれぬその顔は、泣いているようにも笑っているようにも見えた。
「アイザスだけじゃないわ! 貴方はブランディカも見捨てたっ! そうでしょう!?」
否、ラクシャは錯乱していた。アレンはそのことを認識するのに酷く時間を要した。そして彼女の口から続いて出た言葉に、アレンは困惑と共に眉を顰める。
「ブランディカ……? 何故、あいつを?」
アレンには理解出来なかった。赤の王の盟主ブランディカ・ルァル・ファティナ。侵略者にして征服者。悪感情を持ちさえすれ、好きになる理由などある筈がないではないか。
「……ブランディカは優しくしてくれた。私を慰めてくれたわ。アイザスが居なくなって寂しい時、傍に居てくれた」
「馬鹿なっ! あいつは、あの男はこの国を奪った侵略者です! 目を覚ましてください姫っ!」
アレンは膝をついたまま、ラクシャに近寄る。
「来ないでッ! 貴方は私の愛しい人を二人も奪った! それなのに、それなのにっ! 私は……!」
泣きじゃくるラクシャを、アレンは呆然と見守るしかなかった。
玉座に居るのは女王などという祭り上げられた権力者ではない。幼い頃を共に過ごした少女である。アレンは床についた手を伸ばし、せめて少女を抱きしめようとした所で、突如として扉が開く。
「女王陛下!」
長老衆の一人が近衛兵を率いて謁見の間の扉を押し開いたのだ。こうなってしまってはアレンに彼女を抱き締めることなど出来よう筈もない。
素早くラクシャの傍へと移動した長老は、ラクシャとアレンを交互に見やり、苦々しげな顔でアレンを睨んだ。
「どういうことだアレン騎士団長!? 女王陛下は心労が重なっているのだぞ! その程度のことを理解出来なかったのか!」
尚も泣き続けるラクシャに、長老は忌々しげに舌打ちすると近衛に命じる。
「女王陛下を部屋へお連れしろ! 私はアレン団長と話がある!」
近衛達と侍女達に、半ば引き摺られるように部屋へと連れ戻されて行くラクシャ。その姿が見えなくなると、長老は肩を落とすアレンに気遣わしげな声を掛ける。
「言い争う声が聞こえ、よもやと思って来てみたが……。拙いことになったようだな」
「全て、俺の未熟故です」
「言い訳をせぬのは、良い心がけだ。で、聖剣を借り受ける話は……」
「断られました。ですが……やるしかない」
聖剣なくしてプエナの民が真に団結することは有り得ない。プエナの民にとって、聖剣の担い手はそれ程までに重要な存在だった。
「先程、衛星都市の一つから救援依頼があった。ゴブリンの軍勢が迫っているそうだ。数は凡そ500。やってくれるか、アレン」
「……国の為、女王陛下の為に、この身命を捧げます」
交易国家プエナの命運を一身に背負い、アレンは選ばれぬ身で聖剣を手にする。
◆◇◆
「撃退されただと?」
ギ・グーは、グ・ナガーに任せたゴブリンの部隊が退けられたとの報告を受けて首を傾げた。暴虐を振り撒くギ・グーの猛進で急速に広がった支配地域だったが、それが故にゴブリンだけでは統治に難が残ることとなった。
自治を認めるとは言っても、その証を差し出させねばならないのだ。
ゲルレンドのように無理矢理戦奴隷に仕立て上げて戦わせるやり方は、降伏した都市に対して行うにはあまりにも強引過ぎる。
その為、ギ・グーの軍に従軍しているギ・ザーは降伏した都市に私兵の差し出しを命じることを提案した。王の下で執務をしている内に、ギ・ザーはプエナ周辺の都市には私兵が少なからず存在していることを知った。
交易で富を得るプエナ近郊の都市には元剣闘士や交易商の護衛、或いは荷物を守る番人のような私的に雇った兵を養う余地がある。それぞれの土地の特産物を商う者が多いこの地方独特の風習であったが、それを提供させようというのだ。
「人間など、当てに出来るのだろうか?」
疑問を浮かべるギ・グーに、ギ・ザーは冷酷な言葉を返す。
「当てになどする必要はない。我らの露払い程度に思っておけばいい」
ギ・グーにとっての戦力とは、即ちゴブリン達である。或いは王に認められた他種族だ。王に認められもせず、敵対していた人間を戦力として数えることは気が進まなかった。
ともあれプエナ近郊で一度軍を止めたギ・グー・ベルベナは、斧と剣の旗を掲げると周囲に睨みを効かせる。
従軍を拒む都市があれば全力で叩き潰す構えを見せつつ、降伏した都市に兵力の提供を迫ったのだ。
そうして集まった戦力は凡そ1000。
拒んだ都市は存在しなかった為、その兵力を丸ごと未だ降伏しない都市へと向けることが出来た。人間の中から二人の年配の男を指揮官として据え、軍を2つに分けてゴブリンと共に襲い掛からせた。
その都市が人間とゴブリンの襲撃を跳ね返したとの報告に、ギ・グーは不機嫌に喉を鳴らした。
「今一度、奴らに恐怖を味合わせねばならんか」
「どのようにして敗れたのだ?」
ギ・グーに代わって質問したのはギ・ザーだった。グー・ナガは畏まって答える。
身振り手振りを交えて説明するグー・ナガの言葉に、ギ・ザーは一つの結論を下すことになる。
「蒼鳥騎士団だな」
「あの時の、か」
高位のゴブリン2匹が思い浮かべるのは、砂馬のみで構成された強力無比な騎士団だった。王とゴブリン達が全力を出して何とか半壊に追い込んだ筈の敵勢力が、またも復活したのだ。
「……その騎士団が健在である限り、プエナは降伏しないということだな」
ギ・ザーの記憶に焼き付いているのは、暗闇の中でもゴブリンと互角に戦う精強な騎兵集団の姿である。過去の記憶を呼び起こして、援軍が必要かもしれないと言葉に出さず考える。
「敵が誰であろうと、立ち塞がるのなら叩き潰すのみ! グー・タフとグー・ビグを呼び戻せ!」
ギ・グーの命令に従って、伝令が駆け出す。
人間の軍を使うことにより広範囲に軍を広げられるようになった反面、戦力を分散せねばならなくなっていた。
総力をもって当たれば倒せぬ敵ではない。ギ・グー・ベルベナはそう判断して戦力を集中させる。フェルドゥークが追い求めるはブルーナイツの戦旗である。
◆◆◆
蒼鳥騎士団は、歓声と共に解放した街に迎え入れられた。
僅か500程の手勢でもって襲撃してきたゴブリンの軍勢を打ち破ったのだ。プエナの衛星都市には援軍が敗れたとの情報だけが広がっており、その恐怖を払拭する意味でも蒼鳥騎士団の勝利は彼らの希望の光となった。
それだけではなく、騎士団長アレンの手には聖剣グラディオンが握られている。
勝利を約束する護国の剣。
プエナを護り給いし神代よりの奇跡。その輝きは、暗く絶望するだけだった人々に希望の光を差し伸べるものであり、降伏に揺らぐ人々の心に勇気を宿らせた。
「蒼鳥騎士団に勝利を! プエナに栄光あれ!」
その声を受けながら、彼らは街の領主館に入る。その途端、アレンは崩れ落ちるように膝をついた。顔には今まで必死に隠していた玉のような汗が浮かび、息は酷く苦しげである。
慌てる領主に、アレンはこの事は極秘に類することだと念を押して部下に肩を借りた。
アレンは聖剣に選ばれてなどいない。命を縮める覚悟で聖剣を握ったのだ。
領主に一連の話をしてから協力を仰ぐ。
プエナ防衛計画の一端を彼らに話して、協力を仰いだのだ。その計画を聞き終えた領主は首を縦に振った。目の前で国の為に命を賭けて戦っている若者がいる。拒否する理由など、どこにもない。
極力領民に被害を出さないよう考え抜かれたその計画に、プエナの民として協力するのは当然のことであった。領主はアレンに防衛の協力を申し出る。
翌日、引き上げる蒼鳥騎士団を見送ると、領主は計画に従って準備を始めた。
◇◆◆
「また逃げられたのか!?」
ギ・グー・ベルベナの驚愕の声に、グー・タフが首を竦める。
フェルドゥークを掲げるギ・グー・ベルベナの軍勢は、プエナの蒼鳥騎士団を捉えることが出来ないまま、徒らに占領地域を拡大させていた。今度は本隊と合流しようとしたグー・タフの軍が強襲を受けたのだ。
被害はそれ程多くはないが、度々の襲撃にギ・グーは苛立ちを募らせる。
「敵を掴まえ切れない、か……。機動力が足りんということだな」
ギ・ザーの分析に、ギ・グーは眉を顰める。彼の軍には獣士や祭祀は居るが、騎獣兵は居ない。あの兵種は氏族独特のものであり、王の組織した騎馬隊も特異な訓練の果てに辿り着くような類の部隊だった。故に、どうしても機動力で相手に劣る。
相手はそこを正確に突いて来ているのだ。
「……ギ・ザー殿は、どう思われる? 俺は罠を仕掛けるべきだと思うが」
森の中でも足の速い魔獣は存在する。双頭駝鳥であったり、或いは野犬であったりと、強さには比例しないが魔獣の中にもゴブリンでは追いつけない者達が存在しているのだ。
「ふむ」
ギ・ザーは目を細めてギ・グーというゴブリンの評価を上方修正する。今まではゴブリンの大軍を動かすことだけに長けた者だとばかり思っていたが、それだけではないらしい。若しくは、先に自身の言った自分で考えるということを実践しているのかもしれないが。
「考えを伺おう」
ギ・ザーは、あくまで視察の名目でここに留まっているに過ぎない。指揮権はギ・グーにある。その認識の下で、一定の敬意を払った言葉をギ・グーに対して使う。
「どうやってかは分からないが、奴らは少数の部隊を狙うようだ」
囮の部隊を出し、逃げる経路を特定して集落を強襲する。無論、囮となる部隊の危険度は跳ね上がるが、全軍がこのまま手を拱いているよりは余程良い。
「あまり時間がない」
「何と?」
ギ・ザーの言葉に、ギ・グーは疑問を呈する。彼は未だ決戦を急ぐ必要性を感じていなかった。
大軍を動かすということは、大量の食糧を消費するということだ。
特にプエナ地方は魔獣があまり多くない。これは人間の生活領域の拡大に伴って魔獣を駆除していった結果だろう。人間に害を為す魔獣が、大都市に近付くに従って減少しているのだ。となればゴブリン達の自給自足もままならなくなってくる。
遠方へ狩りに出るよりは付近の都市から徴収した方が早い。だが、それが続けば周辺の自治を許している都市から不満が募る。
食えなくて不満が溜まる。それはゴブリンにも共通する普遍の真理であった。
「王の統治への不満か。捨て置けぬ」
ギ・グー・ベルベナはゴブリン至上主義の信念の持ち主である。ただ、それは彼が敢えて残虐な行為に走ることとは、あまり関係がない。
群れを率いる経験が豊富なギ・グーは、統治に関しては朧げながら他のゴブリンよりも理解しているつもりだった。
群れを統べるには巨大な畏怖を被支配者達から受けねばならない。ゴブリンからの尊敬と畏怖を集める王のように。故に、ギ・グー・ベルベナは敢えて恐怖を人間に見せつける手段に出たのだ。
だが、その畏怖を覆す要因があるのなら、それは自身の死に直結する恐怖の蓄積である。
食えねば死ぬ。
ゴブリンにも人間にも共通するこの恐怖は、時に支配者に向けられる畏怖を上回ることすらある。
「迂遠に過ぎるか」
罠を仕掛け、相手がそれにかかるのを待つ。森の中ではよく使った手段だが、特定の相手を罠にかけるというのは中々難しいものだ。大抵の場合、何でもいいから罠に嵌ったものを獲物として狩っていたのだから。
「いや、奴らの行動を制限してやれば良い」
「……ギ・ザー殿は、奴らの方が脚が速いと言った筈だが?」
口元に酷薄な笑みを浮かべて、ギ・ザーは言う。
「奴らの仲間を攻撃する。そうすれば奴らは援軍に来るしか無いだろう?」
「成程……! 罠に自ら飛び込んでくるか」
頷いたギ・グーは、未だ降伏を誓わない都市へ己の手勢の中からグー・ビグに一隊を率いさせて向かわせる。更に追跡の為にグー・ナガに少数を率いさせて潜伏させる。
「人間と狩りの上手さを競ってみるか」
強敵の気配を感じて、ギ・グー・ベルベナは猛々しい笑みを浮かべた。
狙うなら人間が多く居る都市が良い。そうであればこそ、救援に赴く必要も出てくるというものだ。ギ・グーとギ・ザーは、プエナ東部の都市の一つに狙いを定めて進軍を開始した。
◆◆◇
ゴブリンの大軍勢が未だ降伏しない都市に向かって進軍を開始したという情報は、すぐさまアレンの元に届けられることになった。総勢2000にもなるその大軍勢の向かう先は、プエナの衛星都市ファルカーレ。
先日使者を発して協力を取り付けた都市の一つである。
先の都市救援成功で、揺らいでいたプエナ近郊の衛星都市は再びプエナの下に纏まろうとしていた。未だ降伏の使者が来ないプエナ南部の都市は資金を用意し、支援の名目でプエナに送り、迷宮都市からも、ゴブリンの支配を良しとしない冒険者などがプエナの近郊都市に流れ込む。
各地から届けられる吉報に、アレンはそれでも苦悩の刻まれた愁眉を開こうとはしなかった。
「各地の都市から義勇兵なども集まっていますが……」
「一度ゴブリンの大軍が動き出せば、烏合の衆など頼りにならない。それは赤の王が証明した」
聖剣の呪いは、アレンの体力と精神を確実に消耗させていた。魂すら削って本来手に負えない代物を扱っているのだから、心身に掛かる負担は壮絶だった。重く体に張り付いた疲労は癒えることが無く、油断すれば体中から力が抜け落ちていくような錯覚さえ覚える。
副官の言葉にアレンは首を振って、戦局の有利を否定する。
「ゴブリンの進撃を止めるには頭を潰すしか無い」
一度だけ見たことのある巨大なゴブリン。それを討たねば、ゴブリン達の勢いは止まらないだろう。アレンの中に確固たる信念として根付いたそれに従い、戦略を練る。
「では、ファルカーレは?」
「無論、降伏してもらう。正攻法では勝てないからな」
瞳に決意の色を宿して、アレンは告げた。
「ゴブリンがこちらの策を破る可能性は?」
「ないと言いたいところだが、半々だな」
これまで集めたゴブリンの情報を総合すれば、驚くことに彼らの治世は比較的穏やかなものだった。重税を課すわけでもなく、無闇矢鱈な殺戮も行わない。それどころか、エルレーン王国は徐々に国威を回復させつつある。
それらの情報から導き出される結論として、ゴブリンは降伏した者には手を出さないということが分かる。それがあの巨大なゴブリンの意志なのだとしたら、アレンの策は上手く嵌まるだろう。
「では、義勇軍をどのように解散させますか?」
「折角戦いたいと言ってくれているんだ。無碍にはしないさ」
副官に指示を出し、送り出す。
「……信義に厚く、善政を敷くゴブリン、か。だが、それでも倒さねばならない。プエナを守る為に。アイザスよ、幼き日に誓った約束を守る為に、俺は外道と罵られようと敵を討つ」
ファルカーレに進軍したゴブリン達は、呆気なく降伏を引き出すことに成功する。だが、アレン率いる蒼鳥騎士団の跳梁がギ・グー率いるフェルドゥークを苦しめることになるのは、それからだった。
ファルカーレを占領したギ・グーの軍勢だったが、その目論見はものの見事に逸らされてしまった。救援に来る敵を討つというギ・ザーとギ・グーの戦略は、ファルカーレの即座の降伏によって阻まれることになる。
形ばかりの使者に降伏するなど、ギ・ザーやギ・グーの考えには無いことだったのである。そこで初めてギ・ザーとギ・グーの意見が衝突する。
戦奴隷を徴発して今後に備えるべきだとするギ・ザーに、ギ・グーは降伏した者を奴隷にするのは今までの戦略に反すると意見する。結局、総司令官たるギ・グーが意見を曲げず、ファルカーレは戦奴隷供出の道を逃れた。
だが、駐留するゴブリンと人間の混成軍の総勢は3000を数える。一戦もせず都市を占領したのだから数が減る訳もなく、膨大な食い扶持を確保せねばならなくなかった。
当然、ファルカーレにそのような余裕はなく、ギ・グーは周囲の都市に食糧の供出を命じるしかなかった。そして、その護衛に出した部隊が尽く蒼鳥騎士団に撃退されてしまったのだ。
痺れを切らしたギ・グーが自ら出陣したが、機動力に勝る敵を掴まえられる訳もなく、フェルドゥークはファルカーレに足止めを食らうこととなる。
ゴブリンの王の元にギ・グー苦戦の報告が届くのは、更に10日が経過してからのことだった。