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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
275/371

ファンズエルの巧緻

 弓と矢(ファンズエル)の旗を掲げたラ・ギルミ・フィシガは北上し西域へ戻っていた。彼の陣容はガンラ氏族と、亜人達人馬(ケンタウロス)の一族、(ウェア・ウォルフ)の一族だった。ゴブリンの主力からはギ・ズー・ルオらの武闘派ゴブリン。

 プエルと共にメルギオンの前哨戦を戦い抜いた人馬の一族は族長ティアノスを中心に400騎。牙の一族は族長ミドを中心に300人。そしてゴブリンの中でも少数精鋭化が進んだギ・ズーの派閥のゴブリン達が300匹である。ギ・ズー指揮下のレア級ゴブリンは100匹を数え、王直属の騎馬兵達を除けば最もレア級の比率が高い。

 それらを率いるギルミは、300のガンラ氏族と共に西都から更に東へ向かっていた。

 目的はゲルミオン王国との国境である。現在、そこはシュメア率いる国境守備隊とゲルミオン王国軍との睨み合いになっていた。互いに戦力を集中させ、動きを見守るという一触即発の地域へギルミが派遣されたのは、王が氏族出身のギルミに期待を掛けていた証拠でもある。

 ゴブリンには珍しい理性的な性格。押し並べて他のゴブリンとの相違を述べるなら、そんなところだろう。

 西域とゲルミオン王国の国境には、魔物の侵入を見張る為の砦群がある。

 その砦群から西へ一日の距離でシュメア達国境守備隊と、ゲルミオン王国側の部隊は対峙していた。ゲルミオン王国軍の将は軍人貴族の若手らしく、盛んに挑発を行いながらシュメアらが陣営地から打って出てくるのを待ち構えている。

 対するシュメアは、指揮下にオークキングのブイ達と辺境で徴発した人間の部隊を率いていた。盛んに挑発してくる敵に対して、彼女は一切それに応じず、部下の前では余裕の笑みすら浮かべて対陣し続けていたのだ。

 特に血気盛んな若い兵士から出撃許可を求める意見具申に、シュメアは全くと言っていい程取り合わない。

「数が足りないじゃないの」

 兵数だけならゴブリン側はオークを入れても700程。ゲルミオン王国側は1200程である。

 そんな所にギルミ率いる援軍が到着したのだから、戦の機運は否が応でも高まっていた。

「また、随分と連れて来ちゃったね」

 呆れ気味のシュメアに、ギルミは首を傾げた。

「援軍が来て困惑されるとは意外だった。人間とは不思議なものだな」

「いや、まぁ、時と場合によるのさ。何事もね」

 シュメアとギルミの間で初めて交わされた会話は、そのようなものだった。

 陣営地の中に設けられた天幕に入ると、ギルミはブイの姿を見つけて笑顔を見せる。

「おお、ブイ殿か。久しいな」

「ああ、ギルミさん。お久しぶりです」

 礼儀正しく頭を下げるオークの王に、シュメアは微妙な表情で茶々を入れる。

「……何かオークを見てる気がしないね。良いとこのお坊ちゃんみたいだ」

「僕は正真正銘オークですが」

「……何事も、偏見ってのは取り除いて見なきゃ駄目だよね」

「はぁ」

 曖昧に頷くブイに、シュメアは困ったように笑って軍議を始めた。

 先ず議題に上がったのは誰が指揮権を持つかだった。今この陣営地には総数2000もの軍勢が犇めいているが、それも烏合の衆では意味が無い。誰が指揮官となってこれを動かすのか、それを決めねばならなかった。

「順当に考えれば、シュメアさんかギルミさんですよね?」

 ブイの言葉にシュメアは肩を竦める。

「柄じゃないから、私は除外ね」

 然りげ無く言い沿えたシュメアに、ギルミは眉根を寄せる。

「いや、待ってくれ。国境守備隊の隊長はシュメア殿だろう? 我らは援軍として来た身だ。地理を熟知している貴女の方が最適だと思うのだが」

 至って真面目な反論に、シュメアは大人げなく頬を膨らませて反論する。

「だって、やりたくないんだもの」

「そういう問題ではない」

 一刀両断に切って捨てるギルミの言葉に、シュメアが柳眉を潜めた。

「何か、ゴブリンと話をしてる気がしないね」

「変わり者だと言いたいのか? 王よりは余程ゴブリンらしいと自負しているつもりだが」

「まぁね。私も、あれは別物だと思ってるよ」

 やれやれと首を振って、シュメアは指揮権を引き受ける。

「それじゃ、作戦とかはギルミ殿とブイ君に任せるからね!」

「うん? だがそれは」

「指揮官は私なんでしょ? これは命令です!」

「さっきまで嫌がっていたのに、凄い手のひら返しですね……?」

 茶目っ気たっぷりで微笑むシュメアの様子に、ギルミは唸り、ブイは呆れを含んだ声で呟く。

 その後の軍議の結果、敵を撃破するよりは周辺一帯から以西に敵を通さないことを目的とし、陣営地の強化を図ることが決定された。

 それというのも、ゴブリンの王もプエルも先ず南方の支配をこそ最優先と定めている節があるからだ。現状、軍を4つに分けて南方の支配を固める為に奔走している中、新たにゲルミオン王国と戦端を開くのはどう考えてもよろしくない。

 今後の展望を考えるなら、敵は各個撃破していくべきだ。

 ギルミが述べる方針に、ブイは一も二も無く賛成した。彼としては仲間のオークが死ぬような事態が避けられるのなら、それに越したことはない。

 シュメアも、慣れない戦場の指揮で兵を無駄に死なせるよりは現状維持を貫いた方が良いとの認識で、彼ら彼女らの意見は一致した。

 膠着状態を維持するというのは、何もしないということではない。

 それどころかゴブリン側の兵数の増強が成された為に、相手の挑発に乗ってやる程度のことは出来るようになった。これは出撃を望みながらも、それを抑えねばならない兵士達の意思を慮るという意味も含まれている。

「出陣は何時頃ですか、ギルミ殿!」

 張り切って問い掛けるギ・ズーに、ギルミは首を振って答えた。

「今は守備に徹する」

「こっちの方が数が多いのにですかい?」

 顔を顰めたズー・ヴェドがギ・ズーの後ろから更に質問するが、答えは同じだった。ヴェドはギ・ズーの第一の子分を名乗るノーブル級ゴブリンである。胸から脇腹にかけての傷跡が、彼の戦歴を物語るようであった。

「まさか臆病風に吹かれたんじゃ──」

「ヴェド! 口が過ぎるぞ!」

 言いかけたヴェドを遮って、ギ・ズーが制する。

「……へい。申し訳ありません」

「部下が無礼な事を申しました。どうかお許し下さい」

 頭を下げるギ・ズーにギルミは軽く頷くと、先程の会議の内容を語る。

「……成程。確かに尤もだ」

 納得するギ・ズーだったが、ヴェドは首を捻ったままだった。

「指揮権はシュメア殿にある。我らはそれを助け、この地を維持することが目的だと心得てもらいたい」

 ギ・ズーとヴェドは、揃って頭を下げた。


◇◆◆


 ラ・ギルミ・フィシガ率いる援軍が到着した翌日から、ゴブリン側はゲルミオン王国側からの挑発に対して積極的に応戦していくことになる。

「牙の者共に遅れを取るなよ!」

「人馬の野郎どもに負けた奴は、俺が鉄拳を食らわす!」

 ゲルミオン王国の騎馬兵による挑発に応じるのは、足の早い亜人の2種族だった。咆哮を上げて走り出すミドは灰色狼と同等の速度で騎馬兵に迫り、騎馬ごと殴り倒して敵を戦闘不能に追いやる。人馬族のティアノスは、此方を釣り出そうとする騎馬兵の背に向かって矢を構え、狩猟の民の長として申し分のない腕前を披露する。

 まるで狩りの成果を競うような牙と人馬の両族長。少数の小競り合いでは人間の騎馬隊が不利である。元々人間よりも能力に秀でた亜人達は、場所と運用方法さえ間違わなければ早々人間に劣るものではない。

 昼間の小競り合いでは亜人達を、夜間の斥候兵に対してはゴブリン達を出すことによって、戦を有利な方向に持っていく。有利な戦力を用いて徐々に戦意を増していくゴブリン側に、人間側の焦りは段々と強くなっていった。

 それを見透かしたように、ギルミらは夜間射撃を行いゲルミオン王国側を更に挑発する。

 人間の陣営地の直ぐ側まで侵入していき、柵を蹴り倒して帰還するなど、その大胆さは不敵とすら言えた。だが、本格的な戦闘を良しとせずギ・ズーらの手綱をしっかりと握り、ある面では人間以上に繊細に戦の線引きをしてみせる。

 ギルミ達が到着して20日も経つ頃には、人間側は斥候さえ思うように出陣させることが難しくなり、陣営地に引き籠るだけになっていた。

 その時間を利用し、シュメア・ギルミ・ブイらの首脳部は自らの陣営地に巨大な罠を仕掛ける。

「……頃合いだろう。奴らの戦力を削り取る必要がある」

 ギルミの提案は人間の軍の力を削り、膠着状態を更にゴブリン側に有利にする為、会戦を挑むというものだった。

「こんなので引っかかるかねぇ? 仮にも相手はゲルミオン王国の正規軍な訳だけど」

「単純だからこそ、分かり難いんじゃないでしょうか?」

 シュメアは首を傾げるが、ブイは些か自信があるようだった。

「奴らは獲物だが、同時に捕食者でもある。狩る時を間違えれば、此方が喰い殺されるだろう。今ここで、奴らの体力を削り切っておくべきだ」

「そりゃあ、まぁね」

 シュメアの許可が降りると、ギルミは読み書きの出来る人間に頼んで文を書いてもらう。

 明朝を以って雌雄を決せん!

 射込まれた矢文の文言を見て、ゲルミオン王国側は大いに揉めた。

「今ここで決戦を挑まねば、我らに勝利はない!」

 彼らは最終的にその結論に落ち着き、堂々たる会戦が行われることとなる。


◆◆◆


「まさか本当に乗ってくるとはねぇ。お貴族様は見栄を大事にするって聞いたことはあったけど……」

「相手も相当参っているようでしたから、死中に活を見出すしかなかったのでは?」

「獲物を狩るのは、充分に仕込みをしてからと相場が決まっている」

 歩兵を最前列とし、二列目には弓兵、三列目には騎馬兵を配置した三列横陣。遠目からでも良く分かるゲルミオン王国側の基本に忠実な陣形を見た三人は、それぞれに言葉を発する。

 対するゴブリン側は、オークとギ・ズー・ルオのゴブリン部隊を先頭に、二列目にはガンラ氏族と人間達、三列目には亜人達を配置した三列横陣を組む。

「無理に相手を倒さなくていい! 防御に徹するんだ!」

 ゴブリン側の最前列。オーク達は西都で受け取った装備で身を固めている為、まるで聳え立つ鉄の塊のようであった。

 だが、追い詰められたゲルミオン王国側の攻勢は激しかった。長槍と大盾を構えた歩兵の横一線の突撃は、頑強な肉体を持つオーク達を押し込む。大盾を翳して人間の突き出す槍を受け止め躱し、突き出す槍で敵の歩兵を近寄らせないようにする。

 だが、それでも勢いに勝る人間側の攻勢を凌ぎきるのは難しい。現に、ギ・ズー・ルオ率いるゴブリン側の戦列は徐々に下がり始めていた。

「くそっ! 押されているぞ!」

 狂い竜ギ・ズー配下のゴブリン達は、武闘派のギ・ズーに習うように攻勢には凄まじく相性が良い。獰猛なるゴブリンの本能を解放して敵を殲滅するのは、魔物の本領ですらある。

 だが、防御には忍耐と我慢が必要になる。

 敵の攻撃をただ只管耐えるのは、攻勢よりも精神的な重圧が大きい。一度波に乗れば強いギ・ズーであったが、防御は苦手だった。

 両翼とも言えるゴブリンとオーク。その片方が下がれば、必然的にもう片方も下がらざるを得ない。頑迷にその場に残ったとて、包囲されて数を討ち減らされるだけである。

 それが分かっているから、ブイもギ・ズーの後退に合わせて自軍を退がらせる。

 全体として、ゲルミオン王国側がゴブリン側を押し込んでいる形になる。

「……そろそろ潮時か?」

 ガンラの英雄ラ・ギルミ・フィシガは、押されつつある戦況をそう分析した。同時に、シュメアもギルミと同じ感想を抱く。

「……陣営地まで退くよ! 亜人の兄ちゃん達に合図を出しな!」

 徐々に退がっていた牙と人馬の一族の元へ、伝令が走る。

「よぉし、狩りを始めるぞ! 遅れんなよ人馬族!」

「ほざけ! 貴様らこそ!」

 軽口を叩き合ったミドとティアノスは、拳を合わせると左右に走り出す。

「進め、進め! 奴らを押し潰せ!」

 ゴブリンに対する恐怖から解放されつつあったゲルミオン王国軍は、嵩にかかって突撃を繰り返す。ゴーウェン・ラニードの死から始まるゴブリンの隆盛は、彼らにとって正に悪夢だった。

 西域の災禍は、ゲルミオン王国の国王派の武人達の間では共通の悩みの種だった。若く優秀なゲルミオン王国の指揮官は、崩れ始めている敵陣に歩兵の戦列を叩き付けるようにして繰り出した。

 押せば押すだけゴブリン達は下がり、ゲルミオン王国軍は前進する。

 その圧力に耐えかねたのか、後方の亜人達が左右へと逃げ出していくのが見えた。

「奴らは勝負を捨てたぞ! 今こそ勝機だ!!」

「応! 応!」

 声を枯らさんばかりに叫ぶ指揮官の激情が兵士達にも乗り移る。彼らの士気は高い。盾をぶつけるようにオークに突撃し、押し合いながら敵を陣営地にまで押し込んでいく。

「騎兵隊、奴らを逃がすな!」

 また一方で、逃げた亜人達が挟撃してくる可能性を考慮して騎馬兵による後方の警戒を徹底することも忘れない。案の定、左右から迫り来る亜人達を騎馬兵達は一丸となって追い散らす。

「見たか亜人め! ゲルミオン王国の騎馬隊は、バンディエ領だけの専売特許ではないぞ!」

 騎馬兵達の歓声に、指揮官は勝利を確信しながら前線を振り返る。そこには、城門に雪崩を打つように逃げ込むゴブリンとオークの姿があった。

「追撃だ! 奴らを一匹残らず西域から追い落とせ! 我らの手に勝利を!」

「勝利をっ!」

 勢いのまま魔物を追撃して陣営地の中に入っていくゲルミオン王国軍。やがて練兵場のような広場に出ると、正面の丸太で作られた壁が彼らの視界を遮っていた。

 だが、今まさに魔物の背を突き刺さんとしている兵士達に、全体の状況など見える筈もない。不自然に広いその空間。

「死ね、魔物──ぐっ!?」

 振りかぶった槍を背を見せるオークに突き刺そうとした兵士が、足を滑らせて転倒する。

「くそっ! 何だってんだ……! これは、油?」

 興奮状態の兵士は、段々と声量を落としていった。地面には畝のように細い凹凸が掘ってあり、逃げるゴブリンやオーク達は畝の上を走っていた。

 人間達は、敵を追撃することに夢中で足元にまで注意を払っていなかった為に反応が遅れてしまった。陣営地の中は、まるで城塞のように空間を二分する丸太の壁が隙間なく作られており、その高さは凡そ平均的な人間の身長の二倍近くある。

 先に登ったオークやゴブリン達が仲間を引き上げるのを目にした人間達は、手にした槍を壁の上に投げ付けると怒声を上げて彼らを罵った。

 だがその罵声も、松明を持ったオーク達が現れると同時に悲鳴に変わる。

 瞬時に彼らは理解したのだ。否、理解せざるを得なかった。

 自分達は罠に嵌められた。

 だが、それを理解した時には、既に彼らの命運は決まってしまっていた。

「投げろ」

 ブイは、表情一つ変えずオーク達に命じる。人間達の居る場所は、直ちに劫火に包まれた。生きながらに焼かれる人間達の悲鳴が阿鼻叫喚の地獄を作り出す。だが、元々撒かれていた油の量が少なかったのか、迫ってきた第一陣の敵を焼き払うと火の勢いは弱まっていく。

 腕を組んでオークの王らしく人間を見下ろすブイの姿に、オーク達は強き王の背中を垣間見る。

 だが配下のオーク達の視線とは裏腹に、ブイはここからどうやって逃げ出すかを必死になって考えていた。思っていたより炎の勢いが強かった。燃え難い木材を使って作った広場だったが、炎が壁にまで広がっていた。下手をすると焼け死ぬ可能性もある。

 ここはゴブリン達に譲るべきだと考えて、ブイは飛び出して行きそうな配下達を抑えた。

「我らの狩場へようこそ。人間達よ」

 火の勢いが弱まったのを見計らったギルミは、ガンラの弓兵達に弓を構えさせると、逃げ惑う兵士達に向かって矢を射込む。炎に撒かれて逃げる人間達に黒炎煙る天空から無数の矢が降り注ぎ、彼らの命を奪い去る。

 引き絞られた弦が鳴る度に、黒炎立ち昇る空に矢が吸い込まれていく。そうして風切る音と共に死を運ぶ雨となって降り注ぐのだ。

「さあ、待ちに待った狩りの時間だ! 野郎ども、存分に奮え!」

 声を張り上げるギ・ズーに、配下のゴブリン達は咆哮をもって応えた。

「グルウウゥアアア!!」

 元々攻勢には無類の強さを発揮するギ・ズー配下の武闘派ゴブリン達である。先程までの鬱憤を晴らすかのように生き残った人間達を蹂躙していく。

 先陣を切るギ・ズーの振るう槍が兵士の胴体を貫く。それを見たヴェドが、後ろに続く子分達に発破をかけた。

「親父に続けェ!」

 ノーブル級の中でも一際大きな体から繰り出される拳が、兵士の頭を砕く。

 それに続く獰猛さを隠しもしないゴブリン達が、混乱を極めた人間達に襲い掛かる。逃げるその背に槍を突き立て、立ち向かってくる兵士の喉笛に喰らい付き、噛み千切る。地面を這って逃げようとする人間の頭を踏み潰し、恐慌状態の人間に剣を突き立てる。ギ・ズー配下のゴブリン達は人間達を容赦なく殲滅した。

 炎と矢の雨から逃げ戻って来た兵士の姿に、指揮官の顔色が青くなる。

 彼の任務は、西域から攻め寄せてくるゴブリンの撃退である。最低限、西域の外にゴブリンを出さなければ失態ではない。だが、これ以上の損害は任務の継続に支障をきたす。

 追撃の為に半ばまで兵力を投入してしまった現状、ゴブリン達の攻勢に耐え切れない可能性もある。陣営地を固く守ることに終始すれば、未だ耐えきれる。そう判断した指揮官は、撤退の合図を出す。

 健在な騎馬兵で遊撃し、弓兵の矢で弾幕を張るようにして彼らは陣営地に戻る。

 逃げていくゲルミオン王国軍を確認したシュメアは追撃の為の軍を敢えて出さず、罠に使った火を消す為に人員を割いた。

「……これで、少しは落ち着けるかね」

 彼女は追撃を主張するギ・ズー配下のゴブリン達をギルミに任せ、オーク達を使って消火活動を行った。

 シュメアは、参加した者達の活躍と戦果をありのままに報告した。彼女自身は文盲なので部下が代筆したのだが、その報告書を読んだ王は、彼らの戦いぶりを褒め称えた。

 王が治める領域の全てを見渡す視野の広さ。此方の意図を汲み取り、無駄に戦域を広げない判断力。期待した通りの成果を上げる彼らの優秀さに、ゴブリンの王は安心して西域の領土を彼らに任せることが出来た。

「ラ・ギルミ・フィシガの戦巧者ぶりは、西域を任せるに足るものだ」

 ギ・ザーに語った王の満足気な言葉は、瞬く間に名誉を重んじるゴブリン達の間に広まり、ギルミの評価を著しく押し上げた。

 弓と矢(ファンズエル)の戦旗は決して負けられぬ西域戦線の風に靡いて、ゴブリンの王国の根本を支えていた。



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