アランサインの神速
ゴブリンの王がエルレーン王国を急襲し陥落せしめてから、その軍は大きく4つに分けられた。
虎獣と槍を掲げるギ・ガーは迷宮都市方面へ。
斧と剣を掲げるギ・グーはプエナ方面へ。
双頭の獣と斧を掲げるギ・ギーはファティナ方面へ。
弓と矢を掲げたラ・ギルミ・フィシガは北上し西域へ戻る。
南方の全域支配を目論むゴブリンの王はエルレーン王国に在り、その統治に介入しようとしていた。ゴブリンの王に従うのはプエル、ラーシュカ、ギ・ゴー、フェルビーらである。選りすぐった少数精鋭を以って、エルレーン王国の王都で四方を睥睨していた。
エルレーンの残存兵力を撃破したゴブリンの王は、素早く王都を占領。官吏らを捕らえると共に、その家族をも拘束した。一国を運営する為には相応の数の官吏が必要であり、ゴブリンの王は彼らをそのままエルレーンの運営に使うことにした。
例えばプエナの長老院などと比較して王政が優れている箇所があるとすれば、判断の早さである。王が決断したことが即ち国家の方針であり、迅速に実行に移される。ただし優れた個人の力量によるところが大きい為、それを血統に求めてしまうと破綻する。一つの血統から優れた個人が何度も出現するなど、非常に稀な事だろう。
例えば宮廷費として計上された宮殿の建設費などをゴブリンの王が不用と断じれば、そのまま立ち消えになるのだ。
ゴブリンの王は敗戦国の官吏達を集め、宣言した。
「忠誠を誓え。さもなくば、貴様らと貴様らの一族郎党を皆殺す」
震え上がった上級官吏の幾人かは、その場で気絶した。それ程に恐ろしい恫喝だった。ゴブリンの王は、エルレーンに対しては最初から威圧的に接すると決めていた。
エルレーンを速やかに南方支配の為の拠点として作り変えねばならない。ゴブリンの王にとって、国の運営を担う官吏の手綱を握ることは戦の出来を左右する重大事項なのである。
「不正をする者は許さぬ。私腹を肥やす者も許さぬ。我が軍の不利益となる行為をする者も許さぬ。これを破る者はその罪に応じた処罰をする」
この言葉に、官吏達は再度震え上がった。基準が曖昧であるが故に、幾らでも解釈の仕様がある。つまり、少しでもゴブリンの王が気に入らない真似をすれば、有無を言わさず処罰すると宣言されたに等しいのだ。
結果として、この宣言はゴブリンの王が望む程の効果を上げることはなかった。確かに上級官吏達はその場で忠誠を誓い、エルレーンの運営は滞り無く進んだように思われたが、積極的にゴブリンの治世に協力したかと言われれば、そんなことはなかった。
サボタージュとまでは言わないまでも、彼らの勤務態度は非協力的ですらあった。
見せしめが必要かと考えていたゴブリンの王だが、プエルは出だしとしては上々だとゴブリンの王を諭す。
「そう焦るものではありません。未知の物事の利点を説く時、言葉は万能ではないのです」
実践し、彼らに利点を享受させねばならないと諭すプエルの言葉を受けて、ゴブリンの王は渋々頷いた。
「反乱を起こさないだけ、未だマシだと思うしかないか」
「ええ。それに人材というのは居る所には居るものです」
彼女が示したのは、下級官吏の一人だった。
「エルバータ・ノイエン……」
ゴブリンの王の記憶には無い名前である。
「調べてみたところ、非常に財務に明るい官僚です。以前、貴族に堂々と意見を言い過ぎて降格されたとか」
「成程。硬骨の士というやつか。だがそれならば尚の事、我らに協力するだろうか?」
「彼には家族がいます」
細められるプエルの目は、手段を選ぶべきではないと王に訴える。使える駒があり、有効だと分かっているなら、その手段を問うのは余計な感傷に過ぎない。
「……為政者としては、そうなのだろうな。だが、兎にも角にも会ってからだ」
「……御意」
エルバータがゴブリンの王に謁見する為に呼び出されると、そこにはプエルとギ・ザーの姿があった。
「こちらで宜しいかな?」
「はい。王の御召に応えて下さり、感謝に絶えません。エルバータ殿」
冷たい表情のままプエルが答え、ギ・ザーがその後を引き継ぐ。
「我が王に無礼を働くなら、貴様の命は無いものと思ってもらおう」
「最低限の礼儀は弁えているつもりですが、ゴブリンの流儀は存じ上げません。そこはご容赦を」
堂々と言ってのけるエルバータの態度に、プエルは静かに頷く。
「王がお待ちです。こちらへ」
案内されたのは、嘗ての国王の執務室。ゴブリンの王は、そこに自身が使う巨大な椅子と机を持ち込んで政務に勤しんでいる。王の仕事とは、つまるところ決済をすることである。
だが、その判断を下す為の資料は山積みであり、国ごとで事情が違う。
国が巨大である程、殆どの仕事を官吏が代行する。しかし、決裁せねばならない仕事は今此処に山積みとなっている。当たり前だ。何せエルレーン王国は半ば自壊していたのだから。
積み重なった負債は国を傾かせ、兵士や官僚への給与が滞る程になっていた。そこを赤の王に付け込まれて領地の割譲まで行ってしまったのだ。赤の王が実権を握ったからと言って、すぐさま経済状況が改善する訳でもない。
「王、エルバータ殿をお連れしました」
「入れ」
腹の底に響く威厳ある声で入室を許可したゴブリンの王は、その声に引けを取らない立派な姿である。だが、執務机に山積みされた書類がその威厳を半減させていた。
「これはまた、何とも……」
ゴブリンが真面目に政務に取り組んでいる。その事実はエルバータを驚愕させた。書類仕事をする化け物は、エルバータの想像の埒外だった。良くて美女でも侍らせているのかと身構えていた一刻前の自分の常識が音を立てて崩れていく。
「意外な者を見る目付きだな。早く入れ」
後ろから急かすギ・ザーに従い、エルバータがゴブリンの王の前に用意された椅子に腰掛ける。
「早速だが意見を聞きたい。後宮に掛ける費用の内訳だ。化粧代、というのが年間100万リブルとなっているが、これはどのように使われているのだ?」
「はっ……」
エルバータの目が点になる。脳は詳細な内訳を割り出せる筈だったが、聞いてきた相手と自身に聞いてくるという事自体に衝撃を覚えた。それは嘗て、財政の健全化を目指してエルバータが上級官吏に具申した書類だったのだ。
国の財源確保には大きく分けて2つの方法がある。税収を上げるか、出て行く金を減らすか。この2つだ。
「それは私ではなく、宮廷長に聞かれるべきかと……」
言を左右するエルバータに、ゴブリンの王の目が細まる。それだけで幾分か威圧が増したような気がして、エルバータの背筋に冷たい汗が伝った。
「この書類は貴様が作成し、貴様が宮廷司だった時に提出したものだ。もう一度聞こう。年間100万リブルの化粧代は、どう使われている?」
先程の光景は虚構ではなかったのだ。漸くエルバータの脳が理解を示した。この目の前の化け物は、恐るべき頭脳でもって王の仕事をこなしている。見た目に惑わされぬよう回答せねば命が危ない。エルバータはそう考えた。
驚愕から立ち直る間も無く、問われるままに詳細な内訳を答えたエルバータに王は更に幾つかの質問をし、その日は執務室から退出させる。翌日、エルバータの元に再び使者が訪れ、宮廷長就任を命じる勅命が下された。
驚きながら再びゴブリンの王が執務を取る部屋を訪れると、そこで彼は財政再建の為に宮廷費を削る任務を言い渡される。
「何故、私なのでしょうか? 私より有能な者はおりますし、宮廷長の職に相応しい者もいるでしょう」
「ならば、その者達をお前が推挙せよ。だが、先ずはお前からだ」
王は忙しそうに書類に目を通し、サイン代わりに王の旗として定めた黒き太陽の刻印を押して認可の証とした。
「……納得がいかないか?」
「はっきり申し上げれば、私には貴方が理解できない。貴方は本当に魔物なのですか?」
エルバータの問いに、王は笑って答えた。
「我は王である。それ以上でもそれ以下でもない。国の統治に、それ以外の何が必要だ?」
「つまり貴方は、この国を本気で……?」
「立て直す。我が庇護の下に、民の生きる国を約束しよう」
エルバータは、思わず目を閉じて天を仰いだ。もし、この魔物が人間であったならどれ程の名君となっただろうか? 燦然と輝くその名と共に、千年の歴史に名を刻む偉人として語り継がれることになっただろうにと。
昨日の質問から、この魔物の王はこの国がどんな状況にあるのかも理解しており、それでも尚立て直すと言っているのだと理解できる。
全てを奪い尽くす方が魔物らしく、そして簡単であるにも関わらずだ。
「貴方がエルレーン王国の国王であったなら、私は喜んで貴方にお仕えしたことでしょう。もし、貴方が人間であったなら、我が国はこのような惨状になどならず、四方を平定し巨大な国を立ち上げたに違いない。歴史書に不朽の名を刻むことも可能であったでしょう」
深い溜息をついたエルバータが再び口を開く。
「貴方が国を立て直したとしても、歴史にその功績を刻まれることはありますまい。人間の魔物に対する嫌悪はそれ程に強い。貴方の功績は泥に塗れ、感謝を捧げられることもなく打ち捨てられる。それでも貴方はこの国を立て直そうと言うのですか?」
「是非もないな」
「貴方に協力した者は、後世で裏切り者であると悪しざまに言われるでしょうな……。ですがその不名誉、謹んでお受けいたしましょう」
「……ふむ。理由を聞こうか」
今まで書類に向けていた視線を上げたゴブリンの王に、エルバータは毅然と答えた。
「例え歴史が貴方の功績を葬り去ろうとも、民は今此処で生きて暮らしているからです」
「成程。良く分かった。欲しい権限があれば、遠慮なく言うが良い」
再び視線を書類に戻した王に、エルバータは深く頭を下げて退出した。この三ヶ月後、エルバータは宮廷費の大幅な削減に成功する。その功績を以って彼は宰相補に付くことになり、更に二年後には宰相の地位を得ることになる。
彼が推挙した人材とゴブリンの王の軍事力によって、エルレーン地方は急速に復興を遂げていった。
◆◇◆
ゴブリンの王の軍勢から四将軍に任命されたギ・ガー・ラークスは、虎獣と槍の旗を掲げて迷宮都市方面へと軍を進めていた。
彼が率いるのは王の近衛たる騎馬隊の半数と、パラドゥアのハールー率いる騎獣兵。更には人間の兵からなる騎馬隊を中心に兵力1200を数えた。王の近衛を形成する三つ目の悍馬を駆る騎兵達は、何れもレア級ゴブリンである。その数300。この300とパラドゥアの騎獣兵200を主力として、他は人間の騎馬隊が700程である。
誇り高き血族のザウローシュがエルレーンで雇用した元エルレーン王国の兵士達。或いは捕虜の中から協力しても良いという者達を選抜し、ギ・ガーの軍勢に加えている。
南方では交易によって栄えた都市が多い。ファティナ近郊の穀倉地帯の齎す食糧は豊富な人口を養うに足り、熱砂の神の砂漠で産出される宝石類や迷宮都市から生み出される財宝など、その地域の特産物を商人達が運ぶ富の街道と呼ばれる交易路が発展していた。
無論、それは嘗ての一大国家たる旧エルレーン王国にも繋がっている。
アランサインの旗の下、ギ・ガー・ラークスはその交易路を辿って周囲の諸都市を陥落させ、迷宮都市に迫ったのだった。
「降伏する者の命は取らぬ。矛を交える前に降伏したのなら財産も保証しよう」
ギ・ガー・ラークスの速度を支えたのは、プエルの構築した諜報網とギ・ガーの寛容政策だった。小さな街では彼らの軍勢に対抗出来る筈もない。ギ・ガーからして見れば、それら小さな街を一々攻略していたのでは時間が掛かり過ぎてしまう。
何よりも彼の率いる兵種は騎兵であり、野戦でこそ真価を発揮する。攻城兵器などを運搬しながらでは、その進軍速度は遅々たるものになっただろう。
ギ・ガーと人間側の交渉を受け持ったのはザウローシュだった。レオンハートの副盟主という重責を担う彼は、損害は少なければ少ない程良いという実践的な考えの持ち主であり、落とした街からの略奪さえ禁じていた。
更に落とした街の住民を軍に加える事により、次の街との交渉に使うことで5つの街を無血開城させるという戦果を打ち立てる。どこの街でも少なからず交易をしている関係上、顔馴染みが多く居る為だ。
降伏した証に馬と壮健な若者を差し出すことを条件に、ギ・ガーは自治を赦す。士気は低いが、少なくない数の兵を集めながら彼らの進軍は続いた。ギ・ガーの軍は迷宮都市に近付くに連れてその数を増し、総数1900を以って迷宮都市へと迫っていた。
一方の人間側も黙って見ていた訳ではない。
ゴブリン側の狙いがどこなのかは不明なままだったが、最も大きな都市と言えば迷宮都市である。そこに冒険者を雇い入れ、戦の準備を着々と進めていた。元々砂漠近郊にある都市は城壁の整備が整っていない街が多い。
仕掛けるならば野戦であり、その為の兵力は迷宮都市に数多く集まった冒険者が担う。問題があるとすれば、彼らが赤の王派と反赤の王派で争った蟠りが未だに残っていることだった。ブランディカ亡き後、迷宮都市出身の冒険者達はファティナへ撤退する赤の王に同行せず戻って来ていた。
だが、出て行く前とは違い、迷宮都市は既に反赤の王勢力の掌中にあったのだ。とは言え、元々赤の王から目を掛けられる程に実力のあった血盟ばかりである。その質の高さは反赤の王の血盟よりも高く、実力は拮抗していると言って間違いない。
自由への飛翔のソフィアは、そんな状況を逐一迫り来るギ・ガー達に伝えていた。反赤の王派と元赤の王派を煽り立てるその手腕は、プエルの予想よりも遥かに卓越したものであった。
迷宮都市トートウキは、都市国家でありながら強力な軍隊を要しない。それは迷宮を囲うような形で都市が発展した為であり、冒険者が多数を占める都市の構成では、強力な軍隊よりも治安維持の方に重点が置かれたからだった。
嘗ての自由都市群の同盟の中でさえ、最古参の都市でありながら発言権は低く、政治的頂点に立つことは終に無かった。同盟の諸国に関しても、数多の冒険者の恨みを買ってまでトートウキに攻め込むという選択肢を取ることはなく、対外的には平和な国家として存続してこれたのだ。
だが、ゴブリンの王率いる軍勢が出現したことで、状況は一変した。
如何にクシャイン教徒から認められたといっても、それは魔物の軍である。人間同士の内戦とは根本的に異なるその戦に、トートウキを治める十人委員会はゴウンドール家のバッシニアを将軍として選出。
冒険者を主力とした軍で、ゴブリンを迎え撃つことになった。
構成としては歩兵1300と魔法使い達が400、更に臨時で周辺から雇い入れた騎馬兵が300。ほぼ全てを騎兵で固めているゴブリン側とは異なり、彼らは歩兵に主力を置いた。
当然ながら迷宮に潜る冒険者が中核を担っている為、それぞれが使い慣れた武器を持っている。強みはゴブリン側には居ない魔法兵達だったが、先の赤の王騒動の所為で、その内部は決して一枚岩とは言い切れなかった。
迷宮都市は、その名の通り迷宮を中心として発展した都市であり、高い城壁などは存在しなかった。バッシニア将軍は野戦を決意。これは防衛戦ともなれば一枚岩とは言い切れない冒険者の間で不和が発生することを恐れた為だった。
野戦になってしまえば目の前に敵がいる。その状態で仲間割れをすることは無いだろうとしたバッシニアの考えは妥当なものであったし、ゴブリン側もそれを狙っていると知りつつも敢えてそれに乗るしかないと結論付けた。様々な不運はあれども、彼は長年トートウキを治めて来た一族の代表であり、決して無能ではなかった。
だが、プエルの蒔いた種は着実にトートウキを絡め取り、ゴブリン達の前にその果実を差し出させようとしていた。
会戦は、トートウキの郊外で行われた。
数に勝るトートウキ軍は歩兵を全面に押し出し、遠距離から魔法を繰り出してゴブリン側に接近を許させない。ギ・ガー・ラークスらの得意とする速攻戦術を封じる作戦である。
300もの兵が繰り出す魔法の威力は凄まじく、ゴブリン側の騎兵が近寄る前に高位の魔法弾が地面に炸裂し爆発を起こす。順次魔法を繰り出す魔法兵を中心に、歩兵役の冒険者達がその周囲を守るという布陣は着実に前進しながらゴブリン側に迫っていた。
近付けない騎獣兵を見たギ・ガーは、自身が先頭に立つと兵を鼓舞して王から賜った旗を掲げる。
「敵に怯んで退いたとなれば、我が王の築いた名誉に泥を塗ることになる! お前達はそれでも勇敢な王の戦士か!? 俺が先陣を切る! 我が王より賜りし、この虎獣と槍に続け!」
王の近衛を自認する騎兵達に、ギ・ガーの激は十二分に効いた。死をも恐れず魔窟に入り、レア級となった彼らである。
王の為だと彼らが信頼する将軍が言うのなら、死地をも厭うものではなかった。
天上からその光景を俯瞰すれば、丸く固まった敵軍に向かってギ・ガー率いるゴブリン騎兵が、まるで風船を針で突くように一直線に軍を突き入れたように見えたに違いない。
集中した魔法弾を左右に避け、或いは跳び越えて進むギ・ガーの騎獣操作の巧みさは、ゴブリンの中でも最優のものだっただろう。
だが、それでも避けきれない攻撃がギ・ガーの体に衝突する。迫り来る炎弾を避け損ねたギ・ガーだったが、爆風を掻き分けて姿を現し、咆哮する。
「吶喊ッ!」
駆け抜ける速度のまま敵陣に突入し、歩兵を吹き飛ばすと、そのまま先陣となって槍を突き入れる。
彼に続く王直属の騎兵達もギ・ガーの姿に恐怖を乗り越え、騎馬を駆って魔法弾の降り注ぐ大地を駆け抜ける。馬蹄は大地を揺らし、ゴブリン達の上げる気勢は大気を震わせた。
降り注ぐ魔法弾とゴブリンの騎兵達の上げる土煙で視界が閉ざされ、更にその中からゴブリンの騎兵達が手にした槍を掲げて飛び出してくる。冒険者の掲げる盾にヒッパリオンが激突し、巨大な質量を受け止めた冒険者の腕が砕け、衝撃に蹌踉めく。
更にその隙間に、次の騎兵が馬を突き入れてくる。
一度乱戦になってしまえば魔法兵の出番は無かった。味方ごと敵を殲滅する非情な手段を取れる程、トートウキの将軍バッシニアは兵を掌握しきれていなかった。
「容赦は必要ないぞ! 敵は殲滅あるのみだ!」
普段は寛容を前面に押し出しているギ・ガーであっても、ゴブリンの獰猛な血は確実に彼の体の中に流れている。戦となれば槍を振るい敵を倒す度にその興奮は増していき、更に力を込めて敵を貫く。彼の長腕から繰り出される一撃は易々と鉄の鎧を貫き、冒険者の命を奪い取る。
敵陣を切り裂く槍の穂先となったギ・ガーは、そのまま敵陣の中で暴れ回り、トートウキ軍を潰走させることに成功した。街に逃げ込むトートウキ軍を、ギ・ガーは敢えて追撃しなかった。
勝利に酔う全軍を停止させて町の外で今一度陣容を整えると、捕虜にした人間を使って再び降伏勧告。トートウキ側を降伏させると、完全なる勝利を王に捧げることに成功する。
「止められぬ筈の進軍を止め、内外の犠牲を減らす。名将のなさることですな」
ザウローシュの言葉に、ギ・ガーは笑いもせず答えた。
「俺は、王ならばどうなさるかと、そればかり考えていた。俺の内に潜む熱い血は、王の示す道の為には抑えねばならん。その為に俺はどうすればいいのか。そうすれば自然と結論が出たのだ」
ギ・ガーはトートウキに入ると、街の中心である公会議堂に己の旗を掲げ、勝利を宣言する。
「アランサインを掲げよ! 我が王に、この勝利を捧げるのだ!」
ギ・ガーの勝利は王の元に伝わり、アランサインの神速はゴブリンの王の支配地域にその威名を轟かせることとなった。
今回から4将軍の活躍を一話ずつ出してみます。
次回更新は、7日予定