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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
272/371

幕間◇背を預かる者達

 ギ・ギー・オルドは魔獣軍を率いる4将軍の内の一匹であるが、その魔獣軍には戦闘部隊とは別に、補給を担う後方部隊が存在する。基本的にゴブリンは雑食であり、人間が生で食べれば間違いなく腹を下すであろう魔獣の肉や川の水を飲んでも全く問題はない。夜目は人間など比較するのも烏滸がましい程に効き、一般的な肉食獣がそうであるように肉体的にも頑強である。

 だがそれでも、王が出現する以前のゴブリン達は、魔獣犇く暗黒の森の中では最下層の存在であった。コボルトなどを除けば、殆ど捕食される側ですらあった。それが覆されただけでもゴブリンの王の偉大さが分かろうものだが、ゴブリンの王は更に進んだ思想を持ち込んだ。

 補給の概念である。

 以前のゴブリン達は獲った傍から獲物を食らい、余った物も取り敢えず腹に詰め込んでおけば良いというのが常識だった。

 そうでなくとも食い物には常に困っていたのだ。目の前の肉を喰っておかねば、誰に奪われるとも知れない。森の中で強者の地位に伸し上がったゴブリン達であったが、身体能力が上昇した訳ではない。無論、進化という例外的な要因があることは否めないが、生まれたばかりのゴブリンが強くなった訳ではないのだ。

 狩られる側から狩る側へと転身したゴブリン達は王の指導の下、深淵の砦を拠点として生まれたばかりの幼生達に訓練を施し、連携を仕込んでいった。同時並行的に魔獣軍や亜人の協力により、牧場の整備が進められていた。

 彼らが行ったのは、魔獣の家畜化である。

 ゴブリンの獣士にとって、魔獣とは食糧であると同時に己と生活を共にする家族である。ギ・ギーのように、そこに居るだけで魔獣が寄ってくる体質の持ち主はゴブリンの中でも極々稀な存在であり、そういう意味では、ギ・ブー・ラクタこそが魔獣軍の屋台骨と言って良いだろう。

 前線で戦うギ・ギー達に比して、ギ・ブーは後方にあってゴブリン軍全体の食糧となる魔獣の確保と使役可能な魔獣の選別、更には増産までも手広く行っていた。

 魔獣を飼育して肉に加工し、それを保存して食糧とする。

 言葉にすれば簡単だが、それを全軍の腹を賄う規模で実施するとなれば、相当な苦労を伴う大規模事業であると言わねばならない。ギ・ブー率いる魔獣軍の後方部隊、通称“後ろの者達(クルーア)”と呼ばれる彼らの責任は重大であった。

 クルーアを率いるギ・ブーは、牧場の建設によって増産される食料を日々拡大する戦場へと供給していった。暗黒の森から西域、更にその手は辺境領域にまで伸ばされ、現地の魔獣を飼育して家畜化するという作業にまで取り掛かっている

 クルーアが拠点としている地域は主に3つである。暗黒の森にある深淵の砦、西域にある植民都市、そして辺境領域の霧原野の砦。この3つに大規模な牧場を作り上げている。

 適度な広さの平地に他の獣から守る為の柵を設け、その中で魔獣を飼育する。飼育される魔獣の種類は様々で、暗黒の森では槍鹿や三角猪などであり、西域ではギ・グーの領地から連れて来られた肉喰らう恐馬と三つ目の悍馬である。

 そして辺境領域では、当初こそ三角猪や三つ目の悍馬などが大半を占めていたが、最近では現地の魔獣である草原大角牛や人喰い鶏などが飼育されている。

 人喰い鶏(マンイータバード)は肉だけでなく、産み落とす卵も貴重な栄養源として活用された。草原大角牛(ブルビータ)から獲れる肉と乳は、ゴブリン軍に所属する人間達にも食べられる貴重な食糧であった。

 拠点が増えるに連れて飼育される魔獣が変化するのは、混成軍故の人間の比率の増加と魔獣の特性が関係していた。そもそも魔獣というのは、人の手に負えない生物を一括りにしてそう呼んでいるに過ぎない。魔獣はその地域に合わせて魔素を取り込み進化してきた動物の一種であり、人間の飼う家畜などとは明確に一線を画する。

 魔獣という生き物は住み慣れた地域を離れると極度に衰弱することが多い。それは強大な魔獣でも弱小の魔獣でも変わらない。暗黒の森から西域へ進出した際、ギ・ブー率いるクルーアが最初に直面したのがこの問題であった。

 無論、例外は存在する。比較的移動範囲が広い魔獣などはその限りではない。基本的に馬系統の魔獣は住み慣れた地域を離れても衰弱の度合いが低い。また、生まれたばかりの魔獣を別の地域に連れて行った場合も、その限りではなかったりする。

 試行錯誤の結果、その二点に落ち着いたギ・ブー達は辺境領域の拠点建設を順調に進めていった。辺境に棲息する魔獣も暗黒の森に生息する魔獣と比較すれば、どれも凶暴性に欠ける獣ばかりだった。

 光さえ差し込まぬ暗黒の森がその密度を濃くしていた為か、魔獣の凶暴性は暗黒の森が最も高く、それに近い西域が次だ。辺境領域は人の手が入っている為か、大人しい魔獣が多い。無論、魔獣と名の付いている獣であるので人に害を齎す存在であることに違いはないが、暗黒の森の魔獣を馴らしてきたギ・ブー達からすれば、脅威度は格段に低かった。

 レア級の獣士であれば、殆ど問題なく使役可能な魔獣ばかりだった。

 魔獣の家畜化は、先ず飼い慣らそうとする魔獣を捕まえるところから始める。首に丈夫な蔦で編んだ縄をかけ、後は言うことを聞くまで押さえ付けるのだ。随分な力技だが、力関係をはっきりさせれば大概の魔獣は大人しくなる。

 極々稀にギ・ギーのような魔獣に好かれる体質のゴブリンも存在する。捕まえるところまでは同じだが、押さえ付けるまでもなく魔獣の方から進んで頭を垂れてくる。だが、それはあくまで例外である。

「あれを参考にしてはならぬ」

 ギ・ブーがレア級の獣士にギ・ギーのようになるにはどうしたら良いかと聞かれた際、彼は苦い顔をしてそう答えた。ノーブル級ゴブリンとなったギ・ブーから見ても、ギ・ギーは特異だった。

 殆どの場合、一度従順になった魔獣は主人と成ったゴブリンには逆らわない。階級の低い獣士が野犬などを使役しているのは、その程度の力しかないからである。

 押さえ付けた魔獣に餌をやり、魔獣が餌を食べたなら、使役は成功したと言っていい。餌となる物は魔獣によって千差万別で、例えば同じ草食系の魔獣であっても、草原大角牛が枯れ草を好むのに対して、人喰い鶏は新鮮な木々の若芽を好んだりする。それを見抜くのはギ・ブーの経験である。

 彼らの奮闘が、ゴブリンの王の驚異的な前進を支えていると言っても過言ではない。

 占領地で狩猟を行わず、即座に戦に向かえるのも、ギ・ブー達の活躍があってこそだった。


◇◆◆


 深淵の砦で飼育されている魔獣に三角猪や槍鹿が多いのは、利用価値が多岐に渡るからである。ギ・ブー・ラクタの飼育した三角猪や槍鹿は、肉や臓物などは幼生達の餌になるが、骨と毛皮についてはガンラ氏族に引き渡されることになっている。

 ゴブリン四氏族の内、最も手先が器用であり、唯一弓を扱えるガンラ氏族だったが、彼らは自らの新たな価値として細工の技を磨いていた。それは族長のナーサ姫の発案であり、王の下でのガンラ氏族の新たな地位獲得の為の方策だった。

 ガンラ氏族は捻くれた巨人の腕(アーノンフォレスト)と呼ばれる木々の上に居住し、ラ・ル・レの3つの氏に分かれている。

 ラ・ギルミ、ラ・ナーサ、先代に当たるラ・ギランなどの族長の血筋を引くラの一族。ル・ロウなどの氏族の戦士を多く輩出するルの一族。そしてレ・ローエンなどの木工の技に長けるレの一族である。

 王が平原へと進出する以前、彼らは洞窟の小人(コロ・トクゥ)達との技術交流を行っていた。妖精族の保護の下で高い技術を保有していた小人達との技術交流は、レの一族を始めとするガンラゴブリン達の物作りに対する技術と情熱を飛躍的に上昇させた。

 深淵の砦から送られてきた魔獣の毛皮は、なめしの工程を経て防具へと加工され、骨は削られ研磨されて矢尻へと変わっていく。また、成長した槍鹿の角は先端を切り取って柄を括り付ければ強靭な槍となる。長槍と比較すれば短いが、幼生達が使うには絶好の武器と成った。

 ガンラ氏族で生産されたそれらの物品は、亜人の翼在る者(ハルピュレア)土鱗(ダルダピエ)達によって、深淵の砦や各旅の宿のゴブリン達に届けられることとなる。

 一部良質な魔獣の革は、亜人達の居住地域を通って妖精族の森へと運ばれる。技術交流があったとはいえ、やはり最高品質の防具を作る際には妖精族の森で加工せねばならなかった。

 蜘蛛脚人(アラーネア)の糸や魔獣のなめし革、人馬族(ケンタウロス)牛人(ミノタウロス)の一族が作った鋼鉄、そして妖精族の生み出す青銀鉄。それら全てを、洞窟の小人達が繊細な細工を交えて防具に仕上げる。

 今回、製作を依頼されたのは新たに4将軍の地位を得た4匹のゴブリン達の防具。指揮を執るのは、ゴブリンの王の大剣を鍛えたこともあるクルト・ビルデ・ダーシュ。師のダンブル・ダビエ・ダビデから剣造りの手ほどきを受け、更には防具の製作にも意欲を見せる若き天才であった。

 ゴブリン達は、あまり防御というものを重視しない。

 比較的重視しているのはギ・ヂー・ユーブだろうか。人間では扱うのが難しい鉄で補強した大盾を構えながら長槍で隊列を組む戦い方は、損害を減らしつつ戦線を維持することに長けている。

 だが、他のゴブリンはどうかと言われれば、良くて皮鎧程度しか身に付けていないのが現状だった。それは階級が上がっても大きな変化はない。階級を上げることによる素の身体能力の上昇に頼った戦い方が、未だにゴブリンの間では主流であった。

 ギ・ズー・ルオなどは、流血が前提ですらある。

 だが、新たに創設された4将軍制度では、王の下で戦う時よりも危険度は跳ね上がることになる。何せ4将軍より高位のゴブリンは存在しないのだ。当然真っ先に狙われるだろうし、今までのようにプエルや王が直接指示を出す事も出来ない。

 そこでプエルは、王に助言して4将軍となるゴブリン達に新たな防具を下賜することを提案したのだ。プエルはゴブリンではない為、王に心酔するゴブリン達の心情を、第三者の立場で観察することができた。

 王から賜った防具を無下にすることはないとのプエルの考えにより、彼らの為の防具が作られることとなった。先ず全身鎧などはゴブリン本来の特性に反する。彼らの強みは強靭な肉体であり、夜の眷属たる奇襲攻撃である。従って、なるべく音が鳴らないものが望ましい。

 プエルから防具としての性能は落とさず、かつ静音性が高い物を、という注文を受けたクルト・ビルデ・ダーシュは、二重構造を使ってその問題を解決する。

 全身鎧ではどうしても音が出る。これでは夜に行動するのには不向きだ。

 故に鎧自体は革鎧を青銀鉄で補強するに留め、鎧の下に斬撃を防ぐ為の鋼鉄の鎖帷子を編み込んで局所を青銀鉄で補強。他の部分は大胆に削って魔獣の革を重ね、防御力の維持に務める。

 2つの特性を活かすことにより、防御力を維持したまま音の出ない構造を実現したのだ。

 魔獣の革というのは加工に手間が掛かる割に中々手に入らず、手に入ったとしても損傷具合が激しいものが殆どであった。それがゴブリン達と提携することによって良質な魔獣のなめし革が手に入るようになり、魔獣の革の特性が小人達の間で見直され始めていたのだ。

 以前なら、青銀鉄こそが至高の素材であるとして魔獣の革は一段低く見られる傾向があったのだが、今では望む特性に応じて扱う素材は変化するというのが、小人達の共通認識となっていた。

 彼らが作成した防具は早速最前線に運ばれ、王から直々に将軍達に下賜されることに成った。


◆◇◆


 暗黒の森の内部の輸送手段の担い手は商人である翼在る者と土鱗の一族達だが、西域を出る頃には担い手が変わっている。翼在る者達は天空を舞う捕食者達を避けねばならず、土鱗達は不可視の結界の所為で、それ以上の進出が出来ない為だ。

 だが、ゴブリン達は西域を奪取する為の戦いの最中に絶好の集積地を確保することに成功している。それは旧植民都市である。今は名をミドルドと変えたその都市は、物資の集積場所として発展の兆しを見せ始めていた。

 暗黒の森で生産された物資を運搬する為に人間の労働力を使い、その護衛として血盟誇り高き血族(レオンハート)や若いゴブリン達が行動を共にする。それを管理するのは妖精族のシュナリア姫であり、周辺に散らばる亜人の居住地を監督しながら、西都とミドルドを往復する生活を送っている。

 物資が集積すればそれを運ぶ為の人員が必要となり、その人員が休憩する為の宿が発達する。また遠方へ赴く旅人目当てに商人が露店を広げ、更にそれを目当てに人が集まる。

 ゴブリン達は野宿でも平気であったが、王の教育の賜物か、それとも彼らなりに理性を備えつつあるのか、宿が取れるならそちらで休むというのが彼らの常だった。しかし、ゴブリン達は貨幣経済に慣れてはいない。

 そこでシュナリア姫は、ゴブリン相手には料金は一律とし、領主館に申請させる形にした。何れゴブリン達が貨幣経済に慣れればこの制度は廃止するつもりであるが、何せミドルドに集まるゴブリン達は若手が多い。

 一部のドルイド達は兎も角、彼らが貨幣を理解するには未だ時間が掛かるだろう。

 輸送を担当する人間は、西域の北部集落からの兵士と辺境領域から流入した民から立候補した者達が多い。一家族に付き一人の兵士が出る家は税の減免が認められている為、少なくない若者がゴブリン軍に立候補していた。

 辺境領域から流入した民は元々の土地を捨てて来ている為、税がいくら安かろうとも生活は苦しい。如何にヨーシュが過労で倒れそうになりながら仕事を用意しても、元々の数が多過ぎるのだ。

 対して西域北部からの立候補は、シュメアの影響が大きい。

 ゴブリンと人間との調停をこなしながら、侵略してくるゲルミオン王国軍と対峙する若き辺境の戦士。未だ若い女性というのも手伝って、西域の辺境では絶大な人気がある。彼女に憧れて軍に立候補する若者は少なくない数に昇り、その内の一定数が輸送兵としてミドルドに回されてくるのだ。

 彼らを護衛として若手のゴブリンとレオンハートの人員が西域を移動する。途中で立ち寄るのは亜人達の集落であり、長年の夢であった草原を奪い返した(ウェア・ウォルフ)の一族の集落では、物々交換で彼らの特産品である魔獣の骨の加工品や魔石などをミドルドから来た輸送隊と交換したりする。

 魔獣の襲撃を恐れて行商人が近寄らない亜人達の集落では、輸送隊が物品を齎す役割を担っていた。人間の兵士や冒険者にも彼らとの物々交換は認められており、良識の赦す範囲で商売に手を出すのも自由であった。

 僅かな期間でこれだけの制度を整えたのは間違いなく妖精族の手腕であるが、そこに人間の色を加えているのはヨーシュやシュメア達だった。例えば兵士が商売をすることに関しても、一律禁止にしてしまっては厳し過ぎると主張してフェイ達妖精族にそれを認めさせたのだ。

 輸送隊は亜人の支配地域を抜けると更に南下をし、霧原野の砦を経由して最前線である辺境領域から南方各地に物品を届けることになる。人間の足で30日程掛かる距離を、荷馬車を引いて歩いていく。

 そうしてやっと届いた鎧は、将軍達の威容と共に戦場に現れることとなる。

 後方で戦線を支える者達の戦いは、戦線が膠着状態に陥っても尚続く為、最前線より過酷な側面も多かった。


◆◆◇


 辺境の民、約1万。

「ぐっ……! これは……」

 その膨大な人数が目の前に現れた時、ヨーシュは思わず唸った。

 頼むぞと一言言い置いて戦場へ逃げたゴブリンの王を頭の中で何度も罵倒しながら、ヨーシュは速やかに彼らの処遇を決めなければならなかった。住む場所の選定、仕事の見積もり、与える地域の確保……。

 彼の仕事は山脈のように堆く積み上げられ、疲労は海よりも尚深かった。

 1万人である。それもゴブリンではなく人間。ゴブリンならば、その辺にでも放り出しても何ら問題はない。彼らは勝手に獲物を獲り、勝手に食い散らかす。だが、投げ与えられたのは人間である。辺境領域とはいえ、田畑を耕して生活をしていた彼らを1万人も投げられたのだ。

 ヨーシュならずとも文句の一つも言いたくなるだろう。

 だが、幸いなことに辺境領域から逃れてきた民の中には村長を務めていた者達が居た。ヨーシュは彼らを探し出し、暫定的な処置として西都の区域を割り振ったのだ。

 シラークやラズエルなどの各街の領主達を代表とし、西域の現状を説明。速やかに彼らの働き口を確保すると共に、足りない居住地を見つけると約束する。

「どうすれば……」

 彼がこの問題の迅速な解決を迫られる原因は、1万人もの人間が暴徒と化した時のことを想定すれば自ずと理解できるだろう。今はまだいい。辺境領域から逃げてきたばかりで、ゴブリンの王やヨーシュに対する不満など無いのだから。

 だが、もし彼らが満足に暮らしていけないと考えたとして、その後にどんな行動に出るかなど分かったものではない。ゴブリンの王は1万もの人間を抱え込む危険性を本当に判っていたのかと、ヨーシュは愚痴を溢す。

「一箇所に纏めて置くのは危険だ。だけど、分散させられる程の土地は……」

 西都の中だけでは確実に手狭になる。かと言って、北部の集落に行かせるとなれば、元々住んでいた住民と摩擦が起きるのは火を見るより明らか。

「……ミドルドしかない、か」

 旧植民都市。規模で言えば西域第二の都市である。今は暗黒の森から最前線に物資を運ぶ為の集積場所として賑わっている。暗黒の森に近く魔獣の脅威は高いが、土地は余っているし、護衛の為のゴブリンや亜人なども豊富に居る。

 そう考えたヨーシュは、すぐさま辺境領域の代表を呼び寄せる。

「補償はあるのかね? 老人や赤子も多いのだが……」

「勘違いなさらないで頂きたい。これは提案ではなく、西都を預かる市長としての命令です」

 冷徹の仮面を被ったヨーシュは、無感情に言い切る。

「そんな……! ゴブリンの王は、そんなことは一言も……」

「ええ。はっきり申し上げますが、貴方方から保護を求められるとは思っていなかったのでしょう。来たいと言っていきなり来られても、準備も何も出来ていない状況である事はご理解頂けると思いますが」

 これはヨーシュのハッタリである。

 だが、ヨーシュは恐らくこのハッタリが有効であると判断していた。難民同然の彼らを受け入れる経緯は凡そ聞いていた。彼らの立場は極めて弱い。ならば、交渉するにはそこに付け込まねばならない。

 全く嫌な仕事だ。内心で溜息を吐きながらも、表情は冷徹な市長の顔を崩さない。

「それは……! だが、我々とて」

「勿論、相応の支援はお約束しましょう。ですが、西都で貴方方全員を養うことは不可能です。その前提は覆りませんし、元々住んでいる住民を追い立てる事も出来ません。分かって頂けますね?」

 眉間に皺を寄せる代表達の様子に、ヨーシュは後一歩だと感じる。

「西域を預かる妖精族のフェイ殿と交渉しました。少なくとも半年間、貴方方から税を取りません。西都から食糧の援助もいたしましょう。飢えて死なぬ程度ではありますが」

「……分かりました。ご好意に感謝します」

 ヨーシュの申し出は近隣の国の基準からすれば破格である。いきなり押しかけてきた見ず知らずの他人に対して、半年は生かしてやると約束しているのだ。本来なら全員奴隷に落とされても文句は言えない。

 代表達が退出した後、ヨーシュは頭を抱えねばならなかった。

 半年の支援は約束したが、その後が続かなければ早晩彼らは奴隷へ身を落とす。そうであるからには、何か対策を講じねばならない。彼らが生きていく為の仕事を創出せねばならなかった。

 西都から西へは、人の足で5日程。

 ヨーシュ自身、そんなに簡単に仕事の創出が出来るのか疑問だった。思わず天を仰ぐ。その時、知恵の女神の閃きが頭を過った。新しく創るのが難しいなら既存の組織を真似てしまえばいいのだと。

「……冒険者ギルドだ」

 剣闘士奴隷として様々な街を回っていた当時、町中を移動させられている間に外を眺めれば、冒険者ギルドというものがあったのを思い出す。

「今のギルド本部は、確かシュシュヌ教国にあった筈だけど」

 支部の派遣を要請するのはどうだろうか? いや、了承する筈がない。ここはゴブリンの王が支配する魔物の国である。となれば、自分の手で創るしかない。

 構成自体は簡単だ。西都から仕事を受注し、それに見合った人材が仕事を引き受ける。その窓口をミドルドと西都に創り、仕事の成果に応じて賃金を支払う。

 労働と対価。これが最も重要だ。社会的な実績を積むことで彼らが自らをゴブリンの王国の国民なのだと自覚するようになれば、反乱を未然に防ぐことにも繋がる。

 例えば道路の敷設である。ゴブリン達は、これから更に南方地域を切り取るだろう。その進撃がそう簡単に止まるとは思えない。だとすれば、迅速な移動の為の道路の整備が必要になってくる。その為の人員の募集は膨大な数になるだろう。道路が有るのと無いのとでは、物資の移動に大きな差が生まれる。国に貢献し、賃金と社会的信用を得る絶好の機会だ。

 ゴブリンの王国にヨーシュの発案によるギルドが創設されるのは、この一ヶ月後のことであった。



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