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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
263/371

軍師

 シラークの街に張り巡らされた防御網と僅かな攻防を見て、カーリオンは口元に微かな笑みを浮かべた。陽動の部隊には手を出さず、本命にのみ力を注ぐ目の確かさは、彼の脳裡にある人物を思い浮かべさせる。

 潰しきれなかったエルクスの執念を感じながら、カーリオンは独白する。

「確か、自由への飛翔(エルクス)にいましたね。トゥーリの躍進を支えた“静寂の月”のプエル・シンフォルア」

 力攻めは下策と判断したのは客将ワイアードだったが、カーリオンは速攻に拘った。一つには時間がないこと。これは赤の王と自身そのものにである。

 もう一つは敵の軍師であるプエルが、恐らく援軍を呼び寄せる筈だと判断した為だ。シラークの街に入れる人員には限りがある。多くとも2000程度だろう。たったそれだけの人員で赤の王の攻撃を止めようとするのは、ここまでの戦績が物語る彼女らしくない。

 無謀と勇気の区別の付かない人種ではないと、カーリオンは見定めていた。

 寧ろ、敵は冷徹なまでに合理を重視する。

「お手並み拝見です」

 このシラークを落とすのに、最長でも5日とカーリオンは判断する。戦場は誤情報と誤断の連続である。その中で己の死までを計算に入れた、より確かな目を持つ軍師はどちらか? 彼ら彼女らは競い合うかのように縦横無尽に策を描く。

 カーリオンの指示で先頭に立つのは、戦意の高いサーディンの部隊だった。

「好きに使ってくれ」

 再び戦場に立つカーリオンの姿に、サーディンは意気込んで応える。

「敵を掻き回します。接近と後退を繰り返して敵の攻撃範囲を探ってください」

「心得た!」

「サーディン。あまり猪突せず、騎馬隊の指揮に専念して下さい。雑軍に、防御を固めて街に接近し柵を引き抜けと指示を」

 飛び出していくサーディンの騎馬隊を見送ると、カーリオンは次々に指示を出していく。

「王直属の部隊は、陣営地を東に移動。周囲を警戒しながら、徐々に北へ動いてください」

 主力として3つの部隊を動かし、更に陽動として少数の部隊を無数に動かす。北側以外の東西と南から攻め寄せる赤の王の軍勢は地を埋め尽くすかのようだった。進行速度を合わせた各軍の動きはカーリオンからの指示と現場の指揮官の判断によって調整されており、多数の首を持つ肉食獣のようにシラークを狙う。

 対して、シラークの街からの反撃は適切かつ無駄がない。

 陽動と思われる部隊には手を出さず、一定以上の距離に近付いて来た部隊には遠距離からの矢の集中攻撃である。しかも普通の矢ではない。盾を貫き、鎧さえも射抜く威力である。

「妖精族や亜人の中には人では不可能に近い剛弓を引く者がいると聞きますが……。これは間違いないかな」

 敵がプエルだと確信を深めたカーリオンは、乱されつつある部隊の進行速度を調整する。主力として前に出している雑軍が遠距離からの射撃で、集中砲火を受けている。

「重装兵を前に。半刻後に矛先を並べなさい」


◆◇◆


「……」

 まるで蟻の群れが這い寄るが如き敵の動きをシラークの城壁の上から俯瞰し、プエルは沈黙の中で考えを巡らせる。妖精族は、その長い耳で風の流れが見えると言われている。人族には見えない風を読む彼らは優れた狩人であり、人の入り込めない深い樹海の中でも移動出来るのだと。

 そうでなくとも、美しく整った顔立ちのプエルが思考の海に身を沈めながら風に髪を靡かせる様子は一幅の絵画のようであった。喧騒と怒号の行き交う戦場の中、彼女の周囲は異常な程静かだった。

「半刻後、彼らは隊列を整えて前進します。罠の地域まで引き込んで一斉射撃。ティアノス殿の部隊は休息を。ザウローシュ殿の部隊だけで持ち堪えられるでしょう」

 敵の陣営地から視線を逸らさず宣言したプエルは、僅かに目を細めて指示を出す。

「分かった。矢の準備を急がせよう。……それと、プエル殿は少し休まれることだな」

 誇り高き血族(レオンハート)のザウローシュは、大陸東部では名前を知られた戦巧者である。巨大な血盟を率いる彼は、プエルの少ない言葉だけで用意すべき物資を言い当てる。そればかりでなく、彼の用意する必要な物資の量までも妥当なものだった。

 軽く頷くと、プエルは疲れた体を引き摺って自身の割り当てられた部屋へ戻る。

 扉を閉め、一人になって目を閉じるが、彼女の瞼の裏に見えるのは無残に死んだ同輩の姿だった。

「……もう直ぐ」

 眠ることの出来そうにない昂ぶりを覚えたが、彼女は敢えて目を瞑る。微睡みの中ですらも戦場の炎に身を焼いて、彼女は戦い続けていた。


◆◇◆


 兵は詭道である。 

 その言葉を現すように速攻を決めたカーリオンの取った戦術は、部隊を動かして敵の思惑を外し、一気に城壁にまで接近しようという機動策である。

 主力として雑軍、赤の王の歩兵、サーディンの騎馬隊を激しく動かし、その上で更に客将ワイアードに部隊を率いさせて前進させる。進行上にある罠や柵などの防御施設を薙ぎ払いながら、彼らは進撃する。

 砦の左右から迫る雑軍と赤の王。更に中央からサーディンを向かわせる。自らの主の部隊まで囮に使うカーリオンの戦術にブランディカは苦笑し、だが着実に囮の役を引き受けた。

「そうとあらば、全力で囮役をやってやろうじゃねえか」

 呵々と笑ったブランディカは、燃え立つような気炎を上げながら中軍に位置し、その玉体を戦場に晒す。

「アティベル国王ブランディカはここにいるぞ!」

 三つ目の悍馬(ヒッパリオン)の馬上で堂々たる体躯を誇る彼が両刃の長柄斧(バルディッシュ)を掲げて宣言すると、左右で大紋章旗が左右に振られ、その存在を主張する。

「困った人だ……」

 戦場全体が見渡せる小高い丘の上からそれを見たカーリオンは心底困ったように笑い、一瞬で表情を引き締めた。彼らにとって、死は常に隣にあった。それは近寄ることも遠のくこともせず、ただそこにあり、ある日突然何の脈略もなく生命を奪っていくのだ。

 だからこそ、それを知って尚人間らしく楽しまねばならない。苦痛だけの人生など、人の一生でも長過ぎる。

 ブランディカとカーリオンにとっては、国盗りも戦もお互いに認め合う遊びであった。

「そうだよな、カーリオン。そうでなくちゃあな!」

 出会った頃と変わらぬものを確信し、ブランディカとカーリオンは遠く離れた戦場で笑い合った。

 雑軍と赤の王が砦に向かって鎌で草を刈るような曲線の軌道を描いて前進し、サーディン率いる騎馬隊は左右に集中した矢の雨を掻い潜るように直進する。

「大盾で互いに庇い合って矢を防げ! 先陣は我武者羅に前に進め!」

 ブランディカが戦場で声を張り上げ指示を出す。囮役を買って出た彼は、その役柄を思い切り楽しみながら演じる。

「応、応!」

 先陣の兵達も声を張り上げ、飛来する矢を物ともせず前に進む。盟主直属の軍で活躍が認められれば、一足跳びに新たな国で栄誉に与れる。何せ王は絶対権力者であり、家門を誇るばかりの貴族は存在せず、新進気鋭の有力者達が鎬を削っている状況だ。

 王の目に止まりさえすれば、栄達は思いのままと言っても良い。

 大軍故の物量に物を言わせた進軍は、囮としては十分過ぎる効果を発揮していた。砦から放たれる矢の雨はブランディカのいる部隊に集中し、更に広範囲に正面を広げることにより被害を防いでいる。

 その隙に、雑軍とサーディン率いる騎馬隊は防衛施設を破壊しながら砦へ近寄る。

 柵や落とし穴、逆茂木などを解除しながら進むブランディカだったが、一瞬だけ矢の雨が止む。訝しげに敵陣を睨む兵士の耳に先行していた騎馬隊の悲鳴が聞こえた。思わず視線を砦から外せば、騎馬兵に集中する射撃。

「矢、来るぞ!」

 騎馬隊の先頭が崩れたと見るや、即座に方向を転換する。死を運ぶ矢の群れが空を埋め尽くす勢いで先頭に集中する。強弓から放たれた矢は翳した大盾と鎧を容易く貫き、兵士の体に無数の牙を突き立てた。

「怯むな! 前進!」

 赤の王に従う盟主達は、それでも尚前進する。ブランディカが泰然と中軍に控えている限り、彼らには敗北など思いもよらぬことであった。一方、雑軍は苦境に立たされている。

 元々、雑軍は中小血盟の集まりである。

 交易国家プエナとエルレーン王国が戦争をして勝敗が決したなら、未だ良かった。彼らは傭兵として雇われているのだから、国との契約を切ることも出来る。だが、今回プエナは戦をした訳ではない。国主であるラクシャは王都に留まり、彼らは辺境領域の守備を命ぜられていただけなのだ。

 国内で長老達と赤の王との戦が始まり、彼らはいつの間にか赤の王の指揮下に組み入れられてしまっていた。勝負すらしていないのに勝敗が決まってしまったような、安易に飲み下せない気持ちが彼らの中にはあったのだ。

 これで赤の王が雑軍を傘下に加えたのなら、彼らの士気も上がったかもしれない。だが、赤の王は彼らをプエナの所属にしたまま指揮権だけを奪っていった。

 ブランディカとカーリオンからすれば必要な武力は既に揃っている現状、態々雑軍を傘下に加える必要性を感じなかったし、寧ろ主力の目眩ましになるような安心して擦り潰せる戦力をこそ欲していた。

 戦を殴り合いに例えるなら、どこを狙うかが戦略で、どこに力を入れて相手を倒すのかが戦術である。小手調べとして出す戦力としては、雑軍はうってつけだった。

 それを敏感に感じるからこそ、雑軍の士気は上がらない。

 だが、それでもプエルが手を抜くことはなかった。

 全ては赤の王討伐の為。立ち塞がる者は等しく敵であり、敵は完膚なきまでに叩き潰すという苛烈な意志によって彼女は砦を守護していた。

「我が矢に続いて、三斉射っ!」

 愛用の弓を引き絞り、妖精族に見える風の流れを見極めながら空に向かって矢を射る。風を切って飛ぶ鏃の向かう先は士気の上がらぬままの雑軍の先頭。盾を貫通し、鎧を抜いた鏃が肉体すらも射抜いて地面に突き立つ。

 それに続いて、矢の群れが空を覆うように無数に降り注ぐ。

 阿鼻叫喚の地獄を創り出した彼女は、狩人特有の目の良さで敵の様子を確かめながら、眉一つ動かさず次の獲物に狙いを定めた。

 両端と中央の出鼻を挫いたプエルは、未だに立ち直れない敵に更なる追撃を加える。

「投石器を敵中央へ」

 細く息を吐き出して復讐に燃え立つ心を静める。

 冷静に。自身に言い聞かせるように心の中で唱えながら、脳裏の中では勝つ為の算段を繰り返し行っていた。

「全機、準備良し!」

「発射」

 間髪入れずに放たれた投石器の巨大な岩は、矢とは比べ物にならない質量を持って空を駆ける。狙う先は中央騎馬隊。シラークに配備した投石器は五つしかなかったが、それらを全て運用できるのはレオンハートの力があってこそだ。

 高い威力に比して投石器の命中率は高くない。放った石塊全てが騎馬隊を外れ、地面に着弾したことからも、それは窺い知れる。だが、その石塊の大きさと着弾した際の振動は間近にいた騎馬隊の恐怖心を増幅させるには十分だった。

「ちっ!」

 敏感に部下の恐怖を感じ取ったサーディンが、声を張り上げて彼らを叱咤する。

「こんなデカブツが早々当たるかっ! びびってんじゃねえ! 突進だ!」

 自身が先頭を切って馬を走らせるサーディンに、部下達も恐怖心を押し殺して続いて行く。

「矢が来るぞ! 左に旋回!!」

 プエルが再び矢を放つが、サーディンは矢の軌道を読んで騎馬隊を先導する。行く手を遮るが如くに、凄まじい正確さで矢の雨が降り注ぐ。

「当たらねえよ! 鈍間が!」

 だが、サーディンの騎馬隊を捕らえることは出来ない。罠を解除した地域が広がった為に、騎馬隊が動ける範囲も広がったのだ。曲線を描いて空を駆ける矢の群れは確かに脅威だが、着弾地点が予想出来るならその限りではない。

 自由な機動さえ出来れば早々当たるものではない。況して速度を重視する騎兵なら尚更である。一旦騎馬隊に勢いが付くと、サーディンはその位置を徐々に中軍にまで下げた。先頭を切って戦うのは気分が良いが、当然指揮がし難い。

 騎馬隊の指揮を最優先に。事前にカーリオンから助言されていたのもあり、彼は先陣を部下に譲ることを決めていた。

「……射撃用意」

 動き回る騎馬隊に対しても、プエルは変わらず射撃の用意をさせる。

 放たれる矢の群れは相変わらず敵の騎馬隊を捉えることが出来ず、徐々に距離を詰められている。突進経路を確保されてしまえば、その道には罠が無いことが容易に分かってしまい、敵は一気に攻め寄せてくることになる。

 少なくとも騎馬隊の通った道には罠は無い。彼らはそれを徐々に拡大することによってシラーク攻略の足掛かりにするつもりだった。

「何? 撤退だと!?」

 中軍で指揮を執るサーディンの目に飛び込んできた本陣の旗は、撤退の合図。

「後少しで取り付けるってのに……! いや、くそっ! 分かったぜ、カーリオン!」

 歯を噛み締めながら撤退の声を張り上げたサーディンは、直後カーリオンの指示が正しかったことを知る。先頭を駆けていた騎馬隊の一部が突如乱れた。

「──罠かっ!?」

 当たらないにも関わらず、プエルが射撃を続けさせたのは騎馬隊を罠に引き込む為だった。一回一回の射撃に意味はなくとも、射撃する度に微妙に罠の位置に誘導されていたのだ。口元を僅かに歪め、プエルは再び矢筒から矢を1本抜き取る。

「敵は動けません。良く狙いを定めて下さい」

 努めて平静に言葉を口にした彼女は、罠に足を取られて落馬した騎馬隊に向けて弓を引き絞る。矢は風を纏って疾り、落馬の衝撃に苦しむ敵の背中を射抜く。

 サーディンは先陣を務めていた部下は見捨てるしかないと判断し、残る中軍と後軍を反転させ、矢の届かない範囲へと退避するべく馬を走らせる。だが、そんな彼に風鳴り音を伴って石塊が放たれていた。反転する為にシラークに横腹を晒した騎馬隊に向かって、プエルは容赦なく攻撃を加える。

 幾つかの石塊が騎馬隊を殴打し、直撃した者は人馬諸共押し潰された。

 それでも何とか死地を脱したサーディンは、矢の届かない位置まで後退することに成功する。一度の戦闘で1割強を失う損害を出しながら、騎馬隊は尚健在であった。

 赤の王が後退するのを見て、自分達の勝利を悟ったのだろう。シラークの町から爆発するような歓声が上がった。

「打ち出す一手に、無数の広がりがある」

 歓声に沸く周囲の喧騒とは逆に、プエルは撤退していく敵を見据えて呟いた。

「ふむ……中々やりますね」

 遠く陣営地からその様子を眺めていたカーリオンは微笑を浮かべ、全軍に撤退を命じた。未だ落ちる気配のないシラークだったが、カーリオンの余裕は崩れず、対するプエルも同様に冷静な表情を崩さない。

「──けれど、守りきれない程ではない」

「──ですが、落とせぬ程ではない」

 皮肉なことに、2人の軍師は互いに次なる戦の勝利を確信していた。


◆◇◇


 1日目の攻防が終わり、2日、3日と激しく長い攻防が続く。4日目には夜戦が行われたが、頑としてシラークの街は落ちなかった。だが、それでもカーリオンの巧みな指揮は徐々にシラークの街を取り囲む防衛設備を破壊し、将兵に数多くの死傷者を出させていた。

「カーリオン、もう休め」

「ああ……セーレさん」

 刻一刻と近づく終の音を聞きながら、カーリオンは未だ微笑を絶やさない。暗い室内には明かりすらない。姉妹月の放つ赤い月光だけが、室内を照らしていた。

「参りました。いよいよ立てませんね」

 戦はカーリオンの生命の消耗を早めた。移動しようにも足に力が入らず、僅かに痙攣するのみ。

「痛みは無いのか?」

「先生の薬のお陰で」

「……幻覚も見えているのだろう?」

「揺れる草木が、敵兵に見えたりしますね」

「それでも戦うのか」

「ええ。あの城を抜き、王の覇権を確立する。それが臣たる者の務めです」

 体は既に崩壊しつつある。

 カーリオンを支えているのは、途方も無い執念だった。

「何がお前をそこまで駆り立てる? 私には理解出来ない」

「ただ、己の主を勝たせたい。それだけ……たった、それだけなんですよ。僕達は、間違っていなかったと、証明したいんです」

 暫くカーリオンを眺めていたセーレだったが、不意に背中を向けると別れの言葉を告げる。

「好きにすればいい。私は勝手にさせてもらう」

「ご迷惑をお掛けします。明日が、勝負です」

 無言のまま立ち去るセーレを見送ると、カーリオンは口元を歪めた。

「……勝者は、常に強くあらねばならない。でなければ、今まで踏みつけて来た者達に、申し訳が立たない。いえ、違いますね。強くあらねば、僕が許せない」

 薬の効果で眠ることすら出来ないカーリオンは、天上の姉妹月を見上げていた。


◆◇◆


 翌日、カーリオンは珍しく全軍を前にして馬上から檄を飛ばした。

「皆さん! 今日までよく戦ってくれました。今日こそ、この戦いに決着をつけ、跳梁跋扈する魔物を駆逐し……人間の世界を復活させる時です! 僕らの正しさを、人間の力を、見せてやりましょう! 時代を統べるのは僕らであると、勝利と共に証明しましょう!」

 賛同の声と共に、天に向かって突き上げられる多くの拳や得物。

 彼ら赤の王にとって、これは正義の戦。自分達の選んだ王が天下を握る。断じて貴族や腐った権力者などではない。日々命を懸け、魔窟を攻略し、人間の領域を広げてきた冒険者達による王の選定。

「王の為に!」

『ブランディカに勝利を! アティベルに栄光あれ!』

「出撃!」

 カーリオンの合図と共に、遂に赤の王が血で彩られた道を進む。即席で作った投石機を発射し、着弾する岩が城壁に亀裂を入れる。命中した城壁は地震でも起きたかのように揺れ、その分だけ狙いを定めていた射手の精度を下げる。

 全軍の総大将たるブランディカを先陣まで送り出したカーリオンは、当然そこに群がるであろう敵の攻撃を見越して、本命をサーディン率いる騎馬隊に任せる。ブランディカの側には、金剛力のワイアードがいる。守備は彼に任せて問題ない。

 ブランディカ目掛けて放たれる矢の雨が、ワイアードの盾によって弾かれる。

「進め! カーリオンの策に全てを委ねるのだ!」

 ヒッパリオンの上で、ブランディカが迫り来る矢を払い除ける。

「……これ以上は危険だ」

 降り注ぐ矢の雨を防ぎながらワイアードが具申するが、ブランディカは笑みすら浮かべて首を振る。

「俺の軍師の言葉だ。信じてやるさ」

 両刃の長柄斧(バルディッシュ)で降り注ぐ矢の雨を打ち払い、ブランディカはその姿を晒し続ける。シラークの城壁の上からでも、その姿は明瞭に見て取れた。

「──ブランディカッ!!」

 シラークの城壁の上から、その姿を見てとったプエルは今までの無表情の仮面をかなぐり捨てた。身の内に宿る憎悪をぶつける相手が、手を伸ばせば届く距離にいる。その事実が彼女から軍師の仮面を剥ぎ取り、自由への飛翔の血盟員としての彼女を引き摺り出した。

 復讐者の手で引き絞られた矢が、風を切って放たれる。

猛き風の名の下に(ストーム・バレット!)!」

 凝縮された風圧が空気の壁すら突き破って加速する。青銀鉄(スリラナ)製の矢が唸りを上げてブランディカ目掛けて放たれる。放たれた一矢を中心として小さな暴風を伴ったそれを、ブランディカは両手で構えたバルディッシュで弾く。

 痺れを伝える指の感触に、獰猛な笑みを浮かべて放った射手を見る。

「はっ、エルクスか!」

「ああぁぁああ!」

 己の放った矢が届かないことを知ると、プエルは更に三本の矢を片手で握る。

「死ねェ!」

 普段の冷静な彼女なら、いくら戦の中で敵の盟主が直ぐ近くに居ようとも、そこまで固執はしなかっただろう。だが、相手は自らの大切な者達を奪い去った怨敵である。その激情が、彼女に冷静な軍師であることを許さなかった。

 三本続けて放たれた矢の軌道は、ほぼ一直線。激情に身を任せながらも曲芸じみた弓の腕だが、それでも憎き敵には届かない。ブランディカはまるで小枝でも振るように背丈程もあるバルディッシュを操ると、3本の矢を叩き落とす。

「届かない……! 仇が、ブランディカがあそこにいるのにッ!!」

 眦は割かれたように見開き、噛み締めた唇から血が流れ出る。それすら無視して、プエルは赤の王の盟主を睨んでいた。

「軍師殿!」

 悲鳴じみた報告に、彼女は我を忘れていた事を知る。

 見れば、城壁には既にサーディン率いる騎馬隊が迫ってきていた。

「くっ……」

 それでも彼女はブランディカを諦めきれないように一瞥する。奥歯が砕ける程に噛み締めると、迷いを振り切るように視線を外す。

「シラークを捨てます。北から逃れますのでレオンハートは先行を!」

「承知した」

 ザウローシュの返事を背中で聞き、プエルは再びブランディカを見た。

「……必ず、次こそは!」

 決意を新たに、プエルは妖精族と人馬族を伴って脱出を図る。遠目に確認した北方向に土煙が上がっていた。狩人の視力が、彼女に赤の王の増援を告げていた。

「ゲルミオン王国に、付与術師グレイブ……」

 掲げられた旗の紋章まで見て取って、彼女は激情を己の内に仕舞う。撤退は厳しいものになるだろう。半ばが生きて帰れれば、まずまずの成功と言って良い。

 このタイミングでの敵の増援。そして、その位置取り。

 彼女も認めざるを得なかった。

 敵は、間違いなく天下一の軍師であると。

 抵抗が弱くなったシラークの街に、サーディンとブランディカは最後の攻勢を掛ける。門を破り、街の中に入ると、そこは既に炎が席捲する地獄だった。

 燃え盛る家屋を尻目に、サーディンは凱歌を上げる。

「勝った! 勝ったぞカーリオン! 流石だ!」

「よし! カーリオンの策に乗って、俺達の天下を掴み取る! 奴らを追撃しろ!」

 ブランディカは炎上するシラークを横目に、追撃の体制を整える。

 遠目に炎上するシラークを確認すると、カーリオンは深く息を吐いて、空を見上げる。

「第二、第三の矢は放っています。赤の王の追撃の矢を存分に味わいなさい。プエル・シンフォルア……ぐェ、は、ごァ……」

 身の内からせり上がってくるものを耐えて、カーリオンは己の王を探した。

「王よ、我が、王よ……どうやら、お別れの、ようです。どうか、天下を……握って……」

 それだけ言うと、彼の口から大量の血が溢れた。

 霞む視界の中、出会った頃のブランディカの姿が瞼の内に蘇る。その隣に並ぶ自身の姿。

 並ぶ者とて無く、ブランディカを除けば赤の王の最大の功労者は、自らの全てを使い果たし、その身を横たえる。

 こうして王佐の才と呼ばれた稀代の軍師カーリオンは、シラークの陥落と同時に、その生涯を閉じたのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


【個体名】カーリオン・クイン・カークス

【種族】人間

【レベル】90

【職業】軍師

【保有スキル】《剣技D-》《王佐の才》《戦場の軍師》《神算鬼謀》《深慮遠謀》《知恵の女神の聖寵》《炎を飼う者》

【加護】なし

【属性】なし


《王佐の才》──自身が主君と定めた者の能力を上昇(大)

《戦場の軍師》──大軍同士の戦いの際、自軍の兵の戦意高揚(中)、知力上昇(小)

《知恵の女神の聖寵》──身体が弱くなるが、自身の知力が上昇(大)

《炎を飼う者》──命を削り、自軍に戦場での幸運を呼び込む。


◆◇◆◇◆◇◆◇


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