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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
261/371

戦場への誘い

 霧野原の砦(メルギオン)と名付けられたその砦の近辺は、平原地域には珍しい小さな川が3つの支流に分かれている場所だった。近くには小さな林が点在し、南には辺境領域が広々とその裾野を広げ、北を向けば西域の草原地帯が広がる。

 朝は霧が辺りを覆い、夜はひんやりとした空気が天上で輝く赤い姉妹月を輝かせる。近くの林から木材を調達し、プエルが前線に向かった後もザウローシュが指揮を引き継いで工事が進められていた。

 更に南へ下ると辺境領域のシラーク、プエルが拠点と定め、赤の王を戦に引き摺り込む為の工作をしているラズエルが見えてくる。そしてシラーク・ラズエル等の辺境領域には、雑軍と呼ばれるプエナの冒険者を中心とした傭兵軍が偵察と魔獣駆除を兼ねて駐屯しているのだった。

 少数での偵察隊を繰り出し、隙あらば敵を葬る。

 互いの戦術を一言で現すと至極簡単なように思えるが、千変万化する戦場と昼夜を問わぬ邂逅に開戦の切っ掛けは中々訪れなかった。特に雑軍は幾つかの大きな血盟が中心となってはいるが、柱となるべき蒼鳥騎士団団長アレンを欠いている現状では積極的な攻勢に出ることも叶わない。

 プエナの代表であり血盟を纏める求心力を持った人物が不在の雑軍では、味方同士の対立まで起こっていた。必然、そんな状態ではプエル率いるゴブリン側に攻勢を掛ける余裕などない。

 汲々としながら偵察の順番と規模を決め、何とか血盟同士をいがみ合わせないようにするのが精一杯だった。

 一方のプエルも、戦力の消耗を嫌い偵察で半ば勝利を収めつつ撤収するという行為を繰り返しており、決定打を欠いていた。人馬族を中心とした斥候部隊は主に弓と槍を装備し、魔獣と人を遠くから狩る。

 生真面目な性質の族長ティアノスに率いられた人馬族は、慎重を第一として決して人間側の勢力範囲には深入りしない。追撃も早々に切り上げる用心深さはプエルの思惑通りだった。

 結局、雑軍側に出来るのは遠くプエナの王都に居座る赤の王に魔物の襲来を告げ、援軍を要請する程度。

 しかし、赤の王としても今はプエナの長老達の討伐が最優先事項である。故に大きく割ける戦力は無く、更にブランディカは討伐を赤の王の幹部達に任せていた為、どの方面が先に切り上げて戻ってくるのか全く分からなかった。

 ブランディカにすれば、プエナの内戦など所詮赤子の手を捻るようなものだった。その為、彼は戦の殆ど一切を部下に任せきりにしていたのだ。

 前衛隊長のサーディン、外交担当と討伐を兼ねるグレイブ、客将ワイアード、エルレーン王国からカナッシュ、グレイブと同じく諜報と討伐部隊を兼ねるセーレ。彼らの力量を見極める為にも、大きな局面を任せることは必要不可欠だとブランディカは考えていた。

 赤の王は大きくなった。

 だが、ブランディカが心の底から信頼し、かつ能力のある人間は少ないのだ。理解者であり、最も信頼していたカーリオンは余命いくばくもなく、この先を考えるなら彼らの中から大きな仕事を任せられる人材を選ばねばならない。

 小揺るぎもしない山のようにブランディカがプエナに居座り、その周囲を各将を中心とした軍が暴れ回る。若さと勢いのサーディンが激しい戦いを経て長老の首を挙げれば、グレイブはプエナとの外交交渉を担っていたコネを利用して調略を成功させる。

 どっしりと危なげなく堅実な攻めを見せるワイアード。エルレーン王国で音に聞こえるカナッシュの用兵も攻守のバランスが良い。セーレは少数での奇襲に長け、容赦の無い攻撃で一気に長老の首を挙げた。

 それぞれに戦果を持ち帰る中、プエナの蒼鳥騎士団団長アレンだけが未だ功績を挙げれずにいた。それを心配する部下達にもアレンは一切動じることなく、追い詰められた長老の領地にて陣営地を構えたまま動かない。

「団長! 今は一刻も早く手柄を上げ、女王陛下に安心して頂くのが先決です! 我らが武を示すことで、女王陛下の安全も贖えましょう!」

「そうだな。だが、俺には女王陛下が同じ国の民同士で殺し合うことを喜んで下さるとは、どうしても思えないのだ……」

 悩み、迷いの中にいるアレンにブランディカからの催促の使者が来る。それでもアレンは、お互いに散々憎み合っていた筈の長老達に剣を向けることを躊躇っていた。

 そんなアレンを心配した部下が一計を案じる。長老の首だけを差し出せば、他の者は処罰しないと夜の闇に紛れて使者を出したのだ。騎士団の団員は国中から武芸に秀でた優秀な若者が集まる。当然その長老の地域出身の団員もいる為、連絡は容易だった。

 三日後、首だけになった政敵の姿を見て、アレンは深く頭を下げた。

「許せ……俺は」

 国を、守れなかった。アレンは己の不甲斐なさと彼らに対する申し訳なさに涙を流した。部下に騎士団員として堂々たる戦いをさせなかったことも、政敵とはいえ同国人の血が流されることも、アレンはその胸に刻みつけていった。


◆◇◆


 小さな勝利を重ねるプエルの下に、その報告が入ってきたのは昼夜を問わず敵を迎撃してから6日目のことだった。反抗を続けていたプエナの長老達の全面降伏である。

 時間の問題だとは思っていたが、彼女の予想よりも大分早い。

 時間が掛かればその分ゴブリンの王の騎馬隊を鍛える時間が稼げたのだが、相手も早々楽はさせてくれないらしい。

 彼女が前線で小さな勝利を重ねていたのは、敵の存在を赤の王に印象付ける為だ。

 容易ならざる敵がいる。それを赤の王の耳目に入れることによって、彼女はその注意を引き付ける。そうでもしなければ赤の王に富の集積を許してしまうだろう。もしも赤の王に1年程地盤を固める時間を与えてしまったら、彼らの手にする富はどれ程のものになるのか? 想像もつかないし、したくもない。

 エルレーン、プエナ、トートウキ、ファティナまでをも手に入れた赤の王の財力は、最早辺境領域と西域では受け止めきれない程になってしまう。それをさせない為に、プエルは今この時、賭けに出るしかなかったのだ。

 赤の王が放置出来ない問題を抱えた状態で引き篭もるとは思えない。彼らは基本的に攻めの姿勢を貫いて今の地位を得ているのだ。大きな失敗も間違いも犯さないまま、その地位を射止めたことには運命の女神(リューリュナ)の加護でもあるのかと疑いたくもなるが、大敗や失敗を経験していない彼らが基本方針を変えるのは難しいだろう。

 であれば、問題に対処する際にその姿勢を貫くのは予想に難くない。

「さあ、おいでなさい」

 既に彼の国に種は蒔いている。

 プエルは辺境領域にて憎い敵を手招いていた。


◆◇◆


 草原を走る魔獣の群れがある。先頭には驚く程の巨躯を誇る肉喰らう恐馬(アンドリューアルクス)。その馬上には鞍に跨ったゴブリンの王。

 肌に風を受けて馬を走らせるのは気持ちが良かった。まるで今まで見ていた世界が全く違うものに見えてしまうような馬体の高さ。己の意を体現するが如く従順に従う巨馬は、荒々しく大地を蹴り付けて凄まじい速度で駆ける。

 地を歩いていた時には感じなかった草原の風が熱を帯びるゴブリンの王の体を冷やし、どこまでもどこまでも駆けていけるような気分にさせていた。腰に吊るしていた大剣を引き抜き、無言のままに頭上に翳し、右に振る。

 後ろから駆けていたギ・ガー・ラークス率いる一隊が、曲線を描いてその方向へ進路を変えていく。更に右に振った大剣を左に振れば、パラドゥア氏族のハールー率いる一隊が同じく進路を変える。自身の率いる騎馬隊をそのまま直進させると、ゴブリンの王は手にした大剣を頭上に掲げたまま右回りに騎馬隊を反転させた。

 来た道をそのままに戻るゴブリンの王本隊に、分かれた2つの隊が合流し再び一隊となる。暫く駆けて行くと、草原に不自然な高さの木々が乱立している。否、それは人の姿を模した人形だった。ゴブリンの王はそれを発見すると、大剣を人形の群れに向ける。

 軽く馬体を蹴ってやると、ゴブリンの王が乗った巨馬は背筋の凍りつくような咆哮を上げて速度を増す。それに触発されたのか、続く黒虎(ブラックタイガー)三つ目の悍馬(ヒッパリオン)なども猛然とゴブリンの王に続いて行く。

 大剣を振りながら人形の林を突っ切ると、ゴブリンの王は後ろを振り返る。誰一人脱落していないのを確認して、その進路を今度こそ西都に向けた。

 ゴブリンの王が西都に辿り着くと、待っていたのはオーク達を束ねるブイだった。

 土煙を上げて疾走してくるゴブリンの王の姿に若干どころではなく目を泳がせながら、ブイは久しぶりに会うゴブリンの王に挨拶をする為、待ち構えていたのだ。

 目の前に来たゴブリンの王の姿に、ブイは背中から嫌な汗が流れるのを止められなかった。以前見た時よりも更に恐ろしげな風貌。腕の太さ一つとっても以前とそう違いはない筈なのに、内側に凝縮された強さが全身から威圧となって滲み出ている。

 口元から覗いた牙の鋭さに、今にも噛み砕かれそうな錯覚を覚えたブイは、意図的にそこから目を背けた。

「久しいな」

 馬上から放たれる言葉に、咄嗟に膝を突いてしまった。

 こんな事をするつもりではなかったのに。そんな気持ちが恐怖に負けてしまう。

「お、お久しぶりです」

 馬上から軽快に飛び降りるゴブリンの王は、出迎えに来たギ・ギー・オルドに魔獣の世話を任せる。別れ際に馬の顔の辺りを軽く撫でて親愛の情を示すのも忘れない。目には慈しみが宿っているというのに、放たれる威圧感は森の魔獣など及びもつかない重さだった。

「一族を率いて東の人間に備えてくれるらしいな。礼を言うぞ」

「は、はい」

 プエルと名乗るゴブリンの王の軍師からオークの集落に使者が来たのは10日前だった。使者の役割を買って出たのはギ・ジー・アルシル。以前に世話になったことで、彼は非常にオークに寛大なゴブリンだと知れ渡っている。

 そのギ・ジーがプエルからの使者となってオークの集落を訪れたのは、東の援軍として兵を出してもらいたいという依頼の形を取った事実上の命令を伝える為だった。

「そ、その……どのくらい?」

 ゴブリンと人間との争いの最前線が東と南に拡大されてから、オークの数は急速に増えていた。湖畔の北を根城に3つあった集落は5つに増え、更に増加が見込める程だ。オークはゴブリンが人間達と血みどろの戦いを繰り返す中で、暗黒の森北部へと勢力範囲を拡大。

 北部に居たオーク達を取り込んだブイ配下の戦士達は、700近くまでその数を増やした。通常であればオーク1匹でゴブリン7〜8匹に匹敵する。体格、体力、腕力。どれをとってもオークの方がゴブリンよりも優れているのは疑いようのない事実だ。

 問題はゴブリンの王に鍛えられたゴブリン達である。

 3匹一体(スリーマンセル)という厄介な連携を仕込まれ、組織的に動くゴブリン相手ではオークの相対的な戦力は減少せざるを得ない。常々頭を捻り、ブイがその戦力比を元に戻す手段を考えついたのはゴブリンの王が南へ侵略を開始してからだった。

 前提を同じにしてしまえばいいのだ。

 オークにも組織的な狩りの仕方を学ばせ、ゴブリンと同じ3匹一体(スリーマンセル)を習得させれば良い。思いついたブイは、早速集落の代表を集めて提案してみた。当然得られる効果を説明し協力を取り付けたのだが、結果は思わしくなかった。

 原因は森の中でのオークのヒエラルキーの高さだった。巨大蜘蛛を除けば天敵となる魔獣も存在せず、連携を取る必要も無かったオークは、ゴブリン達のように出来なければ死ぬという切羽詰まった状況ではなかった。

 元々単独でも狩りには支障の無いオーク達である。連携を意識してまごついてしまうと、狩りの成功率は寧ろ落ちてしまった。それを知ったブイは、また頭を悩ませる。ブイの最終的な目的はオークの独立の回復である。

 ゴブリンの下について一生を終えるつもりはない。偉大なる先代王ゴル・ゴルの時代をブイは未だ忘れていなかった。その為にはゴブリンに負けない強い戦士が必要である。ゴブリンの連携に対処出来るような強い戦士が。

 基盤となる村と、子供達を育成する環境は整っている。後は強い戦士を作る方法さえあれば、ブイの目標はずっと達成しやすくなるのだ。

 そんな試行錯誤を繰り返している間に今回の使者がやって来たのだ。ブイは人間との戦いには乗り気ではない。何よりもオークの数が減るのが嫌なのだ。ブイとて戦わねば強く成れないのは理解している。ただ、無駄に同胞が死ぬのが嫌なのだ。

「うむ、取り敢えず400程」

 半分以上が持っていかれる命令に、ブイは目の前が真っ暗になりそうだった。その内の何匹が生きて帰ってこれるだろう? 残る300匹でも集落を防衛するのに支障はないが、それだけの数のオークを出すなら自身も行かねばならないとブイは思い定める。

「分かりました」

 ゴブリンの中でも、オークに友好的なギ・ジーは嬉しそうに頷いた。

 そのような心境のブイは、出来れば後方に配置してもらおうとゴブリンの王の前に出たのだが、意見を出す間もなくゴブリンの王はブイに声をかけると西都の中に入ってしまった。妖精族と共にこれから政務を執らねばならないらしい。

 西日が差す頃、落ち込みながら仲間の元へ帰るブイだったが、仲間達は当然不満を口にする。ブイ自身、乗り気でないのだから仕方ないと諦めて不満を聞いていたが、突如仲間達が青い顔をして目を泳がせ始めた。

 自分の後ろから影が差しているのに気付いたブイは、振り返って驚愕に目を見開く。ゴブリンの王がそこに居たのだ。

「こ、これは、どうかなさいましたか?」

「うむ。出発する前に装備品を受け取ってから行け。受け渡しは人間のヨーシュという男が担当する」

 それだけ告げると、ゴブリンの王はオーク達の前から去っていった。

「お、おおいブイ! あああれはなんだおい!?」

 先ほどまで不満を漏らしていた仲間に、ブイは溜息をつきつつ答える。

「何って、ゴブリンの王様だけど?」

「あ、あ、あれがゴブリン!? そんな訳ないだろう!」

「そんなこと言われても……。そういえば見るのは初めてだっけ?」

「化け物じゃねえか!」

「そうだね」

 あっさりと肯定するブイにオーク達は黙り込み、一種異様な沈黙が降りる。それは化け物と交渉出来る自分達の王への畏怖であり、奇異の眼差しであった。

「じゃ、そういう訳で武器と防具を受け取ってから出発するよ」

 淡々と告げるブイに、最早不満の声は上がらなかった。オーク達は一路進路を東に取る。


◆◇◆


 西都に戻ったゴブリンの王の下には、様々な政務が舞い込んでくる。

 家臣団として組織されつつあるヨーシュを中心とした人間達と妖精族を中心に、徴税や裁判や行政、統治に関することまで。西都は一国を運営するに相応しい規模の官僚達を備えつつあった。だが、その彼らをしても細々とした仕事は出来ても最終的な決定権はゴブリンの王が有している事実だけは変えようがない。

 結果として、ゴブリンの王の下には裁可を求める書類が山積する。

 辺境領域から流入した民もゴブリンの王の下での暮らしに全面的に協力を申し出て、その人材はヨーシュの管理下で次第に組織化されていった。

 西域の警備の長にシュメアを据え、西域北部の村落の警備と国境警備の指揮を執らせる。同時に村々の長老達との折衝をも任せるのだから、その権限は広い。

 西都での王の政務を補佐するのは妖精族の姫であるシュナリア、西にある妖精族の大族長シューレの副官であったフェイの二人である。

 シュナリア姫は主に人間以外の種族の住む地域を統括し、彼女の下には亜人の族長達が名を連ねる。一方、フェイに関しては西都の外側で暮らす人間達の統括が主な仕事である。彼の下には雪鬼の族長ユースティアや早期にゴブリンの支配下に入った西域北部の民がいる。

 妖精族の二人が西域全体の政務を取り仕切るのと同程度に重要な位置に居るのがヨーシュである。彼は西都の内部で暮らす者達の頂点に、半ば強引に祭り上げられていた。

 血盟(クラン)誇り高き血族(レオンハート)の非戦闘員達や南部辺境領域の民、西域から逃げ遅れた民や奴隷などの雑多な者達を纏める者として、彼は西都の市長の椅子に無理矢理座らされたのだ。これは1万近くの辺境領域の人材をまるごと引き受けたゴブリンの王の判断によるものだったが、彼らを再編し国という組織の中に組み込むのがヨーシュに与えられた役割である。

 幸いにもシラークやラズエルらの辺境領域の領主達が健在だった為、彼らの協力を仰ぎながらヨーシュの指揮の下に着々と西都を中心とした都市が出来上がりつつある。

 ゴブリンの王が賢明だったのは、人にも魔物にも得手不得手があることをしっかりと認識していたことだった。内治を司る官僚集団には、名目ですらゴブリンの名前がない。人間と妖精族が中心となった官僚集団は急速に形を整えていった。

 その代わりにゴブリンらは王の名の下に軍団を形成し、軍事を一手に引き受けていた。

 その中で、ゴブリンの王は自身の配下の再編成の最終確認をしていた。

 先ず、歩兵を率いるゴブリンとして戦鬼ギ・ヂー・ユーブの(レギオル)。ノーマル級ゴブリンを兵卒とし、レア級ゴブリンを部隊長に据えてノーブル級であるギ・ヂーが指揮を執る部隊である。兵数にして600程になる彼らは、深淵の砦出身のゴブリンらで構成されている。

 ノーブル級ゴブリンはギ・ヂーのみだが、レア級ゴブリンが10匹程存在する。

 次に南方ゴブリンを率いるギ・グー・ベルベナ。階級別の構成はギ・ヂーと変わらないが、レア級ゴブリンの個体数はギ・グーの部隊が上回る。更に暗黒の森南方に広い領土を持つ為、母体が大きい。兵数にして約1000。ゴブリンの王が騎馬隊を完成させる3ヶ月の間、兵力を温存し繁殖に力を注いだ結果だった。

 ギ・ギー・オルドの養殖した魔獣を食い尽くす勢いで数を増やす南方ゴブリン達は、何と90匹ものレア級が存在している。最初期から付き従う三兄弟もノーブル級に昇格しており、ゴブリンの軍団の中で最大の勢力を誇っている。

 ギ・グー・ベルベナと同じく暗黒の森に領地を持つギ・ズー・ルオは、数が多いギ・グーとは対照的に少数精鋭を自認していた。王が深淵の砦の地下に赴いている間、ギ・ズーは再び己の領地に戻ると、ノーマルらを率いて知恵なき巨人(ギガントピテクス)との本格的な抗争に勝利したのだ。

 結果として、彼の部隊は兵数300の内、レア級ゴブリンが100匹を数えるという精兵揃いとなった。デューク級となったギ・ズーの片腕としてノーブル級のズー・ヴェドが存在し、王を除けば最大のレア級ゴブリンの所属数を誇る。

 忍び寄る刃のギ・ジー・アルシル率いる偵察・斥候隊は東と南の両戦場地域に派遣されている。数は一定の100程度だが、レア級の比率はギ・ヂーの軍よりも高く100匹中30匹がレアで構成されていた。ノーブル級は居らず、デューク級であるギ・ジーが飛び抜けて高い能力を有していることになる。

 魔術師級ゴブリンのギ・ザー・ザークエンド率いるドルイド部隊は兵数にして300程と他の部隊と比べれば少数だが、やはり魔法が使えるという特異性は大きい。ノーマル級ゴブリンとドルイド級ゴブリンの比率はギ・ヂーの部隊と同程度である。

 副官として風術師ギ・ドー・ブルガが所属し、ギ・ザーと合わせて風系統の魔法を多用する。

 最後にギ・ギー・オルドの魔獣軍。

 ゴブリンだけを数えるなら300程しか居ないが、魔獣を含めた総数は1000程度に膨れ上がる。獣士1匹につき3匹程度の魔獣を飼い慣らす彼らの行軍は特に目を引くものである。レア級は30匹程であり、副官として“産み育てる者”ギ・ブー・ラクタが主に補給を担当する。

 ガンラ氏族の英雄ギルミと妖精族のフェルビー率いる後方支援部隊は、共に300の兵数を維持しながら主力の中に入る。

 主力としてゴブリンの王が編成したのはここまでだった。これに加えてゴブリンの王自身が率いる騎馬隊があり、副官としてギ・ガー・ラークスが王の傍に侍る。片腕のギ・ベーも王からスレイの家名を賜り、王の近衛兼前線指揮官として、その腕を振るう。

 ゴブリンの王のカリスマとギ・ガー・ラークスの指導を持ってしても、実戦に耐えうるだけの騎馬隊を一ヶ月という短期間で作り上げるのは非常に困難を伴うものであった。

 ゴブリンの王率いる騎馬隊はレア級ゴブリンを最下級に据え、パラドゥア氏族と灰色狼を合わせて600の数を揃える。何よりも速度と突破力を優先した構成は、ゴブリンの総力を結集した部隊と言って良い。

 主力に編成されなかった部隊の代表として、ギ・ゴー・アマツキやラーシュカ率いるガイドガ氏族が挙げられる。純粋に率いる兵数は少ないが破壊力と突破力のある彼らをゴブリンの王は特務部隊に任命し、状況次第で動かすとした。

 戦力的には100未満の兵数しかいないユースティア率いる雪鬼(ユグシバ)とギ・ゴー・アマツキ。先の戦での被害が大きく響き、一時的に兵数を減じているガイドガ氏族。加えて人間勢力からはレオンハートから500程。

 ただし、レオンハートの主戦力は現在進行形でザウローシュの指揮で前線に砦を建設中であった。罠を仕掛けるような簡単な作業なら兎も角、砦や細々とした建築物の建設は人間の部隊に任せた方が遥かに効率が良い為、特務部隊の扱いになっている。自由への飛翔(エルクス)を中心とした諜報部隊やレオンハートの協力者もこの範疇に入る。

 同じく少人数であるという理由でゴルドバ氏族のクザン率いる医療隊も特務部隊に入った。亜人の族長達も兵を持ち寄っているが主力を構成する程の大きさにはならず、やはり特務部隊扱いとなっている。

 血盟を除けば、人間の中では治安維持と国境付近の警備を目的としたシュメア率いる警備隊が王の信任の下、その運用を一括して担っている。西域全てを任務範囲として独立兵力の裁量権を与えられたシュメアは、若干顔を引き攣らせながらもその任務を引き受け、現在はゲルミオン王国警戒の為に西域に展開中であった。

 約束の三ヶ月まで後7日となった日、最前線のプエルからゴブリンの王に赤の王に戦の動きがあるとの報告が届く。

 その報告を受けるや、ゴブリンの王は総勢5000近くにもなる大軍を率いて南へ進路を取った。旧辺境領域の民の上げる報仇の声と、統治を担う妖精族達の上げる喝采を背に、ゴブリンの軍勢は動き出す。

 季節は初夏のホルスの月。

 南方の覇権を懸けた戦いの火蓋は、静かに切られようとしていた。


◆◆◆◆◇◆◆◇


【個体名】ギ・ベー・スレイ

【種族】ゴブリン

【レベル】1

【階級】ノーブル

【保有スキル】《投擲》《威圧の咆哮》《噛み千切り》《剣技B-》《斧技B-》《槍技B-》《死地への嗅覚》《人食い蛇》《馬上槍》《近衛の誉れ》

【加護】冥府の眷属神(ヴェリド)

【属性】死

【状態】片腕を失った為、戦力30%減


 ──《近衛の誉れ》ゴブリンの王の半径400メートル以内にいる場合、筋力、魔素、防御力上昇(中)


◆◆◆◆◇◆◆◇

次回更新は6日予定。

不定期ですが、更新させていただきます。

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