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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
253/371

撤退戦Ⅲ

 赤の王はクルディティアンから撤退したゴブリンを追ってその全軍を西に向けていた。前衛指揮官であるサーディンは、カーリオンの病状を聞くなり医者に殴りかかりそうになり、剣舞士セーレから手酷い一撃を貰ってしまった。以来、不貞腐れたようにむっつりと黙り込んでいる。

 いつもは檄を飛ばして部隊の士気高揚を図るサーディンが不機嫌そうに黙り込んでいる異常事態に、彼の幕下である荒々しい気性の兵士達は好き勝手に囁き合う。

「どうしちまったんだ。大将は?」

「……食い物に当たったとかじゃねえらしいが」

「馬鹿、お前じゃねえんだ。女とか?」

「おお! そういやぁ、頬が腫れ上がってたな」

 彼らの噂など露知らず、サーディンは小さく息を吐く。夜に見上げる空には頭上を覆わんばかりの姉の赤月(エルヴィー)妹の赤月(ナヴィー)が、目に眩しかった。だが、その双子の赤い月の光さえも今は彼の憂鬱を誘う材料でしか無い。今回の戦でも彼は先陣を務める予定なのだが、どうにもそんな気分にはなれなかった。

 仲間が死ぬ。

 今まで何度も経験してきた筈だが、未だに慣れることが出来ないでいた。

「何じゃ? らしくなく、大人しいのう」

 後ろから声を掛けたのは老付与術師グレイブ。いつもは年齢差を忘れて喧嘩をする二人だったが、グレイブは振り返ったサーディンの顔を見て、すっかり興ざめした。サーディンの隣に腰を下ろすと小振りの瓶に入れた酒を差し出す。

「爺さまの情けは受けねえ」

「はん、可愛げのない。傷心の坊主を慰めてやろうという年長者の心遣いを無碍にしおって」

 既に酒臭い息をサーディンに吹き付けると、グレイブもまた黙り込む。

「なぁ、爺さん。俺は餓鬼の頃に盟主に拾われたんだけどよ、世話になったのは盟主よりもカーリオンの方なんだ」

「……よく覚えておる。カーリオンは妙に面倒見が良かったからの。弟が出来たようだと、はしゃいでおった」

 サーディンは置かれた酒の瓶をひったくると、一気に呷って息を吐く。

「俺は未だ、カーリオンに義理を返し終えてねえ」

 酒の功徳か、或いは強過ぎる酒に急速に酔いが回ったのか。言葉に出せば、先程の胸に閊えていた感情はストンと収まる所に収まったような気がした。

「……妙な気は起こさんことじゃ。王佐の才は伊達ではない。あ奴の指示通り動くなら、今度も勝利は間違いなかろう」

 乱暴に置かれた瓶をグレイブはひょいと取り上げると、ゆっくりと飲む。

「人は何れ死ぬ。時の神(ジュラナ)の祝福は、万人に降り注ぐものじゃ」

「……いいや、俺はやるぜ。俺は俺なりのやり方で、義理を返す。あいつが死ぬって言うなら安心して死ねるように、後顧の憂いは俺が断ち切る」

 グレイブの置いた酒瓶を掴むと、サーディンはそれを一気に呷り満天の空を見上げる。

「俺がカーリオンの代わり……いや、そこまではいかなくても、半分でも良い。あいつの助けになって盟主を王にする手助けをしてやる。それが筋を通すってもんだろう!」

 ブランディカを至高の玉座に!

 口癖のように言っていたカーリオンの言葉を思い出し、サーディンは固く誓う。

「あ奴が生きている内に、か……」

 飲み干された酒瓶を眺めながら、グレイブは考え込む。

「……ゴブリン共の脅威は、或いはプエナより上かもしれんの」

「負けたから言う訳じゃねえが、奴らは強い。実際に当たった感触じゃあ、クシャイン教徒どもよりゴブリン共の方が厄介だ」

「……儂の部隊に精鋭の騎馬兵1000がおる。先陣に組み入れて使え。シュシュヌの魔導騎兵とまではいかぬが、それなりに鍛えてはある」

 赤の王においてブランディカ直属の部隊長達は、同じ血盟の仲間であると同時に出世を競うライバルでもある。そのグレイブからの申し出に虚を突かれたサーディンは、目を丸くして老付与術師を見る。

「爺さん……」

「勝ってカーリオンに楽をさせてやれ。儂も一方ならぬ世話になっておる。魔物の脅威を徹底して取り除き、南方に平和を齎すのじゃ。延いてはそれが、我らの盟主ブランディカを唯一無二の玉座に押し上げるじゃろう」

 無言で頷くサーディンの瞳には、決意の眼差し。

 立ち上がると、いつもの荒々しい声で己の部隊に出陣を命じる。

「行くぞ、てめえら! いつまで寝てやがるんだ!」

 その声を背で聞きながら、グレイブは苦笑する。

「若いとは眩しいものじゃな。今日だけは時の神(ジュラナ)の祝福が疎ましいの」

 老い先短い自身には、カーリオンの代わりをするなどとても言えなかった。成長過程にあるサーディンだからこそ、カーリオンに追いつくという目標を設けられるのだ。

 亜人の強靭な体も無く、妖精族の長命も無く、生まれついての魔物の強さも魔獣の凶暴性も持ち得ない人の子が大陸を席巻出来る理由。

 人の強さとは、無限の可能性だ。

 それ故に、人は大陸に覇権を唱える最大勢力になり得たのだ。神々の加護を受け、恩寵を賜り、祝福を授かり、守護を身につけ、人は外敵と戦い続ける。

 神々の見守る人の子の、変わらぬ姿がそこにある。

 未だ夜の明け切らぬ空を、老付与術師は見上げた。


◆◇◆


 血盟を主力に据えたプエナの雑軍は、一路北に進路を取った。総指揮官にして蒼鳥騎士団団長であるアレンの指揮に従い、辺境領域を通り抜けてゴブリン側を追う姿勢だ。

 冒険者の中でも索敵に特化した狩人(ハンター)、或いは追跡者(レンジャー)の技能を持つ者を多く抱える血盟を選び出し、彼らに斥候の任務を与える。正確な情報を持ち帰った者には特別報酬を与える触れを出し、冒険者達のやる気を引き出させる。

 ここ数日で、アレンは雑軍の扱い方に慣れてきていた。

 褒美は名誉よりも金、或いは安全な後方での休憩を与え、士気の維持に努めると共に成果の大きかった者については報酬の金額を上げるようにしていた。これは偏に後方のプエナの長老院から資金の増額が認められたからだった。

 今になってどうしてと思わなくもなかったが、金はないよりあった方がいいのは純然たる事実である。

 その金を惜しみなく血盟にばら撒くことによって、思いの外上手く彼らを使いこなすことが出来ていた。切っ掛けは偵察の為の斥候を出す時、立候補する血盟を募集したことだった。その際に募集した血盟の盟主から特別報酬は出るのかと問い掛けられ、アレンは彼らの事情を一から考慮し直すことにしたのだ。

 無礼だろうと怒鳴る副官を抑え、アレンはその盟主に問い掛けた。お前達は何の為に戦うのかと。その盟主は怪訝な顔をしたが、答えは単純明快だった。生活の為。その言葉に、アレンは自分自身を深く恥じた。

 アレンも元は平民の出身である。決して貧しくはなかったが、もしアイザスと出会わず剣の腕を見込まれていなければ今の地位など夢のまた夢だった。或いはこうして、彼らのように冒険者として剣で身を立てる道を選んだかもしれない。

 だとすれば、生活の為という彼らの言葉もすんなりと受け止められる。幸いにして今の彼の手元には自由に出来る金がある。それを彼らの報酬として提示し、多数の斥候を派遣することに成功していた。

 正確で素早い情報を齎した者に最も多くの報酬を与えるとしたアレンの提案は、瞬く間に雑軍中に広がった。アレンも驚く程の早さで情報が集まり、血盟の質の悪さを嘆いていたのが嘘のようだった。

「ゴブリンは北に1日の距離か」

 地図を片手に馬上で地平線を見つめるアレンは、先の戦を思い出す。夜は魔物の時間である。決して夜に戦いに仕掛けてはならないことを前提として、作戦を組み立てる。

「足の速い騎兵を中心に一撃離脱か、奴らがこちらに向かってくるのを迎撃するか」

 どちらが良いかと悩むアレンだったが、一つ気になることを思い出す。辺境の村々に人が居なかったのだ。もしやゴブリン達は人質を取って歩いているのではないだろうか? そんな考えがアレンの脳裏を過る

 先の戦では騎士団による一撃離脱を心がけたが、ゴブリン達は平然と迎え撃ってきた。それだけを考慮するなら迎撃すべきなのだが、アレンの率いるプエナの軍にも不安要素は幾つかある。

 それは糧食と練度の低さである。

 プエナから豊富な資金を与えられてはいるが、辺境領域を放棄したゴブリン達をどこまで追撃出来るか分からない。つまり、アレン達もどの程度の糧食が必要となるのかが分からないということだ。2万にもなる兵達を養うには、膨大な糧食が必要となる。

 そしてもう一つ。複数の血盟の集合体である雑軍は、どうしても全体としての練度の低さが目立ってしまうのだ。軍というものは、ただ強い者を集めただけでは強くならない。各部隊の動きや指揮官達の癖、それを見渡す総指揮官の機を見極める洞察力と決断力。それら全てが合わさって初めて、強い軍というものが出来上がるのだ。

 いくら個々の血盟の実力が高かろうとも、それらを統合して運用する為の訓練と実戦の機会が無かったプエナの軍勢は、全体的に練度が低い。そして練度の低い軍での迎撃は至難を極める。

 その2つの不安要素が、アレンに積極的な攻勢を取ることを強いていた。

「夜襲に備え厳戒態勢を敷け! 奴らは必ず夜にやってくる!」

 全軍の半数を夜間の警戒に回し、アレンは積極的な攻勢に出ることを決断する。命令に忠実な血盟には報奨金を弾み、夜間休憩の為の陣営地といえども手を抜かない。強固に護られた陣営地の内側では、全軍の半数にも上る雑軍が目を光らせていた。

 徐々にゴブリンとの距離を詰めていき、ゴブリンの本隊に後半日で追い付くとなった時。

「グルゥウォオオァアアア!」

 夜の闇を震わせる咆哮。ゴブリンと呼ぶにはあまりにも禍々しく、あまりにも強大な敵の声に、初めてその声を聞く者達は心胆を寒からしめる。

「来るぞ! 防御だ! 盾を翳して、槍を構えろ!!」

 怯む味方に、アレンは声を張り上げる。

「魔法部隊、炎弾を周囲に放て!」

 アレンは夜の神の時間では総合力でゴブリン達に勝てないと判断して、防御に徹することにした。陣営地の周りには刈った草が積み上げられており、そこに炎弾を打ち込んで光源として使用する。

 アレンが、少なくとも夜の間はゴブリンに勝てないと判断した大きな理由は視界の差だった。人は火の神の恩寵なくしては闇の中で敵の姿を確認することも叶わない。嗅覚でも聴覚でもいいが、敵の位置を確実に把握し、それを全軍に伝達する為には、やはり視界の確保が最重要だった。

 夜の闇を払う火の光。

 突如、その一部が豪快に吹き飛ばされる。

 闇の向こうから現れた巨躯のゴブリンに、相対する冒険者達は皆一斉に息を呑んだ。彼らのよく知るゴブリンとは全く違う。棍棒を肩に担ぎ、冥府の悪鬼すらも逃げ出すであろう凶悪な顔立ち。そのゴブリンの後ろから、他のゴブリン達が続々と現れている。

「この間の3匹の内の1匹か!」

 アレンは確保された光源を頼りに、弓部隊に射撃を命ずる。あの巨躯のゴブリン相手に接近戦を許せば、雑軍では先ず勝ち目はない。未だ手持ちの最高戦力である蒼鳥騎士団を投入する訳にはいかない都合上、雑軍であのゴブリンを止めねばならない。

 全軍に防御を徹底させると、ひたすら弓と魔法を連射してゴブリンを寄せ付けない。

 巨躯のゴブリンは舌打ちすると、降り注ぐ魔法と矢を黒光で打ち払い、撤退していく。

「団長、追撃の命令を!」

 被害らしい被害も無く敵を撃退出来た騎士団から追撃を望む声が上がるが、アレンはそれを許可しない。

「いや、追撃は朝になってからだ。引き続き警戒を強くして夜を明かす。奴らを殺すのは夜の神(ヤ・ジャンス)の腕の中よりも、火の神(ロドゥ)に照らされた戦場こそが相応しい」

 彼らを押し留めると、アレンは時折姿を見せるゴブリンを寄せ付けず一夜を守り切った。


◆◇◆


 迎撃失敗の報告は、確かめることもなくゴブリンの王の下に齎された。一夜だけの陣営地を強固に囲い、周囲の草を刈って柵を何十にもしているのだ。そこに突撃するのは、かなりの無謀と犠牲を伴う。以前に戦った蒼鳥騎士団は騎馬を主体とした機動戦を展開していたが、今度の敵は歩兵を中心とした軍勢だ。だが、どちらにも共通するのは恐ろしい程の精鋭であることだとゴブリンの王は判断した。

「だとすると難しいな」

 夜襲を仕掛けたラーシュカ率いるゴブリン達は、放たれる魔法と矢の遠距離攻撃を避けつつ撤退。防御に徹して決して打って出てこない相手に、苛立ちも露わに南を睨んでいた。

 着実に距離を詰めつつ、決して無理をしない追撃者。追われる側にとってこれ程厄介な相手は居ない。真正面からぶつかれば間違いなくこちらが負ける。何せ、こちらは守らねばならない者達を大量に抱えているのだ。今更置いて逃げる訳にもいかないそれらに、ゴブリンの王は僅かに焦りを覚える。

「西都まで、後8日程か」

 防御に向いていないとはいえ、西都まで民を避難させればゴブリンの渾身を振り絞って2万の敵を撃滅することが出来る。況してや西域にはギ・ガー率いる守備部隊もいる。今はゲルミオン王国と睨み合っていると報告を受けてはいるが、一時的に呼び戻しても良い。

 兎に角、急がねばばならない。思ったよりも足の遅い老人や女子供。それらを抱えて戦闘に入ることだけは絶対に避けねばならなかった。

「王、敵が動き出しています!」

 夜明け、進軍を開始したゴブリンの軍勢と辺境の領民達。

 後方の偵察に向かわせていたハールー率いるパラドゥア氏族の報告に、王は目を細めた。来るべき時が来たのかもしれないと密かに思いながら、決して負けるつもりはなかった。

「ギ・グー・ベルベナに本隊と合流せよと伝えよ。ラーシュカ、ギ・ズー、ギ・ヂー、ギ・ゴー、戦闘準備だ!」

 王の指示に、彼らはそれぞれ頷くと粛々と準備を進める。

「全軍の半数を以って敵を食い止める。ハールー、ギ・ジー、ギ・ギーは周囲を偵察しつつ北へ向かえ。ギ・バーはザウローシュと共に人間の護衛だ!」

 最も恐ろしいのは、敵が目の前まで来て分散し守るべき対象である人間達に襲い掛かることだ。人間同士でそんな事がある筈がない。そんな甘い考えを王は切り捨てた。敵であると認識してしまえば、人間はどこまでも残酷になれる。

 特に敵対する勢力に属する人間に対して他勢力の人間が向ける敵意の凄まじさは、嫌という程知っているつもりだった。

 人間達だけで平原は渡れない。護衛を付けて北へ向かわせるしかなかった。ゴブリンの軍勢よりも多い人間を守るには、相応の護衛が必要だったのだ。

 ガンラ氏族のラ・ギルミ・フィシガ、妖精族のフェルビーらは同じく人間達の護衛に付ける。これ程の幹部級のゴブリンを人間の護衛に付けるのは、ゴブリンの王が人間側の別働隊を非常に警戒している証拠だった。

 ゴブリンの王は、以前蒼鳥騎士団と戦った時のことを思い返す。別働隊を駆使して此方を翻弄する戦法は驚異的とすら言えた。圧倒的な突破力とゴブリンの群れを見ても全く怯まない士気の高さ。あの騎馬隊の姿を未だ確認出来ていない以上、ゴブリンの王は軍を2つに分けるしかなかった。

 時刻は、日が昇る少し前。

 僅かな時間だが夜襲を行った部隊を休ませると、王は敵を待ち構えた。


◆◇◆


 プエナの軍勢とゴブリンの王率いる軍勢の戦いは、中天に輝く火の神(ロドゥ)の胴体が真上に来た時刻に始まった。今まで慎重に進んできたプエナの軍勢は数に勝る利点を最大限に利用し、間断なくゴブリン側に攻撃を集中させる。

 数の多さを利用した攻撃は、ゴブリンの王が内心で最も恐れていたものだった。如何に強かろうと数が少なければ次第に消耗させられ、何れは討ち取られる。陣営地を構築しようにも、辺りは森さえない草原地域。相手が既に目の前にまで来ている状態では、罠の設置もままならない。

 それどころか、こちらの動きを制限することにもなりかねないと判断した王は静かに敵の到来を待った。押し寄せるプエナの軍勢2万。待ち構えるゴブリンの軍勢は3千程である。真正面からやってくる敵をギ・グーを先陣に据えて迎え撃つ。

 暗黒の森で最大の版図を有するゴブリンであるギ・グー・ベルベナは、配下のレア級ゴブリンの数も最も多い。独自の群れを持つことを許されるノーブル級以上のゴブリンの中で、実に25匹ものレア級を従えている。

 従えるゴブリンは南方特有の腕の長いゴブリン達だ。獣士は勿論のこと、僅かだが祭祀(ドルイド)も居る。

 王の軍勢の中で最大の勢力を従えたギ・グーは、戦鬼ギ・ヂーと共に敵の正面に陣取った。正面から襲い掛かってくる人間の魔法を後方に下がって避けると、配下のレア級ゴブリン達に互いに距離を取らせつつ応戦させる。

 一塊になって襲い掛かってくる敵の軍勢だが、ギ・ヂー率いる(レギオル)のように一個の生き物のような動きをする訳ではない。血盟を集めた雑軍は、それぞれの血盟ごとにゴブリンに襲い掛かってきているのだ。

 徹底して3匹一組(スリーマンセル)を教え込まれたギ・グー配下の南方ゴブリン達は、予め決められた3匹ごとに距離を取って魔法をやり過ごすと、小集団に分かれて襲い掛かってくる血盟に応戦する。冒険者の振るう得物を1匹目が弾き、2匹目が足元に槍を振るう。態勢を崩した冒険者に3匹目の長剣の一撃が鎧の隙間を突いて差し込まれる。

 小柄かつ数が多いのが南方ゴブリンの強みである。一匹一匹は貧弱であるが、連携はギの集落出身のゴブリンと比べても格段に上手い。特徴的な長い腕は間合いの外から敵に攻撃を加える事ができ、矮躯は敵の攻撃が当たり難い利点もある。予想外の苦戦を強いられる己が軍に、アレンは辛抱強く機を窺った。

 今まで少数部隊の指揮はしたことがあっても、大軍の指揮をするのは初めてである。だが、蒼鳥騎士団の副団長まで上り詰めた人物が無能である筈がなかった。

「決して無理はさせるな。相手の疲労を誘えればそれでいい」

 ともすると一気に決着をつけてしまいたくなる自分自身を抑え込み、アレンは全軍の生命を握る緊張感に良く耐えた。少しでも攻め掛かる勢いが衰えた血盟は後ろに下がらせ、次の血盟を投入する。同時に数の利点を生かしつつ包囲の手を広げる為に、一部の血盟を右翼側に伸ばす。 

 ゴブリン側も、それを警戒して全力で真正面の敵を叩き潰せない。数は少ないが冒険者の中には治癒師(ヒーラー)も存在する。彼らには特に褒賞を与えて、戦で傷付いた者達を血盟の区別無く治癒するように命令している。

 じっくりと攻め立てるアレンは、額に浮かぶ汗が燃えているように熱く感じられた。

「良い手応えだ! このまま押せば奴らを倒せるぞ!」

 数の利点を活かすプエナの軍勢相手に、ゴブリン側は徐々に後退することで敵からの圧力を受け流していた。ギ・ゴー・アマツキを組み込んだゴブリンの王直属の部隊を起点として、代わる代わるに部隊を前線に出しつつ後退していく。

 ギ・グー・ベルベナの部隊に疲労が見え始めたと判断した王は、ギ・ズー・ルオの部隊を前に出す。

「ギ・グー、左翼に後退! ギ・ヂーは右翼に後退せよ! ギ・ズー、ラーシュカ、出番だ!」

 言うは易しだが行うのは難しい。これらの行動を、ゴブリンの王は自身の直属部隊で一時的に敵を蹴散らすことで成功させる。自身が先陣で戦うことで一時的に敵を押し返し、混乱が見られた隙に素早く交代させてしまうのだ。

「弱い者に興味はないが、前に立つなら死あるのみ!」

我は刃に為り往く(エンチャント)!」

 剣王ギ・ゴー・アマツキの曲刀と、黒き冥府の炎を纏った王の大剣が人間達を薙ぎ払う。

 勢いのまま敵陣に踊り込みたいゴブリンの王だったが、目の前に広がる2万という大軍の圧力に踏み留まらざるを得なかった。まるで分厚い波が間断なく押し寄せているような手応え。ゴブリンの王が敵を蹴散らすことに成功したのも、血盟ごとに攻め寄せる敵の特性を見抜いたからだった。

 最低限の連携の上に成り立つ血盟中心の雑軍だったが、歴戦と言って良いゴブリンの軍勢の練度は桁違いである。南方に進出する以前から戦い抜いてきた王とその臣下達の連携は、徐々に人間達を凌駕しつつあった。

 

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