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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
252/371

撤退戦Ⅱ

 交易国家プエナの主力軍は、蒼鳥騎士団(ブルーナイツ)と雑軍と呼ばれる傭兵達だ。最も普段は雑軍とは呼ばれないし、それぞれに血盟の名を冠して戦いに参加し、戦果に応じて報酬が支払われる。ここで重要なのが、正規軍として召し抱えられているのが蒼鳥騎士団だけであるという点であった。

「……団長。これで15件目です」

 弱り切った騎士団員の声に、アレンも溜息を付いた。

「飛燕とは言わないが、もう少しマシな奴らを雇えなかったのか?」

「それは……」

「ああ、すまん。ただの愚痴だ。聞き流してくれ」

 問題にされているのは、雑軍と呼ばれる各血盟の規律の維持。先の戦で精鋭を以って鳴る蒼鳥騎士団は半壊した。それを補う為に雑軍を徴兵によって水増しし、先頭は常に蒼鳥騎士団が務めるという戦法でゴブリンに占領された地域を瞬く間に奪還したが、アレン達はその後の統治に手を焼かされていた。

 常備軍であると同時に、国の誇りを一心に背負った精鋭たる蒼鳥騎士団ならば絶対に起きないであろう略奪や暴行といった案件が毎日のように上がってくる。大規模なもので500から1000、小さなものでも100人程度の雑多な血盟は、冒険者崩れの破落戸や脛に傷のある者達の受け皿であることが多い。

 少なくとも、アレンとしてはそのような認識だった。

 だが、長老院としてはマシな部類の血盟を雇い入れたつもりだった。アレンの言う飛燕の血盟などは、個人的な伝手でもなければ交渉すら難しい部類だった。個々人を雇う値段が非常に高いことに加えて、数が少ない。領土を占領して治安を守らせるとなれば、相応の数が必要になってくる。

 アレンの望む血盟の力を求めるには、それこそ国が傾く程の金を積み上げねばならなかった。

 誇り高き血族(レオンハート)や、赤の王(レッドキング)のように統制が隅々にまで行き渡っている血盟。家族同然のような絆がある自由への飛翔(エルクス)、それぞれの血盟員が精鋭と言って良い飛燕の血盟(スワロークラン)

 有名な血盟に共通するのが、規律と統制に優れることだった。だが、当然そのような者達ばかりではない。それどころか、彼らの規律が持て囃されるのはそれだけ希少価値が高いからだ。

戦乙女の剣(ヴァルキュリア)は、東部から動くつもりがないようですし」

 困ったように告げる副官に、団長の地位を引き継いだアレンは深い溜息をついた。

「無いもの強請りをしても始まらないか」

 団長となってからのアレンは、以前のように軽口を叩くこともなく自身を団長に相応しいようにと日々の努力を欠かさなかった。必然残った団員達からの信頼は、未だ希望を捨てず前へと進むアレンに集まる。

 ただし、それが血盟員からの信望に繋がるのかと言われれば答えは否だった。雇われた血盟員達が求めるのは、確かな報酬と生き延びられる保障だ。騎士団長ではあっても、資金繰りを長老院に握られているアレンでは叶わないことだった。

「アレン団長!」

 執務室に飛び込んでくる伝令に、アレンは鋭い視線を向ける。

「報告します! クルディティアンにてクシャイン教徒と赤の王が衝突。ゲルミオン王国の援軍により、赤の王が勝利!」

「……クシャイン教徒はどうした? 全滅したのか?」

「クルディティアンに籠城中とのことです!」

 視線を伏せたアレンは、その報告に内心歯噛みする。

 赤の王の勢いが止まらない。それは長老院への圧力となり、アレンの敬愛するラクシャ女王の望まぬ婚姻へと繋がる。赤の王と敵対する道もあったが、曲がりなりにも今は同盟国である。それに彼自身の気性も、同盟国を裏切って後ろから敵を斬るような行為を好まなかった。

 だが、このままではラクシャ女王と大公ブランディカの婚姻は阻止できない。

「赤の王は西へと移動している模様。未確認ですが、ゴブリン達がその戦に参加したとの情報もあります。恐らくゴブリンを追撃に出たのではないかと」

 視線を伏せたままのアレンに、副官が申し訳無さそうに質問する。

「どう、なさいますか?」

「少し、考えさせてくれないか」

 副官と伝令が敬礼し、踵を返して退室する。

「アイザス……笑ってくれ。やはり俺には、お前の代わりは……」

 深く重い苦悩が、彼の肩に伸し掛かる。

 アレンは敬愛する一人の女性を救いたいだけなのだ。ただそれだけのことが、驚く程難しい。結局結論は出ず、アレンは深夜まで執務室で悩むことになる。

 姉と妹の双子月(エルヴィー・ナヴィー)が空に顔を見せ始める頃、いつの間にか眠りに落ちていたアレンは何者かの気配で意識だけを覚醒させる。手元に引き寄せた長剣をいつでも抜き放てるように、準備しつつ、気配を探った。

 その気配がアレンの間合いにまで迫った瞬間、アレンは長剣を抜き放ち相手の喉首目掛けて振るった。

「っ……!?」

 寸前で止まった長剣。だが、同時にアレンの喉元にも長剣が突き付けられていた。アレンは鋭い目で相手を睨む。

「貴様は、確か赤の王の」

「使者だ」

 黒装束に身を包んだ土の妖精族(ノーム)の女戦士が、無表情で告げる。

「使者だと?」

 国で随一の剣の遣い手であるアレンをして、目の前の女戦士は容易ならざる敵だった。

「貴様の姫を救いたければゴブリンを討つことだ」

「何?」

 赤の王はラクシャ女王との婚姻を狙っている。憎い敵からの助言に、アレンは困惑する。

「赤の王とて一枚岩ではない。盟主の力が大きくなり過ぎるのを警戒する者もいる」

「それが、お前達だと?」

 アレンの質問に答えず、セーレは尚も言い放つ。

「辺境領域は西域への入り口。先にそこを抑えてしまえば、赤の王はこれ以上勢力を伸ばすことが出来なくなる」

「……」

 無言のまま睨むアレンを、セーレは鼻で笑う。

「お前が決めればいい。私は伝言を預かっただけだ」

「待て!」

 アレンの呼びかけに答える筈もなく、セーレは闇の中に消える。

 翌日、アレンは副官と騎士団の主だった者達を集めて、今後の方針を伝えた。

「軍を北上させ、ゴブリンを討つ」

 赤の王に負けない程に領域を拡大し、単独でも国が揺るがないようにしてしまえばいい。そうなれば赤の王とておいそれと婚姻を切り出せないだろうし、何より国を巨大にすればそれだけアレンの影響力が増すことになる。長老院の言に惑わされず、ラクシャ女王を救うことが出来る。

 昨夜の女が何を企でいようとも、それに先んじてこちらが行動を起こし、主導権を握る。

「雑軍を先頭に、全速力でゴブリンを叩く!」

「直ちに出陣の準備をします!」

 頷くアレンに、伝令は踵を返して走り出した。


◆◇◆


 ゴブリンの王は辺境領域から西域までの距離をゴブリンの足でなら6日、軍勢となれば10日はかかると読んだ。だが、足腰の弱い女子供まで連れての移動は、今までに経験したことがない。

 ゴブリンの雌は人間に比べれば健脚と言って良い。遅々として進まぬ行程、ゴブリンだけなら夜通し走り抜けることも可能だろうが、人間には休息も必要だった。

 一言で言えば見通しが甘かったのだ。

「機嫌が宜しくないようですが?」

「俺はそんなに不機嫌な顔をしているか?」

 ザウローシュの言葉に、ゴブリンの王は進まぬ隊列を見ながら口を開いた。

「ええ。少なくとも他のゴブリン達は王の勘気を被るのが恐ろしくて近寄らないようですが」

「そうか……で、要件は?」

 深く息を吐いて、組んでいた腕を解くと凝ってしまった首を回す。

「……クルディティアンの旗色は良くないそうです」

「そうか」

 時間差はあるだろうが、ゲルミオン王国側は都市を包囲すると攻城兵器を着々と輸送させている。となれば、問題は追撃部隊だ。クシャイン教徒をゲルミオン王国に押し付けた赤の王は態勢を整えてゆっくりと、だが着実に迫ってきている。

 そして交易国家プエナも威信をかけて大軍を派兵し、南からその領域を広げてきていた。問題はどちらが相手となるかだった。

「赤の王とプエナの正確な位置は掴めていません。ですが、距離だけを考えるなら先に来るのはプエナ」

「確か、蒼鳥騎士団だったな」

 聖剣を所持する国という印象しかなかったが、それでもあの精強な騎馬隊を派遣出来るのだから強敵には違いない。人間の非戦闘員を抱えて、あの精強な軍と戦うのは無謀でしか無い。時間稼ぎの為の罠を張りつつ後退しているが、それとていつまで保つか分かったものではないのだ。

「予想でしかありませんが、後5日程で交戦となりましょう」

「根拠は?」

「単純な計算です。この行軍の速度と相手側の一般的な速度を比べれば自然と出る答えです」

 豊富な経験を積んだザウローシュだからこそ計算出来る敵の速度。ゴブリンの王も逃げきれるとは思っていなかったが、思いの外早く接触するとの予想に苦い顔をする。

 一度戦って退けたとしても、二度、三度となれば如何にゴブリン達とて苦戦は必至。追われる苦しみというのは暗黒の森時代にゴブリンの王自ら敵に経験させたことだったが、攻守と場所を変えてこんな形で実現するとは王自身も思っていなかった。

「苦しいな」

 領民達を見捨てる訳にはいかない。それではここまで連れてきた意味が無いし、今後の統治にも影響を及ぼすだろう。反乱分子を自ら作るなど愚行の極みだ。

 とは言え、領民達を先行させてゴブリン達が敵を引き受けたとしても多大な被害が出るだろう。魔獣の跋扈する地域は未だに続き、魔獣軍を率いるギ・ギーですら全ての魔獣を従えられる訳ではないのだ。

「なるべく急がせる他ないでしょう。我らも荷を運ぶ側に回ります」

「護衛は任せろ」

 冒険者に領民達の荷を担がせ、或いは女子供を背負わせて移動を続ける。ゴブリンの王の焦りとは裏腹に移動距離は伸びず、そしてとうとう南の地平線の彼方に土煙が上がるのが見えた。

 ここまで至ってしまったからには仕方がない。ゴブリンの王は腹を括る。

「迎撃戦を展開するぞ!」

 ゴブリンの王の命により足の早いゴブリン達が集められ、作戦が説明される。

 簡単に言ってしまえば、足の早さと夜の闇を活かした一撃離脱作戦だった。敵の軍勢の足を止め、目的を果たしたなら即座に撤退。それを繰り返すことによって時間を稼ぐ算段だった。

次回更新は3日予定です。

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