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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
246/371

西都騒動

 ゴブリンの王は各地に散らばっていたゴブリンを再編し、再び南への征路についていた。率いていく軍勢は4000ものゴブリン達だ。ノーブル級以上の編成は前と変わらず、階級順に挙げるならロード級であるガイドガ氏族の族長ラーシュカ。次いでバロン級である剣王ギ・ゴー・アマツキ。デューク級では群狼のギ・グー・ベルベナ、暗殺部隊を率いるギ・ジー・アルシル、狂い竜ギ・ズー・ルオ。更にノーブル級として魔獣軍を率いるギ・ギー・オルド、戦鬼ギ・ヂー・ユーブ、真の黒(ヴェリド)の加護を受けたギ・バー・ハガル、パラドゥア氏族のハールー、ガンラ氏族のラ・ギルミ・フィシガとなる。

 魔法を使うゴブリンでは、ウィザード級のギ・ザー・ザークエンドと、シャーマン級ギ・ドー・ブルガがその征路に加わった。

 ラズエルの防衛戦から20日程経った。その間にゴブリンの王は西域の防衛線を整え、北側の森林地帯に特に気を配ることを忘れなかった。暗黒の森から送られてきた新兵のゴブリン達が補充され、満を持して南への進路を取る。

 ゴブリンの王が南へ向かう契機となったのは、誇り高き血族の受け入れの完了だった。

 ラズエルの防衛戦から5日経った頃、西域に居たゴブリンの王にザウローシュから誇り高き血族(レオンハート)の西域への移動が知らされたのだ。人間も妖精族も亜人も分け隔てなく受け入れる巨大血盟。東部を主戦場として活躍していたが、赤の王の隆盛によりその地位を追われてしまった。総勢2000にも及ぶ人員の受け入れに、フェイやヨーシュやシュメア、更には支援の為に西域に来ていたシュナリア姫まで巻き込んで、誰も彼もが大慌てで受け入れ準備を整えている。

 西域の責任者たるギ・ガー・ラークスや亜人達は、何がそんなに大変なのかが分からず、首を傾げるばかり。

「何がそんなに大変なのだ?」

 西域を任せられているという立場上、ギ・ガー・ラークスは文官の代表格であり、人間の奴隷の管理を兼任するヨーシュに聞いてみるが、その瞬間彼はカッと目を見開き、激しく頭を掻き毟って叫んだ。

「2000人ですよ2000人! どう考えたって大変でしょう!? 彼らの住む場所は? 食糧は? 住居の割り当ては!? 仕事はどうするんです? 畑を作るとしたら、どの土地を与えるんですか!?」

「そ、そうか……。大変なのだな」

 普段冷静なヨーシュの、あまりの剣幕にギ・ガーはたじろぎ、本能のままに後ろを向こうとしたが、それをヨーシュが許さない。がっしりと腕を掴むと、目の下に隈を浮かべて口元には引き攣ったような笑みを浮かべる。

「いいえ、まだまだありますよ。国を名乗るなら威信を見せねばなりません。分かりますか? そうしないと、貴方の王様が低く見られるんですよ!」

「な、なに!? 王の威信に傷が付くだと!? 戦に負けた訳でもないのに!?」

 王の近衛を率いることを誇りとするギ・ガーには、それが何であれ王の威信を傷付けるなどという事態は、決してあってはならないことだった。

 愕然とするギ・ガーに、ヨーシュは尚も言い募る。

「そうです! 人間の社会では品位すら保てない者は野蛮人と見なされ、嘲笑されても文句は言えないのです!」

「だ、だがここは我等の王国だぞ? それに、移住して来る者達の中には鉱石の末も混じっていると聞いたが?」

「甘い!」

 鋭く指を差すヨーシュの迫力に、我知らずギ・ガーは怯んで後退っていた。

「彼らは人間の社会に慣れているんですよ? その彼らが、住居も決まっておらず受け入れ態勢も碌に整っていないこの都市を見てどう思いますか? ゴブリンの王も大したことはないのだと思うに決まっているでしょう!?」

「そ、それはいかんな!」

「そうです。そうなんですよ。だから……」

「何故俺の腕を引っ張るのだ!?」

「手伝ってもらいますよ! 西域に居るゴブリン達に総動員を掛けてください!」

「そ、それは王がいらっしゃる……」

「元はといえば、あの王様が移住者が大挙してやって来るなんてことをこんなギリギリの時期に報告してこなければこんなことにはならなかったんです! さあ、王様の責任はギ・ガーさんの責任ですよ!」

 そうかもしれないと上手く丸め込まれたギ・ガーは、最初言われるがままに西域全土のゴブリンを集めようとして、流石にそれは拙いと思い直した。直ちに西都にいるゴブリン達に緊急の総動員が掛けられ、凄まじい勢いで受け入れ準備が進められる。

 そんな折、誇り高き血族(レオンハート)の先発隊が到着したとの報告がギ・ジー・アルシル配下のゴブリンから届いた。

 嘗てザウローシュと共にゴブリンの王への使者となった大牙の一族のタウロパが、200人からなる先発隊を連れてきたのだ。彼らの服装は皆バラバラである。行商人の格好をしている者が殆どだが、襤褸を着た乞食や旅の冒険者など、多種多様な格好でここまでやって来たようだった。

「輝く鉱石の末、大牙の一族タウロパ。誇り高き血族の魁として罷り越した。ゴブリンの王にお目通り願いたい!」

 西域に南回りのルートで侵入を果たした彼らは、見回りのゴブリンに口上を述べる。巡回するレア級ゴブリンはギ・ジー・アルシルの手下であった為、急いでそのことを王に知らせると共に増援を呼んだ。

 彼ら先発隊は、ゴブリンに護衛されながら西都を目指す。

 出会う魔獣は全てゴブリン達が駆逐し西都に到着する。フェイ、ヨーシュ、シュナリア姫らの指導の下、大通りからゴブリンの王の鎮座する領主の館までの道路はしっかりと掃き清められていた。更に、ニケーアら蜘蛛脚の一族によって町並みは綺麗に整えられている。

 無論、裏に回ればゴブリンの食べ散らかした骨や妖精族が植えようとしていた木々の苗木、糸でぐるぐる巻きにされた宿などが存在するのだが、何とか一応の体裁を整えて彼らを迎えることが出来た。

「予想以上に荒れていないな……」

「どんな魔境かと思ったが」

 意外にも整えられた町並みを見た先発隊の面々から、安堵の声がそこかしこで上がる。

「タウロパ、良いところそうじゃないか」

「う、うむ……。まぁ、そうだな」

 表通りだけは良く整えてある。しかしタウロパの優れた視力で仔細を観察すれば、目を背けたくなるような大量の塵が路地裏に積み重なっているのが嫌でも目に入る。

「もうすぐゴブリンの王の下に到着する。あまり騒がぬようにな」

「それもそうだな」

 タウロパの注意に周りの者が頷き、無駄口を叩くのをやめた。黙々と歩き領主の館にまで辿り着く。領主の館で待っていたゴブリンの王を見て、タウロパ以外の者は全員が瞠目した。その威容と威風。彼らが知るゴブリンとは一線も二線も画すその巨躯。そして口を開けば、どこの王族かと疑うような流暢な言葉と卓越した知性。

 誰しもが本当にゴブリンなのかと疑って互いに視線を交わし合う。

「お前達には南西の一角を与える予定だ。元は2000近くの人間が住み暮らしていた平民区画。西都全体は今は我らが占拠し改変を加えているが、その一角は未だ手付かずの場所だ。好きなように使うが良い」

 王の言葉にタウロパは感謝の念を述べるとその場を退出し、割り当てられた区域へ移動する。

「おお、凄いなこれは!」

 誰かの放った一言に、タウロパも内心で深く同意した。

 その区画は先程見てきた町並みのように掃き清められ、暮らしていくのに不便がないばかりでなく、上下水の整備までされた先進的な区画だった。奇しくもそこは嘗ての西域の主ゴーウェン・ラニードが、領主として暗黒の森を攻略するとの意気込みを込めて作らせた一角。

 ゴブリンでは持て余すし、他種族でも十全に活用出来ないと考えたゴブリンの王は、この一角を誇り高き血族に預けることにしたのだ。

 この事が切っ掛けとなって、誇り高き血族とゴブリン側とは友好的な関係が築かれることになる。周囲を敵にばかり囲まれたゴブリンの王にしてみれば、身内に裏切りの危険がないというだけでも大きな収穫の一つだった。


◆◇◆


 聖騎士の国ゲルミオン王国との同盟を手土産にカーリオンが赤の王の本拠地ファティナまで帰還したのは、熱さも和らいだバドの月である。天上に輝く双子の赤い月、姉月(エルヴィー)妹月(ナヴィー)もこの時期が最も輝きを増す。

 穀倉地帯を領土に持つファティナは防衛の為の兵が数多く配置されていることもあって、領主の館の蔵には穀物を入れた袋が堆く積み上げられていた。

「そうですか、盟主はプエナに……。そしてサーディンは敗北と。意外といえば意外ですが、まぁ納得はしました」

 所狭しと言わんばかりの備蓄の山を見上げたカーリオンは、南へ戻ってきて早々にゴブリン相手の敗戦の報を聞くことになる。だが、全く動じること無く戦の詳細を尋ねる。

「へぇ、柵に罠を取り混ぜてからの奇襲? 成程……確かにゴブリンにしては手が込んでるな。こちらの意図を察するのが上手いのかな? サーディンの短気を読まれていたのかも」

 ぶつぶつと呟きながら一人脳裡で戦の詳細を思い描き、口元には笑みさえ浮かべていた。

 時々咳をしながらも仕事を休む様子がない彼に、護衛を務めるセーレは苦い顔を隠しもしなかった。普段の無表情に加えて、眉間には皺が寄っている。

「おい、まだ終わらないのか?」

 問い糺す口調も厳しいものになるが、彼女は全く気にせず、これで5回目となる質問をした。

「ええっと、後は肉類の貯蔵庫ですね」

 舌打ちしそうになるのを堪えて、セーレは黙々とカーリオンの後ろに続く。

「盟主は今頃、砂漠の暑さで参ってますかね?」

「どうせ女の尻でも追いかけているんだろう? ラクシャ女王だったか」

「ああ……でも、どうでしょうね? ラクシャ女王は恋人だった騎士団長を亡くしたばかりですし」

「そんなことを気にする男だったか?」

「ええっと、気にしないかもしれませんね」

 苦笑を浮かべるカーリオン。

「それに、今はそれどころではないのだろう?」

 セーレの言葉に、カーリオンは少しだけ口を噤む。東部の情勢が風雲急を告げているのと同時に南方での敗戦が重なってしまった為、赤の王の中に動揺が広がっていたからだ。

 東では完全に潰した筈の自由への飛翔(エルクス)の残党が、また各地で活動を再開しているのだ。今までは言わば見せしめとして、ウェブルスの短剣を上手く操りエルクスだけを狙っていたが、赫月(レッドムーン)という小クランがエルクスと手を組んだことによって流れが逆転した。

 ウェブルスの短剣の盟主は殺され、今や崩壊の危機にある。

 今まで赤の王に圧迫されていた中、当面の危機が去ったことを知った小クランの幾つかがエルクスに接近。その勢力は無視できないものにまでなっていた。

「プエル・シンフォルアですか……。生死不明と聞いていたのですが」

 全滅寸前だったエルクスを立て直し、それどころか東部に限って言えばほぼ赤の王と拮抗する勢力にまで持ち直すことに成功している。その手腕は見事というしか無く、カーリオンの知る中でも随一の有能な人材だった。

「出来れば味方になってもらいたいものですけど」

「無理だな。あの娘、我らを目の敵にしている節がある」

「では、消えてもらうのが一番ですね」

「厄介だぞ。狂刃ヴィネまでいてはな」

 目を細めるセーレに、前を歩くカーリオンは気付かない。ただ、その声の調子が僅かに変わったのを感じ取ってセーレに問い直す。

「お知り合いで?」

「……昔、少しな。可能な限り関わらないほうがいい。あの女は冥府の鬼すら避けて通る」

「それは……。何というか、怖い人ですね」

「ああ」

「シュンライさんでも厳しいみたいですね。嬉々として便箋に書いてるのが彼らしいですけど」

 困るんですよねぇ、と笑いながら言うカーリオン。赤の王随一の剣士でも倒せないのなら、実質的に暗殺は不可能だ。かと言って、赤の王は主力を南に向けている。東部の情勢は状況を有利にする為の副次的なものなのだ。

 最悪、捨ててしまうのも有りだと考えて、カーリオンは策を練る。

「サーディンは、今どうしてますか?」

「謹慎中だ」

「そうですか」

 カーリオンは歩きながら、手で口元を覆うような格好で考え続ける。

「よし。盟主には、この間の意趣返しをすると伝えてください」

「ああ」

 カーリオンの口元に浮かぶ笑みは自信に満ちていた。



次回更新は1月13日

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