ラズエル防衛戦
ゴブリンの王が陣営地を構えた場所は南から続く細い獣道を遮るようにして設営されていた。北側にはラズエルの町が見える。距離は凡そ1キロメートル。西側に100キロメートル程も行けば熱砂の神の大砂漠。東にはグエナの村がある。
ハールーによって誘導された人間達は、彼らの逃げていく方向に小さな砦とも呼べないようなものを発見すると失笑と嘲笑を浮かべた。
「ゴブリンどもが小癪な真似を!」
そのサーディンの一言で開戦は決定したと言って良い。前線指揮官としては優れていても、戦略を考えていなかったサーディンの失策だった。
結果的にそれがゴブリン側には幸いする。敵軍を上手く引き連れたハールーが陣営地に戻る頃には、ゴブリンの王が急ぎに急がせて作らせた陣営地は概ね完成していた。
「大軍に微々たる用兵なんざ必要ねえ! 突っ込むぞ!」
指揮官であるサーディンの声に、後続の部隊も気勢を上げる。
そうして、後にラズエル防衛戦と呼ばれる戦が始まった。多分に運の要素を孕んでいたが、当初から戦況はゴブリン側に有利に展開する。
柵を2重にした陣営地に人間達が津波のように押し寄せてくる。騎馬を先頭に立てたその戦術は、一気呵成に陣営地を揉み潰そうという意図の下に採られていた。
「突撃だ! ゴブリン共をぶち殺せ!」
赤の王の前衛指揮官にして一軍の将たるサーディンは、自ら先頭を切って馬を駆る。手にした槍を頭上に掲げると、後続に控えるエルレーン王国軍が鬨の声を上げた。
『勝利を! 勝利を! 勝利を!』
馬の膝上まである草を蹴散らし、大地を踏み鳴らして騎馬が駆ける。戦装束を整えられた軍馬は、その衣装が鳴らす荒々しい音で興奮を高め、時に人すら踏み潰す強猛さで乗り手を運ぶ。
鬨の声を上げた直後、進軍の為の魔法が打ち上げられる。
赤い炎弾が空に向けて一発。
「前列、突撃だァアァぁあ!」
大地を揺らし空気すらも震わせて、人と馬の群れが迫ってくる。
「待機だ!」
一方で、それを見守るゴブリン側は恐ろしい程の静寂を保っていた。恐怖に歯を鳴らし、まるで何かを喋ることがとんでもない犯罪であるかのように、ノーマルゴブリン達は震えそうになる身体を恐怖と共に抑え込む。握るのは一本の長槍のみ。
向かってくる巨大な質量。その圧倒的な恐怖に立ち向かうには、何と心細いことか。
「待機だッ!!」
晴天が続いた為に乾いた大地。土煙を上げて草原を疾駆してくる騎馬の群れ。脂汗が背中を伝い、握っている槍の感覚さえも怪しくなる。
だが、それでもゴブリン達は逃げ出さない。
彼らの後ろでは自身も槍を構えた戦鬼ギ・ヂー・ユーブが大声を張り上げ、ノーマル級達の自制心を取り戻させている。迫る軍馬の足音。レア級ゴブリンの一匹が今にも逃げ出してしまいたいと言わんばかりに、チラチラとギ・ヂーの様子を伺う。低い呻き声を上げるノーマル級ゴブリン達。
だが、それらの視線や不穏な空気を一切封殺して、ギ・ヂー・ユーブは毅然と敵が来るのを待っていた。
「我が君が居られる限り、我等に敗北はないッ!」
手にした鉄槍の石突きを地面に突き立て、吠えるような大声でゴブリン達に呼び掛ける。
「我が君の前に敗北はあったか!? 我が君の判断に間違いはあったか!?」
再び地面に石突きが突き立てられる。
「否だッ! 我らが信じて進む限り、我が君に敗北はなく、我等に敗北はないッ!」
見れば敵の軍馬は更に距離を縮めようとしていた。それを見たギ・ヂーは、腹の底に力を溜めて彼が率いるゴブリン達全員に向かって指示を下した。
「今だ! 馬防柵を立てろ!!」
ノーマル達が即座に手にした槍を投げ捨てて地面に置いてある綱を引っ張ると、地面に隠されていた馬防柵が姿を現す。直径30センチ程の丸太を組み合わせて作った馬防柵は、向かってくる馬に対して地面から突き刺さるような角度に調整されていた。
綱が馬防柵の先端付近に取り付けられており、持ち上げれば槍の役目をする。
直後、ノーマルゴブリン達の手を巨大蜘蛛に殴りつけられたような衝撃が襲う。敵の騎馬隊の先頭集団が、避ける間もなく馬防柵に突っ込んだのだ。
馬が嘶き、人間の悲鳴が上げる。馬防柵に突っ込んだ馬が苦しそうに踠き、乗り手は吹き飛ばされて地面に叩き付けられ、首や四肢が捻じ曲がったようになる者達が続出した。飛び散る血飛沫を縫うように、敵の後方から炎の魔法が飛んでくる。
「魔法だ! 防御!」
「人間どもに目にもの見せてやれ!」
ギ・ヂー・ユーブの声に反応して、フェルビーの声が響く。ゴブリン達の後方に位置した妖精族達が、炎の魔法を打ち消すべく風の魔法を唱えた。
渦巻く炎の弾丸が空を埋め尽くす礫となって飛来し、天上を支配する風は神の息吹のようにそれを押し流す。ゴブリン達の陣地の上で壮大な魔法の撃ち合いが始まっていたが、彼らにそれを見ている余裕など無い。先程の突撃で生き残った者や、馬防柵を巧みな手綱捌きで乗り越えた者が間近に迫っていたからだ。
「槍先を揃えろ! 敵を近付けさせるなッ!」
荒々しくノーマル達を鼓舞するギ・バー・ハガルの檄に合わせ、2重になった柵に取り付いた人間達に向かって長槍が突き出される。砂漠地帯が存在する南方では鉄製の鎧は一般的ではない。そして革鎧ならば、ゴブリンの力を以ってすれば容易に貫くことが可能だった。
「突け!!」
ギ・バーの合図で一斉に突き出される槍列が、馬防柵を乗り越えようとしていた人間達に襲い掛かる。暗黒の森で生産された黒鉄製の穂先が皮鎧を貫き、心臓をも突き破る。
「ゴブリンなんぞに、好きにされて!」
怒りの声と共に徒歩となったサーディンは馬防柵を叩き切る。一騎当千とはいかないまでも、赤の王という巨大な組織の幹部であるサーディンは、相応の実力者であった。
あっという間に馬防柵を抜けると、手に持った槍を柵の内側目掛けて恐ろしい速度で投擲する。
「ギ!?」
ノーマルの体を貫通し、その後ろにいたゴブリンまでも貫いた槍の軌道に僅かに鬱憤を晴らしたサーディンは、長剣を掲げて後続の軍に道を示す。
「ここだ! ここから抜けるぞ!」
馬防柵を切り抜け、2重になった柵に取り付こうとした瞬間。
「突き出せェ!」
ギ・バーの声と共にゴブリン達の手にした長槍がサーディンに向かって突き出される。
「その程度ッ!」
長剣を横に薙ぎ払って突き出された長槍を払い退けると、柵に斬り掛かる。
「てめえらなんぞに!」
後ろにいたゴブリンごと柵を切り抜いたサーディンだったが、断続的に繰り出される槍に後退を余儀なくされる。
「はっ、小賢しいんだよ!」
勢いをつけて固く結んである柵を蹴りつけ、一部を破壊することに成功すると、そのままゴブリン達の陣地に雪崩れ込む。
「死ねぇ!」
振るった長剣で長槍を持っていたゴブリンを一刀両断し、反応できない一匹を更に叩き切る。屍を蹴りあげて即席の盾にすると、更に陣地の深くへと斬り込む。
「汚えだろうがっ!」
ゴブリンの血に塗れながら怒り狂うサーディンの長剣が、近くにいたゴブリンの首を薙ぐ。反転し、更に他のゴブリンを狙おうとした長剣が鋭い剣戟によって打ち払われ、怒声と共に斧が振り下ろされる。
「ち、大物だな」
「人間、調子に乗り過ぎだッ!」
長剣と斧を二刀流に構えるギ・バーが、サーディンの前に立ち塞がる。
「後続を断て!」
人間を相手にしても冷静さを保つギ・バー。指示を出すと同時に、舌打ちするサーディンに向かって体ごとぶつかるように斧を振るう。
「ここは通さぬ! 貴様は、今ここで死んでいけッ!」
「魔物が一丁前な口を聞くんじゃねえよ!」
長剣同士がぶつかり合う。間髪入れずにギ・バーが戦斧を振るい、サーディンはそれに難なく合わせる。ノーブル級ゴブリンの力強さに舌打ちして更に踏み込んで懐に入り込もうとしたが、暴風のように戻ってくるギ・バーの長剣に冷や汗を流しながら自らの得物を打ち合わせる。
苦悶の声を押し殺し一撃を受けきるが、真の黒の加護篤きギ・バーの一撃は完全にサーディンの足を止めていた。唾を吐きながら目の前のゴブリンを観察するが、隙を見出だせないでいた。焦れてくる内心を一旦無視し、態と間合いを開ける為に距離を取る。
僅かに後ろを振り返れば、落とし穴に落ちる者や草地の中に仕掛けられたロープに足を取られる者など、軍の足を完全に止められてしまっていた。
どうする? サーディンは僅かな時間、思考する。
後退か、それとも力押しか。
後続は思わぬゴブリンの戦術に混乱しきっている。今のまま攻めても悪戯に損害を増やすだけだ。だが、後退すれば追撃を受けるのではないか? ゴブリン程度に梃子摺るなど、サーディンの矜恃を傷つけるだけでなく赤の王の估券にも関わる。
攻めを続行すると決断した刹那、僅かに油の匂いを嗅ぎ取ったサーディンの背中を冷たいものが滑り落ちた。
「くそったれがっ!」
一度後退と決めれば後は早かった。目の前のゴブリンを何とかして、さっさと抜け出さねばならない。サーディンは間合いを保つギ・バーを確認すると、身を翻す振りをして近くのゴブリンの首を刎ねる。
「貴様っ!」
怒りも露わに追いかけてくるギ・バーを見て即座に反転し、一気に距離を詰める。てっきりサーディンが後退するものだと思っていたギ・バーは反応が遅れ、その僅かな合間にサーディンの剣戟が叩き付けられる。
全身の力を利用した一撃がギ・バーを押す。体格や腕力ならばギ・バーの方が勝っているが、経験はサーディンに軍配が上がる。ギ・バーの態勢を崩したサーディンは、更に畳み掛けるように剣戟を見舞う。
「その首、貰った!」
「ぐ!?」
首筋に集中させた剣戟に思わず首元を庇うギ・バー。その隙を突いて足を切り裂くと、躊躇せずに離脱する。
追い縋るゴブリンを切り払って馬防柵を抜け出すと、声を上げて後退を指示する。
だが、一度混乱した部隊を立て直すのは至難の業だった。罠にかかって身動きの取れない者は最悪見捨てねばならないと腹を決めて、サーディンは後退を敢行する。
「ゴブリンなぞ、後一押しで崩れるだろう!」
「黙れ! さっさと後退しろ!」
怒鳴る幕僚の一人を殴りつけ、サーディンは撤退を叫ぶ。
「何をっ! この──」
殴られた口の中に溜まった血を吐き出して怒鳴ろうとした幕僚の声は途切れ、後方に熱を感じたサーディンは振り返った。
「くそっ! 言わんこっちゃねえ!」
吹き上がる炎は旋風に乗って騎兵達を巻き込み、大火となって暴れ狂う。
「魔法使い共! 土壁だ! 風向きを考えろよ! やれ!」
近くにいた魔法使い達に命じると、サーディンは逃げ惑う兵を炎の届かない所にまで後退させるべく声を上げる。
遅きに失した命令ではあったが、多少なりとも後退する兵の数は増える。足を引き摺り、火傷をした腕を庇いながら逃げていく兵士。
だが、それでもサーディンの率いてきた兵士の2割にも満たない。
「負傷した者達を下がらせろ! 治療師達を!」
集結した者達を治療し始める治療師達を尻目に、サーディンは無事だった部隊を前に出す。後列を負傷者の守りに残すと、魔法使い達に土壁を作らせて草地に燃え広がっている炎を防がせる。
「魔物が智慧なんぞつけやがって! だがこれで炎は通じねえぞ!」
長槍の兵を横隊に並ばせ、前進を命じる。
「ちっ、もたもたしてるとクシャインの狂信者共が餌を強請りに来ちまうぞ!」
舌打ち混じりに吐き捨てたサーディンの言葉は、半ば実現しつつある。クシャイン教徒側を取り仕切るヴィラン・ド・ズールはこの時、ゴブリンと赤の王が激しい戦を繰り広げるラズエルの南から東に10キロメートルの位置にいた。
障害物の無い草地で燃え上がる黒煙は、格好の目印となっただろう。となれば、漁夫の利を狙ってクシャイン教徒が押し寄せてきても何ら不思議ではない。
ヴィラン・ド・ズール率いるクシャイン教徒軍はそれを目撃し、斥候を派遣しつつ急接近していたのだ。
その情報をサーディンは事前に赤の王の優秀な諜報から聞き知っていた為、多少の損害には目を瞑って強攻を敢行した。だが、ゴブリン側の抵抗が予想以上に激しく、張り巡らされた罠も悪質であった為、やむなく後退をせざるを得なかったのだ。
一度戦端を開いてしまった以上、このまま退却する訳にはいかなかった。このままでは何の為に兵士が死んだのか分からない。
ゴブリンを殲滅し、クシャイン教徒に睨みを効かせる程度はしなくてはならない。そう考えたサーディンだったが、風を操る妖精族が相手だということに気が付くと方針を再度考え直さねばならなかった。
炎は土の防壁で遮れるが、煙までは遮れない。視界を埋め尽くす黒煙で進軍すらままならない。それに嫌な予感がする。サーディンは東を見た。エルレーン王国から派遣された参謀達が進軍の合図は未だかと問いかけるような視線を向けるが、サーディンは頭を掻いて舌打ちする。
「くそっ! 撤退の準備だ! 歩兵どもを殿にしてゴブリンを牽制しつつ、撤退!」
「撤退だと?」
騒めく参謀達を無視して、サーディンは後退を指示する。
「俺と歩兵は最後尾でゴブリン共を牽制しながら後退する! てめえらは無事な奴らと負傷者を纏めて王都に向かえ!」
気心の知れた冒険者達に声をかけつつ、サーディンは指示を出す。
「急げ! 嫌な予感がする! クシャインの狂信者共かゴブリンか知らねえが、襲ってくるぞ!」
◆◇◆
ゆっくりとだが態勢を整えつつ後退するエルレーン王国軍。
黒煙が辺りを支配する中、煙の中からその集団を狙うゴブリンの集団があった。
「奴ら、退くつもりだな」
ギ・ザー・ザークエンドは草地に身を潜めつつ、隣の王に目を向けた。
「ギ・ジー・アルシルの先導で奴らを叩く。ギ・ヂー達の奮戦を無駄にするなよ」
無言で頷くギ・ジーとギ・ザー。
背の高い草を縫うように進むゴブリン達の正面には、負傷者を纏めて後退しようとしている人間がいる。陣営地から大きく右側へ迂回したゴブリン達の行動は、黒煙に紛れてエルレーン王国側には気付かれてはいなかった。
「グルウゥゥゥアアァァア!」
天地を震わせるゴブリンの王の咆哮。人間達の動きが一瞬止まり、そこを目掛けてギ・ザー率いるドルイド部隊の魔法攻撃が降り注ぐ。ギ・ジー・アルシル率いる暗殺部隊は、そのまま突っ込んでいく。
ドルイド部隊の魔法を受けた人間達は悲惨と言う他なかった。悲鳴を上げる間もなく風の刃が喉を切り裂き、水弾が足をへし折る。動きの止まった所に完全に奇襲に特化したギ・ジー率いる暗殺部隊が突っ込み、場を掻き回す。
ゴブリン達が巧妙だったのはギ・ジーの部隊は混乱を助長するに留めて人間達の間を駆け抜け、決して足を止めなかったことだった。傷を負った者も負わなかった者も状況を把握するために周囲を見渡し、ギ・ジー達の後に続いて襲ってきたゴブリンの王直轄軍の圧倒的な暴威に薙ぎ倒された。
ゴブリンの王が直轄で率いていたのは、先の戦で負傷したゴブリンを中心にギ・ゴー・アマツキ。単独ながらもガイドガ氏族の族長ラーシュカ。ゴブリンの個体で言えば王に次ぐ高い戦闘力を持つ両ゴブリンを左右に従え、密集して動きの取れない人間相手に暴れ回った
瞬きの間にギ・ゴー・アマツキの曲刀が3人の人間を斬り伏せ、ラーシュカの豪快な一撃がヘルムごと人間の頭を叩き潰す。ゴブリンの王が冥府の黒き炎を纏った大剣を振るう度、両断された人間の身体が宙を舞う。
「進めェ! 突き抜けるまで止まるなァ!」
先頭を切るゴブリンの王に従うのは手足の欠けたゴブリン達。即席の義足の付け根からは血を流し、腕すら欠けた者も散見される中、吠える王に続く彼らの士気の高まりは狂気に近い。悲鳴を上げて逃げる人間の背に槍を突き刺し、立ち向かってくる人間の喉を剣で切り裂く。
両腕を失ったゴブリンが人間の喉首に噛み付き、胸を切り裂かれて死に行く寸前のゴブリンは、それでも手に持った槍で相手の胸板を刺し貫き、冥府の道連れにする。生還を考えていないようなゴブリン達の突撃に、人間側は恐慌状態に陥っていった。
王都に向かうことだけで頭がいっぱいになった人間達は、武器も物資も投げ捨てて逃げ出していく。
後退中だった負傷者5000を含むエルレーン王国軍は、ゴブリンの王の奇襲により一方的な損害を被ることとなった。
◆◇◆
後方部隊の奇襲を知らないサーディンは兵士達を鼓舞しながら陣営地からの離脱を図っていた。黒煙に紛れてのゴブリンの奇襲を払い除けつつ、徐々に後退していく。
「くそっ! こんなことなら、一緒に退がった方がマシだったぜ!」
黒煙から飛び出してきたノーマル級ゴブリンの腕を切り落とし、一瞬の内に喉を裂く。続いて2匹、3匹と難なく殺していく。サーディンは殿として残った兵力を幾つかの小集団に分けて順番に後退させていった。極めて大雑把な性格故に、それを心配したブランディカからエルレーン王国の高級士官を付けられたサーディンだったが、半ば喧嘩別れのような状態で参謀達を先に戻すと、本来の持ち味が戻ってくる。
盗賊あがりの荒っぽいやり方で、逃げる者は容赦なく斬り殺した。
「逃げる奴は殺す!」
宣言してから、目の前で逃げようとした兵士を何の躊躇もなく斬り殺して恐怖で歩兵達の動きを縛る。冒険者の中でも特に荒々しい気性の、気心が知れた者達をそれぞれ部隊の長にすると、追ってくるゴブリンを撃退しながら徐々に退いていったのだ。
「いいか!? びびってんじゃねえ! 戦場なんてもんはな、びびったやつから死んでくんだ!」
極端な暴論でも、サーディンが言うと不思議と兵士達は納得出来た。
「良いか、ビビるんじゃねえぞ! 突き出せェ!」
穂先を揃えると、黒煙から出てきたゴブリン3匹を容赦なく長槍兵が突き殺す。
「サーディン!」
順調に後退していたサーディンに、先に後退させていた部隊が戻ってくる。事情を聞いたサーディンは後方部隊が全滅したとの報告にも怯まず、再び指揮を執る。
「はん、戦場なんてのはそういうもんだろうが! いいから目の前のことに集中しやがれ! 退路の確保だ、行け!」
「でかい奴が出たぞ!」
その悲鳴に後退を止め、サーディンの率いる歩兵達は再び前に出る。長槍隊で槍衾を作ると、黒煙に向かって視線を据える。僅かに何かが聞こえたと思った瞬間、サーディンは命令を下し黒煙に向かって長槍を突き入れさせる。
長剣で煙を切り裂くとそこには追撃の為に陣営地から出てきていたであろうゴブリンの姿。串刺しになったその姿に頬を歪めて笑うと後退の合図をしようとしたが、黒煙の向こうから響いた咆哮によってその言葉は口から出る前に掻き消された。
「一度ならず、二度までも!」
「さっきの奴だな!?」
体ごとぶつかるように戦斧を振るうギ・バー・ハガルの一撃に殆ど勘だけで長剣を合わせ、力を流す。ギ・バー自身も猪突した為に態勢を崩し、その隙にサーディンの長剣がギ・バーに迫る。
自身に迫る凶刃に目を見開くギ・バー。態勢を崩され、手にした武器では反応が間に合わないことも目に見えて分かってしまう。数秒後の自身の死を悟ったギ・バーの目にサーディンの嘲笑が映る。だが、それが僅かに引きつったかと思えば、舌打ち混じりに視線がギ・バーではない誰かに向けられる。
直後、飛び散る火花。
ギ・バーが瞬きをする間に、ギ・バーとサーディンとの間に割って入った者がいた。
「てめえ、人間、か!?」
ゴブリンと人間が共に戦うという事態に頭がついていかないサーディンは詰問の声を上げる。だが、割って入った人間は無言でサーディンに鎌槍を振るう。
身の丈よりも長い鎌槍を軽々と振るう様子は、まるで巨大な草刈り鎌が意志を以って人の命を刈り取っているようだった。サーディンの持つ長剣とザウローシュの持つ鎌槍では、間合いの長さが圧倒的に違う。
サーディンとて歴戦の猛者である。そのような手合と戦った経験もあるし、対処法も知っている。だが、周囲の状況がそれを許さなかった。ギ・バーに遅れていたノーマル級ゴブリン達が黒煙の向こう側から続々と到着し、あろうことかその中に人間まで混じっている。
驚愕もそのままに、サーディンは後退せざるを得なかった。
部隊が捕捉されてしまえば士気の低い此方が不利であるとの判断が出来る程度には、サーディンも考えが及んでいた。
即座に後退を決意し、追撃を警戒しながら部隊を退がらせる
ザウローシュもギ・バーも、敢えて追うことはしなかった。王からは被害を抑えておくよう言い含められている。現にエルレーン王国側は撤退し、ゴブリン達は辺境領域を守ったのだ。動向の分からないクシャイン教徒に対して備えねばならないということもある。
「……済まぬ。助かった」
未だ警戒を解かないザウローシュが、前方を睨む。その背に向かってギ・バーは声をかけた。
「なに、戦友というやつですから」
厳しい表情を崩さないザウローシュの言葉に、ギ・バーは頷いた。
◆◇◆
こうしてラズエル南の防衛戦と呼ばれるゴブリン対エルレーン王国の戦いは幕を閉じた。ゴブリン側の被害は300に留まり、エルレーン王国側は3500にも及ぶ被害を出して撤退。ゴブリンに殺された者、魔獣に食い殺された者、或いは逃げる味方の巻き添えとなった者や混乱による同士討ち。それらを全て含めた上での数字だが、どちらが勝利者かは火を見るより明らかであった。
ゴブリンの王は辺境領域を堅持。人間と亜人の血盟である誇り高き血族をその掌握下に収め、徐々に力を増していた。また、配下のゴブリン達も相次ぐ激戦の中でその能力を引き上げられている。
クシャイン教徒側は結局どちらにも加担せず終始各陣営に圧力をかけ続け、争いが集結すると同時にクルディティアンへ引き上げていった。損害を嫌ったヴィラン・ド・ズールの判断であり、この戦での彼らの目的は達成されていた為だ。
エルレーン王国は今回の被害によって完全に息の根を止められた。クシャイン教徒側への侵攻失敗。更にラズエル南での敗北。軍の中枢たる将軍や参謀達を数多く失い、赤の王に軍の中枢を掌握されたエルレーン王国は、今や赤の王無しでは国政も動かない程に弱体化してしまっていた。
“ブランディカ・ルァル・ファティナ”。或いは“大公ブランディカ”と呼ばれるようになった赤の王の盟主は、実質エルレーン王国を掌握したと言って良い。半ば強引に若き国王ユグノーを国政の場から追い出して己が実権を握ると、息のかかった者達を国政の場に送り込む。軍事力を背景にしたブランディカに異議を唱えることが出来る者など、最早エルレーン王国には存在しなかった。
同時に、赤の王は交易国家プエナにも手を伸ばしていた。
エルレーン王国大公ブランディカと交易国家プエナの女王ラクシャ・エル・プエナの婚姻である。当初色良い返事を寄越さなかったプエナ側だったが、頼みの綱である蒼鳥騎士団の半壊と赤の王の隆盛を見て態度を軟化させる。
あの手この手で宮廷を生き抜いてきた老獪な貴族達と裏で結託していた赤の王にとって、婚姻の成立は約束されたも同然であった。実質2つの国を手に入れた赤の王は、今や南方で最も巨大な勢力に伸し上がろうとしていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ゴブリンの王のレベルが上昇。
96→100
ギ・ドー・ブルガ
34→64
ギ・ザー・ザークエンド
93→5《階級が上昇》
ギ・ジー・アルシル
65→2《階級が上昇》
ギ・ズー・ルオ
90→6《階級が上昇》
ギ・バー・ハガル
3→47
ギ・ヂー・ユーブ
45⇨62
ギ・ガー・ラークス
29⇨45
ギ・ギー・オルド
65⇨86
ギ・グー・ベルベナ
59⇨87
ギ・ゴー・アマツキ
43⇨64
ギ・ビー
23⇨46
ハールー
40⇨65
シンシア
49⇨52
シュメア
90⇨96
ヨーシュ
74⇨76
ハス
1⇨56
ブイ
95⇨96
ラーシュカ
1⇨17
ラ・ギルミ・フィシガ
31⇨52
フェルビー
75⇨94
プエル
89⇨97
◆◆◆◆◆◆◆◆
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