外交戦《地図あり》
ゴブリンの軍勢を退けたエルレーン王国側は、蒼鳥騎士団と共にプエナに帰還を果たす。その際に辺境領域を見張る砦の建設の為、3000の部隊を残すことも忘れなかった。赤の王がゴブリン側を追撃しなかったのは、クシャイン教徒の雄ヴィラン・ド・ズールが北方での戦を早々に切り上げてクルディティアンへ帰還したとの情報を得た為だった。
赤の王の目的はプエナである。ここで無理にゴブリン側を追撃して痛手を被ることがあれば、北方からクシャイン教徒が大挙して押し寄せてくる。
特に聖女ミラは自身が踊らされていたことに気付いており、復讐の念に燃えているであろうことが容易に想像された。主力を辺境領域で戦わせたまま万が一“聖戦”でも発令されてしまったら、今まで積み上げてきた努力が無駄になる。それを嫌った赤の王はゴブリン側を追撃しなかった。
対するゴブリン側は蒼鳥騎士団との戦いにおける負傷者の数があまりにも多かった。その被害の大きさに、ゴブリンの王も赤の王との連戦を避けて一端兵を纏め、辺境領域へ戻る選択を取るしかなかった。砦の建設を妨害する余力など全く残っておらず、何故あのタイミングで敵が現れたのか、どうして見抜けなかったのかと頭を悩ませていた。
そんな折、クルディティアンに潜ませた間諜より連絡が入る。
それはほんの少し遅いファティナ軍の動向に関する連絡だった。それもファティナからではなく、クルディティアンから齎された情報であるのが大きい。
その情報を詳細に追っていく内、聖女ミラの市民に向けた発表に突き当たる。
「クシャイン教徒とエルレーン王国が、敵対関係なのは間違いないようですが」
情報を精査するザウローシュに、ゴブリンの王は頷く。
「敵の敵は味方、ということだな」
赤の王に踊らされた形になったクシャイン教徒。プエナとゴブリン側は大きく戦力を擦り減らし、互いに一朝一夕で立ち直れない程の傷を受けてしまった。
「巻き返しを狙うならここからだな」
ゴブリンの王は気落ちした様子も見せず、言い切る。
「クシャイン教徒の間諜に、伝言は出来るか?」
ゴブリンの王の発言に、ザウローシュは困った顔で応じる。
「それは……残念ながら今の我等の諜報能力では」
情報戦において相手に遅れをとっているのはかなり苦しい。少なくとも、外交では致命的とは言わないまでも不利ではある。
一抹の光明があるとするならギ・グー・ベルベナの軍勢がゴブリンの王の下に合流し、総数が1800を数えるまでに回復したことだろう。だが、それも焼け石に水に近い。相手は少なくとも1万以上の軍勢である。ゴブリンの王は辺境領域を失うことも覚悟せねばならなかった。
「傷を負ったギ・ズーを西域に戻し、ギ・バーを呼び寄せる」
ゴブリンの王は、苦しい中で決断し宣言する。もしも万が一辺境領域を失陥した際には、それらを守っている余裕はない。これまでの成果である南方領域を捨ててでも、ノーブル級であるギ・ズーの安全を確保しておきたかったのである。
ゴブリンの王は自分達の強みを繁殖力と階級が上がることによる能力の上昇だと考えていた。最悪の場合、これさえ分かっていれば何とか持ち直せる。西域を切り崩されることまで想定して、ゴブリンの王は判断を下したのだ。
「小領主達の反応はどうだ?」
「それほど動揺はないようですね。撤退したとはいえラズエル領は堅持され、即座に援軍が来た為にそれ程危機感は抱いていないようです」
「そこは一先ず安心ということか」
10倍の兵力という強大な敵にゴブリンの王の愁眉は晴れなかった。クシャイン教徒を倒した時のような仕掛けは何も無いのだ。さらに言えば、敵の1万五千は数で勝るクシャイン教徒を打ち破ってファティナを占領した実績を持つ歴戦の猛者達。
真正面からぶつかり合って勝てるとは思えなかった。
暫くは戦力の回復に努めるしか無いと判断したゴブリンの王だったが、その判断は翌日に覆されることとなる。
「クシャイン教徒側から降伏勧告?」
「はい。先日付でシラーク領主の館に通告されたとのことです」
ザウローシュの脳裏を駆けたのは、辺境領域を併呑して勢いを盛り返しつつあるクシャイン教徒が、弱ったゴブリン勢を叩こうとしている予想図だった。
現に蒼鳥騎士団との戦いの結果は赤の王により方々に喧伝されている。蒼鳥騎士団の勇猛さと共に喧伝されているのだが、名を上げた騎士団長は既に亡く、喧伝しているのが赤の王だという時点で彼らの思惑が薄っすらと見えてくる。
「この機に乗じて、こちらを併呑しようという画策か」
ゴブリンの王は腕を組む。
クシャイン教徒のみならば、撃退することは可能だろう。問題は辺境領域南に築き上げられつつある砦の存在。これを利用し、これ幸いとエルレーン王国が出てきた場合は戦わずに辺境領域を明け渡すこともあり得てしまう。
だが、降伏など論外だった。
ゴブリンの王は難しい選択を迫られることになった。
◆◇◆
戦から戻ったヴィランは聖女ミラに呼び出され、教皇の寝室で報告と今後の方針について話し合っていた。
「国王陛下もご心配されておりますし……」
「嫌ったら嫌! 絶対に戻らないわ。もし無理やり連れ戻す気なら、お父様なんて大嫌いだって伝えてよね!」
「子供の頃のように肺の病にでもなったら……」
「い、いつまでそれを引き摺ってるのよ!? あれは一度なったらもうならないの! それに初期治療さえしておけば全然大丈夫なの! 分かったらもういいでしょ!」
全く子どもじみた我儘だが、それを通してしまうだけの権力と魅力が彼女にはある。困ったものだと頭を掻いて、ヴィランは頷く。
「それよりもヴィラン。戻って早々で悪いけれど、動くわよ。辺境領域に向けて兵を出すわ」
「はい、ご命令とあらば……」
「不満そうね?」
「いえ。姫様のご慧眼に僕ごときが叶うわけもありませんので」
ふふん、と得意そうに鼻を鳴らすミラがその豊かな胸を張る。
「では、聖女の宝剣に説明をしてあげましょう」
「はぁ。えっ、何ですその聖女の宝剣って?」
「最近流行りのお芝居でね。東方から流れてきた劇団がやってるんだけど、これが面白くって」
カラカラと笑うミラに、大丈夫だろうかとヴィランは内心で溜息をつく。耳を寄せなさいと言ってヴィランの小さな耳を引っ張ると、息の触れ合う距離まで引き寄せる。その近さにどぎまぎするヴィランを他所に、ミラは大望を打ち明けた。
「私を虚仮にしてくれたのは、赤の王のカーリオンという軍師らしいわ。でも、その軍師は今ゲルミオン王国へ行ってるらしいの。というわけで、鬼の居ぬ間に何とやらってヤツね」
「……姫様、前々からご指摘申し上げようと思っていたのですが、そのような言葉遣いは──うぅ!?」
思わず説教を始めようとしたヴィランの耳を更に強く引っ張って言葉を留めさせると、ミラは言葉を続ける。
「ゴブリン側に降伏勧告の使者を出したわ。貴方は約3万の兵を率いて出陣。途中にあるエルレーン側の諸都市を併合しながら辺境領域を目指しなさい」
「ゴブリン側への降伏勧告は囮、という訳ですか」
「相手が降伏するならそれはそれで結構よ。合流した上でエルレーン王国に一泡吹かせてやるわ。けど魔物に真面な損得勘定があるとは思えないし、もし駄目でも周辺の諸都市を落とすくらいは出来るでしょ。クシャイン教徒の多い地域だから軍律をキチンと守っていれば、統治はそれ程難しくない筈よ」
「もし、エルレーン王国側の人間が出てきた場合は?」
「敵対するなら魔物に味方する裏切り者と糾弾しなさい。静観の構えを崩さないようなら隙を見せずに引くこと。一応、若手の軍人の中から見所の有りそうなのを選んでおいたから」
「分かりました。充分に勝算はあるようですね。しかし姫様、己の感情で戦を遊びのようにされては──うぅ!?」
再び耳を強く引っ張られるヴィランが苦悶の声を上げるが、ミラは頬を膨らませて抗議する。
「個人的な感情が無いわけじゃないけど、遊びでやってる訳ではないわ」
薄っすらと瞳を潤ませるミラに、ヴィランは慌てた。
「し、失礼いたしました!」
一週間後、ミラは大々的にゴブリン討伐を宣言し、軍を発する。4つの軍に分かれたヴィラン達の進軍に、クルディティアンに潜んでいた各方面の間諜は大慌てで報せを送る。
聖女ミラは出発する軍を見送ると、一人の冒険者と密かに面会する。
「面を上げなさい。畏まるような性格でもないでしょう?」
「これはこれは。聖女様とも思えないお言葉」
粗末な衣服を着た女冒険者は、戯けるように返事をする。
「望むのはネズミ狩りよ。出来るわね?」
ヴィランに見せていた乙女らしい顔など消し飛び、無表情を貼り付けた冷徹な女の顔になったミラは女冒険者に問う。
「ご命令とあらば」
「お金は幾らかかっても構わないわ。赤の王に一泡吹かせなさい」
「影の逆月の全力をもって」
深く頭を垂れる女冒険者に、ミラは満足気に頷いた。
◆◇◆
西域からギ・バーが到着し、ギ・ズーが怪我の療養の為に西域へと戻される。東からはクシャイン教徒の大軍が迫っているという報告を受け、ゴブリンの王は出陣を決意する。
「少なくとも、このまま閉じ籠っているよりはマシだろう」
ほぼ全軍を動員してシラーク領の東へ展開するゴブリンの軍勢だったが、未だ蒼鳥騎士団との傷は癒えておらず、負傷者は後方に残されたままだった。
「もし、南からエルレーン王国が攻めてくるようなら撤退せねばならんだろうな」
軍議の席でのゴブリンの王の言葉に、その場の全員が驚愕に目を見開く。それもその筈で、彼らは南方に来てから一度も負けていない。なのに、ここに来て占領地を捨てねばならないと言われたのだ。
戦術的勝利を重ねても戦略的勝利には結びつかないという現実はゴブリン達の理解を超えるものだった。西域での戦いでは、戦場の勝利が即ち戦争の勝利であった。
だが、南方へ来てからの戦では戦場で勝利しても相手の都市を制圧しなければ勝利を飾ることが出来ない。捕虜という概念が無いゴブリン達では政治的な駆け引きも難しく、ゴブリンの王とて政治の妙を心得ている訳ではないのだ。
「だが……」
それきりギ・ザーも黙り込む。ギ・ザーとて10倍以上の敵を容易に破る戦術など思い浮かぶ筈もない。況して損害を殆ど出さないなど、不可能だった。
「無論、黙って負けるつもりはない」
言い切る王の言葉に、俯き加減だったゴブリン達が顔を上げる。
「未だ負けてはいないのだ。不利な状況だからといって、それが即座に敗北に繋がる訳ではない」
沈んでいた空気を振り払うかのように、ゴブリンの王は陣地の作成を宣言する。
「陣地、ですか?」
互いに顔を見合わせるゴブリン達に王は頷くと、話し始める。
「この辺りは平坦な地形が連なっている為、敵を防ぐ術がない。故に地形を変える」
「砦を作る、ということですな?」
一瞬だけ眉を顰めるゴブリンの王だったが、それに頷くと縄張りの説明をする。魔法を使える者達は居ないので、全てゴブリンの手作業になる。
「時間との勝負だ!」
揺るがぬ王の威信にゴブリン達は士気を維持したまま、殆ど初めてとなる防御陣地の建設へと取り組んでいった。
◆◇◆
クシャイン教徒とゴブリン勢の衝突を予感した赤の王は、出陣するべきか否かその意見が割れていた。強硬に出陣を主張をするのはサーディンを始めとする前線の武官達だった。先の戦では殆ど戦いもせず勝利を収めてしまった為、準備をする必要が無いという利点が一つ。潰しておけば後々優位に立つことが出来るというのがもう一つだった。
どちらも説得力がある説明である。
対して反対をしているのは、文官が中心となった者達だった。
戦わずに勝てたのならその力をプエナ攻略に向けるべきであって、ゴブリン勢は二の次で良い。クシャイン教徒の派遣している勢力がこれまでになく強大であり、その動きが鮮明ではないことが理由である。やや消極的ではあるものの、此方も一応の納得は出来る。
だが、どちらの主張にも見え隠れしているのはエルレーン王国を乗っ取った後の主導権争いであることは明白だった。
盟主ブランディカは少々辟易とした気分でその争いを眺めている。カーリオンをゲルミオン王国へ使者として派遣してしまった為に、カーリオンが今までやっていた政務がブランディカにのしかかってきているのだ。
欠伸を噛み殺しながら会議の行方を見守るが、一向に結論が出そうにない。
「おう、サーディン」
「はいっ!」
自分の意見が通ったと思ったのか、サーディンが喜色を浮かべて答えるが、ブランディカはつまらなさそうに質問しただけだった。
「どんくらい兵が居れば勝てるよ?」
騒めく会議場に、文官の声が響く。
「公爵!」
それを手を挙げるだけで抑えて、サーディンを見つめるブランディカ。言葉を発した瞬間から、会議場がブランディカに支配されている。何も知らないものが見れば彼こそが王なのだと思ったかもしれない。
「一万も居れば余裕で勝てるさ!」
「一万か……」
ブランディカは一万の兵をゴブリンとクシャイン教徒に当てて勝てるかと自問する。指揮はサーディンに任せるとしても、その下に付く下級指揮官達のこともある。赤の王が巨大になればなるほど、雑務が多くなってしまって仕方がなかった。
もし自身が率いるなら、精鋭の五千の兵と農民兵1万五千を要求するだろう。
「何か策があるんだろうな?」
「勿論だ。奴らが衝突をしてる間に、横っ腹からぶっ飛ばす!」
拳を打ち合せて笑うサーディンの言葉に思わず天を仰ぐ。呆れたような顔になるブランディカを見て、サーディンは怪訝な顔をする。
「……お前に説明を求めた俺が馬鹿だったか?」
そういえばこいつは超実践派だったと考え直して苦笑する。セーレはカーリオンの護衛としてゲルミオン王国へ向かっているし、動かせる手駒はサーディンしかいない。
カーリオンも指揮官に経験を積ませるのは大事だと言っていたのを思い出し、ブランディカは頷く。
「よし、サーディン。てめえに1万の兵を預ける!」
「よっしゃあ! そう来なくっちゃな!」
騒めく文官達を視線で制して、更に言葉を続ける。
「俺はプエナに向かう。良いか、サーディン。負けんじゃねえぜ?」
獰猛に笑うブランディカの視線にサーディンは無言で胸を叩いて答えると、軍の編成の為に早足で駆け去る。
「……やれやれ、カーリオンのやつがいないと面倒が増えていけねえな。さっさと戻って来いよ?」
会議の後、思わず愚痴を溢したブランディカは獅子の鬣のような赤い髪を掻いて苦笑した。
◆◇◆
「ふむ、同盟か」
「御意にございます、陛下」
「その同盟は、我が国に何を齎すのかね?」
「両国に繁栄を」
ゲルミオン王国の謁見の間では、アシュタール王が南方のエルレーン王国からの使者に謁見の機会を与えていた。
「……よくもまあ、顔を見せられたものだ」
「全くだ。どの面下げて来たのか」
方々で交わされる悪態に、王佐の才たるカーリオンは素知らぬ振りを決め込む。一方、カーリオンの護衛として付いてきた剣舞士セーレは無表情を保ちつつも目付きを剣呑なものとしていた。
反応すると喜ぶだけですよと内心で笑いながら、カーリオンは努めて真面目な顔をしてアシュタール王に向き合う。
「して、どのように?」
「我がエルレーン王国は現在、クシャイン教徒並びに魔物との闘いの渦中にあります。ですが、もう間もなくそれらを平らげ、南方を統一するでしょう」
「ほぅ、大きく出たな」
年老いたりとはいえ、アシュタール王の眼光は鋭い。嘗ては聖騎士の国の王として武威を奮い、晩年は穏当な治世を心がけてきた賢王である。“尊厳王”と呼ばれるアシュタール王の威風は、並の人間なら震え上がる程だった。しかしカーリオンは、その視線に笑みすら浮かべて頷く。
「賢明なる陛下におかれましては、既にお聞き及びのことと思います。我らが赤の王の武勇を」
「武を以って世を治めるは下策であろう」
「武威を以って世を均し、その上に王道楽土を築くのが我らの本懐です」
「して、貴殿はそれを成せる程の武勇をお持ちか?」
「武とは奮うもの。ですが私は、策を以って我が主に仕えております」
「成程。では、智を以って主に仕える貴殿は、どのように我が国に繁栄を齎してくれるのかね?」
「先ずは邪教徒どもを討ち破り、その後に手を取り合って西に目を向ければ宜しいかと」
真っ当に過ぎる答えに、アシュタール王は目を細める。ガランドが西域に出陣したがっているのは知っている。だが、目下急を要するのは西ではなく南であった。
戦乱渦巻く南方の情勢は、ゴブリンが跋扈する西方よりもアシュタールの嗅覚を刺激するのだ。
「使者殿は遠路遥々お越し頂きお疲れのご様子。返事は明後日でよかろう」
黙して頭を下げると、二人は謁見の間を後にして割り当てられた部屋へと入る。すぐさま妖精族特有の長い耳を動かして周囲を探るセーレ。
「……不審者は居ないようだが」
「まぁ、たった二人でどうこうする訳にもいきませんよ」
「少しは緊張感を持った方が良いのではないか?」
軽く咳き込みながら笑うカーリオンに、セーレは剣呑な目を向ける。
「……そんなに私が警戒するのが面白かったのか?」
「い、いえ、そういうわけではないんですが」
なおも咳の止まらないカーリオンの様子に溜息をつくと、セーレは上等なソファに腰を下ろした。
「盟主からはお前の護衛を頼むと言われている。調子が悪いなら寝ろ」
「参りましたね」
そう言いながらも一向にベッドに入り込む素振りを見せないカーリオン。それを見たセーレは普段無表情な彼女には珍しく怒ったような顔をして、ツカツカとカーリオンに近付く。
「ど、どうしたんです──わっ!?」
まるで荷物でも持ち上げるように軽々と抱えられたカーリオンは、そのままベッドに放り投げられる。
「寝ろ。良いな?」
「な、なんか手慣れてません!?」
「故郷に弟がいてな」
「初耳ですが」
「言う必要もないだろう」
ごそごそとカーリオンはベットに潜り込む。
「仲が良かったんですか?」
「まぁ、な」
遠くを見るような視線に、カーリオンは苦笑して目を閉じる。
「おやすみなさい。姉さん」
「お前ッ!」
揶揄われたと知って怒鳴りつけようとしたセーレだったが、相手は病人だったと思い留まる。一人ソファに腰掛けると、再び外の様子に耳を澄ました。
「……眠ったか」
暫くして静かになったベッドに歩いて行くと、カーリオンの顔色を確かめる。その眼差しは普段見せることのない優しさに満ちていた。
「やれやれ、お守りも楽ではないな」
溜息混じりに呟くと軽くカーリオンの青白い顔を撫で、警戒の為に再びソファに座り直した。