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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
239/371

群雄《地図あり》

 エルレーン王国のゴーダル・ガスタルの敗北とクシャイン教徒の軍事力が回復しつつあるという情報は、いち早くゴブリンの王の元へ入ってきていた。

 ゴブリンの王の標榜した情報収集組織の強化は人間と亜人達からなる血盟誇り高き血族(レオンハート)の助力もあり、徐々にその成果と言うべき情報を王の元に届け始めていた。

「今度はエルレーン王国で内戦だと?」

 ザウローシュを経由して聞かされる話の内容に、ゴブリンの王は眉を顰める。呆れ半分、予想外の事態に対する戸惑い半分といったところだった。

「表面上は国王亡き後の後継者争いですが、水面下では赤の王がエルレーン王国の乗っ取りを本格化させてきたのでしょう」

 聞いてみれば珍しくもないお家騒動だが、ゴブリンの王の愁眉は晴れることはない。

「最近やたらと“赤の王”という名前を聞くが、それ程強大な組織なのか?」

 ザウローシュがその名を聞いた時、僅かに眉を顰めるのをゴブリンの王は見逃さなかった。

「連合血盟と言っても分かり辛いでしょうが、冒険者の集まりが国を奪おうとしていると考えて頂きたい」

「珍しいこと、なのだろうな」

 ゴブリンの王の常識からすると、力あるものが王座を望むのはどこも同じであると思えた。だが、ザウローシュの反応から見るに、この世界では決してよくあることではないのだと推測する。

「ええ、少なくとも冒険者クランの発祥以来、そのようなことを企てた者達は居ませんでした」

 傭兵が国を持つ。言葉にすれば簡単だが、実際にやるとなれば相当の覚悟と重圧がある筈だ。それを跳ね除けるだけの力がある集団なのだろうと王は納得する。

「赤の王、か」

 何れ戦わねばならない敵だとしても、今はまだ手を出すのに適した距離ではない。

「次のクシャイン教徒の件だが」

「先の戦の詳細は伝わってきています。聖女が軍を率いたとか」

「聖女?」

「クシャインの血筋を受け継ぐ乙女で、名前をミラ・ヴィ・バーネン。御年16になる姫君だそうです」

「貴種、というやつか。だが、それだけか? それでは民衆の心は掴めても、巧みな用兵までは期待出来まい」

 ゴブリンの王の派遣したラ・ギルミ・フィシガらのクシャイン教徒側の村落攻撃はゴブリン達に成長と一定の戦果を齎したが、クシャイン教徒側も良くこれを守っていた。

 如何に聖女ミラへの熱狂的な信仰があるとしても、戦の最前線で力を振るうのは兵士達であり、それを統率する将帥の筈だ。

「流石にお目が高い。ヴィラン・ド・ズール。未だ少年なれど、実質的にクシャイン教徒の軍師と言うべき存在です。聖女ミラの信任も厚く、今や将軍らは彼の助言無しでは作戦行動も成し得ぬ有り様とか」

 聖女と称される少女と軍師と持て囃される少年。二人の年若い者達の働きにより、息を吹き返したクシャイン教徒。

「まるでお伽話だな」

「残念ながら事実です。クシャイン教徒達は彼らを希望とし、一致団結して危難にあたるべきだと気勢を上げていました」

「厄介なことだな」

 士気の高い敵は厄介だ。折れぬ心というのは、戦局を逆転しかねない要素の一つである。奇跡などというものが本当に起こるのなら、それは間違いなくその士気の高さが関係してくるだろう。

「次は熱砂の神(アシュナサン)同盟か……」

「エルレーン王国以外というと、後は交易国家プエナぐらいでしょう。こちらに手を出してくる余裕と覇気はありますが、国の規模としてはエルレーン王国とそれ程変わりはありません」

「今までは目立たぬ国だったな?」

「御意。エルレーン王国と共にクシャイン教徒側へ出兵し敗れた筈ですが、何やら政変が起きたようで。先日エルレーン王国側の都市を攻略したという話です」

「内乱に政変……。余裕があるんだな人間ってのは」

 傍で書類仕事をしていたフェイの言葉に、ザウローシュは苦笑する。

「お戯れを。ですが、各勢力の動向には目を光らせておいて損はありません。特にプエナとエルレーン王国、その内部を侵食する赤の王。クシャイン教徒の動静は、嫌が応でも今後の動きに関わってくるでしょう」

 南方情勢もゴブリンの王が初めて踏み込んだ時に比べてかなり分かり易くなってきていた。ゴブリン側に対抗出来る大きな勢力は3つ。

 赤の王。

 交易国家プエナ。

 クシャイン教徒。

 今の所、この3つの勢力とゴブリンの軍勢で南の覇権を争っていることになる。赤の王に内側を食い破られつつあるエルレーン王国は、この覇権争いから脱落したと見て良い。

「何れの勢力も、こちらの辺境小都市に調略の手を伸ばしていることに変わりはありません。最近頻繁に接触してくるのはプエナだそうですが……」

 交易国家プエナ。

 砂漠のオアシスを中心として形成された交易国家。その基盤は東西へ流れる貿易行路であり、そこから上がる税収を国家の礎に位置づけている国である。

「先頃即位したラクシャ・エル・プエナが女王として君臨する国です」

「その国の情報はどの程度集まっている?」

「一般的なもので良ければ、直ぐに話せますが……」

「頼む」

 頭を下げたザウローシュが、プエナの情報をゴブリンの王に話す。


◆◇◆

挿絵(By みてみん)

◆◇◆


 プエナは古くから交易にて栄える国家であり、それは今も変わらない。過去には砂漠一帯を領していた時期もあるが、それも一時のことである。熱砂の神(アシュナサン)を信仰し、王族の姫はその巫女も兼ねる。

 交易国家と呼ばれる通り、利害に聡く不利益になるようなことは避けるのが国としての特色だった。その一方で砂漠に生息する砂馬(サンドホース)という魔獣を飼い慣らし、広い国土を維持する為の騎馬隊を形成しており、相応の軍事力も持ち合わせている。

 特産品としては砂馬と緑色花王石(アレキサンドライト)等がある。人口は20万程と少ないが、交易国家故に農業を主体とする北部の国家とは比較出来ない。

 王家は莫大な富を所有し、傭兵などを数多く雇い入れている。王家に仕える騎士の中で有名なのは二人。砂馬を主体とした蒼鳥の騎士団(ブルーナイツ)の騎士団長アイザス。そしてその親友であり副団長であるアレン。

 平民出身でありながら実力の高さでその地位を掴み取った彼らの人気は女王に次ぎ、エルレーン王国側の都市を攻略した際にも、その武勇を発揮したらしい。

 そして何より、彼の国には始祖より伝わりし聖剣がある。

「聖剣?」

 今まで静かに情報を聞いていたゴブリンの王が、その単語に反応する。

「ええ、聖剣グラディオン。神が創造したとされ、勇者のみが振るえる剣だそうですが……」

「聖剣に、勇者か」

 深く考え込むゴブリンの王。ザウローシュは、意外な話題に食い付いたと言わんばかりに目を見張る。

「意外ですね。武器に興味がおありとは」

「ふむ……まぁ、少しな」

 話を続けるザウローシュを尻目に、ゴブリンの王は並んだ不吉な単語に囚われていた。ザウローシュが去った後も、ゴブリンの王の脳裏を占めるのは2つの単語。

「勇者と聖剣……か」

 符号としてはあまりにも揃い過ぎている気がしないでもない。だが、果たして本物だろうか。

 人間の世界を侵食する魔物の王。それを倒すべきは、聖剣を持った勇者だとでも?

 微かに冥府の女神(アルテーシア)の含み笑いが聞こえたような気がした。


◆◇◆


「スヴェンナ開城! ガザ陥落!」

 ゴーダル・ガスタル率いるクルディティアン攻略失敗の皺寄せは、確実にエルレーン王国を蝕んでいた。王が病に倒れ、その世継ぎを巡る争いが勃発したのだ。

 軍部の後押しを受ける長子ユグノーと文官や近衛達を味方に付けた次男プロティア。二人の争いは派閥間の煽りも手伝って、小火では済まない程に規模が大きくなっていた。

 ブランディカは高名な将軍カナッシュと並んで、悠々と軍を進めていた。

「誠にありがたい。この度の助勢、何と言ってお礼を申し上げていいやら」

「なぁに、固いこと言うんじゃねえよ。俺とあんたの仲じゃねえか」

 豪快に笑うブランディカは、ファティナ公爵として戦に参加していた。

「今頃、王を誑かすゴーダル・ガスタルは泡を食っておろうて」

 上機嫌なカナッシュに、ブランディカも話を合わせる。

「全くだなぁ。戦なんぞさっさと片付けて、本来の目的に向き合わにゃあならんのだがなぁ」

 カナッシュも頷き、前線を見回る為に早々にブランディカと別れる。将軍という地位はあれど、貴族の爵位というものを考えればブランディカの方が格上である。それ故に、一国の将軍が礼を厚くしてブランディカの前から退去するのは当然だった。

 だが、それを見た兵士達や庶民の感想は違う。

 誰がどう見てもエルレーン王国第一の実力者はブランディカであり、その権威に将軍であるカナッシュまでもが頭を下げたと見えるのだ。

 だが、肝心のブランディカはそんなことなど気にも止めず、今度はカーリオンの方へ馬を寄せると、話を始める。

「プエナとの同盟の話、上手く行ってるのか?」

「対クシャイン教徒と対魔物という前提はありますが、今のところ順調です。プエナ側もエルレーン王国を見限りつつあるようですしね」

「ファティナ公爵様の地位のお陰か?」

「抜群の武勇を誇るファティナ公爵ですから。組んでおいて損はないのでしょう」

 エルレーンの旗は未だ使えると評したカーリオンの真意を見抜いて、ブランディカは獰猛な笑みを浮かべる。

「国王も悪い時に病気になっちまったもんだな。何か心当たりはあるか?」

「いいえ。ただ、ゴーダル・ガスタルが毒を盛った可能性も否定できませんね」

「成程、な」

 それだけ確認すると、ブランディカはカーリオンの傍を離れて隊列の先頭へ出る。

「よぉし、野郎ども! 今度もしっかり稼げよ!」

 意気を上げる赤の王の中にあって、密かに土の妖精族(ノーム)の剣舞士セーレがカーリオンに近づく。

「何故、嘘をつく?」

「我が主君は、知らずとも良いことです。まぁ、バレているかもしれませんけれど」

 カーリオンはファティナに潜り込んでいる敵の間諜に、それとなくエルレーン王国上層部の動きを流したのだ。

 そうでもなければ、あれ程上手く聖女ミラが登場して軍を率いることなど出来はしない。

「態々敵の間諜を逃したり……あれではこちらの動きが筒抜けだ」

「それでいいんですよ。でも、そろそろ不要な駒には退場してもらいたいですね」

 淡く微笑んで、カーリオンは馬に先を急がせる。

「……ふん」

 セーレの視線の先で、カーリオンは軍勢の中に紛れて行った。

 ゴブリン側が西域での騒擾に気を取られている間に、エルレーン王国の内乱は呆気なく終結した。勝者は言うまでもなく軍部を味方につけた長子ユグノー。だが、その長子にしても実権は殆どなく、ファティナ公爵にして赤の王の盟主たるブランディカの威名だけがエルレーン王国に鳴り響くことになる。

 エルレーン王国の内乱が集結するのとほぼ同時期、アシュナサン同盟の解消が宣言され、新たにプエナ・エルレーン王国の二国間同盟が成立する。

 エルレーン王国を完全に掌握した赤の王は勢力を更に拡大させ、王国宰相の地位を貰い受けることに成功する。それは赤の王の更なる飛躍を約束するものだった。


◆◇◆


 ゴブリンの王の下にシラーク領主を始めとする小領主達が集まったのは、クルーゼルの会戦から三ヶ月が経過した頃だった。勿論、その後ろには偉大なる血脈のザウローシュを伴って。

 ラ・ギルミ・フィシガの別働隊も徐々に形になりつつある現在、王の悩みと言えば、どこへ侵略の手を伸ばすかという一事に尽きる。

「ゴブリンの王。今日は我らの決定をお伝えに参りました」

「決定だと?」

 此方を睨む王の迫力にもめげず、シラーク領主達は大きく頷くと跪き、一振りの長剣をゴブリンの王に差し出す。

「今までよりも一層の協力をお約束します。我らの忠誠、しかとお受取りください」

「受け取ろう」

「有難き幸せ」

 シラーク領主達が退出して暫く経ってから、ザウローシュがやってくる。

「で、理由は何だ?」

 王の問いに苦笑して、ザウローシュは膝をついた。

「勝手かと思いましたが、文章を偽装させて頂きました」

「文章の偽造だと?」

「ええ、クシャイン教徒からの調略の手を逆に利用しました。聖女は小領主達を許さない、と文言を変えて」

「成程。だから俺に泣き付いて来た訳か」

 唇を吊り上げるゴブリンの王に、ザウローシュは無言のまま肯定する。

「……余計なことをしたとお怒りになりますか?」

「いや、いつかは判断を迫らねばならなかったのだ。それに他の勢力の動きを考えれば地盤を固めねばならんのは急務。良くやってくれた」

 文字に疎いゴブリンでは、中々思いつかない手法だったのも事実だ。

「だが、だからといって、俺がクシャイン教徒側に全力を注ぐとは限らんぞ」

「それは勿論」

 ゴブリンの王の関心は南から迫ってきているプエナの勢力に注がれていた。砂漠を苦もなく縦断する機動力と交易で得た巨万の富を有する国。そして勇者と聖剣。

 ゴブリンの王は胸を騒がせる不吉な予感に、当初の目標であるゲルミオン王国侵攻の行路確保を一時的に取り止めてでも、プエナに全力を注ぐべきかと思い悩んでいた。

 

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[気になる点] 上機嫌なカナッシュに、ブランディカも話を合わせる。 「全くなぁ、さっさと戦なんぞ片付けて、本来の的に向き合わなきゃならんのだがなぁ」 >>的→敵だと思いますよ。 [一言] ゴブリン王が…
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