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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
233/371

クルーゼル会戦

 ゴブリンの王率いる遠征軍約2000は、先遣部隊であったギ・ギー・オルドの魔獣軍、ギ・ジー・アルシルの暗殺部隊、ギ・ズー・ルオの武闘派ゴブリンらと合流を果たし、勢いを弱めること無く一気に南下した。

 パラドゥアゴブリンの族長ハールーが露払いの役を務め、暗殺のギ・ジーの集めた情報を元に周囲のゴブリン勢力を吸収。最下級の兵士として狂い獅子ギ・ズーの部隊に加え、その足を辺境領主達の支配する地域へと伸ばす。

 出くわす魔獣を追い散らし、またその魔獣が辺境の小領主達の方へと向かわないように配慮しながら進軍する速度は、ゴブリン達からすれば速いとは言い切れなかったが、人間側から見れば充分に強行軍と言える速度だった。

 最終的にゴブリンの王率いる軍勢は約2300までその数を伸ばす。人間側からすれば猛烈な勢いのまま南下するゴブリンの軍勢は、その率いる巨大なゴブリンの姿と相まって悪魔の軍勢が現れたのだと錯覚させる程に恐ろしかった。

 領主会堂(サンクトフォル)に集まった領主達も、あまりにも巨大なゴブリンの軍勢に自分達は決断を早まったのではないかと疑心に駆られていた。

 彼らは誇り高き血族(レオンハート)の副盟主ザウローシュの言葉を思い返すと、自身の心を落ち着かせようと努めた。

「近々、ゴブリンの軍勢が南下するという情報があります。それを上手く利用してやれば……」

 数日前にクルディティアンから軍勢を率いて西方に向かう旨の連絡が届いている。その際の食料の供出を命じられ、困り果てた小領主達はザウローシュの言葉に一抹の希望を見出さざるを得なかった。

 つまり、ゴブリンの軍勢とクシャイン教の狂信者達をぶつけて漁夫の利を狙う作戦だ。魔物が弱り切ってしまえば、小領主達と誇り高き血族を持って彼らを討ち取れば良い。また、クシャイン教徒が敗れるようなら、ゴブリンの討伐に力が不足しているという建前で糧秣の供出は断る事ができる。

 ザウローシュの提案に、彼らは乗るしかなかった。

 これまで乏しい財政状況の中、何とかギリギリでやりくりしていたのだ。この上、大軍の食料の供出などと、彼らに破滅せよと言っているようなものだ。

 クシャイン教徒の軍勢には、ゴブリンの大軍が押し寄せてくるとの情報を送ると共にシラーク領を始めとした街の堀を深くし、門を固く閉じてゴブリンの軍勢をやり過ごそうとする。

 だが、それとは別に領主達はシラーク領に集まっていた。これはザウローシュの提案である。

「ご心配には及びません。我らの精鋭を呼び寄せています。それに、ゴブリンの軍勢を一度見ておくのも必要なことでは?」

 脅威の度合いというものがある。それはオークの狂化であったり、魔獣の大発生であったり、或いは隣国の侵攻であったりする。小領主として自身の領土を守る為にその脅威の程度を確かめておかねばならないと考えたのは、彼らの責任感故である。

 頷き合う領主達は辺境で唯一城壁で囲まれたシラーク領主の治める街で、遥かに地平の彼方を見守る。風渡る草原地帯を土煙を上げて疾駆する姿が遠目にもはっきりと分かる。真っ直ぐ南に下ると思われたゴブリンの軍勢から一つの塊が離れ、彼らの居るシラーク領に近付いてくるのを見た領主達は、思わず武器に手をかける。

 遥かに離れた位置でその集団は立ち止まると、天に向かって矢を放つ。音が出るように細工をした鏑矢は宙を駆け、まるで狙ったかのように彼らの足元に突き立つ。驚愕に目を見開く領主達が、更に目を留めたのは矢に結えられた便箋。

 誰もが気味悪がって近付かないそれをザウローシュは平然と手に取ると、開いて内容を読み上げる。

「会談を望む。とのことですが……」

 困ったように視線を領主達に注ぐ副盟主の言葉に、領主達は互いに視線を交わし言葉少なに協議する。

「……受けよう」

 遠見の得意な領主の一人が射手を確認すれば、妖精族のようだった。ゴブリンを相手にするよりはマシであろうと彼らの議論は決し、城門の前で会談を行う旨の返書を結えた矢が射られる。

 そうして彼らの前に現れたのは、青銀鉄(スリラナ)の戦装束を着込んだ風の妖精族(シルフ)の戦士長フェルビーである。

「会談に感謝を」

 城門前での会談でフェルビーは鋭い視線をザウローシュと領主達に注ぎながら口を開く。歴戦を潜り抜けた戦士の風格に、領主達はたじろぐ。

「ゴブリンの王の言葉を伝える。降るなら悪いようにはせぬ。貴様らを苦しめる狂信者の軛を、我が力を持って粉砕しようとのことだ」

 まるで抜身の剣のような気配を漂わせ、フェルビーは返答を迫る。

「返答は如何に?」

 領主達は判断に迷う。誰も即答など出来なかった。

「受けよう。だがそれは我らが解放された後の話だ」

 そんな中、ザウローシュだけが堂々と返答する。驚愕に目を見開く領主達はザウローシュに詰め寄ろうとするが、フェルビーの次の言葉で動きを止める。

「賢明な判断だ。断れば、ゴブリン達はこの街を落しに掛かっていただろう。では、東の敵を撃った後に再び(まみ)えよう」

 フェルビーが踵を返しゴブリンの軍勢の中に消えると、領主達はザウローシュに詰め寄る。

「些か性急だったのでは?」

 その返事にザウローシュは首を振る。

「あの妖精族の戦士が言った通りでしょう。ゴブリン為の目的は分かりませんが、あれ程の大軍が補給も無しに動くなら餌を必要とする筈です。ゴブリンが補給という概念を習得しているとは思えませんので……」

 ごくりと領主の誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。

「だが、立て籠もって戦えば……」

「その間にここにいる何人が還らぬ人となるでしょう? 元々ゴブリンと狂信者を争わせる計画だった筈です。本来の作戦をお忘れなきよう」

 領主さんは納得せざるを得ず、ゴブリンの軍勢の行方を見送った。


◆◇◆


 ゴブリンの軍勢とクシャイン教徒の軍勢が出会ったのは、クルディティアンの衛星都市クルーゼルの郊外である。草原地域を長年の努力で田畑へと変えたその地域は、見晴らしの良い平地が続く。

 先に到着し、布陣を完了させていたのはクシャイン教徒側だった。教皇ベネム・ネムシュが先頭に立ち、教徒の中で軍務に携わる者や領主達を中心に据えた軍勢であった。

 その数およそ一万。クシャイン教徒の中でも、即座に動ける兵力を連れてきていた。

 先にゴブリン側から手渡された便箋には、ゴブリン側からの再度の援助の申し込みだった。

 教皇は、それを自身の権力の拡大に最大限利用しようと画策したのだ。魔物すら頭を垂れるクシャインの教皇。その現場を目撃した者達はクシャイン教の威光にひれ伏し、教皇の奇跡を最大限に吹聴してくれることだろう。そして北のゲルミオン王国に魔物の軍勢を当てる。若しくは南で抵抗を続ける自由都市群の各都市を襲わせれば、敵の戦力は否応なく磨り減る。現に西域では魔物の軍勢に聖騎士ゴーウェン・ラニードが敗れたのだ。

 そこへクシャイン教徒の本隊が押し寄せれば、周囲の状況は一気に解決に向かう。

 そこまで思い至って、ベネム・ネムシュはゴブリン側からの援助の申し込みを受けた。だが、教皇も狂信だけでその地位を射止めたのではない。

 辺境の領主たちからゴブリンの総数の情報は得ている。たかが2000の軍勢と聞いて、彼は即座に動ける一万の軍勢を率いてゴブリン側と相対したのだ。もし、ゴブリンが邪な気を起こそうとしても、一万の軍勢が背後に控えているという無言の脅しを彼らに掛けることで保険とする。

 自らの内心など、ベネム・ネムシュは語ることすらしなかった。

 全ては神のご意思であると、信者達にはそう説明してある。その方が神秘的であるし、敬虔ならざる信徒達の目を覚ますのにも良いだろうと彼は判断したのだ。

 教皇に従い軍勢を率いて参加した各都市の将軍、領主らは教皇の話に半信半疑であった。軍務という現実を生きる彼らからすれば、魔物が頭を下げるという奇跡をどうしても信じ難い。

 だが、彼らは教皇の発した“聖戦”の恐ろしさも知っている。信仰という目の曇りを外して見れば、やはり不自然。西域を占領し勢い付く魔物が大挙して押し寄せてくるのは、やはり侵攻なのではないか。

 教皇の周りで矢鱈と奇跡を吹聴する司教達に疑問の目を向けつつも、彼らは唯々諾々として教皇に従った。幸い教団の権威による各地からの布施で軍事費には困らない。充分な補給を受けつつ、彼らはクルーゼル郊外に陣を敷く。

 火の神(ロドゥ)の胴体が西へ傾き、周囲を赤く染める時刻になって奴らは現れた。未だ夜の神の時間には猶予がある。先頭を走る巨躯のゴブリンはその身に相応しい大剣を担ぎ、彼の後ろには整然と槍を天に翳した歩兵達が続いている。

 魔獣を乗りこなすゴブリン。傷だらけのゴブリン。巨躯を誇るゴブリンの一団。弓を携えたゴブリン。何れも凶暴な雰囲気を身に纏い、猛々しく距離を詰めてくる様は、教皇を信じ切れない者達の不安を掻き立てる。

 だが、教皇ベネム・ネムシュは平然と彼らの軍の先頭に立ち、両手を広げて出迎えるが如き様子だった。騒めきがクシャイン教徒の間に巻き起こる。

「危険です。教皇様!」

「お下がりください!」

 悲鳴のようなそれを、教皇はその背で受けて笑う。

「私は神の加護を受けている! 神を信じなさい!」

 教皇の声に、敬虔な信徒はその場に膝をついて祈りを捧げる。領主や将軍為は憮然としながらも、それを認めるしかなかった。

 ゴブリン側との距離が矢の届く所まで縮まった時、突如として先頭を走っていたゴブリンが大剣を掲げて号令を下す。

「全軍、停止!」

 まるでそれまでの進撃が嘘だったかのようにゴブリンの軍勢は止まり、先頭を走っていた巨躯のゴブリンが教皇の前まで出てくる。その光景にクシャイン教徒側は驚愕と不安に目を見開き、騒めきは更に大きくなる。

 はちきれそうな筋肉と見上げんばかりの巨躯。額から天に反逆するかのように生えた1本の角と、雄牛のように捩じくれた2本角と合わせて3本の角が特徴的である。口元に並ぶのは魔獣すら可愛く見える凶悪な牙。頭から尾にかけて長く伸びた体毛が鶏冠のように並ぶ。身に着けているのは動きやすさを重視した鉄で補強された革鎧。緋斑大熊の外套を身に纏い、腰には未だ抜かれていない大剣を吊るす。

 見るものを威圧せずに置かないその様相は、まさにゴブリンたちの王と呼ぶに相応しい威厳を備えていた。

「久しぶり、というところか。ゴブリン」

「そうだな」

 その魔物の発する低く響く声に、ベネムの背後で控える信徒達は激しい不安を掻き立てられる。今になってベネム・ネムシュも、目の前にいるゴブリンが嘗て自分に貢物を差し出した魔物と本当に同じなのかと不安を胸に抱く。

 身に纏う雰囲気が全く違っているのだ。

 まるで獲物を前にした肉食の魔獣のように爛々と輝く赤の瞳。西日を背に負ったその姿は、まるで冥府から死者を迎えに来た悪鬼か何かのようにすら思える。段々と乾いていく喉に痛みを覚えながら、教皇としての立場を思い出した彼は早口になりながら言葉を繋ぐ。

「それで、今日は贈り物があるのだろう? さあ、早く出してみせろ」

 殊更に居丈高な物言いは、ゴブリンの雰囲気を恐れるが故である。

「そう……贈り物な」

 ぎらりと、西日を受けて肩に担ぐ大剣の刃が鈍色の輝きを返す。ゴブリンの王の口元が邪悪に歪む。細まった視線、息を吸い込み胸筋を大きく膨らませると一気に大剣を振り下ろし、ベネムの体を一刀両断。

 クシャイン教徒達が事態を把握する前に、大音声で宣戦を布告する。

「貴様らに死をくれてやろうッ!! 全軍、突撃! 我に続けッ!」

 王の声に、ゴブリン達は待ちに待った突撃を開始する。

「突撃だ! 進め!」

 勇猛なるガイドガのラーシュカが先頭を切って敵陣に踊り込み、族長に続けとばかりに氏族の者達も次々と突っ込む。

「後方を乱す! 斉射!」

 ガンラの初めに射る者(ガディエータ)ラ・ギルミ・フィシガの号令により、弓を使うゴブリン達が一斉に弓を引き絞る。弦から放たれた矢の群れは、宙を掛ける死の群れとなってクシャイン教徒に降り注ぐ。

「氏族に遅れを取るなよ!」

「オヤジに続けぇ!」

 武闘派のゴブリン達を束ねるギ・ズー・ルオは、今まで戦えなかった憤懣を叩き付けるように人間達に襲いかかり、ズー・ヴェドら配下のゴブリン達もそれに続く。

「他の部隊に合わせて敵を追い落とす! 前進!」

 ギ・ヂー・ユーブの部隊は長槍の穂先を揃えて他のゴブリンの突撃によって乱れた陣形を更に崩しにかかる。ラーシュカらの突撃によって悲鳴を上げて逃げ惑う人間側は、最早数が多いだけの烏合の衆に過ぎなかった。不意を打たれ、更には精神的支柱であったベネム・ネムシュのあっけない横死は、目の前の現実がどこか遠いものであるかように彼らに感じさせた。

「な、なにが……」

 現実を受け入れられない彼らに、パラドゥアゴブリンの槍先が迫る。

 ゴブリン軍の強力な突撃に、密集していた人間側は混乱を極めた。前方に居た者達は教皇の死とあまりにも激しいゴブリン側の攻撃に我先にと後ろに逃げようとし、前方の様子が分からない後方の者達は混乱を抑えようとした将軍の命令で前に進もうとする。人間の組んだ陣の中でさえ混乱の渦の中に叩き込まれていた。

 それを助長するようにギ・ザー・ザークエンド率いるドルイド隊とフェルビー率いる風の妖精族(シルフ)による矢と魔法の攻撃が人間達の頭上に降り注ぐ。

「役割とはいえ、また後方支援か。精々派手にやるぞ!」

 フェルビーの号令で放たれる矢の数と精度は、弓を得意とする妖精族の面目躍如といったところだった。ゴブリンの矢に数は劣るものの、その射程の長さは比べるまでもない。見えない敵からの攻撃に、前に進もうとしていた後方の部隊は更なる混乱に巻き込まれる。

 前方から逃げてきた味方が盾を掲げて矢を防いでいた陣形の隙間に入り込み、陣形を崩してしまう。

「おい、馬鹿! やめろ!」

「ご、ゴブリンだ! ゴブリンどもが!!」

 怒声と悲鳴が乱れ飛び、それをゴブリン達の喚声が塗り潰す。

『突撃! 突撃!』

 声を合わせて攻撃に拍車を掛けるゴブリンの軍勢に、数で勝る筈の人間側は瞬く間に蹂躙されていく。ガイドガ氏族の突撃を防いだかと思えば、頭上から矢が降り注ぐ。

「盾を翳せ! 矢が降って来るぞ!」

 悲鳴にも似た声に兵士が頭上を仰ぎ見れば、無数の矢が空を黒く染めている。数秒後に降り注ぐ矢の雨に備えて盾を翳すと、そこにギ・ズーの槍が襲い来る。

「馬鹿な、突っ込んでくるのか!?」

「馬鹿はお前らだ! 矢が怖くて戦士が名乗れるか!」

 無鉄砲を絵に描いたようなギ・ズーの突撃に、後方のフェルビーは苦笑を浮かべる。

「俺達じゃなきゃ、死んでるぞ……。だが、信頼の証として受け取ろう! 斉射用意!」

 放ての号令と共に、正確無比な妖精族の矢が放たれる。

 ギ・ズーの突撃を受けて崩れる陣形に降り注ぐ矢の雨。崩れる陣形を更に擦り潰すべく、戦鬼ギ・ヂーの(レギオン)が前進を繰り返す。長槍を揃えての突撃は人間の戦術を真似たものだ。ゴブリンには似つかわしくない大盾を構え、針鼠のようになった陣形を前に出すことにより、敵の陣形を圧迫し崩壊に追い込む。

 それはまるで人間の兵士を刺し貫き、更に血を求めて這い進む巨大な魔獣のようだった。ギ・ヂーの(レギオン)は、一個の生き物のように動いて人間側を圧倒する。

「我が君……道は出来ましてございます!」

 王に聞こえる筈のない言葉をギ・ヂーは呟き、先陣で大剣を振るう王の進む道を確保する。ギ・ヂーの言葉は聞こえなくとも、ゴブリンの王には彼らの考えが理解できた。戦場での直感を信じると、大剣にこびり付いた肉片と人間の兜の残骸を振り落とし戦場を震わせる声で叫んだ。

「続けッ!」

 先頭に立ち黒緋斑の大剣(ツヴァイハンダー)を縦横に振るうゴブリンの王の猛威に、人間達は恐れ慄いて逃げ惑う。重厚な大剣の一撃は人間の兵士の鉄兜を押し潰し、翳した盾を吹き飛ばし、切りかかってきた剣をへし折って敵を葬る。

 刀身に巻き付くのは黒き炎。冥府の女神(アルテーシア)が与えし魔素の炎が人間達を冥府へと導く鬼火のように、次々と命を奪っていく。麦を大鎌で刈り取るように人間達を蹂躙するゴブリン側の猛攻を受けて、クシャイン教徒側は成す術無く屍を晒すしかなかった。

「て、撤退だ! 退け! 退け!」

 誰の下した号令だったのか、或いは願望の混じった誤報か。その叫びを聞いた人間達は我先にと逃げ惑う。武器も防具も投げ捨てて、彼らは身一つになってゴブリン達に背を向ける。

「追い打て!」

 逃げる人間達を見たゴブリンの王は、追撃の命令を下す。

「魔獣を解放して追わせるぞ! 行け!」

 魔獣軍を率いるギ・ギー・オルドの号令により、足の速い魔獣が人間に向けて放たれる。棘犬(トーンドッグ)を始めとした古獣士ギ・ギーの魔獣達は、ゴブリンを避けるように戦場を走り抜けると逃げる人間を背後から襲う。

「人間どもに立ち直る隙を与えるな!」

 ギ・ジー・アルシル配下の暗殺部隊は逃げる人間達に追い付くと、そのまま魔獣に混じって追撃に移る。彼らは今後、人間側がどこに逃げ込むのかを確認するまで追いかけるつもりである。

 闇の女神の翼が辺りを包み込む頃に追撃を切り上げたゴブリンの王は、主力を率いて反転する。人間を散々に打ち破り気勢を上げるゴブリン達は、その足を辺境の小領主達へと向けたのだった。

 夜の闇を苦にしない彼らの目には、闇に包まれた凄惨たる戦場の有り様も王を讃える光景の一つに過ぎない。

『王よ! 王よ! 偉大なる王よ!』

 ゴブリン達の歓声が、クルーゼルの郊外に響き渡っていた。


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