出陣
1月11日ギ・ブーに関する記述を一部修正。
昼なお暗い森を抜けて平原地域へ出ると、豪槍のベルタザル率いる賞金稼ぎ達は、やっと一息つく。ガランドが守る西方砦群から出た後は、なるべく人の残っている村を目指しての行軍だった為だ。
砦付近の平原には以前に比べて数の多くなった魔獣が跋扈し、森へ入ってからも見たことのない魔獣が入り混じって混沌とした様相を呈していた。
それを切り抜け、誰一人として欠けること無く森林地帯を抜けることが出来たのは、ベルタザルの的確な指示と彼らの実力の高さの証明だろう。
「ここまで来れば、最も近い村まで後少しだな」
地図を確認するベルタザルに、10人近い冒険者達が頷く。ベルタザルは慎重な性格だった。最寄りの村を見つけても、すぐさま行動には移さず、先ず外から様子を窺う。
だが、そのベルタザルの行動を臆病と非難する者もいた。特に若い冒険者達は、昼も夜も無く森の中を歩き続けた疲労から早く村へ入って休みたいという雰囲気が漂っていた。
敵地へ潜入するのだから当然火は使えない。荷物を最小限に抑える為に食料や水などは現地調達が当たり前という過酷な環境に加えて、周囲には夥しい数の魔獣が徘徊しているのだ。
この状況で心身の疲労を覚えない方がおかしい。
交代で休みながら進んできたとはいえ、若い冒険者達の不満はリーダーのベルタザルに向かった。だが、彼らとてベルタザルの実力は知っている。出発前に、生意気な若い冒険者を血祭りに上げたのを全員が目撃しているのだ。
だが、ここまで来れば大丈夫だという楽観的な思いを抱く者達も確かにいる。
ゴブリンの跋扈する西域には既に入った。ゴブリンが村々を占拠しているといっても、たかがゴブリンである。いくら数が多いといえども、どうにかなるのではないか。
彼らが想像するゴブリンはノーマル級からレア級のゴブリンである。しかも統制も何もなく、劣悪な武器や防具とすら言えないような粗末な物を身に纏う蛮族以下の存在。
そんなもの相手に何故そこまでベルタザルが慎重になるのか彼らには理解できなかったし、西方領主軍が敗退したのもゴーウェンが無能だったからだと彼らは信じていた。
その言葉には出さない不満の高まりを感じ取ったベルタザルは、村を前にして率いてきた冒険者達に一つの提案をする。
「ここからは別行動を取った方がいいだろう」
それは提案の形を取った命令だった。
「俺のやり方に不満のある奴、自分一人で手柄を独占したい奴は別行動を取ってもらっても構わない。俺も手柄は独り占めにするつもりだからな」
短槍を担ぐと手早く自分の荷物を纏め、未だ去就を決めていない冒険者達に背を向ける。
「帰りは砦に真っ直ぐ逃げ込めば助かるだろう。なに、ほんの2,3日走れば着く距離だ。運が良ければ生き残れるさ」
◆◇◆
西域の中に幾つかある集落の中でシュメアとヨーシュの姉弟は、久しぶりに落ち着いて話す時間を持てた。
「姉さん、僕はもう駄目かもしれません……」
「何だい? 随分悲観的だねぇ」
奴隷を運用することを任されたヨーシュのどんよりとした雰囲気に、シュメアは軽く笑ってその背を叩く。奴隷の適性を見極め、各地に振り分ける仕事をしていたヨーシュはそれが終わり次第、彼らの給与と休日の調整をせねばならなかった。
奴隷が誰のものかと問われれば、西都を所有しているゴブリンの王のものである。人間の定めた法としてはどうなのか分からないが、少なくともゴブリン達の支配する西域では人間は須く王の所有物であると考えられ、一定の距離を置かれている。
元奴隷という立ち位置であり、ゴブリンの王から信頼を得ているヨーシュは、王の依頼を受けて奴隷の運用を始めていた。だが400人からなる奴隷を運用するというのはゴブリンが魔獣を使役するのとは全く違う。
彼らの食べる食料はどこから持ってくるのか? 給料や休日は与えるのか? 人間関係で揉めることはないか? 数え上げれば切りがない。そんな彼らの世話をヨーシュは一手に引き受けねばならなかった。
奴隷達の中で最も手が掛からないのは、剣闘士奴隷達だった。シュメアとヨーシュの姉弟もこの階層出身だったが、彼らは日々の戦いを糧に生きる人種である。
どこかしらゴブリン達と通じる部分もあるらしく、ゴブリン達との合同訓練を始めてから、少ないながらも意見交換や雑談などをするようになっていた。
この頃にはゴブリンの側でも、人間に好意的な集団とそうでない者達がはっきりと分かれてきている。最も人間に対して友好的なのはギ・ザー・ザークエンド率いるドルイド達だった。彼らの知識欲と探究心は非常に旺盛で、まともに話が出来るのは妖精族ぐらいしかいない。
魔法という一種独特の世界に生きるドルイド達は、人間に対しても同族のゴブリンと変わらぬ対応をしていた。次いで友好的なのはギ・ズー・ルオらの武闘派ゴブリン達。人間の侵略を直接受けていない彼らに人間憎しの感情はあまりない。
そして王直属のゴブリン達も、それ程人間を嫌ってはいない。剣王ギ・ゴー・アマツキやナイト級ゴブリンのギ・ガー・ラークスなどの人間に好意的な面々が上位にいることで、彼らの中にも人間憎しという感情は育ち難いようだった。
逆に人間が憎くて仕方ないのが、ギ・バー・ハガル率いるゴブリン達だった。先の西都争奪戦からなる一連の戦役でも、最も積極的に人間を追撃していたのが彼らだ。
王の客人として優遇されているシュメアやヨーシュにさえ嫌悪感を隠そうとしないギ・バーの態度に、奴隷達や周辺の村落の住民達は怯えてしまう。
それは適応力のある子供達も同様だった。シュメアの預かる孤児達の中にもギ・ゴーには懐いても、ギ・バーを遠くに見ただけで逃げ出す者もいる。
「ま、そこんところは王様に泣きつくしかないんじゃない? 何から何まで全部しようだなんて、体が持たないからさ」
「その王様に言われてしているんですけどね」
奴隷にも休日は必要だろうと言い出したのは他ならぬゴブリンの王だ。ヨーシュは最初何の冗談かと思っていたが、どうやら本気で言っているらしく、下手な王族貴族よりも余程寛容ですらある。
それに比例して増えていくヨーシュの仕事の量については、全く考慮に入っていないようだが……。
「シュメアままー!」
「おー、マリディア!」
二人で会話をしている中、村の中をとことこと歩いてくる少女の姿にシュメアは笑顔で振り向き、ヨーシュはママという単語に過剰に反応して振り返る。
「お花摘んだの。あげる!」
見れば5歳程の女の子の手には、花で編まれた花輪が捧げられている。
「ありがと! マリディア」
「うん!」
走って他の孤児のところへ行く少女を見送って、シュメアはその目尻を下げて笑う。
「ママだって」
「ママですか……」
嬉しさに頬を緩めるシュメアと複雑な心境でそれを聞くヨーシュ。
その後シュメアは孤児の世話に、ヨーシュは巡察の続きに行こうかと話していた時、突然悲鳴が上がる。二人は一瞬だけ視線を交わすと戦士の顔つきになって悲鳴の聞こえた方へ走っていった。
「ちょっとちょっと! 何やってんだい!?」
現場に駆けつけてみれば、そこには先程花束をくれたマリディアを囲むようなゴブリン達の姿。そしてその中心にはギ・バー・ハガルの姿がある。
その様子を見咎めてシュメアはギ・バーに詰め寄る。村人の多くがゴブリン相手に遠巻きに見守るだけだったが、シュメアは堂々と彼らに文句を言う。
泣き出しているマリディアを抱きかかえると、シュメアはゴブリン達を見回す。一方、少女を囲んでいたゴブリン達はシュメアが来ると露骨に嫌な顔をして、ギ・バーを見る。
「その子供は、お前が面倒を見ているのか?」
吐き捨てるような口調に、シュメアの視線が鋭くなる。
「そうだよ。大の大人が寄ってたかって子供を囲むとは、一体何事だい?」
「ぶつかって泣き出す位なら、走らぬように教育しておけ! 鬱陶しいわ!」
どうやらゴブリン達の巡察の途中、マリディアが彼らにぶつかり泣き出してしまったのだとシュメアは当たりをつける。
「マリディア、怪我はない?」
泣きながら頷くマリディアを気遣うと、シュメアはギ・バーを平然と睨み返す。ゴブリンの支配する西域で彼らにこれ程堂々と向き合えるのはシュメアぐらいのものだった。ヨーシュに少女を任せると、シュメアは腰に手を当ててギ・バーに意見した。
「子供のしたことだよ? 少しぐらい大目に見てあげたらどうなんだい?」
「軟弱過ぎる!」
シュメアの意見を一蹴して、ギ・バーは巡察に戻る。彼に続くゴブリン達の背中を見送って、シュメアは溜息を付いた。
西域を支配しているのはゴブリンで、支配されているのは人間なのだ。直接危害を加えられないとはいえ、あれ程高圧的に出られては支配される人間側に恐怖を与えてしまう。
ギ・ヂー・ユーブなどは統率した己の兵士で人間の真似事もしているというのに、ギ・バーの頑なな態度はどうしたことだとシュメアは首を捻る。
「まぁ、時間が解決してくれるとは思うけど……」
ヨーシュから少女を受け取ると、彼女の手を引いてシュメアは歩き出した。後でゴブリンの王に便箋を出さねばならないだろうと、心に決めて。
◆◇◆
ゴブリンの王の下に誇り高き血族からの情報が届く。数日前から文章を読むことにも慣れ始めたゴブリンの王。だが、その時ばかりは傍らにいるフェイにその便箋を渡して声を出して読ませた。自身の行ってきた調略の成果が記されていたからだ。
「……これは」
「読んでみてくれ」
唾を飲み込むと、フェイは内容を口に出す。
「策、成れり。王に出兵を請う」
記された日付は、ごく最近のもの。クシャイン教徒への宣戦布告を以って小領主達は王と対面するだろうと記されてあった。加えて小領主達の領地を通り抜ける際、抵抗はしないとも。
拳を握り締めて王は宣言する。
「南へ兵力を向けるぞ! 尖兵部隊に加え、ギ・ヂー・ユーブの軍団、フェルビー率いる妖精族、ギ・ザー・ザークエンドのドルイド部隊、ガンラ、パラドゥア、ガイドガ、ゴルドバにも出兵を命ずる!」
「直ぐに伝えましょう」
フェイが退出するのを見計らって、王の傍に侍っていたギ・ザー・ザークエンドが口を開く。
「便箋一つで信用してしまっていいのか? 人間の言葉だろう」
「俺は奴らを信用すると決めたのだ。それを覆しては、過去の自分を否定することになる」
「ならば、何も言わんが」
「それにもし、我らの前を遮るようならその時は粉砕してやれば良い。兵力は西都を落としてから前以上に充実している。それに各部隊の連携も充分訓練してきた筈だ」
王にそこまで言われては、ギ・ザーとて引き下がるしか無い。
「万一の場合、何を見捨ててでも退がる決意が必要だと思うぞ」
「随分弱気だな。お前らしくもない」
「俺はどうも人間は好かん。妖精族も気に入らんが、奴らも同じぐらい信用ならん」
「ふむ……心に留めておこう。だが、広大な人間の領域を統べる為には、我らもまた変わらねばならんのかもしれんぞ」
更にゴブリンの王は、東の防衛に己の最も信頼する臣下であるギ・ガー・ラークスを任じ、その下にギ・バー・ハガルとレア級ゴブリン達と蜘蛛脚人のニケーアを筆頭とした亜人達。防衛の後詰めとして、ギ・グー・ベルベナとユースティアを筆頭とした雪鬼の戦士達を任命する。
王自身は、直接兵を率いて南へ下る。その間、強まるであろう東の圧力に対処する為に、ギ・ガー・ラークスを始めとする相応の戦力を残さねばならなかった。
「出兵は20日後を以ってする」
「王よ。それだけ時間があるのならば敵を油断させてみようではないか」
ギ・ザー・ザークエンドの提案に、王は興味深げに腕を組む。
「何か良い考えがあるのか?」
「以前、クシャイン教徒の男に支援をしたことがあっただろう?」
教皇ベネム・ネムシュがその地位を射止めるにあたって、暗黒の森を踏破し魔物から財宝を捧げられたという奇跡がある。
実際にはゴブリンの王配下のギ・グー・ベルベナに捕まり、王に献上されたのだが、王が解き放ったのだ。だが、そこまで正確に記録に残す必要などどちらの側にもなかった。
「確かに面識はあるな」
「もう一度、支援を約束してみてはどうだろう?」
「……成程。幸い時間はあるな」
軍の動員まで時間が掛かる。それまでの時間を無為に過ごす必要など無い。
「任せる。人間に関してはヨーシュを頼れ」
ギ・ザーは頷いて退出する。東の守りを担当する者達に王の言葉を伝えに行ったのだ。南の戦はなるべく早期に片付けねばならない。さもなくば、東のゲルミオン王国が研いだ牙を再びゴブリン側に剥こうとしてくるだろう。
王は右腕に巻きついた1つ目蛇が蠢いているのを感じた。
◆◇◆
クシャイン教徒の本拠地クルティディアン。教皇ベネム・ネムシュの出身地であり、クシャイン教徒が聖戦を始めてからは聖地と呼ばれるまでになった。支配地域全域から集まる人と金は都市を潤し、北部クシャイン教徒の第一の都市となっている。
その都市に、一人の奴隷と冒険者がやって来ていた。ヨーシュの元から派遣された奴隷は妖精族の手による便箋を携え、ベネム・ネムシュに目通りを願う。誇り高き血族の腕利きの冒険者に護衛を頼み、彼らは10日程の旅程で辺境領域を抜けていた。
「あの、ザウローシュさま」
年若い奴隷は、特にヨーシュが見込んだ少年である。
「ん? 何かね?」
護衛するのは、誇り高き血族でも有数の腕利き冒険者だった。
「ザウローシュ様は、えらいんですよね?」
「まぁ、それなりにね」
「……暇、なんですか?」
普通、郵便業務を担うのは駆け出しの冒険者であることが多い。危険領域を渡る場合や、未踏破区域を突っ切らねばならないような過酷な状況を除いては、腕利きの冒険者が受ける仕事ではないのだ。
「それだけ、この仕事が大事だということだよ」
「そうなんですか。失礼しました」
大人の冒険者にこれ程ハッキリと自らの意見を言う少年は珍しい。奴隷という身分であるにも関わらずだ。
「さて、仕事を済ませてしまおうかな」
ザウローシュの言葉に、少年奴隷は頷いた。
ベネム・ネムシュに便箋を届ける。普通に考えれば困難を極める仕事だ。相手は巨大勢力の頂点に立つ人間だ。一通の便箋を手渡すという、ただそれだけのことの為に、どれ程の膨大な時間と労力が掛かるのか。偉大なる血族を取り仕切るザウローシュだからこそ、骨身に染みて良く知っている。
だが、何事にも裏道というものは存在するのだ。
その日、ベネム・ネムシュは日課にしている朝の散歩を教団の庭園で行っていた。庭園とは言っても、王侯貴族が所有するような広大な敷地を囲い込み、砂漠に近いにも関わらず緑豊かな植物と噴水を備えたその場所は、一周するだけでもかなりの運動量になる。
「教皇様」
散歩を終え、軽く水を飲み干してから教会へ向かおうとしていた所に声をかけられる。
「どうぞ、我が主からこの手紙を預かってございます」
フードで顔を隠した小柄な人物。声の調子からして恐らく少年だろう。
「ふむ」
ベネム・ネムシュは狂信者である。己が害されるなど微塵も思うことはないし、己には神の加護があると本気で信じている。
無防備には違いないが、彼のそのような態度はクシャイン教を信ずる民から絶大な信頼と信仰を集めていた。
その時もベネム・ネムシュは鷹揚に頷くと、受け取った手紙を躊躇なく開く。
「……ほう」
内容を確認したベネムは口元を緩ませる。
5日後、教皇の大号令により、クシャイン教徒の一軍がクルティディアンを後に西に向かった。
◆◇◆
西都に集結したゴブリンの軍勢は、王の統率により南下の態勢を整えた。
「ギ・ガーよ。我が背を任せるのはお前しかいない。頼むぞ」
「王の御命令、しかと賜りました」
片膝をついて礼をするギ・ガー・ラークス。ナイト級ゴブリンであり、王の信任を一身に集める股肱の臣である。彼の後ろに控えるのはノーブル級ゴブリンであるギ・バー・ハガル。人喰い蛇のスキルを持つ強力なゴブリンであると同時に、東の防御の要を担うゴブリンである。
「ギ・バーよ。王国東の安寧はお前の双肩にある。ギ・ガーと協力し、我が不在を補え」
「はっ!」
「ギ・ベー、ギ・アー、ギ・イー。ギ・ガーとギ・バーをよく補佐せよ」
「ゴ命令、確かニ」
片腕のギ・ベーがレア級のゴブリンを代表して返事をする。獣士ギ・ブー、神域を侵す者ギ・アー、遠征者ギ・イーをもってギ・ガー達の補佐に当てる。
遠征から連絡の為に戻ってきていたギ・ブーを西域に留め置き、西域の魔獣を多少なりとも操れるようにしておく。西域と深淵の砦の間をギ・アー、ギ・イーらに巡回させ、補充兵の確保を確立させた。
「ニケーア。やっと取り戻した平原だ。ギ・ガーと力を合わせてしっかりと守り抜け」
「勿論だ。これまで流した血を無駄にせぬ為にも、我らは勝たねばならん」
生真面目な蜘蛛脚人の族長の答えに、ゴブリンの王は満足そうに頷く。
「だが、無茶はするなよ。矛盾するようだが、領土はいつでも奪い返せる。お前達が生きていることこそ、我らの力となるのだからな」
「嬉しい事を言ってくれる。我らも最善を尽くそう」
「ユースティア。まだ村が出来上がっていないと聞くが、それゆえにお前達の協力に感謝しよう」
「恩人ニ、報いル。当たり前」
鬼の仮面を被った剣の蛮族の若き女族長は、身の丈程もある曲刀を地面に突き立てて片膝をつく。
ゴブリンの王がそれぞれに声を掛け、満足して振り向くと、そこには今回の遠征に加わる面々が期待に胸を膨らませて待ち構えていた。
「ギ・ヂー・ユーブ!」
「御前に、我が君」
「フェルビー!」
「おう!」
「ギ・ザー・ザークエンド!」
「うむ」
「氏族達よ!」
ガンラの初めに射る者ラ・ギルミ・フィシガは黙って頭を下げ、パラドゥアの族長ハールーは槍の矛先を天に掲げて片膝をつく。勇猛なるガイドガの族長ラーシュカは腕を組んで獰猛に笑い、ゴルドバの衛生部隊を率いるクザンは小さな背を精一杯伸ばして王を見上げる。
王が言葉を発する度、集まったゴブリン達の熱気は高まっていく。
王の視線が彼らの後ろで控えるノーマル級、或いは氏族のゴブリンに注がれれば、名も無きゴブリン達は武器を掲げて王の威風を称える。
『王よ! 王よ! 我らが王よ!』
そのゴブリン達の声に応えるように、ゴブリンの王は声を張り上げる。
「戦の時が来たッ! 驕り高ぶる人間達に、我らが鉄槌を下す時だ!」
ゴブリンの王は歓声に応えるように握り締めた拳を高く掲げる。
「敵は、南にあるッ! 我らが敵に刃を!」
『刃を! 刃を!』
「我らが味方に盾を!」
『盾を! 盾を!』
「ただ全軍を以って我が背を追え! 出陣!」
『王よ! 偉大なる王よ! 我らが王よ!』
ゴブリン達の熱狂は最高潮に達し、その熱狂そのままに、ゴブリンの王率いる2000の軍勢は南下を開始した。その先頭には常にゴブリンの王の姿がある。
西域争奪戦から実に5ヶ月。
後に、南方争覇戦と呼ばれる大戦の始まりであった。