幕間◇無頼の思い
【個体名】リュターニュ・オルガンディア
【種族】人間
【レベル】78
【職業】凄腕の冒険者・サブリーダー
【保有スキル】《豪腕》《斧技B+》《蝙蝠の目》《手癖の悪さ》《百鬼討伐》
【加護】なし
【属性】なし
ちくしょう。
神様なんてもんを信じた試しはねえが、だからってこの仕打ちはねえだろう。俺達が何をした。あの汚ねえ路地裏から、命を懸けて這い上がって金を稼いで、折角ここまで登ってきたんじゃねえか。
トゥーリの兄貴も死んじまった。
重傷を押して俺達を逃す為に戦ったのが拙かったらしい。ヤブ医者の野郎、最善は尽くしただなんて言いやがって、助からなきゃ最善じゃねえんだよ。
兄貴分のガッシュも、弟分のコネリーも、どいつもこいつ皆長い逃亡の間に死んじまった。
ちくしょう。何でだ。
何で皆俺を置いて逝っちまったんだ。
生き残った奴らを引き連れてフェニスの廃村に逃げ込んだのが丁度6日前だ。今じゃどこにいたってウェブルスの短剣のクソ野郎どもが俺達を狙ってきやがる。
残ってるのはもう40人程度の若い奴らしかいない。
つい1年前までは戦闘員だけで300人は居た精鋭の血盟だったのに。それも付いて来てるのは、ここが無くなっちまえば行く宛もない、ガキどもばっかりだ。
経験豊富な奴らこそ、皆俺達を逃がす為に死んじまった。プエルの姫さんがいなくなっちまってから新人共の教育係は俺になってたから、必然的に俺が奴らの面倒を見なきゃいけなくなっちまった。
そんな理由で、おめおめと生き残っちまったんだ。
くそ、兄貴……トゥーリの兄貴。どうして死んじまったんだ。
俺達は、一人一人が自由への羽だって、俺達を束ねて高く昇るのが自由への飛翔の意味だって……そう教えてくれたじゃねえか。
なのに、何であんたが先に逝っちまうんだよ。
浮浪児と変わらねえガキどもを拾って育てて、一人前にして、何とか火の神の胴体の下を歩けるようにする。そうやってここ10年ぐらい成長を続けてきたんだ。
「リュターニュの兄貴、食事です。キリナの奴が」
地図とにらめっこしていた俺の元に、ソフィアがパンを持ってくる。
「ああ、お前ら食ったのか?」
「勿論、です」
嘘が下手だな。目が泳いでやがる。
「俺ァ、食う気分じゃねえ。お前、喰っとけ」
「でもっ!」
「黙って食っとけばいいんだ」
強い調子で窘めると、ソフィアが項垂れてパンを持って下がる。クソ、プエルの姫さんなら、こんな時もっと優しい言葉をかけてやれただろうに。
俺じゃガキの扱いは分からねえよ。
空腹を訴えて痛み出す腹を無視して地図を睨む。南の国境線は固められているか? シュシュヌ教国まで行けば治安は確かだから、少しは状況が改善するだろうが……。
西に真っ直ぐ抜けられればいいんだが、当然西は固められてくるだろう。とすれば、他の国の国境を跨いで行くしか無いが……。
森が広がる南側と荒れ地の広がる北側。
俺はトゥーリの兄貴やプエルの姫さんみたいに頭を使うのは苦手だ。いつも最前線で腕っ節を振るう方が気楽ってもんなのに。何の因果だ……。
「兄貴、敵襲ッ!」
「全員起こせ! 建物を盾にして、防ぎ止めろよ!」
頷くソフィアを走らせ、戦斧を手に取る。
くそが! ウェブルスの糞野郎ども! ぶち殺してやる!
◆◆◇
夜中の襲撃とは、卑怯者の暗殺者に相応しいやり方だ。
だが、生憎と夜目が効くのはてめえらだけじゃねえ!
「ソフィア、キリナ、弓で援護だ!」
「了解ッ!」
同じく夜目が効く奴らに援護をさせて、俺が前に出る。
「……まだ、大物が残ってたな。豪腕のリュターニュだ! 金貨5枚は出るぞ!」
「ひゃはっ!」
引きつったような笑い声を出した暗殺者に戦斧を向ける。目算で数は20。
「ハッ、チョロいぜ。自由への飛翔の切り込み隊長をナメんじゃねえ!」
踏み出すと同時に投げられる短剣をガンレットで弾いて、そのまま突進。左右から来る敵に援護の矢が突き刺さるのを確認したところで、戦斧を振り切る。
柘榴のように割れる敵の頭。その体にそのまま突進しつつ、頭のない死体を盾にして包囲を崩す。
「やれ! ぶっ殺せ!」
チンピラどもがっ!
投げられる短剣を肩に担いだ死体で防ぐと、そのまま敵の固まってるところに再び突進する。
「固まるなッ!」
「ひっ──」
悲鳴をあげるチンピラの頭を潰し、固まっていた他の3人の肩から胸までを断ち切り、肩に担いでいた盾を投げ捨てて敵の動きを封じる。
その隙に敵の体から斧を抜き、新たな敵に向かって振るう。
先の展望も、死んじまった仲間のことも、暴れている間だけは考えなくて良い。今はただ、どう敵を倒すかだけを考えれば。
返り血が顔にかかると同時に俺は吠えた。
「くそが!!」
魔獣を相手にしてたのに、いつの間にか人間相手のほうが得意になっちまった。視線を上げて3人程向かってくる暗殺者に再び突進。切りかかってきた一人の懐に入ると、ガンレットでそいつの鼻面を殴り飛ばす。同時に、片手で構えていた戦斧に両手を添えて一閃。
怯んだ2人の頭を薙ぎ払い、呻いている一人に止めの一撃を見舞う。
「ちっ……役に立たねぇ奴らだな!」
喚き散らす敵の頭が目に入る。
「だったら、てめえが向かって来いや!」
斧についた肉片を振り払って再び前へ。牽制の為の矢が後ろから飛んでくるのを確認してそのまま突っ込む。だが、敵の血の匂いに酔っちまったのか、それとも油断してたのか。
「行け!」
暗殺者の二人が前に出てくる。長剣を持った奴らを切り払おうとし。
「馬鹿が! 放て!」
完全に死角からの狙撃に対応が遅れる。味方ごと巻き込む射撃に虚を突かれた。俺の前に居た暗殺者二人は真っ先に射撃で死に、攻撃態勢に入っていた俺は止める間も無くその矢を受ける。
くそ、外道が!
肩と左の脇腹に一本ずつ矢が刺さるが、足を止める訳には行かなかった。
折角道が出来たんだ。勝機はここしかねえ!
「ぐらあァああぁ!」
声を振り絞ってそのまま突進。唖然とする敵を切り払って、指揮官らしき奴の頭を叩き割る。
悲鳴を上げて逃げる敵を追撃する余裕は無かった。
くそ、視界が暗くなりやがる。奴ら、毒を……。
◆◇◆
「お前がリュターニュってのか、随分ここいらで悪さしてるらしいじゃねえか」
ああ、こいつは昔の夢だと思いながらも懐かしい声に聞き入っちまう。
兄貴、トゥーリの兄貴。
「アァ? 誰だてめえ!?」
とすると、こいつはチンピラだった時の俺か。ひでえ面だ。濁った目で希望も見出だせない毎日に腐ってた頃の俺だ。
そうだ。あんときは、ボコボコにやられて……。この人には敵わねえと思い知らされたんだ。
「……大丈夫、ですか?」
ああ、みっともねえ。そうだ、プエルのお姫さんに出会ったのもこの時だ。トゥーリの兄貴のことをリーダーと呼びながら、ひよこみたいに付いて来ていたのを覚えてる。
その時俺ァ……ああ、そうだ。みっともない話だが、これがお姫様かと思っちまったんだ。
全く笑える。本物のお姫様なんて見たことねえのに。
「大きい人ですね」
兄貴にボコボコに殴られて倒れる俺を珍しそうに見下ろしていたプエルのお姫さんの顔をよく覚えてる。風にそよぐ金色の髪、宝石のように輝く瞳が興味津々とばかりに、くりくりと動いてた。
好奇心旺盛な、だがちょっと怯えたような表情で俺を見ていたプエルのお姫さん。
今になって思えば、あの時に俺ァお姫さんに心を奪われちまってたのかもしれねえ。
このくそったれな人生で唯一誇って良いのは、あの人と出会えたことだろう。こんな腐った争いにあの人を巻き込まなかったことだけが唯一の救いだった。
「約束通り、ウチに入ってもらうぜリュターニュ。……おい、プエル。お前面倒見とけ!」
「ええ!? 私がですか!?」
「お前を今日から新人の教育担当に任命する!」
「聞いてません!」
「今、俺が決めたからな!」
豪快に笑う兄貴。困り顔をしたプエルのお姫さんは、俺の頭を膝の上に抱え込むようにして抱く。
所謂膝枕ってやつだ。みっともねえことに俺の顔は赤い。
「どこか、痛いところあります?」
馬鹿な質問だろう。こちとら、痛くないところを探すのが難しいんだ。
「いや、ねえけど……」
女なんて夜鷹の女しか知らなかった俺が、初めて美しいと思っちまったお姫さん。上手く言葉が見つからなかったが、男には意地ってもんがある。
「自己紹介しましょうか。私はプエル・シンフォルア。6日前からリーダーのお世話になっています」
「……リュターニュ」
花の咲くような、なんて詩的な文言を学のない俺が思い浮かべるとは思わなかったが、他に形容のしようがない笑顔で、プエルのお姫さんは俺に微笑んでくれた。
何日か経ったある日、場所はどこだったか。
覚えちゃいねえが、良く晴れた日だった。
「リュターニュは姓はないの?」
「俺達みてえなゴロツキは、名前があるだけマシってもんなんだ」
「そうなの?」
自由への飛翔に入って、俺は生きる場所を与えて貰った。あの路地裏から抜けだして、日差しの当たる場所へ出た。
「じゃあ、私が姓をつけてあげる」
「いや、いいよ。別になくても困らねえし」
「そんなことないよ。私達妖精族は先祖をとっても大事にするの」
プエルのお姫さんは俺の隣りに座り、でくのぼうの俺の頭を優しく撫でてくれる。
「リュターニュがお嫁さんを貰って、子供を作って、その子供が、またお嫁さんを貰って……。その繋がりが姓なんだよ。だから大事!」
親も居なけりゃ兄弟も居ない。家族なんてものとは欠片も縁のない俺にとって、家族と呼べるのは自由への飛翔の奴らだけだった。
「う~ん……優しき人なんてどうかな?」
「いや、もっとカッコイイのにしてくれよ」
照れながら言う俺に、にこにこ笑いながら彼女は首を振る。
「知ってるんだよ。リュターニュがお給料使って新入りの子にお菓子あげてるの」
「そ、それは……」
俺は焦った。まさか見てる奴がいるとは思わなかったのだ。自由への飛翔は浮浪児を何人も正式な血盟員として迎え入れていた。その中に俺は、昔の自分を見てたんだろう。
ひもじさに耐えてたあの頃の俺を。
「だから、優しき人。少なくても私はそう呼ぶからね」
俺はプエルのお姫さんが好きになってた。大の男が何を軟弱なことをと思うかも知れねえが、なっちまってたんだ。
だが、あの人の視線はいつもトゥーリの兄貴を追ってた。
俺は知ってたんだ。
だから、考えないようにしていた。俺とお姫さんはぜんぜん違う。この呼び方だって、そうでもしなきゃ気持ちを抑えきれなくなっちまうからだ。
実際プエルのお姫さんは特別だった。
軍師とでも言えばいいのか、戦いの中であの人の指示に従ってれば、まず負けなかった。
俺達が自由への飛翔を立ち上げて10年。
トゥーリの兄貴は“先駆けの翼”、プエルのお姫さんは“静寂の月”なんて大層な名前がついていた。かくいう俺も“豪腕”なんて恥ずかしい二つ名をもらっちゃいたが。自由への飛翔は、あの二人で保っていたんだろう。
あの人は俺にとって、何物にも代えがたい温もりをくれた。
だから、あの人が森へ帰るといった時、俺は悲しみながらもどこかホッとしていたんだ。人間同士の争いの醜さは知り過ぎる程知っている。
この先、順風満帆な時代がいつまでも続くなんて甘い幻想を俺は持ってやしなかった。
だから、喜んで送り出した。
プエルのお姫さん、幸せになってください。
それだけが俺の……自由への飛翔の総意である筈なんだから。
残った奴らは俺が何とかします。なぁに、盗賊紛いなことをやってたって、ガキどもを守るぐらいは出来るでしょう。
だからせめて、時々でいいから、夢の中でぐらいお姫さんの声を聞かせちゃくれませんか……。
◆◇◆
「ちっ……」
「リュターニュの兄貴ッ!」
「うるせえぞ」
痛む体を無理矢理起こす。巻かれた包帯に滲む血の色を見て、そういえば射たれたのだと思い返した。
「どのくらい寝てた? 状況はどうなってる、ソフィア」
「あっ、はい。兄貴が寝てたのは1日くらいです。あれ以来、ウェブルスの短剣からの襲撃はありません。今キリナが偵察に出てます」
「そうか……戻ってくるのは?」
「あと1刻ぐらいです」
「よし、身支度を整えろ。居場所がバレたら確実に奴らは来る。その前にずらかるぜ」
「でも兄貴、怪我が」
「おいおい、この程度屁でもねえって。豪腕のリュターニュ様を何だと思ってやがるんだ」
引き攣りながらも何とか笑みを見せることが出来た。
急がねえとな。態勢を整えられたら次はねえ。
がたん、と閉めきった扉に何かが当たる音がして、部屋の中の緊張が一気に高まる。視線で合図すると、ソフィアが周囲を窺いながら扉を僅かに開く。
「キリナっ!」
「ご、めん、兄、貴。付けられ、ちゃった……」
その直後、部屋の中に偵察に出していたキリナが転がり込んでくる。背には2本の矢が突き刺さり、息も絶え絶えのキリナの様子に、胸の内に炎のような怒りが渦巻いていく。
「野郎……」
見る間に血が流れ、彼女の背を染める。
「応戦だ。時間を稼げ!」
俺の指示で、ソフィアを中心に窓から矢を射る。
「兄、貴。……ごめん。あに、き」
最早目も見えないのだろう。虚空に向かって手を伸ばす彼女の手を握り返してやる。
「ああ、大丈夫だ。てめえの兄貴は豪腕のリュターニュ様だ。この程度のヘマなんて、何てことねえ!」
段々と息が細くなっていく。ちくしょう! ちくしょう! 年端も行かねえガキだぞ、畜生!!
「あ、に……ぃ。わた、し……あ、にぃ……」
そうして俺の腕の中で、また一つ生命が消えた。
温度の消えていく小さな手を強く握り締めて、その体温を心に焼き付けると皮鎧を身に着ける。戦斧を握る手には力が戻っている。
許さねえ、許さねえぞ! クソ野郎共がっ!