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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
228/371

閑話◇お勉強の時間

【個体名】ギ・ザー・ザークエンド

【種族】ゴブリン

【レベル】97

【階級】呪術師(シャーマン)・サブリーダー

【保有スキル】《魔力操作》《三節詠唱》《詠唱破棄》《知恵の神の導き》《風の守護》《王の信奉者》《風操作》《魔素転移》

【加護】風神

【属性】風

【状態】精霊憑き




 流石に王は心が広い。

 研究の為の私室が欲しいと言ってみたのだが、与えられたのは西都の10分の1もの区域だった。まぁ、それも今更かもしれない。西都を占領したとは言っても、俺達は都市の使い方など知らぬのだから。

 例えばギ・ガー・ラークス配下の近衛共。

 王に対する忠誠心は見上げたものだが、ギ・ガーを除けばレアがやっとの連中だ。それに今まで森で暮らしてきた彼らに、いきなり都市で生活しろと言うのは些か無理がある。

 だが噴水や用水路に飛び込んで体を洗うのはまだしも、採ってきた魔獣を街中で火を炊いて調理してしまうとは。流れ出た血や地面にこびり付いた肉片は放置されて腐敗し、雨が降って来るまで酷い悪臭を放っていた。

 あのいけ好かない妖精族のフェイも、苦虫を噛み潰したような表情で唸っていた。

「どう思います?」

 見ている分には楽しいが、巻き込まれるのは実に面倒だ。恐らく俺の表情も、こいつと同じ苦虫を噛み潰したようなものになっている筈だ。

「……改善せねばな」

 そこで同志を見つけたように目を輝かせるのはやめてもらいたい。

 俺は妖精族など好かんのだ。

「流石ギ・ザー殿。では、あれは?」

 指差す先では亜人の蜘蛛脚人(アラーネア)達が、せっせと糸で建物をぐるぐる巻きにしていた。確かに王は都市の警備を蜘蛛脚人に命じたが、建物をぐるぐる巻きにせよとは言っていない。

 ニケーア殿は真面目な女だ。だがその下にいる蜘蛛脚人は、気分次第でいい加減なことをする輩も居ると聞く。

 あの建物は確か、偉大なる血族(レオンハート)の使者が泊まっていた建物だった筈。

「……奴ら、建物を捕食する傾向があるのか?」

 元々はお前達の下に居た者達だろうと皮肉を混ぜて聞いてみるが、フェイは全く悪びれず口を開く。

「シューレ殿の放任主義も困ったものですね」

 お前の主人だろうがと喉まで出かかった言葉を飲み込んで、視線を横にずらせば牛人達が建物を破壊して、妖精族がその跡地に木を植えている。

「おい」

「はい?」

「あれは、どういうことだ?」

 木を植えるなら外でやれば良い。せっかく人間が作った都市なのだ、活用せねば意味が無い。

「木を植えています。どうやら日当たりが悪いらしくて」

 こいつも大概だったか……。

「人間の作った都市ですから、我らの使い易いように改変しなくては」

 鼻歌交じりでその様子を眺めるフェイ。

「もしやお前らは、木を植えるのが生き甲斐だなどということはないな?」

「生き甲斐とは人聞きの悪い。崇高な使命と言って欲しいですね。我らが木を植えて森を拡大させれば、人間は生活範囲を狭め、獣は増え、貴方達も戦い易い。そうでしょう?」

 確かにそれは魅力的な話ではある。だが、どうにもお互いの認識のズレを感じてならない。

「それは何年先の話だ?」

「なぁに、ほんの80年程でしょう。それでこの辺り一帯は立派な森に早変わりです」

 早変わりという言葉を履き違えているような気がする。

 やはり妖精族というのはいけ好かないものだ。

 フェイと別れ、歩きながら私室をどこにしようかと考えていれば、王の従属魔の灰色狼が何やら建物に体を擦り付けている光景に出くわす。

「何をしているのだ?」

 最近分かったことだが、この体の大きな狼は意思の疎通が出来るらしい。

「わるいむし、ちちうえによってくるの、だめ!」

 つまりはあれか。縄張りを主張しているということだろうか。俺にはさっぱり理解できないが、彼女らの間での序列が影響しているのだろう。

 だが心配しなくとも、王に擦り寄る狼はお前ぐらいだと思うが。

「そうか、頑張れ」

「がんばる!」

 王にシンシアと呼ばれている灰色狼は悠然と歩み去っていった。


◆◇◆


 俺に与えられた区域の中で私室としている部屋がある。中々に広いし、積み重なった木箱は物を置くのに丁度良い。動かせば高さを変えられる木箱の群れとは、斬新である。森には無いものだったので客人のヨーシュに聞いてみたが、この場所は元々は倉庫という建物だったらしい。

 人間も中々面白いものを作るではないか。

「ギ・ザー、居るか?」

 妖精族のファルオンから譲り受けた書を読み耽っていると、王の声が聞こえた。どうやら態々俺の私室まで来たようだ。呼びつけても構わぬのに律儀なことだ。

「うむ」

「おお、ギ・ザー。何をしていたのだ?」

 俺の私室を眺め首を傾げる王に、手にした本を差し出し肩を竦める。

「読書か。すまんな、邪魔をしたようだ」

「気にする必要はない。用事があるのだろう?」

「うむ、実はな……」

 だが、言い出そうとする王はいつものような覇気がない。敵を前にしても堂々と張っている胸も、何やら小さく萎んでいるようだ。自信に満ちて不敵に笑う口元も困ったように力が無い。尻尾などはもう、あっちへふらふら、こっちへふらふらと。

 どうしたというのだ、王よ!?

「うむ、実は……」

 言い出す声にも力が無い。

 本当にどうしてしまったのだ。あの果断な王はどこへいった!?

 まさか病気か? 心を弱くするという病気なのか? ガスティアのところに薬はあったか? いや、先ずはクザンの所か!?

「……文字を教えて欲しいのだ」

 蚊の鳴くような声で告げられたその言葉に、俺は暫し唖然とした後、大きく頷いた。

 王が執務を執る部屋に行って話を聞けば、どうやら書類をより詳しく読む為に文字を知りたいらしい。

 何だ、それならそうと早く言ってくれれば余計な心配をせずに済んだものを。

「うむ……だが、どうにもな」

 困ったように苦笑する王に、まずは基本となる文字を教える。

「成程……」

 半日もしない間に基本の文字を覚える王の知性は、流石としか言い様がない。

「流石、王だな。これ程物覚えが良いとは」

「何、先生の教えが良いからだ。これからも宜しく頼む」

 ふむ……先生か、悪くないな!

 だが、俺の気分が高揚したのも束の間、いけ好かないフェイが書類の束を持って執務室へ入ってきていた。

「おや、何をしておいでで?」

「……お前には関係ないだろう」

「文字を教えてもらっていたのだ」

 ほぅ、と目を細めると、書類の束を置いてやって来る。

「ほうほう、成程……」

 俺と王と見比べる視線は、何故だか肉食の魔獣を思わせる。

 気をしっかり持って撃退せねば。

「基本は概ね良いようですね。ならば、ここからは用法……文学の領域です。ギ・ザー殿では些か荷が重いかもしれません」

「……一度貴様とは勝負をしたいと思っていたところだ。表へ出ろ!」

 いけ好かない妖精族め! 思わず杖に風を集める。どうやら精霊の囁く声も、俺を応援してくれているようだった。

「良い度胸です。妖精族に魔法で挑むとは!」

 にやりと笑うフェイの周囲にも風が集まっているようだった。

「ええい、喧しいわ! 休憩だ、休憩!」

 王の裁定により、俺達の勝負は一時的にお預けになった。

 だが、フェイめ!

 いつか見ていろ! その生意気な鼻っ柱をへし折ってくれる!



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