誇り高き血族
ゴブリンの王の下に引き立てられた二人の侵入者は、西都に入っても堂々とした態度を崩さなかった。緊張感を何処かに置き忘れてきたかのような彼らの様子に、ギ・ジーは眉を顰める。
この二人が何者なのか判断が出来なかったギ・ジーは、念の為に部下の一匹を先行させ、西都の警備を司る蜘蛛足人のニケーアに連絡を取っていた。
その八つの蜘蛛脚で都市の区画内を立体的に移動する蜘蛛脚人達。彼らは既に準備を整えて待っている筈だ。
動揺する素振りも見せない侵入者に、ギ・ジーは内心で首を傾げつつ王の待つ広場へと進んでいった。
「我が王よ。報告を致しました侵入者です」
侵入者達を拘束したまま、王に頭を下げるギ・ジー。その後ろでは、侵入者達が息を呑む気配が伝わってきた。フードに隠れて顔は見え難いが、驚愕の表情を浮かべているに違いない。
「俺と交渉がしたいとのことだったな」
睨むように相手を見定めようとするゴブリンの王の威容に、侵入者二人は互いに頷くとフードを取ってその姿を白日の下に晒す。
「……お前達は鉱石の末か?」
「その名で呼ばれるのは、もう何年ぶりだろうか……いや、失礼した。我が名は輝く鉱石の末、大牙の一族タウロパ」
「俺は普通の人間だよ。血盟誇り高き血族のザクセンってんだ」
歴戦の戦士を思わせる装備に身を固めたザクセンに、一瞬だけタウロパが視線を向ける。軽くウェーブのかかった長い灰色の髪が、だらしなく顔を隠している。皮肉げに歪んだ口元と垂れた目元には、軽薄さが滲んでいた。
そして、もう一方の亜人であるタウロパ。だが、牙の一族よりは人間に近い容姿をしている。特徴的なのは短く刈り上げられた髪から覗く垂れた耳だった。
「ふむ……それで? そのレオンハートの二人が俺に何の要件だ?」
後でシュメアや人間達から情報を集めねばならないと考え、ゴブリンの王は一瞬たりとも二人から視線を外さずに続きを促す。
「まぁ、早い話がウチと契約を結ばないかって提案さ」
ザクセンと名乗った男が腕を組みながら、口元に軽薄な笑みを浮かべる。
「分からんな。俺はゴブリンで、お前は人間だ。亜人は兎も角、人間が何故俺達に肩入れする」
ゴブリンの王は、敢えて言葉を選んで彼らに問い掛ける。
片眉を跳ね上げて、ザクセンは再び口を開いた。
「おいおい!? 説明しなきゃ駄目かね?」
横にいるタウロパに話し掛けるザクセンだったが、タウロパの強い視線に促され肩を竦める。
「端的に言うと、あんたらのお蔭で俺達は干されちまってんのさ。誇り高き血族は、妖精族やこいつらみたいなのにも分け隔てなく門戸を開いてる血盟でね」
視線を一瞬だけタウロパに向けるが、再びゴブリンの王に向かってザクセンは口を開く。
「きな臭い西方なら仕事の口があるだろうと思って来たんだが、何とそこで聞いたのは人間以外が国を作ったって話さ。俺達は金さえ貰えれば仕事を請け負う。どうだい? ゴブリンの王様よ」
「お前達の戦力はどの程度だ?」
「戦士の数が凡そ1000で、魔法使いが200。他にも色々居るが、全部で2000近くはいる筈だがね」
言葉を切ったザクセンに、ゴブリンの王は成程と頷く。
「返答に少し時間を貰おう。それまでは客間で寛ぐと良い。ニケーア、案内を頼むぞ」
ニケーアは一礼すると、客人達を案内してその場を去る。王の傍にいたギ・ザー・ザークエンドは疑わしげに客人達の背を視線で追った後、王に問い掛けた。
「信用できるのか? 奴らの言葉は……」
「半ばは本当だろうが、半ばは嘘だろうな」
「ならば、いっそ殺してしまいましょうか?」
物騒な提案をするのはギ・ジー・アルシルだった。彼らを連れてきた責任を感じているのだろう。今すぐにでも追いかけて行きそうな気配を感じ取り、ゴブリンの王は苦笑する。
「いや、それには及ばぬ。……恐らくだが、奴らが人間の群れの中で居場所を無くし始めているというのは本当だろう。理由が我らの所為とは限らないが、起死回生を求めてやって来たこの西の地においても、アシュタール王に契約を断られたのだろうな」
ギ・ジーとギ・ザーは互いに何かを考えているようで、黙って王の考えに聞き入っている。
「そこで聞いたのが我らの建国の話だ。逃げ出した人間達は上手く宣伝をしてくれたらしいな」
口元を歪めて獰猛な笑みを浮かべるゴブリンの王に、ギ・ザーは頷く。
「人間達を丁寧に送り返してやれと聞いたときは耳を疑ったが、策は上手くいっているようだな」
人間達に態々食料まで与えて王都まで送ったのには理由がある。この世界には人間以外の種族が治める国は存在しないが、国を持ちたがっている人間以外の種族は大勢いるのだ。ゴブリンの王はそういった者達に向けてメッセージを送ったと言って良い。
建国宣言後、人間達の中には恐ろしさのあまり逃げ出す者も多かった。だが、その宣言を聞いた後で王都に逃げ込めばゴブリンの王のことが彼らの言葉の端に上るのは当然だった。
逃亡者達が如何にゴブリンの王が凶悪であり、自分達が酷い目に遭ったかを強調することにより、次第にゴブリンの王の虚像が作り上げられていく。
人間は恐ろしいと感じた物を駆逐しようとする。だが、その為にはその対象を確認せずにはいられない。それ故にゴブリンの王とは何者なのかを知ろうとするだろう。当然ゴブリンの王が発した建国宣言についてもだ。
本来なら信用できる人間達を使って情報を発信しようとしたのだが、思った以上に手際良く逃げられてしまったのと、西方領主への忠誠が思いの外厚かったのとで、次善の策を採らねばならなかった。
そしてゴブリンの王の思惑通り、平原から偵察を兼ねた使者が来た。
「後は、彼らがどこまで信用出来るかだな」
金を払って雇った後に、裏切られたのでは目も当てられない。
「奴らが信用に値するか、試す必要があるのだな?」
ギ・ザーは細い顎に手を当てて、何事か考え込む。
「返事までは猶予がある。ギ・ジー、偵察の重点を南に置く」
「はっ!」
ゴブリンの王の言葉に、ギ・ジーは勢い良く頭を垂れると走り去って行く。
「……東は良いのか?」
「ああ、随分手際良く固められてしまったからな」
ギ・ザーの懸念も当然とゴブリンの王は頷くが、ギ・ジーの集めた情報から考えると、このまま攻めるのは困難と言わざるを得なかった。
「東に比べ、南は静かだ。態々敵を増やす必要は無いのではないか?」
ギ・ザーの至極真っ当な意見に、ゴブリンの王は再び頷く。
「そうだ。だからこそ、彼らが信用出来るか否かの試金石となるだろう。それに……」
獰猛に笑う王は輝くばかりの平原を脳裏に描く。征服されるべき広大な大地が、王の瞼にしっかりと焼き付けられていた。
「休息は充分に摂った筈だ。今は勢いを止めず、我らの力を示す」
「成程……確かに」
頷くギ・ザーとゴブリンの王は、共に不敵な笑みを浮かべていた。
◆◇◆
蜘蛛脚人のニケーアに通された客間は、以前は宿屋として使われていたものをそのまま使っていた。一軒丸ごと客間だと言われて、人間の国での常識が通じないのだと二人の使者は苦笑を浮かべる。
「何か不自由があれば、外に居る者に言えば良い」
「ありがとう、同胞よ」
タウロパの言葉に鋭い一瞥をくれると、ニケーアは踵を返す。
「……では、失礼する」
警戒を顕にするニケーアの姿に、ザクセンは苦笑する。
「どうも、分かり易くて結構なことだな」
「……そろそろ、その軽薄な口調は止めたらどうだ?」
周囲に誰も潜んでいないことを確認すると、タウロパはザクセンに険しい視線を向ける。
「お前は本当に真面目だな」
「誇り高き血族の副盟主に払う敬意としては、間違っていないと思うが」
無造作だった灰色の髪を掻き上げ、後ろで一つに纏めると、先程までの軽薄さが嘘のように消えたザクセンの姿があった。口元にあった軽薄な笑みは消え、真一文字に結ばれた口元と深い皺の刻まれた眉間からは苦悩する男の顔が現れる。
「まさか偽名まで使うとは思っていなかった。流石は偉大なる指揮者、と言うところなのか?」
「分かってはいても、その諧謔は不愉快だな。俺とてこんな真似はしたくないが」
「それで、副盟主の目にあの王はどう映った?」
「……参ったよ。まさか、あれ程とは思っていなかった」
苦笑するザクセンは、お手上げだとばかりに首を振る。
ザクセンがゴブリンの王から感じたのは深い知性と並外れた力だった。2000人を超える亜人や人間を率いる立場上、必然的に様々な人物を目にする機会がある。
依頼を持ってくる各国の王侯、戦場を共にする高名な将軍、或いは名うての冒険者、未踏の地に蟠踞する魔物や蛮族。
それら全てをひっくるめて、ザクセンの目にはあのゴブリンの王が異質に映る。
「人間に食料を持たせて王都まで逃したと聞いた時には耳を疑ったが」
値踏みするような視線はこちらの意図を推し量るような重さがあり、立ち昇る気迫は大鬼をも凌ぐのではないかと思わせる。
「あの様子では、こちらの嘘も見抜かれていそうだな」
「我らが、彼らの所為で追い詰められていると? 本当にそれ程状況が悪いのか?」
口元に苦い笑みを浮かべたザクセンは、躊躇いながらも口を開く。
「まぁ、おまえになら良いだろう。先日グラリオの王から契約解除の手紙が来た」
「まさか、十年来の契約関係だろう?」
「原因は《赤の王》だ。奴ら中小の血盟を取り纏めて本隊は南へ下ったが、東部への影響力も残しておくつもりらしい。《自由への飛翔》の二の舞いは御免だからな。どこも弱腰になっている」
絶句するタウロパを見て、畳み掛けるようにザクセンは口を開く。
「斯く言う誇り高き血族も他人を非難出来ない。西への進出を考えてゲルミオン王国のアシュタール王に会ったが、素気無く断られたよ。亜人など信用できぬとな」
「だが、我らには力がある筈だ」
「確かに、本格的な戦となれば赤の王だろうと戦乙女の剣だろうと、引けを取るつもりはないがな。……盟主は未だ幼い。非戦闘員まで守り切る自信が無いのだろう。そして、その判断は正しい」
「ウェブルスの短剣か。……あの卑怯者どもめ」
血盟を維持する為には戦闘員と非戦闘員の双方を抱え込まねばならない。そしてウェブルスの短剣は非戦闘員を殺傷することを厭わない外道集団として、忌み嫌われている血盟だった。
「聞いていたのか。自由への飛翔も、それでやられたそうだ。元々先駆け争いに敗れた際、盟主トゥーリが負傷していたらしいからな。そこを狙われたというわけだ」
「副盟主が着いて来ると聞いた時には、何を酔狂なと思ったが……。俺の思い違いだった。侮辱したことを謝ろう」
自身の所属する組織が、そこまで追い込まれていると知ったタウロパは素直に頭を下げる。
「生真面目過ぎると言ったろう」
眉間の皺を僅かに和らげて、ザクセンは苦笑する。
「それに勝算が無い訳ではなかったしな。マチスと言ったか、あの農民の話もあったからな」
頷くタウロパは、畏敬にも似た感情を持ってザクセンを見つめる。
「さあ、話はここまでだ。タウロパ、差し当たって今の俺達に出来ることは、しっかり寝て体力を回復することだろう」
◆◇◆
ゲルミオン王国の王都は、大量の難民が雪崩れ込んだことにより急速に治安が悪化していた。ゴブリンの脅威に晒されて着の身着のままで王都まで逃れてきた者達は保護こそされたものの、アシュタール王の手腕を持ってしても難民全員に満足な量の食料を配布することは出来なかった。
また、ゴブリンの侵攻自体が寝耳に水の話であり、力のある商人達に食料の調達を依頼する時間もなかった。だが、手を拱いていては王都の治安は悪化する一方である。
これだけ大量の難民を迎え入れて治安が悪化する程度に抑えられているのは、難民と共に西都から逃れてきたユアン達兵士が率先して彼らを誘導し、王の統制下に入ったからだ。亡きゴーウェンの遺言を守ると固く誓ったユアンを中心として、遺臣達は団結し難民の生活が成り立つように動く。
アシュタール王も彼らを助ける為に国庫の備蓄食料を開放し、大量の難民を何とか養っている状態だった。
ゴブリンに即座に反撃をしたくとも、それどころではないのが現状だった。
天高く登った火の神の胴体が、ガランドを追い立てるように日差しを向ける。
「ちっ……」
王都の城壁の外に天幕を張る難民達の姿を見つめるガランドは、思わず舌打ちをしていた。ガランドは本来攻めの戦を得意としている。青雷の大剣を縦横に振るい、敵の将を叩き殺す。兵士達は彼の後を追って、撃ち漏らした残敵を掃討すれば良い。
その彼からすれば、守りに徹すると決めたアシュタール王の決定が面白い筈もない。元々得意ではない防御に重点を置く必要があり、更に部隊の編成もしなければならない。財源の少ない王に頼む訳には行かなかった。それは彼でも理解できる。
ならば自分自身の財産を切り崩すという話になるが、それで一軍を編成出来るほどの財力を彼は持ち合わせていなかった。任命された土地が痩せ衰えた北の大地であった為だ。与えられた土地を発展させなければ、豊かな土地は決して手に入らない。
ある程度先が見えてしまうが故に、ガランドは先行投資と腹を括って北の大地に多大な投資をしていたのだ。道路の建設から行商への優遇政策など、一時的に領地の経営が赤字となってもガランドの収入から補填することが可能だった。
だが、それは全て無駄になったと言って良い。
北の大地にある資産を処分したとしても、軍を編成するまでの財力を持ち得るのは不可能だった。だが、ゴブリン共を許すことなどできそうにない。ゴブリンの王の繰り出した一撃の感触が、まだ腕に残っている。人間である自分がゴブリンに背を向けて逃げねばならなかった。
冒険者になり、聖騎士になってから、今まで積み上げてきたもの全てを否定された気分だった。
金は無い。だが、軍は欲しい。
となれば、手段は限られてくる。
安く兵士を手に入れる為には、兵士自体の賃金を安く済ますか、元手が掛からない方法を取るしかない。後者は王都のような都会では出来ない方法だ。
ならば残る手段は決まっている。今王都に大量に居る仕事もなく負担にしかならない者達を引き受け、一軍に仕立て上げてゴブリンに再び闘いを挑む。
他に手段は無いのだ。
だが、それとて気分が良いものではない。今まで荒くれ者を率いて暴れてきた立場からすれば、まずもって兵士を鍛えねばならないというのが面倒で仕方なかった。
気が進まないながらも足を進める。腐った気持ちよりもゴブリンへの敵愾心の方が勝っていた為だ。
「ほう……」
ガランドは難民区に入ると、見回りをしている兵士が居ることに先ず驚く。敗残兵というのは惨めなものだ。今までの行いの清算をさせられると言えば良いのか。今まで威張り腐っていた者でも、民衆の不満の捌け口にされてしまう。
或いは逆に力で民衆を支配してしまうか。ガランドの知っている敗残兵の姿とは程遠い彼らの姿に、予定外の収穫だとガランドは内心喜ぶ。
「おい、貴様……ここの代表者はいるか?」
見回りをしていた年嵩の兵士に声をかける。
「これは嵐の騎士殿」
西都の兵士はガランドを見知っているものも多い。昨年の聖女奪還作戦で共に戦ったことがあるからだ。
「ユアン殿なら訓練場にいるかと」
「訓練場があるのか?」
「ええ……ご案内しましょう」
兵士に案内されて難民区を歩く内に、ガランドは何度か目を見開いて驚かされる。実に良く統率が保たれているのだ。
「ユアンってのは、ゴーウェン殿の右腕だったのか?」
その名に聞き覚えのないガランドは、歴戦の戦士を想像しながら問い掛けるが、兵士は笑って否定する。
「目は掛けられていましたが、右腕とまでは。コルセオ殿亡き後、終にゴーウェン様の右腕になれる者は居ませんでしたな。返す返すも惜しいことです。もしコルセオ殿が生きていてくれたら、これ程一方的な敗北にはならなかったでしょうに」
饒舌な案内役の兵士に頷きながら、ガランドは考える。
「だが、ここまで統率を保てているのは並大抵では無いと思うが……」
「ははは、聖騎士殿にそこまで言わせるとはユアン殿も鼻が高いでしょうな。ですが、何と言いますか……。あの若者を見ていると、皆手助けしてやりたくなるのです。斯く言う私もですが、あの真っ直ぐな瞳を見ていると、とうの昔に失くしてしまった何かを思い出させてくれる気がしてしまいましてね」
これだけの統率を執っているのが未だ若い人物だと聞いて、ガランドは内心で驚いていた。その驚きが収まらない内に、案内役の兵士が声を掛ける。
「ああ、あそこです」
指差す先には、未だ青年になったばかりの騎士の姿がある。上半身を晒しながら小部隊の動きを指揮する青年の姿は、少年と見間違えそうな程若い。だが、その体に刻まれた歴戦と言ってもいい大小様々な傷跡は、彼がどれだけの修羅場を潜って来たのかを無言で語っていた。
「ユアン殿! お客様です!」
「どなたですか!?」
指揮をしながら大声で返すユアンに、兵士は笑いながら返す。
「何と、聖騎士ガランド殿が御出でですぞ!」
その大声に、辺りに騒めきが広がる。周囲の様子が耳に入らないかのように視線をユアンに固定するガランド。それに対し、ユアンはガランドと聞いて厳しい顔つきになる。
「お前が、ここの責任者で間違いはないのだな?」
睨むように見下ろすガランドに、ユアンは厳しい表情のまま頷く。
「間違いありません。何か、西都の民が粗相をしましたか?」
「あん?」
ガランドは一瞬首を傾げ、目の前の男が何に対して厳しい表情を作っているのかに思い当たって苦笑した。
「ああ、成程。思い違いだ。俺は衛士の真似事はしねぇよ」
ガランドの獅子のように獰猛な笑みを、ユアンは尚も厳しい顔で見つめ返す。
「では、何用で?」
「……あぁ、そうだな」
ガランドはふと思いついて、ぐるりと辺りを見渡す。彼らの周囲には好奇の視線を集める難民達の姿があった。
「お前ら、西都を取り戻したくはないか?」
ざわりと空気が揺れる。お互いの顔を見合わせて、彼らは不安と期待に言葉を交わす。
「……悪戯に西都の民を惑わすのは止めて頂きたい」
「成程。……俺は疑われている訳か。明日同じ時刻にまた来る」
ユアンに背を向けて去って行ったガランドは、言葉通り翌日同じ時刻に来た。
ただし、今度は自身の体程もある袋を背負い、少なくなった荒くれ者達を引き連れて再度現れたのだ。
「……どういうつもりですか?」
鎧を身に着け剣を携えたユアンの姿を前にして、ガランドは再び周囲を見渡す。辺りには、やはり不安と僅かばかりの期待を抱く難民達の姿。
「ふん」
鼻を鳴らして笑うと、ガランドは背負ってきた袋の中身をぶちまける。
中から現れたのは大量の金貨。それこそ、平民なら七度生まれ変わって贅沢をし尽くしても未だ余るであろうそれを、無造作にばら撒いたのだ。
誰もが絶句する中、ガランドは獰猛に笑って大剣を地面に突き立てる。
「こいつで、てめえらを買いに来たァ!!」
空気を揺らし、難民区の全てに響き渡りそうな程の声を張り上げる。
その声に籠った熱さに、ユアン達は目を見開いて驚く。まるで噴き上がる火柱を間近で見ているような熱さ。
「てめえらの故郷は奪われたままだ! これを許しておけるかッ!?」
ガランドの声が周囲を取り囲む西都の民を圧倒する。ゴーウェンの堂々たる威風とは別の、獰猛さを隠そうともしない力強さがガランドにはあった。
「ここにあるのは、この俺の全財産だ! この金でてめえらと、てめえらの未来を俺が買う! 買われたくない奴は逃げ出せ! 俺がてめえらを連れて行くのは戦場だ!」
天を震わせる声に、段々と周囲の者の胸の中にも燻っていた火が灯り始める。
「このままじゃ、何処王の金も尽き果てて、てめえらは惨めに野垂れ死にするだろう! てめえらの子供も、孫も! 最早人間として生きることはできねぇ! 糞塗れの犬以下だ!」
ゴーウェンとの約束があるとはいえ、国庫への圧迫は相当なものだ。遠くない未来に彼らの大半は奴隷として売り払われるだろう。
「だから、今! 俺がてめえらを買い取る! 俺の下で自分の未来を切り開く機会をくれてやる!」
生命を賭して未来を切り拓けというガランドの言葉は、元々辺境開拓を志した者の多い西都の民達には受け入れやすいものだった。
ユアンは胸の奥に湧き上がる熱いものを堪えながら、問い掛ける。
「何を成すのです。私達を買って」
「決まってるだろう」
これまでで一番声を張り上げたガランドは、天に向かって吠えた。
「西都を取り戻すッ! てめえら、俺について来やがれ!!」
湧き上がる歓声の中で、ガランドは右腕を掲げる。まるで王のように、ガランドは西都の民の上に君臨した。