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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
214/371

西都争奪戦Ⅲ

 西都の城外で行われた会戦は狂い獅子ギ・ズー・ルオの参戦もありゴブリン側が勝利を収める。嵐の騎士ガランドと両断の騎士シーヴァラは共に少なくない被害を出しながらゴブリンの追撃を振り切り、南方地域への撤退を成功させる。

 会戦は時間にして半日程。

 ゴーウェンの西都脱出と、ゴブリンの王を直接狙うシーヴァラの作戦は失敗したと言っていい。縦横陣を中央突破し、ゴブリンの王に迫るも結局果たせず、率いてきた南方軍の大半を失うという結果に終わる。

 またガランドも、殆ど連絡を取り合わなかったにも関わらずシーヴァラと呼吸を合わせ奇襲を仕掛けたところまでは良かったが、先の夜戦で失った兵力差に苦しみゴブリンの王の首を取るまでには至らなかった。100いた兵力は半分程になり、シーヴァラと共に西都から撤退するしかなく、怒りに臍を噛むしかなかった。

 一方のゴブリン勢だが、陣形を崩され中央突破をされたことにより無視できない程の被害を受けていた。ギ・ヂー・ユーブ率いる軍とガイドガ氏族は共に多くの死傷者を出し、これ以上の戦闘継続は困難になりつつある。

 ゴブリンの軍勢の中で最も被害が大きかったのはギ・ガー・ラークス率いる傷モノ達だった。シーヴァラ率いる突撃隊の攻勢に真正面から立ち向かった近衛軍は半ばを失い、更に生き残った者達も傷が無いところを探すのが難しいという有様だった。

 比較的無事だったギ・ザー・ザークエンド率いる祭祀(ドルイド)部隊と亜人達やパラドゥア氏族を敗走する人間の追撃に回すと、ゴブリンの王は西都の攻略をギ・ズー・ルオとギ・ゴー・アマツキに命じた。


◇◆◇


 シーヴァラの作戦の要であるゴーウェンの西都脱出は、当のゴーウェン自身によって失敗に帰そうとしていた。ゴブリンとシーヴァラがぶつかり合っている渦中に意識を取り戻したゴーウェンは、状況を把握すると西都の民の脱出を優先させるよう部下に命じる。

「この老骨が生き延びるよりも一人でも多くの民を脱出させよ! 我らは戦えぬ者達の盾だろう!」

 怒りも露に小隊長達に命令を下すと、戦場が見渡せる尖塔に入りそこから避難の指示を出す。生き残った西都の騎士と兵士達の先導により、西都の民はその半ばが都市を脱出することになる。

 この時、ゴーウェンがその兵力をゴブリン達に向けていれば、或いは勝敗の行方は未だ分からなかったかもしれないが、ゴーウェンは騎士としての戦いよりも領主としての責任を優先させた。

 魔物に占領された村々の悲惨さは目を覆うばかりであり、それを良く知るゴーウェンは敗北しつつある戦況を見て非情な決断を下さざるを得なかった。

「ゴーウェン様、民が目通りを願っております!」

「広場に待たせよ」

 小隊長の言葉に頷くと、傷を隠すように鎧を纏い階段を下りる。動くだけで忌々しい程に全身が痛み、表情が険しくなる。

 広場に着くと、そこには不安に顔を青褪めさせる西都の民達が待っていた。

「おお、ゴーウェン様だ! ご無事だぞ!」

 騒めく民衆を手を上げて静かにさせると、ゴーウェンは傷の痛みを無視して声を張り上げる。

「お前達西都の民は、これから王都へ向けて移動してもらう!」

 悲鳴のような声があちこちから聞こえるが、ゴーウェンはそれが治まるのを辛抱強く待って再び口を開く。

「此度の敗戦の責任は全て私にある! 皆は本当に良くやってくれた! 王都までの護衛は領主軍の誇りに懸けて必ずやり遂げると約束する!」

 その言葉に驚いたのは、領主軍に所属する小隊長達だった。

「時間がない! ゴブリン共には決して手を出させぬ! 区画ごとに纏まり、直ぐに脱出の準備せよ! 王都においての生活は西方領主の名の下に保障しよう!」

 顔を見合わせる民衆に対して、ゴーウェンは更に畳み掛ける。

「さあ、行け! これは領主命令である!」

 腰の長剣を抜いて地面に突き立てる。両手を柄の上に置き、動き出す民の様子を見守るゴーウェンは常にも増して威厳に満ちていた。

「さあ、領主様のご命令だ! 早く動け!」

 ゴーウェン指揮下の小隊長達は、西都の民を先導して東門へと誘導していく。

「ゴーウェン様!」

 植民都市の守備隊長であったユアンが、ゴーウェンの傍に駆け寄る。

「ユアンよ、急げ! ここは間もなく落ちる! その前に民を逃がすのだ!」

 その厳格な視線は民に向けたもの。

「では、ゴーウェン様もお急ぎ下さい!」

「私は最後の民が脱出するのを見届けてからだ」

「そんな!? それでは間に合いません!」

「ユアン、己の職分を果たすのだ! 陛下には私から書状を書く。これを持って民の安全を乞え」

 ユアンも薄々分かっていた。ゴーウェンはここで死ぬつもりなのだと。

 だがそれを認めるわけにはいかない。

 若き頃にゴーウェンに才を見出され、騎士という過分な地位にまで引き上げてもらったユアンからすれば、ゴーウェンは恩人である。暗黒の森攻略での敗走に植民都市の失陥。ユアンはゴーウェンに受けた恩を全く返しきれていない。

 家族を別にすれば、ユアンにとって西都の民よりもゴーウェン個人の方が大事だったのだ。

「……敵が押し寄せてくるとすれば西門からです。民が脱出するまでの時間を稼ぎたく思います」

「ユアン!」

 踵を返し走り出すユアンを追おうとしたが、まるで根が生えたようにゴーウェンの足は動かない。

「忌々しい……! 歳は、取りたくないものだ」

 血を流し過ぎ、体力の半ばは失われ、身体は岩のように重い。

 だが、西方領主としての矜持がゴーウェンを奮い立たせる。

 己の中の闘争心をかき集め、西から迫ってきているであろう敵を睨んだ。


◇◆◇


 ギ・ズー・ルオ率いるゴブリン達は、南方軍の弓兵の抵抗を文字通り粉砕し西都に雪崩れ込む。

「ぐ、ぬ!?」

 石畳が敷かれた道路に、石を積み立てて作られた家々。立ち並ぶそれらと露店などがそのまま放置された道路を見て、ギ・ズーは僅かに怯む。

「人間は、こんなものを作れるのか」

 きょろきょろと周囲を見渡すが、家の中に閉じ籠っているのか人間は道には出てきていない。況してギ・ズーは人間の都市などというものを初めて見たのだ。

 そのあまりの大きさに度肝を抜かれてしまってた。

「オヤジ、どうするんです!?」

 ズー・ヴェトの声に我を取り戻すと、槍を握り直して声を張り上げる。

「一塊になって進む! 敵がいれば倒す! 王にこの都市の占領を任されたのだ! 行くぞ!」

 ゴブリンにしてみれば、迷路のようになっている家々の通路。ギ・ズーもゴブリンの集落を占拠した経験がある程度だ。知っている中で最も大きなものは深淵の砦である。

 だが、地下に広大に広がる深淵の砦を完全に占領してみようなどと思ったことは無い。

 自分の居住地を定めて、快適に暮らせるのを確かめただけだ。だが、王から命ぜられたのは西都の占領。広大なこの都市をどうやって占領するのかと問われれば、ギ・ズーの脳裏を疾るのは群れの頭を潰すということだった。

「最初に出会った敵は殺すな! この都市の頭の居場所を聞き出さねばならん!」

「さっすがオヤジだ! 頭が良いぜ! 分かったか野郎ども!?」

 喚声を上げて、取り敢えず広い道を探すギ・ズー。

「来たぞ、弓隊構えッ!」

 街道を塞ぐようにして作られた即席の簡易拠点に陣取ったユアンは、声を上げる。

「おお、敵だぞ!」

 ヴェドの声に、ゴブリン達が道を塞ぐ人間達を一斉に見る。

「弓か!? だが、俺はそんなものでは止まらんぞ! 続けッ!!」

 槍を掲げ、ギ・ズーは弓を構える人間達に向かって疾走する。恐ろしげな咆哮を上げて迫るギ・ズーに、矢が殺到する。

我は、吼え猛る(スラッシュ)!」

 速度を緩めず矢の群れに飛び込もうとしたギ・ズーの前を、黒き光が駆け抜ける。

「おう、威勢が良いな! 俺も混ぜてもらおうか!」

 凶悪な笑みを浮かべた片目の悪鬼が、横道から歩いてきた。

「ガイドガの、ラーシュカ殿か」

 半壊する簡易拠点を確認して、ギ・ズーは息を吐いた。

「今だ! 突っ込め、野郎ども!」

 ヴェドの檄と共にギ・ズー配下のゴブリン達は壊れた防壁を乗り越え、人間達と近接戦を繰り広げる。

「俺の部下どもは先の戦で参っちまってな。だが、どうにも俺には物足りんのだ」

 獰猛な笑みのラーシュカは、更なる強敵を求めて視線を周囲に這わせる。

「ならば、俺達の後を……」

「俺は、戦い足りないと言ったんだ」

 見下ろすラーシュカと、見上げるギ・ズー。互いに視線を逸さぬまま無言の睨み合いが続く。

「俺達は、王からこの都市の占領を命じられている」

「……ほぅ? それじゃあ、退かねえわけにはいかねぇな」

 ラーシュカは先頭をギ・ズーに譲ると、彼らに混じって駆け出した。


◇◆◇


 ユアンは手勢を集めて西側から侵入してくるゴブリンを牽制していたが、その勢いを止めることは出来なかった。狭い通路にゴブリン達を誘導し攻撃を加えるのが精一杯で、とても止めを刺すところまではいかない。

 徐々に、西都の内部でも兵士達は追い詰められていく。ゴブリンに対抗する為の兵力が圧倒的に足りない中、奮闘するユアン達は次第に包囲されつつあった。

「ユアン隊長!」

 部下が指差す方向に、民の避難に当たっていた小隊長の姿が見える。ユアン達を囲むゴブリンの包囲を断ち切って救出に来たのだ。

「ユアン隊長、民の避難は完了した! 我らも迅速に撤退せよとゴーウェン様からの指示だ!」

 絶望的な戦いを強いられていた部下達の表情に、希望の光が差す。

「ゴーウェン様は!?」

「我らが退いた後、撤退されるとのことだ! さあ、閣下の無事を願うなら皆急げ!」

「くっ……! 撤退の合図を出せ! 東門を通って民の護衛に着くぞ!」

 ユアンは部下に指示を出すと、伝令に来てくれた小隊長に向き直る。

「ゴーウェン様はどちらに居られる!?」

「……東の尖塔だ」

「俺はそちらに行く。ゴーウェン様の下に兵は居るのだろう?」

「その筈だが……待て、お前の兵達はどうするんだ!?」

「それを任せたい! 頼んだぞ!」

 同輩の小隊長に部下を任せると、ユアンは一路ゴーウェンの下へと走る。

「くっ!」

 既に東の尖塔にはゴブリン達が取り付き始めていた。ユアンは歯噛みすると剣を抜いて走り出す。未だゴブリンに見つかっていない通路を使って尖塔を登り、最上階に到着した所で乱暴に扉を開ける。

「ゴーウェン様!」

 尖塔の上から西都を眺めるゴーウェンの姿に、無事であったと安堵の息を漏らす。しかしゴーウェンを守るべき兵達の姿が見えなかった。

「ユアンか。無事で何より」

「……我らの力及ばず、西都はゴブリンの手に落ちます。民の避難も完了しました。一刻も早くゴーウェン様も避難を! 一時撤退し、再起を図りましょう!」

 走りながら考えた説得の文言を一気に言い終えると、ユアンは片膝をついてゴーウェンの返答を待つ。

「ユアン、ここからは西都がよく見える。我らの築いた都だ」

 目を細めるゴーウェンは、僅かに口元を歪めた。

「……ゴーウェン様、何卒!」

 外からゴブリンの足音が聞こえているのだ。一刻の猶予も無い。決断を促すユアンに、ゴーウェンは振り返る。

「ユアン、西方領主として命ずる。民を無事に王都に導け。これは何をおいても、成さねばならぬ」

「ゴーウェン様は?」

「……老いさらばえたとはいえ、私は聖騎士だ。この都を見す見す明け渡すなど、我が矜持が許さぬ」

 目には戦意を漲らせたゴーウェンは、猛々しく笑う。

「ならば、私もお供します!」

「ならぬ! 重ねて命ずる。ユアン、王都へ行け!」


◇◆◇


「グルウゥゥアア!」

 扉を蹴破り、部屋に侵入してくるゴブリンの姿が見える。眉間に僅かに皺を寄せ、ゴーウェンが長剣を抜き放つと一閃。入って来たゴブリンの首筋から血が噴き出す。

「……時間が無い。急げ、ユアン」

「しかし!」

「よくも俺の部下をッ!」

 現れたのは憤怒に顔を歪めたギ・ズーだった。ノーマルとは明らかに違うその姿。ノーブル級のゴブリンに、ユアンは慄いた。

「グルゥゥォオアアア!」

 槍を手に、ゴーウェンへと襲い掛かるギ・ズー。

 体を低くして、下からゴーウェンの体を貫こうとしたギ・ズーだったが、ゴーウェンが一歩間合いを詰めた瞬間、背筋を冷たいものが走り抜ける。

 思わず槍を投擲すると、ギ・ズーは無理矢理に制動をかけて後方へ飛び退く。

 二閃。

 高速で振るわれた剣筋は、ギ・ズーの目をもってしても剣の軌道を読み取るのが精一杯だった。

 左から振るわれたはずの長剣が槍を弾き飛ばし、寸分違わぬ軌道を描いてギ・ズーの首があった場所を切り払う。突っ込んでいれば間違いなく命を絶たれていたであろうゴーウェンの剣筋に、ギ・ズーは目の前の人間が、今まで戦ってきた中でも最も危険な部類に入る相手なのだと認識を改める。

「強い……!」

「おうおう、苦戦するようなら俺が変わるが」

 ギ・ズーの後ろから現れたのは、更に巨躯を誇るラーシュカだった。

 その姿を見たユアンは、思わず剣先を向ける。

「くっ……ゴーウェン様!」

 鎧の下から感じる痛みに、ゴーウェンは僅かに眉を顰めた。

 痛みは感じるが、目の前のゴブリン程度なら後10匹は葬れるだろう。幸いにも尖塔の最上階はゴブリン達が広く展開するには狭い。

 一対一を繰り返せば、相当数のゴブリンを血祭りに上げることができる。

 歴戦の終焉にゴブリンの屍を積み上げて見せようかとゴーウェンは口元だけで僅かに笑う。

「ゴブリンよ! 我こそは、この西都の領主、ゴーウェン・ラニード!」

 西方領主という言葉に、今までギ・ズーを見守るような笑みを浮かべていたラーシュカの笑みの質が変わる。目付きが獲物を見つけた肉食獣を彷彿とさせる獰猛なものへと変わり、牙を剥き出しにして笑う様子は、まさに隻眼の悪鬼そのもの。

「そういえば……貴様は、あの時の……」

 思い返すように顎を撫でると、棍棒で自身の肩を軽く叩く。

「そうだ、思い出したぞ! 我らの住居を襲い、王の財を掠めていった奴だなッ!?」

 槍を手放したギ・ズーも、全身の毛を逆立たせるように怒りの声を上げる。

「この首欲しくば、命懸けで取りに来るが良い!」

 下段に長剣を構えたその姿は、王者の風格さえ漂う圧倒的な武威を伺わせた。

「言われずともッ!」

 狂神の加護によって身体能力を飛躍的に上昇させたギ・ズーが、先の恐怖を怒りで押し潰して前に出る。

 床に拳を叩き込み、散らばる切片を振るった拳に当ててゴーウェンを牽制。

「ッち」

 舌打ちとともにそれらを叩き落すゴーウェンの長剣が下段から逸れたのを瞬時に見て取って、間合いを詰める。

 踏み出す一歩は、ギ・ズーの持ち得る最高の速度。

 狂い獅子の力を全開にした攻撃は、槍を持って戦っていた時の比ではない。振るわれる拳一つにしても、並みの兵士なら風圧でよろめく程だ。

 だが、その拳を当然のように見切って、ゴーウェンは長剣を振るう。すれ違い様に脇を切り裂き、怒りに燃えるギ・ズーの拳を更に回避。

 傷はどれも浅いが、ギ・ズーが拳を振るうのに合わせてゴーウェンは長剣を振り抜き、ギ・ズーの血が飛び散っていく。空振りする度にその隙を突くゴーウェンの攻撃に苛立ち、大きく一歩を踏み込んだギ・ズー。

 それを隙と見たゴーウェンは、ギ・ズーの間合いの内側に踏み込む。

「ぐっ!?」

 まさかゴーウェンが自分から距離を詰めてくるとは思わず、対応が遅れるギ・ズーの足元を強烈な足払いが襲う。体勢を崩したギ・ズーの胸にゴーウェンの蹴りが炸裂。壁際にまで吹き飛ばされる。

 咳き込むギ・ズーは明らかな隙を晒していたが、ゴーウェンは追撃に移れないでいた。

「西方領主、ということは、この戦で最も価値がある首ということだな」

 棍棒を肩に担いだラーシュカが、その前に立ち塞がっていたからだ。

「……」

 無言で剣を構えるゴーウェンに猛々しく笑うと、ラーシュカは棍棒に黒光を纏わせる。

我力を求む(エンチャント)

 対峙したのは一瞬。

 双方が間合いを詰めて渾身の一撃を繰り出す。ラーシュカは上段からその力を引き出させるように棍棒を振るい、ゴーウェンは下段からラーシュカの一撃をいなす為に、長剣を擦るように棍棒に合わせる。

「我が暴威を舐めるな!」

 棍棒が纏った黒光がその勢いを増す。だが、構わずゴーウェンは長剣を合わせた。

「なに!?」

 驚愕の声はラーシュカのもの。ゴーウェンの長剣と棍棒が触れ合った瞬間、ラーシュカの黒光がかき消され、素のままの棍棒が現れたのだ。

 長剣とぶつかり、軌道を変える棍棒の先端が床を砕く。

 振り上げられた長剣を避ける為、ラーシュカは武器を捨てて距離を取らねばならなかった。振り下ろされる長剣の間合いの外へ跳躍。

「ぬぉ!?」

 しかしゴーウェンはそれを許さない。飛び退くラーシュカが着地もしない内に、振り下ろした長剣の軌道が変化する。袈裟に切り下げた筈の剣先が下段に戻るとそこで止まらず、ラーシュカを追撃するように刺突に変化する。

 慌てて顔を庇った手の平に深く長剣が突き刺さる。そして尚も勢いを弱めぬまま、ラーシュカを刺し貫こうとする長剣の切っ先。

「っなんの!」

 だが、ラーシュカも豪勇で知られる猛者である。痛みを無視し、刺し貫かれた手をそのまま握り込んで長剣を奪おうとする。

 それを察知したゴーウェンは、突進した勢いを止めると長剣を引き抜く。

「くっ」

 漏らした苦悶の声は、どちらのものだったか。

 ここで決めてしまいたかったゴーウェンだったが、一筋縄ではいかない相手に舌打ちする。

「流石は、こんな都市を作ってしまえる人間達の頭だ。強い」

 穿たれた手を軽く振ると、ラーシュカは強敵との戦いの興奮に猛々しく笑う。

「勝手に俺の戦いを取るな!」

 壁際にまで吹き飛ばされていたギ・ズーが頭を振って立ち上がり、吠える。

「お前が負けるまで待ってやってもいいが、それでは楽しめんだろう」

 互いに譲らぬ2匹。それを眺めるゴーウェンだったが、僅かな隙さえあれば彼らに切り込もうと機会を窺う。呼吸を整えるゴーウェンの視界に、更にもう1匹ゴブリンの姿が見える。

「……悪いが、その人間の相手だけは絶対に譲れん」

 譲らぬ2匹の後ろから、1匹のゴブリンが現れる。

 顔には嘗てゴーウェンに刻まれた傷痕が残り、威風すら漂うギ・ゴーの放つ威風は、ギ・ズーをして思わず一歩仰け反らせる程だった。吐く言葉には裂帛の気合が乗り、床を踏み締める一歩は長き放浪の果てに辿り着いた力強さを余す事無く伝えていた。

 手にするのは雪鬼(ユグシバ)の一族から譲り受けた業物の曲刀。

 見据える視線には、既にラーシュカもギ・ズーも入ってはいなかった。

 2匹の間を割るようにして足を進めると、ゴーウェンの正面に立ち塞がる。

「西方領主ゴーウェン・ラニード殿! ギ・ゴー・アマツキが一騎打ちの勝負を所望する。いざッ!!」

 ギ・ゴーの放つ剣士の気魄に、ゴーウェンの胸中で応えるものがあった。

 思い出すのは、悔恨の中にある暗黒の森での撤退戦。その中で、珍しくも名を名乗ったゴブリンが居たのを思い出した。

 その記憶に、僅かに頬を歪ませて笑う。

「鉄腕の騎士ゴーウェン・ラニード──」

 長剣を一閃し、こびり付いたラーシュカの血糊を振るい落とすと得意の下段に構える。

 それは魔物に対しては決してすることの無い、騎士の礼にも似た動き。

「──推して参るッ!」

 駆け出す一匹と1人の剣がぶつかり、西都における最後の戦いが幕を開けた。


次回「聖騎士ゴーウェン・ラニード」をどうぞお楽しみに。

更新予定は15日。

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