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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
211/371

 雨の中の奇襲でガランドを敗走させたゴブリンの王は、負傷者の手当てをさせながら一人西を睨んでいた。この時、ゴブリンの王は迷いの中にいた。それはガランドに言われたレシアのことであり、後背に抱える植民都市のことであり、更に時間を掛ければ勢いを盛り返してくるだろうゴーウェンのことである。

 目の前の敵を打ち破ることは出来たが、その先にある王国設立までの戦略を見直さねばならなくなっていたのだ。

「王よ」

 迷いの中にあるゴブリンの王に声を掛けたのは、ドルイドを纏めるギ・ザー・ザークエンドだった。

「植民都市を落とす策がある」

 ゴブリンの王は目を見開いて驚くが、冗談を言っている顔ではない。普段よりも厳しい表情で口を開くギ・ザーの姿に、王はその決意の固さを感じ取った。

「……聞こう」

「人間どもを使う。幸い、捕虜がいるからな」

 その言葉を聞いて王は考え込む。

 後背の植民都市を落とせるなら、後は援軍が来ようと一挙に西都に進軍し、ここを攻め落とせばいい。ゴーウェンに手傷を負わせた今こそが好機なのは言うまでもない。

 ゴブリンの王が人間の王国という強大な敵に立ち向かう為には、何よりも速度が重要だと考えていたというのもある。

 ゴーウェンを破ってから僅か1日でガランドを敗走に追い込んだのも、ガランドがゴーウェンの敗走の情報を事前に掴んでいれば避けられた事態だ。人間の王都から援軍が来る前に西都を落とさねば、泥沼の消耗戦になる。

 それは、これからの統治を考えるゴブリンの王にとってあまり望ましいものではない。

 これまでゴブリンの王は、戦略の立案を殆ど他人に委ねたことは無い。

 戦では常に先頭に立ち、内政でも殆どの案件に自ら目を通していた。

 二つの戦線の片方の局面とはいえ、任せるのに不安が残ると言えば否定出来ないのだ。

「よし、任せる」

 だが、ゴブリンの王は敢えて全てを任せてみる気になった。今までは全てゴブリンの王が命令を下す形で部下を動かしてきたが、誰かから意見を具申されるというのは初めてのことだった。

 ゴブリン達も、日々成長している。

 その実感を得たゴブリンの王は、細く息を吐き出すと口の端を歪めて笑う。

「うむ、内容だが──」

「いや、ギ・ザーよ。俺に話さずとも良い。お前に全てを任せる」

 今度はギ・ザーの方が目を見開いた。

 一人に話せば、それだけ秘密が漏れる確率は高くなる。

「良いのか?」

「やれ。責任は全て俺が取ってやる。必要な物は遠慮なく言えば良い」

「……うむ。吉報を待っていろ、王よ!」

 必要な者を聞いたゴブリンの王は、直ちにそれを手配する。

 ギ・ザーの去りゆく背中にも張り切っているのが目に見えた。

「……焦っていたな、俺は」

 危ないところだったとゴブリンの王は自戒し、晴れ渡る蒼穹を見上げる。

 レシアのことは、自身の手が届かない以上どうしようもないのだ。今はただ信じることしかできない。それに一昨日のゴーウェンとの戦でも、ゴブリンの強さを人間側に示すことには成功している。

 であれば、本腰を入れて戦を進めていける筈だ。

 落ち着きを取り戻したゴブリンの王は、再び西を見る。

「ギ・ザーが植民都市を落とし、俺は西都を落とす」

 ギ・ジー・アルシル不在の暗殺部隊を周囲に放つと、周囲の状況を探らせる。近くに北方軍が居るようなら、完膚なきまでに殲滅しようと考えてのことだ。


◆◆◇


 植民都市を包囲しているラ・ギルミ・フィシガ率いるゴブリン軍は幾度も外壁を乗り越えようと画策したが、ユアンの的確な指揮と兵達の高い士気もあってそれも叶わず、負傷者を増やす結果になっていた。

 忌々しげに高い城壁を見上げるギルミに、ギ・ザーからの報せが齎されたのは、攻めあぐね鬱屈とした休息を取っていたそんな時だった。

「……3日後に一旦包囲を解け、と?」

「そうです」

 ドルイドの一匹を使者にして伝えられたギ・ザーの言葉に、ギルミは首を捻る。

「王はご存じなのか?」

「全て、ギ・ザー殿に任せてあると」

 ギルミは一度瞼を伏せて、その言葉を反芻した。

「……良かろう。王の命ならば仕方あるまい。出来れば、この手で植民都市を落としたかったが」

 ドルイドは一礼すると去って行き、ギルミは自身の指揮下にあるゴブリンと亜人達に包囲を解くことを宣言せねばならなかった。

「良いんですか? その……」

 意外にも食い下がったのは、オークキングであるブイである。

 争い事が苦手な彼は、しかし人間のこととなるとそれも薄れるらしい。

「王の決定に逆らうつもりはない。或いは王が既に援軍を撃破され、包囲をする必要が無くなったのかもしれん」

 そんな筈はない、とブイは考える。

 自分達の喉元に突き付けられた人間の刃がこの植民都市だ。これを放置して進軍するということは、後ろから刃を突き付けられたまま、敵と殴り合うに等しい。

 丁度人間勢力の矢面に立たされた当初の自分達のように……。そこまで考えてブイは首を傾げる。あのゴブリンの王は何を考えているのだろうと。

 暫く考えたが答えが見い出せそうにないことを悟ると、ブイはオーク達に包囲戦の終了を告げる。


◆◆◇


 ギ・ザー・ザークエンドは、植民都市を落とすのに正面から攻め掛かるのは勝機が薄いと考えていた。包囲をしているのは、ゴブリンでも特に優秀な指揮官たるガンラ氏族の英雄ラ・ギルミ・フィシガである。

 そのギルミでさえ容易に落ちない人間の作った植民都市を落とすのには、王が直々に指揮をするしかない。しかし、それでは折角追い詰めたゴーウェンに息を吹き返す時間を与えてしまう。

 援軍に来た人間を打ち破った王が、西を険しい表情で睨むのを見てギ・ザーは決意を固めていた。

 普段彼がギ・ドーに言っていた通り、王に従うばかりで忠義が示せるのかという言葉を実践する時が来たのだ。

「ギ・ドー、手伝え」

 何が何だか分からない内に、師匠であるギ・ザーに丸め込まれたギ・ドーは人間達の前で一芝居打つことになってしまった。

 曰く、もうすぐ南から人間側の援軍が来る。それを倒して西都を占拠だ。

 曰く、人間を打ち破る為には休息も大事であり、3日後の警備は薄くなるだろう。

 あまりに棒読みなギ・ドーの台詞回しに、ギ・ザーは内心で何度も舌打ちしたが、横目で静かに人間達を観察した結果、彼らは食い入るように話を聞いていた。

 その場を離れると、ギ・ドーの演技の下手さに溜息をつく。

「し、師匠! わ、私にはとても無理です!」

 青ざめて首を振るギ・ドーを無理矢理引っ張って行き、違う人間達の前でもう一度同じことをやらせる。三度目を実行しようとした時、へたり込んでしまったギ・ドーを見て、流石にもう無理かと思い直した。

 意外にも小心者であるギ・ドーに礼を言うと、次に必要なものを王に頼む。

 捕虜の監視をドルイドにしてもらうこと。

 新しく捕虜を得る許可。

 ハルピュレア、パラドゥア氏族の協力。

 そしてその全てに、王は無条件で許可をした。

「別に良いけど、高くつくわよ」

 ハルピュレアの一番翼ユーシカが声を掛けると休憩を楽しんでいたハルピュレア達が集まり、ギ・ザーの策を実行する為に飛び立っていく。

 飛び立つ彼女らを見送ると身を翻し、パラドゥアの騎獣兵を率いるハールーに会いに行く。

「我らを使いたいと?」

「無論、お前達が王にのみ忠誠を誓っていることは知っている。だが、俺は王から命令を受けた。どうか協力してほしい」

 しばらく考え込んでいたハールーだったが、王の命令だということと、常にも増して真剣なギ・ザーの眼差しに、ついに折れた。

「分かりました」

 条件も一切口にしないハールーの潔さに、ギ・ザーは深く頭を下げた。

「済まぬ。恩に着る」

 ハルピュレアから求めていた情報が届き、ギ・ザーはハールーと共に人間の集落へ向かう。

 パラドゥア氏族により包囲された村に、ギ・ザーは入って行った。

「この村の代表はいるか!?」

 家々に隠れる村人に向かって、ギ・ザーは声を張り上げる。

「……くそっ、ゴブリン! 俺達を追って来やがったのか!」

 家々の影から出てくる兵士と、それを追いかける人間の子供の姿を確認すると、ギ・ザーはにやりと口の端を歪めて笑う。魔法を使い瞬く間に兵士を制圧。集落を支配下に入れた。

 

◆◇◆


 植民都市の守備隊長であるユアンは、夜になっても聞こえない魔獣の声に眉を顰めた。彼だけではなく、植民都市を守っている兵士達は互いに顔を見合わせ、どういうことだと話し合ったが結論は出なかった。

 翌日、火の神の胴体が東の空から昇ると、ゴブリンの姿が全く見当たらないのに気付く。

「包囲が、解けたのか?」

 信じられないように呟く一人の兵士の言葉で、今の今までまさかと思っていた兵士達の間にその事実が浸透していく。

「やったぞー! 奴らを追い返したッ!」

 気の早い兵士が、声高に勝利を叫ぶ。

 それは漣のように植民都市全体に広がっていき、次いで歓喜の爆発が都市を包み込んでいった。兵士、冒険者、農民の区別なく、植民都市で暮らす全ての民達がゴブリンの包囲が解けたのを喜び合った。

 守備隊長であるユアンも同様である。

 植民都市の防衛という重大な任務をやり遂げたことに、安堵の息を吐く。それでもユアンは城壁の上を歩き、監視の兵士には持ち場を離れないよう指示していた。

 丁度ユアンが東側の城壁に差し掛かった時、監視の兵士が敬礼して報告をする。

「隊長! 東より、兵士と思われる人影! ゴブリンに追われているようです!」

 先ほどまで喜び合っていた者達の顔に影が差す。

 ユアンは、その報告を受けて見張り台に上り、東の方に目を凝らす。

 確かに逃げてくる3,4人の兵士の姿と、追ってくる10匹前後のゴブリンの姿がある。

「各員持ち場へ着けっ! 開門準備! 長弓隊、射撃準備せよ! 槍兵は東門へ集合だ! 敵は少ないぞ! 入ってくる仲間を収容した後、閉門!」

 一息にそこまで指示を出し終え、ユアンは兵士達を追ってくるゴブリンの数を再度確認。

「西側に伝達! 不意を突いてゴブリンが森から出てくるようなら迅速に対処せよ!」

 伝令を走らせ、左右からゴブリンの奇襲が無いのを確かめる。

 追ってくるゴブリンは赤い肌のものが一匹混じっているが、それ以外は普通のゴブリン達だ。仲間を収容した後、追い散らせる筈だとユアンは判断する。

「弓隊、構え、撃て!」

 ユアンの号令の下、引き絞られた長弓の弦から一斉に矢が解き放たれる。

 幾つかが追ってくるゴブリンに命中し、ゴブリン達は悲鳴を上げて逃げ帰って行く。

「弓隊、第2射準備、開門! 仲間を迎え入れろ!」

 ユアンの号令に従い、鉄で補強された門が重々しい音を立てて開く。逃げてきた兵士達を迎え入れたのを確認すると、ユアンはすぐさま門を閉めるよう指示を出す。

「ゴブリンは、退却していくようです」

「監視を継続しろ。私は仲間を見てくる」

 兵士に後の監視を命じ、ユアンは駆け込んできた兵士の様子を見る為、急いで城壁を降りる。

「無事か!?」

 駆け寄るユアンに、兵士達は必死の形相で告げる。

「い、今すぐに出陣を!」

「何を言っている!? 今やっとゴブリンどもを退けて、籠城戦が終わったところなのだぞ!」

 槍隊の小隊長が戸惑ったような声で、駆け込んできた兵士の言葉を遮る。

「落ち着け! 先ずはお前達の所属を教えてくれ」

 割って入ったユアンの姿を見て、兵士と小隊長は落ち着きを取り戻す。

「わ、私達はゴーウェン様指揮下の第三小隊の生き残りです!」

「生き残り……だと?」

 聞き捨てならない言葉に、ユアンの背筋に冷たい汗が流れる。

「まさか……ゴーウェン様は!?」

「ゴーウェン様は、5日程前にゴブリンの大群と平原にて会戦。武運拙く敗北されました!」

 その場に居た者全員を、座り込みたい程の衝撃が襲う。

「……それで、ゴーウェン様は」

「重傷を負われ、西都へ撤退なされたと」

「ご存命なのだな?」

「それは……我らが囚われるまでは、確かに」

 戸惑いながらも答える兵士に、ユアンは唸った。

「……して、今すぐに出陣せよとは如何なる理由だ」

 遠く西都にいるゴーウェンに思いを馳せた後、ユアンは改めて質問する。その声には重々しい響きが伴っていた。

「我らはピエーナ平原での会戦の後、ゴブリンに捕らわれていたのですが、そこで容易ならざる情報を聞きました。北側から援軍に来ていたガランド様率いる北方軍は既に敗北。奴らの魔の手は、南からの援軍に向けられています」

 聞かされる新たな情報に、ユアンは眩暈を覚える。

「嵐の騎士が、敗北したのか」

 その事実を重く受け止めるユアンに、兵士は黙って頷く。

「南からの援軍の将は、誰だか分かるか?」

「いえ、そこまでは」

 顔を伏せる兵士に、ユアンは黙って頷く。知らなかったとしても彼らの所為ではない。

「ですから、ここを守っていてもゴブリンの侵攻は止められません。ユアン様、何卒南の援軍と合流し、ゴブリンを討って下さい」

 ゴーウェン率いる西方領主軍は敗れ、今また北からの援軍が敗れた。残るは南からの援軍のみ。

「ゴブリンどもが包囲を解いたのは……我らを拘束する必要が無くなったからか。くそっ!」

 憎々しげに西の暗黒の森を睨むと、ユアンは兵士達を介抱させる。

「少し、考えさせてくれ」

 兵士たちを警戒態勢に戻すと、ユアンは一人考えを纏める為に自室へと戻った。


◆◇◆


 ゴブリンの奇襲により壊滅的被害を受けたガランド率いる北方軍だったが、彼らには恐怖と共に敗北の傷跡が刻み込まれていた。

 ガランド率いる北方軍は王国でも屈指の実力を誇る。

 それは兵士達の誇りとして、彼らの胸の内に存在した確固たる自信である。しかし、昨日の敗北でそれを木端微塵に打ち砕かれてしまった。敵はゴブリン。魔物の中でも最下級である筈のゴブリンに奇襲を受け、ほぼ全滅に近い被害を受けた。

 王国屈指の実力を誇る北方軍が、である。

 ガランドは敗北は敗北として受け止め、夜間の戦いではゴブリンに優位があるのを認めざるを得なかった。そしてその上で、兵士達に再度西都へ向かうことを告げる。

「てめえら、このまま北方に帰ってみろ! 俺達はゴブリンに負けた軍隊として一生王国の歴史に刻まれることになる! お前達の息子も! 死んだ奴らの息子どもも! 子々孫々言われ続ける! 奴らはゴブリンなどに負けた弱者の末裔だとな!!」

 大規模な奇襲を受け、意気消沈する兵士達にガランドの言葉は劇薬のように効いた。

「それが北方軍か!? 俺達から暴力を取っちまえば、後に残るのはカスみてえな敗残者だろう! 北方軍と聞いて、他の兵士達が道を譲るのは何故だか分かるか!? 俺達が強いからだ!」

 続けられるガランドの言葉に、段々と俯いていた顔を上げる者が増えていく。

「俺達から戦を取ったら何が残る! 俺が敢えて言ってやろう! 何もない! 何もな!! さあ、分かったら立ちやがれ! 北方の荒くれども! てめぇらは一体何者だ!?」

 一人の兵士が立ち上がり、剣を引き抜いた。

「俺達は王国最精鋭の北方軍だ! そうだろう、皆んな!?」

『応!』

 兵士達の目に確かな力が戻ったのを確認すると、ガランドは進路を西に向ける。どうせ、奴らは最後に西都を狙う。その時こそが、最大の機会だと獰猛に笑う。

「次は、こうはいかねえ……ゴブリンめ」

 舌舐めずりするように、ガランドはゴブリンの姿を追い求める。

「前は俺達が狙われる番だったが、今度はこっちが狙う番だ」

 兵士の数は少なくなったが、それでも尚ガランド率いる北方軍の脅威は取り除かれていなかった。


◇◇◆


 まんじりとも出来ない夜を越え、ユアンは自室で考え込んでいた。

 南からの援軍と共に、ゴブリンを討つべく出陣すべきか。或いは最初の命令通り、植民都市を守り通すべきか。

 西都の防備は薄い。

 それは周辺から魔物を駆逐していく段階で、周囲に植民都市や拠点を築き、守りを固めていた為だ。人は慣れる生き物だ。長年に渡り西都の周囲から魔物の気配が無くなれば、当初の理念を忘れ、利便性を追求してしまう。ゴーウェンでさえ、その流れには逆らえなかった。

 西都は開発著しい王国西部の中心である。開拓が進めば進む程、それを当て込んで商人が来訪し、土地を持てない農民も西都ならと足を運ぶ。更には商人の護衛、或いは新規に発見される魔窟の探索などを当て込んで冒険者も集まる。

 人が集まれば住む場所が必要になる。

 西都の城壁を切り崩し、都市拡張の為の材料とする流れになるまで、そう時間は掛からなかった。

 今、西都に植民都市のような防壁は存在しない。

 しかも、ゴブリンとゴーウェンが戦ったピエーナ平原から西都に至る間には、宿場町や農村などの集落が幾つもある。幸い、ゴブリンは北方軍を追って西に来ているとのことだが、これがもし東に向かえば、甚大なる被害を覚悟せねばならないだろう。

 兵士達の家族は、多くはそうした農村や宿場町で暮らしているのだ。

 これを捨て置くことは出来ない。

 だが、植民都市にも守るべき者達が居るのだ。

「俺は、どうすれば……」

 奥歯を噛み締め、額を壁にぶつける。考え抜いて、それでも答えが出ない。正解などある筈のない問いに、ユアンは苦悩していた。

「守備隊長!」

 扉が乱暴に開かれると同時に、伝令の兵士が入ってくる。

「どうした!?」

 充血した目で伝令の兵士に怒鳴るユアンだったが、兵士もそんなユアンに頓着している余裕はなかった。

「狼煙です! 西都から狼煙が!」

「……っ!」

 伝令の兵士を押し除けると、ユアンは一気に城壁を上り狼煙を確認する。

「我、健在ナレドモ……兵力少ナシ。出陣ヲ請ウ。グラヘイナニテ合流……それで、良いのですね……? ゴーウェン様」

 狼煙を解読し、縋るような面持ちでユアンは呟いた。


◇◇◆


 西都と植民都市の丁度中間にある町の一角。そこには狼煙台が設けてあった。

「狼煙は上げたぞ……。これで家族には手を出さないで貰えるんだろうな」

 人間の兵士は消沈した表情で、背後に控えるギ・ザーに問い掛ける。

「成功すればな」

 酷く怜悧な言葉に、人間の兵士は冷たい汗をかきながら食い下がった。

「話が違うじゃないか! 狼煙を上げれば、娘は助けてくれると!」

「貴様が偽の狼煙を上げたかもしれぬだろう」

暴れようとする人間の兵士を、パラドゥアゴブリンが抑え付ける。

「俺は確かに狼煙を上げた。だが、それで植民都市の奴らが動くかどうかはっ!」

「……貴様らの神に祈っていろ。植民都市の将が狼煙に従って動くのを、な」

 ギ・ザーはゴーウェンとの会戦が開かれる前に、狼煙が植民都市側と東の方から上がるのを確認していた。その色とりどりの狼煙に何の意味があるのだろうと考えた際に、思い付いたのは合図である。

 老ファルオンから譲り受けた権謀の書の中にも、嘗て人間が狼煙で遠隔地と的確なやり取りをしたということが書いてあった。

 撤退するゴーウェン軍の中から態々脱走兵をハルピュレアに発見してもらったのは、人間の持つ家族への愛と、ゴーウェン軍への忠誠心が低い者を選びたかった為だ。

 ギ・ザーは知らなかったが、その兵士が偶然通信担当であったのは幸運以外の何物でもなかった。もし彼が通信担当でなければ、ギ・ザーは容赦なく彼を殺していただろう。

 主への忠誠を貫けぬ者など、ゴブリンから見れば不愉快の対象でしかない。

 愛などというものも、ギ・ザーには理解できなかった。

 だが、理解は出来なくともそういうものがあるのだと学び、それが故に人間の行動が縛られるとなれば利用しない手は無い。

 ギ・ザーにしてみれば、策の布石にするには十分な理由である。

「さて、どう動くか」

 ギ・ザーは目を細めて、西を見た。


◇◇◆◇◇◇◆◇


【個体名】ギ・バー

【種族】ゴブリン

【レベル】3

【階級】ノーブル

【保有スキル】《投擲》《威圧の咆哮》《槍技B-》《剣技B-》《斧技C+》《死地への嗅覚》《獰猛なる腕》《人食い蛇》《蛇の牙》《戦の息吹》

【加護】冥府の眷属神(ヴェリド)

【属性】死


《蛇の牙》

 ──敵に与えた傷が治癒し難くなる。

《戦の息吹》

 ──部下を率いる際に統率力が上昇。率いられた部下の攻撃力が上昇。



【個体名】ラーシュカ

【種族】ガイドガゴブリン

【レベル】1

【階級】ロード・ガイドガ氏族族長

【保有スキル】《暴威の衣》《憤怒の雷》《魔素操作》《尾撃》《猛獣憑依》《一族を率いる者》《暴威の体現者》《棍棒技B+》

【加護】冥府の女神アルテーシア

【属性】闇


《暴威の衣》

 ──魔素を展開し防御力を上げることが可能。

《憤怒の雷》

 ──怒りにより攻撃力が上昇。

《魔素操作》

 ──魔素の操作が可能となる。

《尾撃》

 ──尾による強力な一撃が可能。

《猛獣憑依》

 ──自らよりも階級が上の相手と戦う場合に限り、攻撃力・防御力・敏捷性が上昇。

《一族を率いる者》

 ──ガイドガ氏族と共に戦う限り、攻撃力・防御力が上昇。率いられるガイドガ氏族の攻撃力が上昇。

《暴威の体現者》

 ──体力が減る度、魔素による攻撃力が上昇。


◇◇◆◇◇◇◆◇


次回更新は4日頃を予定

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