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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
王の帰還
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敗北の傷跡

【種族】ゴブリン

【レベル】14

【階級】デューク・群れの主

【保有スキル】《群れの統率者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B-》《果て無き強欲》《孤高の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】コボルト(Lv9)

【状態異常】《聖女の魅了》



 濃密に残る血の香り。

 俺が本隊に追いついたときには、狼の狩りは終わっていた。

「被害は?」

 息を切らせて追いついた俺は、ギ・ゴーに問いかける。

「使役シテいた魔獣が全てヤられマした。後は本隊ヲ守ル者が3匹やらレマした」

 申し訳なさそうに頭を下げるギ・ゴーに首を振る。

「俺の読み違いだ」

 灰色狼は一匹ではなかった。

 (つが)いだったのかどうかはわからないが、俺が最後尾で一匹を引き受けている中更にもう一匹が本隊の前方から攻撃を仕掛けたのだ。

 だからこその俺の目の前からの鮮やか過ぎる撤退。

 必要なものだけを奪うとすぐさま危険を冒さず反転しやがった。

 ──くそっ!

「怪我をしているものはいるか?」

「軽症でゴザイます」

「ならば進むぞ。一刻も早く集落までたどり着く」

 声を励まして手下どもを叱咤する。

 結局その後は灰色狼の襲撃はなく、無事に集落へたどり着くことになる。

 敗北だった。

 その敗北は苦く俺の胸に残り続けていた。

 たかが、獣程度に俺は負けたのだ。

 頭の中が沸騰するほどの怒りをかみ締める。

 この屈辱は、必ず雪ぐぞ獣め!


◆◇◇


 ──ああ、右腕に巻きついた赤蛇が疼いている。

 灰色狼に敗れてから、休むまもなく走り続けているが疲れなどは感じなかった。

 感じるのはただ、右腕に巻きついた赤蛇の疼き。

 気づいたときは俺の意志に関係なく、《狂戦士の魂》が暴れだしていた。

 脳髄を焼ききるような、体の芯から滲み出るような魔力があふれ出している。

 どこかに敵はいないのか。群れを守りながら周囲に目を凝らす。

 敵を、敵を……敵を敵を敵をっ!!

 殺してもいい敵はどこかにいないのかっ!?

 渇望に似た思いとは裏腹に、目指す集落は見えてきていた。

「集落だ。向かえ!」

 簡単な指示を出すと最後尾に回る。

 追って来い。

 狼め!

 殺してやるぞ!!

 狼めェ!!

「グルゥゥゥァゥゥ」

 不穏な唸り声をあげ、群れの逃げてきた道の先を睨む。

「王よ」

 俺の後ろから声がする。老ゴブリンの声だ。

 オウ、オウ……王、王だ!

 俺は、俺は俺は俺は俺は!!

 王だ!

 【スキル】《反逆の意志》を自力で発動させて、迫り来る衝動に抗う。

 この腕を振るいたい。迸る魔力を、解き放ちたい!

 目に付く物全てを破壊し、壊して殺して殺して殺してコロシテ──。

「オオオオアオオオアオォォォ!!」

 鋼鉄の大剣(アイアン・セカンド)を大地に突き立てる。

 鎮まれ!!

 歯を食いしばり、《反逆の意志》の発動に全力を注ぐ。

「王……?」

 疑問の声に。

「……撤収は完了したか?」

 答える俺の声は震えてはいなかっただろうか。

「滞りなく」

「そうか……少し一人になりたい。誰も近寄らせるな」

「はい」

 俺は《狂戦士の魂》が収まるまで、その場を動けなかった。


◇◆◇


 ギ・ゴー率いるゴブリンの群れは若干の被害を出したものの無事に集落にたどり着いた。

 いまだ余裕のある集落ではあるが、住居の区割りをしようと思い立ったのは、何かをしてないとあの敗北を思い出してしまうからだった。

 まず集落の中心にゴブリン達が食事をするための広場がある、

 中心には石を組んで作った簡単な火をたく場所を設ける。

 その北側には捕虜の住居。王たる俺はその東側だ。

 ゴブリン・レアに進化したゴブリンは中心から王の近くの住居を割り当て、他のゴブリン達には集落を囲む柵沿いに配置した。

 見た目で誰が王に近いのか分かりやすくするためと、命令の伝達が早くなるようにとの配慮だ。

 非戦闘員としてのゴブリンはゴブリン・レアの住居から南側を与える。

 ギ・ゴーの率いてきたゴブリンの数は灰色狼に減らされた分を差し引き45匹に上った。

 戦闘員非戦闘員合わせての数だが、これだけの数が一緒に住むことになれば当然摩擦が起きる。

 そのための処置だ。

 俺が集落に帰って一日が経過した。

 合計して92匹のゴブリンを従える身分となったわけだが、目を配りだすととても体が足りない。細かいところはギ・グーとギ・ゴーに任せるとして、俺は灰色狼の対策を考えねばならなかった。

 わずか一日の距離に強力な魔獣が住み着いたのだ。

 集落を一気に落とされることはないだろうが、狩りに支障がでるかもしれない。

 それよりも多分に俺自身が手を下さなければ気が収まらないといったほうが良いか。

 とりあえずは南と東に狩り範囲を広げることを指示する。

 確認されているだけで2匹の灰色狼。何か手を考えなきゃいけない。

 考え事をしながら歩いたら、レシアを住まわせている捕虜の小屋の前に来た。

「ウゥ~ゥ」

 なんだか聞き覚えのある声がする。

 若干眉をひそめながらその存在を確認すると、例のコボルトがレシアから餌付けされていた。

 くるりと反り立った茶色の尻尾を力いっぱいフリフリ。

 レシアが投げた骨にしゃぶりつく。

 一心不乱に骨にしゃぶりつくその様子は、どこからどう見ても犬のソレだ。

 家畜小屋を改築しただけの牢屋は、外から中の様子がすぐ分かる。

 鍵も錠前もついていないのだからここが人間の安全を保障しているのは、ただ俺の言葉のみということになる。

 じぃ、とその様子を眺めていた俺に気が違わんばかりに尻尾を振っていたコボルトが気がつく。

 途端俺のほうに向かってきて俺の脚にじゃれ付く。

 骨を咥えたままというのが、食い意地の悪さを物語っている。

 あんまりじっと見ていた為か、【スキル】《赤蛇の眼》が発動してしまう。


【種族】コボルト

【レベル】9

【階級】子犬

【保有スキル】《悪食》《雑食》《大食い》

【加護】なし

【属性】なし

【主人】ゴブリン・デュークに隷属


 スキルが食うことにしかないというのは笑うべきか?

 こいつを見てるとなんだか、気が抜ける。怒りに煮えたぎっていた脳みそから血が下がっていく気がする。

 盛大なため息をついていると、中から声がかかった。

「おかえりですか?」

「ああ、無事ではなかったがな」

 幾分か冷静になって、俺は捕虜の小屋へ入った。

 

◇◆◆


「ご機嫌斜めですね」

 問いかけた私の言葉に、目の前のゴブリンは自嘲するように口元を歪める。

「手下を失ったからな……王を名乗りながら無様なものだ」

 つまり、落ち込んでいると? 魔物なのに?

 癒やしの女神(ゼノビア)の信徒はその加護を認められた時から、様々な特権を与えられる。最高水準の教育、国家間の通行税免除、果てはギルドに加盟する際の優遇措置など数え上げればきりがない。

 その中にはもちろん、嘘を見抜く術も学ぶものだ。知性有るものならその目に、必ず感情が現れる。人間の世界の最高学府『象牙の塔』で学んだ事だ。

 その教えの通り、じっと目の前のゴブリンの瞳を観察するが、ぶれがない。

 魔物は残虐で自己中心的で、穢れた存在である。と言うのは、人間の間では常識と言って良い。仲間意識は支配欲のため、人間を襲うのは本能のなせるもの。

 なのに、このゴブリンときたら!

 悉く私の常識を覆し、いつも私を驚かせる。ここに捕らわれてから、私は驚きっぱなしだった。

 先日オークの襲撃の時もそうだ。ゴブリンはオークよりも弱いと言うのは当たり前なのに、敢えてそれに立ち向かって行った。

 傷ついた仲間を先に回復させる高潔さ。

 王と名乗るその姿は、 もし彼が人間だったなら英明な王として歴史に名を残すのかもしれないと想像せずにはいられなかった。

 思い返さずにはいられない。領地を奪い合うのに必死で、領民を蔑ろにする領主たちを。

 己の権力を守るために、親兄弟すらも罠に陥れる王族を。己の懐を肥やすことしか頭にない官吏達を。僅かなお金の為に親しい人すら陥れる平民達を。そして神の道を示し導くべき教会のあの体たらくをっ!

 なぜ……なぜもう少しだけみんなが優しくなれないのだろう。

 王都の爛熟しきったそんな空気が嫌で、辺境の教会勤めを希望した。

 空気が違えば人も違うと希望を抱いたのも束の間、癒しの女神(ゼノビア)の信徒ならさらわれた者を救い出せるはずだと、暗黒の森に追いやられ……そうしてなぜか今目の前で、ゴブリンの王を名乗る者と対峙している。

 あまりの境遇の変化に、最初は悲観もしたが最近では随分と慣れてしまった。

 それと言うのも、目の前のゴブリンはゴブリンらしくないのだ。ゴブリンはゴブリンでしかないのだが、何か人間くささとでもいうのか……仕草の端々言葉の端々に、複雑な感情を感じるのだ。

 ゴブリンは単純だと教えられたし、私の経験からもそうだった。欲望のままに生き、不潔で意地汚い。

 だが、ここのゴブリン達は私の常識が通用しないのだ。

 人間以上に人間らしい。そんな印象すらもってしまう。

 だが、それでも私は人間なのだ。もし、彼らと人間が争うなら私は決して彼らの側に立てはしない。

 願わくば、彼らと人間が決して争うことのないよう私は祈らずにはいられない。


◆◇◇


 夢を見る。

 これは夢だとわかっているのだから、やはりそれは夢だ。

 剣持つ乙女が、化け物に挑む夢。

 強大で比類なく、勇猛で狡猾な化け物に乙女が剣を頼りに立ち向かう。

 彼女には強大な武力も、相手を出し抜くだけの狡猾さも無い。

 あるのはただ、勇気のみ。

 それが証拠に剣を持った手は振るえ、息は落ちついているとは言いがたい。

 ──ああ、これでは負ける。

 俺自身ですらそう思うのだ。強大な敵を目の前にした乙女がそう思わぬはずは無い。

 だが、彼女はその化け物相手に一歩も怯みはしない。

 天地を食らうほどの咆哮を受けても、決して歩む足は止まらない。

 地を割る一撃を避け、風を啼かせる一撃を掻い潜り、手にした剣だけを頼りに化け物に挑む。

 そうして乙女はたどり着く。

 炎揺らめく大剣を掲げる化け者の懐へ。

 振りかぶった大剣を化け物は少女に振り下ろそうとし、俺はその顔を目撃する。


 ──俺だった。


 そうして俺を見た化け物も動きを止め──。

 乙女の剣で俺は胸を突き刺され、俺の手から溢れ落ちた炎揺らめくの大剣は、乙女を貫いた。


 ──運命よ。これがあなたの。


「くっ──」


 冷や汗をかいて飛び起きる。

 夜の闇に、煌々と月が、星が煌いていた。

 まったく飛び切りの悪夢を見せてくれる。

 最後に聞こえた誰かの声が、まだ耳にこびり付いている。

 運命……。あれが俺の?

「くっくっく……」

 面白いじゃないか、俺が殺されるとそういうのか、運命よ。

 赤く輝く月が二つ輝いている。

 夜風に当たろうと立ち上がる。

 寝汗をかいた肌に、森を渡る湖からの風が心地よかった。木々のざわめき、ぶらりと歩いてみようという気になったのは、あるいは気弱に為っているからなのか。

 そうして、いつの間にか俺は、レシアを捕らえている牢の前にいた。

 彼女は眠っているだろうと思われた牢の中、夜目が利くというのは便利なものだった。暗い闇の中ですら、十分に見渡せるのだから。

 俺が目にしたのは祈る彼女の姿。

 何に対してか、彼女は赤く染まった二つの月に祈っていた。

「俺に呪いでもかけていたか?」

 薄っすらと目を見開いた彼女の表情に思わず息を呑む。

「貴様……誰だ!?」

 整いすぎた顔立ち。それだけならばいい。いいや、よくはないのだが、今のレシアの顔には感情も生気すらも感じられなかった。

 普段なら、不満でも怒りでも悲しみでも何らかの感情を乗せているであろう彼女の顔が、まったくの無だ。

「鋭いのね」

 普段のレシアの声のはずだ。

 だが、何かが違う。

 紫水晶アメジストの視線が俺を射る。

 ただそれだけで俺の背筋に氷塊を突きこまれたようだ。

 体は重く、手足の自由が奪われていく。

 これは、この感覚はっ!?

 【スキル】《反逆の意志》を発動させ全力でそれに抗う。

 だがその合間に、脳裏に響く呪いの絶叫。

 ──ゼェノビアァァ!!

 冥府の女神(アルテーシア)の絶叫が俺の脳裏を割れんばかりに圧迫し、精神を蝕む。

(こいねが)う、在るべくしてあるべからざる者に安らぎを」

 レシアの口から紡がれた言葉が、冥府の女神の声を遠ざける。

 荒い息をついて、膝をつく。

 額を伝う汗を無視して、レシアの姿をした何かに──いや、ここまできたら認めざるを得ない。俺の目の前にいるのは、癒しの女神(ゼノビア)だ。

「苦しんでいますね」

「ああ、おかげさまでな」

 精一杯強がるが、あいにくと体は動かない。

「……なぜ貴方は運命に抗おうとするのです?」

「逆に聞くが、なぜお前は運命とやらを受け入れる?」

 ため息をつく声が聞こえた気がしたが、降ってきた声はやはり感情をうかがわせないもの。

冥府の女神(おねえさま)に逆らい運命に逆らい、今また、出会ったばかりのわたくしに逆らう……愚かしいと思わない?」

「なら、放っておいてもらおうか。俺も、レシアも!」

「……貴方の力の源泉。反逆の意志は無限ではないのよ。その力は最早限界を迎えている」

 レシアの光る指が俺の額に触れる。

 熱が俺の額から胸へと移動していくのが感じられる。

 またか!

「聖女の魅了は、解けないわ」

 またお前らは俺の心を踏みにじるのかっ!

 忙しさにかまけてステータスを省みなかったのがこんな形で回ってくるとは!?

 放置していた聖女の魅了が、重厚で濃密な力を伴って俺を締め付けていく。

「く……ぐっ……」

 立ち上がろうとして失敗し、仰向けに倒れる。

 見上げる月をさえぎるように、レシアの皮をかぶったゼノビアが俺を見つめていた。

「言えた義理ではないのだけど、この子をお願いね」

 俺の胸板の上に覆いかぶさるようにして、ゼノビアが迫る。

「どこまで人の心をもてあそぶ!」

 レシアの光る指先が再び俺へ向けられる。胸にトンと、突かれた瞬間俺の胸の中が塗り替えられていく。

「わたくしから一つ贈り物を。冥府の女神(おねえさま)からの呪縛、抑えて、あげ……ましょう」

 ふらふらと揺れるレシアが俺の胸板の上に倒れこむ。

「だけど、気をつけて。貴方が魔法を使えば使うほど、冥府の女神(おねえさま)は近づく」

 身をよじるレシアが、囁くように呟く。

冥府の女神(おねえさま)のもう一つの名は、反逆の女神。国生みの祖神(おとうさま)に逆らいし、復讐と反逆の。だから……この子を。わたくしの、愛しい娘を……守っ……」

 後はレシアの安らかな寝息だけが聞こえてきた。

 ……気づけば俺の腕は動くようになり、冥府の女神からの声も聞こえなくなっていた。

 二つの赤月に手を伸ばす。

 ゼノビアよ。

 お前は俺に運命に逆らうのは愚かなことだといった。

 そしてレシアを守れと。

 俺が見た運命……剣持つ乙女の顔をお前は知らなかったのか?

 あれは、あの乙女は……泣いていたレシアだったではないか。

 それを守れという。

 ならば、やはり俺はお前らに反逆しなければならない。

 俺は死なぬし、レシアに殺されもしない。それが神への反逆だというのなら、運命に逆らうというのなら、俺は喜んで反逆者になろう。


◆◇◇◆◇◇


【スキル】《聖女の魅了》の効果が追加されます。


癒しの女神(ゼノビア)の加護により、冥府の女神(アルテーシア)の侵蝕が抑えられます。


◆◇◇◆◇◇


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― 新着の感想 ―
[一言] 神は下界を信徒と言うよりはもう好きな時に使える普段意識を持った人形というふうに捉えている感じがする。
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