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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
209/371

幕間◇プエルの冒険者ギルド講座《地図あり》

 ゴブリンの王の下から離れて一人旅路を急ぐ盲目のプエル・シンフォルアは、ゲルミオン王国東都からシュシュヌ教国へと入っていた。

「へ~……ここが、首都リシューですか」

 年若い冒険者志望である青年の言葉に、杖にローブ姿の少女がキョロキョロと辺りを見回す。

「確か、この国ではあらゆる宗教が認められるって……あっ、ゼノビア様の紋章だ」

 その慎ましい胸の前で手を組んで祈りを捧げる少女に青年は苦笑して、後ろに居る盲目のプエルに話しかける。

「プエルさんは来たことあるんですよね?」

「ええ、依頼を受けて何度か」

 控えめに頷く彼女に、青年は目を輝かせて頷く。

「やっぱりすげえなぁ! 一流の冒険者って感じですよね!」

 その憧れの視線に、プエルは苦笑しながら話題を変える。

 シュシュヌ教国の首都リシューへ急ぐプエルが、草原で魔獣と戦っている二人を偶然助けたことが縁で、道行を同じくすることになったのだ。

「ここは冒険者ギルドの発祥の地でもあります。そうですね……。少し休憩しながらお話しましょう」

 指差したのは、首都に看板を構えるに相応しい立派な飲食店。

「え、あそこですか」

「その、俺達持ち合わせが」

 顔を見合わせる少女と青年に、プエルは再び微笑みを向ける。

「私が出しますので大丈夫ですよ。ただでさえ旅のお世話になっているのですから、このくらいは」


◆◆◇


 ゲルミオン王国の東に聳えるシュシュヌ教国。

 西方開拓領域を武の力によって統治するゲルミオン王国に対して、シュシュヌ教国は大陸の中央付近に存在する宗教国家である。

 寛容(シュシュヌ)の名を冠し、あらゆる宗教を保護する政策を取り、それが他の宗教を害さない限りにおいて、その存在を許す。

 例えば、それが祖神アティブを祀る大陸最大の“教会”であろうと、聖人を神と崇めるクシャイン教であろうと、復讐の女神(アルテーシア)を奉じようと、癒しの女神(ゼノビア)を信じようと、それが他者に害を齎さない限りにおいて許容してきた。

 また、他の国家に対抗する為の、高い武力も有名だ。

 草原での機動を重視した魔導騎兵団(マナガード)、王家直属の弓騎兵団(アーチナイト)など。草原を主戦場に据えた兵力を備えるシュシュヌ教国は、間違いなく付近一帯に影響を及ぼす強国の一つである。

 かのゲルミオン王国ですら、その力には一目置き、友好的な関係を築く配慮をせねばならない程に。

 そしてシュシュヌ教国は交通の要衝でもある。

 南へ行けば、最近きな臭い自由都市群。北へ行けば、象牙の塔を有する北国オルフェン。東へ行けば、妖精族を保護する小国家フェニス、農業国家グラリオ、鉄の王国エルファらの小国家群。

 そして聖王国アルサスと海洋国家ヤーマ。

 それぞれの国へと街道を繋げるシュシュヌ教国は、ギルド発祥の地としても有名だった。

 冒険者組合(ギルド)が創設されたのは、ほんの100年程前のことになる。

 有用な人的資材の確保と冒険者と呼ばれる者達の地位向上を謳い、当時大傭兵団を率いていた英雄ギーネ・オーレンの発案により誕生した。

 冒険者ギルド発足の理由に関しては、後の大商人ハルベルト・ラークとギーネ双方の思惑が発端と言っていい。

 当時、既に技術の独占と商売人の保護を謳った商業ギルドが発足しており、その最盛期にあった。商人達は王家や貴族の保護下に入り、商品──すなわち武器、防具、食料品、生活用品、又はそれらの加工技術及び製造技術を独占し、価格の統制を実施していた。

 その勢いは凄まじく、商業ギルドに加盟しない商人は王都から商店ごと追い出されるという程にまでなっていた。

 貴族や王族、当時の権力者達と結び付いた商業ギルドは、職人達を安く雇用し、非常に高い価格で商品を販売していたのだ。

 同時に、既に流通していた魔獣を材料とした製品を調達する為、傭兵を格安で雇用し、素材集めをさせていた。

 その頃、シュシュヌ教国と当時の東の大国ランセーグの戦いに終止符が打たれ、ランセーグは崩壊。後に小国家が乱立する原因ともなった10年戦争が終結し、大量の傭兵が路頭に迷うという混迷した状況だった。

 切っ掛けは、ギーネの友人が商業ギルドから請け負った仕事で命を落としたことだったと言われている。

 商業ギルドのあまりの横暴ぶりと世情の混乱、行き場の無い傭兵達の盗賊化。この当時の有力者達に顔が利いた英雄ギーネは路頭に迷う傭兵達を集め、冒険者ギルドの設立を宣言。

 傭兵ギルドとしなかったのは、ギーネの新しいものに挑むとの心意気だと言われた。

 当時新興商人だったハルベルトと独占契約を結び、商業ギルドに対抗した。職人達を集め、素材の収集から魔獣の討伐、果ては戦争への傭兵派遣業にまで手を出すという辣腕を発揮する。

 ハルベルトは行商人などの、商業ギルドに加盟していない商人を糾合。

 大々的に反商業ギルドの旗を掲げ、ギーネ率いる冒険者ギルドと連携して、その勢力を拡大する。

 その後10年に渡りハルベルトとギーネは協同戦線を張り続け、遂に商業ギルドは白旗を上げざるを得なくなった。

 人間の領域の周りには未だ未踏破の区域が多かった。そこで取れる貴重な素材は、いくら金を積んでも冒険者ギルドが奪って行ってしまうのだ。

 商業ギルドと手を結んでいた筈の貴族達でさえ、10年戦争に疲弊していた。

 とある有力者がギーネに脅しをかけた際、ギーネはこう言い放った。開拓した新興の収穫地を明け渡せと脅す貴族に。

「宜しい。ならば戦争だ。10年戦争で我々が上げた首の数だけ、貴公らも損害を覚悟されよ」

 翌日にはその貴族の領地に100人からなる冒険者が旅姿で現れたというから、その勢いが知れる。ギーネと冒険者ギルドの本気を見せつけられた貴族は、震え上がって詫びを入れた。

 ギーネがそれ程の無茶をやってのけることが出来たのは、当時の有力者達が10年戦争を生き抜いた者達であったことが大きい。

 当時、傭兵としてシュシュヌ教国側の各戦線を駆け回り、有力者達を文字通り身を楯にして支えたギーネだからこそ、半端な貴族などに噛み付かれても屁とも思わなかったのだろう。

 ギーネのことをかけがえのない戦友だと言う者は多かった。

 また現実的に、冒険者ギルドが潰れれば嘗ての傭兵達がまた路頭に迷うというのもある。

 常に武器を持ち戦いを生業とする彼らが路頭に迷えば治安の悪化に繋がり、多大な治安維持費が嵩むと有力者達が判断した為だ。

 また、ギーネの下に集った冒険者も名だたる者ばかりだった。

 当時の傭兵の内、名の知れた者の殆どが参加したと言って良い。

 片腕の傭兵ヨーツ・ガース。魔剣士ヘルベルム。弓王ファルム・ガスティア。炎の魔術師イザーク。

 まるで綺羅星の如くに錚々たる面々を揃えた冒険者ギルドは、一貴族の抱える兵力に勝るとも劣らない程の力を有していた。

 商業ギルドとの対決に勝利した冒険者ギルドは、その活動を国内の隅々にまで行き渡らせる。

 国が行うには手が足りず、かといって民間では経費が跳ね上がる。そういった案件に冒険者ギルドが介入し、依頼として対処する。

 特に魔獣の討伐などは、徹底的にやろうと思えばそれこそ国の財政すら傾きかねない。あるかどうかも分からない財宝を求める探検、新興収穫地の開拓や警護、魔窟の調査、迷子の捜索から郵便配達、果ては街中の清掃に至るまで。

 冒険者ギルドの活動はシュシュヌ教国のみならず隣国のゲルミオン王国、小国家郡、自由都市群など、様々な場面で活用されるようになって行った。

 商業ギルドとの和解後はハルベルトとの独占契約を解除し、新たな商業ギルドと連携して冒険者の得た素材の売り渡しなどの業務の提携を図りつつ、順調に勢力を拡大していった。

 そして現在、冒険者ギルドは大陸における国家の殆どに支部を置く巨大な組合へと成長を遂げていた。


◆◆◇


 シュシュヌ教国の 冒険者組合(ギルド)は首都リシューの商業区の一等地を占有し、そこに本部を構えている。

「で、でかい……」

 茫然とその建物を見上げる青年に、プエルは苦笑する。

「元々商業ギルドに対抗する為に作られたので、いざという時は要塞として使えるようにしたらしいですよ」

 頷く青年と少女を連れて、プエルは中に入って行った。

 隣で目を見張る二人を感じながら、プエルは静かに様子を伺う。風神の恩寵により以前よりも強化された聴力は、音を拾うだけで周囲の情景を脳裏に描けるまでになっていた。

「正面のカウンターで手続きが出来る筈です。私はここで待っていますので」

 そう言って、プエルは空いている椅子に腰掛けると周囲の音を拾う。近くのテーブルで冒険者同士がぼそぼそと話している声。装備の擦れる僅かな音から人が歩く度に軋む床の音まで、彼女の耳で拾えないものはない。

 ただ、それだけでは肝心な情報を得る前に頭が対応しきれなくなってしまう為、彼女は音の入ってくる指向を絞り、冒険者が会話しているものだけに耳を傾ける。

「赤の王が最近勢いを増しているらしい。何でも、ウェブルスの短剣を傘下に収めたとか」

「冗談だろう? ウェブルスの短剣って言やぁ、暗殺請負で名の通った血盟だぞ?」

「赤の王の盟主が馬鹿みたいに強いらしくてな。それ以外にも、一線級の戦士やら魔法使いやらも揃えて来てる。こりゃ──」

「プエルさん!」

 他人の会話に聞き耳を立てていたプエルは、呼ばれる声に反応して顔を上げる。

「ああ、すみません。登録は終わったようですね」

「ええ、問題なく」

 頷く少女に、プエルは提案をする。

「では、宿を取りましょう。仕事はそれから探すのが良いと思います」

「はいっ!」

 まるで自由への飛翔(エルクス)に居た時の、新人の教育係のようだとプエルは苦笑して、宿を探しに街へ出る。程なくして一軒の宿を見繕うと、部屋を一つ借りて外へ出る。

「そういえば手続きの時に聞かれたんですが、血盟の所属って何なんでしょう?」

 青年の声に、プエルは頷く。

「そうですね……。手頃な依頼が無いようなら宿で話しましょうか」

 彼らが探しているのは東へ向かう依頼だった。郵便の輸送などが最も手頃だが、早々都合良くあるものでもない。それに冒険者組合(ギルド)に対する信頼(ランク)の問題もある。

 流石のプエルと言えども、盲目では紙に書いてある内容までは読み取れない。

 青年が依頼を読み上げ、二人の実力を考慮した上で受ける物を決めねばならなかった。

 結局その日、彼ら3人が受けるに相応しい依頼はなく、食事を摂ると宿に戻らざるを得なかった。


◆◇◆◆◆◆◆◆

挿絵(By みてみん)

◆◇◆◆◆◆◆◆


 血盟──これが出来始めたのは、ギルドの創設から40年程経った後だった。

 冒険者同士で魔獣を狩る為に共同戦線(パーティー)を組むのは良くあることだったが、寄せ集めの人員で強力な魔獣を狩るのは非常に困難を極めた。

 現に傭兵を母体としていたギルドの構成員は創設から40年を経る頃には数える程しか残っていなかった。いや、寧ろこのような過酷な職業で40年近くも第一線で活動出来る、化け物じみた者達が数えられる程残っていた事が奇跡なのかもしれないが。

 魔獣を狩る際に、最も気を使うのが参加する者達の構成と職業だ。

 前衛を誰が引き受けるのか? 得意な得物は何か? 後衛の魔法使いは何の魔法が得意で、どの程度まで敵を倒し続けられるのか?

 その当時は、大体の場合熟練の冒険者がリーダーを引き受け、その下で共同戦線(パーティー)を組み、魔獣を狩っていたのだ。

 そしてその内、ギルド設立当初から第一線に残っていた化け物の一人、至高の槍と呼ばれたセルゲド・ハーケンにより組織されたのが、最初の血盟『黄金の祝杯』だった。

 至高の槍セルゲドと彼を慕う熟練者。老若男女問わず優秀な冒険者が集まり、己の血を盟約の証として杯に注ぎ、酒と共に酌み交わしたのが血盟の始まりだとされている。

 そしてその絶大な力は、当時開拓されたばかりの北方で甚大な被害を齎した、“オークの狂化”と呼ばれる魔物の大暴走の際に証明されることになる。

 セルゲド率いる血盟黄金の祝杯は、次々と崩れるパーティーを掻き分け、見事狂化したオーク達を防ぎ止めることに成功したのだ。

 それより後、黄金の祝杯を真似て数多の血盟が設立しては消えていき、その中から力のある血盟が頭角を現すという、血盟黄金期と言って良い時代が到来した。

 有名な所では、亜人と妖精族を受け入れている誇り高き血族(レオンハート)。各国の傭兵依頼に最も多く応える戦乙女の剣(ヴァルキュリア)。この二つの血盟のように、構成員1000名以上を抱える大規模なものもある。

 ただ、巨大な血盟はそれだけ管理も煩雑になってしまう為、主流は中小規模の血盟だった。

 世界各国を回り、様々な依頼を請け負う飛燕(スワロー)。南部砂漠地域でのみ活動する赫月(レッドムーン)。新興血盟を纏め上げ、傘下に加える連合血盟赤の王(レッドキング)、そして東部を舞台に力を着けた自由への飛翔(エルクス)

 数え上げれば切りがない。

 このような有名な血盟に加盟するということは、冒険者組合(ギルド)に対して、一定の信用を得るということになる。

 日雇いに近い一般的な冒険者達にとって、ギルドに対する信用というものは得られる報酬に直接響くのだ。

 ギルドに対する信頼(ランク)というものは、決して実力を示すモノではない。ただし、実力が無ければ信用は得られないというのは、どんな仕事にも当てはまる不変の事実ではある。

 これはあくまで、ギルドの定めた規則に対しての信用度である。

 つまり、この人物ならこの仕事を任せても問題ないと安心できる目安なのだ。

 5段階用意された5~1のランクに、ギルドの直接指名を示す特殊任務の6ランク。実力があっても、ギルドに対する信用がなければ1ランクの仕事しか受けられないのだ。

 無論、例外と裏道は存在する。

 その例外の一つが血盟に所属することだ。

 今まで築き上げてきた血盟の信頼を元にして、より高いランクの仕事を受けることが出来る。失敗すれば血盟の信用が落ちる為、所属させる盟主も無茶な依頼はさせないのが常識だった。

 そして裏道と呼ばれるのが、各国の保証である。

 ギルドは人間の国々と密接に繋がっている。傭兵の雇用、魔物の討伐や魔獣の駆除、未踏破区域の探索など手間と人手は掛かるものの、儲けになるかどうか分からない仕事を肩代わりする為だ。

 国家からの強力な推薦があるなら、高位ランクの仕事を請け負うことも可能なのだ。

 ギルドからの信用度の高い人材は、同時に国への貢献度の高い人材として認知され、王や貴族の目に叶えば直接召し抱えられることもある。

 最もそれを手広くやっているのが、未踏破区域を多く抱える西方のゲルミオン王国だった。

 聖騎士という、ゲルミオン王国の武官の最高位まで成り上がったガランドは上昇志向の強い冒険者達にとっての理想であり、憧れの対象と言っても過言ではないのだ。


◆◆◇


 3人は、首都リシューから東に向かう街道沿いを歩いていた。

 近隣の村での魔獣駆除の仕事を請け負ったのだ。

「俺、英雄になりたいんですよ!」

 期待に満ちた表情で意気込む青年に、プエルは無表情を取り繕う。一方で少女は、そんな青年に呆れるように溜息をついた。

「いつまでも子供みたいなこと言わないでよ」

「馬鹿、これは男の夢の話をだなぁ」

「馬鹿じゃないし!」

 戯れ合いに似たやり取りが始まり、プエルは苦笑する。

「冒険者の英雄って、どうやったらなれるんですか!?」

 勢い込んで尋ねる青年に、プエルは頬に風を感じながら口を開く。

「そう、ですね……。先駆け争いというものがあります。それを征する人は皆英雄と言って良いのではないでしょうか? 少なくとも、率先して仲間達を引っ張って困難に立ち向かえる人は英雄の資質があると思いますね」

 プエルの脳裏に浮かぶのは血盟に入って暫く経った頃、ある魔窟(ダンジョン)を攻略する際の盟主トゥーリ・ノキアの背中だった。

 誰もが二の足を踏む魔窟に、先陣を切って進む勇敢さ。

 危険な場所だからこそ自分自身が前に出ようする彼の姿勢に、プエルは眩しく尊いものを見たのだ。

「先を急ぎましょう。魔獣は夜になると凶暴化します。それに報酬は多い方が良いでしょう?」

 ギルドから旅費などが支払われる筈もない。全て自分で工面し、受け取った報酬の中から旅費と自身の為の資金を得なければならないのだ。当然、行程が短ければその分、自分の得られる金額は大きくなる。

 頷く二人と共に、プエルは村へ向かった。



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