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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
208/371

ピエーナ平原の激突Ⅲ

 ゴブリンは王に率いられてこそ、その真価を発揮する。

 いくら巧みな指揮技術で彼らを率いようと、勇猛果敢な将が率いようと、ゴブリンの王には敵わない。

 それを証明するかのように、陣頭にゴブリンの王の姿が見えた途端、各ゴブリン達の眼の色が変わった。

「どうしたラーシュカ。もう限界か?」

 不敵に笑うゴブリンの王の姿に、ラーシュカは鼻を鳴らして立ち上がる。

「この程度、死地の内にも入らんわ!」

 全身に浴びた血をぶるりと振い落として、ラーシュカは吠える。

「戦列を立て直して、すぐさま追い付いてやるからな!」

「応、期待しているぞ!」

 黒緋斑の大剣(ツヴァイハンダー)に黒の炎を宿らせると、ゴブリンの王は全軍に響くような声で号令を下す。

「奴らに、我らの力を思い知らせるッ!」

 その声に、隣接する部隊を指揮するギ・ヂーは大きく頷いた。

「陣形を立て直して、王の突撃に合わせる! ギ・バー、ギ・アー、ギ・イー! 遅れるな!」

 また更にその隣で、無理を押して戦うギ・グーにもゴブリンの王の声は届いてた。

「王が、前線に出られる……!」

 怪我をした足を殴り付け、朦朧とする意識を覚醒させる。

「怪我の痛みなどに負けてなるものか! 貴様ら、突撃だ! 王の後塵を拝するようなら、先陣を任された我らの名折れだぞ!」

 部下を叱咤して、最前線へと足を進める。突き出される槍を斧で叩き折り、突撃してくる人間を長剣で叩き斬る。

「昨日の敗北を奴らに突き返してやれ!」

 怒りで痛みを塗り潰し、ギ・グーは果敢に攻め始めた。

「怪我をして動けぬ者は後方で待機だ! 動ける者だけであの騎馬隊を貫く!」

 戦車隊からの魔法攻撃で一旦後方へと引き下がっていたパラドゥアゴブリン。更には牙と人馬の亜人達までもが、編成をし直して再度の突撃を敢行しようとしていた。

 パラドゥア騎獣兵を率いるハールーの声の下、彼らは動き出していた。

「我らが王の露払いをせよ! 御前に敵を近付けさせるな!」

 黒虎に騎乗したギ・ガー・ラークスが歴戦の“傷モノ”達を率いて、王を守る。黒虎と呼吸を合わせた長腕による強力な一撃は、鉄の防具で身を固めた人間達を易々と串刺しにしていく。

「王の近衛を自称するのなら、道連れにしてでも奴らを殺せ!」

 本来なら、片腕や片足を失った時点で群れから切り捨てられてもおかしくなかった“傷モノ”達は、それでも尚自分達を率いてくれる王に報いる為、ギ・ガーの檄と共に己の身を顧みず敵に向かって行く。

 その攻撃の苛烈さは、勇猛を誇るガイドガに並ぶ程に猛々しい。

「王の道を切り開け! 邪魔者を排除せよ!」

 ギ・ザー・ザークエンドの率いるドルイド部隊が、王の前に展開しようとする歩兵に風弾と水弾をぶつけて吹き飛ばす。

 崩れたと思ったゴブリン達が急に息を吹き返して来たことに、歴戦のゴーウェンの背に冷たい汗が滑り落ちる。

「……有り得ぬ。だが」

 限界を迎えていた筈のゴブリン達の、驚異的な突撃と粘り。

 だが今は、現実逃避をしている場合でも焦っている場合でもなかった。奥歯を噛み締め、その現実を受け入れる。

 ゴブリンと人間側の双方が攻撃に転じた為、人間側の陣形が崩れ始めていたのだ。崩れたガイドガを押し潰す為に歩兵を突入させたのも悪手だった。

 迅速な対処をしなければ歩兵の戦列が突き破られ、この戦線が一挙に崩壊する。

「出るッ! 態勢はこの状態を維持せよ!」

 事、ここに至ってはゴーウェンにも策と呼べるほどのものはない。

 手持ちの札は全て切ってしまっている。どこの部隊にも余力などある筈がない。

 ならば、最後の手札として自分自身を切るしかゴーウェンには手段が無かった。

 ゴブリン全体の勢いを強めているのは、あの王級のゴブリンだ。それを止めれば未だこの戦に勝機はあると信じて、ゴーウェンは騎馬を駆けさせる。

「あまり得意ではないが……」

 騎馬に乗ったまま弓を構えると、陣頭に立つゴブリンの王を狙う。

「死ねィ!」

 気迫と共に放った矢は、黒虎に乗るギ・ガー・ラークスによって撃ち落される。

「そう簡単に、王の御前に進ませると思うたか!」

 舌打ちと共に馬を駆るゴーウェンに対して、王の前に立ち塞がるギ・ガー・ラークス。

「退けィ!」

 馬上で槍を振るって打ち合うも、ギ・ガーの腕力と黒虎との息の合った動きで遮られてしまう。

 互いに槍を突き出し、捻り込み、薙ぎ払い、己の持てる技術の粋を尽くして打ち合う。槍同士の応酬を続けること30合。激しい戦いに、次第に周囲の目が集まり始める。

 ゴーウェンは、焦りを募らせていた。

 一刻も早くこのゴブリンを突破し、目の前のゴブリンの王を倒さねば、西方領主軍の勝利はない。それどころか、刻一刻と敗北の時が近付いてさえいる。

 技術は互角か、僅かにゴーウェンが上だった。

 しかし、死線を生き抜いてきたギ・ガー・ラークスの粘り強い槍捌きに、ゴーウェンの焦りは加速していく。

「おのれッ! ぬッ!?」

「敵の指揮官か!? 我が風の餌食となれ!」

 一瞬の焦りを突かれ、ギ・ザーの風の魔法がゴーウェン目掛けて放たれる。視界の隅に映る風の刃を槍先で払い除ける。

 その僅かな隙にギ・ガー・ラークスの槍の一撃が捩じ込まれ、ゴーウェンの肩を掠めた。

「くっ!?」

 掠めただけとは言っても、ゴブリンの、しかもナイト級のギ・ガーの一撃である。そのあまりの威力に、ゴーウェンは落馬する。背中を強かに打ちつけるゴーウェンの背後に、予備兵力として投入されていたギ・ジー・アルシルが忍び寄る。

「……ッ!」

 馬の影から気配を消して忍び寄ったギ・ジーの短剣が、ゴーウェンの喉首を狙って突き出される。

「そのような小細工がッ!」

 咄嗟に長剣を抜いて短剣を防いだゴーウェンは、力任せにギ・ジーを弾き飛ばす。無言のままゴブリンに紛れて消えるギ・ジーに舌打ちした。

 騎獣に乗るギ・ガーに対して長剣を構えるゴーウェン。互いに無言で隙を窺う。

 戦の喚声が響く中、先に仕掛けたのはゴーウェンだった。

 長剣を片手で構えたまま、ギ・ガーに接近する。その跳躍に近い速度に、ギ・ガーは思わず槍を突き出す。

「なに!?」

 驚愕の声はギ・ガーのもの。

 槍を長剣で弾いて駆け抜けざまに騎獣に一撃を加えると、ゴーウェンはギ・ガーを相手にせずゴブリンの王へと向かう。

「……ッ!」

 王に向かうゴーウェンの姿を確認したギ・ジー・アルシルが背後から襲おうとするが、飛び掛かろうとした瞬間、後ろも見ずにゴーウェンの長剣が振るわれる。

 短剣を楯に何とかその一撃を凌ぐが、短剣は半ばから折れ、使い物にならなくなっていた。

「くそっ!」

 そこで初めて罵声を吐き出すと、ギ・ジーは次の獲物を狙いにその場を去る。

 何よりも、王が負ける筈がないと確信した上でのことだった。

 戦列を離れ、孤軍奮闘するゴーウェンの足は止まらない。ゴブリンの王を目指し、遮るゴブリン達を目に付く端から斬り倒す。

「……見つけたぞ、ゴブリンの王!」

 漸くゴブリンの王の下へと辿り着いた時、ゴーウェンは無数の手傷を負っていた。だが決してその気力は衰えていない。まるで手負いの獅子のような気迫を漲らせ、ゴーウェンはゴブリンの王と人間の兵士達の間に立ち塞がる。

「これ以上、貴様らの好きにはさせぬ!」

 長剣にこびり付いた血を振るい落とし、ゴーウェンはゴブリンの王に挑み掛かった。

「他の者は手を出すな! 目の前の敵を殲滅せよ!」

 目の前に立ち塞がる敵の指揮官の姿に、ゴブリンの王は側近達に指示を出しながら黒緋斑の大剣を構えた。

 1対1での決闘を作り出し、その間にも人間側への攻撃は止めることはない。

 ある意味ゴーウェンが最も恐れていた命令を下し、ゴブリンの王は大剣に黒の炎を宿らせる。

「させぬ!」

 この状況でも、ゴブリンの王を早期に撃破してしまえるなら戦局は逆転可能だとゴーウェンは考える。いくら手を出すなと命じられても、ゴブリンの王が早々に倒れるなら、その混乱は抑えきれないものになるだろう。

 最悪なのは、戦いを長引かせ、敵中に孤立してしまうことだ。

 早々に倒せないと判断出来たなら、即座に軍を返した方が良い。今のままではゴブリンに押し切られ、敗北を喫することになる。

 長剣を振りかざして、ゴーウェンが走る。ゴブリンの王が振るうのは大剣。人間が持てば槍の長さ程もあるそれを、まるで小枝か何かのように軽々と片腕で扱っているのだ。

 上段に構えたゴブリンの王が、走るゴーウェンとのタイミングを見計らってその大剣を振り下ろす。暴風を伴って地面に叩き付けられる大剣の威力は、命中すれば人間の体など一刀両断にしてしまえるだけの威力と速度を秘めていた。

 だがそれを、ゴーウェンは最小限の動きで躱す。風圧によって多少態勢を崩すも、走る速度は緩めない。一気に接近するゴーウェンに、ゴブリンの王は地面に叩き付けた大剣を更に横薙ぎに振るう。

 ゴブリンの王の正面に居た人間の兵士が、その迫力に思わず悲鳴を上げる。

「ぬ!?」

 ゴーウェンは、鍔元でそれを受け止めていた。元々体格が違う上に得物も違う。ゴーウェンとしてはゴブリンの王の懐に入るしかなかった。その懐に入ってさえ、ゴブリンの王の振るう大剣の威力を殺しきれない。

 大剣の鍔元で受け止め、その威力を減じた筈の一撃。

 腕に残る痺れを無視して、ゴーウェンは口元を歪めた。

 何はともあれ、接近しての攻防はゴーウェンの間合いの内だった。

「死ねィ!」

 振るわれた長剣がゴブリンの王の鎧を断ち切り、血を噴出させる。

 舌打ちと共に再びゴブリンの王の大剣が振るわれるが、振り下ろす前にゴーウェンが素早く移動し、その射程範囲から離れる。

 ゴブリンの体の構造上、大剣を振り上げはしても、自身の背中に振り下ろすことは出来ない。ゴーウェンは王の背中に回り込み、再び斬撃を見舞う。

 だが、浅い。

 斬撃はゴブリンの王に致命傷を与えるまでには至らない。火斑大熊(レッドベア)の外套によってその威力を吸収されてしまっていた。

「刃が立たぬか!」

 ゴーウェンの長剣は、神々の創りし古代の名剣とはいかなくとも業物であることには違いない。だが、如何に頑丈で切れ味があろうとも、長引く激戦の中でその切れ味は鈍っていく。

 ゴブリンの王にまで至る道筋において斬り伏せてきたゴブリン全てが、ゴーウェンを不利に導いているようだった。

 ゴブリンの王が背後を振り向く動きに合わせて、再度の一撃。脇の下から腕を斬り飛ばすつもりで斬撃を見舞う。だがこれも、ゴブリンの王が咄嗟に距離を取った為に薄く皮膚を斬ったのみ。

 ゴブリンの王の態勢が整わない内に、開いた距離を再び埋めようと突進。

 大剣を掻い潜り、喉目掛けて刺突を繰り出す。

 間合いの遠いゴブリンの王を貫く為の片腕での刺突。

「がっ!?」

 だが、掻い潜ろうとした大剣がゴーウェンの肩を直撃する。地面を抉った為に切れ味は殆ど無くなっていたが、その衝撃はゴーウェンの鎧を破壊し、骨まで達する一撃となる。

 体が沈み込み、突進の速度が鈍ったゴーウェンに再びゴブリンの王の大剣が振り上げられる。

 動かないゴーウェンに止めを刺そうと大剣を振りかぶった王の、その隙を突いて、再びゴーウェンが加速。折れた肩で王の喉首を狙う。

「ぬぅ!?」

 呻いた声は、ゴーウェンのもの。

 一か八かの賭けに負けたことをゴーウェンは悟らざるを得なかった。或いは彼が隻腕でなければ結果は違ったのかもしれないが、それを考える余裕はゴーウェンに与えられなかった。

 折れた肩で無理矢理突き出した刺突は狙いを大きく外し、王の肩に突き刺さる。

「グルゥゥウオォオオアア!」

 咆哮と共に勝負を決めるゴブリンの王の一撃が頭上より振り下ろされる。肩に刺さったままの長剣を抜く余裕はないと判断したゴーウェンは、その手を放して一気に離れる。

 黒い炎がゴーウェンの目前を通過する。

 態勢も整わぬ跳躍に体が付いていかず、ゴーウェンは後方へ飛び退いたままに倒れてしまう。

 ゴブリンの王の一撃によって、溢れる血が胸元から腹までを深紅に染めていた。あまりの威力に体が吹き飛ばされ、意識を一瞬失う。

「敵の指揮官は倒したぞ! 人間どもを追い散らせッ!」

 大剣を掲げて自軍を鼓舞するゴブリンの王に、ゴブリンの軍勢は沸き立つ。互角だった戦況が徐々にゴブリン側に傾いていた。

 対する西方領主軍は目に見えて動揺が走る。絶対の指揮官であるゴーウェンが、ゴブリンの王に敗れ重症である。事態を収拾出来る者が他に居ない為、各戦線ごとに対応を迫られる。

「……未だ、だ!」

 意識を取り戻したゴーウェンは、震える足で立ち上がる。

 それを見たゴブリンの王がゴーウェンを討ち取ろうと迫るが、先程恐怖に震えていた筈の槍兵達が槍を構えながら王の前に立ち塞がる。

「ゴーウェン様を援護しろ!」

 槍兵の小隊長の声に、恐怖と戦いながら人間達が前に出る。

 突き出される槍を弾き、歩兵を斬り伏せるが、その間にゴーウェンは更に陣営の奥へと運ばれていく。

 ゴブリンの王は舌打ちすると、直ぐに考えを切り替える。

 敵の指揮官には確かに重傷を負わせた、ならばここは一気に敵の戦線を崩す時だ。

 大剣に冥府の黒き炎を宿らせ、全軍に向かって吠える。

「突き破るぞ! 全軍、我に続けェ!」

 ゴブリンの王の前に立ち塞がる人間が、その巨躯による突進と振るわれる大剣の餌食になる。まるで無人の野を行くが如く、ゴブリンの王が陣頭に立つその突撃に、人間側は成す術無く侵蝕を許す。

 構えた槍衾を叩き潰され、振るう大剣の風圧だけで恐怖を呼び起こされる。

 更にゴブリンの王の後ろからは黒虎に乗ったギ・ガー・ラークス率いる近衛隊、ギ・ザー・ザークエンド率いるドルイド隊が王の切り拓いた道を広げていく。

 中央の戦線が突破され、互角だった戦況は既にゴブリン側の優勢となっていた。


◆◆◇


「ゴーウェン様!?」

 後方へと運ばれたゴーウェンの傷の深さに、小隊の指揮官達は顔を蒼くする。

「……くっ!? 戦況は?」

 尚も指揮を取ろうとするゴーウェンに、前線から戻った伝令が悲痛な声で告げる。

「ゴブリン側に歩兵の中央を突破されました。このままではっ……!」

 ぎり、とゴーウェンは悔しさに歯噛みする。

「撤退、する」

 痛む体に鞭打って、ゴーウェンは指示を出す。

「分断された、左翼は北回りに、西都を目指せ。右翼は南回りだ。騎馬隊は、健在、だな?」

 確認するゴーウェンの声に、小隊長が頷く。

「現在騎馬隊は敵の後方に回り込もうとしています。ですが、亜人どもとの交戦の上……」

 報告を遮って、ゴーウェンは更に指示を出す。

「騎馬隊、戦車隊に、撤退の支援、をさせよ。補給隊、荷は全て、捨てさせろ。弓隊は、後退しながら、矢を全て射尽くせ。その、後に撤退せよ」

 中央を突破されたなら、ゴブリン達はその余波を以って左右どちらかの部隊に襲い掛かるだろう。

「最悪、両翼どちらか、だけでも、撤退させよ」

 ゴーウェンの非情とも言える決断に、小隊長達は頷くしかなかった。彼らとて兵を指揮する立場である。ゴーウェンの判断以上に、自身の判断が正しいとは言い切れない。

「くっ……」

 全ての指示を出し終えると、ゴーウェンは再び意識を失う。

 残された彼らは蒼い顔をしたまま頷き合い、ゴーウェンの指示に従った。

「戦車隊を呼び戻せ! ゴーウェン様を逃がすのだ!」

 小隊長の指示でギ・グーの部隊を襲っていた戦車部隊が呼び戻され、ゴーウェンを運んで行く。魔法使い達の部隊も退がる味方を援護する為、留め置かれた。

「撤退、撤退だ!」

 その小隊長達の声に、今まで恐怖と戦いながらゴブリンと向き合っていた兵士達の戦列が崩れる。

 ゴーウェン・ラニードは守勢の人である。

 後退は前進よりも難しく、撤退は後退よりも更に難しい。

 指揮官たるゴーウェンを欠く西方領主軍は各戦線ごとに撤退をしようとしたが、それが如何に困難を極めるものだったのかは言うまでもない。

 ギ・グーの部隊を半ば押し込めていたとはいえ、戦いながら整然と後退行動を取れたのはゴーウェンが優秀な指揮官であることの証明だった。

 部下である小隊指揮官達も優秀な部類には入るが、全体を見渡せる程の力量を兼ね備えた者はゴーウェンの幕下には居なかった。

 結果として、彼らは各部隊ごとに撤退行動を取ることになる。

 だが、それを見逃す程ゴブリン達は優しくはなかった。ゴブリンの王自ら先頭に立ち、敵陣を突破したことによって士気は最高潮にまで上がり、各戦線のゴブリン達は逃げる兵士を追撃する。

 まるで羊の群れを狩るが如く、あれ程善戦していた人間側を蹂躙していく。

 逃げる兵士の背に槍を突き刺し、魔法で吹き飛ばし、倒れた兵士を念入りに串刺しにしていく。その追撃戦で最も熱狂的に彼らを追い込んでいったのは、人食い蛇のギ・バーである。

「逃ガスな! 一人も生キテ、帰すナ!」

 嘗て追われた憎悪そのままに、ノーマルゴブリン達を鼓舞して人間達を狩る。人間達の悲鳴を聞く度、彼らの血を浴びる度、ギ・バーは己の憎悪が満たされていくのを感じる。

「モッと、もっト、奴らを狩れ! 殺セ!」

 人間達を夢中で追いかけるギ・バーだったが、その追撃は途中で食い止められることになる。

「ゴブリン、死ねェええ!」

 撤退の支援を命ぜられた騎馬隊の突撃を受け、ギ・バーは歯軋りしながら人間達を見送ることになる。騎馬隊は数を50にまで減らしながら、撤退する味方の支援をする。

 追い縋るゴブリン達の横合いから突撃槍を揃えてその先頭を突き崩すやり方は、ゴブリン側にそれ以上の追撃を諦めさせざるを得なかった。

 だが、その騎馬隊も最後まで逃げ切ることは不可能だった。

「大した武勇だ、人間!」

 パラドゥアゴブリンの若き族長ハールー率いる騎獣兵に追い付かれた為だ。戦車隊の駆逐に追われていたパラドゥアゴブリンだったが、追撃した各部隊が騎馬隊の襲撃に遭っているのを確認するや、戦車隊を打ち捨てて騎馬隊を追ったのだ。

「奴らか! ふん、最初から最後まで良く喰らい付いてくるッ!」

 死地において更に気力を漲らせる小隊長が、突撃槍を掲げる。

「奴らを殺して、コルセオ殿に捧げる武勲としよう! 平原で我ら騎馬隊に敵はない!」

『応!』

 続く騎馬兵達も、今では若き小隊長に絶対の信頼を置いている。

「続けッ!」

 一騎で飛び出す小隊長に、穂先を揃えて騎馬隊が追従する。

 その様子を見ていたハールーも槍を掲げる。

「パラドゥアの勇士達よ! 槍先に命を賭けよ! 我らの武を遮る者は、死あるのみだッ!」

『応!』

 ハールーも一騎で飛び出し、後に続く騎獣兵達が楔形の陣形を取り、騎馬隊に向かい加速する。

「死ねぇ、ゴブリン!」

「──貰ったッ!」

 突撃槍がハールーの脇腹を掠める。吹き出す血をものともせず、ハールーの振るう槍が小隊長の首を薙ぐ。

 勢い良く血を吹き出しながら、刎ねられた首が宙を舞う。

「突撃だッ!」

 ハールーの声と共に、勢いを増した騎獣兵が騎馬隊を駆逐していった。これが人間側の最後の抵抗となり、後は追撃戦による一方的な蹂躙になる。

 血で染まる平原を見渡し、逃げていく人間達の姿を認めて、亜人達は声を上げて泣いた。

「やったぞ! 人間達を追い払った! ちくしょう、見てたか、ハリードォ!」

 嘗ての英雄の名を叫び、ミド達牙の一族は天を仰ぎ吠えた。

「ダイゾス! グルフィア! お前達の……うおぉおお!」

 それ以上言葉にならず、人馬族の族長ティアノスもまた、叫びながら天を仰いだ。

 後にピエーナ平原の戦いと呼称される戦いは、ゴブリン側の勝利で幕を閉じた。

 死傷者数はゴブリン側が400、人間側が1000を数えるなど、激戦と言ってよい戦いだった。この後、重傷を負ったゴーウェンは西都に撤退し、ゴブリン側は更なる圧力を植民都市と西都側に掛けることになっていく。

 未だ人間の拠点は点在するが、ゲルミオン王国西部の覇権はゴブリン側に大きく傾いた。

 穏やかな日差しの続く、トゥラの月初頭のことである。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんだろうね。この作者は、主人公目線よりも敵側目線が多すぎる。あ、人間だからか。ならゴブリンを主人公にするのやめればいいのに。
[良い点] すごい臨場感でした!素晴らしいです!
感想一覧
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