ピエーナ平原の激突Ⅱ
『グルウゥゥゥオオオオアオオアオアアァァ!!』
ゴブリンの軍勢の一斉の咆哮は、新兵の多いゴーウェン軍の士気に多大な影響を齎した。
地響きを立てて迫り来る異形の群れ。
楯で視界を塞ぎ槍を構えてみても、足元から伝わってくる振動が、心臓を鷲掴みして動きを封じられたようだった。
「耐えよ! 聖騎士ゴーウェン・ラニードはここにある! 勝利の栄光を、その槍先に掴み取れ!」
ゴーウェンも、ゴブリンの咆哮に気圧された兵士達を鼓舞する為に声を張り上げる。ゴーウェンの声を聞いて幾分か士気を取り戻した兵士達は、何とか陣形を崩さずにその咆哮を耐え切った。
だが、人間はそうでも動物は違う。
騎馬隊は既に離れていた為無事だったが、待機していた戦車隊の馬達が興奮のあまり暴れだし、ゴブリン側と接触する前に混乱状態となっていた。
「馬を落ち着かせよ!」
中隊長の怒鳴り声に、御者達が慌てて馬を落ち着かせる。
何とか馬を落ち着かせて御者達が動き出そうとした時には、目と鼻の先に亜人達が迫って来ていた。
「退きやがれ!」
牙の一族を率いる暴虐のミドが、怒りの咆哮と共に戦車隊に突っ込む。続いて迫ってくる牙の一族と人馬族。
「牙に後れを取るな! 汚名返上の機会ぞ!」
ダイゾスの後を継いだ人馬族の族長ティアノスの声に、続く人馬族が槍を掲げて戦車隊に襲い掛かる。
「戦車隊が動く前に取り付かれたか……! 魔法隊、優先的に戦車隊を援護せよ!」
動き出した前線にゴーウェンの指示が飛ぶ。
その高い身体能力で戦車隊に突撃していった牙の一族は、馬を殴り飛ばし、乗っている人間を地面に引き摺り倒して戦う。牙の一族が戦っている中をシンシア率いる灰色狼が駆け抜け、混乱を一気に広げていった。
「敵、正面に接近!」
その報告にゴーウェンは視線を正面に向ける。
「弓隊、援護射撃! 目標正面の敵!」
魔法で防がれるのは計算の内。矢を振らせ続ければ何れ敵の魔法の力も尽きると踏んでのゴーウェンの判断だった。断続的に降り注ぐ矢の雨に、ゴブリン側はシルフの風の防壁で対処する。
「昨日を思い出せ! 奴らは決して我らの楯を越えられん!」
歩兵隊の小隊長の言葉に、兵士達はギ・グーの軍を打ち破った時のことを思い出す。丘の上から勢いの付いたゴブリンの突進にも耐えることが出来たのだから、平原での突進など恐れるものではない。
気持ちを落ち着かせた兵士達は、槍を持つ手を握り直した。
だが、ゴーウェンも含めて人間達は一つ勘違いをしていた。それは、その日ゴブリンの王が戦線に並べていたのが現時点でゴブリン達の誇る最高戦力だという事実。
「我、暴威を纏わん!」
ゴブリンでも屈指の力を持つガイドガの族長ラーシュカの黒光が、槍と楯を構えた人間の戦列に突き立つ。
「踏み潰せッ! ガイドガの猛者どもよ!」
楯の上から振るう棍棒が人間の腕を叩き折り、鉄兜を頭蓋骨ごと粉砕する。
「死ネ、人間どモめェェエェ!!」
怒りに我を忘れた“人食い蛇”ギ・バーが咆哮を上げ、人間の戦列を食い破る。
「今だ! 一斉に放て!」
今まで防御を妖精族に任せ、攻撃に備えていたドルイド部隊が一斉に魔法を放つ。風と水を中心とした攻撃が楯を吹き飛ばし、鎧をひしゃげさせていく。
「……押し込まれているな」
激突した戦列を確認しながら、ゴーウェンは次の指示をどのタイミングで出すか図っていた。
人間側から見ると、中央と右翼が押し込まれている形になる。
ゴブリン側から見れば、ギ・ヂー率いる中央から最左翼の亜人の部隊が善戦しているということになる。
「騎馬隊は善戦しているようだが」
人間側から見て左翼、早期に突撃を開始した騎馬隊が正面からゴブリン側の騎獣兵と衝突している。数で勝る騎馬隊が、有利に戦局を展開しているようだった。
「後衛軍、第3小隊は戦車隊の援護に回れ!」
ゴーウェンがよくよく目を凝らせば、左翼の中央付近で戦っているのは昨日打ち破ったゴブリンに違いない。その部分の衝撃力は未だに弱く、人間側に余裕がある。
故に、ゴーウェンはギ・グー率いる南方ゴブリンに攻められている後衛軍を、未だ混乱から立ち直れない戦車隊の援護に回した。
一方、ゴブリンの軍勢を率いる王は苦戦するパラドゥアゴブリンの様子を視界に収めつつ、未だ勝機を探っている状況だった。
「王よ。必要であるなら、我らパラドゥアの援護に向かいますが」
予備兵力として待機しているギ・ジー・アルシルの暗殺部隊。総勢100に満たぬゴブリン達であったが、その部隊を率いるギ・ジーは我慢できないと言わんばかりに王に進言する。
「無用な心配だ、ギ・ジー。パラドゥアを率いるのは族長であるハールー。強く誇り高い男だぞ」
「……それが王のご命令とあらば」
頭を下げて意見を取り下げるギ・ジーから視線を外すと、王は黙って戦局を見守る。
「続けェ! パラドゥアの騎獣兵の力を人間に思い知らせてやれ!」
長槍を頭上で一回転させると、手綱を手放して両手で槍を構える。
人間の騎馬隊が前に突出したのと同時に、ハールー率いる騎獣兵達は昨日の決着をつけようと黒虎に加速を命じる。
ハールーを中心に楔形の陣形を取ると、同じく楔形を取って向かって来る騎馬隊に突撃する。
「グルゥゥオオアア!」
「死ねぇええぇえ!! ゴブリン!」
瞬間、すれ違う騎馬隊の小隊長とハールーの間で槍と突撃槍が交差し、火花が散った。
「仕損じたか!」
「くそっ!」
一匹と一人は同時に舌打ちし、続いて向かって来る敵を薙ぎ払う。
騎馬は足を止めると再びの加速には距離が必要になる。それは騎獣も同様であった。だが、次々と迫る来る敵に嫌でもその速度は落ち、乱戦へと突入していく。
騎馬の足を止めての打ち合いから各個の判断によって交戦し、如何に足を止めずに敵を倒すかが課題となる。
下手に後ろを見せれば敵に追撃の機会を与えることになる。故に最初の突撃で双方決めきれなかったのは、どちらにとっても誤算だった。
◆◆◇
半刻後、両陣営は一進一退の攻防を繰り広げていた。
ゴーウェンは押し込まれていた戦車隊の援護に投入された歩兵小隊と魔法部隊により、混乱していた戦車隊を立て直すことに成功する。
一方のゴブリン側も、ガイドガ氏族とギ・ヂーの軍を中心として、歩兵の中央を侵蝕していた。
「亜人に槍は不利だ! 長剣構え!」
激しさを増す戦場でゴーウェンの指示を仰ぐ暇もない各小隊長達は、各々の判断で戦わねばならなくなっていた。戦車隊の支援に向かった歩兵小隊が、武器を長剣に切り替え、動きの速い牙の一族に対抗する。
「戦車隊、出撃! 敵の後背を突け!」
戦車隊の混乱が収まったと見たゴーウェンは、彼らに敵の後背を突かせ、戦局全体を有利に導こうと考えた。包囲される危機意識をゴブリンに植え付け、中央に食い込む速度を緩めようとの意図だった。
「戦車隊出撃! ゴブリンどもを馬蹄に掛けろ!」
中隊長の号令の下、戦車隊が動き出す。
突出する間もなく一時ゴブリンに押し込まれていた戦車隊だったが、その意気は依然高い。寧ろ今まで抑え込まれていた鬱憤を晴らすかのように、馬に鞭を打って加速していく。
「あれを自由にするな! ミド殿、ここは任せるぞ!」
人馬族の族長ティアノスの号令の下、人馬族約100が彼に従って戦車隊に向かって行く。
「抑え込むぞ! 並走しながら敵を狙え!」
戦車の上の人員に槍を突き出す人馬族だったが、思わぬ反撃を食らうことになる。
「投槍、放て!」
戦車隊の利点は、騎馬隊に比べれば機動性には劣るが、様々な武器を戦車に積み込むことが出来る点だろう。
戦車の上から投げられる投槍が、接近しようとする人馬隊に思わぬ被害を与えることになった。
「このままでは……」
一旦、距離を取るティアノス率いる人馬族に対して、戦車隊は更に後方へ回り込もうと加速する。
「どうしたァ、ティアノス! そんなんじゃァ、人馬族の名が泣くぞ!」
全身に血を浴びて目を血走らせたミドが、狂猛な笑いを張り付かせてティアノスと合流する。
「勝負はこれからだァ!」
雄叫びを上げると、牙の一族を率いて投槍が止まった間合いを見定めて戦車隊に走り寄る。
「くっ……人間の歩兵は……いや、今はそれどころではないか! 牙の一族に後れを取るな!」
「ウゥォオオオン!」
灰色狼を率いる湖畔の淑女が咆哮を上げると、灰色狼達が牙の一族の前に出る。小柄な赤狼、土色狼達が巨大な灰色狼の足元を駆け抜ける。
「狼だと!? 弓だ!」
投槍に続いて戦車から取り出されたのは弓。元々騎馬隊が母体であった戦車部隊は槍の扱いに関しては得意だったが、弓の訓練をするようになったのはこの数か月の間。それでも騎乗で弓を射るよりは随分と扱い易い。
ギリギリまで引き付けてから射られた矢が、走り寄る牙の一族と彼らと共に駆ける灰色狼に突き刺さる。巨躯を誇る灰色狼達に矢は集中するが、その合間を縫って小柄な狼達が戦車に乗る人間達に襲い掛かる。
「くそっ!? ぎゃ!」
喉首を噛み千切られ、悲鳴を上げて戦車から落ちる兵士。狼の一波が戦車隊を通り過ぎると同時に、再びシンシアが咆哮を上げる。戦車部隊に襲い掛かる灰色狼達が、文字通り獲物の横腹を喰い破って通り抜ける。
「お嬢、ありがとよォォ! 行くぞ!」
離れていく灰色狼と交代するように、牙の一族が戦車隊と激突する。牙の一族に負けじと人馬族も続く。
「人馬族の意地を見せよ! 踏み破れ!」
「弓を放ちつつ、距離を取れェ!」
馬に鞭をくれる御者と、弓を放ちながら距離を取ろうとする戦車隊。半ばの数を失いながら、牙と人馬族の猛攻を振り切って後方へ進んで行く。
土煙を上げながら戦場を移動する、戦車隊と亜人達。
彼らの推移を横目で見ると、ゴブリンの王は目の前の戦列に視線を転じた。
「ガイドガの勇猛を示せ!」
ラーシュカの猛攻に、人間側の兵士は成す術無く倒されていく。
歩兵を食い破るガイドガ氏族はラーシュカを中心に纏まり、人間側の戦列の半ばまで食い込んでいた。
その一方で、ギ・ヂー配下の人食い蛇ギ・バーの猛攻には陰りが出始めていた。レア級であるギ・バーの体力は、デューク級のラーシュカとは比べるまでもなく少ない。勢いに任せて暴れれば、消耗が早くなるのは自明の理だった。
「グッ、己ェ、オノレェ!」
歯噛みしながら尚も進もうとするギ・バーを、ギ・ヂー・ユーブの声が遮る。
「ギ・バー、戦列に戻って指揮を取れ! 前列、前進! 槍を構えろ!」
突出していたギ・バーの位置まで戦列を前進させると、その位置で人間達と槍の打ち合いをさせる。ギ・バーは荒い息を吐き出しながら戦列に戻る。奥歯を噛み締め、ノーマル級ゴブリン達に向かって怒声を張り上げる。
「殺セ! 奴ラを殺し尽くセ!」
ギ・バーの檄に応え、ノーマル級ゴブリン達が奮戦する。隣で奮闘するガイドガ氏族と並ぶように、ギ・ヂーは部隊を前に出していく。ガイドガ氏族が一塊となって点で敵の戦列を食い破るのに対して、ギ・ヂーは横一線で敵の戦列を押し上げていく。
ガイドガ氏族に食い破られた歩兵達は、その勢いに押され戦列を崩されていく。
「後、一押しが必要か」
ゴブリンの王は戦線を見つめながら、大剣を握り締める。
ガイドガ氏族とギ・ヂーを中心として人間を押してはいるが、その他の戦線は五分五分である。
未だ勝利がどちらに転がり込むのか不透明な中、ゴブリンの王は近衛隊であるギ・ガー・ラークスに移動の準備を命令した。
「王、後ろから敵の……!」
ギ・ジーの叫びにゴブリンの王は舌打ちしつつ、視線を向ける。
「戦車か!」
あれを放置するわけにはいかないと判断した王は、ギ・ジーに迎撃を命じる。
「御意!」
意気も高くギ・ジーは戦車隊に向かって行く。だが、戦車隊はそんなギ・ジーを嘲笑うかのように更に大きく迂回して、各部隊の後方を伺う。
攻勢を強めたいゴブリンの王だったが、後ろに厄介な戦車隊を抱えたままでは攻めきれない。突撃を敢行した際に、背後から戦車の突撃を受けて部隊を崩されるなど想像したくもない未来だった。
「牙と人馬に戦車を潰させろ!」
ギ・ジーの部隊だけでは戦車部隊には追いつけない。戦車部隊が後方から突撃するのを抑えることは出来ても、戦車部隊を捉え殲滅するのは難しい。
◆◆◇
「戦車隊を戻せ! 中央の戦列を下げよ!」
目を細めて戦線を見つめていたゴーウェンは、押し込まれつつある戦線を下げつつ、乱れた歩兵の戦列を立て直そうとしていた。
右翼の戦線は亜人を追い返している。戦車部隊の半数近くが失われたのは痛いが、戦線を立て直す為の時間は稼げた。
左翼を見れば、ゴブリンの魔獣と乱戦状態となってる騎馬隊の姿。
「第3小隊に右翼の救援をさせよ!」
乱戦状態となっているなら第3小隊を向かわせる時間が惜しいと断じ、ゴーウェンは指示を出す。
「はっ!」
亜人を追い払った第3小隊を最右翼として、ガイドガ氏族を包み込むように展開させた。
全軍を後退させながら、ゴーウェンは優勢な戦線の兵力を左右両翼へ伸ばす。亜人を追い返した右翼、そして昨日打ち破った為に勢いの弱い左翼のギ・グー率いるゴブリン部隊。
中央が押されている為、自然と敵を包み込むような陣形に移行していった。
同時に戦車隊を戻し、戦車部隊に魔法使い達を搭乗させる。魔法使い達は総勢200。先の亜人と灰色狼の襲撃を受け、50にまで減っていた戦車部隊では全員を乗せることは不可能だった。
厳選した魔法使い50名を戦車部隊に搭乗させると、他の魔法使い達は後方からの援護に回す。
「弓隊、敵の魔法部隊を近付けさせるな! 撃ち続けろ!」
列を組み、順次後退させながら弓兵達を下がらせる。そして後退させながらも射撃を続けていた。補給部隊を後方で有機的に動かし、矢が途切れないように補給しながら移動させるのは、英雄など不要と豪語するゴーウェンの見事な手腕だった。
後退しつつ敵の強過ぎる攻撃を受け止め、同時に包囲を完成させようとする。
「族長! 後ろ、敵が!」
ガイドガ氏族のダーシュカの言葉に、ラーシュカは一瞬だけ迷った。後ろを取られたまま攻め続けられるのか。妖精族との戦を経験したからこそ、以前なら迷わず突っ込めた所に迷いが生じる。
その攻勢が弱まった瞬間を、ゴーウェンは見逃さなかった。
「魔法部隊、攻撃を中央に集中させよ!」
後方援護に回った魔法使いの部隊が一斉に魔法を唱える。炎弾と岩弾の混ざり合った攻撃に、ラーシュカ率いるガイドガ氏族の攻勢が鈍る。
魔法部隊の一点集中攻撃が、次の狙いをギ・ヂー率いる中央軍に定め、攻撃を開始する。
「……しぶといな」
ゴーウェンは独りごちると、中天に輝く火の神の胴体を見上げた。
早朝に開始された戦いは既に数刻を経過している。人間同士の戦いならば、敵は既に突撃する力を失っていてもおかしくはない。
時間が経過するにつれて、ゴーウェンのもう一つの誤算が明確な形を取り始めていた。
ゴブリンの体力である。
本格的なゴブリンとの会戦など、ゴーウェンの豊富な経験と戦歴の中にもない。それどころか、魔物とされる者達が戦列を組んで戦を挑んでくるなどというのは、人間側からすれば異常事態でしかない。
ゴーウェンは、ゴブリンの体力が尽きるのを計算に入れて反撃の機会を伺っていた。
だが、このまま押され続ければ戦列に綻びが出てくるのは火を見るより明らか。
ゴブリンの体力が尽きる前に、押され続けている人間側の体力が尽きる。補給隊から配られたポーションなどは、戦列を維持する為にその殆どを既に使ってしまっている。
物資面も、それ程余裕があるとは言えない。
そこまで考え、ゴーウェンは再び各戦線を見渡す。敵の弱点はどこか。攻勢を続けるゴブリン側の弱点がある筈だと。
「……こと、ここに至っては致し方ない」
魔法部隊を同乗させた戦車部隊を左翼に向ける。混戦を繰り広げた騎馬隊の撤収を援護するのと同時に、敵の魔獣達を駆逐するのが目的だった。
「騎馬隊に後退の合図を出せ!」
「くそっ! 後退、後退しろ!」
騎馬隊の小隊長の号令に続いて、離脱する人間側。それを見たハールーは、血に濡れた槍を振り回して叫ぶ。
「追え! 奴らを逃がすな!」
騎獣兵を従えたハールーの追撃は、ゴーウェンの放った戦車隊により頓挫させられる。同乗した魔法部隊による遠距離からの攻撃に、騎獣兵達は後退を余儀なくされる。
「くそっ! 後退だ!」
両翼の翼を潰し、薄くではあるがゴブリン側を包囲する形になった時点でゴーウェンは賭けに出た。
「攻勢に転ずるぞ! 歩兵隊、持ち堪えよ!」
ゴーウェンの指示により歩兵の小隊長達が声を枯らす。
「槍を突き出せ! 突撃!」
迫り来るゴブリンの槍兵に対して、勇気を奮い起こして槍を突き出す。相討ちになって倒れるゴブリンと人間の兵士が続出する中、パラドゥアゴブリンを追い返した戦車部隊と態勢を立て直した騎馬隊が、人間側の両翼となってゴブリン側に襲い掛かる。
「大兄! 右と、後ろから!」
怪我の癒えぬ体で戦いに身を投じたギ・グーは、後方に控える部隊を広げる。
「ギ・ヂーを見習え! 敵の攻撃は防げばいい!」
ゴブリン側の右翼は守りを固めたが、左翼を攻めるラーシュカが、怒りの声も高らかにガイドガ氏族に向かって叫ぶ。
「押し返せ!」
攻勢を仕掛けてきた人間側に対して、更に輪をかけて攻勢で返すガイドガの猛攻。犠牲を顧みない攻撃に、薄く包囲網を敷いていた人間側は逆に押し返されてしまう。
「ゴブリンどもに思い知らせろ!」
態勢を整え、今度は右翼側から攻めようとした騎馬隊の目の前で、味方が巨躯のゴブリン達に蹂躙されていた。
押される味方を目にした騎兵隊の小隊長は、ガイドガゴブリンに向かって突撃を敢行する。突撃槍を揃えたその攻撃の凄まじさに、流石のガイドガ氏族も戦列を維持するのが難しくなった。
突入した騎馬隊の猛攻を止められず、先頭を進むラーシュカと後続を断ち切られてしまう。
それを見ていたゴブリンの王は、敵の攻勢が最大になったのを確認して声を張り上げる。
「ギ・ザー、ガイドガを支援せよ! ギ・ガー、予備兵力を率いて前に出る! 続け!」
ここが勝負と見極めた王の判断で、王を含めた今まで戦闘に参加していなかった予備兵力が前面に出ようとする。
「ラーシュカ! 部隊を退がらせろ!」
「うぬ!?」
王の命令に、不承不承ながらもガイドガ氏族を退がらせるラーシュカ。戦闘に楽しみを見出すラーシュカですら、自らの部隊の被害が馬鹿にならなくなってきた為だ。
「食い込んできた騎馬隊を蹴散らして撤退しろ!」
怒りも露わに後退を宣言するラーシュカ。
押し出してくる敵の歩兵戦列を殿となって防ぎながら、ラーシュカは悔しげに顔を歪める。
ラーシュカに続いていたガイドガ氏族は、部隊の間に割って入ってきた騎馬隊に攻撃を集中する。
「退がれ! 退がれ!」
忌々しそうに叫んでは敵の槍を弾き飛ばし、それどころか人間そのものを天高く打ち上げながらラーシュカは退がる。
後ろに食い込む騎馬隊にはダーシュカが当たり、騎馬を体を張って受け止める。
「斉射! 人間どもに森の風をお見舞いしてやれ!」
ギ・ザーの声に、ガイドガ氏族を侵蝕していた騎馬隊の動きが止まる。
その隙をついて、ガイドガ氏族は後方へ一斉に退がって行った。
「攻めよ! 包囲の好機だ!」
退がるガイドガ氏族を認めたゴーウェンの指示の下、抑え付けられていた歩兵達がラーシュカに殺到する。如何にラーシュカがゴブリンで有数の力を持っているとしても、長時間の戦いと絶え間ない戦闘での疲労で力が落ちていた。
そこに人間の槍兵が数を頼みに突出してくるのだから堪らない。
「鬱陶しいわ!」
棍棒を振り回し、ガイドガの最後尾を引き受けるラーシュカ。だが、疲労がラーシュカの足を血溜まりに滑らせた。
「ぬ!?」
それを好機と見た歩兵達が一斉に槍を突き出す。
最早これまでかと、一つ目の悪鬼が一瞬だけ目を閉じた瞬間。
「我は刃に為り往く!」
王の声と共にラーシュカに殺到していた兵が一刀両断に切り裂かれ、血溜まりに沈んでいた。
ピエーナ平原の激突次回で決着。
次回更新は22日予定