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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
204/371

ピアナ丘陵の戦いⅠ

 ゴーウェン率いる西方領主軍約1700と、ゴブリン軍が最初に接触したのはトゥラの月の初頭である。夜風は未だに肌寒く、欠ける姉妹の赤月は冬よりも顔色が良くない。闇の女神(ヴェルドナ)の翼は蠢く者達をその奥深くに隠していた。

「見つけたぞ、人間め!」

 群狼のギ・グー・ベルべナは夜の闇の中、腰に差した長剣と斧を引き抜いて猛々しく笑う。

「「「大兄!」」」

 グー・ビグ、グー・ナガ、グー・タフらの3匹を従えたギ・グー・ベルべナは、すぐさまレア級のゴブリンを後方に走らせた。

「王に伝達! 敵を見つけた」

 闇を見通すゴブリンの眼に映るその人間達の数は、これまで見たこともない程の大群だった。夜でも良く見える彼らの眼には、昼間と同じように彼らの動きが見て取れる。

 篝火を周囲に焚き、簡易ながらも陣地を構える人間達の姿だ。

「ぬぅ……」

 森での襲撃の際に人間の作る陣地で戦った記憶を呼び戻し、ギ・グーは唸り声を上げた。あの時は荷車を利用したものだったが、今回は簡易ながらも柵を設け、濠まで作ってある。

 1700もの人間を囲い込めるよう広範囲に渡って作られている為、決して強固には見えないが、ギ・グーは過去の苦戦を思い出して苦い顔になる。

「徹底しているな。人間め」

 王の示した方針によれば、救援に向かう人間達を撃破するとのことだった。

 ならば、救援に向かう人間達は焦っていて然るべきだ。それなのに、彼らはしっかりと夜の陣地を構え、ゆっくりと、しかし着実に救援へ向かっている。

「地に足がついていないようなら、襲おうかと思ったが……」

 ギ・グー率いる南方ゴブリンの数は500程度である。王が見せた夜間の奇襲を真似るなら、やってできない数ではない。

 しかし、それは相手が油断しているか隙があればの話だ。

「機会を窺うか」

 蟻人との戦いを通じて、無理に押せば消耗が激しくなるということを学んだギ・グーは、先陣という任務を与えられながらも、決して逸ってはいなかった。

 夜は魔物と魔獣の時間である。これを利用しない手はないが、相手が手ぐすね引いて待ち構えている所に馬鹿正直に出て行くのは面白くない。

「獣士達を前面に出す! 奴らが動く所を狙って強襲だ!」

 南方出身の獣士達は使役する魔獣も独特である。ギの集落出身の獣士達が双頭駝鳥(ダブルヘッド)三角猪(トリプルボーア)を従えているのに対して、彼らは南方特有の魔獣を使役する。

 牙象(デイノ)と呼ばれる巨大な牙を持った象。牙猪(ディノヒウス)と呼ばれる異常に発達した牙を持つ猪。どちらも暖かな南方の気候に適応した魔獣の中でも特に巨大な者達だ。

 故に南方の獣士はノーマル級では務まらず、最低でもレア級の者が要求される。

「でも大兄。もしかしたら王様追いつくかも」

 グー・ナガの言葉に、ギ・グーは頬を歪めて笑った。

「好都合だ。王が御覧になる戦場で、敵の首魁を撃ち滅ぼしてやろう」

「流石、大兄!」

 三兄弟が手を叩いてギ・グーを称える中、ギ・グーは戦の準備の為、群れに指示を出すべく動き始めた。


◆◆◇


 未だ夜の神(ヤ・ジャンス)の時間は始まったばかり。天上に輝く双子の姉妹月(エルヴィー・ナヴィー)は、三日月となって星々の煌めきを引き立てている。

 肌寒い夜の風に吹かれて、ゴーウェンは闇の女神(ウェルドナ)の翼に隠れた前方を見据えていた。

 肩に受けた古傷がしくしくと泣いているような感覚に、思わず独りごちる。

「嫌な空気だ」

 長年戦場に身を置いてきたゴーウェンは、その夜の空気がどことなく緊張を孕んだものであると感じる。警戒に出した斥候からも付近に怪しいものは無いとの報告は受けているが、それだけを信じるわけにはいかなかった。

「一刻も早く救援に向かわねばならん。だが、この状況にこの空気……。或いは?」

 狼煙で連絡を取り合っているとはいえ、植民都市側の防衛は予想以上に順調だった。ユアンが良く機転を利かせ、ゴブリン達を寄せ付けていないらしい。

 先の戦でゴブリン達の奇襲に遭い、甘さが抜けたのだろう。

 元々有った才能が極限状態で開花し、更に磨きが掛かったのだとゴーウェンは思っていた。

 ──だが、果たして戦場とはそう簡単なものだっただろうかと思考する。

 今でこそ西方領主としての地位を確立し、鉄腕の騎士などという称号を賜っているゴーウェンだったが、その騎士としての道程は決して順調なものではなかった。

 負け戦に次ぐ負け戦。それを生き延びることによってゴーウェンは強くなり、勝利を掴むということは生易しいことではないと覚え込まされた。

 相手が唯の魔物の群れなら、ここまでの警戒はしないのだ。単純に部下の成長を喜べば良い。

 だが、今回ばかりは相手が相手である。

「もし、もし……仮にこれが作られた状況なのだとしたら?」

 喉元に突き付けられた植民都市を包囲し、救援を出させる。救援に来た部隊を叩き、士気を完膚無きまでに崩壊させる。

 植民都市は容易には落とせない。ゴブリンの襲撃を見越して作り上げたのだから当然だった。

「甚大な被害を被って植民都市を落とすよりも、本体を狙う……か?」

 攻城戦。これまたゴブリンには似合わぬものだ。

 普通なら攻城兵器を用意し、数多の人命と資材を擲ち城を落とす。だがそもそも、ゴブリンに攻城兵器が用意できる筈もない。

 となれば、戦わずして植民都市を落とす為の計略を立てるのではないか?

 考えれば考える程、冷徹なゴーウェンの脳裏にゴブリンの狙いが救援軍にあるとの考えが浸透していく。

「謀られたか」

 ぎりりと歯を食い縛り、ゴーウェンはゴブリンらの意図を読み取った。夜に仕掛けて来ないようなら、恐らくは明け方。日が昇る直前に仕掛けてくるだろうとも予想が立つ。

「だが、好都合だ」

 敵の本隊が出て来るなら、それこそ望むところ。この平原で人間に勝てると思っているのなら、その思い上がりをこそ、完膚無きまでに叩いてやろう。そう考えて僅かに笑みを漏らす。

 頭の中に地図を思い浮かべて、ゴブリンの大群を迎え撃つに相応しい地形を考える。

「ピアナの丘陵に誘い込むか」

 暫く考えた後、ゴーウェンは幕僚達の集まる天幕へ戻って行った。

 彼のやることは多い。


◆◆◇


 朝靄煙る平原。西には小高い丘があり、東には魔物が潜んでいても容易には判別の付かない林がある。切り拓かれた平原に布陣していたゴーウェンは幕僚達を指揮して出発の準備を整えさせていた。

 彼らには、昨日の内に今日の行軍の予定を示してある。

 また、もしゴブリンらが襲ってきた際の対処法も既に伝達済みである。

 満を持しての出発だった。

 朝露に濡れた天幕を片付け、柵を解体して荷車に積み込む。補給部隊へそれを受け渡し、代わりに朝食を受け取って兵士達に交代で食事を摂らせる。

 僅か1年という準備期間であったが、流れるようなその動きは日頃からの訓練の成果とゴーウェンの統率の賜物だった。

「中隊長・小隊長は昨日命じた通り動け。決して慌てることなくだ」

 指揮官級の人材と食事を共にしながら、ゴーウェンは指示をする。補給部隊から配られる固いパンを齧り、干した肉を頬張る様は一般の兵士達の食事と変わらない。

 食事を終えた西方領主軍は、森から離れるように小高い丘の上に移動する。無論、森の方向には細心の注意を払いながらだ。辺りを一望できる小高い丘の上に来たところで、ゴーウェンは更に部隊を西に向かわせた。

 丁度森に背を向ける形での進軍になる。

「……ふむ。中々我慢が効くではないか」

 後方の森を振り返ってゴーウェンは一人呟く。補給部隊を中央に守りながら進軍する形を取っている西方領主軍は、先頭に騎馬部隊、戦車部隊、補給部隊、魔法部隊、そしてゴーウェンの直接指揮をする歩兵部隊となる。

 ゴーウェンは、森の中にいるであろうゴブリンを誘ったのだ。

 ──こちらは背を見せているぞ、掛かって来い!

 足の遅い補給部隊や魔法部隊が進路を変更したときでさえ、森の中から攻めてくる気配は無かった。いや、攻めの気配はあったが、それを必死で抑えたと言うべきか。

 中々ゴブリンも油断ならない。ゴーウェンは気持ちを引き締め直す。

 騎馬兵を先行させ、周囲の地形を確認させる。伏兵の有無、全軍が進む経路に障害物はないか。昨日の内にゴーウェンから直接偵察の内容を知らされた騎馬兵達は、ゴーウェンの手足となって地形を見定める。

「報告! 付近に敵影無し!」

 帰ってきた伝令の言葉に頷くと、馬上からピアナ丘陵を見渡す。

 そこは上空から見れば地面が波状になった地形だった。一つの丘を越えても更にまた丘がある。その丘が連なって波のような地形を形成し、それが東西7キロメートルもの範囲で広がっているのだ。

 下り終わったかと思えば、すぐさま違う丘の登りが待っている。

 決して戦い易い地形とは言えない。だが、ゴーウェンは敢えてこの地形を選んだ。

 ゴブリン達が強襲してくるとすれば、こちらの隙を突いてのことだ。

 昨晩警戒をしていたもののゴブリンの襲撃が無かったのは、頭の回る者がゴブリンの中に居るからだ。

 その頭の回る奴を、罠に嵌める。

 今襲えば勝てるのではないかとゴブリンを誘惑し、襲い掛かって来た所に逆撃を加えて殲滅する。

 その心積もりがあるからこそ、ゴーウェンは悠々と森に背中を見向けて進軍してみせているのだ。そうしてゴーウェンが二つ目の丘を下り終えた所で、その報告が舞い込む。

「敵襲!! 後方より、ゴブリン多数!」

 思わず口の端を歪めて、後方を振り返る。見れば丘の上に魔獣と共にゴブリン達の姿がある。

「騎馬兵、戦車兵に伝令! 作戦通りだ!」

「はっ!」

 息を切らせて走り去る伝令を振り返りもせず、ゴーウェンは歩兵に指示を出す。

「縦横陣形!」

 ゴーウェンの指示の下に中隊長、小隊長らが歩兵の陣形を整える。天上から見れば長方形の陣形をあっという間に作り上げた西方領主軍に、続けてゴーウェンから指示が飛ぶ。

「隣との間隔を槍半分空けよ!」

 指示を出しながらも、ゴーウェンの視線は丘から降りてきている魔獣に向けられていた。

「見たことのない魔獣だが、甲羅象(デルイノ)辺りの亜種か。もう一匹は三角猪の亜種だな」

 あくまでも冷静にそれぞれの魔獣を見極めると、陣形を僅かにずらす。

「一列目のみ、一歩左へずれよ!」

 この奇妙な指示に、兵士達は躊躇いなく動いた。ゴーウェンに対する信頼と畏怖の念が、命令に疑問を挟むということをさせなかったのだ。

 丘の上から駆け下りてくる魔獣は、ゴブリンに使役されているとは思えない程に統率された動きで歩兵の集団に突っ込んでくる。距離にして200メートル近くまで迫った時、ゴーウェンは魔獣に向けて弓を射かけさせた。

「的は大きいぞ! 安心して狙え!」

 弓兵の小隊長が声を上げる。“安心して狙え”という冗談に、弓兵達の顔に僅かに笑みが浮かぶ。極度の緊張から解放された弓兵達は、落ち着いて狙いを定め魔獣に向かって矢を放った。

 中空を駆ける矢の群れが、魔獣とそれを操るゴブリンの獣士に降り注ぐ。何匹かの獣士は魔獣の上から射落とされたが、殆どの獣士は無事だった。

 だが無事ではないのは獣士よりも魔獣の方だ。魔獣は射かけられた矢の痛みに我を忘れる。

 獣士達の静止の声も聞かず、痛みを与えた憎い敵に対して一直線に突っ込んでいった。

 怒りで視界を狭めた魔獣の目の前には、槍を構えた人間の歩兵の姿。

「最前列、左へ一歩ずれよ!」

 ゴーウェンの良く通る声に、最前列の歩兵が左へずれる。

 踏み潰そうと突っ込んでいった魔獣達の目の前から、人間が一瞬にして消えてしまった。そして目の前には、人間の壁で出来た一直線の道。

 元々(ボーア)系の魔獣も、(デノ)系の魔獣も、器用に方向を変えるのを得意とはしていない。それに加えて、南方特有のそれらの魔獣は体が大型である。尚更方向変換は難しかった。

 人の列をそのまま直進していく魔獣の群れ。

 ギ・グーの狙った魔獣での最初の一撃は、見事に躱されてしまった。

「投槍構え! 魔獣を射殺せ!」

 歩兵の後尾には補給部隊が小高い丘の上に陣取っていた。丘から駆け下り勢いの付いた魔獣はゴーウェンの作った通路を通り、そのまま小高い丘の上へ誘導されていたのだ。

 そして丘の上には、投げ槍を構えた補給部隊の兵士達が待ち構えていた。

「放て!」

 補給部隊の小隊長の声に、丘の上へと駆け昇ってくる魔獣へ向けて無数の投槍が放たれる。放物線を描き重力を加えた投槍は、魔獣の皮膚を貫通する。肉を貫き、流れ出る血の多さに、怒りに我を忘れていた魔獣は膝をついてしまう。

 勢い良く走ってきた為分からなかったが、既に無数の傷を負い、溢れ出る出血は魔獣から動く力を奪っていたのだ。

 丘の中腹で立ち往生する獣士達。それを見ていたギ・グー・ベルべナは、怒髪天を衝くが如く怒り狂った。

「おのれ!! 俺の可愛い部下どもを!」

 腰から長剣と斧を引き抜くと、背後に控える南方ゴブリンらを鼓舞する。

「奴らを血祭りに上げろ!」

「「「グルゥォオオオアオオ!」」」

 幾重にも重なるゴブリン達の雄叫びが、丘陵地帯に響き渡る。

「ハルピュレアども、王にこの場所を報せろ!」

 肩に止まっていた翼有る者(ハルピュレア)に指示を出すと、返事を聞かずに天空に放つ。

「突撃ッ!」

 自ら先頭を切って丘を下るギ・グーに、グー・ナガらの三兄弟と南方ゴブリン達が従う。

 無論、突撃は勢いが付いた方が有利だ。その衝撃力で敵を打ち破ることが容易になる。そういう意味では、西方領主軍が丘を下りきったところで仕掛けたギ・グーの判断は間違っていない。

 彼らが背を向けて進軍する中、じっと堪えて機会を窺っていたのは、流石に統率に優れるギ・グーといったところだ。

「ゴブリンめ、平原の戦いを教えてやろう」

 だが、こと(にんげん)群れ(ゴブリン)の戦いでは、平原での戦いにはどうしても埋めきれない差がある。それは積み重ねた血の歴史であり、戦術と呼ばれる部隊単位の動き故だった。

「大楯を並べて奴らの突進を防ぐ。密集隊形!」

 ゴブリン本隊の突撃を確認したゴーウェンは、開いていた陣形を緊縮させて密集させる。幾度か森での戦いで見せた針鼠を彷彿とさせる陣形に組み直すと、丘を下ってくるゴブリン達を待ち受ける。ただ密集隊形と言ってもゴブリン側を受け止めるのに十分な数はいる。元々の数が違うのだ。

 だが、ギ・グー率いるゴブリンの勢いは止まらない。人間相手なら、丘をゆっくりと降りて槍同士での叩き合いが始まるのだが、ゴブリン達は一切の躊躇なく駆け下りてくる。

「前に見たヤツではないな」

 目を細めて先頭を走るギ・グーを確認すると、ゴーウェンは僅かに思案する。

 以前に確認した王級(キングクラス)のゴブリンではない。体も二回り小さいし、何より威圧感が全く違う。となれば、目の前のゴブリンの群れは何だ?

 植民都市を囲っているのがゴブリンの本隊であり、こちらはあくまでも時間稼ぎなのだろうか?

 ゴブリン達が攻城兵器を用意できたのなら、その理屈は通る。だが、ユアンからの狼煙では緊急を報せるという所までは至っていない。

 となれば、別働隊が居る可能性も考慮しなくてはならない。

「何にせよ、目の前の敵を早期に潰してしまえば各個撃破の好機!」

 ゴーウェンが短い思案を終えて戦場を見れば、丁度ゴブリンの先頭が密集陣形と接触する所だった。

「グルウゥォォオオア!」

 咆哮を上げるギ・グーが人間の構える槍を弾き飛ばし、大楯に斧を叩き込む。怯んだ所へ三兄弟が突っ込み、長い槍を構えて動きの取れない人間に斧を叩き込む。

 デューク級の突進に、密集陣形では耐え切れなかったようだった。その様子を確認すると、ゴーウェンは迅速に指示を出す。

「あのデカイのは私が対処する! 中央の戦線を下げるぞ! 他の戦線は作戦通りに動け!」

「はっ!」

 伝令を走らせると、穴の空いた防御陣を一旦後退させながらゴブリンの猛攻を凌ぐ。密集隊形を維持しながら徐々に徐々に下がろうとした人間達を、だがギ・グーの突撃が許さない。

「奴らは退いているぞ! 突っ込め!」

 長剣を振り回し斧を縦横に振るって、人間の槍を、楯を、腕を、足を、首を刎ね飛ばす。ギ・グーの広げた穴にゴブリンらが入り込み、その穴はどんどん拡大している。このままでは中央の戦線崩壊も時間の問題だった。

 ギ・グーが戦闘に参加している中央はゴブリン側が押しているが、左右の戦線では膠着状態に陥っていた。他の戦線にはギ・グー程の突進力と突破力が無かったからだ。

 結果、人間の密集陣形に遮られ、楯を挟んでゴブリンと人間が押し合いをしているような状況になってしまう。全体として見ればゴブリン側の劣勢と言わざるを得ない。

 何といっても数が違う。

 僅か500のゴブリン側に対して、人間側は1700もの数を用意している。

 如何に体力で勝るゴブリンであろうと、真面に戦っては勝ち目は薄いのだ。

 だからこそ、ギ・グーはこの丘を下る勢いを利用した突撃に勝機を見出した。魔獣による突撃によって敵を混乱させ、その混乱に乗じて一気に突撃を仕掛ければ勝利は充分望める。

 だがその目論見も、ゴーウェンの冷静な判断と巧みな指揮の下に躱されてしまった。

 魔獣部隊は丘の中腹で人間からの投槍により崩壊寸前。突撃に関しても、ギ・グーの加わっている戦線以外は膠着状態が良い所だ。

 人間を葬りながら、ギ・グーの脳裏に撤退の文字が浮かぶ。

 人間の鎧ごと長剣で貫き、兜を斧で叩き割ると周囲を見渡す。

 ──だが、どうやって?

 丘を登って逃げれば後ろから弓兵の追撃を受ける。突撃をした後の撤退は熾烈を極めるだろう。左右にはどこまで続くか分からない丘陵が広がり、丘の上から投槍と弓を降らせられれば防ぐ手段が無い。

 ここに来てようやく、ギ・グーは自分達がここに誘い込まれたのだという考えに至った。

 ぎり、と奥歯を噛み締め、武器を握る手にも自然力が篭る。

 未だ一縷(いちる)の望みがあるとすれば、それは自分のいる戦線が敵を押していることだ。ここを崩壊に持ち込み、左右の戦線の崩壊を誘発する。

 そう決断すると、ギ・グーは再び両手で武器を振るう。

「突き破れェ!」

 ギ・グーの声と共に、中央のゴブリン達の攻勢が一層激しさを増す。

 だが、ギ・グーの奮戦を覆す馬蹄の音が迫ってきていた。先頭を行軍していた騎馬兵と戦車兵達だ。彼らはゴーウェンの指示を受け、左右からゴブリン達を包囲しようと、それぞれ迫ってきていたのだ。

「コルセオ殿の無念を、今こそ晴らす時! 槍ィ、構えろォォオ!」

 槍を構えた騎馬隊が、一丸となって左の戦線を攻めていたゴブリンに襲い掛かる。騎馬隊を率いるのはコルセオに可愛がられていた若い小隊長だった。

「突撃ィィ!」

 目を血走らせ、憎いゴブリンに向かて躊躇なく突進する小隊長に部下達も続く。まるで亡きコルセオの執念が乗り移ったかのような激しい突撃は、ゴブリンの攻勢を崩壊させるには十分だった。

 突撃槍を真面に受けたゴブリンが宙を舞う。猛り狂った騎馬の馬蹄が、ゴブリンを踏み潰す。

「死ねェ、魔物め!」

 左の戦線を崩壊させた騎馬隊がゴブリンの群れを駆け抜け、転進して再び左の戦線に襲い掛かろうとする。

 その姿を認めたギ・グーは、対処をしようと声を張り上げる。

「後方に居る者は騎馬隊を防げ! 槍を投げ付けろ!」

 ギ・グーがゴブリンに徹底して仕込んだ戦術は王の三匹一組(スリーマンセル)である。1匹目が攻撃を受け止め、2匹目が態勢を崩し、3匹目が仕留める。

 その動きを群れでやろうとしたのだ。

 その為には敵を受け止めねばならない。だが、あの突撃は容易ならざるものだ。ゴブリンが軽々と宙を舞うなど、尋常の力ではない。

 だが、それには直接ギ・グー自身が指示をせねばならない。

「グー・ナガ、グー・タフ、グー・ビグ、ここを頼むぞ! 奴らの戦線を突き破るのだ!」

「「「了解、大兄!」」」

 声を揃えてそれぞれの得物を振りかざすと、3匹は縦横無尽に暴れ出す。

 ここは一先ず任せられると判断して背を向けたギ・グーの耳に、グー・タフの悲鳴が聞こえる。振り返ったギ・グーが見たのは、先程まで元気よく暴れていた筈の3匹が地面に倒れ伏す姿だった。

「貴様が指揮官か」

 目の前には長剣を構える銀髪の初老の騎士。身に纏う雰囲気から只者ではないと察したギ・グーは、長剣と斧を構え直す。

「何者だ!?」

「ゴーウェン・ラニード」

「貴様が!」

 敵の首魁を見つけたギ・グーは、咆哮と共に聖騎士に襲い掛かった。



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