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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
202/371

対峙

 雪神(ユグラシル)の山脈に面した植民都市では、ガランドが怒りに任せて吠えていた。

「くそっ! 蛮族どもめ!」

 それというのも王国の西を守るゴーウェンから援軍の要請があったのと前後して、雪山の奥深くに追いやった筈の雪鬼(ユグシバ)達が、またぞろ活動を再開したからだ。

 しかも今度は以前のように決戦を挑むわけではなく、少数の組に分かれてゲルミオン王国側の巡察兵士や隊商を襲うという何とも嫌らしい戦い方だった。

 北の防御の要である植民都市は、その堅牢さで言えば群を抜いて硬い。北の蛮族が千や二千の軍勢で攻め寄せて来ようとも、ガランドが健在ならば防ぎ切れる。

 だが、ガランドの体は一つである。

 如何に強力な力を持っていようとも、二か所同時に襲撃されれば、どちらかは見捨てねばならない。少数の部下を引き連れて蛮族を追い払うべく出陣するガランドを嘲笑うかのように、蛮族達は寄せては引くを繰り返す。

 被害ばかりが増えていく現状に、ガランドは怒髪天を衝くが如くだった。

 そうでなくとも、ガランドはゴーウェンに借りがある。

「今までと闘い方が変わったな。彼らは学習したということか」

 副官たちでさえガランドの怒りに触れることを恐れて戦々恐々とする中、冷静に戦況を分析したのは準聖騎士とでも言うべき立場のリィリィだった。

「……やり難い連中だ。奴ら、頭を挿げ替えたのか?」

 軍の首脳が集まる執務室でガランドが誰ともなしに問い掛ける。考えを纏める為に口から出た言葉だと誰もが分かっている為、敢えて誰も答えようとしなかった。

 瞑目して考えを纏めていたガランドは、目を見開くと両の手を机に叩き付けて立ち上がった。

「西へ援軍を出す。数は500だ。ここの守りはリィリィ……お前に任せる」

 ガランドの言葉を聞いて、その場の誰もが援軍の勢力の大きさに目を見張る。

「……恐れながら将軍。それでは、こちらの守りが」

 恐る恐る副官が口を開くが、ガランドは舌打ちを一つして己の考えを曲げることはしなかった。

「決定は以上だ。リィリィ、任せたぞ」

 踵を返して部屋を出るガランド。そして部屋には沈黙が重くのしかかる。

「……リィリィ殿。何か、策がおありか?」

 義務感から口を開いた副官の言葉に、リィリィは頷いた。

「だが、私の策を実行するには忍耐と根気が必要になる。この北辺の砦で、それが出来る者が居るだろうか?」

 押し黙る将官達を見渡して、リィリィは溜息をついた。彼らは皆分かっているのだ。部下の兵士は荒くれ者と何ら変わらない粗暴な者達であると。

 そしてその内の、かなりの数をガランドが率いて西へ赴くと言う。

「……成程、そういうことか」

 リィリィは一人納得し、ガランドの真意を考えた。荒くれ者達の大半は、ガランドと共に西へ行く。

 となれば、後に残るのは気性の大人しい者達ではないか。ガランド好みの、粗暴で荒々しく、他人の命どころか自分の命さえ顧みない“荒くれ者”。

 彼らをガランドが率いてくれるなら、リィリィ自身が自由に動かせる戦力は多くなる。比較的従順な兵を扱わせてくれるらしい。

「素直でないのか。それとも、偶然なのか」

 リィリィはくすりと笑って、声を張り上げた。

「やるしかない! 皆聞いてくれ!」

 凛としたリィリィの様子に、将官達は彼女を見直す思いで言葉を聞いた。


◆◆◇


 ゴブリンの王が率いる本隊は夜間の移動に徹していた。途中占拠した村々には少数のゴブリンを配置し、シュメアや妖精族に橋渡しを頼んで、村を後にする。休憩を取る時は小さな林の中などに分散して入り込み、日中は体を休めていた。

 食事は平原で行き会った魔獣を捕えるか保存食を口にしたが、とても満足できる量とは言えない。如何に暗黒の森が恵まれていたかを痛感しながらも、誰も不平を口には出さなかった。

 ゴブリンの王自ら率先して粗食に耐え、休憩の時間になれば各指揮官達に声を掛けて回っていたからだ。

 そうして3日目、漸く前方を進むギ・グー・ベルべナの先行部隊から敵と遭遇したとの報告を受ける。

「大兄は、敵ト接触。損害ノーマル級1。敵は捕えマシた」

 レア級ゴブリンの報告に沸き立つゴブリン達を尻目に、ゴブリンの王は眉を顰めた。

「敵の数は?」

「10人ほドいマシたが、全員捕縛」

「ふむ」

 腕を組むと天を仰ぐように考え込むゴブリンの王だったが、悩んだ時間は僅かだった。

「会おう」

 発せられた王の言葉に、レア級ゴブリンは頭を下げてから踵を返す。伝令は王への伝言を伝えたなら、再び“群狼”のギ・グーの元へと帰らねばならない。

 ゴブリンの王が悩んだのは捕えたのが正規の兵なのか、それとも冒険者なのかということだ。正規の兵ならば、彼らが戻って来ないという事態に対して人間側の警戒が引き上がる。

 最悪調査をする為、別の兵士が派遣されてくることだろう。この作戦の大前提たる奇襲という効果を発揮し辛くなる。

 冒険者だった場合は、それ程警戒は必要ない筈だ。恐らく雇われであろう冒険者が、正規兵程厳格な時間管理をされている筈がない。ただ不安があるとすれば、その数が10人と多いことだ。それだけの人数が居れば知己がどこかに居るだろう。

 或いは冒険者の知己が心配し、捜索をし出すかもしれない。

 ただ、今回のギ・グーの決断自体をゴブリンの王は否定するつもりはなかった。それどころか、無効寧ろ称賛に値する働きだとさえ思っている。

 彼が率いるのは500に迫る大群である。通常、そんな大群を見たのなら10人程度で戦おうと思わない。ならば当然、少数の側は逃げようとする筈だ。

 それを捕獲したというのだから、大群を見事に統制し隠していたのか。或いは、息もつかせず捕獲したのか。どちらにしても大群を上手く纏めているらしいとゴブリンの王は判断していた。

「王よ。一々人間に会っていたら切りがないぞ」

 王の側にあって、忌憚のない意見を述べるのは祭祀(ドルイド)を纏める呪術師(シャーマン)級ゴブリン、ギ・ザー・ザークエンドだった。

「お前の意見は最もだ。だが、得られる情報の判断を誤れば、早晩俺達は破滅する。ここは敵地なのだ。慎重になって然るべきだろう」

「ならばギ・グー・ベルべナ殿に進軍速度を落とすよう、伝令を走らせるべきだろう」

 呪術師ギ・ザーは、この大群の進軍速度を気にしていた。最も恐れるべきは、敵にこちらの所在が露呈し、ギ・グー率いる先行部隊と切り離されたまま敵と戦うことである。

 少しでも両者の距離を詰めておくべきではないのかという考えの下に意見を口にした。当然ゴブリンの王は、そのことを分かった上で情報の大切さを説いたのだった。

 現在ゴブリンの王率いる本隊と、群狼のギ・グー率いる先行部隊との距離は一昼夜程離れている。この距離を遠いと感じるか近いと感じるかは、未だ大戦の経験の無いゴブリン達には分からないことだった。

「ギ・グーならば、敵と接触しても上手くやる筈だ。こちらからあれこれ指示を出しては、奴がやり辛かろう」

「王がそういうのなら、仕方ないが……」

 ゴブリンの王のギ・グーに対する信頼を感じ取って、ギ・ザーは自身の意見を取り下げた。

「ならば王よ。進軍速度を少しだけ上げよう」

 その意見に、ゴブリンの王は苦笑しながら許可を与えた。

「確かにそれなら、ギ・グーの軍と距離を詰めつつ、捕虜に早く会うことも出来るな」

「うむ」

「良かろう! 各部隊に伝達し、疾風の速度で走ると伝えよ」

 ゴブリンの王は、大軍での行軍の途中でも色々な発案をしていた。

 その一つが行軍速度の基準である。疾風の速度とは、ゴブリン4氏族が一つパラドゥアの騎獣兵に合わせた行軍速度のことである。騎獣兵を先頭に移動速度を求める。ノーマル級ゴブリンでは付いて行くのがやっとという速度である。

 無論周囲への警戒の精度は下がってしまうが、先行部隊がいるのだから、今はそれ程気を使わなくとも大丈夫だとゴブリンの王は考える。

「ギ・ガー」

「御前に」

 ゴブリンの王に仕える中で、最古参にして最大の忠臣の名を呼ぶ。パラドゥアゴブリンから贈られた騎獣を乗りこなすナイト級ゴブリン、ギ・ガー・ラークスである。

「近衛はパラドゥアの後を追走せよ。遊撃の人馬族(ケンタウロス)牙の一族(ウェア・ウォルフ)は協同して脱落者を拾え」

「御意!」

「近衛の後をギ・ヂー・ユーブに追わせよ。その後ろをガイドガ氏族だ」

 王の指示により、各指揮官達が散っていく。

「大地を蹴散らし、風を切り裂け! 進軍だ!」

 ゴブリンの王の号令の下、彼らは疾風の速度をもって夜の平原を走った。


◆◆◇


 西方領主ゴーウェン・ラニードは、その指揮下にある大半の軍勢を率いて西都を出発した。王都からの援軍を迎えたその総数は1700にまで上った。ゴーウェンが見積もっていたよりも人数が多くなっているのは、嘗てゴーウェンの指揮下で戦った兵士達が義勇軍として駆け付けた結果である。

 ゴーウェン指揮下の歩兵1000、弓兵100、騎馬兵200、戦車兵100。そして更に王都からは魔法使いの部隊を100と軽装備の兵を200。

 北のガランド、南のジゼ達からは未だ援軍が到着しないが、ゴーウェンはこの勢力で開戦に踏み切る決意を固めた。

 一つは食料の問題。これだけの大軍を維持するだけの食料の備蓄が西都には無いのだ。あるのは植民都市。ゴーウェンとしては籠城の為に造った植民都市にこそ、豊富な食料があるべきだと考えていた。

 大量の食料があるだけで、籠城に耐える者達の心の支えとなることもある。

 ゴーウェンは長い戦歴の中で、籠城が如何に辛く苦しいものであるかを身を持って知っていた。

 もう一つの理由は、西都の構造上の問題である。

 元々が西部領域の運営を目的として作られたこの都市には、軍都と呼べる程の機能は備わっていなかった。常にいる警備の兵に加えて、1700もの人員を受け入れる余裕が無かったのだ。

 寝床が無いのなら、兵士達は天幕を張って外で寝るしかない。

 夜になれば西都の灯を遠くに眺めながらだ。自然不平不満が溜まるだろう。

 戦の前にそのような不満を溜め込むのは自らの墓を掘るようなものだと判断したゴーウェンは、北と南の援軍を待たずに出発することを決意する。

「騎馬兵を先頭に、斥候と露払いをせよ。中軍として歩兵。その後ろには戦車兵。最後尾に王都からの救援軍だ」

 各部隊の隊長を集めた会議で、ゴーウェンは地図を指差しながら戦略を語る。

「皆、現在の状況は把握しているな?」

 頷く小隊長達を確認して、更に話を進める。

「我らの目的は植民都市の救援。並びにゴブリンらの殲滅である。植民都市に入ったなら、そこを拠点として再度森への進攻を試みる」

「再び森へと……?」

「そうだ。これ程の大兵力、使わぬ手はあるまい」

 一切の感情の揺れを感じさせないゴーウェンに、小隊長の一人が意見を具申する。

「ですが、兵達の中には未だにあの森に対する恐怖心が抜け切っておらぬ者も居ます」

「無論、ゴブリンらを殲滅するのが大前提ではある」

 小隊長達の不安を他所に、ゴーウェンは理路整然と進攻の経路や補給の計画を示していった。王都から救援に来た魔法使い達も、ゴーウェンの手並みに感服せざるを得ない。

 戦とは、物量のぶつかり合いである。

 確かに魔法や神々の恩寵を賜った一騎当千の猛者達が居るとはいえ、それだけでは勝負は決まらない。戦の始まる前に地域を支配し、補給線を整え、必要なら罠などの作製を含めた事前の準備。戦が始まってからは非主戦力の排除、索敵、追撃等々……。英雄以外の者達のやることは多岐に渡る。

 寧ろ英雄や勇者らの存在こそが稀なものである以上、彼らこそが戦場の主役。それを戦の計画として立案できるのは、ゲルミオン王国でもゴーウェン・ラニード唯一人であろう。

 如何にたった一人の英雄が優れていようとも、数の力こそが最終的な勝利を決める。

 そこにあるのは単純な力の原理。

 冷徹なる鉄腕の騎士は、それを徹底して作戦に盛り込んでいた。

「ですが、森は奴らの縄張り。危険ではありませんか?」

「確かにお前の言いたいことも分かる。だが、森が危険だと言うのなら、そんな物は削ってしまえばいい」

 視線を魔法使いに向けたゴーウェンは、無言で問い掛ける。

「可能でしょう。土の属性と火の属性を使う者達を多めにとの事でしたので」

 頷いたゴーウェンは、更に言葉を足す。

「何より、今回は植民都市がある。これを使わない手はない」

 ゴーウェンの示した筋書きは森の木々を伐採し、それを使って植民都市の防御を強化しようというものだった。森の力を奪えば、それが延いてはゴブリンらの力を奪うことに繋がる。

 対して植民都市の防御は固まり、人間側の勢力は徐々に増すだろう。

 打ち出す一手が、次の一手へと繋がっていくのはまるで盤上遊戯のようだった。その計画を聞いた小隊長達は、自信と確信を持った顔になる。

 ゴーウェンは満足そうに彼らを眺める。

「この戦に英雄など不要。我らの力こそが勝負を決める。各人、そのつもりで奮起せよ」

 一礼して去る彼らを見送ると、ゴーウェンは深い溜息を吐いた。

「……英雄など不要、か。物量による単純な力の原理を、だがそれでも覆してしまうのが英雄というものだ」

 如何に綿密に組み上げた作戦であろうと、齟齬は必ず出る。

 その齟齬が英雄であり勇者であったことなど、それこそ幾らでもあるのだ。

「だが、私が居る限りゴブリンなどに遅れは取らぬ」

 強い決意を瞳に宿して、ゴーウェン自身も部屋を出る。

 植民都市を目指すゴーウェン率いる救援軍がゴブリン達とぶつかり合ったのは、それから二日後の事であった。



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