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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
201/371

包囲戦

◆◆◇


 ビルフの月も改まって、トゥラの月。春の陽気が差し込む植民都市の周囲では、それと似つかわしくない戦の真っ只中であった。

 植民都市を包囲したラ・ギルミ・フィシガ率いるゴブリン達は、様々な工夫を凝らしながら植民都市の濠を埋めようと悪戦苦闘していた。

「撃て!」

 ギルミの合図に応じて、ガンラ氏族達から矢が放たれる。空を駆ける矢の群れが外壁の上に飛来する度悲鳴が上がるが、その都度強烈な撃ち返しが来る。

「後退!」

 ギルミが自身の矢の行方を確認することなく、背を向けて森の近くにまで下がると、彼がいた場所に自身の腕の太さ程もある大型の矢が深々と突き刺ささる。

「くそ、人間は巨人でも飼っているのか!?」

 ギルミ率いる攻城組であったが、その工夫の殆どは人間側から放たれる攻撃により頓挫している。ゴブリン側としても本格的な攻城戦というのは初めての経験であり、如何に兵力を減らさずに植民都市を落とすのかという課題を考えれば、自然消極的な攻めにならざるを得なかった。

 ギルミ自身も、矢の撃ち合いでは決して人間に劣るとは思っていなかったものの、人間の放つ巨大な矢に、真面に撃ち合うことの愚を早々に分からさせられてしまう。

 寄せては引く波のように、機を窺い人間に矢を浴びせる。

 その間隙を縫ってオーク達が丸太を束ねた楯を担いで濠へ近付き、楯ごと捨てて濠を埋める作業に移っている。

「逃げてくるオーク達を支援するぞ! 誇りあるガンラの氏族たるもの、勇気でオークに遅れを取ってはならん!」

 常より口数の多いギルミに励まされて、ガンラの氏族達がバラバラに木々の間から這い出して支援射撃をする。先頭に立つギルミは、半ば氏族が出てきてから統制の為の大声を上げた。

「撃て!」

 再びギルミの矢の軌道を追うようにして、外壁の上に矢が集中する。

「向こうだ、走れ!」

 オークが逃げて来る方とは別の方向を指し示し、部隊を動かす。降ってくる矢を躱しながら、更に指示を出す。

「矢、構え!」

 全員が矢を構え終わるまで待つ暇もなく、ギルミの後方で悲鳴が上がる。

「止まれ! 撃て!」

 単純な命令を繰り返し、ガンラのゴブリン達を統率するギルミは、矢を放ち終えるとすぐさま森へと取って返した。

 森へと引き返して来たギルミの元へ、土鱗のファンファンが声を掛ける。

「蟻さん、上手くいかない。困ったな」

 話を聞けば、濠を埋め立てる為に穴を掘ろうとしていたのだが、結界のようなものがあって掘り進められないらしい。

「奴ら、そこまで周到に?」

「ファンファンには分からないが、神様に近い結界らしい」

「うぬ……」

 ──神々の定めた不可侵領域ということだろうか。その上に偶々植民都市を築いたと?

 疑問に首を傾げるギルミだったが、駄目だったなら仕方ない。

「分かった。蟻人の協力に感謝しよう」

 取り敢えずの休息と食料の配布を約束して、丸太を投げ落としてきたブイに会う。

「言われた通り丸太は投げ落としてきたけど、中々埋め立てられないね」

「被害はあったか?」

「軽傷が3、ぐらいかな」

「何よりだ」

 頷くギルミに、ブイが提案を持ち掛ける。

「あの巨大な矢は、やっぱり脅威だよね」

「うむ……矢合わせさえ叶えば人間など打ち負かせると思っていたが、中々やってくれる」

 強がるギルミに、ブイは不安そうに眉を顰める。

「その、リザードマン達を使うっていう策は?」

「この辺りの水源は地下にあるらしくてな。濠に流すのは難しいそうだ」

 水辺に棲む彼らを地下に行かせるのは難しい。その水源に辿り着く手段さえ今は無いのだから。溜息交じりにギルミが話すの黙って聞いていたブイは、一つの提案をする。

「じゃあ、こういうのはどうだろう?」

 ブイの提案を聞いたギルミは、その日から昼間の攻撃を取り辞めた。


◆◆◇


 ゴブリン達の攻撃に晒された植民都市は、ユアンの指揮の下に防衛戦を行いつつ、ゴーウェンからの援軍を待っている。

機械大弓(バリスタ)の調子はどうだ?」

「はっ、問題ありません!」

 応える若い兵士にユアンは堂々と対応する。指揮官は常に堂々とあれ。でなければ、兵士達に余計な不安を植え付ける。そうゴーウェンから学んだユアンは、自身の不安を押し殺して余裕のある風を装う。

「宜しく頼むぞ。奴らはこれを恐れて森から離れられないようだからな」

「はっ!」

 嬉しそうに返事をする少年兵に、ユアンは大きく頷いた。

 最も、彼の内心は遠く離れたように感じる西都に向いていた。今は未だ手持ちの防衛兵器でゴブリンらを防ぎ止めていられる。外堀にしても埋め立てられつつはあるが、未だ大丈夫だ。

 問題は夜。奴らの得意とする時間に攻められた時、対応できるかということだ。

 勿論、ユアンとて対策は取っている。

 植民都市に滞在していた冒険者を長期契約と破格の報酬で雇い入れ、防衛の一端を担わせているのもその為だ。恒久的な防衛を目的としたこの植民都市は、外壁の内側に農作地を囲い込み自給自足の態勢も整えてある。

 備蓄は本丸とも言える市街区に、優に半年は持ち堪えられる程ある。騎士を始めとして、兵士や農民や小作人に至るまで依然士気は高く、今のところ綻びは見られない。

 だが、それでも。

 兵士から見えないように、腰に吊るした長剣の柄頭を握り締める。

 あの夜、化け物の王のようなゴブリンに吹き飛ばされた記憶が脳裏から離れない。

 未だ何か足りないのではないか? 見落としがあるのではないか? その不安が拭い切れず、ユアンは暇さえあれば防衛施設から農作地まであらゆる所へ足を運ぶ。

「異常はないな」

 防衛施設を見て回り異常がないのを確認すると、ユアンは足を市街へ向ける。その間も見えない不安と戦いながら、常に考えを巡らせていた。

「お兄ちゃん」

 自分が呼ばれたのだと感じ、ユアンは声の方向を見る。気付けば既に市街地に入っており、考え事をしていた所為か、いつの間にか目的地に着いていたようだった。

「ねえ、お兄ちゃん」

 声の主は、恐ろしく顔立ちの整った少女だった。濡れるような黒髪が腰まで伸び、白磁のような頬に僅かに赤みが差す。均整の取れた目鼻立ち。薄い唇から覗く赤い舌。

 何より特徴的なのが赤い瞳だ。

 着ている服は襤褸に近いような粗末な物なのに、この高貴な雰囲気はどうしたことだ。思わず膝をついてしまいそうな圧倒的な存在感。

 今の今まで、こんな少女がこの街にいたことすら知らなかった。

「あ、ああ」

「私が不安を取り払って差し上げましょうか?」

 外見を裏切らない高慢さと心地良ささえ感じる声色に、ユアンは自然に頷いていた。

 声を出すのすら憚られる。

 にっこりと微笑む少女は、目を閉じて口の中で何事が呟く。

 そうして目を開いた少女は、口元だけを笑みの形にしてユアンを見つめた。

「大丈夫。貴方は死なないわ。ここではね」

「それは、どういう」

「さあ、どういうことかしら?」

 くすりと笑うと少女は背を向ける。まるでユアンなど最初から相手にしていないように。

「ま、待ってくれ!」

 追おうとして足を前に出したユアンを遮るように、一陣の風が通り過ぎる。瞬きした次の瞬間には、既に少女の姿は無かった。

「な、何だったんだ……?」

 ユアンは少女が去った方向を見て、夕暮れが迫るまで茫然と立ち尽くしていた。


◆◆◇


 ゴーウェンは北と南、更には西に位置する王都にゴブリン襲撃の報せと応援の要請を送った。北と王都からは直ぐに返事があったが、南側からは中々返事が帰ってこなかった。

 西都で援軍の兵を整えながら、ゴーウェンはその理由を考えていた。

 南を守る両断の騎士シーヴァラと隻眼の騎士ジゼは、人柄と能力共に問題ない二人である。東のシュシュヌ教国との国境が平穏である以上、対処すべき問題は……。

「まさか、邪教徒が動き出したのか?」

 南で憂慮すべき問題とは、クシャインの教徒を名乗る暴徒の集団のことだ。

「南側の暴動がこちらに狙いを定めたか」

 瞑目するゴーウェンの予想は、半分当たりで半分外れていた。確かにこの時点で南を守護するシーヴァラと隻眼のジゼはクシャイン教徒の聖戦に手を焼いていたが、彼らの実力と王国南部に配置されている戦力で問題なく追い返すことが可能だった。

 厄介なのは、その後にやって来た難民達への対処だった。着の身着のままで逃げてきた者達から、財産を纏めて逃げてきた商人、乳飲み子を抱えた母親など。それらが植民都市に大挙して押し寄せてきたのだ。

 殺すわけにもいかない彼らへの対応に、南側の最高責任者である二人は忙殺されることになる。

 だが、西都で執務を取るゴーウェンにそこまで分かろう筈もない。

 彼に分かるのは、南からの援軍は期待できないという事実だけだ。

「だが、それでも王都からは400、北側からは350の援軍」

 王都に所在するアシュタール王直轄軍。実戦慣れはしていないだろうが、最近ポーションの解析を終えたとのことなので、補給と治癒に関しては任せても問題はない筈だ。

 北から来るのはガランドに率いられた荒くれの兵士達だ。こちらは実戦に慣れ過ぎているとでもいうのか、一言で表すなら粗暴。野蛮を絵に描いたような連中だが、戦力として間違いなく一級品だ。

 この2つの部隊が到着するまで後3日。

 その間に領内に散らばる戦力を集め、軍の編成を進めねばならない。

「1年か……。あの敗戦、忘れはせぬぞ」

 2年計画で戦力の再建を図っていたゴーウェンだったが、1年で数だけは揃えた。

 訓練の行き届かぬ兵士達は、実戦で慣らしていくしかないだろう。


◆◆◇


「ギ・ゴードノ」

 寒風が未だに吹き荒ぶ北の領域。剣の蛮族“雪鬼(ユグシバ)”と恐れられる彼らの集落で、年若い娘が膝をついていた。身の丈程もある曲刀を背に負った彼女は、天幕の中で休むゴブリンに声を掛けていた。

「ギ・ゴードノ、起きテおいデか?」

「ああ、起きている」

 暗い天幕の中、曲刀を抱えるようして座っていたゴブリンが答える。

「皆、揃ッテ、いル。総大将ノ姿、見セテほしイ」

「ふむ。俺が総大将か」

 ギ・ゴーは僅かに苦笑して首を竦める。己はゴブリンを率いる器ではないと切り捨てて剣の道に生きようと決めた筈なのに、今は何故か総大将などと呼ばれている。

「不相応だな」

 独りごちるギ・ゴーに、ユースティアは疑問の眼差しを向けるが、ギ・ゴーはそれを一笑に伏して天幕の外に出る。

 一瞬だけ目を晦ます火の神(ロドゥ)の胴体の光に、眉間に皺を寄せる。雪面から反射されるそれが、降り注ぐ陽光と相まってギ・ゴーの網膜を焼いたのだ。

 だが、それも数瞬のこと。

 目を見開いた眼下には、雪鬼達が集っている。

 見えるのは鬼の面を被った顔だけだが、ギ・ゴーの姿に皆息を呑むのが分かった。ユースティアが中心となって再び集結させた雪鬼の諸部族だった。

 仮面とその外套に隠れて見えないが、彼らの大半は年若い少年少女だ。

 戦える男衆は先年の戦で殆どが死に絶え、一族としての危機を迎えていた雪鬼だったが、それでも残った者達を糾合し立ち上がれたのはユースティアが彼らの圧倒的な支持を受けていたからだ。

 すなわち、卓越した剣の腕と類稀なる美貌。

 天賦の才を持つユースティアを中心に、再戦の機運が高まったのだ。

 ──我らの族長は天に愛されている!

 仄かな信仰とも呼べるそれが、一族の少年少女達の心に火を点けた。

 ギ・ゴーの隣に並ぶようにユースティアが現れると、眼下の雪鬼達から歓声が上がる。それを北の言葉で静かにさせると、ユースティアはギ・ゴーに話しかける。

「ギ・ゴードノ、私、通訳すル故、どうゾ」

 ふむ、と唸りギ・ゴーは再び雪鬼達を見る。総大将といっても、彼らの心はユースティアにある。そんな者達を前に、ギ・ゴー自身が態々何かを言う必要もあるまいと。

「この戦いは、お前達のものである」

 言葉を切るギ・ゴーに、ユースティアは通訳をしながらも視線を向ける。

「奪われた祖先の栄光と誇りを取り戻せ!」

 静寂に包まれた雪原に。

「その時こそ、お前達は真の主の旗を仰ぐことになるだろう!!」

 振り上げた曲刀と共に、歓声が響いた。

 沸き立つ雪鬼達に背を向けて、再びギ・ゴーはユースティアの後ろに下がる。

 彼女が指示をして、部族を動かす。

 北の雪原に再び戦の炎が燃え上がろうとしていた。



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