平原への進攻
第3章「群雄時代」開幕。
【種族】ゴブリン
【レベル】92
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔流操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv68)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
ゲルミオン王国暦213年。新たな年の始まりであるマールスの月が終わり、翌月であるビルフの月。そのビルフの月も終わりを迎えようとする頃、最初に異変を感じたのは夜半の巡察の任務に就いていた兵士だった。
森が気になる。
具体的に何が気になるのかまでは分からなかったが、敢えて言えば雰囲気だろうか? いつもなら疎らに生き物の気配を感じる森が、静か過ぎる。まるで魔物が息を殺して暗闇に潜んでいるような……。
巡察の兵士は暫く夜の森を眺めていたが、動きがないのを確認して再び歩き出す。
「一応、申し送っておくか……」
当番制の巡察である。次の兵士に自分が感じたことを伝えると、城壁の上から降りて待機小屋に向かう。
植民都市が建設されて約2か月。最初は、今すぐにでも森から魔物が押し寄せて来るのではないかと緊張と不安に眠れぬ日々だったが、人間の緊張感というのはそれ程長く保てるものではない。
緩むという程ではないが、張り詰めていたものは日々の仕事の中で徐々に溶けていく。
篝火が焚かれた外周沿いに、城壁の上から何度も兵士が往復する厳重な警備態勢。夜は魔物達の時間だった。
見えぬ闇の女神の翼の奥を見通そうと、人々は火の神の恩寵を持って夜を照らす。だが、懐深き夜の神は、時にその炎すら心細くしてしまう。
「やれやれ、やっと眠りにつける」
疲れた体を寝台に横たえ、仮眠を取ろうとした兵士の耳に敵襲を告げる早鐘と悲鳴が飛び込んでくる。
「森から魔獣だ! 多いぞ!」
乱打される鐘の音が否応なく事態の緊急性を伝え、兵士は取るものも取らず寝台から跳ね起きると、一目散に城壁に向かって走った。
日頃からの訓練の成果と言うべきだろう。或いは習慣にまでなったその行動の結果、彼が目にしたのは森から這い出てくる見渡す限りの魔獣の群れだった。
冒険者達が何人も掛かって討伐するような巨大な陸亀。人を攫うと言われる森の巨猿。家畜を集団で襲う針のような体毛の狐。数え上げればきりがない
それらが整然と森から出てくる様子は、彼の知っている世界の崩壊を意味しているように思えた。
そして、その中に弓を持ったゴブリンがいるのを目視した彼は、咄嗟に叫んでいた。
「ゴブリンだ! ゴブリンがいるぞ!!」
昨年の森での敗戦以来、ゴーウェンの指揮下にある兵士達はゴブリンの動向に非常に厳重な注意を払うようになっていた。ゴーウェンからの直接の指示であるのは勿論、生き残った兵士達の間でも夙に語られるゴブリンの凶悪さが、彼らに強い警戒心を呼び起こしていた。
夜目が効く者が、その姿を見て悲鳴染みた声を上げる。
「弓持ちどもだ! 獣使いもいるぞ!」
恐慌状態となって騒ぐ兵士達。だが、彼らの後ろから一喝する者が居た。
「落ち着け! 各人、小隊長の指示に従って迎撃の準備を整えよ! 奴らは堀を越えて、城壁を登ってまで攻めては来れない!」
植民都市を預かるユアンの声に、動揺していた兵士達が動きを止める。
「良いか! この事態はゴーウェン様の予想の範囲内だ! すぐさま援軍が西都、果ては王都から押し寄せてくる! 我らの役目はこの植民都市に敵を引き付け、奴らを疲労させることだ!」
ユアンの声に、自らの役割を思い出した兵士達は互いに顔を見合わせると、少しだけ気恥ずかしそうに笑う。己の動揺を少しだけ恥じて、彼らは役割を果たすべく動き始めた。
「昨年とは違う。今度は我らが奴らを倒す番だ!」
歓声を上げる兵士達を見渡して、ユアンは踵を返す。
「最も、そう上手くいけばいいのだが……」
誰にも聞こえないように呟くと、ユアンは指揮を取るべく待機所に入った。
◆◆◇
植民都市の包囲を命じられたガンラの氏族ラ・ギルミ・フィシガは、目の前に聳え立つ植民都市に、唸り声を上げた。
「やはり、人間は強敵だな」
篝火が焚かれた堀の幅は、とても跳躍出来るような距離ではない。その深さも、ゴブリンが3匹縦に手を伸ばした程もある。
「穴を掘って進むというのは無理そうだな」
蟻人や、ギの集落出身のゴブリンらが穴を掘るのが得意であることはギルミの頭の中にもあったが、この深さで濠を巡らされては掘った穴が濠に遮られてしまう。
唯一門に通じる通路には跳ね橋が掛かっているが、それも森側と反対側の二か所のみだ。戦力を集中させるには危険が大き過ぎる。
今この包囲戦には、ガンラ氏族、ギ・ギー・オルドの魔獣軍分隊、蜘蛛脚人の一族、牛人の一族、土鱗の一族、甲羅の一族、長尾の一族、更にオーク達が加わっている。
ゴブリンの王からは無理をせず、だがこちらの力は見せつけよとの命令を受けている彼としては、攻めないという選択肢はなかった。
「先ずは、あの濠を埋め立ててやるか」
意外に器用なオーク達を使って森の木々を倒させる。その木々を使って空堀を埋めようという作戦を立てた。
「頭上から矢が降ってくると思いますが……」
渋るブイに甲羅の一族から即席の楯を作るのを約束させると、その任務に就かせる。
「矢合わせは、こちらも望むところ」
人間の弓と矢にガンラの氏族が負けるとは微塵も思っていないギルミは、そうして次々に指示を出す。
ゴブリンの王をして“警戒するに値するゴブリン”と称される程の有能さを発揮して、部隊を動かしていく。
「ギ・ギー殿の魔獣の内、足の速いもので砦を包囲します。一か所に留まる必要はありません。門付近の警戒を強めにして、魔獣達に平原を駆け巡らせてください」
「良いだろう。平原にも獲物はいるだろうからな」
「長尾の一族には、この辺りの水源を探ってもらいたい。この空堀に水を流せるかもしれない」
二頭二尾のタニタが思案するように頷く。
「水さえあれば魚鱗人らを送り込めるな」
「その通り。宜しくお願いします」
近くにはリザードマン達の住む湖がある、そこから彼らを水沿いに移動させ、砦の攻略を考えたギルミ。そしてそれを瞬時に理解したタニタも、間違いなく優秀な指揮官だった。
「承知した」
「土鱗のファンファン殿」
「ファンファンは蟻さんとのお話で忙しいのだが」
一匹の蟻とゴブリン達の知らない言葉で話すファンファン。彼女にギルミは仕事を依頼する。
「蟻達に濠を埋める指示をお願いしたい」
今のところ蟻人と会話できるのは暗黒の森広しと言えども、ファンファン以外には居なかった。
「蟻さんの食料が条件だ。後ファンファンにも」
ギルミは苦笑して頷く。
砂漠を根城とする蟻人達がどの程度までこの近辺で活動できるかは未知数だが、その数の多さと労働力の多さは賞賛に値する。
また、穴を掘る力も巣を作り上げるのが地下だということもあって突出しているだろう。穴を掘り進めて城壁を越えるのは無理でも、濠を埋める土を運んで来るのは可能な筈だ。
牛人と足の遅い魔獣を本陣と定めた場所の警戒に当たらせ、ギルミは成り行きを見守ることにした。
「柄にもない。高鳴っているな」
高揚を感じる自分自身に苦笑し、夜の明けきらない空を見た。
◆◆◇
ゴーウェン・ラニードがその報せを受け取ったのは西都の領主館でのことだった。訓練場から帰り、日が暮れるまでは執務を取らねばならないと午後の予定を確認しているとき、悲鳴と共に兵士が走り込んできた。
「植民都市より狼煙! 魔獣の襲撃を知らせる赤です!」
丁度昼食を摂っていたゴーウェンは、手にした硬いパンを千切ると、それをスープに浸して口に運ぶ。
「詳細は送られてきたか?」
早過ぎる。内心の苦悩を押し込め、一際落ち着いているように振る舞う。
「い、いえ! ですが……」
「ならば斥候を出して様子を探らせろ。それから王都へ伝令を出す準備をせよ。北と南にも同様だ」
「は、はい!」
「ああ、それとギルドにも応援を要請しろ。報奨は弾む。腕利きの冒険者を可能な限り出すようにと」
「冒険者、ですか?」
「そうだ。他に質問は?」
茫然とする兵士に、ゴーウェンは一言付け足す。
「安心せよ。如何に魔物が大群で押し寄せようと、植民都市は容易には落ちぬ。我らが昼食を摂る時間ぐらいは保ってくれるだろうよ」
「はい!」
落ち着いた兵士の声に満足して残ったパンを食べ終えると、昼食をそこそこに切り上げ、西都の兵士を招集する。
「先日の南での邪教の蜂起に加えて、これか。まさか……狙っていた訳ではあるまいが」
南から送られてくる筈の兵力は、否が応でも減少する。
王都の援軍に関しても、南の情勢が不安定な為にこちらに割ける余裕は少ないだろう。頼みは北のガランドだが、ここにきて北方蛮族の蠢動が始まっているとの報告もある。
「試練の時か」
今、手持ちの兵力は歩兵800に騎馬兵200。更には弓兵が100程だ。これに加えて新兵種である戦車兵を戦列に加える。東方シュシュヌの更に東、神聖王国で見聞した兵器だ。
技師に命じて作成した戦車の部隊を実戦に投入せねばならない。十分に訓練されたとは言えない未完成の部隊の実力は未知数であるが、戦場での機動力は他に類を見ないものがある。
その為に騎馬兵を大分減らさねばならなかったが、コルセオ亡き今、十全に騎馬兵を率いれる者が不在なのも事実。
頭を擡げる不安を振り払う。
「勝たねばならん」
平原に出て来るなら地の利はこちらにある。植民都市を包囲している魔物達を、今度はこちらが蹂躙してやる番だ。
決意を固めたゴーウェンは、戦の支度を始めた。
◆◆◇
ラ・ギルミ・フィシガ率いるゴブリン別働隊が植民都市を囲む間、ゴブリンの王が指揮する本隊は、主力を叩くべく大きく北回りの進路を取って平原へと進行を開始していた。
夕焼けの空を行くハルピュレアと地を行く暗殺のギ・ジー・アルシル率いる偵察隊。これらを方々に放ちつつ、先軍を務めるのはゴブリンの王の配下の中で最大の勢力を誇るギ・グー・ベルべナ。
彼の役目は周囲の情報を収集すると共に、安全な経路を探しつつ進軍の舵を切ることである。
頭上を旋回していたハルピュレアの一人が、甲高く啼いてギ・グーの元へ降りてくる。デューク級であるギ・グーの恵まれた肉体は他のゴブリンより頭一つ大きい。
「報告か」
頭上を見上げたギ・グーの後ろに、ハルピュレアの一人が低空で飛び回ると軽やかに告げる。
「北西、距離半日、人間の集落。少し大きい」
「少しでは分からん。人間の数は?」
「知らな〜い」
一笑すると、ハルピュレアは再び頭上へと舞い上がる。
ぬぅ、と唸り声を上げて、ギ・グーは配下に後方への伝達を命ずる。
「ギ・ジーに連絡を取って確認させろ」
レア級の一匹に命じて駆けさせると、更にもう一匹のレア級のゴブリンに後方への伝達を命令する。
「王へ報告をしろ。人間の集落を発見、現在調査中。北西方向、距離半日。行け!」
ぶつぶつとギ・グーの言葉を反芻しながら、レア級ゴブリンが走る。多くの配下を抱えるギ・グーだからこそレア級ゴブリンを伝令に使うことが出来るのだ。
情報の伝達の難しさは、以前の蟻人討伐の際に嫌と言う程思い知った。ノーマル級ゴブリンでは何かあった時に対処できないし、伝達内容が多くなればなる程、覚え切れないのだ。
最低限レア級の者を用意せねば納得のいく結果が得られない現状に、ギ・グーは再び唸り声を上げる。
レア級の者を伝令に使えば、それだけ戦いの際に敵に向けられる戦力が減るのだ。考えただけでも気が滅入る。
「王の命とはいえ、やり辛いものだ」
一番納得がいかないのが、人間を殺さず集落を占拠せよとの王からの厳命だ。今までのゴブリン相手には無かった戦い方である為、ギ・グーは部下達にもそのことを厳しく言い渡していた。
占拠に向かう人選も、己の意図を良く理解するゴブリンを向かわせている。
ゴブリンの王は戦の後の統治にまで考えを及ぼして作戦を立てていたが、ギ・グーにはそこまでの理解はない。王が奇襲を考え、人間の村を占拠せよと言っているのだと考えていた。
「殺した方が早くはないか」
万全を期すなら、集落を全滅させて口を封じるべきだ。悶々と悩みながら、それでも王の意志には従わねばならんと己を納得させてギ・グーは進軍を急ぐ。
目指すのは西都と呼ばれる人間の都市。そこを一挙に奇襲し、敵の首魁の首を落とす。
それまでは自重に自重を重ねて、動かねばならない。
「急ぐぞ!」
レア級のゴブリンに40匹程の部下を率いさせると、集落に向けて走らせる。本隊はそのまま東へ向かってひた走っていた。双子の姉妹月の赤い月光が平原を照らす中、混沌の子鬼達の進軍は止まらない。
◆◆◇
ゴブリンの王が指揮する後軍に、先軍の長を務めるギ・グーからの伝令が到着したのは、夜の神の時間になってからのことだった。
「集落か。一度立ち寄る」
王は即断すると、後軍の指揮をナイト級のギ・ガー・ラークスに任せた。黒虎と呼ばれる騎獣に乗ったギ・ガーは騎乗したまま一礼すると、後軍を掌握する為に駆けていった。
ゴブリンの王は遊軍のパラドゥアゴブリンを呼ぶと、鉄脚の10騎を借り受ける。
「シュメア、フェイ。同行せよ」
炎の神の加護厚き槍使いの女と妖精族の文官兼戦士は、互いに顔を見合わせ首を傾げた。
「占拠した集落に布告を発する。お前達には、その布告を占領した集落に徹底させてほしい」
つまり、ゴブリンの王は二人に行政官の真似事をせよと命じたのだ。
「ちょ、ちょっと旦那! あたしはそういうの無理だって!」
「いいや、認めん。お前には十分休養をくれてやったからな。無理にでもやってもらおう」
「旦那ぁ」
情けない顔をして泣きそうになっているシュメアを無視して、王は伝令から集落の方向を聞き出す。
「さ、早く」
澄ました顔でシュメアに勧めると、フェイはさっさと騎乗の人となってしまった。パラドゥアゴブリンの騎獣に乗せてもらうと、一人と一匹の乗る騎獣は準備が出来たとばかりに王の傍に寄りそう。
「う~、くそっ! 女は度胸だ! どうにでもなりやがれ!」
地団駄を踏んで罪の無い大地に槍を叩き付けると、軽やかに騎獣の上に飛び乗る。
「準備は出来たな? ではいくぞ!」
ゴブリンの王は鉄脚の10騎にも負けない速さで地を駆ける。キング級である王の巨躯を乗せられる騎獣は、そう滅多に生まれるものではない。
今のパラドゥアの集落で可能なのは、長老アルハリハの騎獣であるジロウオウぐらいのものだ。それでも長い距離を疾駆させれば、騎獣の命を縮めてしまうだろう。
しかし、王の身体能力は頭抜けて高い為、騎獣に匹敵する速さで駆けることが可能だった。
闇を見通すゴブリンの視界に人間の集落が見えてきた。恐らくギ・グーが派遣した制圧部隊だろう。周囲に何匹かのゴブリンが見える。
無事制圧できたようだと、密かに安堵の息を吐き出しながらゴブリンの王は集落へ入る。ギ・グー配下のゴブリン達は南方出身のゴブリンである。独特の長い腕を持つ彼らは、王の姿を見ると神に出会ったかのように平伏する。
その中をゴブリンの王は火斑熊の外套を翻らせて悠然と進み、部隊の長であるレア級ゴブリンに出迎えられる。
「王自ラ、おイデとは」
恐縮するレア級ゴブリンに、ゴブリンの王は一つ頷くと集落の長を呼ばせる。
集落の中央には広場があり、王が座るのに丁度良い切り株があった。ゴブリンの王はそこにどっしりと腰掛け、黒火斑の大剣を地面に突き立てる。
王都の酷吏すらも裸足で逃げ出すような威厳と迫力を持ってそこに居座る王に、シュメアは連れて来られる村長に憐憫の情を覚えずにはいられなかった。
「何というか、可哀想だねぇ」
「殺されないのだから、寧ろ温情でしょう?」
フェイは涼しい顔で言い返すが、彼女は相変わらず苦い顔だった。
「王、御前ニ」
ギ・グー配下のレア級ゴブリンが、顔を蒼くして震える長老を王の前に引き立てる。
「うむ、ご苦労」
じぃっとゴブリンの王は長老を見つめる。ゴブリンの王にしてみれば、逆らわない限り害は加えないということを、どうやって説明すれば疑いなく彼らに理解させることが出来るだろうと考え込んでしまっただけなのだが、王の言葉を待つ長老は生きた心地がしなかった。
何せ、魔物など見慣れている筈の歴戦の冒険者ですら逃げ出す程の迫力である。見つめられているだけなのだが、それが却って長老の想像力を否が応でも刺激してしまう。
口を開いた瞬間、皆殺しだなどと言われそうで心臓が止まりそうだった。気を抜けば意識が飛びそうになるのを必死で手繰り寄せる。家には幼い孫が居るのだ。せめて孫が助かる道を選ばねばならないと心を奮い立たせる。
一瞬が永遠にも思える時間の中、やっとゴブリンの王が口を開く。
それは彼が、いつもの要領でいこうと決めた瞬間であった。
「この村を、我らの支配下に加える」
王の低く響く声を聴いたシュメアは、天を仰いだ。
「逆効果だよ、旦那」
小さく呟いた声に反応したのは、隣にいたフェイだけだった。彼は片眉を跳ね上げただけで無言を通し、ゴブリンの王と人間との会話を見守ることにしたのだった。
「は、ははい」
上擦る声で返答する長老に、王は言葉を続ける。
「我らに反抗せぬ限り危害は加えぬ。貴様らは、ただ黙って暮らせば良い」
ゴブリンの王にしてみれば、西都へ何らかの手段で連絡を入れさえしなければ、この集落自体に何の問題もないのだ。
本格的な支配は西都に居座る敵将ゴーウェン・ラニードを降し、この地の支配権を獲得してからになると考えていた。
「なな、なにも言いい、ません! 決してなにも!」
「それでいい。沈黙こそがお前達の命を守る。後の統治については人を寄越す。以上だ」
ゴブリンの王は立ち上がると、大剣を大地から抜いて腰の鞘に納める。
その動作一つで腰を抜かす長老を無視して、ゴブリンの王はシュメアとフェイの横を通り抜ける。
「無駄な争いは必要ない。不便があれば取り除いてやれ。税収は後で構わぬ」
「御意」
「まぁ、何とかやってみるさ」
フェイとシュメアは、それぞれ返事を返す。
「俺は先に行く。布告を村人に徹底させ、2日後には追って来い」
静かに頭を下げるフェイと、溜息をつきながら頷くシュメア。最後に王はレア級ゴブリンを呼ぶと、シュメアとフェイに協力するよう申し渡して集落を後にする。
「まズ、何ヲされルのデ?」
王が去った後、レア級ゴブリンの問いかけに、シュメアは未だに腰を抜かしている長老の方を見て頭を掻いた。
「まぁ、魂を呼び戻す所からかね?」
前途多難だわぁ、と心の底から暗い声を出したシュメアは、未だ明けぬ空を仰いだ。
今後戦記物の色合いが強くなってきますので、3人称での文体で行こうかなと思っています。それに伴って冒頭の主人公のステータスも、必要ない限り書き加えずに行こうかと思います。
時々一人称になった際は、ステータスが入ったりすると思いますが、よろしくお願いします。
次回の行進は28日頃を予定しています