楽園は遠く……
第2章「楽園は遠く」これにて閉幕。
10/28挿絵挿入
【種族】ゴブリン
【レベル】92
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔流操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
人間との再戦に定めた刻限まで後一か月を切った。次々と仕上がる武器や防具。そして訓練を終えていくゴブリンの兵士達。食料の増産も何とか軌道に乗りそうな目途が立っている。赤果実の実を手始めに、ゴブリンでも食べられそうな植物の栽培を逐次開始している。
未だに肉食中心ではあるものの、狩猟だけに頼り切らない食料の調達方法は確立しつつある。ゴブリンの味覚の問題はどうしようもない。苦手意識はあるようだが、果物や穀物類などを取るように指示をしていた。俺自身、あまり美味いとは感じないのだが、必要だと割り切ってそれらを食べる。
俺一人だけが肉を自由に食らうなどあってはならない。先ずは俺の食事から、なるべく農作物を取り入れていく。
それ故か、新しい食事は徐々に浸透していった。やはり食料事情の改善というのは難しいものだ。今後とも継続していくしかないだろう。
再戦にあたり、亜人や妖精族からの援軍も最前線となるであろう東の領域へ集まってきている。牙の一族のミド、蜘蛛脚人のニケーア、牛人のケロドトスなど自ら戦うのが得意な族長達は手勢を率いて駆けつけてくれている。
妖精族からは、集落と俺の下を往復していたフェイが手勢を率いて合流していた。その中にはシュナリア姫を始めとして旧知のフォルニの集落出身の妖精族。更には懐かしいゴブリンの姿も見える。
「久しいな、王よ!」
「お久しぶりです、王様!」
ドルイドを纏めるギ・ザー・ザークエンド。更に学び舎へ留学していたクザンの姿もある。
「成果は得られたか?」
俺の問い掛けに、ギ・ザーとクザンは胸を張る。
「無論だ。必ずや力になる!」
「薬草の知識を学びました。傷付いた者達の治療はお任せください!」
腕を組んで胸を張るギ・ザーと嬉しげに飛び跳ねるクザンの様子に、大きく頷く。
「ご苦労だった。先ずは休息を取れ。その後お前達の話を聞かせてほしい」
ふと気が付いて、ギ・ザーの後ろに控えるギ・ドー・ブルガにも声を掛ける。
「ギ・ドー、お前もご苦労だった」
「もったいなきお言葉」
頭を下げる優雅な仕草に、妖精族からそんな薫陶も受けられたのかと目を見開く。やはり彼らから学ぶべきことは多岐に渡るようだ。
戦力的に大きなものと言えば、シンシアが帰還したことだ。以前よりも一回り程大きくなったシンシアを《一つ目蛇の魔眼》で見れば浮かび上がるステータス。俺に従属している状態で他の狼族を彼女自身の従属魔に加えているのが分かる。
それに加えて階級も成体から猛獣へと進化を遂げている。どれだけの修羅場を潜って来たのか、想像もできないが……。
「ちちうえ」
より驚いたのは、簡単な言葉を話せるようになっていたことだ。絶句している俺の手に、頭を擦り付けるように甘えてくる。
「ちちうえ」
話せはしてもあまり単語は多くないらしい。俺が頭を撫でてやれば気持ちよさそうに目を細めている。発する声は未だ少女のものに近く、シンシアの歩んできた道筋に驚愕を禁じ得ない。
【個体名】シンシア
【種族】グレイウルフ
【レベル】68
【階級】猛獣・群れの統率者・狼王の後継者
【保有スキル】《疾風怒濤》《突進》《偉大なる血脈》《獣王咆哮》《草原の王者》《獰猛なる牙》《賢狼》
【加護】《知恵の女神》
【属性】なし
【状態】ゴブリンキングに従属
【従属魔】赤狼、土狼、猛犬
恐らく《賢狼》の効果で意志疎通が出来るのだろうが……。
「良く戻ったな、シンシア。嬉しいぞ」
シンシアの毛並みを撫でておく。
まぁ、偶には甘えさせてやるのも良いか。
◆◆◇
人間との再戦まで一か月を切った日、人間の世界へと偵察に出していたシュメア、セレナ、プエル、フェルビーらが戻った。そして彼らが齎した情報に、俺は耳を疑うことになった。
自由都市群の中で大規模な内戦が始まったというのだ。
主役はクシャイン教徒。
自由都市群北部の都市国家クルティディアンにて一斉に気勢を上げたクシャイン教徒は各都市国家の信徒らを糾合しつつ、東へと進路を取ったらしい。
殆ど奇襲と言って良いその攻撃は、クルティディアンの東の都市国家を一つ陥落させたという。
教皇自ら指揮を取ったその戦を、彼らは聖戦と呼んでいるらしい。
「教皇の名前は何という?」
俺の質問にシュメアが応える。
「確か、ベネム・ネムシュだったかな?」
あの男、まさか本当に教皇の地位を射止めるとは……。予想外とはいかないまでも、ここまで順調にことが運ぶと逆に何か不気味なものを感じる。
だが、これで自由都市群とゲルミオン王国の南側の治安は一気に悪化に向かうわけだ。俺達が西側の領土を攻める際、南からの増援を抑えることが出来る。
聖戦の矛先がどこへ向かうか未だ定かではない以上、ゲルミオン王国の南の国境線は常に厳戒態勢が敷かれるだろう。宗教を土台とした戦争は、その信仰が熱狂的である程苛烈さを増す。
全てのクシャイン教徒があの男のようであるとは思えないが、その攻撃が苛烈さを増せば増すほど難民の発生や、虐殺などが起き易い。
西側を攻略する際の、朗報と言って良い。
俺がそんなことを考えながら、帰ってきた彼らに休息を勧める。
「あの……少しお願いをしても宜しいでしょうか?」
申し訳なさそうに言い出すプエルに、俺は頷くと人払いをする。
「何だ、珍しいな」
俺の眼から見て、盲目のプエルは何かを決意したのか、緊張しその表情は硬い。
「……私を、もう一度人間の世界へ行かせてください」
「理由を聞こう」
息を呑む彼女が躊躇いがちに口を開く。
「……私の個人的な事情です」
「それを聞いている」
口を噤む彼女に、俺は沈黙を持って応える。
「以前、私は冒険者として活動していました。その時の仲間が危機に陥っていると聞いたのです。ですから……」
「今、我らは西方領主との再戦に向けて一人でも多くの人材を欲している。それは理解しているな?」
小さく頷くのを確かめると、彼女の提案を吟味する。
「先ず、お前はその仲間をどうしたいのだ? 助けたとして、その後はどうするつもりだ?」
例え盲目であろうと、プエルの実力なら冒険者としてやっていけるのだろう。シュメアから別個に受けている報告でも、不自由している様子はあまり見られなかったそうだ。
「それは……出来るなら助けたいと思います」
「行って来れば良い。ただし、我らに対抗しようなどと考えるなよ」
「それはっ、勿論!」
俺に頼み事をするということは、セレナを置いていくつもりなのだろう。単身人間の世界へ乗り込むプエルを、このまま送り出すのに不安が無い訳ではないが……。
だが、逃げ出したいのなら、俺に断りなど入れずすぐさま逃げ出していた筈だ。
「セレナに危害を加えるような真似はしないと約束しよう。安心して行って来い」
「ありがとう、ございます」
プエルは俺に背を向けて、セレナ達の方へ向かう。
しかし、対人間での戦いでプエルが使えないとなると、戦略を考え直さねばならんな。
◆◆◇
「20日後、人間の領域へ向けて軍を発する」
その場に集まった者達から騒めきが漏れる。与えた領地から戻ったデューク・ノーブル級ゴブリン。更にはオークキングのブイ、妖精族、亜人らの面々が作戦会議に居並んでいた。
互いに顔を見合わせたり、天を仰いだりする彼らの騒めきが収まったのを見計らって、俺は再び口を開いた。
「大きく軍を二つに分けようと思う。森の目の前にある植民都市を包囲する軍。そして、その救援に来るであろう敵主力を打ち破る軍だ」
本来数の優位を生かすのなら、纏まって行動するべきだ。だが、攻城兵器というものを一切持っていない俺達では本格的な攻城戦は苦しいだろう。
垂直に聳り立つ高い壁。跳躍が不可能なほど深く広く掘り下げられた空堀とその中に仕掛けてある剣山。或いはこちらの手が届かない高みからの弓矢による射撃。
こちらの戦力を見越した上で作られているあの都市を攻略するのには、かなりの労力と犠牲を伴うことだろう。そして多大な犠牲を払って都市を攻略した後に、援軍としてやってくる次の軍と矛を交えねばならない。いや、落とした後なら未だ良い。包囲している最中に援軍が来たなら最悪だ。
疲れ切った軍を率いて復讐に燃える人間達と戦をするというのはあまりに過酷だ。
であれば、いっそのこと発想を変えてしまえばいい。
俺の最終的な目標は人間の国を打倒し王国を築くことだ。その手始めとして、西方領主の領域を奪い取ることを今回の戦の目的としている。
ならば、奴らの生命線と言えるのは植民都市ではなく、その後ろにある西都であるということだ。例え植民都市が落ちたとしても、西都に兵力がある限り何度でも再建されてしまう。逆に西都が落ちれば孤立する植民都市を維持するのは困難を極めるだろう。
精神的な面からも、植民都市の目の前で援軍を打ち破った方が奴らの意気をへし折れる。長い籠城戦の中で高い戦意を維持し続けるのは実に困難なことだろう。
助けが来るのか分からない状況。減少する食糧に負傷し動けなくなる仲間……。これらを支えるのが援軍が来ると信じる気持ちだ。それをへし折ってしまえば、植民都市を戦わずして陥落させることが出来るのではないだろうか。
「……目の前の敵を放置してしまうのですか?」
恐る恐る意見を言ったのは、オークキングのブイだった。
「植民都市には包囲を敷いて動きを封じるに留める。無論、落とせるようなら落としてしまっても構わんが」
簡単に包囲すると言っても、犠牲を皆無にはできないだろう。
相手には“魔物”が押し寄せてきたという印象を与えねばならない。奴らの恐怖と混乱が増せば増す程に、迅速に援軍を要請するだろう。その為には、多少は攻めねばなるまい。
犠牲を抑えたいが、皆無には出来ない。
「植民都市の包囲戦はガンラ氏族のラ・ギルミ・フィシガが指揮を取れ。その他にギ・ギー・オルドの魔獣軍の分隊、蜘蛛脚人の一族、牛人の一族、土鱗の一族、甲羅の一族、長尾の一族、更にオーク達を主力とする」
魔物が攻め寄せてきたという印象を最も強く与えると同時に、遠距離からの攻撃が可能な者、後方支援が得意な者達をこちらに配する。可能なら主力の撃破にガンラや魔獣軍の本隊を使いたいが、状況がそれを許してくれない。
未だ戻らない狂い獅子ギ・ズー・ルオが到着したならば、こちらに組み入れる予定だ。
「敵の主力を打ち破る先陣は、ギ・グー・ベルべナに任せる」
俺の手元にあるゴブリンの中で最大の勢力を築いた報奨。その約束を果たさねばならん。
「主力としてギ・ヂー・ユーブの軍とギ・ザー・ザークエンドのドルイド部隊とガイドガ氏族」
訓練を施したギ・ヂー・ユーブの軍は不規則な状況に即応することが可能だった。統率された軍律と均一化された装備。未だ充分とは言えないが、群れとしてより軍として動かした方が良いギ・ヂーの軍は、主力として申し分ない。
魔法を使うドルイド達は、戦局を逆転させ得る切り札だ。
そして前線での攻撃能力を存分に発揮してもらう為に、ガイドガ氏族を主力に加える。
「遊撃としてパラドゥア氏族。更に人馬の一族と牙の一族」
足の速い者を選抜し、遊撃として運用する。騎獣兵のパラドゥア氏族と灰色狼と共に戦うウェア・ウォルフ。そして草原を駆けるのが生きる習わしのケンタウロス。
「後軍として妖精族とギ・ガー・ラークスの近衛軍。そして俺自ら率いる部隊とする」
戦局を決め切れない場合の後軍には、粘り強く戦える傷モノ達。そして戦局次第で前に出なければならない俺の直轄軍。
「ギ・ジー・アルシルの隊と翼有る者の一族は偵察部隊として動け」
最後に、最も戦局を左右する偵察の軍をギ・ジーとユーシカ率いるハルピュレアに任せる。地上と空から敵の位置と行動を捕捉するのだ。
機動力を発揮しつつ、相手を撃破できるだけの攻撃力を保つのを最優先に考えた編成だった。
防御に優れた者が居ない為、先陣と主力には優先的に鉄製武具を装備させる。
「この戦より我らの覇道が始まる。驕り高ぶる人間どもに、憤怒の刃を叩き付けてやろう!」
大きな方針は示した。後は細部の調整だ。
植民都市を囲むタイミング。人間達の主力を打ち破る戦場の確定。西都までの進撃経路の策定。補充可能な兵力を整えるのは老ゴブリン、クザン、イェロら後方に残る者達に任せねばなるまい。
一線級の力を持つ者は、全てこの戦に注ぎ込む。
暗黒の森に住まう俺達の渾身の一撃でもって、人間達を打ち破るのだ。
◆◆◇
深淵の砦が戦の支度で蜂の巣をひっくり返したかのような騒ぎになっている中、一人その砦を離れようとするプエルの姿があった。
親しいセレナにも行き先を告げていない。
「行くのか?」
見送るのは戦友のフェルビーだけ。
「ごめんなさい。妖精族がゴブリンと共に歩むのが怖くなったのではないのです。ただ……」
「分かってるさ。捨てられないものってのは誰にでもある。捨てたつもりでいても、中々割り切れないもんだ」
苦笑するフェルビーの顔には、若々しい外見とは裏腹に年数を重ねた影が滲んでいた。声にも影が落ちる。
風の妖精族きっての剣の遣い手の、普段はあまり見せることのないその声音にプエルは俯く。
「フェルビー、私は……」
「何も言わなくていい。心配なぞしなくても、誰も死にはしない」
いつもの戯けた様な声音に戻ったフェルビーに、プエルはそれ以上の言葉を封じられる。
「お前は少し真面目過ぎる。もう少し自分勝手に生きたって誰も責めはしないさ」
「フェルビー……」
「もっと自由に生きろよ、プエル。お前はその為に集落を出たんだろう? 戻って来るなら、俺達が何としてでも認めさせてやる。敵に回っても責めたりはしない。それが戦友ってもんだろう?」
プエルは閉じた瞼から涙を流した。
「ありがとう。戦友よ」
「面と向かって言うな! 照れるだろうが!」
頭を掻くフェルビーに、プエルは別れを告げる。
◆◆◇
朝靄の煙る深淵の砦周辺には、この一年間力を蓄え続けた混沌の子鬼の一族、それに加えて亜人、妖精族が集まっていた。
ゴブリンの王が再戦と定めた日まで後10日。作戦を開始する為に、先発部隊が動く時間を考えれば彼らの勢力が一堂に会するのはこの機会しかなかった。
黒い巨躯に、額には天を穿つ角。尾は力強く地面を叩く。体には動き易い革の鎧と緋斑熊の毛皮で作った外套を着ている。腰に差した2本の大剣は、武力と権力の象徴だった。
右腕には皮膚よりも尚黒い一つ目蛇の紋様が巻き付き、左手には双頭の蛇の祝福を受けた宝珠が宿る。一般的なゴブリンと形容するには、あまりにも威風が有り過ぎた。
一段と高い丘に上に登ると、ゴブリンの王はその赤い眼で眼下の異形の群れを睥睨する。
「今日この日より、我らの歴史は変わる!」
その声は天を震わせ、地を揺るがす。ゴブリン達は威に打たれ自然と膝をつく。
天に向かって叛逆の声を上げるが如く、ゴブリンの王は森の木々から見える朝焼けの空に向かって吠えた。
「人間に住処を奪われた者!」
亜人達が、熱い視線を込めて王を見る。
「人間と覇を争い、敗れた者!」
妖精族達が、拳を握り締める。
「人間に獣のように狩られるだけだった者!」
ゴブリン達が抑えきれぬ激情を噛み締め、王の言葉を待つ。
「我らの楽園は遠く、未だ姿は朧気にしか見えぬ。だが、どんなに困難で険しい道だろうと必ず辿り着く。神無き我らに加護など不要。神々に祈りなどせぬ。ただ己の意志を以って、俺は人間を打倒する!」
静まり返る者達に向かって、ゴブリンの王は拳を天に突き上げる。
「敗れし者達よ! 驕る人間どもに、我らの力を示すのだ!」
咆哮が、森全体を震わせた。
◆◇◆◆◆◇◆◆
暗黒の森略図
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第3章「群雄時代」の予定です。