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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
198/371

幕間◇北方万里、黄昏を抱く(後編)

【固体名】ギ・ゴー・アマツキ

【種族】ゴブリン

【レベル】2

【階級】デューク・流浪の剣士

【保有スキル】《剣技A-》《紫電の剣》《見切り》《気配察知》《洞察》《剣豪の証》《静寂の天地》《歴戦の戦士》

【加護】剣神(ラ・バルーザ)

【属性】なし

【状態異常】《不殺の誓い》《剣神の侵蝕》




 雪鬼(ユグシバ)の女の名を、ユースティアという。鬼の仮面を取った彼女の美貌は、世間慣れしている筈のヨーシュでさえも息を呑む程であった。銀色の髪を腰まで伸ばした彼女はギ・ゴーの調達した食糧を食べると、見る間に体調が回復した。

 明るい日差しに照り返される雪原。その上を冷たい風が雪を僅かに巻き上げて彼女の髪を揺らす。白い毛皮の外套と共に風に靡く銀髪を掻き上げると、頬に感じる北の息吹を心地良さそうに受けて命の恩人達に振り返った。

「コチ、ムラ」

 指差す方向に進む彼らは、渓谷の合間に深い雪に埋もれるようにしてある集落を目にする。屋根から零れ落ちんばかりに雪が家々を覆い、ユースティアが指差さねばその一つ一つを探し当てることすら困難であったろう。

 一人と一匹が案内されたのは、その中の一番大きな家だった。ヨーシュ達が村に近付くと、広場で子供達が遊ぶ姿が見える。男の子と髪を伸ばしている女の子が剣の打ち合いをして遊び、周囲の子供達が囃し立てている。

 また、その全員が剣を持っているのだ。ユースティアの姿に喜びの表情を見せた後、後ろから付いて来るヨーシュとギ・ゴーの姿に驚いて全員が剣先を見慣れぬ者達に向ける。

「幼い子供までが剣を振り回すとは……。流石は雪鬼の一族と言うところでしょうか」

「ゴブリンも大して変わらんが」

「……まぁ、人間にしては珍しいんですよ」

「そうか」

 そんな会話を気楽に交わすヨーシュとギ・ゴーを尻目に、ユースティアは北方の言葉で子供らを散らせるとずんずんと先へ進み、一番大きな家の前で立ち止まる。

 子供の一人が大きな家に走り込み、中から片腕の壮年の男が出てくる。

「ゾクチョウ」

 一言ユースティアが告げた後、彼女は北方の言葉で命の恩人達が薬を作ってくれることを報告する。後ろから彼女を見守るギ・ゴー達も、彼女の身振り手振りで何となく話していることが理解できた。

 難しい顔をして黙り込む銀髪の壮年の男。眉間には深い皺が刻まれ、露出している肌の至る所に傷跡が見て取れる。まさに歴戦の勇士という言葉が似合う男だった。

 ユースティアと族長と呼ばれた男が最後に一つ二つ言葉を交わすと、男は家の中に戻る。

「クスリ、タノム。コチ」

 先導されて大きな家の中に入り、幾つかの部屋を経由して寝室と思われる場所に辿り着く。天蓋付きの寝台に横たわるのは、ユースティアに似た中年の女だった。

「ハハダ」

 荒い息遣いの合間からユースティアの言葉に反応してゆっくりと彼女が目を開く。視線は先ず娘を見て、次いでギ・ゴー達に注がれると一転、剣先を思わせる剣呑なものになる。

 弱っている筈の体を奮い立たせ、荒れた息遣いを何とか平静に保とうとする。それは矜持故なのか、それとも雪鬼の一族以外の者が許せないのか。何れにせよ、ユースティアの母は一人と一匹に対して敵愾心を隠そうともしていなかった。

「タノム」

 北方の言葉で母と娘が言葉を交わし、ギ・ゴー達は邪魔しないように彼女らに背を向ける。

「この里から出て行け、ケダモノども……!」

 弱弱しくも、確かな南方の言葉でユースティアの母は彼らを罵倒する。

「言葉が分かるのですか?」

 驚くヨーシュに、ユースティアの母は寝台の上から睨みつけるように視線を寄越す。

「私は、二度結婚し、その度に夫をお前達に殺された。絶対に許さない」

 涙を流しながら呪詛の言葉を吐く彼女に背を向けて、ヨーシュとギ・ゴーは薬を作る為に部屋を出る。彼らの背後では、尚も北方の言葉で母と娘が言葉を交わしていた。

「結婚とは、それほど大事なものなのか?」

「……ええ、まぁ。人によっては神聖視する事もありますが、どうでしょう。僕はしたことがありませんし、今のところしたいとも思いませんしね」

 別の部屋で薬を作りながら一人と一匹は会話を交わす。ゴブリンのギ・ゴーには結婚という行為がいまいち理解し辛いようだった。

「つまりは、番いを作るということだろう?」

「ええ、そうです。自分の血筋を後世に残したいと願うのは自然なことなのでは?」

「この身は唯一つ。誰の物でもなく、俺だけの物だ。そしてそれは俺以外にも言えること。血など後世に残して、何になる」

 ヨーシュは乾燥した薬草を磨り潰しながら、一例として王のことを挙げる。

「例えばですが、ゴブリンの王様の血筋は大事だと思いませんか? もしかしたら、将来その血筋からもっと優秀な王様が現れるかもしれません」

「……王の偉大さは血によるものではない。他と隔絶した実力と成した功績が故だろう。血は関係無い」

「では王国が出来たとして、王様が他界されたら誰が王位を継ぐので?」

「実力ある者だろう?」

 何を当然のことをと言わんばかりなギ・ゴーの視線に、随分厳しい考え方をするものだとヨーシュは思った。確かに優秀な王から優秀な次代が生まれるとは限らない。だが、そこを期待してしまうのが人間というものだ。だからこそ、100年やそれ以上に渡って人間の王国の存続が可能なのだが……。

 出来た薬をユースティアに渡して、後何人分程必要なのかを聞き、可能な限りの量を作っておくことにした。一方暇なギ・ゴーは、雪鬼の集落を見て回るべく曲刀を腰に差して部屋を出る。

 暫く歩くと、先程の広場でまた子供らが剣で遊んでいた。

 その様子を見て、ギ・ゴーは足取りも軽く彼らに近付く。見慣れぬギ・ゴーの接近に子供達は警戒も露わに剣先を向ける。

「ふむ」

 それに合わせてギ・ゴーも剣を抜く。

 抜かれた刃の煌めきに小さい子供らは一様に怯えるが、少し年嵩の子供らはゆっくりと腰を落とし、いつでも飛び込める構えを取る。

「構えは良し」

 子供らが独自に遊んで身に付けているのだろう。決まった型があるわけではなく、各々が好きなように構えを取っている。

「少し、指南してやろう」

 獰猛に笑うギ・ゴーに、子供らの輪が少し広がり彼を半包囲するような形になる。小さい子供らも年嵩の子供らが落ち着いている様子に安堵したのか、しっかりと剣を構えてギ・ゴーに向き合う。その剣先から感じる圧力は、子供ながらに中々のものだった。

「イェェアァァ!」

 内側から沸き上がる気迫と共に撃ち込まれる剣戟を、ギ・ゴーは真正面から頭上に跳ね除ける。頭上に跳ね飛ばされた剣が地面に突き刺さるのと、ギ・ゴーが打ち込んできた子供に剣を突き付けるの同時だった。

 続いて周囲から撃ち込まれる剣戟。それを丁寧に一つずつ天上へ弾き飛ばして全員に剣を突き付ける。腰を抜かす者や泣き出す者もいる中、ギ・ゴーは泣き出した子供に弾き飛ばした剣を差し出すと、頭を撫でる。

 身振り手振りで、もっと腰を落とすように、剣先を相手に真っ直ぐ向けるようになど指導を繰り返すと、子供達も徐々にギ・ゴーの意図が理解できるようになってきた。

 元々雪に閉ざされた集落である。娯楽と刺激に飢えた子供らはギ・ゴーが危険でないと分かると、すぐさま興味を示し始め、あっという間に彼を取り囲んで騒ぎ始める。

 ギ・ゴーの肌の色を珍しげに眺めたり、固い表皮を抓ってみたり、その巨躯にぶら下がってみたりと各々好きなようにギ・ゴーに接する。

 当のギ・ゴーは、人間の子供などギの集落時代に居た少人数しか知らない。あの時も、勝手気ままにゴブリンと関わる子供らの相手を少ししたことがある程度だ。

 当然対処法など分かる筈もなく、流れに任せて子供らの相手をするしかなかった。

「うむぅ」

 こんな筈ではなかったと思いつつ、日が暮れるまで彼らの相手をし、少々疲れたなどと思いながらヨーシュのいる族長の家に帰還する。


◆◆◇


 ヨーシュとギ・ゴーが雪鬼の集落に逗留して10日程が過ぎた。ヨーシュの作る薬は徐々に集落を覆っていた病気の暗雲を払い、快癒へと向かわせていた。毎日忙しく薬を作り続けるヨーシュに対して、ギ・ゴーは子供の相手をしたり、周囲へ狩りへと出かけたりしていたが、そんなある日、ユースティアと彼女の母が彼らを訪ねてきた。

「この間は失礼致しました」

 ユースティアは黙って頭を下げる。用事があるのは母親の方なのだろう。

「一族の危機を救って頂き、ありがとうございます」

 母親が礼を述べると、ユースティアも再び頭を下げる。

「一族を纏める者として何かお礼をと思ったのですが……何分田舎の村です。貴方方は何の為にこの村に?」

 ギ・ゴーとヨーシュは顔を見合わせる。先日の態度から打って変わり、言葉は丁寧だ。表情は無表情に近く、感情が見えない。

 こちらの意図を探りに来たというところかとヨーシュは判断して口を開く。

「こちらのギ・ゴーさんが、剣の腕を磨く旅をしていまして」

 これまでの経緯と聞き及ぶ雪鬼の剣の腕を聞いて、手合せを望んでいたことを話す。無表情だったユースティアの母親の顔に、僅かに困ったかのような気配が過る。横で畏まるユースティアに視線を向けると、彼女は一心にギ・ゴーとヨーシュの方を見つめていた。

 軽く溜息をつくと再び口を開いた。

「我が一族の剣の腕は南の平原で暮らす貴方方からすれば卓越しているのかもしれません。ですが、それもつい先日までの話です。我が一族の男衆は先年の戦で死ぬか再起不能な怪我を負っています。今この村には、女と子供しかいません」

 確かに子供の数が多いような気はした。だが、それに比して成人した男は殆ど見なかったのだ。

「ですが、ユースティアさんは」

「この子は未だ子供です。己の力量も弁えず、無謀な行いをする者を大人とは呼べません」

「少し、考えさせてください」

 難しい顔で考え込むギ・ゴーとヨーシュ。ではと言い置いて、ユースティアの母は娘を促して部屋を出て行った。

「ギ・ゴーさん、どうしましょう?」

 遠まわしに出て行けと言われているのを感じたヨーシュは、ギ・ゴーに相談する。

「望むものがないのなら仕方ない。或いはこの奥地に、未知なる境地があるのかもしれないが」

 考えを纏める為に時間を必要とした二人は、その晩は結論を出さずに過ごした。

 翌日になって出した結論は、この地を去り一度王の住まう森に戻るというものだった。1年という限られた時間の中でヨーシュは一度森へ戻るつもりだったし、ギ・ゴーも求めるものがないのなら、一度王と(まみ)えるのも良いと考えたからだ。

 旅装を整えると、一人と一匹は直ぐに村を出る。見送るのは、いつもギ・ゴーが相手をしていた子供達だった。今日も遊べると思っていた彼らだったが、旅装に身を包んだギ・ゴーの姿に落胆する。そんな子供らの頭を順番に撫で、ギ・ゴーとヨーシュは集落を後にした。

 雪鬼の集落を出て1日程。途中ユースティアに教えられた道筋を逆に辿って帰路に着く彼らは、今日の宿となる大樹の陰に天幕を張る。いつものようにギ・ゴーが狩猟に出かけると、自分の名を呼ぶ声が聞こえて立ち止まる。

「ギ・ゴードノ!」

 雪原に響くユースティアの声に、ギ・ゴーは身を潜めていた林の中から出て手を振る。その姿を認めると、彼女は矢のような速さでギ・ゴーに向かって走ってくる。雪鬼の特徴である鬼の仮面すら付けず、白い外套のみを纏った彼女は、勢いそのままにギ・ゴーに抱きつく。

「スマヌ、スマヌ。ハハ、ウソ、イッタ」

 荒げた息のまま興奮して謝罪を繰り返すユースティアに、ギ・ゴーは取り敢えずヨーシュの知恵を借りるべく野営地に戻った。

 ギ・ゴーとヨーシュはたどたどしい彼女の話を聞き入った。

 それによると、彼女の母が話した内容は半ば本当だったが半ば嘘であったという。先年の戦で男衆が殆ど死に絶えたのは紛れもない事実である。村には女子供や老人しかおらず、剣の腕が最も際立っているのがユースティアか彼女の母親という状態だった。

 だが、剣の腕を磨く為の術が無い訳ではないのだ。

 先日彼女が母親と共にギ・ゴー達の元を訪れた時には、彼女はてっきり母親はそのことをギ・ゴー達に話したのだと思っていたらしい。

 一族を救ってくれた恩人に対して僅かばかりの礼をしたいという彼女の意志を汲んで、未だ南方の言葉が上手く話せない彼女に代わって自分が説明しようと彼女の母は申し出たのだ。 

 母の話す言葉は流暢で、未だたどたどしく話すのが精一杯の彼女には聞き取ることができなかった。

 当然母はギ・ゴーとヨーシュにその方法を教えるのだと思っていたが、昨日の昼になって子供らから二人が旅装に身を包んで旅立ったと聞いたユースティアは驚愕し、母親に詰め寄った。

 ──何故、嘘をついたのか!

 烈火の如く怒るユースティアに、彼女の母親は冷たく言い放った。

 ──一族の秘法を外の者に漏らせば、先祖に顔向けできぬ!

 ──恩を受けてそれを返さないのは恥知らずだ! 秘法を守るのと恥知らずなのと、どちらが先祖に顔向け出来ないのか、聞かなくとも分かる筈だろう!

 曲刀を取り合って刃を交わす寸前にまで加熱した親子喧嘩は、父親の仲裁と周囲に集まった村人に押し留められることになった。だが、ユースティアはそのまま集落を駆け出し、今に至るというわけだった。

「何とまぁ、無茶を」

 その無鉄砲さを茫然と聞きながら、ヨーシュは呟く。

「ギ・ゴードノ、ツヨク、ナリタイ。ナラ、バショ、アル」

 そのたどたどしい言葉に、ギ・ゴーは頷く。

「アンナイ、スル! オンギ、カエス」

 頭を深く下げるユースティア。

「宜しく頼む」

 ギ・ゴーは深く頷いた。


◆◆◇


 ギ・ゴーとヨーシュが案内されたのは、大樹の陰から更に二日程歩いた距離にある雪洞だった。

 外から差す光が複雑な氷の層に反射して、雪の中に埋もれた氷の洞窟の内部を照らす。幻想的な光景に、ギ・ゴーとヨーシュは寒さを忘れてその光景に見入った。

「カミサマ、アウ。ヒトリ」

 奥行きはそれ程ない。ユースティアの言葉に従って、ギ・ゴーはその中に一人で入る。

「ウタ、ウタウ。カミサマ、ウタ、スキ」

 まさかそんなことがあるのだろうか。そう思いながらも、ギ・ゴーはヨーシュから習った歌を口ずさむ。

我が舞は(バーバイヤード)刃煌めき(パーザルクシュ)月に酔えり(ヴァディマーヴ)我が舞えば(バーバイヤール)神降り(カームール)夜は永久に(ジャンルールー)夜鳥啼く(ヌエナクドール)

 それは戦の歌だった。

 この場には相応しかろうと歌うギ・ゴーの声が洞窟内に響き、足元に幾重にも重なった幾何学模様の魔方陣が現れて、ギ・ゴーの体を消し去ってしまう。

 魔方陣に飛ばされたギ・ゴーは一人、暗闇の中にいた。

 腰に差した曲刀の重さも、足の裏に踏みしめる地面の感触もそのままに、見通す事の出来ない闇の中に佇んでいた。

 普通なら混乱するところだろうが、数々の修羅場を潜り抜けてきたギ・ゴーは先ずその場に座り、己の身に起きたことを確認する。

「これが雪鬼達の言う試練か」

 試練を超えた者に、大いなる力を与える。

 代々の族長に引き継がれてきたその試練は、雪鬼の秘法と呼ばれるものだった。

「だが、こう暗くてはな」

 ゴブリンの視力をもってしても見通せない闇。暫くすると、その中にぼんやりと浮かび上がる影がある。目を凝らして姿を確認すると、その影もギ・ゴーと同じく座っているようだった。

「試練か」

「そう、試練だ」

 物怖じしないギ・ゴーが立ち上がると、影も立ち上がり互いに同じタイミングで剣を抜く。

「つまり、お前を斬れば良いのか」

「そう、俺を斬れば良いのだ。できるのならな」

 影が笑って口元を歪ませる。これ以上の会話は無意味と決めたギ・ゴーは、抜いた剣を構える。

 暗闇の中、ギ・ゴーが陰に向かって跳躍する。

 同時に出てくる相手とほぼ同じタイミングで剣を振りぬき、剣戟の音と火花が散る。そのまま鍔迫り合いに持ち込み至近で相手の顔を確かめると、そこにある顔にギ・ゴーは驚愕する。

「貴様っ何者!?」

 そこに居たのは、紛うことなきゴブリンの王である。

 否、正確には王の顔をしたナニカだ。しかもギ・ゴーの記憶が確かであるなら、デューク級の時の王の姿である。

「俺は、貴様の中の神だ」

「戯言を!」

 再び振るう剣に気迫を込める。鍔迫り合いから相手を押しやり、無理矢理間合いを空けて曲刀を振るう。下がり際に放った頭への一撃を、敵か難なく弾き飛ばす。

「さあ、斬って見せろ! 己の中の神を! 己が信ずるものを! さあ、さあ!」

 嘲笑と共に斬り掛かって来る影の攻撃は、鋭く重い。気を抜けばギ・ゴーといえども一気に押し込まれ、斬り伏せられるであろう圧がある。

 開いた間合いを潰すべく、影は手数を持ってギ・ゴーを圧倒する。繰り出される剣戟を弾き、その隙を伺おうにも、間合いの内側に入り込まれてしまい効果的に斬ることが出来ない。

「くっ!?」

「どうした!? 斬るのだろう! 斬れ斬れ斬れキレ斬れ切れ斬れ!!」

 再び鍔迫り合いに持ち込むと、影の言葉を意図して無視する。

 ──斬る、斬らねばならない。だがどうやって。

 敵の斬撃は容赦なく、そして絶え間ない。一瞬でも気を抜けばすぐさま自身の首を刎ね飛ばすであろう致死の連撃だ。

 鍔迫り合いに持ち込み、何とか形勢を保ってはいるが、まるで綱渡りのような戦いだった。

「貴様は我が王などではない! 我が王は唯一南にいる!」

 憤怒と共に影の顔を殴り飛ばし、開いた距離を一気に詰める。振るった曲刀が空を切る感触に、闇に目を凝らして再び影を探す。

「クッカッカッカッカ!」

 嘲笑の声が闇から響き、それが四方八方に響き渡って相手の居場所を掴ませない。

 刹那、首の後ろが痺れるような感覚。勘に任せて体をずらす。

「ケェー!」

 直後、真後ろから突き出された曲刀の切っ先が首を掠めて視界を遮る。

「オオォオ!」

 体を捻り、その勢いを利用して曲刀を振るう。相手の突き出された腕を狙った一撃は、敵が腕を引いたことにより不発。だが、それでもギ・ゴーが態勢を立て直す程度の時間は稼げた。

 振り切った曲刀を再び構え直し、相手との距離を測る。

 先手を取って振りかぶった敵の曲刀に合わせて前に出る。脇に構えた己の曲刀を相手の武器にぶつけると同時に体ごとぶつかり、相手を弾き飛ばそうとする。

 だが、まるで影が体をすり抜けるかのように敵の体に当たることすら出来ない。

「くっ!?」

「どうした、どうした!? 斬るのだろう? さあ、さあ、さあ!!」

 嘲笑と共に再び斬撃。縦の一撃を防げば次は逆袈裟から。絶え間ない連続した斬撃の嵐に、ギ・ゴーは僅かに反撃をすることしかできない。

 技量は明らかに相手が上だった。

 流れるような斬撃の数々。一度捕まれば相手を押し流してしまうまで止まらない濁流のごとき激しい斬撃がギ・ゴーに襲い掛かる。だが、その間にもギ・ゴーは自問していた、

 事前にユースティアから聞いた試練の内容は、自らとの戦いであるということだった。

 ──相手を、本当に自分は斬れるのだろうか?

 あれは本物の王ではない。

 それは分かっている。だが、自身は内なる王を目の前にしているのではないか。

 もし、そうであるならば……。あれは自身の信じる王の姿である。

 唯のゴブリン・レアからギ・ゴーを引き上げ、率いていた一族を飢えから救ってくれた大恩人。巨大な野望と共に人間と戦う偉大なる王。

 自身が心から仕えたいと思わせてくれる、唯一無二の存在。

 それを、己は斬れるのか?

 ──否! 断じて否だ!

「剣が迷っているぞ! 迷い子は死ねぇ!」

 苛烈な一撃が再び降り注ぐ。緩急をつけての一撃に何とか対応すると、ギ・ゴーは距離を取った。

「信じる者を斬り捨てて、どうして剣が振るえよう」

 そう言うと、ギ・ゴーは曲刀を後ろに投げ捨てる。

「狂ったか? 狂ったんだな!? 剣を捨てるとは何事か!!」

 影が怒り、大上段に振りかぶった剣をギ・ゴーに叩き付けようとする。

「我が剣は──」

 怒りに任せた敵の一撃は今までのそれと比べて力みが強く、速度が遅くなっていた。その刀身をギ・ゴーは両手で挟み込む。

「──我が信ずる道の為に!」

 そのまま捻りを加えて相手から曲刀を奪い取る。

 同時に影に蹴りを叩き込み、暗闇の中へその体を弾き飛ばした。

 すると、今まで真っ暗であった空間がぼんやりと明るいものへと変わっていく。徐々に晴れていく中で遠くにヨーシュとユースティアの姿を見つける。

 暗闇は背後へと去り、徐々に月明かりが差し始める。試練の時は過ぎ去り、目の前には雪洞の幻想的な風景が広がっていた。

 その時、過ぎ去っていく闇の中で影がにやりと笑った気がした。

 その後、ギ・ゴーとヨーシュはユースティアに力を貸し、雪鬼達を再び一つの旗の下へ集結させる。

 その為に幾日かの日数を費やし、二人は王の下へ戻るのだった。


◇◆◆◇◇◆◆◇

レベルが上がります。

2⇒96


《剣技A-》⇒《剣技A+》

《紫電の剣》

 ──魔法を切り裂くことが出来ます。

《見切り》

 ── 一度見た相手の攻撃を回避することが可能。階級とレベルに依存する。

《気配察知》

 ──精神を集中すると敵の気配を感じ取ることが可能。

《洞察》

 ──数多の経験から、相手の攻撃を事前に予想し避けることが出来る。

《剣豪の証》

 ──混乱の状態異常を防止・無効化。

《静寂の天地》

 ──敵との一騎打ちの際に、俊敏性・集中力・筋力・魔素量が上昇。



スキル《剣豪の証》の効果により【状態異常】《剣神の侵蝕》が解除。

【状態】《剣神の祝福》が追加されます。

 《剣神の祝福》

  ──剣技が一段階上昇。

  ──それが剣という武器であれば、あらゆる種類の剣を使いこなすことが可能。

  ──剣に魔素を流し、切れ味を上昇させることが可能となる。


◇◆◆◇◇◆◆◇


次回の更新は20日を予定しています。


ギ・ゴーさんの旅終焉!

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