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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
196/371

スカラベ

【種族】ゴブリン

【レベル】92

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔流操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》






「人間を知りたいだと?」

 妖精族の大集落ガスティアの集落はその一角。陽光を浴びるために頭上の枝が取り払われたその空間に、木製の簡単な椅子とテーブルが置かれている。ゴブリンの王の知識を借りるなら、公園とでも言うのかもしれない。

 そこに最近出入りするようになった亜人や各集落からの留学生に交じってゴブリンの姿がある。妖精族の生活範囲の東に、今や歴然たる勢力を誇るゴブリンからの留学生だ。

 中でも呪術師(シャーマン)という知恵に長ける階級の2匹のゴブリンは、風を操る力と、そのゴブリン離れした容姿から妖精族の間にも受け入れられつつある。

「そうです、師匠。最近歴史の本を勉強しているのですが、読めば読むほど人間と言うものが分からなくなります。彼らは強く、狡猾で賢くありながら、一方で酷く脆く、弱く、愚かでもある……。どちらが彼らの本質なのでしょうか?」

 その内の1匹、王から絶大な信頼と共にゴブリン・ドルイドを統べるギ・ザー・ザークエンドは、弟子からの質問に片目を瞑って一呼吸置いた。

「それもあの妖精族の姫からの受け売りか? 程々にしておかねば、後が辛いぞ」

「……仰る意味が分かりませんが」

 ギ・ザーを師匠と慕う、もう1匹のシャーマン級ゴブリン。名前をギ・ドー・ブルガという。

「で、人間の性質だったな。それはどちらも正解だと言える。お前も記憶にあるだろう? 王の財だ」

 王の財の名で呼ばれるのは、ゴブリン達が未だ人間の脅威を知らぬ頃に王が手に入れた人間の女だ。名前をレシア・フェル・ジール。聖女とも呼ばれる彼女の力は、傷を癒す力。

「あの無尽蔵の治癒能力。まるで死を拒絶するかのような絶大な力だった。だが一方で、王の財を殺そうと思えばノーマルでも殺せる。物事は、多面的に考えねばならん」

 成程と頷くギ・ドーに、一人の妖精族が声を掛ける。

「内緒話ですか?」

 声を掛けてきたのは可憐な妖精族の少女だった。父母の血を継いだ端正な顔立ちに、目元だけは勝気な性格を反映してか僅かに吊り上っている。行動的な彼女らしく装いは外行きの軽装だが、手にしているのは分厚い本だ。

「シュナリア殿!」

 嬉しげに立ち上がるギ・ドーに、ギ・ザーは困ったものだと眉を顰める。

「話は終わりだ。ギ・ドー、シュナリア姫に迷惑をかけるなよ」

「分かりました、師匠」

 頭を下げるギ・ドーを残して、ギ・ザーは立ち去る。談笑する彼らに背を向けて、彼は自身の使っている研究室へと足を向けていた。

 ギ・ザーの行っている研究は、亜人の血に関しての研究だった。

 “亜人の血には何らかの力が含まれている”というのは亜人の共同体“八旗”との戦や妖精族の資料からも推測されることだが、具体的にどんな力がどうやって発揮されるのかについては詳しく分かっていない。

 人馬族(ケンタウロス)の若き英雄であったグルフィアは、絶望の果てに同朋の血肉を喰らい炎の魔人となった。また、過去には妖精族も亜人の血を興奮剤の材料として用いたことがあったという。だがその方法は散逸してしまい、資料を探すことは困難だった。

 況して文字を習い始めて半年程度のゴブリンでは、蓄えられた膨大な書物から正解を導き出すのは至難の業だった。

 故に、ギ・ザーは実験をしている。亜人の血は嘗て奴隷として働かされていた者達から検査の為と称して、定期的に少量を採取させてもらっている。

 代わりに近隣の魔獣退治を請け負ったり、最近クザンが栽培している薬草を与えたりと、見返りを施している。変わったゴブリンだと亜人達にも妖精族にも思われているが、そんなことはギ・ザーの意に留めることではなかった。

 今日も今日とて、彼は実験室で亜人の血の解析をしている。部屋の扉を叩く音に、ギ・ザーは作業を止めて声を掛ける。

「勝手に入れ。今手が離せん」

「ほっほ、邪魔するぞ」

 そう言って入ってきたのは年を経た妖精族の男だった。老ファルオン。学び舎の学院長であり、西のガスティアの族長を引退した今も隠然たる力を持つその人物の登場に、ギ・ザーは作業を続けながら一瞬だけ視線を向ける。

「今忙しいのだが、何の用だ?」

「なになに、実験の成果を聞きに来たまでじゃ」

 笑うファルオンに、ギ・ザーは苦々しく答えた。

「成果は無い。帰れ」

「ふむ……やはりの。しかし、ギ・ザーよ。亜人の血などに執着して何を望む?」

「力を望む。当然だろう」

 ファルオンは白い髭を撫でながら、首を傾げた。

「だがな、お主らはもう十分な力を持っている筈であろう? 事実、森の東部は既にお主らの物だ」

 ファルオンの言葉を黙って聞いていたギ・ザーだが、その言葉の終わりを待って口を開いた。

「我らの王が目指す場所を知っているか?」

「人間を打倒するのだろう?」

「いいや、違う。我らの王はこの世の果てまでを己が手に収めるつもりだ」

 馬鹿なと言おうとして、ファルオンはギ・ザーの真剣な眼差しに息を呑んだ。

「俺は王の隣に立つ。我らが王が世界を手に入れると言うのなら、俺はその為の力になりたい!」

 握り締めたガラスの実験容器が、音を立てて砕け散る。

「──力が欲しい! 今のままでは全く足りぬのだ!」

 怒りにも似たギ・ザーの激情にファルオンは目を見張る。いつも努めて冷静を装っているが、このゴブリンの中に、これほどまでの熱き渇望があったのかと。

「……だから亜人の血にその手掛かりを求めるのか」

「そうだ。人食い虎と呼ばれたあの炎の亜人のように、瞬間的にでも力を得られれば我らの戦力は飛躍的に上昇する。だから──」

「──力だけで世界が取れるものかな?」

 ギ・ザーの言葉を遮るように、ファルオンが疑問を挟む。

「何?」

「力だけで世界の果てに届くものかね? ギ・ザー・ザークエンド」

 黙り込んで考え込むギ・ザーに、ファルオンは懐かしむような目を向ける。

「他に何が必要だ。敵を倒し、進んでいく道に力以外の何が?」

「敵が強ければ、弱らせれば良い。敵が団結しているなら、散り散りにしてしまえば良い。敵が足並みを揃えるなら、その足を乱してやればいい。これを権謀術数と言う」

「権謀術数……」

「自分と他人とは永遠に分かり合えぬ。それを利用するのだ」

 ファルオンは懐から一冊の本を取り出すと、ギ・ザーに差し出す。

「これは儂が生涯に渡って書き綴っておる権謀の書だ。一度目を通してみるといい」

 ギ・ザーが手にとって読み始めるのを確認すると、ファルオンは彼の部屋を出て学び舎へ向かう。

「王の隣に立つ、か」

 ギ・ザーの言葉を反芻して、ファルオンはゆっくりと歩いていった。


◆◆◇


 蟻人討伐の余勢でもって、甲殻虫人(スカラベ)の居住地を攻める。ゴブリンよりも強靭な肉体を持つが数はそれほど多くなく、夜間にしか活動しない為にゴブリンの覇権の脅威には為り得ない者達だった。

 だが、摩擦は常に付き纏う。現に狩りに出たゴブリンが甲殻虫人に襲われるということが度々ある。故に、今回のキラーアントの戦を皮切りに不安要素を取り除くつもりだった。

「スカラベの居住地はここからどれ程だ?」

 蟻塚を占領しつつ、女王蟻とギ・グーから情報を得る。それによれば、スカラベ達の居住地は蟻塚から丁度3日程歩いた先の地域を主な縄張りとしているらしい。ギ・グーに命じて地理に詳しいであろう彼らを先遣隊として使う。

 主力として俺自らが遠征で連れてきたゴブリン達を率い、スカラベ達の住居を一蹴する予定だ。

「先ずは使者を遣わせる。我らに協力するなら話し合いを、拒むなら力を持って説得をしよう」

 誰か使者を希望する者はいるかと俺が声を出すと、進み出たのはパラドゥアの若き族長ハールーと、群狼のギ・グー・ベルべナだった。

「使者とあらば、危険な役目となることでしょう。ギ・グー殿が遅れを取るとは思いませんが、ここは一撃離脱を得意とする我がパラドゥア氏族の活躍の時。王よ、どうぞ私にお命じ下さい」

「いや、先遣として遣わされているのはこの俺です。ならば、俺自ら彼らの住居に赴き、今度こそ王命を果たしてこそ今回の失態を雪ぐことが出来ましょう。王よ是非に!」

 二匹の意見は、両方共に理がある。ハールーもギ・グーも、どちらも決して口下手ではない。ではどちらを採用するかと考えた時に、この領域はギ・グーの担当する土地であるということを思い出す。

「ハールー、お前の忠心と勇気はよく知っているが、今回は遠慮せよ。ギ・グーよ、お前を使者に任ずる。見事大役を果たしてみせよ!」

「……御意!」

 今回確かにギ・グーは蟻人との戦で苦戦した。だが、その事のみを抜き出して失敗を責めるわけにもいかない。今回は“調査”と“交渉”というの二つの任務でギ・グーを縛ってしまった。

 ならば、より大きな権限を持たせることでギ・グーに対する信頼が揺らいでいないということを示しておかねばならない。この程度の失敗で萎縮されてもらっては困る。

 俺一人の力で王国を盛り立てて行くのには限界がある。優秀な者達の積極性を引き出しながら、国を作って行かねばならない。

 全ては人間という巨大な敵に勝つ為だ。


◆◆◇


 虫さえ眠る深夜。夜の神(ヤ・ジャンス)は思う存分その領域を広げ、闇の女神(ウェルドナ)の翼が月の双子神(エルヴィー・ナヴィー)の明かりすらも隠してしまっていた。そんな闇の中で、ギ・グーは甲殻虫人の長との会談を設けることに成功していた。

 率いるのは直属の部下の3兄弟のみである。大群を率いるのを常としているギ・グーには珍しいことだったが、それだけ彼自身が王から託された任務の大きさを肌身で感じている証拠でもあった。

 甲殻虫人の長は、その名前の通り鎧と見紛うばかりの赤みがかった甲殻を全身に纏い、背中には甲殻に仕舞われた透明な羽根がある。頭には天を穿つ一本角を持ち、口の周りには餌を探し当てる為であろう長い触覚が垂れ下がっている。手足は細いが、関節以外を覆う甲殻とその中に凝縮された筋肉は決して軟弱な印象を与えない。

 手にしているのは、動物の骨か何かで作ったであろう白い槍だ。

 ギ・グーを見つめる複眼からは感情が読み取れず、触覚を揺らしながら声を発する。

「アガメヨ。クンシー、ムシビトノオサ!」

 酷く聞き取り辛い声で話す、甲殻虫人の長クンシー。

「会談場所を設けてくれたこと、感謝を申し上げる」

 感情を感じさせないギ・グーの言葉に、クンシーの触覚が再び揺れる。

「ムシビト、ジカンナイ。ヨウケン、ハヤクハナス」

「では、端的に申し上げよう。我が王に協力を。可能ならば話し合いを、拒否するならば力を」

 ギ・グーが腰に吊るした長剣に手を掛ける。説得が無理であるなら今すぐ剣を抜く構えに、クンシーの触覚が慌ただしく揺れる。

「クンシー、ヘイワ、スキ。タタカウ、ナイ」

「ならば和平を望まれると?」

 頷くクンシーに、ギ・グーは満足して王との会談の日時を告げる。

 後日、ギ・グーの指定した日にクンシーは訪れ、ゴブリンの王との同盟を結んだ。その後、統一されているとは言えない甲殻虫人の集落の統治にギ・グーは散々協力することになるのだが、それも含めてギ・グーの領地の課題として残されることとなったのは別の話だ。


 ──人間との再戦まであと47日



次の更新は7月1日になります。

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